「10月のはじめ」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

10月のはじめ - (2008/07/25 (金) 23:25:15) の1つ前との変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

<div class="mes" align="left"> <div class="mes">『保守かしら』<br /> 2007年10月1日 はれ<br /><br />  ピチカート、今日は蒼星石とちょびっと変わった場所でお話をしたかしら。<br />  蒼星石の家に借りてた本を返しに行ったのがきっかけ。<br />  なんでか学校で返そうとしたら慌てて逃げられるのよ。部活中だったからかしら?<br /><br />  蒼星石の家をたずねたら、執事の人に蒼星石はお庭を散歩してるって言われたのね。<br />  蒼星石は散歩する時にはケータイを切ってるから連絡もつかないんだって。<br />  …カナもケータイ欲しいかしら。おねえちゃん認めてくれないかなー。<br /><br />  えっと、それで執事さんが「お探ししましょうか?」って言ってくれて、しばらくはお庭を手分けして探したかしら。<br />  でも、お庭って言っても丘一つがそのままお庭になってるからすごく広くて、蒼星石はなかなか見つからなかったの。<br /><br />  執事さんに悪いし今日はもう帰ろうかなって思い始めたときに、蒼星石の声が聞こえたかしら。<br />  「…のよる♪」<br />  蒼星石は花歌を歌ってた。<br />  「蒼星石ー!!」<br />  カナは大声で蒼星石を呼んだんだけれど、聞こえなかったみたいで、花歌だけがそのまま聞こえてきたのね。<br />  しかたないからカナは蒼星石の歌が聞こえるほうに歩き始めたかしら。<br />  本当はまっすぐ蒼星石のところに行きたかったんだけれど、蒼星石がいるところは木の迷路の中だったみたいで、カナはくねくねくねくね色んな所をいったりきたりしちゃった。 <br /><br />   結局蒼星石に会うには迷路を歩くだけじゃだめで、木と木の間にある隙間をしゃがんでくぐらないといけなかったかしら。<br />  顔が木立を抜けると、蒼星石が椅子に座っているのが見えたわ。<br />  うとうとしてたのかしら、蒼星石はぼーっとしてたみたい。<br />  ぼーっとしてる蒼星石なんて見るのが始めてだったから、ついついしばらく眺めた後写真に撮っちゃった。</div> <div class="mes"> シャッターの音に気がついて、蒼星石はゆっくりと顔をこっちに向けたかしら。<br />  「…金糸雀?」<br />  蒼星石はとっても不思議そうにしてたから、「本を返しに来たかしら」って用件を伝えたのね。<br />  そうしたら、蒼星石はくすって笑ったわ。<br /><br />  「今日はたくさんの人に会うよ。槐さんに白崎さん、薔薇水晶ちゃん、真紅…金糸雀」<br />  そんなことを言いながら蒼星石近づいてきてくれて、カナが穴を抜けて立つのを手伝ってくれた。<br />  立ってからよく見てみると、カナが通された場所はとっても綺麗なところだったかしら。<br />  中央に蒼星石が座ってた猫足の白いイスと、おそろいのテーブルがあって、それを包むみたいに翠色の薔薇が咲いてたのね。<br />  迷路の木に囲まれてる中に、こんな場所があるなんて思いもしなかったから、驚いちゃった。<br />  「素敵なところね」ってカナが言ったら、<br />  「ここは敷地に木の迷路を作ったときの端切れの土地なんだよ」<br />  後ろからとぼけたような蒼星石の声。でもそれからすぐに蒼星石はカナの耳元でささやいたかしら。<br />  「ようこそ僕の庭に」<br />  <br />  椅子は一つしかなくて、ここは正真正名、蒼星石が作った蒼星石のためのフィールドだったみたい。<br />  カナがここを見つけたいきさつを説明したら、<br />  「君は耳がいいんだね」<br />  って蒼星石は感心してた。カナはこれが普通だからよくわからないけれど、そうなのかしら。<br />  蒼星石は50メートル先の卵の割れる音とか聞こえないし、目をつぶると物の区別がつかないんだって。<br /><br />  それから、蒼星石の薔薇の手入れを見せてもらいながら、いろいろな話をしたの。<br />  蒼星石は物知りでカナが教わってばっかり。<br />  「僕たちの家は薔薇屋敷、君たちの家は人形屋敷って呼ばれてるんだよ」とか「そうそう、人形展は興行的に成功だったらしいね。あれ、聞いてない?予想観客動員数のかなり上を行ったらしいよ」<br />  なんだかもう、初耳な事ばっかりで、びっくりしどおしだったかしら。</div> <div class="mes"> 蒼星石が右手に大きな金のハサミを持って、薔薇の花を見始めたとき、カナは最初、蒼星石の手ばっかり見てたかしら。<br />  手の動きがおねえちゃんとかジュンに似てる。<br />  蒼星石は薔薇の育て方とかをすらすら説明しながら、時々薔薇の枝をじゃきん、と切り落としてた。<br />  しばらくして、カナは気づいたのよ。カナたちを囲む薔薇はぜんぶ同じ種類だって。<br />  「ここにあるのは全部同じ薔薇なのね」ってカナが言ったら<br />  「そう。翡翠の色をした薔薇。翠星石の薔薇だよ」<br />  蒼星石は薔薇から目を離さずに答えてくれた。<br />  「なんで蒼星石の薔薇はないのかしら」<br />  蒼星石は薔薇の根っこのほうを見てて、カナから見た蒼星石は伏し目がちになってた。<br />  「蒼い薔薇は存在しないんだよ。薔薇は生来蒼い色素を持っていないんだ」<br />  「でも胸に一輪さしてるかしら?」ってカナが聞いたら<br />  「これは造花だよ。」だって。<br />  蒼星石の胸には蒼い薔薇がさしてあったんだけど、すごくよくできてて、造花だなんて気がつかなかったかしら…。<br /><br />  蒼星石は薔薇の茎にいた大きな青虫の首をハサミで落としたのね。<br />  「ちょびっとかわいそうかしら」<br />  「でもこうしないと薔薇が虫食いだらけになっちゃうからね。