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~第三十一章~」を以下のとおり復元します。
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  ~第三十一章~<br>
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一瞬。ほんの一瞬だけ、雷光が夜空と大地を照らし出す。<br>

その後を追いかけて、轟音が空気を震わせた。<br>
木々の枝葉に溜まっていた滴が、一斉に流れ落ちて、泥濘の上で砕けた。<br>

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その中を、泥水を跳ね上げ、疾走する四騎の影。<br>
もうすぐ狼漸藩との國境。<br>
この先に、兵が常駐する詰所が必ず在る。<br>
耳を澄ませ、敵の気配を探ってみたものの、激しく笠を叩く大粒の雨に邪魔<br>

されて探知できなかった。<br>
気を辿ろうにも、忘れた頃に轟く雷鳴に阻害され、気の集中が巧くいかない。<br>

頼れるのは、自分たちの視力と、培ってきた経験のみ。<br>
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突然、目も眩むほどの稲妻が空を切って、周囲を真昼のように明るくした。<br>

目と鼻の先に浮かび上がる、國境の高い柵。<br>
詰所の前では、何本もの槍の穂先が、冷たい輝きを放っていた。<br>

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接近する蹄の音を聞きつけた穢れの者どもが、長槍を構えて向かってくる。<br>

その背後では、数体の弓足軽が、弦に矢を番えようとしていた。<br>

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 銀「ここは、私の出番ね」<br>
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水銀燈は背負った太刀の縛めを解いて、片手で軽々と構えた。<br>

幅広で肉厚な太刀の身が、ぱちぱちと黒い火花を散らしている。<br>

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 銀「冥鳴っ!」<br>
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夜闇よりもなお暗い球体が、切っ先から放たれる。<br>
冥鳴は、向かってくる長槍の足軽たちを呑み込み、全ての弓足軽を押し潰した。<br>

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ざわざわざわ――<br>
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その一撃が穢れの者どもを目覚めさせたらしく、詰所は勿論、森の中からも、<br>

刀を手にした骸骨の足軽が沸き出してきた。<br>
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 銀「あ、あらぁ? まさか、余計なコトしちゃったぁ?」<br>

 紅「ここは穢れの者が支配する土地よ。遅かれ早かれ、こんな状況になるわ」<br>

 蒼「そう言うこと。気にすることないよ、水銀燈」<br>
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蒼星石が愛剣『月華豹神』を引き抜き、煉飛火を起動した。<br>

炎を纏った刀身に落ちた雨粒が、小気味良い音を立てて、一瞬で蒸発する。<br>

真紅は馬の背から飛び降りて、神剣を構えた。<br>
泥が跳ねて緋袴が汚れたが、瑣末なことを気にする余裕など無い。<br>

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怒濤の如く押し寄せる敵を、蹴って殴って、斬り伏せる。<br>

真紅と翠星石は、一匹ずつ確実に。<br>
薔薇水晶は二本の小太刀を変幻自在に操り、二匹ずつ屠っていく。<br>

水銀燈と雪華綺晶は長い得物の一振りで、数匹を薙ぎ祓う。<br>

蒼星石に斬られた穢れは、消滅するまで篝火と化した。<br>
金糸雀は氷鹿蹟を起動できないものの、短筒の精密射撃で、みんなを支援する。<br>

そして、最後の仕上げとばかりに、雛苺が縁辺流を起動した。<br>

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周囲一帯が白日の輝きに呑み込まれて、全ての穢れは討ち果たされた。<br>

しかし、いつまた増援が来るか解らない。<br>
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 紅「さあ、今の内に急ぎましょう。敵が防備を固める前に」<br>

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言って、真紅は蒼星石の手を借りると、馬の背に飛び乗った。<br>

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雨が止んで、風が収まった頃――<br>
雪華綺晶に案内された一行は、鈴鹿御前の居城を望む丘に立っていた。<br>

ここに至るまで、可能な限り戦闘を回避してきたお陰で、負傷や疲労は少ない。<br>

水を吸って重くなった蓑と、笠を脱ぎ捨て、身軽になる。<br>

しかし、この場の空気が足取りを重くさせた。<br>
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鈴鹿御前の居城までは、盆地を通過しなければならない。<br>

けれど、その盆地には、風が止んだことで発生した霧が深く立ちこめていた。<br>

足下も満足に見えない中で、馬を走らせる事は出来ない。<br>

真紅たちは、やむなく馬を降りた。ここからは徒歩になる。<br>

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 紅「あの霧を抜けるのは、容易じゃないわね」<br>
 金「敵を見付けにくいし、下手をすれば同士討ちしかねないかしら」<br>

