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~第二十八章~」を以下のとおり復元します。
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  ~第二十八章~<br>
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朝餉を終えて、旅支度を調える八犬士と、結菱老人。<br>
けれど、向かう先は違った。<br>
真紅たちは、鈴鹿御前の居城へ。そして、老人は自らの住処へと戻る。<br>

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穢れの者どもの本拠地に殴り込むに当たって、自分は足手まといになる。<br>

自分が居ることで、愛娘の雛苺や、その姉妹たちに余計な気苦労をかけてしまう。<br>

彼女たちの不利になる事は、是が非でも避けねばならなかった。<br>

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 葉(領主の命を受けて神社を発つ際、儂は、何としても雛苺を護ると誓った)<br>

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その誓いを果たすのは、今を置いて他にない。<br>
絶対に負けられない戦いに赴く娘たちへの協力を惜しんでは、名が廃る。<br>

今こそ個々の力を最大限に発揮できる環境を、用意してやらねばならないのだ。<br>

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荷物を背負い、結菱老人は少しも蹌踉めくことなく立ち上がった。<br>

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 葉「では、儂はそろそろ……。真紅どの。雛苺のこと、よろしく頼みますぞ」<br>

 紅「それは勿論。雛苺は、私たちの大切な姉妹ですもの」<br>

 銀「今更、頼まれるまでもないわよねぇ」<br>
 葉「ふ……そうであったな」<br>
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結菱老人は、涙ぐむ雛苺の頬を両手で挟み込み、ぴしゃりと軽く叩いた。<br>

そして、驚いて目を見開いた彼女に、ゆったりとした口調で言い聞かせた。<br>

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 葉「みんなに迷惑を掛けるでないぞ、雛苺。きっと、元気に帰ってきなさい」<br>

 雛「……はい、なの。ヒナは、きっと……お父さまの所へ帰るの」<br>

 葉「うむ! 良い子だ。苺大福を山ほど用意して、待っておるからな」 <br>

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束の間の別れでしかないのに、寂しさを堪えきれず、雛苺は涙を溢れさせた。<br>

眦から零れた滴が、彼女の頬と、結菱老人の掌を濡らす。<br>

そんな彼女に、老人は優しい言葉ではなく、語気鋭い叱責を与えた。<br>

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 葉「めそめそと、直ぐに泣くでない!」<br>
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ビクッ……と、雛苺が肩を震わせた。<br>
普段から、結菱老人には怒鳴られる事が少なかったのだろう。<br>

雛苺の表情は、畏怖と言うより、驚愕のそれに近かった。<br>

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 葉「よいか、雛苺。お前は、これから一生に二度と経験しないだろう激戦に<br>

   身を投じなければならん。<br>
   泣き喚こうが、穢れの者どもは手加減など、してくれないぞ。<br>

   涙を流す暇があったら、みんなを護るために戦うのだ。解ったか?」<br>

 雛「う、うぃ」<br>
 葉「よし。ならば、戦いが終わるまで、涙は封印すること。誓えるな?」<br>

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返事の変わりに、雛苺は袖で涙を拭い、健気に頷く。<br>
結菱老人は目元だけを緩ませて、彼女の頭を二、三度と撫でた。<br>

そして、無言のまま踵を返すと、ゆっくりと歩き始めた。<br>

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一歩ずつ遠ざかる老人の肩が、小刻みに震えていた。<br>
これが今生の別れという訳でもないのに、雛苺の胸に、離れがたい想いが募る。<br>

最後に一言だけ、なにか伝えよう。<br>
「さようなら」でも良い。「また、直ぐに会えるから」でも良い。<br>

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けれど、その想いに反して、雛苺の口から声が発せられることはなかった。<br>

なぜなら、雛苺は既に、誓いを破ってしまっていたのだから――<br>

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結菱老人が去り、八人の間に、じわじわと緊迫した空気が広がり始めていた。<br>

いよいよ、狼漸藩に――鈴鹿御前の居城へと攻め込む。<br>
たったの八人で、圧倒的な数を誇る穢れの軍団に戦いを挑むのだ。<br>

気持ちが高ぶって、並の精神状態では居られない。<br>
誰もが無言で、得物の手入れや、弾丸の製造、精霊駆使の特訓などをしていた。<br>

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一種異様な雰囲気に堪えかねてか、蒼星石は雪華綺晶に話しかけた。<br>

