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    必要そうで必要無さそうなあらすじ

まだパチュリーが幻想郷に来て間もない時の話。紅魔館の一室を図書館としたはいいものの、増え続けていく書物の整理に困った彼女は使い魔を自ら生み出す。
しかし初めての試みという事もあり、未熟で小さな悪魔が生まれた。それが“ここぁ”と呼ばれていた最初の小悪魔。
本来自分の意思や思考を持たない様に創られた筈のここぁだったが、次第に自分の感情を主人への忠誠心という形でだが表現しだした。
パチュリーにとってそれは予想外の事だったが、元より実験体として生み出し情報を集める事を目的としていた。それ故にここぁを只の物として扱ってきた。
ここぁは次第に動かなくなっていく体を必死に動かしながら、最期までパチュリーへと尽くした。自分の持つ感情を日記に詰め込んで。
消えてしまってから気付く自分の気持ち。パチュリーは深く後悔し、大粒の涙を零した。
パチュリーはここぁの日記を使い、小さな奇跡に賭けた。もう一度ここぁを創る事。例え自分の体がどんなに傷つこうとも、パチュリーは諦めなかった。願い続けた。信じ続けた。
今の図書館には一人の小悪魔が居る。
記憶は引き継げなかったものの、ここぁが成長したであろう容姿の小悪魔がそこには居る。ここぁの日記も消えずに残ってくれた。
一人目の小悪魔が生まれた、『小さな悪魔と魔女のお話』。

そしてこれは、紅魔館の図書館に二人の小悪魔が……
『こぁ』と『ここぁ』が過ごす様になるまでのお話。










一冊の本。
私はそこから生まれた。
らしい。
生まれたというより、創られたと言った方が恐らく正しい。
主の知識から創られた産物が私。
理由は単純明快。この広い図書館に溢れる蔵書を整理する事、それが私に与えられた仕事。
と、いっても勿論それだけではない。
掃除や紅茶、時には侵入者を撃退しなければならない。……まぁ最後のは成功した例は無いけど。
私は小悪魔。
この紅魔館にある大図書館での司書であり、主であるパチュリー様の使い魔だ。


    『貴女と求めた笑顔の先に』


私はそっと、その一冊の本を開いた。
中には溢れんばかりに沢山の想いが込められているのが分かる。
小さな小さな悪魔が見たかった、小さな夢から大きな夢。望んだ未来、主への想い。
パチュリー様はこの本を書いたのが私の姉だと言う。本当の姉ではないのだが、もし一緒に居る事が出来たのなら本当の姉妹の様だろうと言っていた。
けれど、そう話してくれたパチュリー様の表情は暗い。
良い思い出では無かったのだろうかと思ったが、そんな私を察して「確かに後悔はあったのだけれど……今は貴女が居るわ」と優しく笑っていた。
まぁそれもこれも大分前に聞いた話なのだけれど。
ところで、何故私がこの話を思い出したのか。
つい先程の事、パチュリー様がとんでもない発言をしたからだ。
「ねぇ、こぁ。妹が欲しくは無いかしら?」
「……はい?」
「妹という言葉の意味を理解していないの?」
「そのくらいは分かります。けれど私には人間で言う所の親が居ないのですが……っは! も、もしかして義妹ですか!? パチュリー様にお子様が生まれ――うぐっ」
脳天に鈍い痛み。
「あんたって……偶に脳味噌可笑しくなるわよね。まぁそうでないと悪魔らしくないのだけれど」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてない」
「で、誰との子なんですか? やっぱり魔理沙さん? それとも根暗な人形遣い? もしかして紅魔館の誰かとか!?」
「…………」
パチュリー様がエレメンタルハーベスターという名のチェーンソーを取り出し、エンジンをかけ始める。
「冗談です。すみませんでした」
「はい宜しい」
「で、突然どうされたんですか?」
「これよ」
取り出し見せてきた本には『初心者でも分かるパソコン』とタイトルが書かれていた。
恐らく今回の発言はこれに影響されたのだろう。
「その本と私に妹が出来るのと、一体どういう関係があるんですか?」
「まず一つに、貴女の仕事の遅さ」
そう指差したのは積み上がった本の山。
つい最近仕入れた本がそこにはあり、まだ片付けられずにいるのだった。
大体何所からこんな大量に本を仕入れているのだろうか。それを私一人に片付けろというのは無茶振りというものではないだろうか?
私に与えられた仕事は書庫整理以外にもあるというのに。
「二つ。詰まらない紅茶の味」
これは私の淹れている紅茶の事だ。
美味しくなる様に心掛けながら淹れてはいるものの、評価は先の通りだ。詰まらないのならいつか味噌でも入れてみようかと思っているのは秘密だ。
「三つに、貴女では鼠取りに成りえない」
「主人公機相手に単なる四面中ボスの私が敵う筈無いじゃないですかー!」
「勝てとは言ってないわ。相手の強奪意欲を削ぐだけでいいのだから」
それが出来ていたら苦労はしないのだが……
「四つ。掃除もロクに出来ない」
「それは広過ぎるのと仕事量が多過ぎて手が付けられ――」
「五つ。暇潰しと単なる好奇心よ」
「何に対してのですか……」
「この本には非常に興味深い事が書かれていたのよ。細かい所まで説明するとキリが無いから簡潔に、且つ貴女みたいな悪魔にも分かりやすく説明するわね」
これが所謂ツンデレのツンというものですね。それでいつデレは来るのでしょうか?
「この『パソコン』という物には『シーピーユー』なる物が組み込まれていて、単純に『パソコン』の使い勝手を良くするのならそれが高性能であると良い、と書いてあるわ。他にも様々な要因が絡んでくるみたいだけど、今回はこの『シーピーユー』こと中央処理装置に注目してみたわ」
「でもその『パソコン』は幻想郷には無いんじゃないでしょうか?」
「この図書館をそれと見立てるのよ。私は単なる使用者、そして貴女は図書館の司書、パソコンで言う所の中央処理装置ね。そしてシーピーユーにはコアと呼ばれる処理を行う頭脳部分があるらしいわ。コアはシングルコア、マルチコアとあるらしいのだけれど、勿論マルチコアはコアが複数あるらしいわ。この本ではヘキサコア――コアを六つ持ち合わせた物が最先端技術みたいね」
「……何となくパチュリー様が言いたい事が分かってきました」
私を分裂か分身かコピーをして増やすという予定を立てているのだろう。
「察しが宜しい。本を解読した限りだと難しい専門用語らしい言葉が多くてそのくらいしか分からなかったけど……コアが六つ程度で最先端とはね」
「いや、六人でも十分かと」
「この『パソコン』というのは、零と一、そして二の累乗値が関わっている事が多いみたい。そこでこのコアというものも二の累乗値に当て嵌めた方が良いと私は思うの」
「そうなると二、四、八、十六、三十二、六十四……流石に二桁だと多過ぎませんか?」
「あら、一桁で貴女は満足するつもり?」
妖しく微笑む魔女がそこに居た。
もし私を十六人に増やしたとして、その子らの面倒は私に見させるつもりだろう。
まぁでも増えた分、仕事を分散させて楽になるのは悪くない。
落ち着いて考えればデメリットよりメリットの方が多い。
「じゃあ十六人という事で――」
「三十二よ」
「……はい?」
私は耳を疑った。
三十二? そんなまさか。
「すみません、聞き間違えた様です」
「三十二人よ」
聞き間違えてはいなかった。
自分の耳よりも主の頭を疑うべきだった。
「あの……それは流石にやり過ぎでは?」
「馬鹿ねぇ。この本が幻想入りしたという事は、外の世界ではヘキサコアは一般的か遅れた存在な筈。そうなれば十六コアであるヘキサデカコアなんてあっという間に追いついているでしょう」
「そんなコア名なんですか?」
「推測で付けた名前よ。という訳で、私達はそれよりもさらに進んだ先を目指すのよ」
「まぁ私を六十四人も複製するとなれば、パチュリー様でも圧倒的に魔力が足りませんよね」
「そうともいうわ」
「でも三十二人も多過ぎな気がしますが……魔力切れしても知りませんから」
「計算上では足りる筈よ? それじゃあ始めましょう。トリアコンタディコア計画、この図書館に改革を」
そう言ったパチュリー様は早速資料集めと称して私に幾つかの書物を集める様に命じてくる。これはもしかして計画を実行するまで私に休みが無いかもしれない。憂鬱だ。
そしてトリアコンタディコアとは恐らく三十二コアの事を推測で付けた名前だろう。
しかしこのトリアコンタディコア計画……長いのでコア計画と呼ぶ事にする。このコア計画がもし本当に実現したとして、するとして、私は彼女に会えるのだろうか?
この本――私の姉に。
「あぁそれとパチュリー様、一つ気になったのですが」
「何?」
「もしかしてシーピーユーのコアと私、小悪魔を掛けて――という事は流石に無いですよね?」
ちょっとした冗談のつもりで問い掛けたが、反応が返って来ない。
「……え? ちょ、え? もしかしてそんなギャグの為ですか!? そのギャグの為にこんな計画を!? 嘘ですよね? 何で無言なんですか!? お願いですから何か、せめて何か一言をー!」

