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 一人暮らしにもすっかり慣れた。
 苦手だった料理も、それなりの物が作れる様になった――と思う。
 子ネズミ達はそれぞれの家へと帰り、私は一人無縁塚の隅に建てた小さな小屋へと帰った。此処は昼夜を問わずとても静かで落ち着く。
 そもそも無縁塚へ好き好んで来る者は本当に少なく、来たとしても物好きな変わり者ばかり。斯く言う私もその一人である事は否定しないが。
 そんな私の小屋に、来訪者が一人。いや、一羽?
 呼び方は問題では無い。今問題なのは――
「……君は人の家に訪問する際、扉をノックして入る様に躾けられなかったのかい?」
 目の前の机は真っ二つに割れ、今日は久し振りに上手く出来たと自負していた夕食は、眼前で目を回している少女の身体の下敷きとなり、食器の欠片と共に……床へ、壁へ、私へ、こいつへ、ありとあらゆる場所へ飛び散っていった。
 無事だったのは私の手にある茶碗だけ。
 だが中の白米には天井から落ちてきた木屑やら埃で、もはや食べられそうもないので、今夜の食事は全滅してしまった。
「あたた……ご、ごめんなさい」
「鴉は食べられる部分が少ないそうだが、しかし君は肉付きが良さそうだ。絞めてバラして改めて今夜の夕食にするべきだろうかね?」
「ひ、ひぃ! 私なんか食べても美味しくないよ!」
 驚き怯えた彼女は慌ててその場から逃げる様に後退り、立とうとしたらしいが足を滑らせて見事な転倒っぷりを見せつけられる。
だが転んだ痛みや恥ずかしさよりも恐怖心が勝っていた様で、四つん這いになりながら隅に置いた私のベッドの上へと移動し、毛布に包まると私をこの世で最も恐ろしい物を見たという目で見つめている。
 あぁ、そんな汚れた服で……
「冗談だよ。嘘。だから散らかった食事や木材を一緒に片付けてくれ」
「え? あぁ、うん、分かった」
 目を瞬き頷いた彼女。その反応だけで分かる。
 彼女は馬鹿だ。
「で、君の名前は?」
「私は霊烏路空。で、この胸に居るのがヤタガラス様!」
 そこまで聞いてないが。
「ヤタガラス様はね、神様から頂いた最強の力よ! でもお燐はさとりさまに相談しろって怒ってさー。そんなに怒る事じゃ無いよね? あ、さとりさまは私のご主人さまでね」
 勝手に身内の情報をペラペラと話し始める鴉。
 そんな問いをしたつもりは無いし、求めてもいない。
「話すのは構わん。だが手を動かせ、体を動かせ」
「あ、うん、ごめんなさい。でね、さとりさまったら――」
 この鴉はどうやら脳みそが子ネズミ達より小さいらしい。要するに思考が小動物以下であると。
 結局彼女は片付けもせず、一方的に自分の主人の自慢話を延々と続けているのだった。
 私は適当な返答をしながら心を無にして片付けを進めた。
「ふぅ」
「それで、お燐が――」
「所で、君は何用で私の家に訪れたのかい? 私の食事を台無しにする程の用事だと良いのだがね」
「え?」
 溜め息交じりに彼女へ問い掛けた。
 使えなくなった食器や食べられない食事の処分はようやく済んだ。
 私は割れたテーブル向かいにある椅子を指差し、彼女へ座る様に指示を出す……だが彼女は言葉にしなければ理解出来ない様だ。
「霊烏路空、そこへ座りたまえ」
「はーい」
「さて、改めて問うが……君は私に何か用事があって来たのでは?」
「用事?」
 まさかとは思うが、この鳥頭はそれすらも覚えていられないのだろうか。そんな冗談はよしてくれ。
 もしもそうなら彼女の飼い主に賠償を要求すればいい。だが、だがしかし! 私の貴重な時間と、この鳴り止まぬ腹の虫は一体誰がどの様に保障してくれるのか?
「――あぁ! ねぇ、ネズミさん! ネズミさんは探し物が得意なんだよね!?
 身を乗り出して大声で元気よく私に問い掛けてきた。この声、空腹も煽って少し耳障りに聞こえてきた。
「……その通りだが」
「あのね、お燐のリボンを探して欲しいの」
 
 どうやらようやく、この話は始まるらしいな。
 
 
                   私と一つ遊びませんか?
 
