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『友情』についての考察」を以下のとおり復元します。
<p>疑い。それは『絆』を絶つ物。<br>
今まで何も考えずに付き合っていた、親しい友人たち。<br>
何を考えているのか、どう思っているのか、気になりだす。<br>
それと同時に、何も打ち明けられなくなっていく…<br>
<br>
<br>
「どうしたのー?蒼星石ー?最近何かおかしいのよー?」<br>
「なんでもないんだ」<br>
「大丈夫?巴に相談してみるの?」<br>
「平気だよ」<br>
そうとも。平気だよ。友人だと思っていた、真紅。ただ、それが僕の思い込みだっただけじゃないか。<br>
きっと、人はこうして『成長』するんだ。いい意味でも、悪い意味でも。<br>
いいや、いい意味ではないか。決して。<br>
誰しもが経験するんだろう。おそらくは。だから、平気だよ。<br>
「ありがとう、雛苺」<br>
ああ、嫌だ。彼女まで疑い始めている。彼女も『友達』じゃないんじゃないかって。<br>
昨日まではなにも気にならなかったのに。嫌だ嫌だ嫌だ。<br>
大丈夫、きっと彼女は『友達』。大丈夫、大丈夫、大丈夫。<br>
「やっぱり顔色、悪いのよー?」<br>
「うん、家に帰ったらゆっくり寝るよ」<br>
「それがいいのよ。そしたらたぶん明日は元気いっぱいなの!」<br>
「ありがとう、雛苺」<br>
「どういたしましてなの!」<br>
ああ、きっと、一週間前の僕なら。<br>
彼女に洗いざらい打ち明けていたんだろうな。<br>
疑いたくないけど。僕は『疑う』ということを知ってしまったんだ。<br>
なにもかもが嘘に見えてくる。<br>
これが、『成長』か。嫌なものだな。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>五日前。高校に入ってできた『友人』真紅。<br>
彼女はとても優雅で、何事にも動じない。そんな人だった。<br>
僕は、彼女と、友情を培っていた。つもりだった。<br>
「ねえ、真紅。今度映画でも見に行かない?雛苺と、翠星石も誘って。」<br>
雛苺―僕の、小学校からの友人でまさに『親友』。幼馴染に巴さんとものすごく仲がいい。<br>
巴さんはいい人なんだけど、部活動とかの関係であんまり会わない。でも、そこそこ仲がいい。<br>
今回映画に誘う人に、名前が上がらなかったのは、やはり、部活の関係だ。とてもいい人なんだけど。<br>
雛苺自身は、いつも明るく、純真無垢のようで時々ものすごく黒い。<br>
鈍いようで鋭く、鋭いようで鈍い。小学校3年生ぐらいから、あんまり成長していないような気もするな。<br>
翠星石―僕の双子の姉。実は、本当は僕と翠星石どっちが姉かわからなくて、一応僕が姉ということになってたんだ。<br>
けれど、小学校に上がるとき翠星石がオネェちゃんがいいですぅ!っていって引かないもんで、僕が妹ってことになったんだ。<br>
なんか納得いかないけど。翠星石は、人見知りが激しい。そのせいで、よく知らない人には可憐な乙女としかうつらない。<br>
けれど、親しくなった人には横柄だ。とても。非常に。けれど、人を気遣う心も人一倍なので、一度友人になったらとてもいい友人になる。<br>
いざというときには頼りになるし、頼りがいもある。たとえ普段どんなに辛口でも。いや、舌が凶器じみていても。<br>
本人は照れくささの裏返しなんだろう。実際、まともな言葉にしたらこそばゆすぎるようなことも、凶器でくるんだら案外喋れるものだ。 <br>
とにかく、本当はやさしい人だ。</p>
<p>「蒼星石、紅茶を入れなさい。」<br>
「えっと、これでいいかな?」<br>
僕はダージリンをいれて渡す。<br>
「まぁまぁね。…―それで、映画?内容はなんなの?」<br>
「幸せの青い鳥―その名は史上最悪の猟奇連続殺人犯千人殺しの人食いジャック。ラブロマンスだよ。」<br>
「なんなのそのものすごい名前は。」<br>
「猟奇殺人犯と看守の禁断の愛を描いた映画だよ。すごく泣けるらしいよ」<br>
「私は行かないわよ。そんなの見たくもないわ」<br>
「同時上映くんくんと兎紳士―禁断の恋職場編(R―18指定)」<br>
「ぜひ一緒にイかせてもらうわ!」<br>
「そうこなくっちゃ!」<br>
そう。その二日後、僕らは楽しく映画を見に行った。そう、僕は信じて疑わなかった。<br>
なにしろ、僕の知っている『疑う』は、あくまで推理小説や、サスペンス、梅岡に対してのものだったから。<br>
親しい『友人』を『疑う』。僕には思いもよらないことだった。<br>
いや、少し違うか。『疑う』ことは確かにあった。しかし、どこか心の底では『信頼』していたのもまた事実。<br>
僕が知らなかったのは、『友人』を『信じない』『信じられない』ということがありえるということだったのだろう。<br>
たとえ、その日より少し前から、真紅の様子がどこかおかしい事は、体調が悪いんだろう。<br>
程度にしか考えていなかった。どれほど、真紅が『よそよそしく』なり始めていても。<br>
あくまで僕の気のせいだと、言い聞かせていたことに、自分自身気がついていなかった。<br>
だって、真紅は僕の『友達』なんだから。</p>
<p> </p>
<p>「翠星石!明後日の映画、真紅も来るって!」<br>
「ほう!よくあの赤い石像を引っ張り出せましたね。来るわけねぇと思ってたですが」<br>
翠星石の言ってることは確かにあたっている。真紅は確かにとんでもない出不精だ。<br>
けれど、それと同時に異常なくんくんマニアでもある。<br>
前、クンクンのポスターとキスしているのを僕は見てしまった…。<br>
「雛苺もこれるって?」<br>
「チビチビも大丈夫だって抜かしてたですぅ。ただ、巴はやっぱり部活でこれないらしいです。」<br>
本当に、巴さんとは予定が会わない。いい人なだけに、余計残念だ。<br>
「明後日が楽しみですぅ!」<br>
「そうだね!」<br>
本当に楽しみだった。なにしろ、『友達』同士で遊びにいくのだ。僕はあまり遊びなれていない。だからこそ、余計に楽しみだ。<br>
『高校』は、まさしく『人生最良の時』。わずか三年、けれども、誰しもがあの頃はよかったと口をそろえる。<br>
そしてまた、あれも、これも、しておけばよかった。あの時ためらわなければよかった。断らなければ、もっと積極的に活動していたら、もっと遊べば、勉強すればよかった。<br>
とも口をそろえる。本を読んでも、テレビを見ても、誰一人高校時代は素晴しかった。といっているのだ。<br>
このことに、僕は中学3年生のときにそのことに気づいた。そして、高校に入るとき。<br>
こう決心したんだ。<br>
“何事にも誰よりも積極的に食いつく”<br>
そうは言っても、現実には難しい。僕はいつも思う。人生を―高校時代をじゃない―それこそ気の済むまで何度もやり直したい。<br>
今いる状況に満足していないわけじゃない。ただ、あの時別の高校に入っていたら。将来つくであろう仕事。それもいくつもやってみたい。<br>
大学の学部。片っ端から学んでみたい。そう、僕は心の底から思う。<br>
おっと、話がそれたね。つまり、『人生最良の時』に、『友達』と映画にいったこともないなんて寂し過ぎるだろう?<br>
それで、今回映画にみんなを誘ったわけ。何事にも積極的に。ってね。<br>
そうとも。僕はこのとき、まだ『信じて』いたんだ。うまくいかないことはあっても、『裏切られる』ことはないって。<br>
何故か。答えは単純。『友達』だから。<br>
それが当たり前。そう『信じて』『疑わ』なかった。<br>
何もかもが思うとうりにいくなんて、馬鹿な『勘違い』をしていたわけじゃないんだ。<br>
ただ、物事がうまくいかないことがあるのは、『僕自身』のせいか、『不可抗力』のせいだと思っていたんだ。<br>
現に、僕はそれまで消極的だったからうまくいかないのは大半が『僕自身』のせいだったしね。<br>
しかし、今の僕は違う。『消極的』だったから何も起きなかったのに、『積極的』になったとたん牙を剥くものがあるなんて、僕は知らなかったんだ。</p>
<p> </p>
<p>三日前。<br>
映画館の前に、僕たちはいた。大げさだけど、これから始まる映画への期待に胸を膨らませて。<br>
「おそいですね、チビ苺たち。」<br>
「僕らが早く来すぎたんだよ。」<br>
「そうですかね?」<br>
「そうだよ。ポップコーンでも買って待っていようよ」<br>
「はいですぅ」<br>
楽しみで楽しみでしょうがなかった。『映画』。『友達』。考えるだけでわくわくする。<br>
世の中には、映画なんか一人で見ても何十人で見てもかわらない。『友達』と見に行くメリットがない。<br>
感想なら次の日学校で話せばいい。なんて、そんなことを言う人もいる。<br>
たしかに、理屈ではそのとうりだ。けれど、テレビ番組にしてもリアルタイムで見るのと録画したのを見るのとでは何か違うだろう?<br>
映画も一緒だよ。あの大きなスクリーンで映画を見た後、友達とおもしろかったとか、喋るのって楽しいじゃないか。<br>
「待たせたわね。」<br>
「おっはよーなのー!」<br>
「おせーですよ、チビチビに真紅!さ、早くいくです!」<br>
「そうね。」<br>
「はやくいくのー!」<br>
「うん、そろそろ始まっちゃうね。」<br>
映画は面白かった。特に、ジャックの回想シーンが。雛苺と翠星石は顔色が悪くなってた気もしたけど気のせいかな?<br>
くんくんは……うん。思い出したくもない。ジャンルはまさしく梅岡。真紅だけは大喜びで見ていたけど。<br>
吐いてる人はたくさんいた。(ryジャックの時に吐いてる人もいたけど、あれはきっと興奮しすぎたんだろうね。<br>
「おもしろかったね!とくにさ、ジャックが昔若い女の人を生きたまま…」<br>
「聞きたくないですぅ!まったく、妹ながら趣味悪すぎるですぅ…」<br>
「くんくんは素晴しかったわね!でも、ちょっと兎に嫉妬してしまうのだわ…。それにしても、あの逞しい…」<br>
「聞きたくないの!」<br>
なんだか、翠星石と雛苺はげっそりしてる。きっと、長時間座りっぱなしだったから疲れたんだろう。<br>
どうしようか。ナックにでも言って少し休憩したほうがよさそうだな。</p>
<p>「ねぇ、ナックにいかない?ちょっとお腹もすいたし」<br>
そう。確かに、その時僕は『うかれて』いた。そりゃそうだろう。<br>
滅多にない、といっても、これからはしょっちゅうするつもりの、『友達』と『遊んで』いたんだから。<br>
