「待ちな、ブス!」

台湾のトップモデル、リー・チーリンは広東語で怒鳴られ足を止める。
失礼な罵声を浴びせた人物に向けた顔は、うんざりした表情で満ちていた。
だが、その相貌は端整で見るものを魅了するものだった。
負の感情が浮かんでいようともその美貌は衰えることなく周囲に輝きを放つ。
琥珀色に染めた髪を惜しみなく広げ、芳しい芳香を纏わせている。
すらりと細く長く伸びた脚で支える体は、しなやかに引き締まっていた。

振り向いた先には人影が見えず、目線を大幅に下げるリー。
そこには脂肪の塊があった。
ウエストを中心にだぶだぶとした贅肉をまとわりつかせ、
その上チューブトップの服を着ているので、衆目にその樽腹を晒している。
上品なドレスで胸の谷間をわずかに見せる台湾も出るとは対照的だった。
顔も肉のつき過ぎで常に微笑んでいるような造作だが、
どうやら怒っているらしいことはリーにも分かった。
確か大食いを持ちネタにしている中国人芸人だ、と彼女は思い出す。

「あの……何かゴヨウでショウか?」


リーは台湾語の他に北京語、英語と簡単な日本語を話すことができる。
なので中国人の女性に対しては北京語で応答する。
それがさらに女芸人の癇に障ったようだ。

「ゴヨウでショウか? 下手な北京語シャべってんじゃないよ!」

訛りのキツイ広東語でそうまくし立てる彼女からどう逃げるか、
すでにリーは考え始めていた。
このような状況に彼女が立ち会うのはこれが初めてではない。
日本でのドラマ出演が決まってから、反日派の人間の嫌がらせが続いていたのだ。
一般人は事務所やマネージャーが対処してくれるが、
こういったタレント畑の人間まではTV局でも対応しにくい。

「ワタチのキムタックに媚売りやがって、イクラで寝たんだヨ!」

どうやら彼女は反日というわけではなく、
好きなアイドルと競演しているリーに嫉妬しているらしい。
そんなことを言われてもキャスティングの権限は私にはないのに、
とドラマと現実を混同する低脳な女性に対して哀れみさえ覚える美人女優。


「ンダヨその目は、大体ワタチタチ誇り高い中華人民共和国の役なんかして、
売国奴、娼婦、×××××!」

テレビでは人情派で通っているはずの女芸人の口汚い罵声に、
さすがのリーも驚いて周りを見渡す。
普段は喧騒で包まれているTV局も、深夜過ぎということで人通りは少なく
中国人女性の差別発言を咎めるものは誰もいない。
身の危険を感じたリーは、逃げようと距離をとり口を開く。

「あの、用事がありますので、シツレイします」

口早にそう言うと、身を翻し走って逃げようとする。
瞬間、リーの背中に衝撃が走った。

「アイヤー!」

150キロ超とも言われている女芸人が全体重をのせてタックルしてきたのだ。
あまりのショックで顔面から床に衝突する美人モデル。
ガスッ、っと鈍い音を立てて衝撃を顔中で受け止めてしまう。

「んぐぅ!」


鼻の奥からツーンと鉄の臭いが広がってくる。
美人モデルであり女優でもあるリーの鼻梁から、トロリとした血液が流れ出る。
床にぶつけた衝撃で鼻血を垂らす女優の顔は倒錯的でもあった。
あわてて拭おうと手で押さえようとする台湾女性。
そこに二度目の衝撃が振り下ろされる。

「フンガー!」

百貫デブの中国人が、肩幅よりも広い臀部をモデルの細い背中に叩きつける。
胃袋どころか背骨まで軋むような重量に、声もない悲鳴を上げるリー。
冗談ではなく腰骨が砕けてしまうのでは、と真剣に恐怖を感じてしまう。

「ぐぅう、お、オモイ……」

必死に声を絞り出し、少しでも重さを和らげようと上体を動かしてみる。
だが鬼のような形相の女芸人はそれすらも許さない。

「動くんじゃネーヨ!」


うつぶせに倒れている台湾モデルの背中に座っている中国芸人は、
あろうことか100キロを軽く超える体重で、再び尻を振り下ろす。
腰を少し上げて、落とす。
その繰り返しで、何度も何度も美人女優の背中に鉄槌を降す。
逃げる隙もないほど高速で上下運動のハンマーを繰り出され、
リーの口から情けない悲鳴がほとばしる。

「ぐげぇ! やめ゛やべでぇ! ぐええっ!」

細くくびれた腰に、無残にも馬乗りの悪魔が笑みを浮かべて拷問を続ける。
本当に潰れてしまう、もう潰れているのではと恐怖に顔をゆがめる台湾モデル。
鼻からは顎にかけて鼻血が滴り落ち、涙と一緒に床のタイルを濡らす。
限界だった。
か弱い女性であるリーは暴力に晒された事など一度もなく、
死の恐怖が脳裏をかすめて、子供のように泣き喚いてしまう。

「あー! あー! ユルシテ、死ぬ、シヌ!」


ドスン

「ぐぴっ!」

魔の乗馬運動を停止し、リーの背中に腰を落ち着けるデブ芸人。
座ったままでもかなりの重量だが、臀部を叩きつけられるよりはよほどマシだった。
ふーっ、ふーっ、と荒い息を立てて休憩を取る間に、脱力する台湾モデル。
ボクサーに殴られたようなもので完全にグロッキーになっている。
手足を投げ出し、顔は無様に床につけて歪んでいる。
鼻血を垂れ流したまま、舌を出して脱力し半分白目を剥いている。

「どうだ、謝罪と賠償をするカ?」

「あ、あへ……」

中国人が何かを語りかけているようだが、聞き取れるはずもない。
つかの間の安寧に身を委ねようにも、腹筋と背筋から痛みが昇ってくる。
呼吸をするだけでも胃から鈍痛がするのだ。
普段は完璧なポーズを決めてるモデルの無様な姿を見て、
満足そうにほくそ笑む脂肪の塊。
嗜虐の顔でにこやかに語りかける。

「返事がないな。反省しないなら、トドメだ」


「え?」

ジャンプ。
今まで地に足をつけ、腰を上下させるだけだった女芸人。
だが今、彼女は完全に宙に浮いていた。
背中から圧力がなくなり、開放感に浸る台湾モデル。
もちろん刹那の後、その甘美な夢は終わり残酷な現実が降ってくる。

ずん!

「っ! ……か、ぁ」

全体重に落下速度を加え、砲弾のような勢いでヒップを落下させた。
今までとは比べ物にならない爆弾に、絶息するリー。
突然降って湧いた災難は、本当に降ってきた衝撃に収束する。
頭が真っ白になり何も考えられなくなる。
それでも体は痛みを、重量で押し出される内容物を彼女に伝える。
歯磨き粉のように彼女の胃から、夕食が押し出されてくる。
それは彼女が女性として最も見せたくない姿に違いなかったが、
一秒たりとも我慢できるものではなかった。

「う、ごぽ、おげえええぇぇぇぇ!」

美人台湾モデルは強烈な嘔吐をした。
オットセイのような体勢で、胃の内容物を前方に押し出す。
とてもリーのような美女から生成されたとは思えない醜悪な物体が、
タイル張りにびちゃびちゃと広がっていく。
彼女は台湾のトップモデルではなく、哀れなゲロ吐き女となったのだ。
最終更新:2010年07月17日 01:23