※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

私は振り返らなかった。
背後から貴女は私を引き留めようと「何故」とか「どうして」とか色々と問い掛けてきた。
何処かで求めていたんだ。貴女の口からあの言葉が出る事を。
けれど分かっていたんだ。寅丸星、貴女は私の事をそんな風に思っている訳が無いと。
――従者の一人ではなく
――共に聖を救う同志でもなく
私というただ一人のちっぽけな妖怪に、聖白蓮以上の……特別な感情を、抱いてくれる筈が無いのだと。
気付いて欲しい。
気付いて欲しかった。
それなら私から言葉にしなければならない事は分かっていた。
でも出来なかった。それは私が彼女との関係が終わってしまう事を怖れてしまったからだ。
そして言葉にしなくとも、終わりは来てしまう事は知っていた。彼女が信仰している少女、聖白蓮を救えば――きっと私の今居る位置に、聖が来るだろう。
聖が封印される以前と、変わらず同じ様に。あの頃と今、違っているのは私だけ。変わってしまったのは私だけ。
ご主人と聖の夢、想いは続いている。ほんの僅かだけ変わったとしても、二人は共に進むだろう。
けれど私は……私は昔とは違う。
聖が居なくなって共に数百年、いや千年近くか? 永い時を過ごしてきて、彼女を支えてきて、気付いてしまった。気付かなければ良かった。
ご主人の傍に、隣に、永久に居たいと願ってしまっている、自分に。聖を妬んでしまっている、自分に。
だから私は命蓮寺に居てはいけない。
このままかつての仲間や聖達と共に暮らしてしまったら……私は……自分を保てる自信が無い。
それならいっそのこと、私は別の場所で生きよう。
「さよならだ、ご主人」

    *** *** ***

見慣れた木壁。
無意識に顔を拭い、湿った手の平に溜め息を吐いた。
額に張り付いた邪魔な前髪を整え、自分が横になって膝を抱える様な恰好で寝ていた事に気付き情けなく思う。
最近無意識の内に小さく縮こまる様な寝方になっているのだ。
情けない。あぁ、情けない。
先程の夢の私もそうだが、今の私も、とても情けない。
何故今になって命蓮寺を出た時の夢を見たのだろうか?
……深くは考えたくない。所詮は夢だ。
けれど今でも命蓮寺へ彼女に呼ばれさえすれば戻るのは、私の心の何処かにまだ未練があるからだ。もしかしたら、なんて淡い願望を抱いてしまう……本当に私は馬鹿だ。
一先ず手足を伸ばし、目を覚まさせる為に一度寝返りを打って――
「はぁい」
私の眼前に居る微笑みを浮かべた少女に、私のベッドへ潜り込んで添い寝している寅丸星に、驚きを隠せなかった。
しかし直ぐに頭の中は冷静さを取り戻す。
この状況、彼女の行動、現状、全てを頭の中で整理して、私は次に起こすべき行動を決めた。