    ***

あぁ、本当に寝る暇が無かった。
紅魔館の空いていた一室が簡易出張図書館と化している。そんな乱雑に本が積まれている室内の中央には巨大な魔法陣が描かれ、そのスペースを空ける為に本は部屋の隅に行くほど高く積み上げられている。
歪な形をした茸や得体のしれない肉片や、紅い紅い血といった魔力を多く含むというありとあらゆる種類の物が、魔法陣の上へ大量に配置されている。
ここで私の複製が生まれると考えると、何だか複雑な気分だ。
もしかして私自身もこうして創られたのだろうか。
「準備は万全ね」
後ろからパチュリー様が声を掛けてきた。
「とりあえず命じられたままに準備はしましたが……最終確認をお願いします」
「えぇ勿論」
ふと、一つの疑問が頭を過る。
「……そういえば私と全く同じ外見、性格、思考のコピーが生まれたら、どうやってオリジナルである私を見分けるんですか?」
「見分ける必要があるの?」
「それはパチュリー様と私の心ならとっくに深く繋がっているという――」
「仕事を上手く熟す為の使い魔なら幾つあっても損は無いわ」
「……さいですか」
「それならワッペンでも名札でも準備しておけば?」
「あ、じゃあ準備してきます!」
「もう始めるから却下よ。火水木金土符『賢者の石』」
冷たい。冷たいですパチュリー様。
私は手順通りに私の根源とも言える本を手に、魔法陣の指定された地点へと歩みを進めた。魔法陣の周囲には賢者の石が等間隔で配置される。
パチュリー様は手にした本を開き、陣を起動させる呪文を唱え始める。
胸の高鳴りが自分でもはっきりと分かる。
私と同じ姿の妹達。何処ぞの電撃使いの様に感情が薄く、命じられたままに行動する子達だったらどうしよう。
折角生れてくるのだからちゃんと自分で考えて、今の私みたいに幸せに一緒に過ごせたらいいなぁ。
でも出来る事なら、本当に出来るとしたら――
「……小さな妹が欲しいな」
この本を書いていた私の姉、小さな小さな姉に会ってみたい。
ふと先程まで唱えていた筈のパチュリー様の声が途切れた。
「パチュリー様?」
口を噤み、やや俯いたパチュリー様がゆっくり首を横に振った。
「ごめんなさい、計画は中止にするわ」
辛そうにそんな言葉を発したパチュリー様は、本を閉じて私に手渡した。
その余りの唐突さに私は言葉を失い、混乱するばかりだった。
「私から持掛けた話で期待させてごめんなさい……でも駄目だわ。悪いけれど全て片付けておいて頂戴。この計画をこれ以上進めるつもりも、もう一度実行に移すつもりも――無いわ」
そうパチュリー様は言い残すと、硬直した私を残して部屋の扉に手を掛ける。
「そ、んな……ま、待って下さい! 何でですか!? どうしてですか!?」
上手く頭が回らない。
問い掛ける言葉しか出てこないが、私はそれでも必死にパチュリー様を部屋へと留めたいと思った。
そうすればまだ可能性はある、と。
「三十一もの命を生み出せば、各々に宿せる魔力は貴女と比べてほんの僅か。となれば……あぁ、こんな簡単な事を忘れるなんて」
「で、でも賢者の石や魔力を含んだ物だってこんな沢山集めたじゃないですか! 忘れていた筈無いです!」
「私は寝室でもう休むわ。中止は中止よ、貴女も――諦めて」
最後の一言を強調しながら、パチュリー様は部屋を後にした。
頭の中が真っ白になる感覚が襲う。
その場で膝が崩れて床へと尻を付く。
なんで? どうして? という疑問符ばかりが湧いては消えていく。
次に浮かんだのが、私の妹の姿。小さな妹。
私の隣に居て、いつでも後ろに付いてきて、一緒に笑ったり困ったり仕事をしたり、そんな楽しみにしていた光景が消えていく。
忘れるんだ。楽しみに描いていた未来は無かったのだと。忘れてしまった方が楽になれる。
だから、忘れてしまおう。


――駄目。

駄目だ。

ごめんなさい、パチュリー様。

私、諦められません。

手にした本をしっかりと抱きしめる。
視界の端に映るスペルカード『賢者の石』はまだ起動している。つまり、まだ魔法陣は完全に使えなくなった訳ではない。
原理、仕組み、設計、私には分からない事だらけだが、パチュリー様は「陣を起動させれば後は自動的に連鎖反応を起こすから楽だ」と言っていた。
これは私でも魔法陣を起動させれば使えるという事。
「出来る……出来るよきっと」
呪文を記してある本を開いて、私はそこにある言葉を解読して読み上げる。
パチュリー様の傍にずっと居たからこそ、私にもそういう知識はある。だから大丈夫だと自分を信じて私は唱え続ける。
一度見てしまった夢を、簡単に手放したくはなかった。
私はこの子に、この本を書いた子に会ってみたい。会いたい。会うんだ、絶対に。
だから、だから私はやります。必ず成功させてみせます。
そうすればパチュリー様だって、私だってきっと楽になれる。この図書館が楽しそうな声で溢れるんだ。これから生れてくる私は、きっと役に立てる筈。
ただ一人だけで良い。
二人も三人もなんて贅沢は言わない。たった一人だけでもいいから、お願いだから、夢を叶えさせて――!