「いい、です、ねぇ…」<br>
「そうするのだわ」<br>
ナックに着いて、僕はビッグナック、真紅はくんくんバーガー、翠星石と雛苺はコーヒーを頼んだ。<br>
「ねぇ、二人は何か食べるものは頼まないの?」<br>
「ちょっと遠慮するです。あー、何飲みましょうかねぇ…」<br>
「カルピスにするのー!!」<br>
「チビチビ、カルピスは白いですよ。くんくんの…」<br>
「あー…。じゃあ、コーヒーにするの…」<br>
「翠星石もそうするですぅ」<br>
『うかれ』過ぎていた。確かに。けれども、僕は『信じて』いたし、『気づいた』としても、何のことかわからなかったろう。<br>
真紅が、『冷たい目』を僕に向けていることなんて。<br>
「おいしかったね。この後どうする?」<br>
「もう、時間も時間ですし、帰らねーですか?」<br>
「そうするの…」<br>
「じゃあ、帰ろうか。真紅もそれでいい?」<br>
「ええ。でも、ちょっと蒼星石、少しだけ付き合ってくれる?話したいことがあるの。」<br>
「え?うん、いいけど」<br>
「二人っきりで内緒話ですか…。翠星石も話が終わるまで待っていてやる…、といいたいところですが、<br>
具合が悪いから先に帰ってるです。いいですか?蒼星石?」<br>
「もちろんいいよ。」<br>
『気付く』べきだった。いや、このときすでに『気付いて』いたのかもしれない。<br>
真紅の僕を見る『目』は、『友達』向けるものじゃないって。</p>
<p>「で、話ってなんなの?」<br>
「貴方が気に食わないの」<br>
「え?」<br>
僕は、耳を疑った。真紅の言ったことが、とっさに『理解』できなかった。<br>
「気に食わないって言ってるの。雛苺の友人と聞いて貴方にあった時、貴方は控えめで、消極的で、地味で、NOといえない根暗ちゃん<br>
それなのに最近妙に活発で、明るくて、積極的じゃない。自分から進んで私の前に立つこともあるわね。その上、素直に私の言うことを聞かないし。」<br>
いったい、真紅は何を言っているんだろう。まったく、『意味』がわからない。<br>
「私が貴方に近づいたのは、あくまで私の『引き立て役』、『下僕』として役に立ちそうだったから近づいたの。<br>
けっして『友人』なんかとして付き合っていたんじゃないのよ。其処の所、しっかりわきまえておきなさい。<br>
そんな綺麗な服なんか着ちゃって。貴方に似合うのはドブ色のセーターよ。<br>
それから、最近ジュンと仲が良いそうね。どういうつもり?ジュンは私の『下僕』の筆頭なのよ?<br>
手を出さないで欲しいわね。まあ、貴方みたいな華のない野暮ったい女にジュンが振り向くとは思えないけど。<br>
今、私の言ったことを、しっかり心に刻み付けておきなさい。」<br>
そういうと、真紅は席を立って、帰っていった。<br>
今、なんて真紅は言った?『友達』じゃない?そんなことがあるの?僕は『友達』だと信じていたのに。<br>
『下僕』?『引き立て役』?そんな風に僕のことを思っていたのか。綺麗な服?僕はおしゃれしちゃいけないの?<br>
ジュン君に手を出すな?それは『誤解』だよ。僕は『友人』としてジュン君が好きなんだ。<br>
異性としての意識なんかこれっぽっちもないのに。『恋人』?確かに欲しいよ。けれど、それはジュン君じゃない。<br>
華がない?僕と翠星石じゃそこまで違うのか。ひどいよ、ひど過ぎるよ。<br>
ああ、頭がぐわんぐわんする。そうだよ、きっと『夢』だよ。だって僕と『真紅』は『友達』だもん。<br>
『友達』じゃないなんて、きっと冗談だよ。そう、信じようとしても、あの『眼差し』が冗談じゃないといっていたのを思い出す。<br>
どうしよう、どうしようか。翠星石に相談しようか。いや、翠星石も、僕のことを『引き立て役』としか思ってなかったらどうしよう。<br>
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。<br>
こうして、僕は人を無意識に『疑う』、つまり『信頼できない』ということが、身近な人、『大切』な人にもありえることを学んだ。<br>
結局、僕以外の人の心なんて、覗けないんだ。ああ、誰が何を考えているのか知りたい。<br>
あそこでああいっていたら、ここでこうしていたら、どうなっていたか知りたい。<br>
また一つ、望みが増えて。<br>
こんなことを考えながら。<br>
僕は背中に地平線から僅かに覗く、紫色の夕日を浴びながら家に向かって歩いていった。</p>
<p> </p>
<p>「ただいま」<br>
翠星石の姿が見えない。たぶん晩御飯をつくっているんだろう。<br>
ああ、やはり不安がよぎる。このことを相談したものだろうか。<br>
「おそかったですね。何話してたですかぁ?」<br>
「なんでもないよ。」<br>
「ふーん、あっやしいですねぇー」<br>
「はははは…」<br>
「まぁいいです。もうすぐできるから待っててください」<br>
翠星石が鈍くて助かった。このときばかりは本当にそのことに感謝したよ。<br>
もし、もっと突っ込んで聞かれたら、口を滑らせちゃったかもしれない。<br>
いや、薄々気づいているのかもしれない。彼女は僕の『姉』だから。<br>
気づかない振りをしてくれているのだろう。おそらくは。<br>
『親切』から。<br>
と、今までの僕なら、きっと考えていたに違いない。今の僕には、<br>
『どうでもいいから』何もたずねないようにしか感じられなかった。<br>
いや、考えられなかった。そして、そんな自分が無性に悲しかった。<br>
「晩御飯、不味かったですかね…?」<br>
「え…?」<br>
「蒼星石、ものすごく苦そうな顔してるですよ」<br>
ちがうんだよ。君の作ってくれたものはすごくおいしかった。<br>
ただ、苦い苦いどろっとしたものが、胸の辺りから体中を這いずり回っているせいなんだ。<br>
「いや、とってもおいしかったよ」<br>
「ならいいですけど…。」<br>
駄目だ。いつもならとても悪いことをした気がするのに、今日はまったくしないや。<br>
早く寝よう。明日になったら何か変わるさ。<br>
そう言い聞かせながら、いつもより数時間早く、僕は寝床に入った。</p>
<p>一昨日<br>
その日は第二土曜で、学校は休みだった。<br>
朝日が差し込んできても、昨日と何一つ変わっていなかった。<br>
いや、それどころか、ますます苦く、ますます嫌な臭いのものに変わったようだ。<br>
その日、僕は何も考えないように、丸一日寝ていた。<br>
一日が、飛び去っていく。<br>
布団の中で、本を読んだりして。明るい、それはもう太陽よりもまぶしい、青春物ばかり選んで読んでいた。<br>
今まで、敬遠していたのに。<br>
まるで、美しい絵が印刷された薄っぺらい広告を眺めているようだった。<br>
<br>
<br>
階下で、翠星石と、『真紅』の笑い声が聞こえた、ような、気がした。 <br>
<br>
昨日<br>
日曜日。今日も一日寝ていようと考えてたんだけど、翠星石が体に悪いと、無理やり起こしてしまった。<br>
『親切』で、僕の体のことを『心配』してくれての行動だ。もちろん。<br>
けれどやはり、『嫌がらせ』にしか感じられない。本当に、人の心なんて脆く弱いものだ。<br>
『絆』なんていうものは、その存在は確かに感じられている間は鋼鉄のワイヤーよりも、太く、頑丈に感じられるが、<br>
その実、蜘蛛の糸よりも細く儚く切れやすい。しかも切れると、まるではじめからなかったように振舞う。<br>
その実、剥がれかかった皮のように、ジュクジュクと傷口は痛むのだ。本人に自覚がなくとも、間違いなく。<br>
きっと、僕は今その糸をしらずしらずのうちに断ち始めているのかもしれない。<br>
心の隅から膿みはじめているようだ。<br>
<br>
翠星石と一緒の家にいるのが、生まれて始めて苦痛だった。<br>
だから僕は、翠星石の言葉に耳を貸さずに、図書館まで歩いていった。<br>
一歩ごとに、目が回るような気がする。まるで地球に僕が上にいることを拒否されているようだ。</p>
<p> </p>
<p>図書館には、巴さんと雛苺がいた。僕は雛苺に声をかけようとして、ふと思いとどまった。<br>
もし、僕が声をかけたら二人はどう感じるだろう。<br>
二人で楽しく過ごしていた空間に僕が『割り込む』のだ。<br>
巴さんは僕のことを他人としか思っていない可能性も十分にある。他人に声をかけられるのは不快だろう。<br>
それに確かに、いやたぶん、雛苺と僕は『友人』だ。<br>
しかし、『親友』ではない。雛苺にとっての『親友』は巴さんで、巴さんにとっての『親友』は雛苺なのだ。<br>
どちらにとっても、僕は『二番目』より下でしかない。<br>
僕は、踵を返して適当に本を選び、活字を追った。<br>
けれど、まるで内容が頭に入らない。<br>
そのときの僕は、ある一つの恐ろしい事実が鮮明に浮かび上がったことに、身を震わせたいたのだから。<br>
‘僕には『親友がいない』’<br>
認めたくなかった。けれど、認めざるを得なかった。<br>
きっと、誰に聞いても友人と聞いて真っ先に僕を思い浮かべる人は皆無なのだろう。<br>
そして、ふと思った。<br>
僕が死んで、泣いてくれる人はいるんだろうか?<br>
僕のことを、心から『心配』してくれる人はいるのだろうか?<br>
僕のことを、『大切に』思ってくれている人はいるのだろうか?<br>
僕は僕が『友人』だと感じている(少なくともそう思っていた)人たちすべてから疎まれ蔑まれ嫌がられているだけなのではないだろうか?<br>
僕は、今ここにたっていていいのだろうか?</p>
<p> </p>
<p>「蒼星石、何か変ですよ?どうしたんですか?」<br>
家に帰ると、翠星石が尋ねてきた。<br>
もちろん、毛頭答える気はない。答えたい気はしたが。<br>
というより、取り返しがつかなくなる前のそのとき、答えなければならなかったのだ。<br>
それでもやはり怖かった。<br>
一笑に付されるならまだいい。<br>
真紅の言うとうりですよ。何自惚れてるんですか?<br>
なんて同意されたらたまらない。<br>
そのことが、たまらなく怖い。<br>
「晩御飯はなに?」<br>
「翠星石の腕によりをかけて作ったハヤシライスですよ」<br>
「また微妙な…」<br>
「微妙さがたまんないんですぅ!」<br>
ハヤシライスはおいしかったはずだ。けれど、なぜだろう。<br>
それは、もはやまったく味がしなかった。</p>