「死ね」
固く握りしめた拳を、彼女の顔面に強く叩き込んだ。
奇妙な鳴き声と共に彼女はベッドから転がり落ち、床の上で呻き声を上げながら俯せに動かなくなった。
「そんな事をして何が面白い、封獣ぬえ」
手に付いたこいつの鼻血をこいつ自身のスカートで拭い、足で蹴って仰向けにさせた。ダウジングロッドを彼女の首元に突きつける。
こいつの能力はあんなでも妖怪である事には変わりない。首くらい圧し折ったって別に問題無いだろう。
目を回していた彼女だったが、どうやら状況が飲み込めたらしい。抗おうとしてくる前に、私は彼女のスカートと袖を床にめり込ませる事で身動きを軽く封じ、こいつの胸部に片足を置いた。
首に当てているロッドに力を込める。
「動いてみろ、楽にしてやる。動かなくとも、楽にしてやるけどな」
「うぐっ……た、たんま! ごめん、ごめんってば!」
「自分に種仕込んで私の寝込みを利用して、私の吃驚で得た食事は美味だったかい? 『たんま』『ごめん』、何だそれは?」
「ひぃぃ……い、言い訳くらいさせてくれよぉ……」
「ほう? あの行動に言い訳が必要とは思えんのだがな。だがまぁ私も鬼ではない、一言二言くらい許してやろう」
ぬえは視線を少しだけ泳がせた後、表情を曇らせた。
「――ナズーリンなら分かってくれると思ったんだ。今の命蓮寺に、私の居場所なんて無いから」
「君と一緒にするな」
「それなら何でナズーリンは命蓮寺から出て行ったのさ? 私が命蓮寺に来る前、聖が封印されるより前から一緒に居たって私は聞いたよ?」
「――っ! だから、君と一緒にするなっ!」
私を憐れみを込めた瞳で真っ直ぐ見つめてきたぬえに、私は睨み返しながらロッドを握る手に力が入る。
「私が此処に居るのは私が決めた事だ! 私が命蓮寺を出て行ったのは私が決めたからだ! 君に何が分かる!! 同じだと? 勝手に決めつけるなっ!!」
私はそこまで言って息を継いだ。その時、ようやく自分のしていた事に気付く。
「……すまない。私は冷静でなかった」
「けほっ、けほっ……あ、いや、私の方こそごめん」
呼吸出来ずに涙目になっていた彼女へ素直に謝って、ロッドをしまって足も彼女の胸から退かした。
一先ず私も落ち着く為にお互い椅子へ腰掛けて改めて事情を聴く。
「つまりその、なんだ。家出って事か」
「えぇっと……そうなるのかな?」
ぬえは頬を掻きながら小さく笑った。
どうしたものかと考えたが、先程の失態もある。このまま追い返しては流石にあんまりだろう。
「分かった。数日くらいなら居ても良い」
「ほんと!?」
「だが私の作業の邪魔はするなよ。それと居候する以上、家主である私の命令は絶対だからな」
「うん、うん! 分かった!」
やけに素直だな。この時の私はその程度にしか思っていなかった。
    *** *** ***

