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【甘ったるい】【腐臭】 - (2007/06/12 (火) 23:44:32) の最新版との変更点

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<p> 【甘ったるい】【腐臭】という言葉の幻想性を教えてくれたスレ37に感謝。<br> ********************************************************************************************************<br> <br>  【甘ったるい】【腐臭】<br> <br>  ひきこもりを長くやってると、逆に外に出たくなってくる。とはいえ、人には会いたくない。<br> だから僕は深夜2時くらいに散歩に出る。<br> <br>  学校で笑われるのが怖くて逃げ出した分際で、姉の真心もまっすぐ受け取れない。<br>  そんな僕にも夜は黙っていてくれる。<br>  深夜の街は暗くて、静かで、僕みたいな人間にはとても優しい。<br> <br>  目的地なんかない。遠ざかりたいものはある。学校とか、同級生の家。<br> そういうものに出来るだけ近づかないようにしながら、僕は町を蛇行していく。<br>  街も学区も変わるまで歩いてから、僕は少し休むことにした。<br> <br>  来月家が立つ予定の空き地。なぜか撤去され損ねたブロックの壁が残ってる。<br> 更地の中に入って、この壁に背もたれると、道から僕の姿は見えなくなる。<br>  ブロック塀のひんやりとした感触が、少し熱くなった体に気持ちいい。<br>  息を大きく吸って、吐いた。その瞬間、声をかけられた。</p> <dl> <dt> 「キミィ、何をしているのかね?」<br>  「うわっ!」<br>  驚いたのは、声をかけられたからだけじゃない。<br>  目の前に逆さまの女の子の顔が浮かび上がったからだ。<br>  僕は思わずのけぞって、壁に頭をぶつけた。<br>  女の子は「あはは」と楽しそうに笑った。<br>  「お、お前何なんだよ!」<br>  僕は深夜なのに大声を出してしまった。だって、女の子は逆さまに宙に浮いていたんだから。<br>  女の子は僕の問いかけにさらに笑みを深くした。<br>  イルカが海の中で身を翻すみたいな優雅さで、女の子は空中を、くるうりと回った。<br>  僕の顔を真正面から覗き込んでくる。<br>  「なにって―」<br>  道化が舞台の中央に立ったみたいに、もったいぶった口調。<br>  「お化けだよ?」<br> <br></dt> <dt> 彼女は黙ってこちらを見てくる。<br>  さっき驚いたばかりだからか、不思議なくらい落ち着いていた。<br>  この女の子を怖いとも思わない。<br>  「…へぇ、そうなんだ」<br>  僕がそういうと、彼女はぷうっ、と頬を膨らませた。<br>  「ずっと黙っててそれかようぅ。<br>   あ、信じてないのかなー?」<br>  現実感があまりにもなかったからかもしれない。久しぶりに、滑らかに口が動き出した。<br>  「信じるけどさ。君浮いてるし、半透明だし。」<br>  「人をカエルの卵みたいにぃ」<br>  「変な服着てるし」<br>  「な、セイゼンのお気に入りなのに」<br>  「キャベツ漂白したみたいだね」<br>  「んなっ!!」<br>  女の子がもう怒った!というような大仰な手振りで僕に殴りかかってきた。<br>  もちろん、その手は僕の体をすり抜ける。<br>  女の子はひとしきり腕を振りまわしてから、胸を張った。<br>  「どーだまいったか!」<br>  僕は吹き出した。こんなにおかしい気持ちになったのは久しぶりだった。<br>  僕が笑っているのにつられて、女の子も笑った。<br></dt> <dt> 笑い終わってから、僕は女の子に聞いた。<br>  「僕は桜田ジュン。君の名前は?」<br>  「雪華綺晶。