<p>「蒼星石、もう寝たですか?」<br>
夜、翠星石が声をかけてきた。返事をしようか少しだけ迷ったけど、僕は寝たふりをすることに決めた。<br>
なんだか、自分がどんどん嫌いになってくる。<br>
「あの時、真紅に、何か言われたんですね?」<br>
一言一言ゆっくり確認するようにたずねてくる。<br>
少しだけ、息が乱れた。<br>
「………」<br>
翠星石は、それだけ言うと、眠り始めた。やっぱり、翠星石は翠星石なんだろう。<br>
深く『問い詰めずに』そっとしておいてくれる。<br>
たとえめんどくさかったからだとしても、とてもうれしかった。<br>
明日、学校で真紅と顔を合わせる。そのことに今、改めて気づいた。<br>
どうしよう。また何か言われるんだろうか。いや、あれは真紅なりのジョークだったのかもしれない。<br>
明日、もう一度訊ねてみよう。<br>
<br>
そんなことあるわけないのに。そんなことしないほうがいいのに。<br>
せずにいられなかったんだ。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>今朝。<br>
朝一番に真紅にたずねようと思っていた。<br>
あれは『冗談』だったんだよね?<br>
って。<br>
「おっはよーなのー!」<br>
「おはようございます」<br>
雛苺。巴さんもいる。<br>
「おはよう」<br>
僕はそつなく挨拶を返したはずだった。<br>
「どうしたの?なんだか元気ないのよー?」<br>
そうなんだよ。どうしようかな。君は僕の『味方』かい?<br>
人の心ほど移ろいやすくわからないものはない。<br>
もし今君が『味方』でも、午後にはどうだかわからない。<br>
「昨日、図書館でもあまり元気がありませんでしたね。<br>
声をかけようか迷ったんですが、あまりにも本に見入っているようだったので、声はかけなかったんですけど…」<br>
そうか、気づかれてたのか。まあ、どっちでもいいけど。<br>
「そうだったんだ。声かけてくれたらよかったのに。」<br>
努めて明るく返す。その実、僕はびくびくしていた。<br>
なんでお前なんかに声をかけなければいけないんだ、といわれたらどうしようかと。<br>
「そーなのー!でも、巴に言われて振り返ったらもう帰っちゃってたの…。残念だったのー」<br>
「へー…」<br>
まずい。会話が続かない。<br>
「ごめん、僕先行くね。花の水遣り当番なんだ。」<br>
「がんばってなのー!」<br>
<br>
「本当に、蒼星石は花木が好きなのね」<br>
「違うの。蒼星石はうそをついてるの。図書館であったときから、なんだか様子がおかしかったの。」<br>
「雛苺…?」<br>
「それに…花の水遣りは、今日は翠星石のはずなの。やっぱり、蒼星石変なのよ」</p>
<p> </p>
<p>「おはよう。」<br>
とりあえず、カナリアに挨拶をした。常日頃親しく会話を交わしている人たちが怖い。<br>
それでも、話をしないわけにはいかない。何か変だと思われてはいけないのだ。<br>
カナリアとの会話も、やはり長くは続かなかった。<br>
「おはよぉ」<br>
ん?この人は水銀燈…さんだったかな?あんまり喋ったことないのに。<br>
でも、そのおかげでかえって話しやすい。罵られるとしても、それは『裏切られる』ことにはならないのだから。<br>
「おはよう。水銀燈さん。」<br>
「水銀燈でいいわぁ。」<br>
「ありがとう。それで、水銀燈。どうして僕に話しかけたの?」<br>
本当に、わからない。しかも、このタイミングで。<br>
「べつにぃ。なんとなくよぉ。それにしても、顔色悪いわねぇ。どうしたの?ヤクルトでも飲むぅ?」<br>
「ありがとう。もらうよ。」<br>
「はい、どぅぞ」<br>
ヤクルトなんて久しぶりだな。そう思いながら、僕は真紅を探した。<br>
けれど、来ていないようだ。確かに、彼女がこんなに早く来るわけもない。<br>
いつもギリギリに、真紅にあわせて通っていたのを思い出した。<br>
それから、一週間もたっていないのに、まるで何世紀も前の出来事のような気がした。<br>
「乳酸菌は体にいいのよぉ。…本当に大丈夫なの?今にも倒れそうよ。」<br>
「うん。大丈夫だよ。少し嫌なこと思い出しただけだから。」<br>
「……真紅かしらぁ?」<br>
「えっ?」<br>
「違うならいいんだけどぉ。気をつけなさぁい。」<br>
それだけ言って、彼女は自分の席に戻っていった。</p>
<p>水銀燈も、何かあったんだろうか。<br>
それにしても、あんなに柔らかいしゃべり方をする人なのに、何で『真紅』と口にするときだけ竜巻のような嫌悪感に染まっていたのだろうか。<br>
いつか、聞いてみよう。彼女と僕は今は『他人』だ。嫌がられても、それほど怖くはない。<br>
今度、話してみよう。なに、怖れる事はない。『友情』を感じ始める前に、もとどうりの『他人』に戻ればいいだけさ。<br>
チャイムが鳴った。時が走り去り、もう昼休み。<br>
真紅に、聞かなければ。あの言葉の真意を。<br>
そう思ったけど、翠星石やジュン君、ベジータや雛苺のいる前で話せるわけがない。<br>
放課後だな。そう思いながら、机を寄せた。<br>
<br>
「今日のお弁当は翠星石が作ってんですよ!どうです?うまそうでしょう?」<br>
「わー、本当にうまそうだな。少しくれよ。」<br>
「い、いいですけどぉ…じゅ、ジュンのも少しほしいですぅ…」<br>
「ん?いいよ」<br>
「ほ、ホントですか?」<br>
「こんなことで嘘ついてもしょうがないだろ」<br>
「ちょっとジュン。私のお弁当は?」<br>
「………ほら」<br>
「早く出しなさい。本当に、しょうがない下僕ね」<br>
「……………悪かったな」<br>
<br>
「雛苺、そのさくらんぼ、俺の苺と交換しないか?」<br>
「いいのよー!ヒナ、イチゴだーい好きなのー!!」<br>
「あ、ずるいですぅ!ベジータ、翠星石も葡萄一粒やるからイチゴよこすです!」<br>
「ああ、どうぞ」</p>
<p>今日は、カナリアは放送部の当番なのでいない。<br>
一回、ボリューム最大で念仏を放課後までノンストップで流してから機械は触らせてもらえないらしいけど。<br>
彼女らしい、といえばそのとうりだ。<br>
けれど、僕はそんな失敗をしても、許してもらえることがうらやましい。<br>
へこたれないことがうらやましい。嫌悪されないことがうらやましい。<br>
逃げ出さないことがうらやましい。追い出されないことがうらやましい。<br>
明るく振舞えることがうらやましい。<br>
「おい。どうしたんだ?弁当食べないのか?」<br>
「そうだぞ。早く食わないと昼休み終わっちまうぜ」<br>
いけない。お弁当食べるの忘れてた。<br>
「ごめん、ちょっと眠くて。少しうとうとしちゃった。」<br>
「もしかして、俺の事を考えて眠れなかったのか?それならそうといってくれれば…」<br>
「そんなわけないです!でも、昨日蒼星石は割と早く眠ってませんでしたか?」<br>
「うん。寝すぎるとかえって眠くなったりするでしょ?」<br>
「そうなら…まぁいいですけど」<br>
「もう大丈夫。お弁当、たべちゃうね。」<br>
ああ。ああ。ああ。僕は今何をした?<br>
いままで、大切な『友人』だったみんなに。<br>
舌の根が『真紅』に染まるような『嘘』をついた。<br>
信じられない。僕がみんなに『嘘』を?<br>
なんて事をしてしまったんだろう。<br>
お弁当を食べながら、ひたすら自己嫌悪の念に襲われる。<br>
そして僕はすこしだけ、別のことを考えた。<br>
―水銀燈は今どこでお弁当を食べてるんだろう?<br>
―今度、誘ってみようかな?</p>
<p> </p>
<p>放課後。<br>
教室に真紅は、最後まで残っていた。<br>
「蒼星石。何か話があるんでしょう?」<br>
向こうから話しかけてくるなんて。少し予想外だ。<br>
「う、うん。その、日曜に言っていたことは……冗談、だよね?<br>
だって、ほら、お昼だって一緒に食べたし、それにほら、いまだってわざわざ残っていてくれたし…」<br>
「………」<br>
「それに……そうだよ!なんていったって僕たち『友達』でしょ!?」<br>
その言葉を、『必死に』、けれど『縋る様に』振り絞る。<br>
真紅が口を開いた。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。<br>
耳をふさいで逃げ出したい気持ちを必死に抑える。<br>
「あなた、まだ理解してない様ね。」<br>
やはり、真紅の口から赤黒い呪詛が立ち上り始めた。<br>
「この前も言ったでしょう。あなたはあくまで私を輝かせるための『アクセサリー』。<br>
引き立て役なのよ。あなた、見たことない?美しい人がなんで?って思うようなブスを取り巻きにしてるのを。<br>
あれは引き立て役として友人関係を結んでいるのよ。そうじゃないのもごく僅かながらいるかもしれないけど、そんなものは所詮『偽り』よ。<br>
どうせ長続きしないわ。人は、自分に似たものと群れ、自分より劣ったものに優越感を抱き、勝ったものには羨望と嫉妬の感情を抱くものなのだから。<br>
なぜ、引き立て役が必要かわかる?美しい、醜い、かっこいい、かっこ悪い、高貴、下賤、大きい、小さいなんてものは、あくまで対比でしか決まらないの。<br>
もし、この世がすべて等しい大きさのもので出来ているなら、大きさなんてないでしょう。働きありに高貴、下賤の区別なんてあるかしら?<br>
すべての人の年齢が等しければ、老人も若者もないでしょう。なんにせよ、物事には比較する対象がいるの。<br>
あなたは、私をより引き立てる。私が持っているものを一切持っていない。ただ劣っているだけじゃだめなの。<br>
違いが際立つようなものでなければね。あなたはその点優秀だったのに。本当に残念だわ。<br>
まあ、指輪にしろネックレスにしろ劣化はするものだからしょうがないといえばしょうがないわ。</p>
<p>ただ、それらと違って人間の不便なところは、作り直しがきかないし、新しく気に入ったものがなかなかないことがあったりするのよね。<br>
それから、一緒にご飯を食べたから?そこも『人間』の不便なところね。ゆっくり捨てるか、なにか捨てる理由をつけないと去り際に傷を残していくのよね。<br>
あなたなんかのせいで私の世評に傷がつくなんて耐えられるわけないじゃない。<br>
残りかすに腐臭をつけられるのもたまんないのよね。本人だけ捨ててもその周りが食いついてくるのも、『人間』の不便なところね。<br>
