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翠星石短編40 - (2009/07/14 (火) 16:13:04) の1つ前との変更点

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<p align="left">「もう、春ですねぇ…」<br /><br /><br /> 肌寒さが残っているとは言え随分と過ごしやすくなった朝の空気を、翠星石は胸一杯に吸い込んだ。<br /><br /> 庭先で梅の花がひらりと舞い落ち、季節の訪れを知らせる風が鼻腔をくすぐる。<br /><br /> 桜はまだ咲いてないが…それでも草木萌える春の足音は、すぐそこまで聞こえてきていた。<br /><br /><br /> 「遠慮せずに、いっぱいお水を飲むですよ?」<br /><br /> 翠星石の持つ如雨露の水が、慈愛の雨のように優しく花壇へと降り注ぐ。<br /><br /> 春の陽気と愛情を一身に受けた植物は、まるで小さな宝石のようにその若芽をキラキラと輝かせた。<br /><br /><br /> 新たな大地の息吹を全身で感じ、翠星石は穏やかな笑顔を浮べながら如雨露で庭に虹を描き続ける……<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> 「と言う訳ですぅ!!こ…これは、その時に如雨露の水をウッカリ浴びせてしまっただけですぅ!!」<br /><br /> 見事な地図が描かれた敷布団を干しながら、翠星石は涙目でそう訴えていた。</p> <hr /><p align="left">ジ「はあ~…食ったな…」<br /> 翠「ですねぇ…」<br /> ジ「いい天気だな…」<br /> 翠「ですねぇ…」<br /> ジ「こう気持ちいいと昼寝したくなるなぁ…」<br /> 翠「ですねぇ…」<br /> ジ「平和だよなぁ…」<br /> 翠「ですねぇ…」<br /> ジ「争いごとなんて無くなればいいのになぁ…」<br /> 翠「ですねぇ…」<br /> ジ「ところでさ、昨日冷蔵庫に入ってたタルト食べたの実は僕でさ、すげーうまかったけどあれが翠星石のだったなんて知らな」</p> <p align="left"><br /> 蒼「はいもしもし。あ、姉さんどうしたの?え!?ジュン君が頭から血を流して倒れてる!?救急車は呼んだの!?じゃあ来るまで動かしちゃダメだよ!絶対だからね!!」</p> <hr /><p align="left">翠「ジュン、ちょっと話があるんですが」<br /> ジ「…なんだよ」<br /> 翠「いいから、座ってくださいです」<br /> ジ「………」スッ<br /> 翠「昨日、随分帰りが遅かったですけど、何かあったんですか?」<br /> ジ「…別に」<br /> 翠「何もなかったのに遅くなったんですか?」<br /> ジ「そんなの僕の勝手だろ」<br /> 翠「…勝手、ですか。じゃあ、別の女と会ってたって、そう言うですか」<br /> ジ「は!?いきなり何でそうなるんだよ!!」<br /> 翠「じゃあなんで遅くなったんですか!?心配して同僚の人や友人に電話しても知らないって…どこで誰とほっつき歩いてたですか!!」<br /> ジ「だからそんなんじゃないって言ってるだろ!!何で僕が他の女と遊ばなきゃいけないんだよ!!」<br /> 翠「翠星石が好きになった奴が他の女にもモテるのは道理じゃないですか!!」<br /> ジ「言ってくれるな!!会社行ってる間中お前の事で頭いっぱいの僕に向かって!!ちょっとくらい帰るの遅れたって疑う余地なんてないだろうが!!」<br /> 翠「だっていつも直ぐに帰ってくるじゃないですか!!」<br /> ジ「お前が美味しい料理作って待ってるからだろ!!」<br /> 翠「オメーが美味しそうに食べるの見るのが好きだからしょうがねーですよ!!それでいい加減何してたか言ってみろですぅ!!」<br /> ジ「プレゼント買ってたんだよほらぁ!!」<br /> 翠「それ翠星石が前から欲しかったバックじゃねーですか何で知ってるんですかぁ!!」<br /> ジ「お前の事で僕が知らない事があると思ったら大間違いだ!!」<br /> 翠「大体なんのプレゼントですか!!