 
 彼女の支離滅裂な話を聞きつつ、私は腹の虫に泣き止んで貰う為に只管野菜を齧っていた。今から作るには時間が惜しい。私は鼠だがどうせ齧るなら穀物か肉が良かったが……調理せずに済むのはやはり野菜くらいなものだったのだ。
 と、話が逸れたが大体の事情は理解出来た。
 どうやら彼女は友人であるお燐のリボンを少し借りて、それを無くしてしまったらしい。そのリボンは飼い主である古明地さとりから貰った物で、それはそれは大切にしていた物らしい。
 借りた理由はなんとも短絡的で、もし自分がお燐のリボンをしたらどんな感じになるのか気になったからだとさ。
 そして気付いたらリボンが無くなっていたという。
「しかし君なんかがよく私が『失せ物探しのプロ』だと分かったな。誰かからの入れ知恵か?」
「神様に聞いたらね、魔法の森を抜けた寂しい道の向こうに石が一杯ある木に囲まれた所に出て、そこに小さな小屋があるから、そこに住んでる小賢しいネズミなら直ぐに見つかるんじゃないか。って教えてくれたんだ」
 小賢しいネズミねぇ……あの山の神様、随分と見下してくれるな。
 しかしまぁ確かに探し物を見つける事に関してなら、私を置いて他には居ないだろう。それは間違いない。
 それにしてもこいつ、神様が口頭で教えた道をよく覚えていられたな。私の元に辿り着けたのは奇跡じゃないか? あぁそういえばその神様に仕える巫女が奇跡を売りにしてたな……もしかしてその力なのだろうか。まぁどうでもいいか。
 さて依頼という事なら、私は交渉次第で引き受けよう。だが、その……彼女は見るからに私に無償での奉仕活動を望んでいる様で、手荷物一つ無い。
 待て。もしかしたら奪われると思って何処かに隠したのかもしれない。鴉は光物が好きだからな。
「君は……私にリボンを探して欲しいんだよな?」
「うん」
「それでは私に対して、君はどの様な報酬を用意しているのかい?」
「ほーしゅー?」
「…………」
 やはりな。余り期待していなかったとはいえ、これではまるで私が馬鹿みたいではないか。
 となればどうする、この鴉の主人から報酬を頂戴するか? だがこの鴉の主人とは……出来るだけ接触したくない。
「報酬とは、そうだな……お礼ってやつだ。君は私がリボンを見つけたら物か何かをくれるのかい?」
「何か? うーん……」
 腕を組み目を瞑って本気で考え始めるお空。
 この様子では何も用意していないし、何も考えていなかったのだろう。となればこいつからの報酬には何も期待出来無い。
 彼女の頭では私と真面に交渉出来るとも思えない。
 この鴉、外見は見事に成長しているのだが頭はまるで子供の様なのだから扱いに困る。大体、強大な力を持ってもこんなに頭が弱くては利用されるだけだろう。
 いや、騙し易く扱い易いからこそ山の神は使い様があるとヤタガラスを仕込んだのだろう。それにカラスには鴉を、だ。
 ……まてよ。
 この鴉を私も上手く利用して何か出来ないだろうか。
 例えばそう……囮に使って今まで忍び込めなかった場所へ潜入する、とか?
「君、何か得意な事はあるか?」
「んー?」
「何かあるだろう。こう……うん……その、何だ……何か出来る事は無いのか?」
「ある! 私こう見えてもお仕事してるんだから! 神様の所でね、えーと何て所だったかな……深くてキラキラした穴の中でヤタガラス様の力を使う仕事だよ?」
 駄目だこの鴉、本当に頭が弱い。こう見えてって周りからどう見られているのか知っているのだろうか?
 楽しげに自分の仕事内容を語る霊烏路空。私より頭一つかそれ以上の背丈と抜群のプロポーションを持っているものの、脳はどうやら鴉の大きさのままで、外見だけ人型になるらしいな。
 鴉は鳥類の中では比較的頭が良いと聞いた事があるのだが、地獄鴉では話が別なのだろうか。
 しかしまぁ馬鹿には馬鹿に合った扱いがある。
 こういう者は何か一つの事に集中させれば中々の力を発揮させられる筈だ。下手に何かを考えさせたり、複雑な事をさせたりしようとしたって無駄なのだ。多分。
 となれば彼女に何をさせるのが一番良いか。
 こいつの能力は『核融合を操る程度の能力』だったはず。地底の地霊殿に住み、古明地さとりが飼い主で、火焔猫燐はこいつの友人。地霊殿の異変では六ボスでその弾幕に多くの者が苦しめられたらしい。
 元は只の地獄鴉であったが、山の神に八咫烏の神を胸に融合させられた。その後、調子に乗った彼女が地底で灼熱地獄跡を業火で覆い、間欠泉を噴出させるまでに至った。勿論その異変は巫女達によって解決され、今の彼女は時たま妖怪の山の麓にある間欠泉地下センターにてその力を使われている様だ。
 と、彼女について昔私が集めた情報は軽く説明してこんなものだ。
 この中に利用出来そうなモノが――何だ、あるじゃないか。
「……なぁ霊烏路空、君は弾幕ごっこは好きかい?」
「え? うん、遊ぶのは大好きだけど?」
「おぉそうかそうか。それなら君は一言、こう言えばいいさ」
 私は緩む口元を引き締める事が出来なかった。
 ニヤリと笑いながら、私は今回の作戦で重要なキーワードとなる一言を彼女に伝える。
「『私と一つ遊びませんか?』――とな」
 