あんまり取り巻きの多いやつをうっかり身につけると捨てるのに時間がかかるのよね。でも、あなたもともと『友達』多くないじゃない。<br>
それ、全部『ゴミ』にしてあげるから。翠星石は時間がかかりそうね。まあ、厄介なのはそれぐらいかしら。<br>
後は…そうそう、“わざわざ残ってくれた”だったわね?残るに決まってるじゃない。<br>
いつまでも勘違いされたままなんて、反吐が出そうなぐらい不快だわ。まるで生ゴミと抱擁を交わす気分ね。<br>
汚物と話をするのも不快だけど、それよりは遥かにましだから。<br>
これでわかってもらえた?もうしつこく絡み付いてこないでくれるとうれしいわね。<br>
それじゃあ帰らせてもらうわ。」<br>
「そんなのってないじゃないか!僕は、君の事を『親友』だと思っていたのに!」<br>
「ええ。私もあなたのことを素晴らしい『アクセサリー』だと思っていたわ。<br>
もとどうり、根暗で不気味で消極的でみすぼらしくて控えめで惨めな蒼星石に戻るなら、また、『身に着けて』あげてもいいわよ。」<br>
そういって、真紅は帰って行った。なんだ。前言われた事よりさらに酷いじゃないか。<br>
けれど、昔に戻ればまた『身に着けて』くれるっていってたな。昔に戻るか。今を捨てて。<br>
どうしよう。どうしよう。戻りたくない。でも、あんな真紅にでも、『裏切られ』たくはない。<br>
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。<br>
<br>
そして今。<br>
雛苺と会話を交わして、決めた。<br>
昔に戻れば、雛苺たちにも、『アクセサリー』が戻ってきたと、喜んでくれるかもしれない。<br>
けれど、僕は『疑う』ことを知ってしまった。もう、『昔』にはもどれない。<br>
元には戻れないんだ。</p>
<p> </p>
<p>「翠星石、今日一緒に帰らないか?」<br>
「か、帰ってやらないこともないですけど…」<br>
「本当か?よかった、じゃあ、放課後な」<br>
<br>
「なあ、翠星石。」<br>
「な、なんですか?」<br>
「今日の蒼星石、なんか変じゃなかったか?いつも口数は少ないほうだけど、なんだかどよんとしてたっていうか…」<br>
「え?あ、ああ、そうでしたね。なんだか、昔に戻ってしまったようなそんな感じがしましたね…。」<br>
「昔?昔って、蒼星石も引きこもりだったのか?」<br>
「ああ、ジュンは引きこもりだったんでしたっけ。いや、そうじゃないんです。」<br>
「じゃあ、なんなんだよ?昔も今と同じいつもニコニコしてるいい奴だったんじゃないのか?」<br>
「そうでしたね。ジュンは、高校に入ってからの蒼星石しか知らなかったんでしたね」<br>
「どういう意味だよ」<br>
「高校に入るまで、蒼星石はものすごくネガティブだったんですよ。」<br>
「ん?でも、雛苺たちは、昔からいいやつだったっていってたぞ?」<br>
「ひとあたりはよかったんです。物腰も柔らかで。でも、そうですね、全身から悲壮感が漂ってるっていうか、翳っているっていうか。<br>
なんていうか、いつも影に立っているような感じでしたね。例えば、こんなことが何回もあったんですよ」</p>
<p> </p>
<p>“「蒼星石、どうしたんですか?」<br>
「うん。また、ラブレターを渡されたんだ。」<br>
「そ、そうなんですか。」<br>
「ずっと好きだった人なんだけどね。」<br>
「よかったじゃないですか!」<br>
「ふふ、それがね、他のある女の子に、渡すか、こっそり鞄かどこかに入れといてくれっていうんだよ」<br>
「それは……」<br>
「この前のバレンタインデーも、クラス中の女子のチョコレートを配って回ったんだよね…<br>
挙句の果てに僕が手作りチョコを渡そうとしたらそれ誰の?って訊かれちゃってさぁ…あれはきつかったなぁ…」<br>
「そんなことがあったんですか…」<br>
「前も遊園地に男子誘ったら彼女連れてこられてさ…彼女いい人だったんだけど、ライバル視すらされなくて…」<br>
「そんな男には蒼星石はもったいないですぅ!」<br>
「ねえ、翠星石。僕が中学校、いや、小学校も通して男子にかけられた第一声のほとんど占めてる言葉知ってる?」<br>
「へ?いや、知らんですけど」<br>
「教えてほしい?」<br>
「そりゃまあここまで引っ張られたら気になりますね」<br>
「それはね…『ねぇねぇ、翠星石さんに、これ、渡しといてくれない?いやあ、なんだか直接渡すのは照れくさくって』<br>
大体こんな感じだね。言い回しは多少変わるけど。<br>
ああ、あとはこの後に、君って翠星石さんの双子の弟なんだよね?<br>
とか、君はなんとなく女の子って気がしなくて、声かけやすかったんだ。<br>
とか、それにしても、女装癖のある弟がいるなんて知らなかったな。とかがくっつくんだよね。」<br>
「………え、えっとぉ……」<br>
「…部屋にいるからしばらく入らないで。話しかけないでね…。………うううぅ…ぅぅううぁぁぁあああああああ!!!!!!」<br>
ダダダダダダダダダダ…     ”</p>
<p> </p>
<p>「……嘘だろ?」<br>
「実話なんです。<br>
普段は明るく見えるんですが、何かがきっかけでスイッチが入ると二時間ぐらいブツブツ何かつぶやき続けるんです。<br>
しかも、いってることが途中から支離滅裂になっていくんですよ。<br>
それ以外にも、デパートとかで道の真ん中を僕なんかが歩いてたらダメだよ。<br>
とか、どうしよう。あそこの女の子たちが笑ってるのは、きっと僕を笑ってるんだ。<br>
とかよく言ってましたね。高校に入ってからはなくなりましたが。」<br>
「…よかったじゃないか」<br>
「ところが、喜んでばかりもいられないんですぅ。今まで、臨界点を越えたら一気に吐き出していたものを、ずっと溜め込んでるんです<br>
もし、なにかで臨界点を超えて、なおかつそのまま溜め込んでいたら…<br>
きっと、蒼星石の心は溜め込んだ感情に引っ張られて、押しつぶされてしまうです。」<br>
「…なんとかならないのか?」<br>
「それができたらとっくにしてます!…大丈夫です。蒼星石は変わりました。それに、とても賢い翠星石自慢の妹です。<br>
一人で悩み続けるような馬鹿な真似はしませんよ。」<br>
「……そうか?」<br>
「どういう意味ですか?」<br>
「賢く見えるやつほどおろかだってことだよ。じゃあ、また明日な」<br>
「このドチビメガネ!蒼星石に向かって何を言ってるんですか!…大丈夫に決まってるですよ。あたりまえですぅ。きっとそうです。<br>
そうに決まっています。蒼星石みたいに、やさしくて賢くてそれに、それに……!蒼星石が、酷い目にあうわけがないんですぅ。<br>
あんなにすばらしい妹の悩みなら、あっという間に解決するですぅ。<br>
きっとそうにきまってます。きっときっときっときっときっと、きっと…」</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>わざわざ、またショックを受けるために行った様なものだった。<br>
結果はわかりきっていたのに、なんでまた聞いたりしたんだろう。<br>
『友達』か。なんなんだろう。仲がいいってなんなんだろう。真紅は初めてできた『親友』だと思っていたんだけど。<br>
やっぱり、『他人』を心の底から『信頼』するのは無理なのかな。<br>
以心伝心なんてありえないんだ。つながっているとしてもせいぜい蜘蛛の糸程度。<br>
結局は他人は他人にしかなり得ない。<br>
あれ?どうしたんだろう。鞄がやけに重いな。顔を上げて歩くのがつらい。<br>
胃が思い。動悸がする。脈も速いな。頭痛もしてきた。<br>
気のせいかな?気のせいなんだろう。気のせいとは思えないぐらい生々しい痛みだけれど。<br>
ああ。歩くことすらめんどくさい。今すぐこの場にへたり込んで、眠りほうけられたらどれだけ楽だろう。<br>
トン<br>
何かにぶつかった。ボーっとしてたからだ。電柱かな?いや、電柱ならもっと硬いはず。これはひょっとして、人?<br>
恐る恐る顔を上げると、そこにはとても綺麗で、力強い、まさに人々の憧れの中の『女性』がいた。<br>
「どうしたのぉ?相変わらず冴えない顔色ねえ。やっぱり真紅絡みぃ?」<br>
そのとうり。と、答えかけて躊躇った。この人がそんなことをするとは思えないが、真紅と手を組んで僕を嬲る気でないという保証はどこにもないのだ。<br>
けれど、あのときの瞳に写った憎悪は本物だったと思う。『信用』したものだろうか?<br>
それに、返事をするのも億劫だった。<br>
「んん?私が信用出来ないみたいね。ということは、やっぱり真紅に何かされるか、言われたみたいね。」<br>
大丈夫な気がする。たぶん、大丈夫だろう。おそらくだが、大丈夫なはずだ。<br>
騙されても、まだ、『他人』なんだから。気にすることもない。<br>
「取りあえず私の家に来るぅ?」<br>
「うん。そうさせてもらっていい?」<br>
「んっんー。質問に質問で答えるのはおばかさんだけよ。もちろんいいわよぉ」<br>
そして、僕は水銀燈の家にお邪魔させてもらい、これまでの経緯を大体話した。<br>
笑うなら笑ってくれ。たしかに僕が間抜けだったのだろう。<br>
いつの間にか、けだるさは去り、僕は水銀燈相手に熱心に話していた。<br>
水銀燈はとても聞き上手だった。</p>
<p> </p>
<p>「…なるほどね。そりゃ、人を信頼できなくもなるわね。真紅は昔から、ずっとそうだったのよ」<br>
「え?やっぱり、中学校も一緒だったの?」<br>
「小学校も、中学校も一緒だったわぁ。仲がよかったのは小学校までだったけどね。」<br>
「君も、真紅と仲がよかったのか。」<br>
「そうよぉ。最初は、本当の姉妹みたいに思えたわぁ。<br>
少しわがままだけど、思いやり深くて、友達思いの優しい人だと思ったわぁ。<br>
………初めはね。<br>
私、重い病気にかかった従姉妹がいるの。いやいた、というべきかしらぁ。」<br>
「それって…」<br>
「ええ。一つ年上で、とてもやさしくてね。<br>
そりゃもうドラえもんとのび太くんぐらいなかよかったんだから。…あ、私がドラえもんよぉ?<br>
その子、めぐっていうのよ。めぐ、とっても歌がうまかったんだけど、私が小学校に上がって、すぐくらいに発病してね。<br>
入院してる病院はそんなに遠くなかったんだけど、それでもやっぱり小学一年生にはちょっと危ない距離だったわねぇ。<br>
