「鏡(前編)」(2009/10/25 (日) 01:53:29) の最新版変更点
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彼は、愛を知った。
知ったからこそ護る側に立ち、茨の道を突き進む。
道中で多くを喪いながらも、愛を捨てることなく歩み続ける。
それが彼の誓いであり、それこそが彼の愛の形。
彼女は、愛を知った。
知ったからこそ奪う側に立ち、たった一つの椅子へと手を伸ばす。
過程において一つの愛を切り捨てても、より憧憬する愛を目指す。
それが彼女の夢であり、それこそが彼女の愛の形。
行動原理は同一でありながら、実際に取る行動は正反対。
まるで、ある一点だけが大きく異なる鏡写し。
とは言えど片方が鏡面世界の住人であることはなく、ともに現世の住人である。
両者には虚偽などない、互いに真なる存在。
どちらが正しく、どちらが過ちなのか。
それは定かではない。
そもそも答えがあるのかすら、曖昧なところだ。
愛の定義すら、少なくとも現在においては不明とされている。
しかしそれでも、この場にて二つの愛はかち合ってしまう。
その果てにあるのが、二つの愛に対する解答なのか。
立っていた方が正しいのか。倒れ臥した方が間違いなのか。
またしても、定かではない。
だいたい、答えを見出せるほどにヒトやキカイとは上等な存在なのか。
いやはや、まったくもって――――定かではない。
◇ ◇ ◇
何者かの侵入を把握して、闘技場に照明が灯る。
宇宙要塞内は基本的に天井そのものが照明の役割を伴っているというのに、この部屋は例外だ。
バトル・ロワイアルのクライマックスにあたる戦いのため、用意されたスペース。
それゆえのムードを考えてだろう。グラウンドやドーム休場にでもありそうなやたらと派手な代物が、幾つも設置されている。
加えて、鉱石製の床や四隅に埋め込まれた石柱が、いかにも武道会場のような雰囲気を醸し出している。
その中で、ゴシックロリータを纏う二体はどこまでも異質だった。
「シュワちゃんから聞いたわァ。スバル・ナカジマでしたっけ? あなた、彼女が好きだったのよね」
微かに吊り上った口角を左手で隠して、コロンビーヌがゆっくりと口を動かした。
コロンビーヌが自分と同じように愛に目覚めたことをフランシーヌ人形から聞いていながらも、告げられた内容にドラスは目を丸くする。
それを尻目にコロンビーヌは左手を軽く振るい、すでに構成済みであったゾナハ蟲製のナイフが宙を駆ける。
「――っ」
投げかけられた言葉に気を取られていたドラスは、乾いた音により現実に引き戻される。
展開させていた防護障壁に走った亀裂によるものだ。
ドラスが飛来する無数の刃物を視認した途端に、一際軽快な音を鳴らして淡色の魔方陣は塵となった。
顔を顰めながらもサイドステップを取ったドラスに、ナイフを模るゾナハ蟲の群れは対応しきれない。
幾らかは表皮を傷付けたが、ネオ生命体のボディには無意味に等しい。
致命の一撃を与えることなく、ナイフはドラスの背後にあった風穴から室外へと飛び出した。
が、コロンビーヌとてこれで勝負が決まるとは思っているほど楽観的ではない。
次の手は、とうに打ってある。
(この音は……!)
ゾナハ蟲の群れが遠ざかったことで、その羽音に隠されていた微細な響きが少しずつ明らかになる。
エネルギーを燃やす噴射音に、高速旋回よりもたらされる風切り音。
その源は、未だ着地していないドラスの周囲。
上方と後方に二つ、左右に一つずつ。
振り向かずとも、ドラスにはその正体が分かった。
先刻前に自分達へと襲い掛かった球形爆弾型宝貝(パオペエ)『開天珠』。
自分の肉体に対して初撃の攻撃範囲が広かったのは、視界を奪ってこの第二撃へと備えるためだったのか。
相手の意図を飲み込んだドラスは、僅かとはいえ発言に意識を奪われた自分を呪う。
そこまで理解していながら、なおかつ開天珠の地形すら変える威力を知っているというのに、それでもドラスは絶望しない。
コロンビーヌが指を鳴らし、浮遊していた六つの球体がドラス目掛けて動き出す。
「はッ!」
鋭く息を吐いたのに応えるように、ドラスの頭部が波打つ。
水色の毛髪、まったく焼けていない肌、緑がかった碧眼――――その全てが光沢のある鉛色に。
一瞬の後に、再び元の可愛げのあるマスクに戻る。
ただ一点――――頭部から、物々しい銃身が伸びていることを除いて。
これにはさしものコロンビーヌも驚愕するが、ドラスにしてみれば単に体内に収納してあった物を取り出しただけの話。
そのマシンガンの正体は結城丈二愛用の『アタッチメント』、引き金は外に出さずボディの変化で操作する。
上空から迫る二つの白球を冷静に打ち抜き、銃身がドラスのボディを滑らかに流動する。
背後に目はなくとも、標的自体が音を出しているのだ。狙撃は容易い。左右も同様だ。
立て続けに響く六つの起爆音を背に、ドラスは着地する。
直撃していないとはいえ余波で身を焼かれているというのに、ドラスがすぐさま地を蹴った。
闘技場に入る際に、一度起爆させた開天珠は復元まで多少の時間を要することが分かっていた。
それゆえに、その隙を与えずに勝負を決めようと考えたのだ。
二十メートルほど離れているが、ネオ生命体にとってはあってないような距離。
地を蹴るたびに加速し、ついに残り数歩。
そこまで来たところで、ドラスの中に違和感が生まれる。
まずコロンビーヌが遠ざかろうとしないことと、何より僅かに笑みを浮かべていること。
一度距離を取ろうかと考え、ドラスはその案を却下する。
注目を惹いてからのスタングレネード、放送に自分の声を混ぜておきながら直後に不意打ち、スバル・ナカジマの名前を出してからの攻撃。
三度の奇襲から、ドラスは『コロンビーヌは自分の攻撃を中断させようとしている』と判断した。
フランシーヌから聞いたコロンビーヌの情報も、ドラスの突撃を後押しする。
真夜中のサーカスの舞姫であると言うのなら、あの不審な微笑もまた演技と見て何がおかしいだろう。