今日が何の日だって言うんですか!?」<br /> ジ「知ってるクセにいじらしいんだよ!じゃあ僕が言ってやるさ!君と僕の部屋で初めてキスした日だわかったかー!!」<br /> 翠「そんな日覚えてるなんてお前は乙女ですかバカですかバカなんですね!?」<br /> ジ「何泣いてんだお前こそ一週間前くらいからそわそわしてチラチラこっち見て顔赤くして可愛くて仕方なかったんだぞバカ!!」<br /> 翠「泣いてねーですよバカ!!何ですかそんな細かい仕草まで見てたんですかとんだ翠星石オタクですねお前は!!」<br /> ジ「オタクで悪かったな!好きなんだから仕方ないだろバカ!!」<br /> 翠「好き好きうっさいですバカ!涙が止まんないじゃねーですかバカ!!」<br /> ジ「じゃあもっと泣かしてやるよ泣いてる君も可愛いからなぁ!!愛してるぞ翠星石大好きだバカー!!」<br /> 翠「こんのバカー!!」</p> <p align="left">【ばーか】【ばーか】</p> <hr /><p><br /> 「向こうで本格的にデザインの勉強をしようと思うんだ…」<br /> 「何年かかるか分からないけど…でも、絶対に帰ってくるから…<br />  僕に愛想が尽きなかったら…ここで、待っててくれないか……」<br /> そんなことを言って、彼は旅立った。<br /><br /><br /> あれから早数年。<br /> 今年の桜が散るまでに彼が帰ってこなかったら、彼のことは忘れよう。<br /> そう決意して迎えたその日。<br /><br /> 「やーっぱり帰ってこなかったですね。」<br /><br /> 私は一人。散りゆく桜を眺めていた。<br /><br /> 「ま、別に最初から期待なんかしてなかったですけど…」<br /> 「どーせ向こうで変な奴に引っかかってのたれ死にでもしてるんです。」<br /> 「こんな美女を何年もほったらかしにするような奴はこっちから願い下げ…で…」<br /><br /> 言葉が詰まる。頬に熱いものが流れる。<br /><br /> 「…う…ぐ……ジュンの…馬鹿ぁ……」<br /> 「…一日だって…忘れたことは…ないですのに……」<br /> 「……いつまで……待てば……いいんですか……」<br /><br /> 忘れようと、諦めようと思っていたのに、涙が止まらない。<br /><br /><br /> さぁーっと、風が吹いて…<br /> 舞い踊る桜吹雪の下で、泣き崩れる私に、後ろから近づく足音が一つ。<br /><br /><br /> 「ごめん。ずっと待たせちゃって。」<br /><br /> 本当に、ずっとずっと待っていた、私の大好きな彼が。<br /><br /> 「ありがとう。ずっと想っていてくれて。」<br /><br /> 心から、ずっとずっと想っていた、私の大好きな彼が。<br /><br /> 「ただいま。翠星石。」<br /><br /> 私のところに帰ってきてくれた。<br /><br /><br /> 涙でぼやけて見えないけれど、<br /> 振り返ったその先には、<br /> あの頃と変わらぬ彼が――<br /><br /> 【きっと】【笑っている】</p> <hr /><p> <br /><br /> ぽつ、ぽつ、と雨が降ってきた。<br /><br /> 梅雨を先取りするかのように、ノドを鳴らしていたアマガエル。<br /> 庭先から聞こえてきた小さな合唱に気が付いて、ほんの少しの時間だけ耳を傾けるつもりが……<br /> そんな少しの間に、空模様はすっかり変わってしまっていた。<br /><br /><br /> 「ま、こんな事もあろうかと、お洗濯は部屋に干しておいたので大丈夫ですぅ」<br /><br /> 誰に言うでもなく―――しいて挙げるとすれば、目の前のアマガエルだろうか。<br /> 小さくそう言ってから、雨に濡れないうちに家の中へ入る。<br /> 玄関先で傘を手にしてから、改めて、ケロケロと鳴くオーケストラの所に戻ってきた。<br /><br /> お気に入りの緑色の傘をさしながら、小さな合唱団の声をBGMに、庭先をぐるりと見渡す。<br /><br /><br /> 6月は紫陽花にダリア、それに薔薇の季節。