やっぱり、親に一人でお見舞いに行くのは禁止ちゃってね。それでもこっそり行ってたんだけどぉ。<br>
放課後毎日いそいそとどっかに消えて、誰ともろくに遊ばないんじゃ友達なんか出来やしないわよねぇ。<br>
めぐの事は大好きだったけど、それでもやっぱりさみしかったわぁ。そんなときに、真紅にあったのよ。<br>
いえ、この表現は少し違うわね。真紅に声をかけられた、って言うほうがより正確かも。<br>
あ、小学校の間はずっと一緒のクラスだったの。<br>
1学年2クラス、クラス替えも二年に一回しかない学校でね。<br>
卒業するまでにほとんどのこの性格とか、特長とか、友人とか大体わかっちゃうようなところなの。<br>
今はどうか知らないけどね。</p>
<p> お見舞いに行き始めて一月ぐらい立ったときだったかしらねぇ。急いでめぐのお見舞いに行こうとしてたのよ、いつもどうりに。<br>
ランドセルしょって、教室を飛び出しかけたときに、金髪の女の子が話しかけてきたの。<br>
なんで毎日毎日急いで帰るのかって。はっきりいって、めぐが重い病気にかかってるなんて信じたくなかったのよね。<br>
それで、その時めぐが入院してるからお見舞いに行ってるって行っちゃったら、それを認めてしまうわけでしょう?<br>
それが嫌で嫌でたまんなかったの。だから、“従姉妹のお姉ちゃんのところに遊びに行ってるの”としか言わなかったのよ。<br>
“そうなの。わたしもそのひとにあってみたいのだわ”<br>
“だめよ。めぐにめいわくじゃないの”<br>
“そんなことないのだわ”<br>
“とにかく、ダメなものはダメなの!”<br>
私ももちろん来ないでって何度もいったんだけど、あの強情で、他人のことなんか気にしない奴を追い返せるわけもないじゃない。<br>
結局病院までついてこられてね。<br>
“めぐって、びょうきなのかしら?”<br>
“……………”<br>
“どうなの?”<br>
“そうよ!おもたいびょうきなの!”<br>
そういった後、おもいっきりわんわん泣いたわね、確か。<br>
看護婦さんに患者と間違われてどこがいたいの?っとか聞かれたっけね。<br>
“そうなの。いいわ。これから、わたしもおみまいいっしょにいってあげる。ちょうどいいわ。”<br>
そのときはなんでそんなことしてくれるのか、何がちょうどいいのかぜんぜんわからなかった。<br>
いまならはっきりわかるけどぉ。お見舞いに一緒に行く自分のことをやさしいいい子だとおもわせるためだったんでしょうね。<br>
それからは、毎日一緒にめぐのところにお見舞いに行ってくれたわねぇ。<br>
めぐは、たぶん真紅の目的に気づいてたんでしょうけどわたしに友達が出来たってそれはもうすごい喜びようだったわぁ。<br>
ほんとに、いつ発作がくるかわからないのに、あのはしゃぎ様は……。</p>
<p> わたしが風邪を引いたときはめぐが心配しないように言伝をしてくれたりもしたっけ。<br>
そのとき、めぐからのお見舞いの品で、ヤクルトがあって、乳酸菌は風邪の特効薬ですって入っててね。<br>
わたしはすっかりそれを信じ込んじゃって。3本立て続けに一気飲みしたら本当に風邪が治っちゃったときは驚いたわねぇ。<br>
…なかなか、めぐの病状はよくならなくって、小学校の間中ずっと通い続けたのよ。<br>
その間、ずっと真紅は黙ってついてきてくれて。小学校6年生の、えーっと、秋の始まりかけたころだったかしらね…。<br>
お見舞いに行ったらめぐが病室から消えてるのよ。<br>
……あの時は本当にのどから体がバラバラになるんじゃない勝手ぐらい泣いたわぁ。<br>
その時、真紅がなんていったと思う?<br>
“あら。めぐは死んでしまったみたいね。残念だわ”<br>
“ぐすっ、めぐぅぅぅーー!!!”<br>
“全く、あんなにいい小道具はそうそう見つからないって言うのに。せめて卒業式まで持ちなさいよ。役に立たないんだから”<br>
“うわぁぁあああぁぁぁ!!!!!ああああぁぁぁぁぁぁ!!!ぁぁぁぁぁぁ!ぁぁぁ…?ひっく、し、じんくぅぅ、い、い、いまなんt、て?”<br>
“だから、新しいアクセサリーを探さないとっていってるの。<br>
重病に倒れた少女のお見舞いに毎日通う慈悲深い少女って演出、なかなか気に入っていたのだけれど。死んでしまったならしょうがないわね。<br>
本当に。よくも今死ねたものよ。卒業式までが無理ならせめて冬休みまで持たせればいいのに。渡しの迷惑も考えてほしかったわ。”<br>
“なに…いってるんだかよくわかんないんだけど…”<br>
“はぁ……。めぐもめぐならあなたもあなたね。こういってるの。小道具が一つなくなったわね。って。”<br>
“あなた…めぐを何だと思っていたの!?”<br>
“私を心優しい少女に見せるためだけに生きていた死にぞこない。まあいいわ。なにしろ、哀れな水銀燈がいるんですもの。<br>
従姉妹を失った親友を慰める心優しき少女。なかなかいいと思わない?”<br>
“…思うわけないでしょ…なんなのよあんた……めぐが死んだのよ?…”<br>
“それがどうかしたっていうの?第一、あなたこそ何様のつもりなの?そんな髪と目してて、誰のおかげで今までいじめにあわなかったと思っているの?<br>
感謝されこそすれ、恨まれる覚えはないわね”<br>
そういって去っていったのよ。信じられる…?」</p>
<p>これはひどい。おそらく僕の受けた行為より何倍も。<br>
6年。水銀燈はそんなに長い間欺かれ続けていたのか。<br>
「酷い…ね。でも、そんな目って?」<br>
「ああ。今はカラーコンタクト入れてるの。さすがに小学生でカラーコンタクトは親が許してくれなくて。ほら」<br>
そういってコンタクトをはずしてくれた目は、鮮血を浴びたルビーのように妖しく輝いていた。<br>
とても、とても綺麗だった。<br>
「綺麗な目だね」<br>
「そういってくれる人もいるけど、不気味だって言う人のが多いのよ。でも、ありがとう。<br>
髪のほうは染めてみたこともあるんだけど酷くあれちゃって。幸い今は脱色する人もいるからまあこまらないわぁ。」<br>
なんて明るくて、美しく、優しい人なんだろう。<br>
時々瞳にほとばしる憎しみはまるで羅刹のようだけれど、その瞬間でさえやはり美しい。<br>
それに比べて僕は…<br>
「なんだか、情けないことで落ち込んでたみたいだね、僕は。君の話を聞いたら、へこんでちゃダメだったわかったよ。」<br>
「何言ってるの。あなたはいままで『友情』に憧れ、何よりも大切なものとして想い描き、大切に抱いてきたんでしょう?<br>
十何年信じてきたものを崩されたんだから、ひょっとすると私以上の衝撃だったのかも。<br>
わたしはもともと一人が好きなほうだったからあんまり真紅に裏切られたときも、確かにショックだったけどあなたほどの衝撃は受けてないと思うわぁ。」<br>
「でも、めぐさんが……」<br>
「ああ、それなんだけど…」<br>
「たっだいまー!あれー、水銀燈、誰かお客ー?ひょっとして彼氏!?」<br>
「お帰りなさい、【めぐ】」<br>
「え?あ、おじゃましてます。…めぐさんってなくなられたんじゃ?」<br>
「ああ、違うのよめぐ。蒼星石も真紅に騙されたっていうもんだから、小学生のときの話をしてあげてたのよ。」</p>
<p>「ああなるほど。そういうこと。じゃ、わたしから話してあげるわ。<br>
実はその2週間ぐらい前になんていったかなぁ、白黒に染め分けた頭をした、法外のお金をふんだくるお医者さんに手術してもらったのよ。<br>
その年になるまで受けたくてもうけれなかったから、3年ぐらい余分に入院してたかしら。<br>
代金は私が調合した成長抑制剤でってことになってね。あ、言い忘れてたけど私薬剤師目指してるんだ。<br>
医者になってもいいけど、やっぱり医療ミスとか怖いし、女医はコスプレだけでいいしね。<br>
それでやっぱり手術後は絶対安静でしょ。一週間面会謝絶で、そのあと三日ぐらいへばって返事もおぼつかないような状態だったのよ。<br>
まあその後の四日は退院とまでは行かないけどキャスターっていうのかな?につかまって歩き回れるぐらいには。<br>
でも、水銀燈に心配されるのもなかなかいいもんだったんで、まだ衰弱してる振りをしてたのよ。<br>
で、その日私はアルプスの少女ハイジのクララみたいに水銀燈にいきなり元気になって見せて感動を与えてあげようと思ったわけよ。<br>
そーすると、真紅が予想外の展開に走って。まあ、その後水銀燈に会った時のきまずさったらなかったわね。<br>
そのときの水銀燈は喜びのあまり吐くまで泣き続けて、最後は鎮静剤打ってもらってたもんね。<br>
あのときの水銀燈はかわいかったわね。私にすがりながらめぐめぐぅって連呼して。<br>
で、私はその後数ヶ月たって退院して、今現在通う高校に近いからここに居候させてもらってるわけ。<br>
わかった?」<br>
「ちょっとぉ、ところどころ余計なことが入ってたわよぉ」<br>
「えー、はい。わかりました。で、その後真紅はどうなったんですか?」<br>
「真紅はその後私が生きてることがわかったとたん、じわじわ水銀燈の悪いうわさを流して孤立させた後、徹底的に苛め抜いたらしいわね。」<br>
「ええ。卒業するころには私と真紅が仲良かったことなんて誰一人覚えてないくらい。<br>
もっとも、ただやられていただけじゃなくてもちろん私もやり返したけど。」</p>
<p>やっぱりこの人は強い。僕とは比べ物にならないぐらい。<br>
そして、僕とは違って輝きいている。華があるとでもいうんだろうか。<br>
なんだか、僕と比べること自体おこがましい。<br>
真似したくても出来そうにない。<br>
「あなたに、一つアドバイスをあげるわぁ。」<br>
「え、なんですか?」<br>
「あなたは普段死ぬことを考えてる?」<br>
「いえ、考えてません。」<br>
「でも、いくら必死にがんばっていい大学に入ろうと、世界的な発見をしようと、絶対にいつかは死ぬのよ?<br>
なら、常に考えていずにはいられないはずじゃないの?」<br>
「それは……」<br>
「そう。無意識のうちに忘れようとしているから普段『死』を身近に感じないの。<br>
それと一緒よ。必ずいつか裏切られるものと思って付き合うから『友達』と思えないのよ。<br>
生きていると実感したければ、いつかは死ぬなんて考えていてはいけないの。<br>
友達と思いたければ、いつか裏切られるかもなんてことは、忘れてしまいなさい。<br>
むずかしいでしょうけどねぇ。」<br>
「………はい。」<br>