死後1ヶ月~」<br>  彼女は冗談めかして言った。僕はスルーした。<br>  「生前は同い年くらいかな」<br>  「たぶんね」<br>  彼女も気にした様子はない。<br>  「ジュンてさ、霊感あるの?」<br>  おもむろに雪華綺晶が聞いてきた。何をするにも唐突なところがあるらしい。<br>  「いや、君のほかに幽霊なんか見たことないよ」<br>  「へぇ、私達波長が合うのかな?」<br>  雪華綺晶が嬉しそうにそんなことを言った。なんか照れた。まぜっ返す。<br>  「怪しい通販の水晶じゃあるまいし」<br>  「怪しい通販…人工精霊ベリー×ルとか?」<br>  人工精霊は下品な少女向けの雑誌が根城のオカルト通販の定番アイテムだ。<br>  3回くらいクーリングオフしたかな?<br>  「メイ×イとかもね」<br>  「わ、ジュンてそういうのに詳しいんだ」<br>  なぜか、雪華綺晶は食いついてきた。<br>  まさか幽霊とオカルトグッズでおしゃべりすることになるなんて。<br>  僕と雪華綺晶はすっかり打ち解けた。<br> <br></dt> <dt> それから、時々出るだけだった夜の散歩は日課になった。<br>  雪華綺晶とは色々なことを話した。<br>  「そうそう、私これでも自爆霊でね。この空き地に埋まってんの。<br>  基礎工事が完了したら、完全犯罪達成ってわけ。<br>  あ、線香もって来てくれたの?さんきゅー」<br> <br>  「へー、くんくん探偵って今そんなに流行ってるんだ」<br> <br>  「学校は私も行けなかったし、別に行かなくてもいいんじゃない?<br>  ジンセイそれはそれで楽しいって!…ん、我ながら説得力ないや」<br> <br>  「線香は毎日香がいいなー」<br> <br>  「ジュンが来てくれるから、最近生きてた時より楽しいよ。」<br>  僕も楽しいよ。でも、もう時間がない。<br> <br></dt> <dt> 深夜の散歩から帰ってきたら、姉ちゃんがソファーで寝てた。<br>  ほっといても良かったけれど、毛布をかけてから部屋に戻った。<br>  「最近ジュン君元気ね」<br>  次の日、遅い朝食を食べに食卓に行ったら、姉ちゃんが声をかけてきた。<br>  祝日で学校は休みだったらしい。<br>  「うん…そうかも」<br>  なんだか、ぎこちない沈黙が降りた。<br>  「お、お姉ちゃんワッフル焼いたのよぅ!ジュン君も食べない!?」<br>  姉ちゃんが空元気を振り絞って、そんなことを言った。<br>  さっきよりも空気が重くなった。<br>  「やっぱり食べないわよね…」<br>  姉ちゃんが言った時、僕は首を横に降る。<br>  「ううん、もらうよ」<br>  姉ちゃんは嬉しそうだったと思う。<br> <br>  朝食と甘いワッフルを食べた後、僕は姉ちゃんに通販で買ったブローチを渡した。<br>  姉ちゃんは喜んでくれたと思う。 <br></dt> <dd> <p><br>  その日の深夜、僕はまた空き地にいる。<br>  けれど、今までと違うことが一つ。<br>  空き地に、建築資材が運び込まれていた。<br>  初めて会った時から立ってた看板に書かれた着工予定日は明後日。<br>  その日の雪華綺晶は建築資材に腰掛けていた。もちろん本当に座っているわけじゃないけど。<br>  僕が来る時間を見越したネタだったんだろう。<br>  けれど、僕を出迎える雪華綺晶の笑顔は今までで一番歪んでた。<br> <br>  しばらくの間、雪華綺晶は静かに建築資材の上で泣いていた。僕はずっとその横に座ってた。<br>  「おかしいなぁ…生きてた頃は泣いたことなんて一回もなかったのに」<br>  こんなのありえないんだよ。と強気に抗弁する雪華綺晶に僕は相槌だけをうつ。<br>  「波長が合うなんて嘘」<br>  ぽつりと雪華綺晶が呟いた。<br>  「ホントは、私が姿を見せたの。何度か空き地に来てくれるうちに、あの子なら…ジュンなら私と友達になってくれるかもって」<br>  そこで雪華綺晶は僕を上目遣いで見た。