                   *** *** ***
 
 作戦は非常に簡単だ。
 霊烏路空ことお空が家主と接触している間に、私が家探しをする。王道だが単純故に実行しやすい。
 更に言えば、例えお空が弾幕勝負に負けたとしても私の事をバラす可能性が殆ど皆無だという事。これは彼女に「対象人物と遊ぶ」それだけを考えさせる事で、それを誰が命令したのかを忘れさせるのだ。
 彼女の能力は強力で、それはスペルカードにも表れる筈。短時間でお空が攻略される事はまず無いだろう。
 出掛ける前に白い小袋へ香霖堂で商品価値を見て貰った品を詰めておく。新聞で読んだのだが、クリスマスという行事では金目の物を持って行く代わりに何か物を置いていく事が流行っているらしい。それを私は真似ようと思う。
 わらしべ長者をやろうとしている訳では決して無く、持って帰る物とほぼ同価値であろう物を置いていくつもりだ。まぁその価値を決めるのは結局私なのだが。
 家屋にある物を探すのは命蓮寺でよくやっていたが、それ以外で私が今まで探し物をしていたのは大概戸外である。人の住む屋内は物が多く、私の能力でレアな物を探し出すのは割と難しい。なので命蓮寺内で宝塔を無くされた際に探すのは苦労する。ご主人は知らないだろうけれど。
 これは私の持つ能力への挑戦であり、他人の家で高価な物、レアな物がどういった所にあるのか、好奇心が疼くのだ。
 袋詰めし終えた所で私は気付いた。始めに行く場所が場所だから恐らく持って行っても意味が無いだろう。一先ず今回は用意はしたが置いて行く事にする。
「さて準備は整った。作戦を確認するぞ」
「うん」
「君はただ相手に一言言って弾幕ごっこをすればいい。さて、何と言うのかちゃんと覚えてるか?」
「『私と一つ遊びませんか?』だよね」
「その通り。さて、始めのターゲットは――」
 