 蒼「濃霧の中で、雛苺の精霊が効果を発揮できるかどうかも疑問だね」<br>

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浄化の光も、届かなければ意味がない。<br>
細かい水の粒子の中では、清らかな光芒も忽ち、散乱してしまうだろう。<br>

それに、下手に霧の中へ踏み込めば、道に迷って離ればなれになる危険がある。<br>

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 紅「雪華綺晶。どこかに、城への抜け道は無いの?」<br>
 雪「在るのでしたら、最初から、そちらへ案内していますわ」<br>

 銀「そうよねぇ。となると、どうしたものか」<br>
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濃霧に冥鳴を撃ち込んでも、全てを吹き飛ばすことは不可能だろう。<br>

と言って、霧が晴れるまで待ち続ける訳にもいかない。<br>
やはり、危険を承知で、濃霧を突っ切っていくしか――<br>
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その決断を真紅が下そうとした寸前、霧の中から無数の矢が放たれた。<br>

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真紅と薔薇水晶が精霊を起動して、直撃軌道の矢を得物で叩き落とす。<br>

水銀燈は禄に狙いも付けず、濃霧に向けて冥鳴を撃ち込んだ。<br>

バキバキと骨や鎧が砕ける音が、霧の中で湧き上がる。<br>
しかし、この一撃で弓足軽を全滅したなんて楽観はしなかった。<br>

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水銀燈が冥鳴を格納した直後、立て続けに雪華綺晶が獄狗を解き放った。<br>

獄狗の咆哮と、骨を噛み砕く耳障りな音が響きわたる。<br>
霧を突き抜けて、弓足軽が一匹、上空高くに放り投げられた。<br>

金糸雀は懐から短筒を素早く抜いて、一発で頭蓋骨を撃ち砕いてみせた。<br>

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 翠「ちぇっ。今のは、私が仕留めようと思ってたですぅ」<br>

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クナイの切っ先を指で弄びながら、翠星石が不満を漏らす。<br>

が、直後に鳴り響いた法螺貝の音と鬨の声に、やおら表情を強張らせた。<br>

金糸雀が行李から双眼鏡を取り出して、城の様子を窺う。<br>

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 金「うっわぁ……拙いかしら」<br>
 翠「なにが、拙いです?」<br>
 金「城門が開いて、騎馬軍団が出てきたかしら」<br>
 翠「騎馬ですか……そりゃ厄介ですね」<br>
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戦力差は歴然。いつまでも持久戦を続けられる筈がない。<br>

霧の中には、無数の敵が犇めいていることだろう。<br>
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待っていては、包囲されて潰される。<br>
濃霧の中に攻め込んでも、数で圧されてしまうだろう。<br>
どっちにしろ、死が待っているだけだ。<br>
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――では、どうすれば良い? 何が最善?<br>
翠星石は考えた。<br>
おそらく、今までの人生で最も、知恵を振り絞っただろう。<br>

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ふと、閃く。天啓というヤツか。<br>
しかし、その発想は突拍子もなく、実現できるか解らなかった。<br>

試したことがないし、そもそも今まで、思い付きさえしなかった事だ。<br>

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 翠「それでも……やってみるしかねぇです」<br>
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この非常時に、ぶっつけ本番など以ての外だが、殺されては元も子もない。<br>

だったら、ダメで元々、やってみるだけだ。<br>
翠星石は睡鳥夢を収納した玉鋼の板を両手で握って、瞑想に入った。<br>

穢れの者どもが発する鬨の声は、刻一刻と近付いてくるが、気にしない。<br>

みんなが護ってくれることを信じて、ただひたすらに精神を集中していく。<br>

流れ矢に当たったら、所詮、それまでの寿命だったと言うことだ。<br>

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頭の中に、ひとつの光景を思い浮かべる。<br>
どこまでも、どこまでも、果てしなく伸びていく睡鳥夢の姿を。<br>

先端が霞んで見えなくなるくらい、遙か高く……遙か遠くへ――<br>

すこやかに……。<br>
のびやかに……。<br>
いつしか、睡鳥夢は天高く聳え、ありとあらゆる方角に枝を伸ばし、<br>

世界を覆い尽くすまでに成長していた。<br>
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――世界樹。<br>
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その一言が脳裏をよぎった瞬間、翠星石は目を見開き、精霊を起動した。<br>

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 翠「睡鳥夢ぅっ!!」<br>
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突如、彼女たちの周囲で大地が躍動を始めた。<br>
地中から何本もの太い樹木が飛び出し、城の方角へ、ぐんぐん伸びてゆく。<br>

突進してきた骸骨騎馬の一団は、巻き添えを食って弾き飛ばされ、砕け散った。<br>

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 紅「な、なんなの、これは?!」<br>
 銀「知るワケないでしょっ! 私に訊かないでよっ!」<br>