<br /> 今年もきっと、綺麗に庭先を飾って目を楽しませてくれるだろう。<br /><br /> 梅雨はジメジメしていて、とっても過ごしにくい。<br /> だけれど、いっぱい雨が降って、地面がその雨をたくさん吸収して、植物たちが生き生きと育っていく6月。<br /> その季節が来たと思うと、少しだけ優しい、穏やかな気持ちになってくる。<br /><br /><br /> ふと視線を下げると、そんな私の雰囲気を感じてくれたのか、アマガエルとも視線が合った。<br /><br /> 「良く見ると、目もくりくりしてて、綺麗な緑色で、可愛らしいやつじゃないですか」<br /><br /> お気に入りの傘と同じ色をしたカエルは、どことなく嬉しそうにケロっとノドを鳴らした。<br />  <br /> 何だか小さな友達が出来たみたいで、少し嬉しい。<br /> とくに、この綺麗な緑色が、何とも言えない素敵さを決定付けている。<br /><br /> 私は傷つけないように注意しながら、カエルにそっと優しく手を差し出しす。<br /> するとカエルも、ピョンと跳ねると私の手のひらに乗ってきた。<br /><br /> 「ふふふ、カエルのくせに賢いやつですぅ」<br /><br /> 指先でちょっとだけ、ふにふにと柔らかい背中をつっついてやる。<br /><br /> 「よーしよし、良い子ですね。……そうです、お前に蒼星石を紹介してやるですよ。<br />  きっと友達になれる事、間違いなしですぅ」<br /><br /> そう言うと私は、ケロケロと鳴く友達を手に乗せながら玄関へと入っていった。<br /><br /><br /><br /> ◇ ◇ ◇<br /><br /><br /><br /> 「―――…という訳ですよ」<br /><br /> 「なるほどね。<br />  それで君は『悪意は一切無く』寝ている僕の顔にカエルを乗せた。という事だね」<br /><br /> 「いや、それは……正直、すまんかったですぅ」</p> <hr /><p>翠「ふー、最近は夜になってもあんまり冷えなくなってきましたね」<br /> 蒼「もう6月の後半だからね。夏が近いんだよ」<br /> 翠「…知ってますか蒼星石。6月が終わると、7月になるんですよ」<br /> 蒼「わあびっくり。じゃあ7月が終わったら8月になるのかな」<br /> 翠「んん、流石ですね。見事な論理的思考です」<br /> 蒼「今年はあの浴衣、着れるといいね」<br /> 翠「…着ますよ。絶対着ます」<br /> 蒼「夏祭りが雨でも?」<br /> 翠「別に、そんときゃジュンの庭で花火でもすればいいだけの話ですよ」<br /> 蒼「うん、そうだね。その通りだ。今年は、特別な夏になるといいね」<br /> 翠「…蒼星石」<br /> 蒼「ん?」<br /> 翠「翠星石の背中は、預けましたよ」<br /> 蒼「…うん、了解」<br /><br /> ――尻込みした時に、ど突けばいいんだよね。<br /><br /><br /></p> <hr /><br /><br /><br /> 自販機メイデン<br /><br /> チャリンチャリン…<br /> 「あっちいから、冷たいコーヒーでも、と」ピッ、ガコン<br /> 「ふんふん♪翠星石はかがむと髪が地面に着きそうになるのが困り物ですぅ~♪」<br /> がしっ<br /> ジュッ<br /> 「ほああー!熱っちぃーー!?」<br /><br /> 【コールドで】【ホットが】<br /> この季節は時々ホットがまだあるから困る。
<p align="left">「もう、春ですねぇ…」<br /><br /><br /> 肌寒さが残っているとは言え随分と過ごしやすくなった朝の空気を、翠星石は胸一杯に吸い込んだ。<br /><br /> 庭先で梅の花がひらりと舞い落ち、季節の訪れを知らせる風が鼻腔をくすぐる。<br /><br /> 桜はまだ咲いてないが…それでも草木萌える春の足音は、すぐそこまで聞こえてきていた。<br /><br /><br /> 「遠慮せずに、いっぱいお水を飲むですよ?」<br /><br /> 翠星石の持つ如雨露の水が、慈愛の雨のように優しく花壇へと降り注ぐ。<br /><br /> 春の陽気と愛情を一身に受けた植物は、まるで小さな宝石のようにその若芽をキラキラと輝かせた。