これも戦いだよ。美しく咲かせるためには案外敵は多いんだ」<br />  蒼星石は言いながら、ため息を一つついて、青虫を薔薇の根元に埋めたわ。<br />  蒼星石は翠の薔薇を一生懸命手入れしてるのに、カナはよく考えずに文句をつけちゃってたことに気づいたのかしら。それ<br /> で謝ろうとしたら蒼星石は急に変なことを聞いてきたの。<br />  「金糸雀はアリスになりたいと思うかい?」って。<br />  「カナが?んんー、考えたこともなかったかしら」<br />  だって、アリスといえば、おねえちゃんとお父様の夢だもの。<br />  「じゃあ、アリスって何だと思う?」<br />  「それは…どんな花よりも気高くて、どんな宝石よりも無垢で、一点の穢れもない、世界中のどんな少女でもかなわないほ<br /> どの至高の美しさを持った少女かしら」<br />  「それは水銀燈の受け売りじゃない?」<br />  「むー、そんなこと言われたって困るかしら…」<br />  「まぁまぁ、考えてみてよ」</div> <div class="mes"> 「うーん…きっと、幸せな人なんじゃないかしら?」<br />  「それもきっと必要条件の一つだろうね」<br />  なんだか蒼星石にいじわるされている気がしてきたんだけれど、それが顔に出てたみたい。<br />  「ごめんごめん、最後に一つだけ。金糸雀はアリスにふさわしいのは誰だと思う?」<br />  やっと簡単な質問がきたかしら。<br />  「もちろんおねえちゃん!」<br />  蒼星石は笑って<br />  「僕は翠星石が一番ふさわしいと思うんだ」<br />  カナも笑ったかしら。ほんと妹は大変かしらっ<br /><br />  帰り道、迷路を通りながら、蒼星石がなんでもないことみたいに言ったかしら。<br />  「実はこの庭を造ったのは先月なんだ」<br />  ちょびっと自分の耳が信じられなくなったかしら。<br />  「これだけのお庭を!?」<br />  「迷路の手入れをする振りをしてたから、ばれてないよ」<br />  「これだけのお庭を」<br />  「人形展の影響でね。僕も自分の世界を作ってみたくなったんだ」<br />  「すごい情熱かしら」<br />  「僕だけじゃないよ。人形展に関わった人間はみんな心を掻き立てられたんだと思う。いろんな出会いがあったから。良くも悪くも」<br />  「みっちゃんが海外に飛び出したのも、人形展の影響だったわ」<br />  「だろうね。姉さんもちょっとすごいことになってる」<br />  「翠星石が?」<br />  蒼星石の唇がついっと上がったかしら。<br />  「今まで以上にジュン君を追いかけてる。真紅が映画に出るって話を聞いてからは焦りも感じてるみたい」<br />  「真紅が映画に出たらなんで翠星石があわててジュンを追いかけるのかしら?」<br />  なんでかしら、蒼星石がのけぞって、帽子が頭から落ちたわ。<br />  「もはや天然記念物かもしれない…」</div> <div class="mes"><br />  何がって聞いても、蒼星石は教えてくれなかったかしら。<br />  今日の事をおねえちゃんに話したとき、なんでかしらって聞いたんだけれど、頭をわしゃわしゃなでられちゃったかしら。<br />  むむむ、ピチカート。なぞがまた一つ増えたわ…。<br /><br />  あ、そうだ、蒼星石のフィールドを出るとき、記念で写真を撮りっこしたのね。<br />  せっかくだからあなたに貼っておこうっと。<br /><br /><br /><hr /><br /><br /> 2007年10月2日<br /><br />  今日は家に雑誌の記者さんが来たかしら。<br />  もちろん目的はおねえちゃん。人形展のインタビュー。<br />  だけどおねえちゃんは用事が長引いちゃって家に戻ってこれなかったかしら。<br />  記者さんに家で待ってもらう事になって、その間カナと記者さんでお話ししてた。<br />  記者さんは怒ったりしてなくてやさしい人だったかしら。<br />  記者さんは人形展自体の事はもう調べ終わっていたみたいで、カナに色々な事を教えて<br /> くれたかしら。<br /><br />  まず、蒼星石から人形展の動員数はいい結果だって聞いてたけど、その理由を教えてもらったわ。<br />  1つ目はローゼン効果。<br />  夕方18時のテレビとかにお父様の未発表人形が出るってニュースが流れたんだって。<br /> それはCMとして抜群の効果だったし、ホーリエ目当てて海外からもお客さんが来るほどだったって。<br /><br />  2つ目は現代の人形師達の頑張り。<br />  目玉だけじゃなくて他もよかったから、リピーターと口コミ効果でどんどん一日のお客さんが<br /> 増えていって、先週末は超満員だったらしいかしら!<br /><br />  人形の一番人気はお父様がやっぱり一番なんだけれど、おねえちゃんのキラキショウも人気<br /> だったって。開催中に「売ってくれ!」って頼まれたり、ぬすまれそうになったりとか、すごく<br /> ネッキョウ的人気。<br /><br />  ほぼなんの後援もなく行われた展覧会では大成功だね。そういって記者さんは一度締めくくっ<br /> てから、こう付け加えたかしら。</div> </div> <div class="mes" align="left"> 「――あと開催期間がもう1か月長ければ、さらなる成功をおさめていたと思うけれど」<br />  「なんのことですか?」って聞いたら、真紅が出演する映画の製作発表が行われたら、もっと<br /> お客さんが増えただろうって。今回の記事でも、その映画の事は大きく書かれるみたい。<br />  お客さんの事は残念だけど、真紅と映画のきっかけにもなったんだから、やっぱりこの人形展<br /> はすごいかしら!<br /><br />  おねえちゃんはお仕事の事を話さないから、いい事が聞けたかしら。<br />  でもカナは記者さんの役にたてたのかしら?<br />  人形展の事は記者さんより詳しくないし、おねえちゃんの事は話せてもおねえちゃんと真紅が<br /> どんな関係かとか、お父様の事とか、みんなより知らないから答えようがなかったし…。