私は今日何度目かの溜め息を吐いた。
「何でそんな辛そうな顔してるのさ?」
そんな顔にさせる原因である彼女が私に問い掛けてきた。
「君は幸せそうだな」
「そうかな? 美味しいご飯食べたのにそんな暗い顔してると勿体無いと思うけどなぁ」
「……片付け、やっといてくれ」
「はぁーい」
食器の後片付けを始めるぬえの背中を、私は机に突っ伏しながら目で追った。

ぬえが命蓮寺を出て二日目の夜。
只でさえ最近食糧不足になりかけていたというのに、こいつの食事も用意しなければならないとなると思うと溜め息も吐きたくなる。
ならば何故ぬえを迎え入れたのか?
それはこいつが居場所が無いと嘆く理由も気持ちも少しは分からなくは無いのだ。だからちょっとした同情心を抱かなかった訳でもない。
今の命蓮寺は聖を信仰する者、慕う者ばかりだ。ぬえは確か少しばかりの罪悪感で入信したのだから、非常に居辛かっただろう。
だからこうして自由気侭で居るのが彼女本来の姿であり、生き方なのではないかと思う。
誰かとか何処かとか、そういった場所に縛られる事無く、自由気侭にふらふらと場所を変えて生きていく。
何となく昔の私を思い出すのだ。
元々仲間の鼠からも嫌われていた私は、ずっと一人で居た。一人で生きて、生きて、生き抜いて、妖怪になっても生きていた。
自由とはよく言った物だ。幼い子供に押し付けた自由なんて、それは死ねと言われたも同然なのだ。
私の居場所を見つけたい、ただそれだけを求めて自由に生きて、必死に生きて、死にたくなくて――もう死を覚悟した時に、毘沙門天様の気紛れで救って頂いたのだ。
結局あの方のお側に付いていても、彼の他の手下や弟子から私は嫌われていた。雰囲気からして私は持て余された存在だったのは、当の私にも分かっていた。だからなのだろう、幻想郷という土地で毘沙門天の代理を監視する任を与えられたのは。
毘沙門天様に感謝はしている。信仰もしている。でも私には結局本当の居場所なんて無くて、肩書上の居場所しか無くて。
ご主人である寅丸星、あの人は会った当初から聖にべったりだった。けれど職務や行動は毘沙門天代理として問題無く、順調に信仰を得ていったのだ。
聖の前と、他者の前でよく性格を使い分けられているものだ。
内心、私は彼女に呆れていた。けれど代理としての能力は十二分にあるものだから、彼女から肩書を取り上げる様な報告をする訳にもいかない。
このまま監視を続けても仕方が無いのではないか、と、思い始めた。その矢先だ。聖が封印されたのは。
彼女はそれでも代理としての職務を全うした。自ら聖を封印する事で、毘沙門天の名を汚す事無く信仰を得たのだ。
聖を信仰していた妖怪、その彼女らも一緒に封じられて寅丸星は独りになった。それでも彼女は、毘沙門天の代理だった。
僅かながらの同情心も無かったとは言えない。長い年月を監視とはいえ共に居たのだから。
そんな彼女が――封印されて数年後の事だ。私を夜の散歩に誘ったのだ。
今までそんな事無かったものだから、少し緊張と身構えはしたけれど本当に只の散歩だった。
山の奥へ、奥へ、山頂の少し開けた所で、私達は夜空を見上げた。
彼女は此処に来るまでにずっと喋りっぱなしだった。内容は聖の事、仲間の事、人、妖怪、過去、夢、ありとあらゆる内容を話していた。それは話題が途切れてお互い黙ってしまわない様に、もしくは何かを話していないと落ち着かなかったからなのかもしれない。
だから私は言ったのだ。
「なぁご主人、無理しなくても良いんだ。私は構わないから」
それは無言になっても私は気にしないという意味だったが……どうやら彼女には何か違う様に捉えられたらしい。
次の瞬間、彼女は呆けた表情になり、涙を流した。
それは余りにも唐突だったので私はかなり驚いてしまった。だからぼろぼろと涙を流し始めて、私に抱き付いて子供の様に泣きだした彼女を、どうしたらいいのか分からなかった。
でもその時に、彼女は言ったのだ。
「貴女は――貴女だけは私の傍に居て下さい……私の傍から居なくならないで下さい」
小さく、弱々しい声でそう言ったのだった。
凛々しく猛々しい毘沙門天代理という彼女の面影は、今はどこにもなかった。此処で、私を抱き締めているのは一人の少女だった。
ずっと堪えていたのだろう。彼女の取り乱した姿を見たのは初めてだった。私に抱き付いて子供の様に泣きじゃくっていた。
あぁ……我ながら単純だと思う。
こんな言葉で、私はこの後聖が復活するまでの数百年を、彼女の傍で共に歩み続ける事になるなんてな。

「――ナズーリン?」

いつの間にか目を閉じていたみたいだ。薄っすらと瞼を開けるとぬえが私を覗き込んでいた。
「……起きてるよ」
「片付け終わったけど」
「そうか。今日はもう特にやる事は無いから、好きにするといいさ」
「はぁーい」
昨日といい今日といい……こいつが来てから調子が狂いっ放しだ。昔の事を、思い出してばかりだ。