    ***

少しずつ覚醒していく意識。
けれどいつもと違う感触に目覚めは加速していく。
と、思い出した。
「……あぁ、夢じゃない」
掛け布団を少しだけ捲り、そこにいる彼女を見て改めて現実だと知る。
小さな小さな悪魔がさらに小さく丸くなって、私の傍で寝息を立てている。
愛らしい手で私の寝巻を掴んでいる所なんて最高に可愛い。これはやばい、本当に朝からどうしてくれようこの悶えたくなる衝動を。
召喚は見事に成功した。
白煙と共に現れたのは、私の小さい頃を模した彼女が居た。
本来ならば私と全く同じ者が生れる筈だったが、どういう訳だかこうして違っている。背丈なんて私の腹部辺りまでしかない。
外見だけでなく性格も恐らく何処か似ている、という程度だろう。しかしこれは私にとっては大成功で、夢見ていた妹が生まれた瞬間だった。
私は魔法陣の上で寝惚け眼を擦る彼女を抱き抱え、私の部屋まで連れて行く間に事情や状況を彼女へと説明した。その時に私は彼女を名付けた。小さな私、こぁの妹、『ここぁ』と。
それから私達はベッドへ一緒に入ると、幾つか言葉を交わした後に寝てしまっていた様だ。
そして、今に至る。
暫く寝顔を眺めながら脳内での激しい葛藤を繰り返し、私はここぁへ声を掛ける。
「おはよう、ここぁ」
「――……ふぁ」
一度もぞもぞ動いた後、ゆっくりと目を開ける。そして、欠伸を交えながら体を起こした。
「こぁ姉ぇー? おはよーござます」
眠たげに項垂れると、舟をこぎ始めるここぁ。
そんな彼女を抱き抱えると、私は洗面所へと向かう。
鏡の向こうの私は、今までにない程の笑顔をしていた。自分でありながら少し気持ち悪い。
ここぁを降ろして顔を洗わせる。
あぁ、仕草の一つ一つが本当に可愛らしい。
まぁしかし問題はここからだ。この事をパチュリー様にどう報告したものか。
隠したとしてもいつかはバレ――なさそうだ。うん。
パチュリー様が私に気付かう事は無い。つまり私が持つ多少の秘密程度なら隠し通す事も可能だろう。鉢合わせにならない限りは。
もし勝手に召喚した事が分かればどうなる事か……新薬か新魔法の実験体にされるのが目に見えている。いや、今までも実験体にされてたけれども。
とりあえず一度主の姿を様子見しておこう。
パチュリー様なら今の時間はいつもの場所で本を読み耽ている頃だろう。
図書館の中央、高々と連なる本棚の林に小さく開けた場所。そここそがパチュリー様の最も愛する場所だ。
私は本棚の陰に隠れると、ここぁには此処で待っている様に伝え、深呼吸を何度か繰り返して陰から足を踏み出した。
「お早うございます、パチュリーさ、ま?」
パチュリー様は愛用している肘掛け椅子に腰掛けていた。
だが私が目にしたのは異様な光景だった。
「ようやく来たわね……ゴブフッ」
口から血が大量に吹き出しても私の主は顔色一つ変えない。
いや、既に真っ青を通り越し、白過ぎて血管が透けて見えてしまうのではないかと思える程に血の気が無かった。
指の一つも動かせない様子で、息絶え絶えになんとか口を動かしている。
「お前は悪魔か。いや……悪魔だった。忘れていた」
「あ、いえ……その」
「今すぐにでも灰にして塵も残さず存在を消してやりたい所だが――ゲフッ」
「ええと……これは、ですね。到底説明出来る様な事ではないですし、例え言葉に出来たとしても納得されるかどうか」
「納得? 説明? 私は全て理解しているよ……ッオエェ」
「あの、パチュリー様も女の子ですから、血とはいえ吐いているシーンは……その」
「そんなのどうでもいいわ……とりあえずお前の心臓自分で抉って土下座しろ。話はそれからよ」
目が本気である。本気と書いてマジである。
「あのー……私達はいつまで待ってれば良いわけ?」
「待つ前にお前ら散れ……」
黙っている事に耐え切れず、私より少し背の低い割烹着を着た小悪魔が口を開いた。両もみあげが長いショートカットの髪型で、それは何だか私が違う髪型をしている様で新鮮味を感じた。
パチュリー様の背にはその子とは別の二人の小悪魔が居た。更に両肩にそれぞれ一人、スカートに頭を突っ込む者が一人、頭の上に一人。
さらにその周辺に幾人もの小悪魔こと私が居た。
けれど彼女達は正確には私と違う。基本ベースは私なのだが、髪型や服装、身長や外見年齢は皆其々だ。
「此処に三十人の小悪魔が居るわ」
「……私を入れて全部で三十二人になります、パチュリー様」
ここぁを呼び、私の隣に待機させる。
「そうだと思ったわ。部屋を出る時にもっと考えておけば良かった……ん。少し楽になってきた」
「薬の効果ですね。けれど暫く安静にしてください」
黒い白衣を羽織り黒いナースキャップを被った、髪をイギリス結びにしている小悪魔が優しく答えた。先程のタメ口だった小悪魔より少し高いが、私と比べて少し低い。
ちなみにパチュリー様は私と比べて頭一つ分程度背が低い。
それから先程から集まっている小悪魔の幾人かは口論になっていたり、弾幕で勝負していたり、見慣れない武器を持っていたりしている。
今更ながら少し後悔した。
「分かっていると思うけど……創ったからにはそれ相応か、それ以上の重みを背負うわ。覚悟して世話なさい。貴女がどう行動するか、見せて貰うわ」
「は……はい」
これはとりあえずお咎め無しという事なのだろうか。
「それから体調が戻り次第殺すから覚悟して」
甘い考えでした。本当にありがとうございます。
しかしこれからどうするべきか。
いや、考えるまでもない。元々の計画通りに進めればいいだけだ。
「掃除に整理に……お茶汲み、対魔理沙さん対策――はぁ、どれから手をつけたらいいやら」
大変になりそうだが、これだけの労力を手に入れられた事は大きい。
今は図書館の環境や配置を好きに観察する事を理由に、一度解散させる事にした。私の心の整理を済ませてから改めてこれからどうするかを話す事にしよう。
しかしその前に其々の小悪魔が持つ個々の特徴や性格を理解しなければならない。となれば私は一先ず行動しなければならない。
そうして全ての小悪魔と会話を交わした。話した内容は省くが、主に自己紹介と今に至る経緯の説明をした。
本当はここぁに会いたいだけというのは流石に言う事が出来ないので、本来の目的である仕事の分散化という理由を使用した。
その結果、三十二人の中で既に何をするか決まっている者が何人か出た。
先程の黒い白衣を羽織った小悪魔、彼女には勿論医者として勤めて貰いたい。
どうやら手術好きらしく、その点が唯一心配だ。けれど腕は確かな様で、薬も自身で調合しているらしい。
そして料理が好きだという小悪魔が一人。背は私と同じくらいでショートボブに少しパーマが掛かっている。そして恰好だがコックの帽子を被り、ボタンがダブルの白い上着を着用していた。これは料理長しか適役しないだろう。
実際に自称だが料理が生き甲斐とまで言っていたので、ある程度期待しても大丈夫だろう。
図書館の受付嬢として彼女以上の適任者は居ないだろうと見つけたのが、三十人並んだ中で最も優しく美しい笑顔を持った小悪魔が居た。長い髪を大きなバンスクリップで挟み留め、タイトスカートを穿いた子だ。
正し話をして口が最悪に悪い事が判明した。けれど図書館の玄関口として彼女の持つ美しい微笑みは欲しい所だ。それに彼女が口を開く前に受付嬢をしないかと誘ってしまった私が悪い。
とにかく引き受けてくれたのだから良かったとしよう。
それと何やら長い髪を天高く突き上げた奇妙な髪型の小悪魔、彼女は髪に対して並々ならぬ思い入れがある様なのでパチュリー様の髪の手入れを担当する。髪型は奇抜なのだが、服には特に気を使っていないらしい。
それに対して髪は寝癖等で跳ねてボサボサで手入れがされていないが、服に強い拘りを持った小悪魔が居る。レースを多用して非常に可愛らしい少しメイドに近い服を着た子だ。彼女にはパチュリー様のスタイリストをして貰う事にする。
二人とも先程からずっと睨み合っている。背はパチュリー様と同じか僅かに高いくらいだろうか。
これでパチュリー様も少しは女の子らしい一面を持てればと思うが、まぁ無理だろう。あぁでも可愛い服を着て新しいヘアスタイルをした恥ずかしがっているパチュリー様の萌えポイントは高いだろう。現に今想像して激しく萌えた。
以上の小悪魔は外見上で決めてしまったが、恐らく問題ない筈だ。
分かり易いって素晴らしい。
後は話し掛けてみた反応から、どの仕事が頼めそうなのか決めるしか無いだろう。
自分が楽になる為に、今出来る最大限の努力をするのだ。