<br />  色々質問されてるうちに、おねえちゃんが帰ってきてカナは部屋に戻ったかしら。<br /><br />  そうそう、記者さんが帰った後にカナは気づかずにお茶のおかわりを持っていったのね。<br />  話し声がしてたから記者さんがまだいると思ってたんだけれど、おねえちゃんが電話をしてただけ<br /> だったかしら。<br />  「前にも言ったでしょ、取引がしたいだけ…」<br />  「そう、目的はあなたと同じよ」<br />  おねえちゃんはなにかを頼んでいたみたい。<br />  カナが部屋に入るとおねえちゃんが電話を切ったけど、カナがちょびっと気にしてたらおねえちゃ<br /> んが内容を教えてくれたかしら。<br />  「夜会の準備を頼んでたのよ」<br />  「夜会をまたするのかしら?」<br />  「前の評判が良かったから、打ち上げも家でするわよ」<br /> だって。楽しみかしら。 </div> <div class="mes" align="left"> </div> <div class="mes" align="left"> <hr /></div> <div class="mes" align="left"><br /><br /> 2007年10月3日<br /><br />  今日は蒼星石と翠星石に夜会の招待状を渡しにいってきたかしら。<br />  招待状はキレイな長方形のカードで、おねえちゃんがデザインしたみたい。渡したときに翠星石も<br />  「おしゃれなカードですぅ」<br />  って感心してた。<br />  「人形展成功のちょっとした記念品って意味もあるのよぉ。っておねえちゃん言ってたかしら」<br />  「ふーん、水銀燈のセンスですね」<br />  翠星石はカードの角と角を指で支えて、くるくるくるくる回してた。<br />  「たぶん昨日電話で業者さんに依頼して作ったカードかしら」<br />  「たった一晩でこんなのは作れないでしょ」<br />  「…昨日の電話、聞いてたの?」<br />  蒼星石が驚いたみたいに聞いてきたから、カナは昨日ぐうぜん聞いたことを、二人に話したかしら。<br /> といっても、おねえちゃんの締めくくりの言葉しか聞いてなかったんだけど。<br />  なんで蒼星石が驚いたかと言えば、あの電話の相手は蒼星石だったみたい。<br />  カードはやっぱり別の日に頼んでたのね。<br /><br />  「水銀燈と何を話したんです?」<br />  翠星石に聞かれて、蒼星石はちょびっと困った顔をしたかしら。<br />  「実は真紅を夜会に誘うように頼まれてね」<br />  「真紅を…」<br />  翠星石もちょびっと困った顔をしたかしら。<br />  「真紅を誘うのになにか問題があるのかしら?」<br />  「うーん、水銀燈が言ってない事を僕の口から言っていいのかわからないから…」<br />  そういって、蒼星石に断られて<br />  「ま、もめ事がおきただけですよ。二人ともチビカナと違って大人だから、気にするなです」<br />  翠星石がフォローしてくれた。<br />  人形展開催直後はおねえちゃんは元気なかったのはこれが理由?このことは慎重にちゃんと覚えておかないとだめね。 <br />  後は翠星石がジュンも夜会にくるのか気にしていたけれど、多分来てくれるかしら。<br />  そういえば人形劇のおじさんも来てくれるなら、この前の劇の感想を伝えれるわ。…あの劇の題名なんていうのかしら?<br />  たしか斉藤さんが演劇部だから明日聞いてみようっと。 </div> <div class="mes" align="left"> <hr /></div> <div class="mes" align="left"> </div> <div class="mes" align="left"><br /> 2007年10月6日<br /><br />  ピチカート。<br />  今日は打ち上げ夜会で、なんでこうなったのかしら。<br /><br />  お客様が集まって、姉妹6人がみんな集まるのは夏以来で。<br />  みんな示し合わせたみたいに中世風とかゴシック調に着飾ってて。<br />  始めの挨拶中に銀行の偉い人が真紅の映画の事を話したりして。真紅もその時は幸せ<br /> そうに「人形展というきっかけがなければ、こんなすばらしい出会いはなかったでしょう」って<br /> 言って拍手をもらってた。もう舞台の主役みたいだったのに。<br /><br />  それからも楽しく話したのよ。ピチカートが一緒にいるのをからかわれたり。<br />  クッキーを口に詰め込まれたり。<br />  でも、人形劇のおじさんが見つからなくって。カナはそれが残念だったの。<br />  そこで、前に会った廊下に行ってみたかしら。そしたら、本当におじさんが居たのね。<br />  「人形劇のおじさん、お久しぶりかしら」<br />  ってカナは声をかけたんだけど。おじさんはカナの方を振り向かずに廊下を歩いて階段を<br /> 下りて行っちゃった。<br />  斉藤さんに教わって劇の本も読んでたのよ。チェーホフの桜の園。だからカナはお話が<br /> したくておじさんを追いかけたかしら。<br /><br />  階段の先にはお父様のもう一つのアトリエしかないし、そこにおじさんがいるはずだったんだけれど。<br />  部屋に入ると、人形劇のおじさんはいなくて、なぜか真紅が立っていたの。<br /><br />  「あれ、真紅?おじさんを見なかったかしら」<br />  カナが聞いたら、真紅はいつもより早口に話したかしら。<br />  「そんな人見なかったわよ。そんなことより貴女、ホストの家族ならここで油を売っている場合じゃない<br /> でしょう?早く会場に戻りなさいな」<br />  「うん…でも真紅は戻らなくていいのかしら?」</div> <div class="mes" align="left"> 真紅は口をへの字に曲げたかしら。一瞬話したくなさそうに。<br />  「私は」<br />  この時真紅は何を言おうとしたのかしら。なんで真紅はあの時ここにいたのかしら。 <br /><br />  軽くて乾いた「パンッ」って弾けるような音がしたわ。