<br /><br /><br /> 新たな大地の息吹を全身で感じ、翠星石は穏やかな笑顔を浮べながら如雨露で庭に虹を描き続ける……<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> 「と言う訳ですぅ!!こ…これは、その時に如雨露の水をウッカリ浴びせてしまっただけですぅ!!」<br /><br /> 見事な地図が描かれた敷布団を干しながら、翠星石は涙目でそう訴えていた。</p> <hr /><p align="left">ジ「はあ~…食ったな…」<br /> 翠「ですねぇ…」<br /> ジ「いい天気だな…」<br /> 翠「ですねぇ…」<br /> ジ「こう気持ちいいと昼寝したくなるなぁ…」<br /> 翠「ですねぇ…」<br /> ジ「平和だよなぁ…」<br /> 翠「ですねぇ…」<br /> ジ「争いごとなんて無くなればいいのになぁ…」<br /> 翠「ですねぇ…」<br /> ジ「ところでさ、昨日冷蔵庫に入ってたタルト食べたの実は僕でさ、すげーうまかったけどあれが翠星石のだったなんて知らな」</p> <p align="left"><br /> 蒼「はいもしもし。あ、姉さんどうしたの?え!?ジュン君が頭から血を流して倒れてる!?救急車は呼んだの!?じゃあ来るまで動かしちゃダメだよ!絶対だからね!!」</p> <hr /><p align="left">翠「ジュン、ちょっと話があるんですが」<br /> ジ「…なんだよ」<br /> 翠「いいから、座ってくださいです」<br /> ジ「………」スッ<br /> 翠「昨日、随分帰りが遅かったですけど、何かあったんですか?」<br /> ジ「…別に」<br /> 翠「何もなかったのに遅くなったんですか?」<br /> ジ「そんなの僕の勝手だろ」<br /> 翠「…勝手、ですか。じゃあ、別の女と会ってたって、そう言うですか」<br /> ジ「は!?いきなり何でそうなるんだよ!!」<br /> 翠「じゃあなんで遅くなったんですか!?心配して同僚の人や友人に電話しても知らないって…どこで誰とほっつき歩いてたですか!!」<br /> ジ「だからそんなんじゃないって言ってるだろ!!何で僕が他の女と遊ばなきゃいけないんだよ!!」<br /> 翠「翠星石が好きになった奴が他の女にもモテるのは道理じゃないですか!!」<br /> ジ「言ってくれるな!!会社行ってる間中お前の事で頭いっぱいの僕に向かって!!ちょっとくらい帰るの遅れたって疑う余地なんてないだろうが!!」<br /> 翠「だっていつも直ぐに帰ってくるじゃないですか!!」<br /> ジ「お前が美味しい料理作って待ってるからだろ!!」<br /> 翠「オメーが美味しそうに食べるの見るのが好きだからしょうがねーですよ!!それでいい加減何してたか言ってみろですぅ!!」<br /> ジ「プレゼント買ってたんだよほらぁ!!」<br /> 翠「それ翠星石が前から欲しかったバックじゃねーですか何で知ってるんですかぁ!!」<br /> ジ「お前の事で僕が知らない事があると思ったら大間違いだ!!」<br /> 翠「大体なんのプレゼントですか!!今日が何の日だって言うんですか!?」<br /> ジ「知ってるクセにいじらしいんだよ!じゃあ僕が言ってやるさ!君と僕の部屋で初めてキスした日だわかったかー!!」<br /> 翠「そんな日覚えてるなんてお前は乙女ですかバカですかバカなんですね!?」<br /> ジ「何泣いてんだお前こそ一週間前くらいからそわそわしてチラチラこっち見て顔赤くして可愛くて仕方なかったんだぞバカ!!」<br /> 翠「泣いてねーですよバカ!!何ですかそんな細かい仕草まで見てたんですかとんだ翠星石オタクですねお前は!!」<br /> ジ「オタクで悪かったな!好きなんだから仕方ないだろバカ!!」<br /> 翠「好き好きうっさいですバカ!涙が止まんないじゃねーですかバカ!!」<br /> ジ「じゃあもっと泣かしてやるよ泣いてる君も可愛いからなぁ!!愛してるぞ翠星石大好きだバカー!!」<br /> 翠「こんのバカー!!」