泣き顔で少し笑った。<br>  「勇気を出して正解だった。ジュンは話してくれただけじゃなくて、何も言わなかった…この目のことも」<br>  雪華綺晶は右目の眼帯をそっと触った。<br>  隣町の怪談は有名な話。<br>  気の狂った人形師が娘の目を抉って、「至高だ、美だ、アリスだ」と喚きながら失踪した。<br>  その芸術家の娘もすっかり気が触れてしまって、訳のわからないことを呟きながら、深夜の繁華街をさまようようになった。<br>  でも、嘲笑とか悪意あるまなざしから、ちっぽけな女の子が身を守ろうと思ったら、そうやって狂った振りでもするしかなかったんだろう。<br>  僕が弱いから、家の中だけで強がるのとほんの少しだけ似てる。</p> </dd> <dt> 「ジュンともっと違う時、違う場所で会いたかった」<br>  雪華綺晶の言葉を<br>  「僕もだよ」<br>  僕が引き取る<br>  「雪華綺晶と一緒なら生きれたかもしれない」<br>  微妙な言い方。でも雪華綺晶には十分伝わった。<br>  初めて会った時みたいに、雪華綺晶は期待の眼差しで僕を見つめてくる。<br>  沈黙で耳が痛くなるくらい、静かな時が続いた。<br>  「一緒に行くよ」<br>  僕は雪華綺晶を誘った。<br>  「…本当に?」<br>  大仰な飾り気が削げ落ちた、雪華綺晶の声。<br>  飢えを感じさせる左の眼差し。<br>  それは鬼気迫るものだったけれど、僕の想定の範囲内だ。<br>  「…いいの…?」<br>  「本当に欲しいものの前では急に言葉が拙くなるんだな」<br>  僕の本気を確信した雪華綺晶は笑った。<br>  さっきの崩れるような笑いでもなく、大仰な笑いでもない。精神が張り詰めた人特有のぎりぎりの笑顔。<br>  「来いよ」<br>  僕が誘うと、雪華綺晶は口を開いた。<br>  たぶん僕がそちらに行くには雪華綺晶に食べられる必要があるんだろう。<br>  この期に及んでも、やっぱり怖くなかった。<br>  はじめてあった時から、魅入られていたのかな?<br>  雪華綺晶が密着してきた。<br>  体を持たない雪華綺晶から、甘い匂いがした。<br>  甘ったるい、いい匂い。雪華綺晶の匂い。<br>  甘い腐臭だった。<br></dt> </dl>
<p> 【甘ったるい】【腐臭】という言葉の幻想性を教えてくれたスレ37に感謝。<br></p> <hr> <p><br> <br>  【甘ったるい】【腐臭】<br> <br>   ひきこもりを長くやってると、逆に外に出たくなってくる。とはいえ、人には会いたくない。<br> だから僕は深夜2時くらいに散歩に出る。<br> <br>  学校で笑われるのが怖くて逃げ出した分際で、姉の真心もまっすぐ受け取れない。<br>  そんな僕にも夜は黙っていてくれる。<br>  深夜の街は暗くて、静かで、僕みたいな人間にはとても優しい。<br> <br>  目的地なんかない。遠ざかりたいものはある。学校とか、同級生の家。<br> そういうものに出来るだけ近づかないようにしながら、僕は町を蛇行していく。<br>  街も学区も変わるまで歩いてから、僕は少し休むことにした。<br> <br>  来月家が立つ予定の空き地。なぜか撤去され損ねたブロックの壁が残ってる。<br> 更地の中に入って、この壁に背もたれると、道から僕の姿は見えなくなる。<br>  ブロック塀のひんやりとした感触が、少し熱くなった体に気持ちいい。<br>  息を大きく吸って、吐いた。その瞬間、声をかけられた。</p> <p> 「キミィ、何をしているのかね?」<br>  「うわっ!」<br>  驚いたのは、声をかけられたからだけじゃない。<br>  目の前に逆さまの女の子の顔が浮かび上がったからだ。<br>  僕は思わずのけぞって、壁に頭をぶつけた。<br>  女の子は「あはは」と楽しそうに笑った。<br>  「お、お前何なんだよ!」<br>  僕は深夜なのに大声を出してしまった。だって、女の子は逆さまに宙に浮いていたんだから。<br>  女の子は僕の問いかけにさらに笑みを深くした。