確かに、そのことについて意識していてはいけない。<br>
裏切られるなんて考えたりしたらいけないことも。<br>
けれど、やっぱり…<br>
「怖いのよねぇ。人を信じて打ち明けた後、なにもかも否定されてしまうのが。」<br>
そのとうり。何でこの人は人の心が読めるんだろう?<br>
なにか、出来ないことはあるんだろうか?</p>
<p>「でも、あなた今私に打ち明けたってことは、私を信じていなかったってことよね。<br>
それは一向に構わないわ。<br>
でもね、蒼星石。<br>
これだけは覚えておいて。<br>
人は、自分が嫌っているものにだんだん似てくるものなのよ。<br>
自分が好きなものではなく、嫌いなものによ。<br>
必ずね。遅かれ早かれ、人はそのことに気づいて自己嫌悪に陥るものなのよ。<br>
あなた、裏切られるのが嫌いみたいね。<br>
でも、今あなた自身がいままで『友人』だと『信頼』してきた人たちを裏切っているようなものよ。<br>
まぁ、真紅のことを包み隠さず打ち明けるのが必ずしも正しいとは言わないわ。<br>
けれど、話さないのと話せないのはまた別物。<br>
人は、自分が嫌っているものに似てくるものなのよ。<br>
それが物であれ、性格であれ、特徴であれ、顔であれね。<br>
これだけはよく覚えておいて。」<br>
何を言っているんだろう。もちろん、話の内容が理解できないわけじゃない。<br>
けれど、『理解』したくないんだ。<br>
裏切られるのが怖くて、僕が先に『裏切って』いた?<br>
そんなことがあるはずがない。<br>
けれど、翠星石や雛苺の信頼を先に断ったのは僕だ。<br>
『理解』しなければいけないんだろう。</p>
<p>今なら、きっとまだ間に合う。<br>
今から、二人に会いに行こう。<br>
「…ありがとう。水銀燈、めぐさん。今から、僕がしらずしらず『裏切って』いた、『友達』に会ってくるよ。」<br>
「じゃあね」<br>
「また遊びに来てね、蒼星石ちゃん。水銀燈も友達いないみたいだしさ。」<br>
「はい。また、遊びに来させてもらいたいです。」<br>
「……いつでもいらっしゃいねぇ」<br>
バタン。<br>
まだ、何も変わっていない。<br>
けれど、扉の音はとても軽やかに、星空の迫り来る、夕焼け空に響き渡った。<br>
<br>
「ねぇ、水銀燈。」<br>
「なに?めぐ。」<br>
「嫌いなものに似てくるって、ひょっとして昔の自分?」<br>
「…そうよ。中学のときの私は、真紅を嫌悪していながら真紅そのものだったわねぇ」<br>
「今は私そっくりのいい子だけどね。」<br>
「よくいうわよ。…でも、ありがとう、めぐ。そういってもらえると、とってもうれしいわぁ。」<br>
「ふふっ。どういたしまして。」</p>
<p> </p>
<p>僕は水銀燈の家を出ると、雛苺の家に向かって走り始めた。<br>
開き直りかけていた。どうせ、あと三年もしたらバラバラになるんだ。死ぬときはどうせ一人なんだ。<br>
友人家族といっても所詮は他人。利用価値がなければ迷わず捨てるべきなんだ。<br>
利用できそうな奴は骨まで啜るべきなんだ。<br>
そう思い始めていた。<br>
けれど、それじゃあまるっきり真紅と同じじゃないか。<br>
水銀燈に、会えてよかった。<br>
人は自分の嫌いなものに近づいていく。<br>
それは、矛盾しているようだけど、事実なのだろう。<br>
彼女は、きっとあるときそのことに気づいたんだ。<br>
きっと昔の彼女は真紅のようだったのかもしれない。<br>
けれど、彼女は美しかった。やさしかった。まぶしかった。<br>
さあ、早く雛苺の元へ駆けていこう。<br>
許してもらえないかもしれない。<br>
けれど、それは僕が悪いんだ。<br>
その時は、しっかりと謝って、きちんと顔を上げて帰ろう。<br>
難しいだろう。けれど、それが必要なんだ。大事なんだ。しなくてはならないことなんだ。<br>
叫びたいのを我慢して、僕は闇夜の中煌々と輝く彼女の家まで疾駆する。</p>
<p> </p>
<p>家につくころは息も上がり、しばらく休まないと動くこともままならなかった。<br>
しばらく深呼吸をして、息も整うと意を決してインターホンに手を伸ばした。<br>
ピンポーン<br>
これまで聞いた中でもっとも無機質な音が響き、あたりの喧騒の中に沈みゆく。<br>
「はーい!どなたなのー?」<br>
「僕…なんだ、けど雛苺…」<br>
「あっ!蒼星石なの!トゥモゥエー!蒼星石が来たのよー!」<br>
ああ、まだ巴さんもいたのか。<br>
少し、言い出しにくい。<br>
けれども、巴さんもいてもらったほうがいいのだろう。<br>
なんといっても、彼女は雛苺の『親友』なのだから。<br>
「さ、蒼星石上がって上がって!」<br>
「あ、う、うん。お邪魔させてもらいます。」<br>
<br>
「で、こんな時間にどうしたのー?」<br>
「君に、いいたいことがあるんだ。」<br>
「私、いないほうがいい?」<br>
「いや、いてもらってもかまわない。というより、いてもらった方がいい気がするんだ。なぜかはうまくいえないけど。」<br>
「そう。なら、ここに居るわね。」<br>
「話って?…最近何があったかの話?」<br>
やはり、雛苺はよく見ている。物事も、人も、その思いも、風景も。<br>
ただ、大事なところしか見ていないだけなんだ。<br>
おそらく、雛苺は誰よりも敏感で、誰よりも鈍い。<br>
<br>
「…うん。僕は、あることで『友達』が何かわからなくなって、誰も信用できなくなったんだ。<br>
いや、少し違うかな。『信頼』していた人たちが『信頼』出来なくなったんだ。<br>
例えば、君みたいにとても大切に思っていた友人が。<br>
突如として僕を嘲り始めるんじゃないかって。<br>
それがとても、とても怖くて、恐ろしくてしょうがなかったんだ。<br>
だから、君が心配して声をかけてくれても、素直に打ち明けられなかったんだ。<br>
図書館でも、君達に声をかけようと思った。<br>
でも、君達に拒絶されるのが怖くてそれが出来なかったんだ!<br>
ごめん。裏切られるのが怖いだなんていって、僕のほうから君達を裏切ってた。<br>
本当に、ごめんなさい!」<br>
「…なんで、急に私達に、いえ、雛苺に話してくれる気になったの?」<br>
「水銀燈に、教えてもらったんだ。<br>
人は自分が嫌っているものに近づいていくんだって。<br>
そのとうりだったよ。<br>
僕は君達に裏切られたくないばかりに、僕が君達を裏切っていた。」<br>
「水銀燈ってあの水銀燈?銀色の髪の?<br>
蒼星石、あんまり喋った事なさそうなのよー?」<br>
「…うん。でも、水銀燈も同じような目にあったことがあるらしくって。<br>
それで、そのときの自分と僕が似た雰囲気だったから声をかけてくれたみたい。」<br>
「……やっぱり、あの時真紅に何か言われたのね?」<br>
やっぱり、雛苺は賢い。それを誇示しないだけだ。<br>
「…うん。僕は友達じゃなくってアクセサリーだったんだって。<br>
驚いたよ。そんなことをいきなり言われたこともだけど、その一言で何も信じられなくなるなんて。<br>
やっぱり、人って脆いもんだね。心も、体も。<br>
ちょっとしたことで壊れてしまう。<br>
水銀燈も、小学校のころ、真紅に同じような、いや、僕より酷い目にあってるそうだよ。<br>
いまさら許してもらえないかもしれないけど、それでも、謝りたくて…」</p>
<p>「うゆ。確かに許したくないの。<br>
悔しいのよ。雛と蒼星石の小学校のころからの『友情』は、真紅の一言で揺らぐようなものだったなんて。<br>
…けど、それでもやっぱり、蒼星石はヒナの大事な大事な友達なのよ!」<br>
「ありがとう…ありがとう…ありがとう…」<br>
嬉しい。涙が零れそうなくらい。<br>
友情とは、たとえ蜘蛛の糸ほどの太さしかなくても、それはものすごく丈夫なんだろう。<br>
少なくとも雛苺と僕のものは。疑わない限り。<br>
魔法や、夢と一緒で信じなければ消えてなくなる。<br>
もう二度と僕は、この絆を断ったりはしない。<br>
失いたくない。この大事な『友人』を。<br>
「ねぇ。蒼星石。一つだけ、聞かせてもらってもいい?<br>
私と雛苺が一緒に居ると、いつもあなた避けてるわよね。<br>
どうして?」<br>
「それは…」<br>
避けてる?僕が巴さんを?<br>
そんなことがあるかな?<br>
確かに避けてたかも。<br>
なんでだろう。<br>
いや、無意識のうちに避けていたとしたら答えは決まっている。<br>
それは、きっと…</p>
<p>「そうしたほうがいい気がして。<br>
なんだか二人で話してるときに僕が居ると邪魔な気がして…。<br>
なんていうか、割り込んじゃいけないようなきがしたんだ。」<br>
「…そんなことないわよ。だって、あなたも大事な私達の『友人』だもの。ね?」<br>
巴さんが友達だと思ってくれていたなんて。<br>
僕の一方的な感覚だと思っていたのに。<br>
迷惑がられているだろう、疎まれているんだろうと、そう信じ込んでいたのに。<br>
「………うん。巴さん。ありがとう。」<br>
「巴でいいよ。」<br>
「ありがとう。巴。それじゃ、雛苺、翠星石にも早く会いたいから、そろそろ帰るね。」<br>
「うん。あ、明日は巴もお昼一緒に食べられそうなの!」<br>
「え、そうなの?じゃあ、明日はお弁当豪華にしなきゃ。<br>
…そうだ。明日、もう一人誘っていいかな?」<br>
「水銀燈なの?もちろんなのよー!」<br>
「じゃあね!」<br>
さあ、これで疑心暗鬼も治ったようだ。<br>
家に帰ったら、一番疑ってしまい、一番心配をかけた、一番大事で、一番親しい翠星石に、必死で謝ろう。<br>
たとえ許してくれなくとも、許してくれるまで謝り続けよう。<br>
大丈夫。きっと、笑って許してもらえる。<br>
なんてったって、翠星石だもん。<br>
僕は、夜空の星に翠星石を描きながら、家路をたどった。</p>
<p> </p>
<p>家は、いつもとかわらずどこか寂しげに佇んでいた。<br>
いつもはなんとも思わないのに、今日は家が無性に懐かしい。<br>
勢いよく、扉を開けた。<br>
「遅いですよ、蒼星石!こんな時間までいったいどこほっつき歩いてたんですか!<br>
ほら、ご飯できてますから早く一緒に食べるですぅ!」<br>
いつもと全く変わらない、いや、ずっと昔からかわらない翠星石。<br>
なぜ、僕は翠星石を疑ったりしたんだろう。<br>