<br />  最初、黒い羽根が宙を舞っているのかと思ったけど、それは機械の油が細かい粒になって<br /> まき散らされただけだったかしら。<br />  今思い出せば、この部屋に置かれた機械が動き出した瞬間の身震いだったんだってわかるかしら。<br />  でもカナはその時羽根みたいな油を見ていて、気づくのが一瞬遅れてしまったのよ。<br />  ほんの少しでも早く注意できたら違ったかもしれないのに。<br />  機械からぶら下がってた大きな丸カッターが、けいれんするみたいに急に動いたかしら。そしてその<br /> カッターの先には真紅がいたの。<br />  「真紅!後ろ!」<br />  カナは叫んだけれど、間に合わなかったわ。<br /><br />  ブチィィンて音がしたかしら。<br />  真紅が「ああぁあッ」て声を上げたかしら。<br />  真紅の腕が飛んで行ったかしら。<br /><br />  そのまましゃがんじゃった真紅にカナは急いで近づいたの、真紅は肩から先がなくて、たくさん血が流れてた。<br />  傷が広かったから上着を脱いで、傷口を押さえつけたかしら。<br />  「おねえちゃん!誰か助けて!」<br />  カナは大声で何度も叫んだわ。どれだけの時間がたったのかわからないけれど、おねえちゃんと蒼星石が<br /> 最初に来てくれたわ。おねえちゃんはすぐに救急車を呼びに行ってくれたし、蒼星石は真紅の止血を手伝ってくれた。<br />  真紅は汗をかいて「腕が冷たい…お願いさすって頂戴」ってうなされてた。</div> <div class="mes" align="left"><br />  おねえちゃんに連れられて、救急隊員の人達が来てくれたから、真紅の傷口からカナは離れて、床に座ったかしら。<br /> でも他の救急隊員の人が<br />  「腕はどこですか!?」って。<br />  みんなでちぎれた腕を探したけれど、腕がどこにも見つからなかったかしら。<br />  その時には槐さん白崎さんジュン雛苺巴も来てくれてたのに。みんなで探したのに。<br />  <br /> 今もおねえちゃん達が真紅の腕を探しているかしら。<br /><br />  時間がないから真紅が先に運ばれる事になったわ。カナもケガしてるのかと思われて、救急車に乗せられたみたい。<br />  だから今、真紅の手術室の前。なんでカナにはできる事がないのかしら。早く腕届いて<br /><br /><br /><hr /><br /> 『保守かしら』<br /> 2007年10月7日<br /><br />  真紅の腕…見つからなかったかしら。<br />  手術が終わって、真紅の病室を訪ねたの。真紅は眠っていたけれど、ベッドの腕のあるところがへこんでいたわ。<br />  カナが無い腕をみたら、のりさんが首を少しだけ横に振ったかしら。<br />  のりさんは心配で急にやせてしまったみたい。<br />  そのまま真紅の横顔を見ていたら雛苺のときの事を思い出して、真紅はなかなか目が覚めないんじゃないかとか、悪い考えばっかり浮かんできて怖くなったかしら。<br />  「のりさん、真紅は目が覚めるのかしら?」<br />  って聞いたら。<br />  「大丈夫。お医者様が今日中に目が覚めるって言ってたわ」<br />  それから、真紅の汗をふいたりする手伝いとかをしてた。<br />  いつまでそうしていたのかしら、おねえちゃんが病室に来たかしら。<br />  おねえちゃんはのりさんにとっても謝ってた。<br />  本当はすぐに来たかったんだけれど、今まで警察の人と色々話が合ったんだって。<br />  きっとおねえちゃんはもっと謝ったり、これからの事を話したりしたかったんだと思う。でも、おねえちゃんとのりさんの話はすぐにとぎれちゃった。<br />  今思うと、みんなこの部屋でうるさくすると真紅にもっと悪い事がおるんじゃないかって怖がっているみたいだったかしら。 </div> <div class="mes" align="left"><br />  それから、カナはおねえちゃんと一緒に家に戻ったわ。<br />  カナは真紅が起きるまで待っていたかったんだけれど、<br />  「警察がね、あの時の話を聞きたくて家に居るのよ」<br />  事情聴取のために、あの時駆けつけた人達がみんなまだ家にいるんだって。<br />  おねえちゃんが持ってきてくれた服に車の中で着替えて、家に戻ったわ。<br /><br />  みんなの居る大きな部屋の扉を開けると、ばらしーちゃんが走ってきて、ぎゅーっと抱きついてきてくれた。<br />  ばらしーちゃんはちょっと泣いてた。心細かったし、心配してくれてたんだと思う。カナもばらしーちゃんがあったかくて、なんだかほっとしたかしら。<br />  それからすぐに近づいてきたのはジュン。<br />  「どうだった?」<br />  誰って言われなくてもわかったかしら。<br />  「まだ目が覚めていないけれど、手術は成功したかしら」<br />  「そう…よかった」<br />  ジュンはほっとしてた。<br />  後でおねえちゃんに聞いたんだけれど、ジュンはすぐ真紅のところに行きた<br /> くて何度も警察にかみついていたんだって。 <br /><br />  警察の人には、昨日日記に書いたのと同じ事を話したかしら。<br />  ほとんどの事を、頷いてメモしてるだけだったんだけれど、警察の人は不思<br /> 議そうに何度も聞いてきた事があったかしら。<br />  それは人形劇のおじさんのこと。<br />  そういえば人形劇のおじさんだけ部屋にいなかったから、カナもおじさんは<br /> どうしたのか警察の人に聞いたんだけれど、警察の人はおじさんの事自体を知 らなかったみたい。<br /><br />  どうりで部屋には槐さん、ばらしーちゃん、白崎さん、蒼星石、翠星石、<br /> 雛苺、巴、ジュンしかいなかったはずかしら。<br />  でもおじさんはどこにいったの?あの階段の先にはもう一つのアトリエしか<br /> ないから事故が起こったときはあそこにいたはずなのに。<br /><br />  晩にはのりさんからおねえちゃんに電話があって、真紅の目が覚めた事を教えてもらったわ。けれどもう面会の時間はすぎているから、明日会いに行くかしら。<br />  とにかく真紅の目が覚めたのはいいこと。いいことかしら。</div>
