「旧オープニング」(2007/12/15 (土) 06:03:42) の最新版変更点
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ざわめきと、強烈な光によって彼らは目を覚ます。
そういえば唐突に、ジェットコースターで滑り降りるような 浮遊感を感じ、
下方遥か遠くに見えた眩い光に飲み込込まれ、後には闇だけが残った。
……それから?
彼らはきょろきょろと周囲を見渡す、どうやら何処かの大ホールのようだった。
足元は石畳のように整えられてはいるものの広間は岩盤を刳り貫いたように荒々しく、
周囲を照らす蝋燭の揺らめきで一層不気味さを増している。
奥には、周囲より高くなっている場所に豪華そうな玉座。
その玉座に神父の服装をした一人の男が座っていた。
そして、何よりも彼らの目を引いたのはその男の頭上に在る禍々しい球体だった。
その色は、夜の闇よりも暗い漆黒で、表面から絶え間なく発生する触手の蠢きは、見る物の嫌悪感を掻きたてた。
事態が飲み込めず、不安と困惑の入り混じった表情を浮かべ、付近にいる知り合いとひそひそと言葉を交わす参加者達を、
男は愉しげに見下ろしながら、口を開いた。
「今から君達には殺し合いをしてもらう」
混乱のざわめきが会場に満ち――
――なかった。
神父の服装をした男――言峰綺礼は軽く眉を潜めた。
参加者達のほとんどがなにやら頭を抑え、うわ言のように何かを呟いている。
(何が起こっている?)
ありえぬ事態に、言峰の心の水面に小さな波紋が発生した。
そのとき、金色の鎧をまとった赤眼の男がどこか嘲るような口調で叫んだ。
「おい、雑種! 貴様の遊戯に、このオレを巻き込むとはどういつもりだ?」
その男の名を言峰は知っていた。
聖杯戦争の折に言峰自身が召還した英雄王、ギルガメシュ。
「それが貴様如きの手におえるものだと思っているのか!?」
言峰の唇の端に冷笑が浮かんだ。
「私の目的は、このアンリマユを誕生させる事のみ。誕生させ、その復活を祝福する、それだけのこと」
「……イカれてやがるな、てめえ」
忌々しそうに舌打ちしながら、青髪の長槍を携えた男が一歩前に出た。
「殺し合いをしろってことは……。てめえの目的は、生贄か?」
「察しがいいな、流石はランサー……。いや、光の皇子・クー・フーリン、と呼ぶべきかな?」
「……気安くその名で呼ぶんじゃねえ」
青髪の男の身体から殺気が噴出した。
常人なら卒倒するような凄まじい殺気を、平然と受け流しながら言峰は言葉を紡ぐ。
「敢えて付け足すなら……。そうだな、強いて言えば娯楽ためかもしれない。人というのは死の瞬間が最も輝く。
私はその輝きを見るのが好きでね」
「ほう……」
極限まで圧し殺し、それでも圧し切れぬ怒気を声音に混じらせながら、ギルガメシュが手を翳した。
「このオレに、貴様を楽しませるための道化になれと、そうぬかすか! なかなか笑える冗談だ。
フッ……。フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
ひとしきり哄笑がホールに響き、そしてぴたりと止んだ。
「このオレを侮辱した罪、死で贖え!!」
双眸に紅蓮の炎を宿したギルガメシュの背後に、無数の剣が浮かび上がった。
ゲート・オブ・バビロンによって呼び出された無数の宝具の原典の射出。それはまさに剣撃の極地。
だが、言峰は動じた風も無く
「……時には我が身を省みることも必要ではないかな? 英雄王」
そう言って、自身の首を叩いた。
その動作に釣られるように自然とギルガメシュの注意は自信の首に向けられ……。
ギルガメシュは唐突に気づく。自身の首にはめられた首輪の存在を。
信じがたいことに、今の今まで、彼すらまったくその首輪の存在に気づいていなかったのだ。
それほど首輪はピタリと首に馴染んでいた。
「君達の首には爆弾の付いた首輪を取り付けてある。 私に逆らったり、会場から逃げようとすれば爆発する仕掛けだ。
もっとも、君ほどの存在なら死を免れるかもしれないな……。試してみるかね?」
ギルガメシュの目の端と眉が吊り上った。
仮にも一度は自分の主だった男だ。言峰の言葉がハッタリの類でないことが彼には分かる。
「ちなみに、首輪は大きな衝撃を与えたり、力づくで取り外そうとした場合も爆発するようになっている」
言峰は、自分の言ったことが浸透しているかを確かめるために、会場を見渡した。
(……何故だ?)