<br>  イルカが海の中で身を翻すみたいな優雅さで、女の子は空中を、くるうりと回った。<br>  僕の顔を真正面から覗き込んでくる。<br>  「なにって―」<br>  道化が舞台の中央に立ったみたいに、もったいぶった口調。<br>  「お化けだよ?」<br> <br>  彼女は黙ってこちらを見てくる。<br>  さっき驚いたばかりだからか、不思議なくらい落ち着いていた。<br>  この女の子を怖いとも思わない。<br>  「…へぇ、そうなんだ」<br>  僕がそういうと、彼女はぷうっ、と頬を膨らませた。<br>  「ずっと黙っててそれかようぅ。<br>   あ、信じてないのかなー?」<br>  現実感があまりにもなかったからかもしれない。久しぶりに、滑らかに口が動き出した。<br>  「信じるけどさ。君浮いてるし、半透明だし。」<br>  「人をカエルの卵みたいにぃ」<br>  「変な服着てるし」<br>  「な、セイゼンのお気に入りなのに」<br>  「キャベツ漂白したみたいだね」<br>  「んなっ!!」<br>  女の子がもう怒った!というような大仰な手振りで僕に殴りかかってきた。<br>  もちろん、その手は僕の体をすり抜ける。<br>  女の子はひとしきり腕を振りまわしてから、胸を張った。<br>  「どーだまいったか!」<br>  僕は吹き出した。こんなにおかしい気持ちになったのは久しぶりだった。<br>  僕が笑っているのにつられて、女の子も笑った。<br>  笑い終わってから、僕は女の子に聞いた。<br>  「僕は桜田ジュン。君の名前は?」<br>  「雪華綺晶。死後1ヶ月~」<br>  彼女は冗談めかして言った。僕はスルーした。<br>  「生前は同い年くらいかな」<br>  「たぶんね」<br>  彼女も気にした様子はない。<br>  「ジュンてさ、霊感あるの?」<br>  おもむろに雪華綺晶が聞いてきた。何をするにも唐突なところがあるらしい。<br>  「いや、君のほかに幽霊なんか見たことないよ」<br>  「へぇ、私達波長が合うのかな?」<br>  雪華綺晶が嬉しそうにそんなことを言った。なんか照れた。まぜっ返す。<br>  「怪しい通販の水晶じゃあるまいし」<br>  「怪しい通販…人工精霊ベリー×ルとか?」<br>  人工精霊は下品な少女向けの雑誌が根城のオカルト通販の定番アイテムだ。<br>  3回くらいクーリングオフしたかな?<br>  「メイ×イとかもね」<br>  「わ、ジュンてそういうのに詳しいんだ」<br>  なぜか、雪華綺晶は食いついてきた。<br>  まさか幽霊とオカルトグッズでおしゃべりすることになるなんて。<br> <br>  それから、時々出るだけだった夜の散歩は日課になった。<br>  雪華綺晶とは色々なことを話した。<br>  「そうそう、私これでも自縛霊でね。この空き地に埋まってんの。<br>  基礎工事が完了したら、完全犯罪達成ってわけ。<br>  あ、線香もって来てくれたの?さんきゅー」<br> <br>  「へー、くんくん探偵って今そんなに流行ってるんだ」<br> <br>  「学校は私も行けなかったし、別に行かなくてもいいんじゃない?<br>  ジンセイそれはそれで楽しいって!…ん、我ながら説得力ないや」<br> <br>  「線香は毎日香がいいなー」<br> <br>  「ジュンが来てくれるから、最近生きてた時より楽しいよ。」<br>  僕も楽しいよ。でも、もう時間がない。 <br> <br> <br>  深夜の散歩から帰ってきたら、姉ちゃんがソファーで寝てた。<br>  ほっといても良かったけれど、毛布をかけてから部屋に戻った。<br>  「最近ジュン君元気ね」<br>  次の日、遅い朝食を食べに食卓に行ったら、姉ちゃんが声をかけてきた。<br>  祝日で学校は休みだったらしい。<br>  「うん…そうかも」<br>  なんだか、ぎこちない沈黙が降りた。<br>  「お、お姉ちゃんワッフル焼いたのよぅ!ジュン君も食べない!?」