</p> <p align="left">【ばーか】【ばーか】</p> <hr /><p><br /> 「向こうで本格的にデザインの勉強をしようと思うんだ…」<br /> 「何年かかるか分からないけど…でも、絶対に帰ってくるから…<br />  僕に愛想が尽きなかったら…ここで、待っててくれないか……」<br /> そんなことを言って、彼は旅立った。<br /><br /><br /> あれから早数年。<br /> 今年の桜が散るまでに彼が帰ってこなかったら、彼のことは忘れよう。<br /> そう決意して迎えたその日。<br /><br /> 「やーっぱり帰ってこなかったですね。」<br /><br /> 私は一人。散りゆく桜を眺めていた。<br /><br /> 「ま、別に最初から期待なんかしてなかったですけど…」<br /> 「どーせ向こうで変な奴に引っかかってのたれ死にでもしてるんです。」<br /> 「こんな美女を何年もほったらかしにするような奴はこっちから願い下げ…で…」<br /><br /> 言葉が詰まる。頬に熱いものが流れる。<br /><br /> 「…う…ぐ……ジュンの…馬鹿ぁ……」<br /> 「…一日だって…忘れたことは…ないですのに……」<br /> 「……いつまで……待てば……いいんですか……」<br /><br /> 忘れようと、諦めようと思っていたのに、涙が止まらない。<br /><br /><br /> さぁーっと、風が吹いて…<br /> 舞い踊る桜吹雪の下で、泣き崩れる私に、後ろから近づく足音が一つ。<br /><br /><br /> 「ごめん。ずっと待たせちゃって。」<br /><br /> 本当に、ずっとずっと待っていた、私の大好きな彼が。<br /><br /> 「ありがとう。ずっと想っていてくれて。」<br /><br /> 心から、ずっとずっと想っていた、私の大好きな彼が。<br /><br /> 「ただいま。翠星石。」<br /><br /> 私のところに帰ってきてくれた。<br /><br /><br /> 涙でぼやけて見えないけれど、<br /> 振り返ったその先には、<br /> あの頃と変わらぬ彼が――<br /><br /> 【きっと】【笑っている】</p> <hr /><p> <br /><br /> ぽつ、ぽつ、と雨が降ってきた。<br /><br /> 梅雨を先取りするかのように、ノドを鳴らしていたアマガエル。<br /> 庭先から聞こえてきた小さな合唱に気が付いて、ほんの少しの時間だけ耳を傾けるつもりが……<br /> そんな少しの間に、空模様はすっかり変わってしまっていた。<br /><br /><br /> 「ま、こんな事もあろうかと、お洗濯は部屋に干しておいたので大丈夫ですぅ」<br /><br /> 誰に言うでもなく―――しいて挙げるとすれば、目の前のアマガエルだろうか。<br /> 小さくそう言ってから、雨に濡れないうちに家の中へ入る。<br /> 玄関先で傘を手にしてから、改めて、ケロケロと鳴くオーケストラの所に戻ってきた。<br /><br /> お気に入りの緑色の傘をさしながら、小さな合唱団の声をBGMに、庭先をぐるりと見渡す。<br /><br /><br /> 6月は紫陽花にダリア、それに薔薇の季節。<br /> 今年もきっと、綺麗に庭先を飾って目を楽しませてくれるだろう。<br /><br /> 梅雨はジメジメしていて、とっても過ごしにくい。<br /> だけれど、いっぱい雨が降って、地面がその雨をたくさん吸収して、植物たちが生き生きと育っていく6月。<br /> その季節が来たと思うと、少しだけ優しい、穏やかな気持ちになってくる。<br /><br /><br /> ふと視線を下げると、そんな私の雰囲気を感じてくれたのか、アマガエルとも視線が合った。<br /><br /> 「良く見ると、目もくりくりしてて、綺麗な緑色で、可愛らしいやつじゃないですか」<br /><br /> お気に入りの傘と同じ色をしたカエルは、どことなく嬉しそうにケロっとノドを鳴らした。<br />  <br /> 何だか小さな友達が出来たみたいで、少し嬉しい。<br /> とくに、この綺麗な緑色が、何とも言えない素敵さを決定付けている。<br /><br /> 私は傷つけないように注意しながら、カエルにそっと優しく手を差し出しす。<br /> するとカエルも、ピョンと跳ねると私の手のひらに乗ってきた。