 蒼「姉さんっ! 一体、何を――」<br>
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敵も味方も、訳が分からず右往左往する中、睡鳥夢は成長を続ける。<br>

ついには城門に達して、成長の勢いそのままに、分厚い門扉をブチ破った。<br>

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 翠「……巧く……いったです」<br>
 金「これは……想定外だったかしら」<br>
 雛「凄ぉいっ! 翠ちゃん、凄いのっ!」<br>
 翠「ま、まぁ、私にかかれば、この程度は余裕ってヤツですぅ」<br>

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余裕という割には、憔悴の色を露わにする翠星石。<br>
しかし、彼女は気丈に笑って、他の娘たちを促した。<br>
睡鳥夢の上を、率先して歩いていく。<br>
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 翠「折角、橋を架けたですから、早く渡っちまえです」<br>

 紅「そうね。蒼星石と薔薇水晶が先導してちょうだい」<br>

 蒼「解ってる。行くよ、薔薇しぃ」 <br>
 薔「……良いよ。いつでも」<br>
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翠星石の脇を擦り抜け、蒼星石と薔薇水晶が、睡鳥夢の架け橋を渡っていく。<br>

その後を、金糸雀と雛苺、雪華綺晶が続いた。<br>
何本もの幹が絡み付いたものなので、足場は良くない。むしろ、悪すぎる。<br>

悪戦苦闘しながら渡っていく二人の背中を心配そうに見送りつつ、<br>

雪華綺晶は、翠星石に獄狗を託した。<br>
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 雪「翠星石さんは、獄狗と共に、ヒナさんとカナさんを守って下さい」<br>

 翠「それは構わねぇですけど、きらきーは、どうするです?」<br>

 雪「私は、真紅や水銀燈と、殿(しんがり)を務めますわ」<br>

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翠星石を見詰める雪華綺晶の瞳には、全てを見抜いている風な光が宿っていた。<br>

貴女が疲労困憊していることは、お見通しですよ……と、言わんばかりに。<br>

バレているなら、強情を張って断るのも馬鹿馬鹿しい。<br>
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 翠「しゃ~ねぇです。そこまで言うなら、頼まれてやってもいいです」<br>

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翠星石は獄狗の背中に飛び乗り、金糸雀と雛苺の後を追い掛けた。<br>

こういう悪路なら、四つ足の方が走破性に優れている。<br>
現に、翠星石を乗せた獄狗は、直ぐに追い付いてしまった。<br>

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まだ幾らも進んでいないのに、二人はもう息を切らしている。<br>

そもそも、金糸雀と雛苺は実戦向きの体躯や、筋力を持ち合わせていない。<br>

高所と言うことで、足が竦んでいるのも理由のひとつだろう。<br>

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 翠「金糸雀! 雛苺! お前たちは獄狗に乗って行けです」<br>

 金「はぁはぁはぁ……で、でも……翠ちゃん、は……?」<br>

 翠「私は忍びの修行も積んできたですよ。<br>
   お前たちみてぇなひ弱な連中とは、根本的に違うですぅ」<br>

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台詞がいちいち癇に障るが、自分達を気遣っての事だと金糸雀は理解していた。<br>

変に意地を張れば、余計、みんなに迷惑をかけてしまう。<br>

金糸雀は「お言葉に甘えるかしら」と応じて、雛苺と共に獄狗の背に跨った。<br>

後ろを振り返れば、真紅たちも、直ぐそこまで辿り着いていた。<br>

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 紅「貴女たち、まだ、こんな所に居たの?」<br>
 銀「蒼ちゃんと薔薇しぃが孤立するでしょぉ! 早く行きなさぁい」<br>

 紅「殿は、私と水銀燈で何とかするから、雪華綺晶も行ってちょうだい」<br>

 雪「承知しましたわ。皆さん、急ぎましょう」<br>
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雪華綺晶は獄狗に指示を出すと、翠星石と並んで走り出した。<br>

まだ、半分も渡っていない。<br>
後方を見遣ると、穢れの足軽どもが、睡鳥夢の根元から続々と登り始めていた。<br>

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 紅「拙いのだわ。私たちも行くわよ、水銀燈」<br>
 銀「その前に……っと」<br>
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至近まで迫っていた数匹の足軽を、水銀燈の太刀が薙ぎ祓う。<br>

両断された残骸が、眼下に広がる濃霧の海に沈んでいった。<br>

直後、濃霧の中から、矢と銃弾が飛んできた。<br>
偶然を伴った一発の銃弾が頬を掠めた事に驚いて、真紅はつい後ずさり、<br>

足を滑らせてしまった。<br>
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 紅「あっ……」<br>
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呟いた時には、身体がふわりと浮いていた。<br>
どれだけ高いかは分からないが、下に落ちれば、全身打撲で死ねるだろう。<br>