    ***

あれから一晩置いて、私はじっくりと落ち着いて考える事が出来た。
まずは仕事を大きく六つに分ける。受付関係、書物の整理、清掃掃除、身辺補佐、猫イラズ部隊、その他……私とここぁは全体指揮と作業補助。指揮といっても命令より依頼という形になるだろう。
それにしてもやはり人数が多い。何故三十二人にパチュリー様が拘ったのか理解に苦しむ。
それぞれが個性的でも書き分けは大変だし、全員を直ぐに覚えられる訳も無いから突飛した特徴を見つけなければならない。まぁそれでも画面には一度に出られる人数を限りたい。そうでなければ混乱するばかりだ。
あ、書き分けとか画面とかは気にしないで。こっちの話だから。
小悪魔の中でも特徴的だった五人は前日の内に役割が決まり、既に話は伝えて了承を得ている。
問題は残った他の小悪魔達だ。
中には全く仕事が出来ない様な子も居るが、それは致し方が無い。なのでまずその数人を先に紹介したいと思う。
まずはワンピースタイプのネグリジェとナイトキャップを着ている、ここぁより頭二つ分背の高い小悪魔。腰程にまである長い髪は寝癖が点々と付いている上にボサボサで、起きている所を余り見た事が無い。所構わず彼女は寝ているのだ。
寝ていては仕事は勿論無理だろう。
次に会話を成り立たせ難い常に笑顔の子が居た。寝ている子より一回り程度大きく、その彼女が私に初めて掛けた言葉は「私にする? 殺す。して?」だった。
好きな事を聞いてみると「生きる証」と答え、嫌いな事はと聞くと「コンテニュー」と答え、してみたいお仕事はと聞けば「殺し合い」と答えた。理由を問い掛けてみると、限界まで避け続けて落とされる瞬間の痛みが、此処に自分が居る事を再認識出来るからとか。
異常な髪型。ショートとセミロングが入り混じった髪に、服は所々焼け焦げ、穴が開き、破れていたりしている。髪を整え服も新しい物と交換しようかと提案すると、必要無いと断られてしまった。
結局彼女はどうしたかというと、偶然遊びに来た妹様と意気投合して遊びに行ってしまったのだ。地下室での殺し合いという名の遊びへ。
似た様な子がもう一人居る。その子は先の子よりさらに一回り背が高く、部屋に籠っている事が多い。床に触れそうな程に長い髪に、服はブカブカな所為で体が余計に小さく見える。
どの辺りが似ているのかと言うと、この子は殺したがっているという所だ。先程の子が死にたがっていて常に笑顔なのに対して、この子は伏せがちな瞳で表情を余り変える事が無い。
彼女は常に長い鎖を引き摺り、その鎖には様々な危険物が括り付けている。刃物や爆発物、劇物に鈍器といったありとあらゆる凶器。それを何に使うのかと問うと、主人であるパチュリー様を殺すのだと言った。殺す事こそが私の愛だと。
そんな彼女だがパチュリー様がそう簡単に殺される訳も無く、他の小悪魔からの妨害を受けたりもしているので成功する事は無さそうだ。彼女は独自のルールを築いているらしく、常に命を狙っている訳ではない様だ。
愛情というより使命感や執念に近いと思うが、彼女はそういった理由で仕事より大切な事だからと断ってきたのだ。
少し納得してしまったが、後々考えてみれば命を狙っていない間に何かしてくれればいいのにと思った。まぁしなくていいと言ってしまった手前、前言撤回はし難い。
先の子といい、既に自分のしたい事がある小悪魔は何人か存在している。
そういう小悪魔は例え仕事を頼めても、全く手を付けない事になるのが明白だったりする。まぁそのしたい事が仕事に少しでも結び付いていればこちらとしても楽なのだが。
特に彼女、私よりも背が高く大人っぽい小悪魔。膝辺りまで伸びたストレートな髪は美しく高貴さを際立たせ、性格は非常に高圧的で自己中心的。悪魔らしい悪魔といえば正にこの娘の事を指すだろう。
そんな彼女も自分のしたい様に動く為、図書館内を自由気ままに行動している。時にはパチュリー様の命さえも平気で危険に晒す行為にまで走るので、正直な所を言えば私は彼女が苦手だ。
もう一人苦手な人が居る。その彼女もまた、前述した小悪魔同様に欲望の塊で生きている様な悪魔だ。またも背丈は私より高く、太ももまで届くその髪は全体に波掛かっている。
そして何よりワザと胸を肌蹴させてパチュリー様を常に誘惑しているのだ。体形をはっきりと浮かばせる様に着ているワイシャツと眼鏡が余計にその体の変態さを促進させている。
性癖はドエムであり時にエスにもなる彼女は、どうやら四六時中発情しているらしい。だが彼女を慣れた様子であしらうパチュリー様を見ていると、少し悔しくもあり複雑な気持ちになる。彼女の攻め具合でも足りないのか。
とまぁ、大体この小悪魔らは自分の好きに行動していくだろう。
それに後の二人は外見上、私よりも年上に見えるので頼み辛いという点もある。
私はこれから残った他の小悪魔達との交渉に入る。勿論仕事への着任依頼で、昨晩の内に各小悪魔毎に大まかな検討を付けてある。