                   ***
 
 ――香霖堂だ。
 ターゲットにした理由は二つある。
 まず香霖堂へは侵入しない。彼は自分の店にある商品を熟知して記憶しているし、私が持って帰った物の代わりに何かを置いていけば一度見せている物なので犯人が直ぐに割れてしまうからだ。
 これが一つ目。そして二つ目は、お空がしっかり役を熟せるかを見極める為だ。
 森近霖之助は他の力を持つ人間や妖怪と違って弾幕ごっこを好まない。となればお空とは対話でその場を乗り切ろうとするだろう。むしろそうしなければ彼の命はほぼ無いに等しい。彼が対話で交渉し、その際にお空がどの様な行動を取るかを確認するのだ。
 早速お空をけしかけて私は少し離れた木陰からその様子を観察している。あの鴉は扉に歩み寄ると二つノックをした。小さな違和感が頭の中で引っ掛かる。
 ……あいつ、訪問する際の常識を一応知っているんじゃないか。それなら何故私の家に来た時は屋根を破壊したのだろうか。嫌がらせか? 嫌がらせなのか?
「こんにちはー」
「……君は――確か地霊殿の者、で合ってるかい?」
「はい!」
「どうやら君一人みたいだが……此処、香霖堂が何の店だか分かって来ているのか?」
「えーと……ゴミ置き場?」
「客じゃないなら帰って貰おう」
「あぁ、ちょっと待って待って!」
 閉まりかけた扉に手と足を差し込み、それはまるで老人に嘘八百吐いて高い商品やリフォームを強要しようとする悪質な業者そのものだった。
「あのね、違うの!」
「違うって何が?」
「えっと……お店、そうお店! でしょ!?
「そんな自慢げに言われてもな……うちの店は『古道具屋』だよ。新しい物から古い物、特に外の世界の品物の引き取りなら大歓迎だよ」
「外の?」
「まぁ何だ。見た事の無い物や如何にも怪しい物、奇妙な物があれば持っておいで。見てあげるから」
「うん、分かった」
「…………」
「…………」
「で、何の様なの?」
 数秒の沈黙の後、森近は追い返す事を諦めた様子で扉を改めて開けた。お空が店内へと足を進めるので、私は距離を詰める為に別の木の上へと移動して聞き耳を立てる。
「えっとねー……あ、そうそう『私と一つ遊びませんか?』」
 後姿からでも分かる。満面の笑みできっと彼女はそう言ったのだろう。先程まで無かった制御棒が彼女の右手に組み上がり、両足にも物々しい音で岩の様な物が片足に付いたかと思えば、もう片足には光る小さな玉が幾つか高速で周回している。彼女から発せられる熱の所為か少し赤みがかった髪が風も無しに揺れる。
 この様子を見れば誰もが彼女は戦闘態勢に入っていると分かる。それに対して彼の反応は……
「――それ、中々良さそうな品だね」
「え?」
 お空の右腕に装備された制御棒に興味を示した。
「君の持つ力を制御する為の棒か、それにその足の物。片方が分解、もう片方が融合の力を持っている様だね」
「あ、あの……」
「胸の紅眼が八咫烏様か。神様を宿さなければ使えない代物、という事か。しかしうむ、非常に興味深い。この制御棒、どうやって扱っているんだい?」
 成程上手いな。
 彼も彼女が単純な馬鹿である事には気付いている様だ。
 先程まで弾幕を張る気満々であったお空は既に戦意を無くし、自分の持つ力を褒めてくれた事に喜んでいる。
 この様子では彼女は上手い事言い包められて帰らされるだろう。しかしまぁ彼女と戦わず逃げるにしてもある程度の時間稼ぎにはなってくれる事が分かった。
 暫く待っているとお空が香霖堂から出て来た。
 あの満面な笑み、本当に上手く丸め込まれたらしい。見間違いでなければあいつ、スキップしてるぞ。どれだけ褒められたんだ全く。
「おい」
「あ! えーと……」
 お空は私の顔を見て何故か考え込む。
「私の名前なんてどうでもいい。むしろ覚えなくて良い」
「え? いいの?」
 覚えなくて良いと言われて何故嬉しそうな顔をする。だが名前が無くては呼びにくいかもしれないし、彼女から呼ばれそうな事を察するのは面倒だ。それにちょっと癪に障った。
「やっぱり駄目だ。私の事は、そうだな……ジロキチでいいか」
「ジロキチ? あなた男だったの?」
「歴とした女だ。まぁ愛称みたいなモノさ」
 咄嗟に思い付いた名前だったがまぁこれで良いだろう。それに彼女が思わず口を滑らせてもこの名前ならある程度は誤魔化せるかもしれない。
「えっと……ジロキチね。うん、大丈夫覚えた」
「君の脳に記憶して貰える期待はしてない。だが『私と一つ遊びませんか?』の台詞だけは忘れるなよ」
「だ、大丈夫よ! 一緒に弾幕ごっこして遊べば良いんでしょう? そんなの――えぇと……ご飯前よ!」
 惜しい。だがツッコミを入れるのも面倒だ。
「さてとりあえず家に帰るぞ。明日から本格的に行動開始だ」
「お仕事だね! 任せて!」
 ある意味では仕事だが、弾幕ごっこをして遊んでいるだけでご飯が食べられるなんて幸せな奴だ。
 とりあえず最低でもこいつの食費と屋根の修繕費くらいは利用させてもらうとしよう。
 
最終更新:2013年05月21日 00:35