<br>  姉ちゃんが空元気を振り絞って、そんなことを言った。<br>  さっきよりも空気が重くなった。<br>  「やっぱり食べないわよね…」<br>  姉ちゃんが言った時、僕は首を横に降る。<br>  「ううん、もらうよ」<br>  姉ちゃんは嬉しそうだったと思う。<br> <br>  朝食と甘いワッフルを食べた後、僕は姉ちゃんに通販で買ったブローチを渡した。<br>  姉ちゃんは喜んでくれたと思う。</p> <dl> <dd> その日の深夜、僕はまた空き地にいる。<br>  けれど、今までと違うことが一つ。<br>  空き地に、建築資材が運び込まれていた。<br>  初めて会った時から立ってた看板に書かれた着工予定日は明後日。<br>  その日の雪華綺晶は建築資材に腰掛けていた。もちろん本当に座っているわけじゃないけど。<br>  僕が来る時間を見越したネタだったんだろう。<br>  けれど、僕を出迎える雪華綺晶の笑顔は今までで一番歪んでた。<br> <br>  しばらくの間、雪華綺晶は静かに建築資材の上で泣いていた。僕はずっとその横に座ってた。<br>  「おかしいなぁ…生きてた頃は泣いたことなんて一回もなかったのに」<br>  こんなのありえないんだよ。と強気に抗弁する雪華綺晶に僕は相槌だけをうつ。<br>  「波長が合うなんて嘘」<br>  ぽつりと雪華綺晶が呟いた。<br>  「ホントは、私が姿を見せたの。何度か空き地に来てくれるうちに、あの子なら…ジュンなら私と友達になってくれるかもって」<br>  そこで雪華綺晶は僕を上目遣いで見た。泣き顔で少し笑った。<br>  「勇気を出して正解だった。ジュンは話してくれただけじゃなくて、何も言わなかった…この目のことも」<br>  雪華綺晶は右目の眼帯をそっと触った。<br>  隣町の怪談は有名な話。<br>  気の狂った人形師が娘の目を抉って、「至高だ、美だ、アリスだ」と喚きながら失踪した。<br>  その芸術家の娘もすっかり気が触れてしまって、訳のわからないことを呟きながら、深夜の繁華街をさまようようになった。<br>  嘲笑とか悪意あるまなざしから、そうやって狂った振りでもするしかなかったんだろう。 <br>  そうして段々、ふりは身について離れなくなってくる。<br>  僕が弱いから、家の中だけで強がるのとほんの少しだけ似てる。<br> <br>  「ジュンともっと違う時、違う場所で会いたかった」<br>  雪華綺晶の言葉を<br>  「僕もだよ」<br>  僕が引き取る<br>  「雪華綺晶と一緒なら生きれたかもしれない」<br>  微妙な言い方。でも雪華綺晶には十分伝わった。<br>  初めて会った時みたいに、雪華綺晶は期待の眼差しで僕を見つめてくる。<br>  沈黙で耳が痛くなるくらい、静かな時が続いた。<br>  「一緒に行くよ」<br>  僕は雪華綺晶を誘った。<br>  「…本当に?」<br>  大仰な飾り気が削げ落ちた、雪華綺晶の声。<br>  飢えを感じさせる左の眼差し。<br>  それは鬼気迫るものだったけれど、僕の想定の範囲内だ。<br>  「…いいの…?」<br>  「本当に欲しいものの前では急に言葉が拙くなるんだな」<br>  僕の本気を確信した雪華綺晶は笑った。<br>  さっきの崩れるような笑いでもなく、大仰な笑いでもない。精神が張り詰めた人特有のぎりぎりの笑顔。<br>  「来いよ」<br>  僕が誘うと、雪華綺晶は口を開いた。<br>  たぶん僕がそちらに行くには雪華綺晶に食べられる必要があるんだろう。<br>  この期に及んでも、やっぱり怖くなかった。<br>  はじめてあった時から、魅入られていたのかな?<br>  雪華綺晶が密着してきた。<br>  体を持たない雪華綺晶から、甘い匂いがした。<br>  甘ったるい、いい匂い雪華綺晶の匂い。<br>  甘い腐臭だった。<br> <br></dd> <dd> <p> </p> <p> </p> </dd> </dl>

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