<div class="mes" align="left"> <div class="mes">『保守かしら』<br /> 2007年10月1日 はれ<br /><br />  ピチカート、今日は蒼星石とちょびっと変わった場所でお話をしたかしら。<br />  蒼星石の家に借りてた本を返しに行ったのがきっかけ。<br />  なんでか学校で返そうとしたら慌てて逃げられるのよ。部活中だったからかしら?<br /><br />  蒼星石の家をたずねたら、執事の人に蒼星石はお庭を散歩してるって言われたのね。<br />  蒼星石は散歩する時にはケータイを切ってるから連絡もつかないんだって。<br />  …カナもケータイ欲しいかしら。おねえちゃん認めてくれないかなー。<br /><br />  えっと、それで執事さんが「お探ししましょうか?」って言ってくれて、しばらくはお庭を手分けして探したかしら。<br />  でも、お庭って言っても丘一つがそのままお庭になってるからすごく広くて、蒼星石はなかなか見つからなかったの。<br /><br />  執事さんに悪いし今日はもう帰ろうかなって思い始めたときに、蒼星石の声が聞こえたかしら。<br />  「…のよる♪」<br />  蒼星石は花歌を歌ってた。<br />  「蒼星石ー!!」<br />  カナは大声で蒼星石を呼んだんだけれど、聞こえなかったみたいで、花歌だけがそのまま聞こえてきたのね。<br />  しかたないからカナは蒼星石の歌が聞こえるほうに歩き始めたかしら。<br />  本当はまっすぐ蒼星石のところに行きたかったんだけれど、蒼星石がいるところは木の迷路の中だったみたいで、カナはくねくねくねくね色んな所をいったりきたりしちゃった。 <br /><br />   結局蒼星石に会うには迷路を歩くだけじゃだめで、木と木の間にある隙間をしゃがんでくぐらないといけなかったかしら。<br />  顔が木立を抜けると、蒼星石が椅子に座っているのが見えたわ。<br />  うとうとしてたのかしら、蒼星石はぼーっとしてたみたい。<br />  ぼーっとしてる蒼星石なんて見るのが始めてだったから、ついついしばらく眺めた後写真に撮っちゃった。</div> <div class="mes"> シャッターの音に気がついて、蒼星石はゆっくりと顔をこっちに向けたかしら。<br />  「…金糸雀?」<br />  蒼星石はとっても不思議そうにしてたから、「本を返しに来たかしら」って用件を伝えたのね。<br />  そうしたら、蒼星石はくすって笑ったわ。<br /><br />  「今日はたくさんの人に会うよ。槐さんに白崎さん、薔薇水晶ちゃん、真紅…金糸雀」<br />  そんなことを言いながら蒼星石近づいてきてくれて、カナが穴を抜けて立つのを手伝ってくれた。<br />  立ってからよく見てみると、カナが通された場所はとっても綺麗なところだったかしら。<br />  中央に蒼星石が座ってた猫足の白いイスと、おそろいのテーブルがあって、それを包むみたいに翠色の薔薇が咲いてたのね。<br />  迷路の木に囲まれてる中に、こんな場所があるなんて思いもしなかったから、驚いちゃった。<br />  「素敵なところね」ってカナが言ったら、<br />  「ここは敷地に木の迷路を作ったときの端切れの土地なんだよ」<br />  後ろからとぼけたような蒼星石の声。でもそれからすぐに蒼星石はカナの耳元でささやいたかしら。<br />  「ようこそ僕の庭に」<br />  <br />  椅子は一つしかなくて、ここは正真正名、蒼星石が作った蒼星石のためのフィールドだったみたい。<br />  カナがここを見つけたいきさつを説明したら、<br />  「君は耳がいいんだね」<br />  って蒼星石は感心してた。カナはこれが普通だからよくわからないけれど、そうなのかしら。<br />  蒼星石は50メートル先の卵の割れる音とか聞こえないし、目をつぶると物の区別がつかないんだって。<br /><br />  それから、蒼星石の薔薇の手入れを見せてもらいながら、いろいろな話をしたの。<br />  蒼星石は物知りでカナが教わってばっかり。<br />  「僕たちの家は薔薇屋敷、君たちの家は人形屋敷って呼ばれてるんだよ」とか「そうそう、人形展は興行的に成功だったらしいね。あれ、聞いてない?予想観客動員数のかなり上を行ったらしいよ」<br />  なんだかもう、初耳な事ばっかりで、びっくりしどおしだったかしら。</div> <div class="mes"> 蒼星石が右手に大きな金のハサミを持って、薔薇の花を見始めたとき、カナは最初、蒼星石の手ばっかり見てたかしら。<br />  手の動きがおねえちゃんとかジュンに似てる。<br />  蒼星石は薔薇の育て方とかをすらすら説明しながら、時々薔薇の枝をじゃきん、と切り落としてた。<br />  しばらくして、カナは気づいたのよ。カナたちを囲む薔薇はぜんぶ同じ種類だって。<br />  「ここにあるのは全部同じ薔薇なのね」ってカナが言ったら<br />  「そう。翡翠の色をした薔薇。翠星石の薔薇だよ」<br />  蒼星石は薔薇から目を離さずに答えてくれた。<br />  「なんで蒼星石の薔薇はないのかしら」<br />  蒼星石は薔薇の根っこのほうを見てて、カナから見た蒼星石は伏し目がちになってた。<br />  「蒼い薔薇は存在しないんだよ。薔薇は生来蒼い色素を持っていないんだ」<br />  「でも胸に一輪さしてるかしら?」ってカナが聞いたら<br />  「これは造花だよ。」だって。<br />  蒼星石の胸には蒼い薔薇がさしてあったんだけど、すごくよくできてて、造花だなんて気がつかなかったかしら…。<br /><br />  蒼星石は薔薇の茎にいた大きな青虫の首をハサミで落としたのね。<br />  「ちょびっとかわいそうかしら」<br />  「でもこうしないと薔薇が虫食いだらけになっちゃうからね。これも戦いだよ。美しく咲かせるためには案外敵は多いんだ」<br />  蒼星石は言いながら、ため息を一つついて、青虫を薔薇の根元に埋めたわ。<br />  蒼星石は翠の薔薇を一生懸命手入れしてるのに、カナはよく考えずに文句をつけちゃってたことに気づいたのかしら。