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 蒼「雪華綺晶……ちょっと、訊いてもいいかな?」<br>
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いつにも増して、真剣な面持ち。<br>
公私の区別に厳格で、過度の馴れ合いを好まない蒼星石の表情は普段でも硬い。<br>

その彼女が、今日は特に、険しい顔をしていた。<br>
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 雪「なんでしょうか?」<br>
 蒼「えっと……その」<br>
 翠「何を、口ごもってるです? ハッキリ言うですっ!」<br>

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直ぐに察しが付いたらしく、翠星石が、煮え切らない態度の蒼星石を叱咤する。<br>

双子の姉に後押しされて、蒼星石は頷くと、何度か深呼吸を繰り返した。<br>

気分が落ち着いたのを見計らって、胸に蟠る思いを口にする。<br>

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 蒼「めぐに連れ去られた、彼の事を……訊きたいんだ」<br>

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問いかける口調は穏やかに聞こえたものの、語尾が戦慄いていた。<br>

湯治場で気を失っている間に、奪い去られてしまったジュン。<br>

鉄砲で撃たれたと、水銀燈たちは教えてくれた。<br>
彼は、無事なのだろうか? それとも、もう――<br>
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 雪「桜田ジュン、の事ですか」<br>
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不吉な想像をしがちな蒼星石を前にして、雪華綺晶は少しの間、逡巡した。<br>

蒼星石がジュンに抱いている特別な気持ちは、なんとなく理解できる。<br>

きっと、二人は浅からぬ仲だったのだろう……と。<br>
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そんな彼女に、どこまで真実を伝えたら良いのだろう。<br>
彼――桜田ジュンは、巴の想い人として、鈴鹿御前の元に連れてこられたのだ。<br>

今頃は前世の記憶を取り戻し、木曽義仲として覚醒している筈だ。<br>

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 雪(まあ、いつまでも隠し仰せるものでもありませんわね)<br>

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敵地のド真ん中で、真相を知って茫然自失になられるよりは、<br>

準備期間である今の内に、本当の事を話しておく方が良いだろう。<br>

前もって覚悟をしておけば、土壇場になっても動揺は少なくて済むだろうし。<br>

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雪華綺晶は蒼星石の瞳を真っ直ぐに睨み付けて、言い聞かせた。<br>

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 雪「彼……桜田ジュンは、巴の哀願によって連れ去られたのですわ」<br>

 蒼「?! ちょっと待って! いま、巴……って言わなかった?」<br>

 雪「ええ、言いましたわ。貴女……彼女と手合わせしていましたっけね」<br>

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突如として聞き憶えのある名前が紡ぎ出されたことで、蒼星石は周章狼狽した。<br>

ジュンを巡って、命を奪い合う真剣勝負を繰り広げた巴。<br>

彼女が、穢れの者を使って、ジュンを連れ去ったなんて……。<br>

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 蒼「ど、どうして……巴が、関係してくるの?」<br>
 雪「何故なら、巴は御前様――鈴鹿御前と身体を共有する者だからですわ」<br>

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雪華綺晶の言葉に衝撃を受けたのは、蒼星石だけに留まらない。<br>

二人の決闘に立ち会った、真紅、水銀燈、薔薇水晶もまた、愕然としていた。<br>

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 紅「どういうこと? まさか……彼女が、鈴鹿御前だったと言うの?!」<br>

 銀「穢れた感じは、全く無かったわよ。高潔な印象は受けたけどぉ」<br>

 薔「……私も……感じなかった」<br>
 雪「当然でしょう。あの時は、巴の御魂が表に出ていたのですからね」<br>

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御魂という言葉の響きに、水銀燈がいち早く反応する。<br>
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 銀「ひょっとして、巴は……めぐと、同じなの?」<br>
 雪「あら? 少しは事情を知っているみたいですね」<br>
 翠「なんの話をしてるです?」<br>
 銀「掻い摘んで言うと、房姫の御魂が八つに分かれたみたいに、<br>

   鈴鹿御前の御魂もまた、幾つかに分かれたってコトよぉ」<br>

 紅「それが、巴、めぐ……と言うワケね」<br>
 蒼「キミは何故、その事を知っていたんだい、水銀燈?」<br>

 銀「実は、みんなの元を飛び出した後……めぐに会ったの。<br>

   彼女が鈴鹿御前の御魂を宿している事を、聞かされたわ」<br>

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言って、水銀燈は右肩に巻かれた草色の布に触れた。<br>
めぐの処置に加えて、金糸雀の治療も受けたため、順調に回復している。<br>