言峰の顔に困惑の皺が刻まれた。
参加者達の顔にあるのは、混乱でもなく恐怖でもなく……いや、その感情も確かに浮かんでいるが、
それよりも強く浮かんでいるのは、『納得』もしくは『確認』といった類の感情だ。
そればかりでなく、盛んに互いに何やら話し合う余裕すら見せている。
生贄に選んだ者達の多くが、尋常ならざる精神力の持ち主ではあるとはいえ、これはあまりにも異常といえた。
「――ゴチャゴチャうるせえ!!」
揺らぎを増す言峰の心の水面に、さらに苛立ちという名の波紋が生まれた。
「英霊なんて連中はなぁ……。元々、仮初の命なんぞを後生大事にしちゃいねーんだよっ!!」
咆哮と共に、ランサー.が『刺し穿つ死棘の槍』、ゲイ・ボルクを翳し、飛燕の如き速さで突進してくる。
(見せしめには丁度いい)
これで、参加者達も正確に自身の現状を認識することだろう。
苛立ちのままに、言峰は声を張り上げた。
「見ておきたまえ! 諸君。これがルールを破ったのもの末路だ!」
――爆発音が3つ轟いた。
――頭を失った胴体から血が噴水の如く溢れ出る。
――誰かが悲鳴を上げた。
その悪夢のような光景を、その場にいた全員が唖然として見つめていた。
言峰自身すらも。
【魔人探偵脳噛ネウロ@脳噛ネウロ 死亡】
【魔人探偵脳噛ネウロ@至郎田正影 死亡】
【魔人探偵脳噛ネウロ@桂木弥子 死亡】
[残り27人]
「てめぇ……。よくも関係のねぇ人間ぉ!」
ランサーの怒声がどこか遠くに聞こえる。
――確かに今自分は、ランサーの首輪を爆破したはずだ。
流石の言峰も、異常事態がここまで続いては、混乱せずにはいられなかった。
その時、言峰の目に、さらに異様な光景が飛び込んできた、
参加者の一人が、部屋の隅に積んである支給品入りのディパックを空け、その中からノートPCを取り出したのだ。
(あんなもの……。私は入れた覚えは無いぞ!)
不可解の波が怒涛となって言峰の心の中で荒れ狂う。
「余所見してんじゃあねぇえ!!」
雄叫びと共にランサーが肉薄してくる。
「くっ!!」
咄嗟に、言峰は『無限の残骸』を召還した。
ぞるり、と暗黒の球体から、無数の犬と蜘蛛の化物が這い出し、ランサーに殺到していく。
「どけやぁ、カスども!」
ランサーが槍を振るって薙ぎ払うが、無数の化物達は津波の如くランサーに、そして参加者達に押し寄せていく。
言峰は舌打ちした。
――これでは、ゲームどころではない
そのとき、声が会場に響いた。
「聞いてくれ! 今確かめてみたが、さっき、みんなが見たのはこれと似たようなゲームに参加させられた
『並行世界の俺達』の記憶だ」
PCから顔を上げ、少年が叫ぶ。確かキョンとかいう参加者の一人だ。
続いて隣の少年――古泉といったはず――が口を開いた。
「僕には、閉鎖空間への扉を開き、そこに侵入するという力があります。その力でこの空間の綻びをほんの少し大きくしました。
その隙間から、僕たちの仲間……。並行世界に干渉する力を持った仲間が、『並行世界のあなた達』情報をかき集め、
それを送り込みました。『並行世界のあなた』と同期するように細工してです。
手をこまねいていては、今みなさんが見たとおりのことが、これから起こってしまうんです!!」
――綻びだと? まさか!?
言峰の頭を電流が走った。
憎憎しげに言峰は、ギルガメシュを睨む。
今の言峰の力は、『聖杯』の力を借りたもの。
そして、ギルガメシュは聖杯の中身を浴び、逆に取り込んでしまった者。
同種の力ゆえに、ギルガムシュには『聖杯』の力が効きにくかったのだろう。
彼の存在分だけ、この聖杯の力によって作り上げた世界は不安定になってしまったというわけだ。
――そこを突かれた
言峰は歯噛みする。
その間も、古泉一騎は言葉を紡ぎ続けている。
「そして今、首輪が狙い通り爆発しなかったのは、彼女の力です!」
古泉一騎はそういって、隣のショートカットの少女を指し示した。
「で、でも……。あたし、古泉君に言われたとおり願ってみたけど爆発しちゃったわよ!?」
どこか悲鳴じみた声で、少女、涼宮ハルヒが叫ぶ。
涼宮ハルヒ、時空改変能力者。
彼女には、幾重にも結界を張り巡らせ、力を制限しておいたはずだが……。
(わずかとはいえ、自覚したことで、力が強まったか?)
首輪が狙い通り爆発しなかったのはせいか、という言峰の疑問を裏付けるように、
「違います。今、首輪を爆破されて死ぬはずだったのは、あの青い甲冑の人です。ですが今、涼宮さんが願ったことで、
爆破される人間が変わるという『変化』が生じました。もっと強く願ってください。並行世界のあなたが、あの無精ひげの男の死を願ったように!」
「わ、分かったわ!!」
ヤケクソのように絶叫し、涼宮ハルヒが眼を閉じて何やら祈るような仕草を始める。
ほとんど同時に、参加者達が走った。
「みー。魅音は、あんな幻みたいなのを信じるのですか?」
「それにしちゃリアリティありすぎだって! とにかくやるよ! 今すべきことをする! それも早急に! スピーディに!
詩音……。あんた、馬鹿なこと考えたら殴り倒すからね!」
「だ、大丈夫だよ。魅音達の口には菓子パン突っ込んだりしないからさ……」
「テッサ! こっちよ!」
「か、かなめさん……。そんなに、引っ張らないでください!」
「何!? あんた、こっちの世界でも、魔法と銃弾の間に割って入って死にたいわけ!?