こんなにも、彼女は優しいのに。<br>
「ほら、早く中に入りやがるですぅ!そんなとこにボーっとつったってたら風邪引きますよ?」<br>
「そうだね。ご飯、今日は何?」<br>
「お、お手軽にカレーです。べ、別に手抜きしたわけじゃありませんからね。」<br>
「うん。おいしそうだね。」<br>
「そういってもらえると嬉しいですね。さ、早く食べるです。」<br>
「…でも、その前に話があるんだ」<br>
今、話をしなければ、僕はきっと二度とそのきっかけをつかめない。<br>
今まで、それ以外のことでも、それで何度悔やんだか。<br>
今回だけは、きちんと話をしなければならない。<br>
翠星石にだけは、嫌われたくない。<br>
なにしろ、僕の大事な大事な…<br>
「…やっと、話してくれる気になったんですか」<br>
「え?」<br>
「私は鈍いほうですが、さすがに十何年も一緒に暮らした妹の様子がおかしいことぐらいわかりますよ。<br>
何度問い詰めようと思ったかわかりませんけど、問い詰めても話してくれそうにありませんでしたから、<br>
話してくれるのをまってたんですよ。<br>
…なにが、あったんですか?」</p>
<p>翠星石にまで、気づかれていたのか。<br>
自分では、感情を押し殺すのはうまいと思っていたんだけれど。<br>
さて、どこから話そうか。<br>
翠星石のことだ、全部話したら真紅の家まで殴りこみに行きかねない。<br>
はは、嬉しいな。翠星石が僕の『心配』をしてくれると、『確信』できる。<br>
昨日までなら、きっと僕のことなんかで殴りこみに行ってくれる等考えられなかったろう。<br>
人に『心配』させるのは、いけないことだ。<br>
おそらく、その人を悲しませ、泣かせるのと同じぐらい。<br>
けれども、『心配』してくれる人がいるというのは、なんと嬉しいことなんだろう。<br>
「蒼星石、何を考え込んでるんですか?<br>
…大丈夫、何を聞いても驚きませんよ。<br>
……真紅に、あの時何か言われたんですね?」<br>
翠星石にまで感づかれてたか。<br>
一番、僕が鈍いみたいだ。<br>
話そう。包み隠さずに。<br>
最初から最後まで。<br>
翠星石は僕を『信頼』してくれている。<br>
それにたいして多少とはいえ『嘘』を混ぜたことを話すのは、<br>
翠星石の『信頼』を『裏切る』ことだ。<br>
…それはもう、二度としてはいけない。<br>
さあ、話し始めよう。<br>
もう一度、思い返して。<br>
いくらつらくても、事細かに思い出すんだ。<br>
翠星石には、きちんと伝えなければいけない。<br>
きっと誰よりも、心配してくれたはずだから。</p>
<p>「そうだったんですか…。真紅がそんなことを…」<br>
「うん。僕もいまだに夢見たいな気がしてるんだよ。<br>
本当に、夢ならいいのに。」<br>
「そんなことがあったんなら、早く話して欲しかったです!」<br>
「ごめん。でも、誰も信用できなくなってたんだ。雛苺も、翠星石でさえも。<br>
自分でも嫌気がさすほど疑り深くなってね。<br>
世界が真っ暗にみえたんだ。<br>
それで、どうしても話す気になれなかったんだ。」<br>
「………ひょっとして、話す気になったのは、水銀燈と関係があるんですか?」<br>
「え?う、うん、そうだけど、なんでわかったの?」<br>
「前に何回か話したときに、真紅と付き合うのはやめとけって言われたんです。ろくでもない奴だからって。<br>
その時はふざけたことをいってるいけ好かない野郎だと思ってたんですが、<br>
どうやら正しかったみたいですね…」<br>
「そんなことがあったんだ。でも、そう思ったのも無理はないよ。<br>
真紅はなんだかんだでいい人だったもん。」<br>
「ちがいますよ。いい人の振りをしてただけですぅ。」<br>
「そう、だったね…」<br>
「水銀燈には、ひどいことを言ってしまったですぅ。<br>
明日、謝るです。」<br>
「それがいいよ。」</p>
<p>「蒼星石。一つだけ約束して欲しいです。<br>
これから、もう二度とないと思いますが、こんなことが会ったらすぐに話して欲しいです。」<br>
「……うん。約束するよ。」<br>
「……………一つだけ言っておくですぅ。蒼星石は、翠星石の誰よりも大事な妹です。<br>
何があっても、蒼星石を裏切りはしないですぅ。<br>
絶対に、絶対に、ぜぇーったいにです。<br>
大切な大切な蒼星石、姉自慢の蒼星石なんですから。<br>
世界で一番かわいくて優秀な蒼星石なんですよ?<br>
もっと、自分に自信を持っても構わないですよ。<br>
さ、さめる前にカレーを食べるですっ!」<br>
そういって、スタスタと歩いていった。<br>
照れてるんだろう。<br>
僕は絶対にもう、翠星石を疑ったりはしない。<br>
何があっても。<br>
今までの自分が恥ずかしい。<br>
こんなにも大切に思ってくれているのに。<br>
もう二度と、翠星石の『信頼』を『裏切り』はしない。<br>
「…おねえちゃん。ありがとう。」<br>
「ど、どうしたんですかいきなり。は、早くカレーをたべるです。早くするですぅ!」<br>
大好きで大好きで大好きな、僕の、大事な大事な大事な、おねえちゃん。<br>
「今日、一緒に寝ない?おねえちゃん。」<br>
「ほ、本当にどうしたんですか?<br>
い、いいですよ。<br>
と、とにかくカレーを食べるですッ!」<br>
カレーは、とってもおいしかった。</p>
<p> </p>
<p>「翠星石の布団でいい?」<br>
「いいですよ。」<br>
「ふふ。久しぶりだね。こうして寝るの。」<br>
「小学校以来ですかね。」<br>
「そうだね。」<br>
「…大きくなったですね、蒼星石」<br>
「翠s、おねえちゃんもね」<br>
「ほ、ほ、本当にどうしたんですか?」<br>
「たまにはいいじゃない。照れてるの?」<br>
「ま、まさか。ほら、早くねるですよ。」<br>
「……うん。おやすみ、おねえちゃん。」<br>
「お、おやすみなさいですぅ。」<br>
その後、翠星石は子守唄を歌ってくれた。<br>
小さいころよく歌ってくれた子守唄。<br>
それにあわせてトントンと背中をたたいてくれた。<br>
…明日も、こうして寝ようかな。<br>
そんなことを考えていると、あっという間に僕は夢の中に沈んでいった。<br>
本当に、わずかな時間しか感じていられなかったけど、翠星石の体はとても温かかった。<br>
夢のなかは、翠星石のぬくもりとやさしさで、満ち溢れていた。<br>
それはとても懐かしい匂いのする、快い夢だった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>次の日、学校に行くとなんだかみんなの視線が冷たい。<br>
まあ、予想はしていたことだけど。<br>
きっと昨日までの僕なら、これだけでへこみまくっていただろう。<br>
けれども、僕には『信頼』できる『友人』がいる。<br>
なに、へこむ必要はない。こいつらは、僕が素晴らしい『友人』を持っていることに、嫉妬しているだけなんだから。<br>
どうせ真紅がくだらない噂を流したんだろう。<br>
噂を真に受ける奴にろくなやつはいない。<br>
もちろん、流す奴にも。<br>
僕は一回り『成長』した。<br>
タフで強く、美しく。<br>
ナルシストは嫌われる。けれど、根暗はそれ以上に嫌われる。<br>
多少、ナルシスト気味のがいいんだ。<br>
僕はその日、俯くことなく昼休みまで過ごした。<br>
たとえまわりから、罵られようとも。<br>
<br>
昼休み。<br>
水銀燈を誘ってみた。<br>
驚いた顔をしていたけれど、笑顔になって一緒に来てくれた。<br>
今日は巴も来ている。<br>
巴さんより、巴っていうほうが呼びやすいな、やっぱり。<br>
今度一緒に遊びにいってみよう。<br>
「みんな、水銀燈も来たよ。」<br>
「こんにちわ。私は巴よ。」<br>
「雛苺なのー!」<br>
「わ、私はす、す、翠星石ですぅ。その、よろしくですぅ…」<br>
「私は水銀燈よぉ。」<br>
ふふ。珍しい。久しぶりに翠星石の人見知りが出ている。<br>
翠星石も、僕が最初そうだったように、水銀燈に見とれているようだ。<br>
ちょっと大人びた、その柔らかな物腰は、誰でも憧れるだろう。</p>
<p>その時、もう来るとは思わなかった二人が机を寄せた。<br>
「べ、ベジータです!よろしく!」<br>
彼はいい人だ、けれど今は華麗にスルーだ。<br>
「……桜田ジュン。知ってるよな?」<br>
「ええ。…むかしッから真紅と一緒に居たもんねぇ。」<br>
「ジュ、ジュン!いまさら何をしに来たんですか!」<br>
「弁当を食べに。」<br>
「真紅が、真紅が蒼星石に何をしたのか、わかってるんですか!?」<br>
「…まだ、始まってすらいないよ。」<br>
そのとうり。<br>
「そのとうりよぉ。それに、ジュンは真紅の『下僕』、つまり『召使』であって、『取り巻き』じゃぁない。」<br>
「何いってるのかよくわからないのー。」<br>
「こき使われるだけの存在ってことだよ。真紅の奴にな。」<br>
こういったとき、ジュン君の顔にはわずかに笑いが浮かんでいた。<br>
僕は、その笑いをよく知っている。<br>
自分を諦め、嘲笑う笑みだ。<br>
…今日は、追い返さないでおこう。<br>
彼は少なくとも、嫌な奴ではなさそうだ。<br>
「さぁ、みんな、早くご飯食べようよ。昼休み終わっちゃうよ?」<br>
「そうねぇ。食べましょうか。」<br>
<br>
<br>
さて、真紅がおそらしくけしかけたであろういじめは、実にしょぼい。<br>
上靴隠しに始まり、席に画鋲を置く、無視をする、などだ。<br>
ぬるい。実にぬるい。<br>
幼稚園から中学校まで、いじめられ続けた超根暗だった僕にこの程度のいじめは通じない。<br>
無視などいじめに入らない。上履きだっていつも予備を用意している。<br>
画鋲なんざ払えばいい事。教科書は破られてもさして困らない。<br>
もうすでにすべて勉強したから。それに、年度初めにすべてコピーをとっておいた。</p>
<p>それでも、僕はある程度困った振りをすることにした。<br>
いじめというのは相手が平気そうであればあるほど、エスカレートしていく。<br>
破かれた教科書を見つめながら酷いよ…。とでも呟いて、涙を少しこぼしておけば、大体それ以上の虐めには発展しない。<br>
何日か学校を休んでみてもいいだろう。<br>
ただし、あくまで相手の加虐嗜好に触れない様に、注意しなければいけないけれど。<br>
そう。<br>
たった、それだけのことのはずだった。<br>
いつもどうり、適当に流しておけばいいだけの事。<br>
そのはず『だった』。<br>
いつか、真紅は言っていた。<br>
“でも、あなたもともと『友達』多くないじゃない。それ、全部『ゴミ』にしてあげるから。”<br>
まさか、それは無いだろうと。<br>
高をくくっていた僕が間違っていた。<br>
翠星石の学校からの帰りが、遅い日があった。<br>
なにか、落ち込んでいる。<br>
「翠星石、どうしたの?」<br>
「……なんでもない…こともないですぅ。」<br>
「何かあったの?」<br>
「…蒼星石の、友達だからって、いじめられたですぅ。」<br>
「ええ??」<br>
「たいしたことじゃないんですけど…。ペットボトルを2、3人の男女に投げつけられたんです…。」<br>
翠星石は、今まで虐められたことがない。はずだ。<br>
そのショックは大きいだろう。</p>
<p>ひょっとすると、雛苺や巴、ベジータ、さらには水銀燈まで、何かされているかもしれない。<br>
とめなければ。<br>
やめさせなければ。<br>
僕一人なら別に何をされてもかまわない。笑って、へらへらしていればいいだけのこと。<br>
ただ、友達にまで手を出すのはやりすぎだ。<br>
絶対に許せない。<br>
どうすればいいだろう。<br>
なんとか、なるだろうか?<br>
幸い、雛苺も巴も翠星石も、女子の友達は多い。<br>
水銀燈も男子に人気があるし、ベジータもそうだ。<br>
それらが真紅に全員寝返るとは思えない。<br>
彼らは、それなりに人脈もそこそこ、人望も結構ある。<br>
なんとか、なるだろう。<br>
と、いうよりも、いじめに加わっているほとんどは真紅になんとなく煽られているだけなんじゃないか?<br>
真紅にそれほど人気、カリスマ性があるとは思えない。<br>
みんなをちょっと落ち着かせたら、あっという間にこのいじめは消えてなくなるんじゃないだろうか?<br>
そんな気がする。</p>
<p> </p>
<p>真紅、真紅、真紅。<br>
僕はなんだか君が哀れになってきたよ。<br>
人はいつまでも押さえつけられてはいないんだ。<br>
君はおそらく、自分で思っているほど人望は無いんだよ。<br>
小学校の延長でここまで来てしまったのだろうね。<br>
けれど、他の人もすべて、小学校の延長でここまで来ているわけじゃないんだよ。<br>
すべての人間が自分の前に平伏している様に見えるんだろうね。<br>
逆らうものはすべて潰せる様に見えているんだろうね。<br>
真紅、真紅、真紅。<br>
それは、とても大きな間違いだ。<br>
僕が、そのことを気づかせてあげよう。<br>
君は誰の上にも立っていないと。<br>
<br>
案外、僕らに関しての噂は嘘だと説得したらみんなこっち側に簡単に寝返った。<br>
どうも真紅の言っていることは、完璧なのだけれど信用性に欠け、嘘臭かったそうだ。<br>
それに、みんな僕たちがそんなことをするわけないと、信じてもくれた。<br>
やはり、人望というのは大事だ。<br>
結局、いじめは一ヶ月と続かず、僕達は学校生活を楽しんでいる。<br>
真紅、僕は君のおかげで大切なことに気付けた。<br>
友達を裏切ってはならない、疑ってはならないことに。<br>
そのことでは感謝しているよ。<br>
けれど、君はどうなんだい?<br>
このことで何か気付けたかい?</p>
<p>真紅、君は、自分をはっきり理解しているかい?<br>
世界は君の望む色に染まりはしないんだよ。<br>
世界はいつまでも同じではないんだよ。<br>
君はもう、女王ではないんだよ。<br>
酷な様だけれど、事実なんだよ。<br>
逃げれやしないよ。君はこの世界に生きているんだから。<br>
さあ、目を開けてごらん。<br>
真紅、真紅、真紅。<br>
確かに君は嫌な奴だよ。けれど僕は、君が哀れでならない。<br>
君は泣いたことがあるのかい?<br>
君に友人はいるのかい?<br>
君の思いを受け止めてくれる人はいるのかい?<br>
君は嫌悪に満ちた賞賛がほしいのかい?<br>
君へ憎悪と驚嘆の眼差しを向けるべきなのかい?<br>
真紅、真紅、真紅。</p>
<p> </p>
<p>僕は君が、</p>
<p> </p>
<p>「おかしいのだわ。なんで、蒼星石たちを潰せないの?やり方は完璧なのに…。」<br>
「…真紅」<br>
「別の手段に切り替えるべきかしら。 この方法をもうしばらく続けたほうがいいのかしら。」<br>
「真紅。」<br>
「そうそう、新しいアクセサリーも探さなくっちゃね。全く、こんなに早くだめになるなんて思っても見なかったわ。」<br>
「真紅!」<br>
「…何?やかましいわよジュン。」<br>
「……もう、うんざりだ。もう、嫌になったよ。」</p>
<p>「いったい何を言っているの?」<br>
「真紅。僕は君がしてきたことを小さい頃から見てきた。<br>
それもすぐそば、君の側でだ。けれど、片棒を担いだことは無い。<br>
それでも、お前の近くに居続けた。<br>
何故かわかるか?いや、わからないんだろうな。」<br>
「…口の利き方がなってないわね。zy<br>
「うるさい!!僕は、お前のそばになんか居たくなかった!<br>
けれど、僕がそばに居て、何とかお前を抑えられるかもしれないと思ったんだ!<br>
いや、違うな。何とかお前を制止しなければいけないと感じたんだ。<br>
僕の初恋の人を、不登校に追いやるのを目の当たりにした時に!<br>
アクセサリー?すべての人間に嫌われてまでやさしい、うつくしい、賢いなんていわれたいのか?<br>
確かに、傍に居て何回かお前の行動をとめることもできた!けど、けどもううんざりだ!<br>
お前は一向に成長しない!一向に『人』を『人』と認めない!<br>
…もう、僕は疲れたよ。二度と会いたくない。」<br>
「何を言っているの?あなたは私の下僕なのよ?<br>
勝手なことを言わないで頂戴。」<br>
「勝手なのはお前だろう!誰が下僕だ!家が近くて気弱だった僕を、勝手に自分の召使に仕立て上げたのは!<br>
何度も何度も言わせるな!もううんざりなんだよ。僕には、お前のそばにいたせいで少ないけどベジータ達、友達がいる。<br>
けど、お前は違うんじゃないか?<br>
俺は、もうお前のそばに居たくない。<br>
孤独の味をしっかりと噛み締めてみろ。」<br>
「いつまでも私に協力し続けてくれる、従順な下僕、それがあなたなのよ!<br>
なんなら、特別に私の恋人に格上げしてあげてもいいわ!」</p>
<p>「……確かに、一時期お前に恋心を抱いていたこともあったよ。<br>
けれど、今となっては昔の話だ。<br>
すぐそばでお前を眺め続けたら、百年の恋も冷めちまう。<br>
それにな、誰が召使の延長線上にある、恋人になんかなりたがる?<br>
もう一度だけ言うよ。<br>
もううんざりなんだ!下僕?召使?<br>
僕は人だ!それも男だ!<br>
お前は一人で永遠に、孤独を噛み締めながら!<br>
永久に手に入ることの無い『絆』に思いをめぐらし、それがどんなものか考え続けてろ!<br>
僕、いや、俺はもう、お前の元には戻らない。」<br>
「一つだけ訊くわ。なぜ、今それを言うの?」<br>
「もう、誰もお前に騙されないとわかったからさ。<br>
俺がお前を止める必要が無くなった。<br>
だからさ。<br>
これで、すべては終わりだ。<br>
二度と話しかけるな。反吐が出る。」<br>
「ま、まって!」<br>
振り返らずに、ジュンは去っていく。<br>
「何を、どこで、間違えたのかしら…?<br>
ひょっとして、最初から……?<br>
それはないわ。絶対にありえない…。<br>
……けれど、ジュンは惜しかったわね…。<br>
久しぶりに、涙がこぼれそうなのだわ……。」<br>
<br>
<br>
<br>
哀れでならない。</p>
<p> </p>
<p>そして、しばらくして。<br>
真紅は、外国へと留学していった。<br>
たまたまか、それとも今回のことのせいかはさっぱりわからない。<br>
けれど、わからないほうがいいんだろう。<br>
ジュン君やベジータ達は相変わらずいい友達だ。若干変わったことは、ジュン君がベジータに似てきたことぐらい。<br>
水銀燈も、すっかり僕達の中に溶け込んだ。めぐさんとも時々遊んだりする。<br>
翠星石と、めぐさんはものすごく気が合うようだ。似たもの同士なのだろう。<br>
二人して、僕や水銀燈をからかってくる。<br>
それでも、けして嫌がらせはしてこない。<br>
まあ、当たり前か。<br>
<br>
そして今。<br>
僕達は林間学校に来ている。<br>
もう夜中も近い。<br>
みんな、布団にもぐりこみ、コショコショ内緒話に忙しい。<br>
「ねぇ、こうして先生たちの目を盗んでこっそり喋ったり、遊ぶのって学生生活の醍醐味じゃない?<br>
高校を出たら、もう先生達はいないんだし。学年全体での泊り込みの合宿も無いよ。<br>
楽しいよね、こういうの。あと数回しかないなんて残念だよ。」<br>
「そうかもねぇ。大学生になったら、こんなわくわくもなくなるもの。やっぱり、先生の監視ってムードを盛り上げるわぁ。」<br>
「うるせぇですよ、二人とも。懐中電灯持ってきたんで、トランプでもやりませんか?」<br>
「いいわよぉ。」<br>
「…うん。そうだね!」<br>
「蒼星石、声がでかいですよ」<br>
時々、くだらない思いが起きる。<br>
そして、それはいつも不安へとつながる。<br>
いつまでこのままでいられるのだろうかという。<br>
それは、そのときが楽しければ楽しいほど湧き上がりやすい。</p>
<p>けれど。<br>
けれどだ。<br>
先のことしか考えられず、今をないがしろにするのは。<br>
今を捨てることだ。そしてそれは、生きていくうえで一番やってはいけないことだ。<br>
そうとも。<br>
思いっきり、今を楽しまなきゃ。<br>
大切な、『友人』達と。<br>
友情というのは、何物にも変えがたい。<br>
孤独を埋めてくれる、甘露の雨。<br>
思い出の中に燦然と輝く一粒の宝石。<br>
絶対に、捨ててはいけない。<br>
絶対に、裏切ってはいけない。<br>
そして、なによりも。<br>
決して、友達を。<br>
忘れてはならない。<br>
時という砂の中に。<br>
埋もれさせてはならない。</p>
<p> </p>
<p> </p>

復元してよろしいですか?