実際、もう布で固定する必要はないけれど、水銀燈は、そのままにしていた。<br>

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 蒼「……そんな事があったんだね」<br>
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敵との馴れ合いを責められるかと思いきや、蒼星石は悲しげに呟いただけだった。<br>

ジュンの安否を気にするあまり、他の事は二の次になっているようだ。<br>

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 雪「話が逸れてしまいましたわね。彼の、その後ですが――」<br>

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雪華綺晶が、再び沈黙を破る。再び、みんなも彼女の話に聞き入った。<br>

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 雪「私が出撃した時点では儀式の途中でしたが……今頃はもう、<br>

   前世の彼として、復活を果たしている筈ですわ」<br>
 雛「うゅ? 前世の彼?」<br>
 雪「桜田ジュンの前世は、征夷大将軍、木曽義仲ですわ。そして、巴は――」<br>

 金「巴御前なのね。それで思い出したかしら。<br>
   鈴鹿御前と言えば、初代征夷大将軍の坂上田村麻呂を助けたって伝承が、<br>

   残されているかしら」<br>
 雪「よく御存知ですね。鈴鹿御前は傾国の美女、妲己の生まれ変わりとも<br>

   絶賛されるほどの美貌を持った方ですわ」<br>
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雪華綺晶は幼い頃の記憶を辿った。鈴鹿御前は確かに美しく、優しかった。<br>

少しばかり美化されている部分もあろうが、<br>
それでも、強力に心を惹かれたのは、紛れもない事実だ。<br>

鈴鹿御前は、人心を惹き付けて止まない、妖艶な魅力を内包した女性だった。<br>

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 雪「鈴鹿御前は、自らの分身であり依代となってくれた巴への褒美として、<br>

   桜田ジュンを木曽義仲として復活させたのだと思いますわ」 <br>

 紅「つまり、元四天王の貴女にも鈴鹿御前の真意は計り知れないけれど、<br>

   彼が生きている事は、間違いない……と言うのね?」<br>

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雪華綺晶が力強く頷くのを見て、蒼星石は少しだけ救われた気持ちになった。<br>

ジュンが、生きている。それが解っただけでも、希望に胸が躍った。<br>

生きていれば、きっと、また会える。<br>
再び巡り会えれば、必ず彼の……ジュンだった記憶を、取り戻すことが出来る。<br>

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闇夜に一筋の光明を見出した蒼星石に、水銀燈は羨望の眼差しを向けた。<br>

彼女には、まだ救いがある。可能性が残されている。<br>
失った時間を取り戻せるかも知れない。<br>
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――じゃあ、私の場合は、どうだろう?<br>
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鈴鹿御前を斃し、蓄積されてきた怨念を滅すれば、めぐは帰って来るだろうか。<br>

また、以前と変わらずに、仲良く暮らしていけるのだろうか。<br>

そうであって欲しいと、切に願う。<br>
でなければ、不公平だ。<br>
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 雪「ちょっと、失礼しますわ」<br>
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徐に立ち上がり、外に出て行く雪華綺晶。<br>
みんなが黙々と戦いの準備を再開する中、水銀燈は彼女を追い掛けて外に出た。<br>

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雪華綺晶は、古刹から少し離れた木に背を預け、腕組みをしていた。<br>

水銀燈の接近を知ると、少しだけ顔を向けて、唇を吊り上げる。<br>

まるで、水銀燈が追ってくるのを待っていた様な素振り。<br>

気後れせずに歩み寄った水銀燈に、雪華綺晶は話しかけた。<br>

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 雪「めぐについて、私に、なにか訊きたいみたいですわね」<br>

 銀「……察しがいいのねぇ。ちょっと憎たらしいわぁ」<br>

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水銀燈も軽く微笑みかける。しかし、すぐに表情を引き結んだ。<br>

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 銀「めぐの、今後の予定とか解らなぁい?」<br>
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その一言で全てを把握したらしく、雪華綺晶は鼻で笑った。<br>

瞼を閉じて、ゆっくりと頚を左右に振る。<br>
そして、再び目を開き、水銀燈を真っ直ぐに見据えた。<br>
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 雪「貴女は、めぐと戦いたくないのですね」<br>
 銀「そりゃあ、ね。彼女の命を助けたくて、旅に出たんだもの。<br>

   その為に必要な事なら、なんだってするわぁ。<br>
   助けたいのに、殺し合うしか無いなんて、あんまりじゃなぁい?」<br>

 雪「解りますわ……私も同じ気持ちですもの。短い間でしたが、彼女は私の、<br>

   かけがえのない戦友よ。死なせたくはない」<br>
<br>
幼馴染みと――<br>
戦友と――<br>
結びついた縁の形は違えども、大切な存在であることに変わりはない。<br>