それ<br /> で謝ろうとしたら蒼星石は急に変なことを聞いてきたの。<br />  「金糸雀はアリスになりたいと思うかい?」って。<br />  「カナが?んんー、考えたこともなかったかしら」<br />  だって、アリスといえば、おねえちゃんとお父様の夢だもの。<br />  「じゃあ、アリスって何だと思う?」<br />  「それは…どんな花よりも気高くて、どんな宝石よりも無垢で、一点の穢れもない、世界中のどんな少女でもかなわないほ<br /> どの至高の美しさを持った少女かしら」<br />  「それは水銀燈の受け売りじゃない?」<br />  「むー、そんなこと言われたって困るかしら…」<br />  「まぁまぁ、考えてみてよ」</div> <div class="mes"> 「うーん…きっと、幸せな人なんじゃないかしら?」<br />  「それもきっと必要条件の一つだろうね」<br />  なんだか蒼星石にいじわるされている気がしてきたんだけれど、それが顔に出てたみたい。<br />  「ごめんごめん、最後に一つだけ。金糸雀はアリスにふさわしいのは誰だと思う?」<br />  やっと簡単な質問がきたかしら。<br />  「もちろんおねえちゃん!」<br />  蒼星石は笑って<br />  「僕は翠星石が一番ふさわしいと思うんだ」<br />  カナも笑ったかしら。ほんと妹は大変かしらっ<br /><br />  帰り道、迷路を通りながら、蒼星石がなんでもないことみたいに言ったかしら。<br />  「実はこの庭を造ったのは先月なんだ」<br />  ちょびっと自分の耳が信じられなくなったかしら。<br />  「これだけのお庭を!?」<br />  「迷路の手入れをする振りをしてたから、ばれてないよ」<br />  「これだけのお庭を」<br />  「人形展の影響でね。僕も自分の世界を作ってみたくなったんだ」<br />  「すごい情熱かしら」<br />  「僕だけじゃないよ。人形展に関わった人間はみんな心を掻き立てられたんだと思う。いろんな出会いがあったから。良くも悪くも」<br />  「みっちゃんが海外に飛び出したのも、人形展の影響だったわ」<br />  「だろうね。姉さんもちょっとすごいことになってる」<br />  「翠星石が?」<br />  蒼星石の唇がついっと上がったかしら。<br />  「今まで以上にジュン君を追いかけてる。真紅が映画に出るって話を聞いてからは焦りも感じてるみたい」<br />  「真紅が映画に出たらなんで翠星石があわててジュンを追いかけるのかしら?」<br />  なんでかしら、蒼星石がのけぞって、帽子が頭から落ちたわ。<br />  「もはや天然記念物かもしれない…」</div> <div class="mes"><br />  何がって聞いても、蒼星石は教えてくれなかったかしら。<br />  今日の事をおねえちゃんに話したとき、なんでかしらって聞いたんだけれど、頭をわしゃわしゃなでられちゃったかしら。<br />  むむむ、ピチカート。なぞがまた一つ増えたわ…。<br /><br />  あ、そうだ、蒼星石のフィールドを出るとき、記念で写真を撮りっこしたのね。<br />  せっかくだからあなたに貼っておこうっと。<br /><br /><br /><hr /><br /><br /> 2007年10月2日<br /><br />  今日は家に雑誌の記者さんが来たかしら。<br />  もちろん目的はおねえちゃん。人形展のインタビュー。<br />  だけどおねえちゃんは用事が長引いちゃって家に戻ってこれなかったかしら。<br />  記者さんに家で待ってもらう事になって、その間カナと記者さんでお話ししてた。<br />  記者さんは怒ったりしてなくてやさしい人だったかしら。<br />  記者さんは人形展自体の事はもう調べ終わっていたみたいで、カナに色々な事を教えて<br /> くれたかしら。<br /><br />  まず、蒼星石から人形展の動員数はいい結果だって聞いてたけど、その理由を教えてもらったわ。<br />  1つ目はローゼン効果。<br />  夕方18時のテレビとかにお父様の未発表人形が出るってニュースが流れたんだって。<br /> それはCMとして抜群の効果だったし、ホーリエ目当てて海外からもお客さんが来るほどだったって。<br /><br />  2つ目は現代の人形師達の頑張り。<br />  目玉だけじゃなくて他もよかったから、リピーターと口コミ効果でどんどん一日のお客さんが<br /> 増えていって、先週末は超満員だったらしいかしら!<br /><br />  人形の一番人気はお父様がやっぱり一番なんだけれど、おねえちゃんのキラキショウも人気<br /> だったって。開催中に「売ってくれ!」って頼まれたり、ぬすまれそうになったりとか、すごく<br /> ネッキョウ的人気。<br /><br />  ほぼなんの後援もなく行われた展覧会では大成功だね。そういって記者さんは一度締めくくっ<br /> てから、こう付け加えたかしら。</div> </div> <div class="mes" align="left"> 「――あと開催期間がもう1か月長ければ、さらなる成功をおさめていたと思うけれど」<br />  「なんのことですか?」って聞いたら、真紅が出演する映画の製作発表が行われたら、もっと<br /> お客さんが増えただろうって。今回の記事でも、その映画の事は大きく書かれるみたい。<br />  お客さんの事は残念だけど、真紅と映画のきっかけにもなったんだから、やっぱりこの人形展<br /> はすごいかしら!<br /><br />  おねえちゃんはお仕事の事を話さないから、いい事が聞けたかしら。<br />  でもカナは記者さんの役にたてたのかしら?<br />  人形展の事は記者さんより詳しくないし、おねえちゃんの事は話せてもおねえちゃんと真紅が<br /> どんな関係かとか、お父様の事とか、みんなより知らないから答えようがなかったし…。<br />  色々質問されてるうちに、おねえちゃんが帰ってきてカナは部屋に戻ったかしら。<br /><br />  そうそう、記者さんが帰った後にカナは気づかずにお茶のおかわりを持っていったのね。