「オォォ!」
廊下でコロンビーヌを追走していた過程で、ドラスは小回りが利く姿となってしまっている。
だが、絶好の攻め時をフォームチェンジに費やすのは愚策。一撃決めて生まれた隙に変化すれば十分だ。
その判断から、ドラスが拳を掲げ――
「残念でしたァ」
舌を出すコロンビーヌを瞳が映した直後に、倒れてきた照明を身に受けて足場に叩きつけられた。
「ガ…………?」
状況を理解できていないドラスをよそに、コロンビーヌは金色のツインテールを掻き揚げる。
衝撃によって舞った埃をコロンビーヌが払っていると、その周囲へと上空から銀色の羽蟲が集ってくる。
その様子を見上げながら、やっとドラスは気付く。
次への布石は、初撃だけではなかったことに。
ゾナハ蟲製ナイフが開天珠を隠蔽する役割も果たしていたように、開天珠もまたゾナハ蟲の移動を隠蔽していたのである。
室外に飛び出したゾナハ蟲は、起爆音に隠れて室内へと帰還。巨大な刃の姿を取って、照明を斬り落としたのだ。
仮にドラスがもっと冷静でいられたのならば、コロンビーヌが入室した時から同地点にいることに気付いただろう。
修理室への奇襲でその冷静さを奪ったのも、コロンビーヌであるのだが。
「シュワちゃんからあなたのことを聞いてから、ずっとお話してみたかったわ。
『男の人と女の人の愛』とは違うみたいだけど、それでも愛を知った者同士としてね」
メガちゃんやシュワちゃんは無関心なんだもの、と続けてコロンビーヌは頬を緩める。
「でも私はあなたの愛を越えて、マサルちゃんの元へ行くの。悪いわね」
しかしすぐに冷徹な表情となり、ドラスへと氷塊のような視線を投げる。
余波を受けないようにコロンビーヌが少し遠ざかってから、充填が完了した開天珠の六つの玉がドラスへと向かう。
照明に圧し掛かられたドラスの前で、一つでも山を崩す爆弾が六つ同時に起爆した。
◇ ◇ ◇
「さァ~て、仕上げね」
右手にゾナハ蟲で構成した刃を装着して、コロンビーヌは立ち込める白煙を見据える。
シグマに使用した時よりも体力が回復しているからだろうか、開天珠の一斉爆破は凄まじい火力であった。
あまりの威力に影響は爆心地付近に留まらず、そこを中心に部屋全体へと亀裂が走ったほど。
だがコアを砕かねばドラスが死に至らないことは、T-800から聞いている。
コロンビーヌが幾らか歩みを進めてみれば、照明であったと思われる灰の下に黒ずんだ人型が横たわっていた。
メガトロンほどではないが二メートルを越す巨大な体躯に、コロンビーヌは損傷を受けたことでドラスが本来の姿に戻ったと判断。
胸部を貫こうとして――――その炭化した人型の背から生えた腕に、刃ごと右腕を掴まれた。
「はっ?」
怪訝な声を上げるしかないコロンビーヌの前で、倒れ臥していた炭の塊が蠢く。
黒く焦げたように見えていた表皮が銀色に変化し、続いて血肉を思わせる紅い肉体へと転じる。
ドラスは落下してきた照明による衝撃でダメージを受けたが、それでも開天珠が迫る前に怪人態となっていた。
その耐久力で何とか爆発から生き延びて、変形能力で炭化したものと思わせていたのだ。
ダメージは小さくない。金蛟剪の使用はもちろん、長期戦になるだけでも危うい。
ゆえに、ドラスはぬけぬけと接近してきた隙を突くことにした。
フランシーヌから伝えられた話から、ドラスはどこかコロンビーヌにシンパシーを感じていた。
愛により変わってしまったモノ同士として。
そのせいか、『ひとまず止める』などという甘い考えを持っていた。
されども、コロンビーヌの言葉がドラスに気付かせた。
自分の目的のために、他者を切り捨てる。
その思考は『現在のドラス』とは違い、『過去のドラス』のものである。
そうと分かってしまった以上、ドラスは対処を変える。
(破壊しなきゃ……)
ドラスは下した決断を脳内でリピートさせながら立ち上がって、背部に出現させたアタッチメントをコロンビーヌごと胸部に滑らせる。
いきなり自分を照らした激しい光に、コロンビーヌは目を細めた。
その光の正体は、ネオ生命体のエネルギーの源であり弱点であるコア。
いかにナタクを吸収しているとはいえ、開天珠の一斉爆破はただでやり過ごせるような甘っちょろいものではなかった。
何とか巨躯を保っているが、その密度は普段の比じゃないほどに低い。
構成する金属の殆どが蒸発し、また弾き飛ばされてしまっている。
照明であった煤塵足元から吸収するが、殆どが灰となっており金属部が少なすぎる。露出したコアを覆うには足りない。
床も何らかの鉱石でできており、ボディを構成するには役割不足だ。
ならばとばかりに、ドラスの肉体がよりいっそう紅く輝く。
「死になさいッ!」
ドラスの異変を警戒し、コロンビーヌは集っていたゾナハ蟲を操作する。
即席なので大型のものは作れないが、量は十二分。
捕らえられているコロンビーヌをうまく避けて、二十を越す銀色の杭がドラスへと突き刺さる。
露出していたコアは両手で守られたが、勝負は決まったようなもの。
コロンビーヌはそう確信するが、しかし掴んでいるカセットアームの力は緩まらない。
不審感を抱きだした彼女の前で、奇妙なことが起こっていた。
蟲に命じた覚えがないのに、さきほどよりも杭が深くめり込んでいるのだ。
コロンビーヌは暫し釈然としないものを感じ、やがてその正体に気付く。
おかしいのだ。
如何に大柄であろうとも、あそこまで深く食い込んでいるのだから。
――――先端が突き出ていないというのは、あまりに不自然。
ひとまず戻そうとするが、蟲使いであるコロンビーヌの意思に反して杭はより深く沈んでいく。
ついに銀色の杭は、完全に姿を消してしまった。
状況を飲み込めないコロンビーヌへと、ドラスが静かに告げる。
激しい光を放っていたコアは、薄くだが紅い肉体に隠れてしまっている。僅かに光っているのが分かる程度だ。
「外装、歯車、螺子、配線の一部……ってところか。チューブは非金属みたいだね」
言い捨てたドラスの身体から、幾つものチューブが排出された。
かけられた言葉と吐き出されたチューブから、コロンビーヌは呼びかけに応えないゾナハ蟲の行く末を悟った。
喰らわれたのだ。自らの血肉とするために。
感覚機関が低性能なコロンビーヌに、背筋が凍るようなものが走り抜ける。
確かに、T-800からスバル・ナカジマの腕を取り込んだとは聞いていた。
しかし、よもやここまで文字通り取り込むだなんて。
そんなもの、まるで怪物ではないか――――
コロンビーヌ自身、体内は金属で埋め尽くされている。
取り込まれてしまえばどうなるのかは、分からない。それゆえに戦慄する。
「させるもんですか……ッ!」
身の毛がよだつのを押さえ込み、コロンビーヌは自由な左手を振るう。
鋭利な刃物を纏った右腕は掴まれているし、何よりゾナハ蟲では喰らわれるのは自明。
左腕に握ったグラーフアイゼンでもって、少々隠れたものの依然として存在を主張しているコアを狙う。
だが、その勢いは遅い。
制限は解除され、かつ黄金律は打破しているというのに。
考えてみれば、当然のことだ。
一口に武器を振るうと言っても、その実は全身運動である。
大地に踏み止まる足裏、捻りを利かせる足首と腰、しなやかでかつ強固な動作を求められる膝。
右腕を掴まれて吊るされた状態では、腕こそ動かせてもそれら下半身の動きは不足する。
そうなれば、振るわれる武器の速度は落ちるのだ。
武芸の基本であるが、普段は武器など使用しないコロンビーヌに知る由はない。
「解析不可吸収不可……金属みたいだけど、データ外のレアメタルかな。ひとまず没収させてもらうよ」
渾身の力を籠めた一閃は、右腕で軽く防がれた。
そのまま、グラーフアイゼンはドラスの体内に飲み込まれていく。
「これは宝貝みたいだね。これ以上吸収するのは、ちょっと体力が持たないかな……」
開天珠に触れて体力が吸われたことから、ドラスはその正体を見抜く。
武器は奪うつもりであったが、開天珠の直撃を受けたダメージでは宝貝を取り込むのは厳しいと判断。
仙人界の金属は解析できず、分解してボディとすることも不可能。
そのため、そのまま放置しておくことにした。
「じゃあ、終わりだよ」
それだけ言って、ドラスの左肩が煌く。
「い……や、イヤァァァァァ!」
放たれるであろう光線を一度見ているため、コロンビーヌが声を張り上げる。
こんな至近距離で直撃してしまえば、欠片一つ残らないだろう。
「そん、な……マサルちゃん……もう一度会うために、ここまで来たのに……」
「……ダメなんだよ」
ひとしきり絶叫してから、一転して静かにコロンビーヌが漏らす。
マリキュレーザーの発射準備は完了しているというのに、ドラスはその呟きに答える。
「自分のために他の人を踏み潰すのは、間違いなんだ。
そう教えてくれたんだ……分かった頃にはもう遅かったけれど、それでも僕はみんなに出会えてよかった」
コロンビーヌを正面から見据えて、ドラスは言い切った。
そして、充填したエネルギーを左肩の三つの光点に集わせる。
ドラスの左肩から発せられる光線を見て、コロンビーヌの中で恐怖心が増幅する。
襲い来るであろう激痛や死に対する恐怖ではない。
才賀勝に二度と会えない、それが何より怖かった。
もう一度顔を見て、話がしたい。あわよくば愛されたい。
その思いだけを動力源として、動き続けた。
たとえドラスに否定されようと、今さら諦めきれる道理がない。
照らしてくる光が恐怖をより膨れ上がらせ、いっそう才賀勝に会いたいという願いが肥大化する。
現在の状況を切り抜ける力が欲しい。
――――そんな純粋な思いに、超古代インカのパワーが応えた。
コロンビーヌの右腕が、激しく輝き始める。
「……っ!?」
予想だにしない事態に絶句しながらも、ドラスは即座にマリキュレーザーを放つ。
異変が生じた右腕を掴んでいるうちに勝負を決める。
そう判断しての行動だったが、マリキュレーザーは闘技場の壁を蒸発させるに終わった。
コロンビーヌの右腕に装着されたゾナハ蟲製の刃に、彼女を捕らえていたアタッチメントが両断されたのだ。
掴んでいたはずの刀身が、輝いた途端にこれまで以上の切れ味を発揮する。
半ば混乱しつつ、ドラスは落下したコロンビーヌから距離を取る。
「これは……?」
混乱しているのは、ドラスだけではなかった。
とうのコロンビーヌも、まったく状況を把握していない。
強烈に輝く右腕をしげしげと眺めて、やっと少し前に装着した腕輪のことを思い出した。
物々しい説明文の割に、戦闘能力の上昇が著しくないと思っていたが、これならばリスクも納得できる。
そこまで考えて、コロンビーヌは考えるのをやめた。
何にせよ、凄まじいパワーを手に入れたのだ。
これを愛が起こした奇跡と考えて、何らおかしいことはない。
「まるで『純白の手』ね……」
コロンビーヌが、自身の右腕にうっとりと視線を流す。
今ではゾナハ蟲製の刃を纏っているだけだが、確かに右腕が白く輝いていた。
その右腕はがむしゃらに振り回しただけなのに、アタッチメントをまるで『大』した物でないかのように『切断』するほどの切れ味を誇っていた。
元来の装着者が単身で二つの悪の組織を叩き潰したほどに、組み合わさった腕輪から溢れる超古代のパワーは無尽蔵。
あまりの強大さに怯えてもおかしくないが、コロンビーヌには全身に漲るエネルギーがどこまでも愛おしかった。
――――突如、彼女の姿が霧散して消滅した。
彼女が存在した空間を、分子破壊光線が通り過ぎていく。
「えっ?」
驚愕の声をあげるのは、隙だらけに見えたコロンビーヌへと光線を放ったドラス。
常人ならばコロンビーヌが消えたかのように思うかもしれないが、実際のところは単に高速で移動しているだけだ。
動きの軌道だけではあるが、何とかドラスの動体視力は黒衣に金髪の人形を捉えている。
しかし体力が万全ではないこともあり、現在のドラスは身体が対応しきれない。
背後に回られたのに気付いてすぐに振り向いたが、一瞬にも満たないそのタイムラグで見失ってしまった。
動揺を隠すこともせずに、激しく首を四方へと動かす。