仮に生きていても、穢れの者どもが嬲り殺してくれる筈だ。<br>

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 紅(どっちみち、ロクな死に方じゃないわね)<br>
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しかし、真紅は地面まで落下しなかった。<br>
彼女が……水銀燈が腹這いになって、しっかりと腕を掴んでくれていたから。<br>

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 銀「なぁに勝手に諦めてるのよぅ。バっカじゃないのぉ?」<br>

 紅「あ、ありが……と」<br>
 銀「惚けてないで、さっさと上がって来て。さもないと本当に手ぇ放すわよ」<br>

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ごめんなさい、と謝って、真紅は睡鳥夢の上によじ登った。<br>

際どいところだったが、まずは助かって、ホッと一息。<br>
だが、悠長に構えてもいられない。敵は畏れを知らずに、群がってくる。<br>

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 銀「早く立って、真紅。腰が抜けたとか、言わないわよねぇ?」<br>

 紅「バカ言わないで。これしきのこと、慣れたものよ」<br>

 銀「それなら心配いらないわねぇ。お先にぃ」<br>
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水銀燈は、ひらひらと手を振って、城に向かって走り出した。<br>

何度も助ける気は無いらしい。<br>
勢いよく飛び起きて、真紅は仲間達の元へと向かい始めた。<br>

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時々、思い出したように振り返る。<br>
穢れの足軽どもは、執念深く追い掛けてきた。<br>
草臥れた陣笠や、どす黒い旗指物を背負った足軽が、遙か後方から陸続と<br>

並んでいる様子は、真紅を質の悪い仮装行列を眺めている気分にさせた。<br>

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 銀「大人気じゃないの真紅ぅ。有名人は辛いわねぇ」<br>
 紅「貴女も、その一人よ。他人事みたいに言わないで」<br>

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真顔で語る真紅に「まぁねぇ」と笑い掛けて、水銀燈は穢れの列に精霊を<br>

撃ち込んだ。<br>
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最前線では、蒼星石、薔薇水晶、雪華綺晶の三人が、進路を切り開いている。<br>

対岸から上ってきた穢れの者どもを斬り伏せ、残骸は脇へと蹴り落とす。<br>

蒼星石は破壊された城門を潜り、城内の土を踏んだ。<br>
城の中にも、濃い霧が流れ込んでいて、とても視界が悪かった。<br>

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城内に怒号が轟き、三方向から得物を振り翳した足軽の群が、<br>

大挙して押し寄せてくる。<br>
櫓の上からは、弓足軽と鉄砲足軽が、得物を構えて狙いを定めていた。<br>

金糸雀の短筒が火を噴き、櫓上の敵を撃ち落とすが、如何せん数が多すぎる。<br>

どこかの櫓から放たれた銃弾が、雪華綺晶の兜を弾き飛ばした。<br>

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 蒼「雪華綺晶!?」<br>
 雪「だ、大丈夫……ちょっとクラクラしますけど」<br>
 金「真紅たち、まだ来ないわ。んもぅ! 何してるのかしらっ」<br>

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――このままでは、数の勢いに圧倒される。<br>
誰もが焦燥感を覚えたその時、漆黒の固まりが夜闇を裂いて飛び越し、<br>

櫓のひとつを直撃した。衝撃で、弓足軽や鉄砲足軽が宙に投げ出される。<br>

櫓の上半分が傾き、押し寄せていた足軽の一団が、倒壊に巻き込まれた。<br>

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 銀「お待たせぇ。真紅が途中でコケたから、遅くなっちゃったわぁ」<br>

 翠「遅ぇですよ! まあ、とにかく一旦、睡鳥夢を格納するです」<br>

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真紅と水銀燈が睡鳥夢から降りたのを確かめて、翠星石は精霊を格納した。<br>

夜空に架かっていた睡鳥夢の橋が、忽ち掻き消える。<br>
渡っている途中だった穢れの者どもは、為す術もなく濃霧の海に墜ちていった。<br>

再度、精霊を起動した翠星石は、他の娘たちに向けて叫んだ。<br>

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 翠「ここは任せるですっ! 真紅たちは、先に行きやがれですぅっ!」<br>

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 =<a href=
"http://www9.atwiki.jp/rozenmaidenhumanss/pages/855.html">第三十二章へと向かう</a>=  =<a href="http://www9.atwiki.jp/rozenmaidenhumanss/pages/788.html">第三十章に引き返す</a>=<br>

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