    ***

「で、上手くいかなかったと」
「……そうなるわ」
「それでも仕事が決まってない残った小悪魔の半分は引き受けてくれたんだろう? 上出来じゃないか」
「まぁそれはそうなんだけど」
交渉の結果は彼女、調理を引き受けてくれた小悪魔の言った通りだ。
与えられた職場である調理室で嬉々として料理を作っている彼女へ私は愚痴を零しに来た。彼女の料理は非常に美味しい。
それに不思議と彼女の元は非常に居心地が良い。この感覚が姉妹で言う所の姉……なのだろうか? まぁ実際は私の妹なのだが。それに背丈も余り変わらないし。
「それじゃあさ、こぁはどうしたいのさ?」
「私は……やっぱりこれだけの人手、悪魔手があるわけだから有効活用したいなぁ」
「つまりは全員に仕事を強要させたいのね。なら強制させればいいのよ」
彼女の言葉は正しい。
立場としては私の方が上なのだから、強制させるのは容易い事だ。
「でもしたくない、と」
私は頷いた。
行動するのなら早い方が良い、けれど良い案が思い付かない。
人員の足りない部署はほぼ全てだ。唯一足りている所は図書館防衛の為の部隊だ。
全小悪魔の中で双子という特殊なタイプの一人、髪はショートで左側のもみあげが長くスラックスを穿いている小悪魔。双子の姉、日本刀を腰に差している凛とした眼差しの彼女は、洋風な紅魔館の中で東洋を好んでいる珍しい子だ。
礼儀正しく曲がった事を嫌い、戦いとあれば真正面から向かっていく真っ正直な小悪魔だ。
そしてその妹である小悪魔は見事に相反し、もみあげは姉と反対が長く、左利き。誰に対してもタメ口で曲がった事が大好きな子だ。
彼女はキュロットを穿き、持っている武器はころころと変わる様だ。戦う為なら手近な物を何でも武器にするのが彼女のモットーらしい。だが一番印象深いのはチェーンソーだ。
なにしろ彼女はパチュリー様の前で薄ら笑いを浮かべながら「エレメンタルハーベスター(笑)」と言いつつチェーンソーをチラつかせていたのだから。何故挑発した。その所為で殺されかけてるし。
二人は十代前半から半ば程の外見で、姉は妹の事を苦手にしている様子だが、逆に妹は姉の事を愛して止まない様子だ。
双子である故のコンビネーション。図書館防衛隊の五人の中で近接戦闘を担当する。
そして中距離を担当するのが何よりも爆発を愛する小悪魔。肩に掛かる程度の髪にアホ毛が一本跳ねている彼女は、プリーツスカートの下にスパッツを穿き、ロングベストの裏と深緑色のショルダーバッグには大量の手榴弾を隠し持っている。
彼女の愛用するもう一つの武器、前後を切り落としたソードオフタイプのM1887というショットガンを背中に隠して装備している。
どうやら手品が得意らしく、自分より幼い子の面倒を見るのも好きらしいが彼女だって十代前半程度の容姿だ。ちなみに手品に使用するのはトランプより手榴弾だが……それと何事にも徹底と完璧を追い求める事を重んじているらしい。
遠距離には独り言の多い非常に生き生きとしている小悪魔を採用。何しろ彼女の愛銃はシグブレーザーR93と呼ばれる物で、ボルトアクションのライフルだ。狙撃手としての腕は私の様な素人目でも命中精度が高いのはよく分かった。
さらに彼女は図書館の防衛にブローニングM2重機関銃の複数配備を立案してきた。この銃は重機関銃でありながら長距離狙撃も可能で、図書館の端から向こう端まで余裕で射程範囲に入る。相談した結果、二連装を頭とした三角配置で計三丁配備する事になった。
双子より外見上年上な彼女。軽くウェーブの掛かった腰程まで伸びる髪を首の後ろで一纏めにし、ライフルや重機関銃を構える姿は非常に様になっている。そんな自分を彼女は好いているらしい。格好良いのが好きなのだ。
最期に要とも言える、指揮を担当するのは背丈も髪も私と似ている小悪魔だ。あぁ背は私より少し低いけど。サーベルを腰に差し、タイトスカートとロングベストを着用した彼女は非常に凛々しく威圧感がある。
どうやら彼女も腰の裏に銃を持っているらしく、CZ75のSP-1と呼ばれるモデルを使用している様だ。調べた所、自動拳銃に銃剣が付いている非常に珍しいタイプだ。まぁ銃剣はオマケ扱いらしいが。
そして図書館のトラップ類を彼女は操作配置出来るのだ。
私は彼女程パチュリー様に絶対忠実を誓っている小悪魔は居ないと思う。且つ主人を護る事以外に関しては全て無駄だと思っている節がある様だ。
以上、この五人が図書館防衛兼パチュリー様の護衛を担当する。
ちなみにだが、彼女達の使う銃火器全て実弾ではなく弾幕仕様となっている。弾丸一つ一つ全てに魔力を含ませ、その魔力を消費する事で弾幕を放つのだ。
「そういえばついさっき対魔理沙部隊が出動してたみたいですね。こういう時、館内放送とかあれば便利なんだけどねぇ……巻き込まれたくないし」
「初陣かぁ……無事だと良いけど」
「魔理沙が?」
「勿論妹達の方ですよ!」
「物量に地の利、連携、相手の情報、現段階全てにおいて有利となれば多少の力量差なんてあっという間に埋める事が出来るわ。四面の中ボス程度でも五人集まれば六面中ボス程度は任されても良いくらいの力量はあるんじゃない? 初見でクリア出来る程、弾幕勝負は甘くない、でしょ?」
「まぁそうだけど……」
「問題は相手が慣れてきたらよ。だからあの五人は大丈夫、問題は巻き込まれる他の小悪魔ね」
そう言ってにっこりと笑う料理長。
死ぬ事は無いといっても、弾幕に当たれば勿論痛みはある。残機が落ちた時なんて言葉で表せない程の痛みだ。
なので今のが軽い冗談だとしても後々に巻き込まれる者が現れても可笑しくはない、この対策も後々考えておかないとだ。
「で、どうするんだい?」
「残った他の小悪魔の事? まぁ……また考えとくかなぁ」
対魔理沙隊以外にも引き受けてくれた者は四人。
掃除役を買って出てくれたのはウェーブの掛かったセミロングをポニーテールにしてリボンで留め、絵具で汚れたエプロンをした娘だ。
一応希望したい仕事はあるかどうか聞いた所、考え事をしながらでも出来るから掃除が良いと言ってきたのだった。良い絵の構図を考えたいのだと言っていた。
動機はともかく希望があるのならそれに越した事は無い。
そして書物を整理する者として一人、首元で両サイドを三つ編みにして前に垂らし、プラスチックフレームの眼鏡をした小悪魔。何故か彼女は私に、仕事を引き受ける代わりに終身雇用を約束して欲しいと言ってきた。断る理由は無いが。
彼女はエセ関西弁を使うのだが問題はそこではなく、彼女は元より口数はそう多くはない。真面目な子ではあるのだがそれ故にどこか地味で、下手をすれば隣に立っていても気付かない程に存在感が薄い事があるのだ。
けれどまぁ仕事さえ熟して貰えるのならば構わないのだけれど。
それから人里等へ買い出しに行って貰う小悪魔。私よりも背が少し低い癖に胸が豊かで、ミニスカートと黒いニーソックスはそのスタイルをより良く魅せる。そして膝まである長い髪を腰辺りでリボン等を使い一纏めにしている彼女。
どうやら奉仕奉公する事が好きらしく、自分に出来る頼まれ事は必ずやり遂げる精神が非常に強い。買い出しだけでは時間が余るので、空いた時間には他の者の仕事を手伝う様に言ってある。
出来ない事はきっちりと断るのだが、冗談ですら真面目に受けて遂行しようとするのでそういった悪戯をされないか少し心配ではある。
最期の一人はある意味重要な位置だ。
彼女は紅茶を淹れる事が非常に得意で、パチュリー様の舌を唸らせる程である。あの咲夜さんの淹れる紅茶を上回るかもしれないと言われている。
パチュリー様のお茶の時間は個人的に最も緊張する。私の淹れる紅茶の批評を聞かされるからだ。しかし彼女ならパチュリー様を満足させられると分かり、少しだけ安心した。
背丈はスタイリストとヘアスタイリストの二人と同じくらいで、髪型は私と同じロングストレートだ。
非常にお淑やかで咲夜さんの様なメイドと言っても過言ではない。
これで残るは十一人。
どうしたらいい、どうすればいい。
……いや、私にこれ以上彼女たちへ無理強いさせる権利があるのだろうか?