    *** *** ***

翌日の事だった。
ぬえには適当に過ごす様に言って、私はいつものダウジングへ出掛けて、今帰ってきた。
そんな私を出迎えたのは――
「…………」
「おかえり! ご飯にする? お風呂にする? そ、れ、と、も――」
玄関まで迎えにきたエプロン姿の寅丸星の顔面ど真ん中を、拳で思い切り殴り飛ばす。
が、私の力不足か、彼女は何とか踏ん張って立っていた。
拳に付いたぬえの鼻血をこいつのスカートで拭い、私は問い掛けた。
「それとも、何だ?」
指で床を指し、ぬえを正座させる。
「……出来心だったんです」
「お前、本当に妖怪か? 同じ手を二度も使いやがって」
「出来心……だったんです……」
「それとお前、勝手に食材使ったのか? 人に断りも入れずに」
「人って……ぷふっ、ナズーリンは妖怪じゃん。それあんまり面白くな――」
「私も面白くない」
正座した足を掠める場所に、私はペンデュラムをわざと落とした。木の床にペンデュラムがめり込んだ様子を見て、ぬえの顔から血の気が失せていく。
「お前が今使った食材は何処から持ってきた?」
「は、はい。えっと、半分は小屋にあった物で、もう半分は私が持ってきた物であります」
「持ってきた?」
「うん」
「――何処から?」
私のこの問いに、ぬえの表情が固くなる。
それだけでなく挙動も不審になって、視線をあらぬ方向へ泳がせている。
「何処から持ってきたかを、聞いているんだが?」
ダウジングロッドでぬえの顎を上げ、私の方へ強制的に向かせた。
漸く観念した様子でぬえは重い口を開いた。
「人里から……」
あぁやはりそうだったか。軽い頭痛を覚える。
私達ネズミの立場は非常に低い。前まで人里の鼠は無遠慮で人の穀物などを遠慮無く食し、他所から病原菌を持ってくると嫌われていた。なので人里で鼠駆除は割とよく行われていた。
人里の鼠達も生きる為に必死なのは私もよく知っていた。だから私が交渉し、彼らに身の安全と食事の安定供給を約束し、私の配下になる事で仮にだが人里からの信用を得た。
といってもだ。私の配下になったという事は、私の命令一つで里の穀物を奪い取れるという事にもなるので、あくまで仮の信用という訳だ。
まぁいくらやろうと思えば出来るといっても、正直デメリットの部分しか無い事を率先してやろうとは思わない。
作戦決行において、鼠達の身の危険、信用を失い私の里の出入り禁止、それに少なからず命蓮寺にも迷惑はかかるだろう。一番痛いのは里の出禁で、私の食料を得る為に里を使っているのだから非常に困る訳だ。
そんな訳でぬえのした事は、私と人里の危うくも安定した信頼状態を悪くさせる事だ。
ぬえが命蓮寺の妖怪だと知る者が居ない訳でも無い。だが今こいつは命蓮寺ではなく、私の元に居る。もしそれがバレたら――
「あぁもう……何故君は盗みなんてするかねぇ……」
「私、盗んでないよ?」
「――はぁ? じゃあどうやって手に入れた訳さ?」
「えっと……マミゾウに借りを作って……かな」
あの狸か……それならまぁ良かった。ちゃんとした入手経路を得て手に入れたのなら私も叱る事は無い。……まぁ勝手に食材を使った事くらいか。だが一つ疑問が残る。
「別に人里で悪さをした訳ではないのだろう? 何故話す事に躊躇してたんだ?」
「それは……えっと……マミゾウと会ってるって話したら、じゃあそっち行けって話になるかと思って……」
成程、そういう考えもあったか。
だがぬえがマミゾウに匿って貰い辛いのは、彼女は聖をそこまで信仰していないとはいえ命蓮寺に割と頻繁に出入りする者だからだろう。だから行きたくはないのだろう。
「そうか。まぁ今更出て行けと言うつもりは無い。だが頼むから人里で悪さはしてくれるなよ? あそこには換金や食材を買ったりと世話になっているんだ」
「うん……」
「それと食材を使いたかったら事前にちゃんと言え。私の収入は不安定故に余り消費すると明日、明後日に困るんだ」
「分かった……」
反省はしている様だ。恐らくちゃんと話しておけば、そう裏切る様な真似はしまい。
「夕食、あとどのくらいで出来る?」
「え?」
「作ってくれていたのだろう? お腹が空いた」
「あ、あぁ! もう出来てるよ!」
まるで子供の様な切り替えの早さだ。嬉しそうに台所へとぬえは戻っていく。
まるで――
「……誰を思い出そうとしてるんだか」

    *** *** ***

最終更新:2013年08月07日 22:00