焦りが募っていく中で、ドラスの聴覚はついに開天珠の軌道音を察知する。
方向は背後。気付いたのと同時に、尾を振るう。
「グァァァァァ!!」
次の瞬間には、両断されたドラスの尾が宙を舞っていた。吹き出た緑色の血液が、石でできた床を染める。
絶叫するドラスの胸部目掛けて、白く輝く刃が突き刺さる。
「くうっ!」
横っ飛びをしながら、ドラスは身体を旋回させる。
林檎の皮を剥くかのように食い込んだ刃がボディを削ぎ落とすが、何とか内部までは至らない。
腕で攻撃している間はさすがに高速移動できないらしく、コロンビーヌの姿がドラスの視界に入った。
体内で発射準備をしておいた乾坤圏を射出する。
空気を切る音で、コロンビーヌは接近する腕輪に勘付く。
現在の旧式ボディでは捉え切れぬほどのスピードであるものの、超古代のパワーが身体能力を底上げしている。
その効力は単なる動作に止まらず、動体視力や反射神経にまで及ぶ。
ゆえに――――
「――――はッ!」
すぐさま右腕をドラスから引き抜いて、顔面の前で刃を構える。
結果、乾坤圏は輝く右腕によって真っ二つにされてしまう。
二分された乾坤圏はどちらも埋め込まれた石柱を破壊するが、コロンビーヌには傷一つない。
「……なっ!?」
砕けた石柱の欠片が落下する音が響く中、ドラスは愕然とした声を零す。
そのコアが先の一撃で露になりかけているのを確認して、コロンビーヌは開天珠から全ての爆弾を飛ばした。
超古代のエネルギーを使用に回すことで、元々の持ち主が扱う時と遜色ないほどの性能を見せ始めた開天珠。
サブ能力にすぎない飛行でこれほどだというのに、起爆させてしまえばどうなるのか。
勝利を確信して、コロンビーヌが目を細めた。
◇ ◇ ◇
旋回しながら迫る白い球体の動きが、ドラスにはやけに緩慢に見えた。
さながら、スローモーション。
死ぬ間際はこうなるとどこかで聞いた気がする、などとどこか他人事のように胸中で呟く。
命を落とすのを確信して、ドラスは自らの身体に命じる。
取り込んだ男を排出せよ、と。
どうしてだろうか。
その男の力を上乗せした自分が手も足も出なかったというのに、その男ならば勝てる気がした。
(ごめん、ナタク……僕じゃ勝ち目がないよ。僕は死ぬみたいだけど、後はお願い……)
流動体の一歩手前程度にまで、身体の硬度が下がったのを確認。
ドラスは瞳を閉じて、自分の体内へと語りかける。
その呼びかけに返答しているのか、振動がコアへと伝わった。
――――何を戯けたことをぬかしている。
(…………え?)
――――勝ち目がないだと? 二度も同じことを言わすな、お前は死なん。
根拠があるのかないのか分からないが、なぜか断定している。
返答に困っているドラスを無視して、声は不機嫌そうな態度になる。
――――それに諦めるのは勝手だが、俺に出ろだと? ふざけるのも大概にしろ。
目を白黒させるドラスを知ってか知らずか、声は続く。
――――だいたい俺は、アイツを殺すのはともかく雑魚共を助ける気などない。
「なっ……!」
――――知るか。
耳を疑い、激しく抗議するドラス。
体内から響く声は、それを遮って一蹴する。
――――守りたいものがあるのなら、自分で守れ。それができる力はすでに与えている。
言葉を詰まらせるも、ドラスは現在の状況を説明する。
曰く、ダメージや消耗が大きい。
曰く、敵が強大だ。
――――ふん、下らんことをぐだぐだと。
またしても、声はドラスの意見を一蹴。
――――姉を守るために、到底勝ち目のないこの俺に立ち向かってくる。そういうお前だから俺は育ててやる気になったんだぞ。
瞬間、ドラスは自らに電撃が走ったかのような錯覚に襲われた。
彼に不信感を抱いていた頃のことなど、すっかり忘れてしまっていたのだ。
勝ち目のない輩を相手にしたのは、初めてではないこともまた。
外れるワケがない距離でのマリキュレーザーだって、その際に避けられている。
考えてみれば、その時も回避に使われたのは宝貝だった。
思い出した以上、ドラスは諦めかけていた自分が情けなくて堪らなくなった。
あの時は諦めなかったのは、守るべき家族がいたからだ。
いまは、もういない。ならば諦めるのか?
「いいや、違うね」
ドラスは、自分の中に浮かんできた考えを否定する。
家族どころか出会った人達の殆どが、もういない。
けれども、諦めるワケにはいかないのだ。
そうしてしまえば、それでお終いだから。
「何度も迷惑かけてごめん、ナタク。大事なことを忘れて諦めかけてた」
家族はいなくなってしまったが、その意思は残っている。記憶に刻み付けている。
ゼロはドラスの出会った相手をだいたい知っているし、本郷猛は風見志郎や神敬介を知っている。
だがそれでも、ドラスしか見ていない姿というものはある。
その姿を伝えることができるのは、この世でドラスだけなのだ。
それが守るべきものでなければ、いったい何なのか。
そしてそれを守れるのは、自分だけなのだ。
だというのに抗わずして諦めるなど、できるはずがない。
ドラスの心情を察したのか、クックと喉の鳴る音が響く。
――――さぁ戦え。諦めを捨て、目を開き、標的を見据え、戦いに集中しろ。体力が足りなくても、宝貝程度は無理矢理使役しろ。
偉そうな物言いに変わりはないが、最後にかけられた声はどこか上機嫌そうであった。
そして、ドラスは蒼色をした双眸を見開く。
コマ送りに思えていたはずの白い球体が、ミサイルじみた速度で迫っている。
「はあああああ……!!」
ドラスが体内の全ての空気を吐き出す勢いで力み、体内の金蛟剪へとエネルギーを流し込む。
体力を喰われるような感覚の中で、ドラスは金蛟剪に命じる。
内容は簡潔にして明快。文字して四文字。
飛翔せよ、とだけ。
二本の長刀がドラスの体内で怪しく輝き、直後に耳をつんざく爆発音が轟いた。
*時系列順で読む
Back:[[オール反BR派 対 大デストロン (3)]] Next:[[鏡(後編)]]
*投下順で読む
Back:[[オール反BR派 対 大デストロン (3)]] Next:[[鏡(後編)]]
|154:[[オール反BR派 対 大デストロン (3)]]|ドラス|155:[[鏡(後編)]]|
|154:[[オール反BR派 対 大デストロン (3)]]|コロンビーヌ|155:[[鏡(後編)]]|
**鏡(前編) ◆hqLsjDR84w
彼は、愛を知った。
知ったからこそ護る側に立ち、茨の道を突き進む。
道中で多くを喪いながらも、愛を捨てることなく歩み続ける。
それが彼の誓いであり、それこそが彼の愛の形。
彼女は、愛を知った。
知ったからこそ奪う側に立ち、たった一つの椅子へと手を伸ばす。
過程において一つの愛を切り捨てても、より憧憬する愛を目指す。
それが彼女の夢であり、それこそが彼女の愛の形。
行動原理は同一でありながら、実際に取る行動は正反対。
まるで、ある一点だけが大きく異なる鏡写し。
とは言えど片方が鏡面世界の住人であることはなく、ともに現世の住人である。
両者には虚偽などない、互いに真なる存在。
どちらが正しく、どちらが過ちなのか。
それは定かではない。
そもそも答えがあるのかすら、曖昧なところだ。
愛の定義というものは、少なくとも現在においては不明とされているのだから。
しかしそれでも、この場にて二つの愛はかち合ってしまう。
その果てにあるのが、二つの愛に対する解答なのか。
立っていた方が正しいのか。倒れ臥した方が間違いなのか。
またしても、定かではない。
だいたい、答えを見出せるほどにヒトやキカイとは上等な存在なのか。
いやはや、まったくもって――――定かではない。
◇ ◇ ◇
何者かの侵入を把握して、闘技場に照明が灯る。
宇宙要塞内は基本的に天井そのものが照明の役割を伴っているというのに、この部屋は例外だ。
バトル・ロワイアルのクライマックスにあたる戦いのため、用意されたスペース。
それゆえのムードを考えてだろう。グラウンドやドーム休場にでもありそうなやたらと派手な代物が、幾つも設置されている。
加えて、鉱石製の床や四隅に埋め込まれた石柱が、いかにも武道会場のような雰囲気を醸し出している。
その中で、ゴシックロリータを纏う二体はどこまでも異質だった。
「シュワちゃんから聞いたわァ。スバル・ナカジマでしたっけ? あなた、彼女が好きだったのよね」
微かに吊り上った口角を左手で隠して、コロンビーヌがゆっくりと口を動かした。
コロンビーヌが自分と同じように愛に目覚めたことをフランシーヌ人形から聞いていながらも、告げられた内容にドラスは目を丸くする。
それを尻目にコロンビーヌは左手を軽く振るい、すでに構成済みであったゾナハ蟲製のナイフが宙を駆ける。
「――っ」
投げかけられた言葉に気を取られていたドラスは、乾いた音により現実に引き戻される。
展開させていた防護障壁に走った亀裂によるものだ。
ドラスが飛来する無数の刃物を視認した途端に、一際軽快な音を鳴らして淡色の魔方陣は塵となった。
顔を顰めながらもサイドステップを取ったドラスに、ナイフを模るゾナハ蟲の群れは対応しきれない。
幾らかは表皮を傷付けたが、ネオ生命体のボディには無意味に等しい。
致命の一撃を与えることなく、ナイフはドラスの背後にあった風穴から室外へと飛び出した。
が、コロンビーヌとてこれで勝負が決まるとは思っているほど楽観的ではない。
次の手は、とうに打ってある。
(この音は……!)
ゾナハ蟲の群れが遠ざかったことで、その羽音に隠されていた微細な響きが少しずつ明らかになる。
エネルギーを燃やす噴射音に、高速旋回よりもたらされる風切り音。
その源は、未だ着地していないドラスの周囲。
上方と後方に二つ、左右に一つずつ。
振り向かずとも、ドラスにはその正体が分かった。
先刻前に自分達へと襲い掛かった球形爆弾型宝貝(パオペエ)『開天珠』。
自分の肉体に対して初撃の攻撃範囲が広かったのは、視界を奪ってこの第二撃へと備えるためだったのか。
相手の意図を飲み込んだドラスは、僅かとはいえ発言に意識を奪われた自分を呪う。
そこまで理解していながら、なおかつ開天珠の地形すら変える威力を知っているというのに、それでもドラスは絶望しない。
コロンビーヌが指を鳴らし、浮遊していた六つの球体がドラス目掛けて動き出す。
「はッ!」
鋭く息を吐いたのに応えるように、ドラスの頭部が波打つ。
水色の毛髪、まったく焼けていない肌、緑がかった碧眼――――その全てが光沢のある鉛色に。
一瞬の後に、再び元の可愛げのあるマスクに戻る。
ただ一点――――頭部から、物々しい銃身が伸びていることを除いて。
これにはさしものコロンビーヌも驚愕するが、ドラスにしてみれば単に体内に収納してあった物を取り出しただけの話。
そのマシンガンの正体は結城丈二愛用の『アタッチメント』、引き金は外に出さずボディの変化で操作する。
上空から迫る二つの白球を冷静に打ち抜き、銃身がドラスのボディを滑らかに流動する。
背後に目はなくとも、標的自体が音を出しているのだ。狙撃は容易い。左右も同様だ。
立て続けに響く六つの起爆音を背に、ドラスは着地する。
直撃していないとはいえ余波で身を焼かれているというのに、ドラスがすぐさま地を蹴った。
闘技場に入る際に、一度起爆させた開天珠は復元まで多少の時間を要することが分かっていた。
それゆえに、その隙を与えずに勝負を決めようと考えたのだ。
二十メートルほど離れているが、ネオ生命体にとってはあってないような距離。
地を蹴るたびに加速し、ついに残り数歩。
そこまで来たところで、ドラスの中に違和感が生まれる。
まずコロンビーヌが遠ざかろうとしないことと、何より僅かに笑みを浮かべていること。
一度距離を取ろうかと考え、ドラスはその案を却下する。
注目を惹いてからのスタングレネード、放送に自分の声を混ぜておきながら直後に不意打ち、スバル・ナカジマの名前を出してからの攻撃。
三度の奇襲から、ドラスは『コロンビーヌは自分の攻撃を中断させようとしている』と判断した。
フランシーヌから聞いたコロンビーヌの情報も、ドラスの突撃を後押しする。
真夜中のサーカスの舞姫であると言うのなら、あの不審な微笑もまた演技と見て何がおかしいだろう。
「オォォ!」
廊下でコロンビーヌを追走していた過程で、ドラスは小回りが利く姿となってしまっている。
だが、絶好の攻め時をフォームチェンジに費やすのは愚策。一撃決めて生まれた隙に変化すれば十分だ。
その判断から、ドラスが拳を掲げ――
「残念でしたァ」
舌を出すコロンビーヌを瞳が映した直後に、倒れてきた照明を身に受けて足場に叩きつけられた。
「ガ…………?」
状況を理解できていないドラスをよそに、コロンビーヌは金色のツインテールを掻き揚げる。
衝撃によって舞った埃をコロンビーヌが払っていると、その周囲へと上空から銀色の羽蟲が集ってくる。
その様子を見上げながら、やっとドラスは気付く。
次への布石は、初撃だけではなかったことに。
ゾナハ蟲製ナイフが開天珠を隠蔽する役割も果たしていたように、開天珠もまたゾナハ蟲の移動を隠蔽していたのである。
室外に飛び出したゾナハ蟲は、起爆音に隠れて室内へと帰還。巨大な刃の姿を取って、照明を斬り落としたのだ。
仮にドラスがもっと冷静でいられたのならば、コロンビーヌが入室した時から同地点にいることに気付いただろう。
修理室への奇襲でその冷静さを奪ったのも、コロンビーヌであるのだが。
「シュワちゃんからあなたのことを聞いてから、ずっとお話してみたかったわ。
『男の人と女の人の愛』とは違うみたいだけど、それでも愛を知った者同士としてね」
メガちゃんやシュワちゃんは無関心なんだもの、と続けてコロンビーヌは頬を緩める。
「でも私はあなたの愛を越えて、マサルちゃんの元へ行くの。悪いわね」
しかしすぐに冷徹な表情となり、ドラスへと氷塊のような視線を投げる。
余波を受けないようにコロンビーヌが少し遠ざかってから、充填が完了した開天珠の六つの玉がドラスへと向かう。
照明に圧し掛かられたドラスの前で、一つでも山を崩す爆弾が六つ同時に起爆した。
◇ ◇ ◇
「さァ~て、仕上げね」
右手にゾナハ蟲で構成した刃を装着して、コロンビーヌは立ち込める白煙を見据える。
シグマに使用した時よりも体力が回復しているからだろうか、開天珠の一斉爆破は凄まじい火力であった。
あまりの威力に影響は爆心地付近に留まらず、そこを中心に部屋全体へと亀裂が走ったほど。
だがコアを砕かねばドラスが死に至らないことは、T-800から聞いている。
コロンビーヌが幾らか歩みを進めてみれば、照明であったと思われる灰の下に黒ずんだ人型が横たわっていた。
メガトロンほどではないが二メートルを越す巨大な体躯に、コロンビーヌは損傷を受けたことでドラスが本来の姿に戻ったと判断。
胸部を貫こうとして――――その炭化した人型の背から生えた腕に、刃ごと右腕を掴まれた。
「はっ?」
怪訝な声を上げるしかないコロンビーヌの前で、倒れ臥していた炭の塊が蠢く。
黒く焦げたように見えていた表皮が銀色に変化し、続いて血肉を思わせる紅い肉体へと転じる。
ドラスは落下してきた照明による衝撃でダメージを受けたが、それでも開天珠が迫る前に怪人態となっていた。
その耐久力で何とか爆発から生き延びて、変形能力で炭化したものと思わせていたのだ。
ダメージは小さくない。金蛟剪の使用はもちろん、長期戦になるだけでも危うい。
ゆえに、ドラスはぬけぬけと接近してきた隙を突くことにした。
フランシーヌから伝えられた話から、ドラスはどこかコロンビーヌにシンパシーを感じていた。
愛により変わってしまったモノ同士として。
そのせいか、『ひとまず止める』などという甘い考えを持っていた。
されども、コロンビーヌの言葉がドラスに気付かせた。
自分の目的のために、他者を切り捨てる。
その思考は『現在のドラス』とは違い、『過去のドラス』のものである。
そうと分かってしまった以上、ドラスは対処を変える。
(破壊しなきゃ……)
ドラスは下した決断を脳内でリピートさせながら立ち上がって、背部に出現させたアタッチメントをコロンビーヌごと胸部に滑らせる。
いきなり自分を照らした激しい光に、コロンビーヌは目を細めた。
その光の正体は、ネオ生命体のエネルギーの源であり弱点であるコア。
いかにナタクを吸収しているとはいえ、開天珠の一斉爆破はただでやり過ごせるような甘っちょろいものではなかった。
何とか巨躯を保っているが、その密度は普段の比じゃないほどに低い。
構成する金属の殆どが蒸発し、また弾き飛ばされてしまっている。
照明であった煤塵足元から吸収するが、殆どが灰となっており金属部が少なすぎる。露出したコアを覆うには足りない。
床も何らかの鉱石でできており、ボディを構成するには役割不足だ。
ならばとばかりに、ドラスの肉体がよりいっそう紅く輝く。
「死になさいッ!」
ドラスの異変を警戒し、コロンビーヌは集っていたゾナハ蟲を操作する。
即席なので大型のものは作れないが、量は十二分。
捕らえられているコロンビーヌをうまく避けて、二十を越す銀色の杭がドラスへと突き刺さる。
露出していたコアは両手で守られたが、勝負は決まったようなもの。
コロンビーヌはそう確信するが、しかし掴んでいるカセットアームの力は緩まらない。
不審感を抱きだした彼女の前で、奇妙なことが起こっていた。
蟲に命じた覚えがないのに、さきほどよりも杭が深くめり込んでいるのだ。
コロンビーヌは暫し釈然としないものを感じ、やがてその正体に気付く。
おかしいのだ。
如何に大柄であろうとも、あそこまで深く食い込んでいるのだから。
――――先端が突き出ていないというのは、あまりに不自然。
ひとまず戻そうとするが、蟲使いであるコロンビーヌの意思に反して杭はより深く沈んでいく。
ついに銀色の杭は、完全に姿を消してしまった。
状況を飲み込めないコロンビーヌへと、ドラスが静かに告げる。
激しい光を放っていたコアは、薄くだが紅い肉体に隠れてしまっている。僅かに光っているのが分かる程度だ。
「外装、歯車、螺子、配線の一部……ってところか。チューブは非金属みたいだね」
言い捨てたドラスの身体から、幾つものチューブが排出された。
かけられた言葉と吐き出されたチューブから、コロンビーヌは呼びかけに応えないゾナハ蟲の行く末を悟った。
喰らわれたのだ。自らの血肉とするために。
感覚機関が低性能なコロンビーヌに、背筋が凍るようなものが走り抜ける。
確かに、T-800からスバル・ナカジマの腕を取り込んだとは聞いていた。
しかし、よもやここまで文字通り取り込むだなんて。
そんなもの、まるで怪物ではないか――――
コロンビーヌ自身、体内は金属で埋め尽くされている。
取り込まれてしまえばどうなるのかは、分からない。それゆえに戦慄する。
「させるもんですか……ッ!」
身の毛がよだつのを押さえ込み、コロンビーヌは自由な左手を振るう。
鋭利な刃物を纏った右腕は掴まれているし、何よりゾナハ蟲では喰らわれるのは自明。
左腕に握ったグラーフアイゼンでもって、少々隠れたものの依然として存在を主張しているコアを狙う。
だが、その勢いは遅い。
制限は解除され、かつ黄金律は打破しているというのに。
考えてみれば、当然のことだ。
一口に武器を振るうと言っても、その実は全身運動である。
大地に踏み止まる足裏、捻りを利かせる足首と腰、しなやかでかつ強固な動作を求められる膝。
右腕を掴まれて吊るされた状態では、腕こそ動かせてもそれら下半身の動きは不足する。
そうなれば、振るわれる武器の速度は落ちるのだ。
武芸の基本であるが、普段は武器など使用しないコロンビーヌに知る由はない。
「解析不可吸収不可……金属みたいだけど、データ外のレアメタルかな。ひとまず没収させてもらうよ」
渾身の力を籠めた一閃は、右腕で軽く防がれた。
そのまま、グラーフアイゼンはドラスの体内に飲み込まれていく。
「これは宝貝みたいだね。これ以上吸収するのは、ちょっと体力が持たないかな……」
開天珠に触れて体力が吸われたことから、ドラスはその正体を見抜く。
武器は奪うつもりであったが、開天珠の直撃を受けたダメージでは宝貝を取り込むのは厳しいと判断。
仙人界の金属は解析できず、分解してボディとすることも不可能。
そのため、そのまま放置しておくことにした。
「じゃあ、終わりだよ」
それだけ言って、ドラスの左肩が煌く。
「い……や、イヤァァァァァ!」
放たれるであろう光線を一度見ているため、コロンビーヌが声を張り上げる。
こんな至近距離で直撃してしまえば、欠片一つ残らないだろう。
「そん、な……マサルちゃん……もう一度会うために、ここまで来たのに……」
「……ダメなんだよ」
ひとしきり絶叫してから、一転して静かにコロンビーヌが漏らす。
マリキュレーザーの発射準備は完了しているというのに、ドラスはその呟きに答える。
「自分のために他の人を踏み潰すのは、間違いなんだ。
そう教えてくれたんだ……分かった頃にはもう遅かったけれど、それでも僕はみんなに出会えてよかった」
コロンビーヌを正面から見据えて、ドラスは言い切った。
そして、充填したエネルギーを左肩の三つの光点に集わせる。
ドラスの左肩から発せられる光線を見て、コロンビーヌの中で恐怖心が増幅する。
襲い来るであろう激痛や死に対する恐怖ではない。
才賀勝に二度と会えない、それが何より怖かった。
もう一度顔を見て、話がしたい。あわよくば愛されたい。
その思いだけを動力源として、動き続けた。
たとえドラスに否定されようと、今さら諦めきれる道理がない。
照らしてくる光が恐怖をより膨れ上がらせ、いっそう才賀勝に会いたいという願いが肥大化する。
現在の状況を切り抜ける力が欲しい。
――――そんな純粋な思いに、超古代インカのパワーが応えた。
コロンビーヌの右腕が、激しく輝き始める。
「……っ!?」
予想だにしない事態に絶句しながらも、ドラスは即座にマリキュレーザーを放つ。
異変が生じた右腕を掴んでいるうちに勝負を決める。
そう判断しての行動だったが、マリキュレーザーは闘技場の壁を蒸発させるに終わった。
コロンビーヌの右腕に装着されたゾナハ蟲製の刃に、彼女を捕らえていたアタッチメントが両断されたのだ。
掴んでいたはずの刀身が、輝いた途端にこれまで以上の切れ味を発揮する。
半ば混乱しつつ、ドラスは落下したコロンビーヌから距離を取る。
「これは……?」
混乱しているのは、ドラスだけではなかった。
とうのコロンビーヌも、まったく状況を把握していない。
強烈に輝く右腕をしげしげと眺めて、やっと少し前に装着した腕輪のことを思い出した。
物々しい説明文の割に、戦闘能力の上昇が著しくないと思っていたが、これならばリスクも納得できる。
そこまで考えて、コロンビーヌは考えるのをやめた。
何にせよ、凄まじいパワーを手に入れたのだ。
これを愛が起こした奇跡と考えて、何らおかしいことはない。
「まるで『純白の手』ね……」
コロンビーヌが、自身の右腕にうっとりと視線を流す。
今ではゾナハ蟲製の刃を纏っているだけだが、確かに右腕が白く輝いていた。
その右腕はがむしゃらに振り回しただけなのに、アタッチメントをまるで『大』した物でないかのように『切断』するほどの切れ味を誇っていた。
元来の装着者が単身で二つの悪の組織を叩き潰したほどに、組み合わさった腕輪から溢れる超古代のパワーは無尽蔵。
あまりの強大さに怯えてもおかしくないが、コロンビーヌには全身に漲るエネルギーがどこまでも愛おしかった。
――――突如、彼女の姿が霧散して消滅した。
彼女が存在した空間を、分子破壊光線が通り過ぎていく。
「えっ?」
驚愕の声をあげるのは、隙だらけに見えたコロンビーヌへと光線を放ったドラス。
常人ならばコロンビーヌが消えたかのように思うかもしれないが、実際のところは単に高速で移動しているだけだ。
動きの軌道だけではあるが、何とかドラスの動体視力は黒衣に金髪の人形を捉えている。
しかし体力が万全ではないこともあり、現在のドラスは身体が対応しきれない。
背後に回られたのに気付いてすぐに振り向いたが、一瞬にも満たないそのタイムラグで見失ってしまった。
動揺を隠すこともせずに、激しく首を四方へと動かす。
焦りが募っていく中で、ドラスの聴覚はついに開天珠の軌道音を察知する。
方向は背後。気付いたのと同時に、尾を振るう。
「グァァァァァ!!」
次の瞬間には、両断されたドラスの尾が宙を舞っていた。吹き出た緑色の血液が、石でできた床を染める。
絶叫するドラスの胸部目掛けて、白く輝く刃が突き刺さる。
「くうっ!」
横っ飛びをしながら、ドラスは身体を旋回させる。
林檎の皮を剥くかのように食い込んだ刃がボディを削ぎ落とすが、何とか内部までは至らない。
腕で攻撃している間はさすがに高速移動できないらしく、コロンビーヌの姿がドラスの視界に入った。
体内で発射準備をしておいた乾坤圏を射出する。
空気を切る音で、コロンビーヌは接近する腕輪に勘付く。
現在の旧式ボディでは捉え切れぬほどのスピードであるものの、超古代のパワーが身体能力を底上げしている。
その効力は単なる動作に止まらず、動体視力や反射神経にまで及ぶ。
ゆえに――――
「――――はッ!」
すぐさま右腕をドラスから引き抜いて、顔面の前で刃を構える。
結果、乾坤圏は輝く右腕によって真っ二つにされてしまう。
二分された乾坤圏はどちらも埋め込まれた石柱を破壊するが、コロンビーヌには傷一つない。
「……なっ!?」
砕けた石柱の欠片が落下する音が響く中、ドラスは愕然とした声を零す。
そのコアが先の一撃で露になりかけているのを確認して、コロンビーヌは開天珠から全ての爆弾を飛ばした。
超古代のエネルギーを使用に回すことで、元々の持ち主が扱う時と遜色ないほどの性能を見せ始めた開天珠。
サブ能力にすぎない飛行でこれほどだというのに、起爆させてしまえばどうなるのか。
勝利を確信して、コロンビーヌが目を細めた。
◇ ◇ ◇
旋回しながら迫る白い球体の動きが、ドラスにはやけに緩慢に見えた。
さながら、スローモーション。
死ぬ間際はこうなるとどこかで聞いた気がする、などとどこか他人事のように胸中で呟く。
命を落とすのを確信して、ドラスは自らの身体に命じる。
取り込んだ男を排出せよ、と。
どうしてだろうか。
その男の力を上乗せした自分が手も足も出なかったというのに、その男ならば勝てる気がした。
(ごめん、ナタク……僕じゃ勝ち目がないよ。僕は死ぬみたいだけど、後はお願い……)
流動体の一歩手前程度にまで、身体の硬度が下がったのを確認。
ドラスは瞳を閉じて、自分の体内へと語りかける。
その呼びかけに返答しているのか、振動がコアへと伝わった。
――――何を戯けたことをぬかしている。
(…………え?)
――――勝ち目がないだと? 二度も同じことを言わすな、お前は死なん。
根拠があるのかないのか分からないが、なぜか断定している。
返答に困っているドラスを無視して、声は不機嫌そうな態度になる。
――――それに諦めるのは勝手だが、俺に出ろだと? ふざけるのも大概にしろ。
目を白黒させるドラスを知ってか知らずか、声は続く。
――――だいたい俺は、アイツを殺すのはともかく雑魚共を助ける気などない。
「なっ……!」
――――知るか。
耳を疑い、激しく抗議するドラス。
体内から響く声は、それを遮って一蹴する。
――――守りたいものがあるのなら、自分で守れ。それができる力はすでに与えている。
言葉を詰まらせるも、ドラスは現在の状況を説明する。
曰く、ダメージや消耗が大きい。
曰く、敵が強大だ。
――――ふん、下らんことをぐだぐだと。
またしても、声はドラスの意見を一蹴。
――――姉を守るために、到底勝ち目のないこの俺に立ち向かってくる。そういうお前だから俺は育ててやる気になったんだぞ。
瞬間、ドラスは自らに電撃が走ったかのような錯覚に襲われた。
彼に不信感を抱いていた頃のことなど、すっかり忘れてしまっていたのだ。
勝ち目のない輩を相手にしたのは、初めてではないこともまた。
外れるワケがない距離でのマリキュレーザーだって、その際に避けられている。
考えてみれば、その時も回避に使われたのは宝貝だった。
思い出した以上、ドラスは諦めかけていた自分が情けなくて堪らなくなった。
あの時は諦めなかったのは、守るべき家族がいたからだ。
いまは、もういない。ならば諦めるのか?
「いいや、違うね」
ドラスは、自分の中に浮かんできた考えを否定する。
家族どころか出会った人達の殆どが、もういない。
けれども、諦めるワケにはいかないのだ。
そうしてしまえば、それでお終いだから。
「何度も迷惑かけてごめん、ナタク。大事なことを忘れて諦めかけてた」
家族はいなくなってしまったが、その意思は残っている。記憶に刻み付けている。
ゼロはドラスの出会った相手をだいたい知っているし、本郷猛は風見志郎や神敬介を知っている。
だがそれでも、ドラスしか見ていない姿というものはある。
その姿を伝えることができるのは、この世でドラスだけなのだ。
それが守るべきものでなければ、いったい何なのか。
そしてそれを守れるのは、自分だけなのだ。
だというのに抗わずして諦めるなど、できるはずがない。
ドラスの心情を察したのか、クックと喉の鳴る音が響く。
――――さぁ戦え。諦めを捨て、目を開き、標的を見据え、戦いに集中しろ。体力が足りなくても、宝貝程度は無理矢理使役しろ。
偉そうな物言いに変わりはないが、最後にかけられた声はどこか上機嫌そうであった。
そして、ドラスは蒼色をした双眸を見開く。
コマ送りに思えていたはずの白い球体が、ミサイルじみた速度で迫っている。
「はあああああ……!!」
ドラスが体内の全ての空気を吐き出す勢いで力み、体内の金蛟剪へとエネルギーを流し込む。
体力を喰われるような感覚の中で、ドラスは金蛟剪に命じる。
内容は簡潔にして明快。文字して四文字。
飛翔せよ、とだけ。
二本の長刀がドラスの体内で怪しく輝き、直後に耳をつんざく爆発音が轟いた。
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