それが失われると想像しただけで、胸が締め付けられて、苦しくなった。<br>

ましてや自らの手で、それを壊さなければならないとしたら……。<br>

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どれだけ辛いだろう? どれほど悲しいだろう?<br>
その時、果たして正気を保っていられるだろうか?<br>
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水銀燈は、めぐの穏やかで心安らぐ笑顔を――<br>
雪華綺晶は、めぐの健気で、微かに哀愁の漂う微笑みを――<br>

それぞれに思い浮かべて、嘆息した。<br>
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 銀「お互い、あの娘とは戦場で出会いたくないわねぇ」<br>

 雪「ええ。避けて通るのは難しいでしょうけど、幸運に期待しましょう」<br>

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卑怯者の誹りを受けようとも、めぐの血で、自分達の手を汚したくはなかった。<br>

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暗い通路を進む、三つの影。<br>
並んで歩く、のりと、めぐ。二人に少し遅れて、笹塚が続いていた。<br>

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 め「巴……幸せそうだったわね」<br>
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先程の、ジュン――義仲と、巴の抱擁を思い出して、めぐは破顔した。<br>

蒼星石に敗れて、ジュンと別れなければならなかった巴。<br>

湯治場から走り去る彼女の慟哭を、めぐは聞いていた。<br>
他人事ながら胸が痛んで、ジュンに殺意を覚えたほどだ。<br>

だからこそ、巴の切望が叶った事が、とても嬉しかった。<br>

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 め「御前様は本当に、慈愛に満ちた、素晴らしい御方だわ」<br>

 の「うふふ……そうね。お姉ちゃんも、久々に涙ぐんじゃった」<br>

 め「穢れの者でも、人を想う気持ちは変わらないのね」<br>

 の「当然よ。但し、関係は似て非なるものだけど」<br>
 め「と、言うと?」<br>
 の「同じ想いでも、生者の場合は『愛』で、私たちは『哀』だと言う事よ」<br>

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人差し指で宙に字を書きながら、のりが説明する。<br>
彼女の言葉の意味が、めぐには解った。<br>
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 め「なるほどね。愛は命を産み、育むけれど……」<br>
 の「哀は、負の感情しか生み出さない。でも、それが私たちの糧になるわ」<br>

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生ける者は新たな命を産み落とし、穢れの者に対抗する。<br>

そして穢れの者は、生ける者の想いを惑わし、新たな糧を得る。<br>

命の連鎖とは、運命と言う名の天秤を、釣り合わせるだけのものなのだろうか。<br>

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少しだけ気が重くなった二人の背後で、笹塚はいきなり踵を返した。<br>

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 め「? 何処へ行くの、笹塚?」<br>
 笹「いやぁ、ちょっと祭壇に重要な物を、置き忘れちゃってさぁ」<br>

 の「野暮な男ね! いま行ったら、巴とジュンくんの邪魔になるでしょ」<br>

 笹「けど、僕も御前様のご指示で動いているからね。巴も納得してくれるさ。<br>

   なぁに、手間は取らないよ」<br>
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不平を並べ立てる彼女たちに言い捨てて、笹塚はそそくさと引き返した。<br>

充分に離れたところで、くくっ……と嘲笑を浮かべる。<br>
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 笹「暢気なもんだよね、まったくさぁ」<br>
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あの二人は、ちっとも気付いていない。<br>
本当の儀式は、まだ終わっていないって事に。<br>
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儀式の間に近付くにつれて、密やかな声が聞こえてくる。<br>

啜り泣きと、嬌声――<br>
巴と義仲は、分かたれていた時間と孤独を埋めようとするかのごとく、<br>

肌を重ね、ひとつに解け合っていた。<br>
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全ての役者は、筋書き通りに劇を演じてくれている。<br>
ほくそ笑む笹塚の脳裏に、声が届いた。<br>
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――巴の純潔……破瓜の血は取り込んだ。……が、まだ足りぬ。<br>

  より多くの負の感情を捧げよ。憎悪、悲嘆、哀惜……あらゆるモノを。<br>

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笹塚は「御意」と会釈して、その場を後にした。<br>
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<br>
 =第二十九章へと向かう=  =第二十七章に引き返す=<br>

<br>
 =トップページに帰る=<br></p>

復元してよろしいですか?