    ***

悩んだまま時間は過ぎていく。気付けば既に二日経過していた。
なのに私は何も出来ないでいる。
諦めているのか、それともこれ以上手を出す必要が無いと思っているのか。
そんな事を考えながら私は私の仕事を熟していく。
仕事を依頼した者から報告書に目を通し、ここぁを連れて私は図書館内を巡回する。やはり悪魔手が増えた分、楽になったと言えば楽にはなったが……その分別の仕事が出来る。
これからの私の日課は、提出して貰った各部署の報告書に目を通して何か必要事項があれば通達。図書館内を巡回し、手の足りない部署には私が手伝いをする。というのが基本的な流れになりそうだ。
ここぁを連れて図書館内を歩いていると、床に座って天井をボンヤリと仰ぎ眺めている小悪魔が居た。だが私は特に声を掛けない。
仕事をする者とまだ決まっていない者との差。時間が経つに連れてそれは色濃くなっていた。
明らかに瞳の輝きが違うのだ。
したい事が分からない、だからと言って命令されるのは気に食わない。そういった目だ。
ならばどうしたらいい、どうすればいい?
私に何が出来る?
「…………」
「ねぇ、こぁ姉?」
ふと私の袖が引かれる。
「なぁに?」
私は隣に並ぶここぁの目線まで腰を屈め、優しく微笑みながら問い掛けた。
彼女は少しだけ目を伏せて悩む様な表情を見せた後、私の方を真っ直ぐに見つめながら口を開いた。
「辛い事があったら私にも言って欲しいな?」
「――っ!? い、いきなり何を?」
「悩んだり困ってたら力になりたいって思うのは普通でしょ? 私、ただ隣に居るだけじゃ嫌なの! 何もしないなんて嫌! 私だって大好きな人の為に頑張りたい!」
「ここぁ……」
「確かに皆に比べたら体はちっちゃいし、出来る事は少ないと思うけど……それでも何かお手伝いくらいは出来るから! 私、頑張るから!」
この娘は純粋にそう思っているのだ。
その気持ちは私にだって分かる。大事な人、パチュリー様の為に私は色々頑張ってきた。頑張ってこれた。
どんなに紅茶が美味しくならなくても、魔理沙さんに落とされようとも、大きなドジをしてしまっても、キツい実験に付き合わされても、パチュリー様の傍に居られる事がとても幸せなのだ。
「――あぁ、そうか」
そうだ。彼女達は私でもある。
外見や性格は違えど、根本は私なのだ。自分では気付かない、気付けない深い本心である可能性だってある。
となれば、私には彼女達がどうしたいのか、どうして欲しいのか分かってあげられる筈だ。
「ありがとう、ありがとうここぁ!」
「ふぇ!?」
私はここぁを目一杯抱き締めた。
分かった気がした。これから私のすべき行動が、掛けるべき言葉が。
「私、行ってくる。ここぁ、貴女の仕事は私の補佐なのよ。今はまだ始まったばかりだから、これからが忙しくなるわよ? 覚悟しておく事ね」
「――うん! いってらっしゃい!」
私の笑顔に負けじと、ここぁも満面の笑みで私を見送ってくれた。
床を蹴り図書館上空からまだ仕事を頼んでいない小悪魔を探す。
まず最初に聞こえてきた楽しげな声を元に、獣耳を何故か生やしている小悪魔三人組を発見した。
ミディアムでウェーブの掛かった猫耳の小悪魔は、正に猫の如く気紛れで飽きっぽい所がある。
対して好奇心旺盛だが比較的真面目な犬耳の子、ショートでストレートな髪にベストではなくブレザーを着ている。私の話も真剣に聞いてくれる娘だ。
もう一人が、カーディガンを羽織った兎耳の小悪魔。長い髪を首の後ろで二つに分けて結んでいて、遊びも仕事も夢中になると周囲が見えなくなる傾向があるのが心配だ。
彼女達の外見や中身はここぁが少し成長した程度なので、仕事の出来にあまり期待出来そうにない。してくれないより良いといったレベルだろう。
彼女達には掃除をお願いする。仕事ではなく、あくまでお手伝いという名目でだ。
だが三人の外見や中身はここぁが少し成長した程度なので、掃除の出来はあまり期待出来そうにない。してくれないよりマシといったレベルだろう。
しかし私だってこの広い図書館を隅々まで綺麗にして欲しいと思っている訳ではない。此処の掃除の鬼畜さは身に染みて理解しているつもりだ。
それと彼女らに掃除というのはかなり合っている筈だ。
三人の中で猫が一番年上なのだが気まぐれでサボりがち。だが下の二人は比較的真面目なので掃除を始めれば、年長という立場から嫌々ながらもしてくれるだろうという予想だ。
もし彼女達が遊びたいなら好きに遊んでいて構わない。だから三人には仕事という強制はしないで、あくまで私もしくはパチュリー様のお手伝いという事にしてお願いをするのだ。
次に私は引き受けていない子がよく通っている場所を思い出し、そこへ向かう事にした。
その場所は調理室。最初にタメ口で問い掛けてきた割烹着を着ているあの子は、よくここで暇を潰しに来ているのだ。
私は彼女に掃除の内、洗濯をお願いしようと考えた。単なる直感なのだが。
仕事の件を彼女に話すと、勿論面倒臭そうに断ってきた。
確かに私達三十二人の小悪魔が出す洗濯物を、たった一人で片付けるとなると非常に大変だろう。しかし一つの言葉が彼女の心を揺れ動かした。
付け足したのは「パチュリー様の服も洗って貰わないといけないんだけど」という言葉だ。
明らかに肩をピクリと反応させた。これはもしやと思い、小悪魔よりパチュリー様という単語を優先して出した結果、意図も容易く彼女を落とす事に成功した。
もう一度図書館へ戻ろうとした時、隅の方でティーポットに何かしている小悪魔を見つけた。
紅茶を淹れる淑女な小悪魔とはまた別な子だ。
何をしているかと思えば、どうやらポットの内面に麻痺薬を仕込んでいた様だ。
肩に届きそうな程の髪に小さなツインテールが揺れる。あぁそうだ、彼女は小悪魔の中で最も悪戯を愛する子だ。
悪戯を中断させて得意な魔法が無いか尋ねると、非常にご都合主義な物を彼女は持っていた。探索と転送の魔法を一応使用できるとの事らしい。こんな事ならもっと早く聞いておけば良かった。
つまり彼女は特定書籍検索が可能という事だ。ならば話は早い、二人目の受付役だ。
その能力を役立てる為に仕事を薦めてみるも、案の定そんな詰まらない事をしたくないと言う。
だが私はこう言った。
「検索しに来た人に悪戯し放題よ?」
「その内来なくなるって」
「だったら悪戯の中に真実をさり気無く混ぜておけばいいのよ。どちらにしてもこの膨大な書物の量で目的の一冊を探し出すなんて苦労したくない筈よ。検索機能があると分かってたら余計探す気にもならないし」
「……よし、その仕事乗った」
にやりと笑った彼女と、がっちりと握手を交わした。
しかし私は大事な事を忘れている。それはその検索機能を自分も使用するという事だ。となると彼女に頼む時には覚悟しなければならない。
まぁ望む所だ。
図書館へと戻る途中、背で揺れる三つ編みの小悪魔を見つけた。
彼女は非常に無表情で声を出さない。出せないのか意図的に会話しないのかは分からないが、対話をするのに彼女はスケッチブックを使用している。
書かれる言葉は非常に毒舌で、常に相手への挑発を忘れない。
私はそんな彼女へ仕事の話を持掛ける。が、勿論引き受ける訳がない。
『頼み事ならそれ相応の態度と報酬を見せなさい』
「別に毎日朝から晩までやって欲しいという訳じゃないわ。他の書庫整理の者と相談して当番制にするなりどうするかは任せるつもりよ」