<br /><br /> 「ふふふ、カエルのくせに賢いやつですぅ」<br /><br /> 指先でちょっとだけ、ふにふにと柔らかい背中をつっついてやる。<br /><br /> 「よーしよし、良い子ですね。……そうです、お前に蒼星石を紹介してやるですよ。<br />  きっと友達になれる事、間違いなしですぅ」<br /><br /> そう言うと私は、ケロケロと鳴く友達を手に乗せながら玄関へと入っていった。<br /><br /><br /><br /> ◇ ◇ ◇<br /><br /><br /><br /> 「―――…という訳ですよ」<br /><br /> 「なるほどね。<br />  それで君は『悪意は一切無く』寝ている僕の顔にカエルを乗せた。という事だね」<br /><br /> 「いや、それは……正直、すまんかったですぅ」</p> <hr /><p>翠「ふー、最近は夜になってもあんまり冷えなくなってきましたね」<br /> 蒼「もう6月の後半だからね。夏が近いんだよ」<br /> 翠「…知ってますか蒼星石。6月が終わると、7月になるんですよ」<br /> 蒼「わあびっくり。じゃあ7月が終わったら8月になるのかな」<br /> 翠「んん、流石ですね。見事な論理的思考です」<br /> 蒼「今年はあの浴衣、着れるといいね」<br /> 翠「…着ますよ。絶対着ます」<br /> 蒼「夏祭りが雨でも?」<br /> 翠「別に、そんときゃジュンの庭で花火でもすればいいだけの話ですよ」<br /> 蒼「うん、そうだね。その通りだ。今年は、特別な夏になるといいね」<br /> 翠「…蒼星石」<br /> 蒼「ん?」<br /> 翠「翠星石の背中は、預けましたよ」<br /> 蒼「…うん、了解」<br /><br /> ――尻込みした時に、ど突けばいいんだよね。</p> <hr /><p><br /><br /><br /> 自販機メイデン<br /><br /> チャリンチャリン…<br /> 「あっちいから、冷たいコーヒーでも、と」ピッ、ガコン<br /> 「ふんふん♪翠星石はかがむと髪が地面に着きそうになるのが困り物ですぅ~♪」<br /> がしっ<br /> ジュッ<br /> 「ほああー!熱っちぃーー!?」<br /><br /> 【コールドで】【ホットが】<br /> この季節は時々ホットがまだあるから困る。</p> <hr /><p><br /><br /><br /> 「ふ~んふふ~ん♪<br />  いやー、『いんたーねっと』というのは、なかなかに見所があるですぅ」<br /><br /> その日、翠星石ちゃんは家でインターネットというものを初めてやってみていました。<br /><br /> 「これは……ほほう。それが世界の選択ですか……」<br /><br /> 見ても全く訳の分からないニュースサイトを覗いて、インテリぶった顔なんかしちゃっています。<br /><br /> そんな風にノリノリの翠星石ちゃんでしたが、一体何をどうしたのでしょう。<br /> 気が付けば画面に『news4vip』というページが開かれていました。<br /><br /> 「はて?これは……えぬ、いー、だぶりゅー、えす……ニュース?<br />  どうやらここは、ニュースを扱う所みたいですぅ」<br /><br /> 翠星石ちゃんは『news』の部分だけを読んで、そう思いました。<br /> ですが、それは勘違いです。<br /> 彼女が見ているページは、いわば社会のゴミ溜め。『2ちゃんねる』の隔離施設に他なりません。<br /> ですが、翠星石ちゃんはニュースサイトだと信じて疑っていませんでした。<br /><br /> 「やっぱり翠星石ほどのインテリは、自然とニュースサイトへと導かれるものなのですねぇ……」<br /><br /> そう言いながら、元治おじいちゃんの老眼鏡をかけて、エセ眼鏡っ子になったりしてみます。<br /> ちょっとした秀才気分を出す為の演出として、眼鏡は欠かす事のできないアイテムだからです。<br /> 数秒後に視界がグラグラ歪んで気持ちが悪くなるまで、翠星石ちゃんは眼鏡をかけてふふんと笑っていました。<br /><br /> ちょっとグロッキーになっていた翠星石ちゃんでしたが、すぐに気を取り直して再びパソコンに向かい合います。<br /> それから、ずらりと並ぶ文字列を、モニターに顔を近づけて読み始めました。 <br /><br /> 「……普通の女の子だったら?……総合?……はて、何の事ですかね?」<br /><br /> 意味不明な文字列にちょっとだけ戸惑いながらも、翠星石ちゃんは頑張ってモニターを見つめます。<br /> そんな風に、世に言う『スレタイ』だけを読んでいる内に。<br /> 彼女の目にとある文字が飛び込んできました。<br /><br /> 「『風呂場に妹が全裸で入ってきた』ですと!?なんてハレンチな妹ですか!<br />  うちの蒼星石とは大違いですぅ!!」<br /><br /> スレタイを見てぷんすか怒る翠星石ちゃんでしたが、お陰でその中身を見ずに済みました。<br /> 誰も知る由も無い事ですが、IDの数だけ腹筋するという苦行を回避した瞬間です。<br /><br /> ともあれ。<br /> モニターに浮かんだ『妹』という文字に、翠星石ちゃんは大切な双子の妹、蒼星石を思い浮かべていました。<br /><br /> シスコンな翠星石ちゃん。<br /> それからも懲りずにnews4vipを見るうち、さらに『妹』という文字をみつけました。<br /><br /> 「これは……『妹が……』だけで終わってるですぅ」<br /><br /> 妹が、一体どうしたというのか。<br /> その肝心の部分が書いてありません。<br /><br /> 「妹に、何があったのですか……!」<br /><br /> 内容を知るため、ドキドキしながら、翠星石ちゃんは『妹が……』のスレタイを押してみます。<br /> そして、『妹が……』のあとに続く文字を見て、とっても驚きました。<br /><br />   スレタイ『妹が……』<br /> 本文『爆発した』<br /><br /> 昔懐かしの、妹爆発ネタです。<br /><br /> ですが、そんな事は全く知らない翠星石ちゃんはというと、<br /> 「なんですと!?」<br /> と、あまりにショッキングなニュースに、驚きの声を上げました。<br /> ですが、彼女の驚きはこれで終わりません。<br /><br /> 『妹が、爆発した』の書き込みの後に『あるある』や『妹が爆発するのはよくある話』や、<br /> はては『うちの妹は爆発しないだろ、と油断してたら急に爆発した』とまで書かれているのです。<br /><br /> 翠星石ちゃんは、まるでうっかりパンドラの箱を開けちゃったみたいに顔を青くしながらスレを閉じます。<br /> そして、顔色を悪くしたまま、小さな声で呟きました。<br /><br /> 「い…妹が爆発するものだとは……知らなかったですぅ……<br />  !!まさか蒼星石も!?」<br /><br /> 純粋無垢で温室育ちな翠星石ちゃんは、これが嘘だとは夢にも思っていません。<br /> それどころか、真面目に、蒼星石が爆発しないか心配し始めました。<br /><br />   『うわーー!すいせいせきーーー!!』<br />    ボカーン!!<br /><br /> 「ぅ…うぅ……嫌ですぅ……蒼星石が爆発するなんて、絶対に嫌ですぅ……」<br /><br /> 必要以上に豊かな想像力が描いた光景に、翠星石ちゃんは涙を流しながらも決心を固めました。<br /><br /> 「絶対に!蒼星石が爆発するのだけは阻止してみせるですよ!!」 <br /><br /> そうと決めれば、翠星石ちゃん。<br /> 大切な蒼星石を爆発から守るため、急いでパソコンの電源を切りリビングへと向かいます。<br /><br /> 「蒼星石!どこですか!?」<br /><br /> 今、こうしている間にも蒼星石は……妹は爆発するかもしれない。<br /> そう考えると、胸が張り裂けそうになります。<br /><br /> 「蒼星石!返事をするですよ!そーせーせきぃー!!」<br /><br /> 叫びながら翠星石ちゃんは大切な妹を探して、家中を走り回ります。<br /> ですが、そんな必死な翠星石ちゃんとは対照的に、蒼星石は実にあっさりとした表情でキッチンに居ました。<br /><br /> 「?どうしたんだい、翠星石。そんなに慌てて……」<br /><br /> 蒼星石はキョトンとしながら、翠星石ちゃんを見つめます。<br /> ですが……その時、蒼星石が居た場所は、この場合は非常によろしくない所でした。<br /><br /> 蒼星石は何と、キッチンでお湯を沸かすためにコンロに火をつけようとしていたのです。<br /><br /> (―――妹が爆発するものなら……火気は厳禁ですぅ!!)<br /><br /> 光より速い思考速度で、翠星石ちゃんはそう結論付けます。<br /> そして、<br /> 「とう!!」<br /> と叫びながら地面を蹴り、そのまま蒼星石へと飛び掛りました。<br /><br /> 翠星石ちゃんの低空タックルにより、二人は仲良く床をゴロゴロ転がります。 <br /><br /> そしてゴロゴロ転がる内、翠星石ちゃんの脳裏に嫌な可能性が急浮上してきました。<br /><br /> (―――いや、ひょっとしたら衝撃で爆発するタイプかもしれんですよ!!)<br /><br /> これでもし蒼星石が爆発したら、その原因は間違いなく自分のせい。<br /> そう考えた翠星石ちゃんは、蒼星石に伝わる衝撃を少しでも和らげよう、<br /> 少しでも、ダメージを与えないようにしようと、彼女の体を強く抱きしめました。<br /><br /> 突然の体当たり。かと思うと、思いっきり抱きしめられる。<br /> そんな意味不明な出来事を目の当たりにして、目を白黒させます。<br /> それから、翠星石にぎゅっと抱きしめられている事に気が付いて、顔を赤くしちゃいました。<br /><br /> さあ、大変です。<br /><br /> 翠星石ちゃんは蒼星石が顔を赤くしているのを爆発の前兆だと勘違いしました。<br /> それに抱きしめているので、蒼星石の体温が上がってきているのもしっかり伝わってきます。<br /><br /> (―――爆発する!?蒼星石が!?……そうはさせんですぅ!!)<br /><br /> 翠星石ちゃんがバッと立ち上がります。<br /> 幸か不幸かそこはキッチンなので、熱で爆発寸前な妹を助けるための手段はすぐに手に入ります。<br /><br /> 「蒼星石!今助けてやるですよ!!」<br /><br /> 翠星石ちゃんはそう叫ぶとコップに水を入れ、蒼星石に無理やり飲ませ始めました。<br /> おそらく冷却水のつもりでしょう。<br /><br /><br /> 「ちょ!?すいせいせk!?待ってよ!?」<br /> 蒼星石は涙目になりながらも、必死に抵抗します。 <br /><br /> 「大丈夫ですぅ!翠星石に……お姉ちゃんに任せとけば何も心配は無いですぅ!」<br /> 翠星石ちゃんは涙をこらえながらそう言い、蒼星石に水を飲ませ続けます。<br /><br /><br /> 翠星石ちゃんにしたら、大切な妹を爆発の恐怖から守る為の行動なのですが……<br /> 妹の蒼星石からしたら、ただ悪ふざけをしているようにしか思えません。<br /><br /> そう考えると、さっき抱きしめられてドキドキして損した、という気分にもなってきました。<br /> さらには、未だに無理やり水を飲ませられてますし。<br /><br /> そんな事もあって、蒼星石は爆発しました。<br /><br /> いいえ、翠星石ちゃんが心配していた爆発とは違います。<br /> 怒りが爆発したのです。<br /><br /> 「もう!やめてよ!」<br /> 蒼星石はそう言うと、翠星石ちゃんの手からコップを取り上げます。<br /><br /> 「はい!そこに正座して!」<br /> それから蒼星石は、翠星石ちゃんをその場に正座させます。<br /><br /> 「翠星石!君はどうして、こういっつもいっつも……」<br /> とっても長い、お説教タイムが始まります。<br /><br /><br /> 床に正座させられた翠星石ちゃんはというと……<br /><br /> (―――なるほど……『妹が爆発する』とは、つまりこういう意味でしたか……)<br /><br /> などと考えながら、また一つ賢くなったと自分に言い聞かせていました。</p>

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