あたしは嫌よ! 吸血姫に噛まれるのも、人質にされるのも!」
「そ、そうですね……」
「ほぇぇ……。でも、小狼君があんな、変テコリンな格好をするなんて思えないよぅ……」
「俺は桜を守るためなら……。真っ白なカッターシャツに紺のスラックスだろうが
赤くて大きな蝶ネクタイだろうが、顔の上半分を覆う、無骨で不気味なメカだろうが……。つける!」
「小狼君……」
「ヒナギクさん、急いで! こっちの世界じゃ僕は許しませんよ。ヒナギクさんが、足を撃たれて死ぬなんてこと!」
「……ハヤテくん。ありがとう」
一人一人に支給品を手渡し、ワープさせるという手順が仇になった。
どうやら、並行世界の一つに似たようなバックがあったとみえ、参加者達は一斉にディパックを開け、
片端から支給品と各自の武器を取り出し、交換し合っている。
そこに聖杯から這い出た化物達が殺到していき、たちまち会場は銃声と剣戟、そして魔法の炸裂音の坩堝と化した。
(こうなっては、いたしかたないな)
心が急速に冷却するのを感じながら、言峰は決断する。
(全て爆破し、生贄とする)
ピンポイントの爆破ができなくとも、全て爆破すれば関係がない。
だが、言峰が起爆しようとしたまさにその瞬間、
「エヌマ・エリシュ!!」
大気を震わす気合と共に、凄まじい爆光が迸り、言峰の前に築かれていた無数の化物の壁が消し飛んだ。
言峰の視線の先に姿を現すのは、やはりというべきか黄金の甲冑を纏った王。
「何だか分からんが、とにかくよし!! 死ねぃ!!」
ギルガメシュが手を一振りすると同時に無数の剣が流星となって一斉に言峰に降り注ぐ。
だがしかし。
「……ええぃ、面倒な!」
ギルガメシュが苛立ちを込めて叫び、言峰の口元に笑みが浮かんだ。
化物達は、言峰の前に立ちふさがり、流星を浴びて消滅していく。
だが、その数は名が表すとおりまさにその数は無限。見る間に化物の壁が築かれていく。
「悪いが……。終わりだ」
言峰は、全ての首輪を起爆させた。
爆発音が連続して轟いた。
【エアマスター@ジョンス・リー 死亡】
【エアマスター@相川摩季 死亡】
【ドラゴンクエストモンスターズ+@クリオ 死亡】
【ドラゴンクエストモンスターズ+@マルモ 死亡】
【ドラゴンクエストモンスターズ+@ロラン 死亡】
[残り21人]
(何たることだ……)
同時に起爆できなくなるほど、あの少女、涼宮ハルヒの力が強いとは……。
思い切り舌打ちしつつ、再度言峰は起爆しようとするが、
「エヌマ・エリシュ!!」
「雷帝招来!!」
二つの絶叫共に放たれた爆光と雷撃が、またも無限の残骸の壁を粉砕した。
そして、開けた空間へと、一人の少女が走りこむ。
「星の力を秘めし鍵よ! 真の姿を我の前に示せ! 契約の元さくらが命じる! 封印解除!!」
澄んだ叫びと共に光が炸裂し、少女が巨大化した杖を振りかぶる。
少女の穢れなき真っ直ぐな瞳が、言峰を射抜いた。
「ちぃ!!」
咄嗟に、言峰は聖杯の中身、『この世の全ての悪』を引っつかみ投擲した。
投擲された粘液のような物体が、蠢き触手を伸ばしながら少女に掴みかかろうとする。
「桜ぁ!!」
駆け寄ろうとした小狼の目前で
パチンという小気味のいい音と共に起こった爆発が、粘液を跡形もなく消し去った。
「可愛らしいお嬢さんに、そんな汚らしいものを投げつけるのは感心しないな」
軍服を纏い、手袋をつけたロイ・マスタングが皮肉気な笑みを浮かべて言い放つ。
だが、既にその時には、またも言峰の前に厚い化け物の壁が、築かれつつあった。
言峰の唇の端に小さく笑みが浮かびかけた、その時。
「スリープ!」
凛とした声が響き、眠りの風が化け物達の壁を抜け、言峰に到達した。
ぐらり、と言峰の身体がかしいだ。
――いかん
言峰は力の大半を、フィールドの構築と無限の残骸の召還に裂いている。
そのせいで、制限している相手の魔法でも、効いてしまう。
昏倒する前に、無限の残骸の召還に力を振りしぼり、言峰は闇に沈んでいった。
洪水の如く押し寄せる化物の群れに、参加者達は後退を余儀なくされていた。
その胸に去来するのはやはり焦りである。あの男が意識を取り戻せば、首輪を起爆させるであろう。
参加者達の間には、自然と役割分担が出来上がっていった。
首輪を外せる物を内側に、腕に覚えのある者達が壁となって、化物を防ぐ。
「火神招来!!」
「ウィンディー!!」
桜と少狼が肩を並べて魔法を放つ。
「怖いのですよー」
「梨花は、輪の内側に入ってるんだ! 詩音! ほら、もっと撃った撃った!」
「あははははははは」
銃声が轟く。
「ちょっ……。やばっ……」
だが、魅音と詩音の弾幕を掻い潜って化物が、魅音に向かい爪を振りかざす。
その化物の胸に槍が生えた。
「おおおらぁぁ!!」
跳躍したランサーは槍の柄を握りなおし、一振りして化物を体ごと放り投げた。
仲間の体をマトモにぶつけられ、化物の隊列が乱れた所を突く、突く、突く。
「あ、ありがとう」
「礼を言ってる暇があったらとっとと撃て!」
怒鳴るように、魅音に返答し、
「おい! 何とかなんねぇのか!?」
そのままその場に留まり、迫りくる化物を突き刺し、薙ぎ払いながらランサーが後方に向かって叫んだ。
「何とかって言われてもなあ……。構造が分からないんじゃ、分解も出来ねえ」
両手を地面に叩きつけて大砲を作り上げてぶっ放しながら、右手が義手の少年、エドワードエルリックが、唸り声を上げた。
「原料に戻そうとしても、どうも上手く力が働かないしね」
兄と同様に大砲を練成しながら、アルフォンス・エルリックが相槌を打った
「内部構造が分からないと手の出しようがないです……」
「ホント、そーよね……」
テレサ・テスタロッサがため息をつき、千鳥かなめが豊かな黒髪を掻きあげた。
事実八方塞であった。
内部構造を調べようがないのでは手も足も出ない。錬金術も制限されている。
この場でトップクラスの頭脳を持つ人間が寄り集まっても手も足も出な――
「人間と共闘なぞ、できるか!! まとめて、息の根を止めてくれる!」
尖った耳をした黒翼の化物が、突如集団に襲い掛かった。
「化物風情が、ほざくな!!」
「ぐはぁ!?」
その化物の身体を深々と剣が貫いていた。
「雷帝招来!」
「ファイアリィー!!」
雷撃が、炎が、降り注ぐ刀剣が、さらに凄まじい数の銃弾が化物に殺到した。
「……空気は読みましょうよ」
ジェラルミンケースを振りかぶった少年の像が、化物、バズズが見た最後の光景となった。
凄まじい衝撃が頭部を襲い、それきりバズズの意識は途切れた。
【ドラゴンクエストモンスターズ+@バズズ 死亡】
[残り20人]
その二人は対峙していた。
藤木源之助にとっては、全て小事であった。
わけのわからぬ男に面妖極まる場所に連れてこられたことも、周りを化物が取り巻いていることも、
いつの間にか自身の首に得体の知れぬ輪がはまっている事も、全ては小事。
大事は、虎眼流の高弟達を次々とその手にかけ、師である虎眼を害せんと企てる伊良子清玄を誅し、お家を守ること。
これに尽きる。
今、清玄を討つことを邪魔する者は誰もいない。故にこの場は、源之助にとって最上の場である。
清玄が上段に振りかぶった。
「抜け……。貝殻」
伊良子の挑発は、源之助の鋼鉄の如き表情を僅かなりとも動かすことはできなかった。
敵は盲目の剣士。だが、源之助には油断は髪の毛一筋ほどもない。
ただ澄んだ瞳に清玄を写し、じわりじわりと間合いを詰めてゆく。
二人の間には深き湖の湖面の如き静けさがあった。
周りを化物が取り囲み、闘争の音が木魂する中、二人の戦士は互いだけを相手とすることができるのか!?
できる。できるのだ。
「バキよ……。よぉくみてな!」
傍らの少年に言い置き、鋼の如き筋肉を纏った赤髪の男が、無造作に化物に近寄っていく。
あまりの無造作さに、戸惑うような空気が化物に満ちるが、すぐさま四方から化物が男に襲いかかった。
「チェリャァァ!!」
裂帛の気合と共に、四方の化物が一度に粉砕された。
そのまま襲いかかる化物を男は、蹴りつぶし、砕き散らしていく。
帰り血を浴びて、朱に染まりながら
「分かったか? バキ。四方から襲ってくる敵を同時に倒せりゃ、全人類と戦ったって負けやしねえんだ」
鬼の笑みを口元に浮かべて男が言う。
「やっぱ、父さんはすげえや……」
少年は感嘆のため息をもらし、憧憬の輝きを瞳に宿して父親を見つめていた。
この状況にあっても、範馬一族は闘争の練習に明け暮れることができるのか!?
できる。できるのだ。
「……何て協調性のねえ奴等だ」
ランサーのぼやきに多くの人間が頷いたのは、むべなるかな、と言った所であったろう。
「ほらよ!」
息絶えた黒翼の化物の首を刎ね、首輪を外すとランサーは、首輪を解析している集団へ放り投げた。
首にはまった状態ではないサンプルがあれば、少しは好転するかと考えたのである。
容赦のない、ある意味冷酷とも言えるその行為に対し眉を潜めはしたものの、解析組はいそいそとその首輪を弄ってみる。
だが、外から見ても手詰まりなことは、やはり先ほどと変わりは無い――
と思われたのだが。
「う~ん……。外せないことはない……かな?」
「本当か、ウィンリィ!?」
金色の髪を後ろでひっくくった少女の言葉に、義手の少年が顔を輝かせ、その言場を耳にした全員が顔を輝かせた。
「ここと、ここの継ぎ目をちょっと弄ってやれば、外れる……とは思うんだけど」
「どうして、そんなこと分かるのよ?」
千鳥かなめが眼を丸くして聴くと
「いやまあ、なんていうか……。技師の、カン?」
おお、と一同にざわめきが走った。
日ごろ機械を弄り、溶接し、組み立てている人間でなければ見抜けなかったであろうが、確かにその首輪には継ぎ目が存在していたのだった。
「ですが……。問題があります」
堅い声でテレサ・テスタロッサが呟くように言った。
「まあ……な」
エドも自分の眉間に皺が寄るのを感じた。
『力づくで』外そうとしなくても、外しただけで爆発する可能性は小さくないのだ。
「四の五の言ってるときじゃないでしょ!」
ウィンリィは首輪を持って立ち上がった。
「ちっさい子達が身体張ってるのに、私達がモタモタしててどうすんの!」
そのままウィンリィは防衛の輪の端へと移動する。
ここなら万が一のことがあっても、誰も死ぬことはない。
――死ぬ
ウィンリィの鼓動が拍動数が増え、鼓動音が高まった。
手が、震えた。
「ウィンリィ!!」
心配そうに顔を歪めるエドに、ウィンリィは小さく笑ってみせた。
継ぎ目に、支給品の中から探し当てた工具をあてがう。
しばらくカチャカチャという音が、戦闘音に混じって小さく響いた。
そして、ウィンリィは工具を置いた。
継ぎ目に手をかける。両サイドに引けば、外れる。
背に嫌な汗が流れ、心臓の音がやたらとうるさい。
――力が込められ、
――爆発音が響いた。
「アル!!」
エドの絶叫がウィンリィの耳朶を打った。
あの瞬間、いきなり横から大きな鉄の手が首輪を奪い去ったのだ。
「念には念をいれておいて良かったよ……。ウィンリィ、怪我は無い?
身体の3分の2を失ったアルフォンスが優しく問いかけてくる。
「……うん」
ウィンリィの視界が滲んだ。
「え、ええ!? 泣かないでよ、ウィンリィ。僕だったら、すぐに兄さんに治してもらえるから!」
「でも、でも……」
「っとに、相変わらず泣き虫だな。ウィンリィは」
だが、言場とは裏腹にエドの顔は引きつっていた。
アルフォンスが、外す段階でひったくるのは決めていた。しかし、思った以上の威力だった。
ひょっとすれば、血印を破壊していたかもしれない。
エドの背筋が凍った。
「おし……。 よいせ!」
エドが両手を地面につくと、またたくまにアルフォンスの身体は修復していく。
安堵しつつも、
(アルの身体を直せるってことは、錬金術は正常に働いてる。それなのに、首輪を分解できないってことは……。
首輪には何らかの妨害する力が働いてると考えて間違いないな)
その結論に達すると同時に、エドは大きくため息をついた。
(嫌な結論が出ちまったな……)
だが、諦めの悪さが鋼の錬金術師の取り柄である。
エドはアルにすがって泣いているウィンリィと、懸命に宥めているアルをつれて、輪に戻った。
エドが、結論を報告するとみなの顔が一様に暗くなった。
「どんなゲームでも、普通はプレーする人間が勝つための材料が揃えられているものです。
ですが、このゲームは主催者が絶対に負けなくても許されるゲーム。
首輪を外すことができると考えたことがそもそもの間違いだったのかもしれませんね」
古泉一騎が、淡々と言った。
「あのねえ……。そんなこと言ってなんか意味があるわけ? もっと建設的なことを言ったらどうなの?」
千鳥かなめが、噛み付くように言った。
「失礼しました。現状認識を行うことは何かの役に立つかと思ったもので」
古泉が素直に頭を下げた時、どこか嘲笑うような響きの混じった声が響いた。
「その雑種の雄の言うとおりだ。雑種の雌! 無駄な足掻きがすんだのなら、やることは一つだ。
幸い、あの下種は寝ている。首を取るのは容易い!」
確かに首輪を外すことができないのなら、やることは一つだ。
物言いには反発を覚えつつも、総攻撃を提案するギルガメシュに全員の意識が同意しかけたその時、
「それは最後の手段です!」
凛然とした声が、アッシュブロンドの少女の口から発せられた
「一転突破を目指せば、必ず私達は縦列を取ることになります。ですが。これだけの戦力では、側面から挟撃された場合、防ぎきれません。
私達は分断され、各個撃破されるでしょう」
「はっ! 犠牲を恐れて何が出来る。敵将の首さえ取れば全て終わるのだぞ?」
「確かにあなたなら、四方から敵が襲ってきたところでなぎ倒すことができるでしょう。しかし私達にそれは、無理です。
あなたが敵将の首を挙げることができたとしても、その時、私達の大半は死んでいるわ。そんな勝利に、どんな意味があるというんですか!」
金色の騎士とアッシュブロンドの少女の会話を聞いていたロイ・マスタングは、眉を小さく上げた。
(ほう……。可愛い顔をしている割には、どうしてどうして)
アッシュブロンドの少女、テレサ・テスタロッサの声には、確信の響きがあった。
歴戦の将でなくては持つことが出来ぬ、実戦経験に裏打ちされた確信が。
内容自体はそれほど大したことは無い。
だが、テスタロッサという、儚げすら見えた少女が今放っている気迫と眼光は、聴く者を納得させる力に満ちている。
どうやら、幼い身体で相当の修羅場をくぐりぬけてきたとみえる。
(私が出しゃばる必要はなさそうだな……)
誰も言わないのなら、と思っていたが、その必要はなくなったようだ。
迫り来る化物を指の一打ちで爆砕しながら、マスタングはこの少女に作戦立案を預けてもいいかと、思い始めていた。
「だが、女! そうやって決断を躊躇っている間に時間はすぎていくぞ?
オレはいいが、雑種どもの体力は持つのかな? それにあの男が眼を覚ます可能性もあるとわかっているのか?」
「ええ、その通りです! ですから、本当はこんな問答をしてる時間も惜しいんです!」
ピシャリと言い放って、テッサは防衛にあたっている人間達に向かって口を開きかけた。
「……私は、その子に賛成かな。カミカゼはまだ早いと思うしさっ!」
テッサの言場に先んじて、園崎魅音が敵に視線を向けたまま言った。
「私、まだ頑張れます。それと……。多分ですけど、もう少しはスリープの効果は持つと思います」
「俺も、まだいけます」
続いて、木の本桜、李小狼が笑顔で同意を示し、
「まだ、問題は無いな。それに術者がそういうなら、術者の判断に従おう」
ロイ・マスタングが淡々といい、
「もう疲れましたからできません、なんてのは俺の信条に反するからな。死んでもいわねえさ。
それにどうせなら、全員で生き残る方が好みだからな」
ランサーが小さく鼻を鳴らしながら言った。
「ありがとうございます!」
大きく頭を下げると、テッサは顔を引き締めて解析の輪に戻っていく。
「やれやれ……。雑種どもの仲良しこよしには付き合いきれん」
吐き捨てつつも、どこか愉しげにテッサを見やり、ギルガメシュは剣の雨を迫り来る怪物に降らせた。
方針は定まった。しかし、八方塞ということに変わりは無い。
打開案がなく、時は過ぎていく。
「ああもう! 古泉君の言ったとおり、イカサマされてるゲームに正攻法で挑んだって仕方ないわ!
何か裏技とか、誰か考え付かないの!?」
涼宮ハルヒが焦燥を滲ませて叫んだ。
「言えてるわ……。元々外す手段がないとしたら、そっちから挑んでも無意味だし……」
千鳥かなめは、眉をひそめて考え込んだ。
「なあ、ちょっと思ったんだが……」
涼宮ハルヒの隣にいた少年、キョンが口を開いた。
「あの男は、俺達に首輪をはめて絶対的に優位に立ってると思ってる。だから余裕こいていられる」
キョンの頭には、ズルをしていたコンピ研とのゲーム勝負のことが頭に浮かんでいた。
あの時敵は、自分の優位を確信し、それに胡坐をかいていた。
だから、それが崩れ去った時、パニックに陥り、敗れた。
「だから、その優位を何とか揺るがしてやれば……」
そこまで言ってキョンは口ごもってしまう。
その優位性の基である首輪が外せないというのは、現状ではもはや確定事項だからだ。
(馬鹿か俺は……。これじゃ堂々巡りじゃないか)
キョンが苦笑をもらし、謝罪の言場を述べようとした時。
「そう! それよ!」
千鳥かなめが叫んだ。
あまりの声の大きさに、全員が思わず千鳥かなめに視線を移す
「要はビビらしてやりゃいいのよ! 正攻法じゃ負けるなら、トリックを使う。当然じゃない!」
ラブホテルで暗殺者に襲われたとき、真正面から戦ったら負けていた。
だが、自分はこうして生き残っている。
何故だ? 上手く騙せたからだ。
――どうやったら騙せるか?
みなの考えは自然とそれに集中した。
「……騙せればいい、か。そういうことなら、俺に考えがあるぜ」
全員の視線が今度は、義手の少年に集中した。
■
そして全ての準備が整った後、参加者達は気づく。
二人の侍が息耐えているのを。
壮絶な勝負の末、片方が勝ち残った、もしくは互いに重症を負ったところで化物達に殺されたのであろう。
二人の身体は無残な状態であった。
だが、気のせいだろうか? 盲目でない方の侍の顔に穏やかな物が浮かんでいるように、参加者達には見えたのだった。
【シグルイ@伊良子清玄 死亡】
【シグルイ@藤木源之助 死亡】
[残り18人]
「……むぅ……」
言峰は、頭を振って体を起こした。
無事だったようだ。
安堵の気持ちが湧きあがるが、同時に怒りも湧き上がってくる。
(まったく、何というザマだ)
殺し合いを特等席から眺めるつもりが、席から引き摺り下ろされ、危うく舞台に上げられるところだった。
苦い思いを噛み締めながら、視線を前に移したその時、
「ようやくお目覚めか! オレを待たせるとは、それだけで万死に値すると知れ!」
裂帛の気合が、言峰を打ち据えた。
言峰の視線の先でギルガメシュが仁王立ちし、参加者達がその後ろに並んでいる。
驚愕が言峰の心の壁を這い登った。
「何を驚いている!? そうか! オレの慈悲に感動しているのだ。ありがたく思え!
寝ている間に死んでは死にきれんだろうと、わざわざ貴様が起きるまで待ってやったのだからな!!」
混乱が、言峰の心を支配していた。
(何故だ? 何故やつらの首から首輪がなくなっている!?)
言峰の心を呼んだかのように、不敵な笑みを浮かべた義手の少年が前に出た。
「凄腕の技術者と魔法使いがいたからな、外すのはそれほど難しくなかったさ」
少年が握りこぶしを開くと、何個もの首輪が地面に音を立てて落ちていく。
それを言峰は呆然と見つめた。
「策士策に溺れたなぁ? まあ、なんだ。死の恐怖って奴を少しは味わってから死んでくれや」
悪意を視線と声に存分に込め、ランサーがくっくと笑声を漏らした。
「――これより侵攻と蹂躙を開始する!! 下郎っ!! 闘争の準備は十分か!? 」
ホールを砕かんばかりのギルガメシュの宣告が轟き、参加者達が一斉に武器を構えた。
■
平静を装いながらも、言峰の心は不可解の烈風が吹き荒れていた。
(どうやって首輪を外した!?)
疑問はその一点に集中した。
(いかん、今はこんなことを考えている場合ではない)
参加者達の一丸となった攻撃は熾烈を極めている。
ゆっくりとだが、確実に無限の残骸をなぎ倒し、自分の所へと歩を進めてくる。
(壁際に沿って進むとは考えたな……)
壁を背にすれば、敵と相対する面が限定される。
――だが、甘い
参加者達は、戦力的に劣る者達を保護しながら進んでいる。
ゆえに、どうしても歩みが遅くなる。
(奴等の体力とて、無限ではない)
――本当にそうか?
言峰の背に氷塊が落ちた。
参加者達の、特に先頭を行く、ギルガメシュの凄まじさは常軌を逸している。
豪雨の如く剣を降らし、エヌマ・エリシュの一撃で無限の残骸の壁を吹き飛ばす。
歯を軋らせると、言峰は無限の残骸の精製に力を注いだ。
濁流となってあふれ出した化物達が、ついに、参加者達の足を止め――
「援護しろぉ!!」
闘志に満ち満ちたランサーの絶叫が、言峰の心を震わせた。
ランサーが槍を縦横無尽に振るい、一気に加速し、こちらへ向かってくる。
「この程度で、このオレの、王の歩みを止められるかっ!!」
立ちふさがる化物をなぎ倒しながら、ギルガメシュが進む。
だが、明らかに無理、無謀、無茶な突進だ。
彼らの身体を化物の爪がかすめ、血が吹き出る。
二人を援護せんと、焔の魔術師が指を連続して打ち鳴らし、大剣と符を翳した少年が雷撃と炎を放ち、
二人の錬金術師の作り上げた大砲が轟音と共に化物を木っ端微塵にする。
(勝負に出たか!!)
ここが勝負どころと、言峰も力を振り絞った。
ホールに充満していた化物達に指向性をもたせ、彼ら二人の前にひたすら肉の壁を作り続ける。
無限の残骸の残骸を踏み越え、襲い来る化物達は尽きることはない。
「ぐぁ!!」
「っちぃ!」
ついに化物が彼らに喰らいつき、その足を止めた。
洪水の如く、化物の群れはランサーとギルガメシュと他の参加者との間に雪崩れ込んでいく。
言峰の唇が弧を描いた。
これで勝っ――
「今よ!!」
部屋に充満した悪鬼の汚濁を、テッサの清冽な一声が切り裂いた。
「フライ!!」
参加者達の塊とはまったく逆の方向から声が響いた。
『イレイズ』を解き、姿を現した木の本桜が、一人の男を持ち上げ、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
全てを逆に振り向けたため、化物の壁は格段に薄い。
「おのれ!」
怒声と共に、少女を打ち落とさんと言峰は『全ての悪』を投げつけた。
「シールド!」
少女の目前に盾が展開され、『全ての悪』が弾かれる。
だが、これでいい。
進行さえ止められればすぐに無限の残骸を――
ぶら下げられていた男が身を捩り、地面に落下。
(……何のつもりだ?)
言峰の顔に冷笑が浮かんだ。魔力を持たない男に何ができる。
その侮りが、次の行動を遅らせた。
男の身体が跳ねた。
「オオォオォ!!」
雄叫びと共に、空中で蹴りの連撃を繰り出し、目の前の化物の顔面を粉砕。
「ぬぅぅん!!」
猛烈な足払いに、5匹まとめて犬型の無限の残骸が宙を舞った。
「ば、馬鹿な!?」
立ちふさがる化物群れをあっさりと蹴散らかし、男が一気に玉座への道を駆け上がってくる。
疾い。一陣の風だ。男の視線と言峰の視線が衝突した。
肉食獣のそれをさらに上回る獰猛さを秘めた男の眼光に言峰は戦慄する。
「うっ……おっ……」
恐怖に駆られ、言峰は無我夢中で、全ての悪を投げつけるが、簡単に回避された。
「いい歳こいて、泥遊びか!?」
耳元で声がした、と言峰が思った瞬間
ぐずん
という衝撃が言峰の身体を貫通した。
ごぼっと言峰の口から血があふれ出した。痛みが全身を貫き、視界が真っ赤に染まっていく。
「腑抜けがっ!! 闘争の最中は肉の盾の後ろに隠れ、窮すれば餓味噌のごとく泥を投げつけるだけとは、何たる軟弱っっっ。
消え失せいっっ!!」
鬼の裏拳が言峰の顔面に突き刺さり、ぐじゃりという音と共にその柔い顔面を粉砕した。
迫る巨大な拳。それが、言峰が現世で見た最後の物だった。
■
全ては終わった。
言峰が死ぬと同時に、自然と首輪は砕けた。
だが、それを確認しても参加者達の顔は、晴れなかった。
参加者達は黙って、首から『人の皮』をはがし、それぞれに黙祷を捧げ始める。
首輪がなくなっていたように見えたのは、実に単純な話だった。。
倒れている死体から人皮を剥ぎ、それをエルリック兄弟が薄い布状に加工し、それを首に巻きつけていたのだ。
接着は血を加工したものを使った。
あまりに陰惨極まりないこの作戦に、かなりの反対が起こり、テッサですら迷った。
しかし、ロイ・マスタングが、エルリック兄弟を支持したこともあり、決着した。
首輪を外したと見せかけて起爆を防ぐ。
遠目で見て分からないくらいで言い言峰は、戦闘が始まれば首輪のことに思考を集中してはいられないのだから。
だが、このことにより言峰の思考は分断され、罠にもはまりやすくなるだろう。
そこを突き、囮が化物の軍団を完全に引き付け、本命の一人が薄くなった逆側の守りを突破して言峰の首を挙げる
以上が作戦の骨子である。
テッサはホッとため息をついた。
勝算はあったが、戦闘というものは下駄を履いてみるまで分からない。
実際、化物の壁の厚さは予想以上だった。
あの壁を突破し、言峰に脅威を与えることができる人間が揃っていたことが、今回の作戦の大きな成功要因だろう。
いや、それより誰よりも……。
「ありがとうございます。エルリックさん。あなた達の、おかげです」
テッサは、義手の少年と鎧の弟に向かって、深々と頭を下げた。
彼らが汚れ役を引き受けてくれなければ、この作戦はとても成立しなかったろう。
心からそう思う。
「ありがとよ……」
苦笑とも取れる笑みを浮かべるエドに、
「いいえ。本当に、本当にそう思いますから。それに……。自分を責めないでください。私達も共犯ですから」
きっぱりとした口調でテッサは告げた。
あの時、人の皮を使うと決めた時、生きたいという思いが全てを凌駕していた。
いきなり分けのわからない世界につれてこられ、殺し合いをさせられて、死ぬという死に方だけはごめんだった。
自分を待ってくれている人たちがいる、帰らなければならない場所がある、やらなければならないことがあるのだから。
そのためには例え……。
――誰だって、そうだ。
そして、何か深い事情があると見受けられるあの兄弟なら、なおさら。
テッサが礼を言ったのを皮切りに、皆がエルリック兄弟に礼を言い始めた。
どこか困ったように応対しているエルリック兄弟を見て、テッサは静かな笑みを浮かべた。
――大丈夫だろうか、と思う。
彼らの背負っている物はとてつもなく重い物のようにみえる。
あの二人の絆は強く、そして金色の髪の少女も彼らの側にいる。頼れる上司のような人もいるようだ。
だが、それでも……。
(神よ、どうか彼らに祝福を)
テッサは、心の中で神に祈りを捧げた。
■
フィールドが消え始めると同時に、参加者達は光に包まれた。
一人、一人と手を振りながら元の世界へ帰還していく。
「マスタングさん! 桜のこと守ってくれてありがとうございました!」
「ありがとうございましたっ!!」
「いやいや。二人とも仲良くしたまえよ!」
「「はい!」」
「古泉君! 何かつっかかっちゃってゴメンね!」
「いえ、そんな! ごきげんよう、千鳥さん。あなたの今後に幸多からんことを祈っていますよ!」
「青髪のおにーさーん。ありがとー、カッコ良かったよー」
「はっ! 小娘が。俺の魅力が分かるまでには後10年は必要だ」
「テッサさーん。ありがとーう」
「アルフォンスさん、お元気で! エドワードさんも!」
「おうよ! そっちもな~」
「肩の力をぬいてやりたまえ! テスタロッサさん!」
最後に残ったのは二人。
英雄王ギルガメシュと、地上最強の男、範馬勇次郎。
睨み合う二人の境で空間が歪んだ。
「残念だぜ、てめぇみたいな極上を、喰っちまえねえってのはよ……」
「思い上がるな。雑種が」
どちらの唇に浮かぶのも獣の笑み、瞳には傲然と見下ろす王者の光。
轟と風が舞った。
刹那よりも速い、一瞬の交錯であった。
つっと、勇次郎の頬から血が流れ、ギルガメシュの頬に薄っすらと赤が浮き上がる。
「フッフハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「くっくっく、くはははははははははははっは」
互いの笑声が今や無人となったホールにこだまする。
「無限の時、世界の狭間で会うことがあれば、闘ってやる」
ギルガメシュの言場に、勇次郎はもう一度笑声を響かせた後、踵を返し、後ろ手に手を挙げた。
それにギルガメシュが、鼻を鳴らして返答。
次の瞬間、二人の姿は同時に掻き消えた。
戦いの舞台となった空間も、光に覆われ、消えていく。
そして、全てがなくなった。
完
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