その他短編12
プロローグなのか、あるいはどっかの薔薇とジュンの話なのか、そもそも誰の話なのか、いろいろわからない話。<br> <br> <br> あれは、いつのことだったか覚えてないけど。それでも、覚えていることがあって。<br> <br> 『あまい、あまい、チョコレートのようなあまーいゆめをみるの。ずっとずっと』<br> <br> それは、何だか胸が切なくて、悲しくなることで……だから、それは何なのかわからない。<br> これはまるで悪夢だ。悪夢。救いのない、救うことの出来ない悪夢。<br> <br> で、誰が誰を救いたいって――?<br> <br> 『……ね、だから、ジュンもさ、』<br> <br> うるさいな。その言葉の続きなんて、言わなくたってわかっている。わかってるから、言わなくてもいい。<br> <br> 『一緒に、腐り堕ちてしまうほど、あまーい夢に、溺れよう?』<br> <br> ……やだよ。めんどくさい。<br> <br> ‡<br> <br> そして、世界は腐り堕ちて――<br> <br> <br> <br> <hr> <br> <br> <br> <br> 「ジュン、あーん」<br> 「あーん。うん、美味いよ」<br> 「えへへ。そういってくれると嬉しいのー」<br> 「僕だって嬉しいよ。だって、僕のために料理を頑張ってくれたんだろ?」<br> 「うん、そうなのよ。ヒナ、ジュンのために頑張ったのー」<br> 昼休みの教室、私の目の前でさわやかに繰り広げられる甘ったるいやり取り。幸せに浸るのはいいことだけどこの二人に危機察知能力はないのだろうか。<br> すぐ横では真紅がシャドーボクシングをはじめ、水銀燈がヤクルトの容器を握りつぶし、翠星石はうつむいてなにやらぶつぶつ言っているし、蒼星石はうつろな目で園芸用のはさみを取り出し何もないはずの空中を切っている。<br> 金糸雀は不協和音を奏でるつもりなのだろうか、バイオリンのケースを開けているし薔薇水晶と雪華綺晶は顔をつき合わせて「帰りに……」「監禁……」とか不穏な単語のやり取りをしている。<br> かく言う私も心中穏やかではない。それでも雛苺のためと思いアクションは起こさずにいるが、つい二人の箸、その先を凝視してしまう。そしてこの二人はその中でもお互いに食べさせあうのだ。<br> 「ん? どうしたんだ、柏葉。そんなに見つめて。お前も雛苺の料理を食べたいのか?」<br> そう言って桜田君が私に箸に卵焼きを挟んで差し出す。<br> 「トモエも食べてー。ヒナ、お料理上手くなったのよー」<br> とりあえず雛苺の許可は出たようなので、彼の箸から雛苺の作ったというおかずを食べさせてもらう。うん、おいしい。ありがとうね、雛苺。<br> 「どういたしまして、なのよ」<br> 漂ってくる不穏な空気が濃くなったような気がするが、ただの思い過ごしだろう。<br> こうして私たちは三人でおしゃべりをしながら和やかな時間を過ごした。<br> 「ヒナ、ジュンもトモエもだーいすき!」<br> ありがとう、雛苺。私も桜田君とあなたのこと、大好きよ。<br> <br> ……あら、あなたたちどうしたの? 早く食べないと昼休み終わっちゃうわよ。<br> <br> <br> <br> <hr> <br> <br> <br> 「ううん……」<br> 閉じた世界に篭り、七人の乙女に粛清された愚か者が眠る地。時折声を上げる彼が見る夢は姫との蜜月か、あるいは引き裂かれた瞬間の慟哭か。<br> 「ジュンー、目を覚ましてー」<br> 彼と共に閉じられた空間を構築していた少女は王子の目覚めを待つ。<br> ……なんてかっこつけてみたところで、実際には嫉妬に狂った(主に赤・黒・青の)鬼にボコられた桜田君が保健室でうなされているだけである。ああ、そんなに心配しなくても大丈夫よ、雛苺。<br> 「うゆ?」<br> なんだかんだ言っても彼女たちはちゃんと急所は避けて殴っていたわ。これくらいなら後には引かないわよ。<br> 「そうなの?」<br> そうよ。それに、桜田君があなたを残して逝くわけがないじゃない。<br> 「えへへー、それもそうなの」<br> 雛苺は無邪気に笑う。ああかわいい。彼女たちは別に深く考えていたわけではなく、何も考えず感情のおもむくままに殴っていただけだったであろうということは黙っておこう。<br> 「それにしてもちょっとひどいの。ジュンをいじめるなんてゆるせないの!」<br> そんなに怒らないの。真紅たちは寂しかっただけよ。<br> 「うゆ? そうなの?」<br> そう。雛苺や桜田君が自分たちにかまってくれないから、ついつい意地悪をしちゃったの。だからね、たまにはあの子達と遊ばなきゃダメよ。友達はたいせつにしなきゃ、ね?<br> 「うん、そうするのー!」<br> いい子ね。雛苺が彼女たちといる間、彼が一人になるだろうなどという打算は全く無い。あったとしても言わない。<br> 「ん……、ここは?」<br> 「あ、ジュンーー!!」<br> 「おわ、雛苺?」<br> やっと起きたのね。そろそろ帰るわよ。暗くなってきたし、ちゃんと家まで送ってね。<br> <br> ……ところで、そこのドアの陰に隠れてる人たちはまだ帰らないの?