『そもそもこの私に労働させるという考えが万死に値するわ』
「自分を優遇しろと?」
『そう思うならそうしたらどう?』
「……けれど、どんなに何かを積もうとやる気は無いんでしょ?」
『さぁどうするの? 何をしてくれるの? 私に見せてよ、おねえちゃん』
私より頭一つ程低いが、そんな彼女相手に単なる言葉遊びを続けても埒が明かないだろう。
そこまで自尊心が強いならば、それ相応の対応をさせて貰うとしよう。
少しだけ、教育しなければ。
『幾ら考えても時間の浪費しか無いわよ。諦めるのも選択  』
床へと落ちた三分割されたスケッチブック、書き途中だったその言葉が私の瞳に映る。
何が起きたか理解出来ていない隙に、左手で彼女のペンを持つ手を上方へ払い、腕をもう一振りして空中で回転するペンを切り落とした。
私の手には咲夜さんから頂いた最高の切れ味を持つナイフ。
二つに分かれたペンがスケッチブックを黒く染めていく。
「これ以上、無駄な言葉は不要。貴女はイエスかノーで答えて?」
「…………!」
「あぁ、体を傷付けるなんて真似はしないわ。体に痛みを与えても無駄、傷は心に負わせるモノよ。貴女にとって紙と筆は心の拠り所……でしょう?」
唇と両手を震わせ、彼女はその場で尻餅をついて怯えた様子を見せる。
「怖い思いさせてごめんなさい。でもね、余りにも遊びが過ぎたらこれ以上の仕打ちがあると思ってね。特にこんな事をパチュリー様にしたら……どうなるか想像もつかないわよ。分かった?」
涙目で彼女は頭を何度も上下に頷かせた。
「それと――これはスケッチブックの代わりね。駄目にしちゃってごめんなさい」
私は持ち歩いているペンとメモ用の小さな紙束を彼女へと渡した。
「明日買い出しの小悪魔に新しい物を買って来て貰うからそれまでこれで我慢して? ……で、改めてだけど、お仕事出来る?」
軽く屈みながら彼女の目線で私は問い掛けた。
自分が紙とペンを手にしていると気付くと、彼女はいつも通りの無愛想で無表情な顔へと戻っていった。
『はい』
「よろしくね? でも無理はしなくていいから。仕事仲間の子達と仲良く頑張ってね」
『……分かりました』
「怖がらせてごめんね……今度一緒にお茶でもしようね?」
返答は無かった。けれど彼女は俯きながら小さく頷く。
あぁ、少しやり過ぎた。心残りだけれど私は彼女を残して図書館へと改めて向かう。
……なんというか、これでは私が脅した様に見えてしまう。いや、実際脅してしまった。反省。
図書館へ戻り、残る五人を探した。先の子の様に手間が掛かるかと身構えたが、実際そうでもなかった。
非常にマイペースで聞き見間違え勘違い早とちりが激しい、私より頭一つ分背丈が低い小悪魔が居る。
自分はマッサージを得意としていると言っていた為、試しにパチュリー様がして貰った結果が驚く事に魔力の流れを潤滑にさせる効果があるとの事だ。
彼女は上下ともジャージと呼ばれる服装で、少し長い髪を後ろで一つ結びにしていて、どこか運動好きな雰囲気を醸し出していた。彼女曰く、私にとってこれが正装なのです、だそうだ。
ドが付く程の天然な彼女は、困った事に意図せず卑猥に近い表現を多用するので周囲からも扱い辛いと言われている。
けれど得意分野が上手く仕事に繋がった非常に良い例である。
さて次に何やら背丈は同じくらいの小悪魔二人が、隣り合って座っている所を発見した。
短い髪に探検家の様な帽子を被り、動き易そうなカーゴパンツ、そしてゴーグルやリュックサックにランタンを持っていれば彼女の趣味がどういった物だか容易に想像がつく。
彼女はどうやらもう一人の小悪魔にコンパスを調整してもらっていたらしい。
話を聞いた結果、彼女は足を使ってこの図書館の詳細な分類分けた地図を作成して貰う事となった。彼女の希望でもある。
魔法での地図作成も考えたが、紙媒体での地図も補助として作成しておけば後々役立つ事があるだろう。
真面目で素直なのは良い。気合と根性もありそうだ。しかし頭が少し軽い点が垣間見え、そこが少々心配だ。彼女は恐らく簡単に騙されてしまうタイプだろう。
そしてコンパスを調整していた小悪魔。彼女はどうやら手先が非常に器用で、道具と材料さえあればどんな物でも作ってみせると自負している。
けれどそんな彼女は非常に人見知りで手先以外は、会話のタイミングから間の悪さまで非常に不器用としか言い様が無い。決してドジばかりという訳ではないのだが……
背の中程まである髪はそのままに、ヘアバンドで前髪を上げて小さな丸眼鏡を首から下げている。着用している腰エプロンには作業の汚れが付き、腰からぶら下げた厚手の手袋にも汚れがあった。
物作りが得意という事で、彼女には備品や必要な小道具を依頼して作成して貰う事になった。その為の作業部屋も丸々一室用意する約束をした。
二人と分かれてから、私が髪を非常に短くして胸を控えめにした様な小悪魔を見つけた。
彼女は非常に物腰が柔らかく、温和で優しい声をしている。そんな彼女にはやりたい事があるらしく、音楽に関わる仕事をしたいと言ってきた。
私は少し考えた後、音楽ではないけれどと付けた上で館内放送を担当して貰えないかと頼んでみた。すると彼女は喜んでと了承したのだった。
放送機材とその為の部屋をこちらも準備するという約束を交わし、緊急時の放送の為に直接声を流す事が出来る小型マイクをパチュリー様が用意して下さった。
不意な侵入に備えて対魔理沙隊の指揮を担当する小悪魔に、放送担当の小悪魔と通信出来る魔道具を渡しておく事となった。これで巻き込まれる事は無い筈だ。
そういえば別れ際に彼女が嬉しそうに小声で「これでディージェーが出来る」と言っていた。ディージェーとは何なのだろうか……聞いた事の無い単語だ。
そこは深く詮索するつもりも無いのでそのまま別れ、私は最後の一人の元へ向かった。
その彼女に会うのは正直気が引けた。
彼女は手にした撮影機で様々な場所を覗いては深いため息を吐いていた。
私より一回り程小さい彼女は、胸元まで伸びた髪を左側の首元で結わいて前へと垂らし、何故か二の腕に『撮影係』という恐らく自前であろう腕章を付けた小悪魔だ。
撮影に使う機械は射命丸さんが使っている様なカメラより、全体的に一回り程大きい頑丈そうな物だ。
私が会い辛いと思う理由としては、彼女の記憶力が非常に乏しいという点だ。前日の事ですら余り覚えていないというのだから、彼女に無理して仕事をして貰う必要は無いのではないかとも思った。
しかし、彼女の表情からその考えを撤回する事となった。
彼女は生まれてから今の今までずっと、何もかも諦め、此処に居る理由が見つからない、自分なんて居なくなりたい、そんな自嘲した表情をしているのだ。
このまま彼女を放っておく事なんて出来ない。せめて、此処に居て良いという事だけでも分かって貰いたい。
「こんにちわ?」
「…………」
無言、無反応。
大丈夫、この程度の反応は予想の範囲内だ。
さり気無く彼女の隣へ、足を横にして座る事に成功した。
「カメラ好きなの? 何か撮った?」
彼女は頭を横に振った。
「壊れて撮れないの?」
もう一度彼女は頭を横に振った
「撮りたい物が無いの?」
また彼女は頭を横に振った。
「写真の被写体なら今一杯小悪魔が居るけど? パチュリー様の事だって撮っても良いと思うわ」
知ってる、と言わんばかりに今度は縦に振った。
「あぁそうだ。今度アルバムを持ってくるわね? 貴女の撮った写真で一杯になったら楽しいだろうなぁ」