<br />  話し声がしてたから記者さんがまだいると思ってたんだけれど、おねえちゃんが電話をしてただけ<br /> だったかしら。<br />  「前にも言ったでしょ、取引がしたいだけ…」<br />  「そう、目的はあなたと同じよ」<br />  おねえちゃんはなにかを頼んでいたみたい。<br />  カナが部屋に入るとおねえちゃんが電話を切ったけど、カナがちょびっと気にしてたらおねえちゃ<br /> んが内容を教えてくれたかしら。<br />  「夜会の準備を頼んでたのよ」<br />  「夜会をまたするのかしら?」<br />  「前の評判が良かったから、打ち上げも家でするわよ」<br /> だって。楽しみかしら。 </div> <div class="mes" align="left"> </div> <div class="mes" align="left"> <hr /></div> <div class="mes" align="left"><br /><br /> 2007年10月3日<br /><br />  今日は蒼星石と翠星石に夜会の招待状を渡しにいってきたかしら。<br />  招待状はキレイな長方形のカードで、おねえちゃんがデザインしたみたい。渡したときに翠星石も<br />  「おしゃれなカードですぅ」<br />  って感心してた。<br />  「人形展成功のちょっとした記念品って意味もあるのよぉ。っておねえちゃん言ってたかしら」<br />  「ふーん、水銀燈のセンスですね」<br />  翠星石はカードの角と角を指で支えて、くるくるくるくる回してた。<br />  「たぶん昨日電話で業者さんに依頼して作ったカードかしら」<br />  「たった一晩でこんなのは作れないでしょ」<br />  「…昨日の電話、聞いてたの?」<br />  蒼星石が驚いたみたいに聞いてきたから、カナは昨日ぐうぜん聞いたことを、二人に話したかしら。<br /> といっても、おねえちゃんの締めくくりの言葉しか聞いてなかったんだけど。<br />  なんで蒼星石が驚いたかと言えば、あの電話の相手は蒼星石だったみたい。<br />  カードはやっぱり別の日に頼んでたのね。<br /><br />  「水銀燈と何を話したんです?」<br />  翠星石に聞かれて、蒼星石はちょびっと困った顔をしたかしら。<br />  「実は真紅を夜会に誘うように頼まれてね」<br />  「真紅を…」<br />  翠星石もちょびっと困った顔をしたかしら。<br />  「真紅を誘うのになにか問題があるのかしら?」<br />  「うーん、水銀燈が言ってない事を僕の口から言っていいのかわからないから…」<br />  そういって、蒼星石に断られて<br />  「ま、もめ事がおきただけですよ。二人ともチビカナと違って大人だから、気にするなです」<br />  翠星石がフォローしてくれた。<br />  人形展開催直後はおねえちゃんは元気なかったのはこれが理由?このことは慎重にちゃんと覚えておかないとだめね。 <br />  後は翠星石がジュンも夜会にくるのか気にしていたけれど、多分来てくれるかしら。<br />  そういえば人形劇のおじさんも来てくれるなら、この前の劇の感想を伝えれるわ。…あの劇の題名なんていうのかしら?<br />  たしか斉藤さんが演劇部だから明日聞いてみようっと。 </div> <div class="mes" align="left"> <hr /></div> <div class="mes" align="left"> </div> <div class="mes" align="left"><br /> 2007年10月6日<br /><br />  ピチカート。<br />  今日は打ち上げ夜会で、なんでこうなったのかしら。<br /><br />  お客様が集まって、姉妹6人がみんな集まるのは夏以来で。<br />  みんな示し合わせたみたいに中世風とかゴシック調に着飾ってて。<br />  始めの挨拶中に銀行の偉い人が真紅の映画の事を話したりして。真紅もその時は幸せ<br /> そうに「人形展というきっかけがなければ、こんなすばらしい出会いはなかったでしょう」って<br /> 言って拍手をもらってた。もう舞台の主役みたいだったのに。<br /><br />  それからも楽しく話したのよ。ピチカートが一緒にいるのをからかわれたり。<br />  クッキーを口に詰め込まれたり。<br />  でも、人形劇のおじさんが見つからなくって。カナはそれが残念だったの。<br />  そこで、前に会った廊下に行ってみたかしら。そしたら、本当におじさんが居たのね。<br />  「人形劇のおじさん、お久しぶりかしら」<br />  ってカナは声をかけたんだけど。おじさんはカナの方を振り向かずに廊下を歩いて階段を<br /> 下りて行っちゃった。<br />  斉藤さんに教わって劇の本も読んでたのよ。チェーホフの桜の園。だからカナはお話が<br /> したくておじさんを追いかけたかしら。<br /><br />  階段の先にはお父様のもう一つのアトリエしかないし、そこにおじさんがいるはずだったんだけれど。<br />  部屋に入ると、人形劇のおじさんはいなくて、なぜか真紅が立っていたの。<br /><br />  「あれ、真紅?おじさんを見なかったかしら」<br />  カナが聞いたら、真紅はいつもより早口に話したかしら。<br />  「そんな人見なかったわよ。そんなことより貴女、ホストの家族ならここで油を売っている場合じゃない<br /> でしょう?早く会場に戻りなさいな」<br />  「うん…でも真紅は戻らなくていいのかしら?」</div> <div class="mes" align="left"> 真紅は口をへの字に曲げたかしら。一瞬話したくなさそうに。<br />  「私は」<br />  この時真紅は何を言おうとしたのかしら。なんで真紅はあの時ここにいたのかしら。 <br /><br />  軽くて乾いた「パンッ」って弾けるような音がしたわ。<br />  最初、黒い羽根が宙を舞っているのかと思ったけど、それは機械の油が細かい粒になって<br /> まき散らされただけだったかしら。<br />  今思い出せば、この部屋に置かれた機械が動き出した瞬間の身震いだったんだってわかるかしら。