彼女は反応しなかった。
私は次の出方を少し考えていた所、不意に声がした。
「楽しい?」
「――な、何が?」
少しだけ焦った。図星では無いが、その言葉に秘められた嫉みや恨みを感じ取れたからだ。
それに私を見つめるその冷たい瞳が、少しだけ私の下心まで覗こうとしている様でもあった。
「私を慰めてる事」
「別にそういうつもりは……」
「適当に優しい言葉を掛ければ良いと思った? どうせ明日には忘れてると思って」
「そんな事ないわ」
「嘘」
「本当よ」
「姉妹の中でここまで欠陥品なのは私くらいね」
「自分を物として扱わないで。貴女は私の大切な妹なんだから」
「違うでしょ。貴女が大事にしてるのは、あの一番ちっこい小悪魔とパチュリー様でしょ?」
「確かにそうだけど、同時に私の妹達も皆大切なんだから。それは否定させないわ」
「そう。でも私にはどの言葉が嘘で本当かなんてどうでもいいわ。何もいらないし、何もしたくない」
彼女は虚ろな瞳で俯いた。
私は一つその言葉に引っ掛かりを感じた。
何もいらない筈なのに、何もしたくない筈なのに。それは彼女の持つ大きな矛盾。
「――嘘」
「勝手にそう思ってれば」
「どうして行動しようと思わないの?」
「無意味だからよ」
「そうね。無駄と思ってる限り貴女は変わる事なんて出来やしないわ」
私のその言葉に、彼女の口調が少し強くなる。
「変わる? 毎回リセットされ続ける私が変われるだって? 馬鹿にしないで」
「してないわ。どうして明日に目を向けないの? 明日の為に今を頑張らないでどうするの?」
「貴女に何が分かる! 昨日の自分が居たのかも分からない、今の自分が此処に居るかも分からない、明日の自分が存在しているかも分からない! いつだって私には不安と恐怖しか無い! 明日にはどうせ何も無くなってしまう、そんな恐ろしい事を私は生き続ける限り、延々と繰り返すんだ!」
彼女の感情が爆発した。
常に抑えて沈んでいる様な彼女の声とは全く違う、激しく粗ぶった声だ。
背に当たる冷たい床、視界が激しく動いた。高い天井と歯を食い縛って睨み付ける彼女の顔が映る。彼女は私の上へ馬乗りになって胸倉を掴んできた。
「何も分からない癖に偉そうにするな……! こんな事なら――こんな辛い想いをするくらいなら、私なんて元から居なければ良かったのに!」
その言葉は私の胸に深く突き刺さった。
彼女は大粒の涙を流しながら、何度も私の胸倉を大きく揺さぶった。
「なんで私なんかを創ったのよ……こんな欠陥品が出来る筈無いとでも思ったの!? どうなのよ!」
私の今まで一番不安だった所を見事に突いた言葉だった。
きっと誰かは私を恨んでいると思った。生まれて来なければ良かったと、そう思う小悪魔が居るだろうと。
正に彼女はそうだった。
私の想像以上に彼女は苦しんでいた。なのに私は今日の今まで放置してしまっていた。
……最低だ。
「なんで貴女が泣くのよ……泣くのは私の方なんだから!」
「わた……し、ごめん、なさい」
言葉が上手く出せない。声を荒げて叫んでしまいそうになる。
けれどそれは卑怯だ。私は確かに彼女にとっての加害者だ。ならば私は償いをしなければならない。
息を深く吸って、一度止める。そして、
「――貴女に未来をあげるわ」
その言葉を聞いた彼女は、少し面食らった様だ。
「な、にを言ってるの? ふざけた事を言わないで!」
「貴女の様な子が居る物語ではよくある方法になるけど、でも一番ぴったりの方法よ」
私は傍の本棚へと手を伸ばし、Diaryと表紙に書かれた冊子を取って見せた。
ちなみにこの日記帳は私の物で、過去の私が綴りページを埋めた物だ。
「明日の自分の為に日記を綴るの。どんなに忘れてしまっても、その日記に書かれた事は貴女の信じられる真実だから」
「そ……んな事しても……」
「無駄じゃないわ。ほら、こうして開いて読み返せばその時の想いや願いが書かれているの。それに、貴女にはもう一つ自分を信じられる物があるじゃない」
それは彼女自身が気付いていないだけで、けれども彼女が一番信じられる物だ。
「写真に写った物は、全てその時その瞬間の記憶でしょ? 貴女にとってはそれが一番信じられるんじゃないかしら?」
私は知っている。
毎日全員の小悪魔が居る事を確認している私は、貴女の事をしっかりと覚えている。彼女が記憶を失ってしまっても、そのカメラだけは手放さなかった。
全て失ってしまう訳じゃない、ちゃんと明日に繋がっている事を私は知っている。
だから何もいらない訳じゃない、何もしたくない訳じゃない。貴女には何度忘れようと忘れられないやりたい事があるのだと、それを気付かせてあげないといけない。
「だからね、沢山写真を撮って。貴女が撮りたいと思った全てを」
私は彼女のカメラを優しく手に取って、ファインダーを覗いた。
「それでね――」
カシャリと乾いた音。
四角い窓には、涙を流している悲しげな彼女が写っていた。
「写真を入れた日記が何冊も一杯になった頃に、もう一度私に撮らせて? その時にちゃんと貴女が笑えている様にする、そう未来の貴女と約束させてくれる?」
私は小指を立てて彼女の前に差し出した。けれども彼女は俯いたままだった。
数秒の沈黙、それはとても長く感じた。
そして、彼女は小さく声を出した。
「まだ少し、信じられない」
か細い思い詰めた言葉から、これ以上私に何かを言う資格は無いのだと理解した。
こんな事では私を許せないのだと。
「……そっか」
「でもこのままじゃ明日の私も同じなんだよね?」
いや、そうではなかった。
「今、少しでも変わりたいと思った自分を無駄にしちゃうんだよね?」
彼女は彼女の意思で決めようとしている。
誰かに強いられる訳ではなく、自分自身の感情で彼女は決意しようとしている。
「だから、約束なんていらない。私は今の私の為に、明日から先の私の為に――私に仕事を頂戴。私は変わりたい!」
彼女のそんな表情を見たのは始めてだった。
もう少しで微笑む事が出来そうなその表情は、少し前の彼女より足を大きく踏み出せた事を私に教えてくれた。
「……頑張って、としか言えないお姉ちゃんでごめんね? でも、頑張って」
「うん」
私は彼女を優しく抱きしめた。それに応えて貴女もまた優しく抱き返してきた。
嬉しくて、安堵して、少しだけまた泣いてしまった。
けれど、胸に刺さった棘が抜ける事は無かった。

    ***

「ふぅ……」
私はその日の晩、ベッドに腰掛けると無意識に深く息を吐いた。それは肉体的精神的疲れもあったが、私達小悪魔総勢三十二人全員の肩書を決められた、その安堵感も含まれている。
妹が出来た幸福感に浸る間もなく、様々な不安ばかりが私に付き纏っていた。その不安全てが解消された訳ではないが、今こうして自然に微笑んでしまうのは余裕が出来た証だと思う。
隣で既に寝息を立てているここぁの髪をそっと撫でる。
あぁ本当に愛おしい。
もっと愛でたい気持ちとは裏腹に、疲れからくる睡魔が私の意識を薄めていく。
身体が重力に逆らえず倒れていく。ここぁの体温で温められたベッドが柔らかく私を包み込んだ。眠気が加速していく。
そんな中で私は直ぐ目の前に居るここぁを見つめながら願った。
どうか、どうか皆と、私の妹達と長い時間一緒に過ごせます様に。皆が笑って楽しい時を過ごせます様に。
その為にも、私が頑張らないと。
頑張るんだ。
何を?
それは、また、明日に……。

    ***