<br />  でもカナはその時羽根みたいな油を見ていて、気づくのが一瞬遅れてしまったのよ。<br />  ほんの少しでも早く注意できたら違ったかもしれないのに。<br />  機械からぶら下がってた大きな丸カッターが、けいれんするみたいに急に動いたかしら。そしてその<br /> カッターの先には真紅がいたの。<br />  「真紅!後ろ!」<br />  カナは叫んだけれど、間に合わなかったわ。<br /><br />  ブチィィンて音がしたかしら。<br />  真紅が「ああぁあッ」て声を上げたかしら。<br />  真紅の腕が飛んで行ったかしら。<br /><br />  そのまましゃがんじゃった真紅にカナは急いで近づいたの、真紅は肩から先がなくて、たくさん血が流れてた。<br />  傷が広かったから上着を脱いで、傷口を押さえつけたかしら。<br />  「おねえちゃん!誰か助けて!」<br />  カナは大声で何度も叫んだわ。どれだけの時間がたったのかわからないけれど、おねえちゃんと蒼星石が<br /> 最初に来てくれたわ。おねえちゃんはすぐに救急車を呼びに行ってくれたし、蒼星石は真紅の止血を手伝ってくれた。<br />  真紅は汗をかいて「腕が冷たい…お願いさすって頂戴」ってうなされてた。</div> <div class="mes" align="left"><br />  おねえちゃんに連れられて、救急隊員の人達が来てくれたから、真紅の傷口からカナは離れて、床に座ったかしら。<br /> でも他の救急隊員の人が<br />  「腕はどこですか!?」って。<br />  みんなでちぎれた腕を探したけれど、腕がどこにも見つからなかったかしら。<br />  その時には槐さん白崎さんジュン雛苺巴も来てくれてたのに。みんなで探したのに。<br />  <br /> 今もおねえちゃん達が真紅の腕を探しているかしら。<br /><br />  時間がないから真紅が先に運ばれる事になったわ。カナもケガしてるのかと思われて、救急車に乗せられたみたい。<br />  だから今、真紅の手術室の前。なんでカナにはできる事がないのかしら。早く腕届いて<br /><br /><br /><hr /><br /><br /> 2007年10月7日<br /><br />  真紅の腕…見つからなかったかしら。<br />  手術が終わって、真紅の病室を訪ねたの。真紅は眠っていたけれど、ベッドの腕のあるところがへこんでいたわ。<br />  カナが無い腕をみたら、のりさんが首を少しだけ横に振ったかしら。<br />  のりさんは心配で急にやせてしまったみたい。<br />  そのまま真紅の横顔を見ていたら雛苺のときの事を思い出して、真紅はなかなか目が覚めないんじゃないかとか、悪い考えばっかり浮かんできて怖くなったかしら。<br />  「のりさん、真紅は目が覚めるのかしら?」<br />  って聞いたら。<br />  「大丈夫。お医者様が今日中に目が覚めるって言ってたわ」<br />  それから、真紅の汗をふいたりする手伝いとかをしてた。<br /><br />  いつまでそうしていたのかしら、おねえちゃんが病室に来たかしら。<br />  おねえちゃんはのりさんにとっても謝ってた。<br />  本当はすぐに来たかったんだけれど、今まで警察の人と色々話が合ったんだって。<br />  きっとおねえちゃんはもっと謝ったり、これからの事を話したりしたかったんだと思う。でも、おねえちゃんとのりさんの話はすぐにとぎれちゃった。<br />  今思うと、みんなこの部屋でうるさくすると真紅にもっと悪い事がおるんじゃないかって怖がっているみたいだったかしら。 </div> <div class="mes" align="left"><br />  それから、カナはおねえちゃんと一緒に家に戻ったわ。<br />  カナは真紅が起きるまで待っていたかったんだけれど、<br />  「警察がね、あの時の話を聞きたくて家に居るのよ」<br />  事情聴取のために、あの時駆けつけた人達がみんなまだ家にいるんだって。<br />  おねえちゃんが持ってきてくれた服に車の中で着替えて、家に戻ったわ。<br /><br />  みんなの居る大きな部屋の扉を開けると、ばらしーちゃんが走ってきて、ぎゅーっと抱きついてきてくれた。<br />  ばらしーちゃんはちょっと泣いてた。心細かったし、心配してくれてたんだと思う。カナもばらしーちゃんがあったかくて、なんだかほっとしたかしら。<br />  それからすぐに近づいてきたのはジュン。<br />  「どうだった?」<br />  誰って言われなくてもわかったかしら。<br />  「まだ目が覚めていないけれど、手術は成功したかしら」<br />  「そう…よかった」<br />  ジュンはほっとしてた。<br />  後でおねえちゃんに聞いたんだけれど、ジュンはすぐ真紅のところに行きた<br /> くて何度も警察にかみついていたんだって。 <br /><br />  警察の人には、昨日日記に書いたのと同じ事を話したかしら。<br />  ほとんどの事を、頷いてメモしてるだけだったんだけれど、警察の人は不思<br /> 議そうに何度も聞いてきた事があったかしら。<br />  それは人形劇のおじさんのこと。<br />  そういえば人形劇のおじさんだけ部屋にいなかったから、カナもおじさんは<br /> どうしたのか警察の人に聞いたんだけれど、警察の人はおじさんの事自体を知 らなかったみたい。<br /><br />  どうりで部屋には槐さん、ばらしーちゃん、白崎さん、蒼星石、翠星石、<br /> 雛苺、巴、ジュンしかいなかったはずかしら。<br />  でもおじさんはどこにいったの?あの階段の先にはもう一つのアトリエしか<br /> ないから事故が起こったときはあそこにいたはずなのに。<br /><br />  晩にはのりさんからおねえちゃんに電話があって、真紅の目が覚めた事を教えてもらったわ。けれどもう面会の時間はすぎているから、明日会いに行くかしら。<br />  とにかく真紅の目が覚めたのはいいこと。いいことかしら。</div>

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: