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『危険!落ちたら死ぬ!』 - (2006/09/06 (水) 14:44:33) の編集履歴(バックアップ)


「ふぅ~、すっきりしたですぅ」
「いい湯だったわね」
 温泉からあがり、休憩スペースで一休みする。
 夏真っ盛りという事もあり、冷房は効いていたものの、火照った体には丁度良い。
 こうリラックスできるときにはやっぱり……。

「翠星石、紅茶をお願い」
「了解ですよ」
 翠星石は手にしていた魔法瓶から紅茶をふたに注ぐ。
 ホットの状態で入れているので、薄く湯気が上がる。

「やっぱりお風呂上りの紅茶はいいわね」
 紅茶を口にして一息つく。どこか心が和み、落ち着く。
 至福の時とはこのような状況をいうのかも知れない。
「その辺、翠星石にはよく分からねえです。熱い湯に入った後なのに、なんで熱い紅
茶が欲しくなるですか、真紅」
「心を休ませたい時には紅茶に限るのよ。それも冷たいものではなく、美味しさが最
高に引き立たせる温度で入れた紅茶でないとだめよ。暑いから冷たいものを飲むなん
ていう常識は必ずしも正しいものではないわ」
「そんなものですか?」
 翠星石はあまりこの贅沢を理解できない様子で、冷えたスポーツドリンクを一気に
飲み干す。
 紅茶を飲み終えると、私は立ち上がった。
「そろそろ行くとしましょう」
「そうですね」
 翠星石も私の後に付いて、温泉施設を後にする。

 外に出ると、真夏の熱気が容赦なく襲い掛かった。
 日差しはまぶしく、夏特有の蒸しっぽさも少しはある。
 しかし、今いる場所は山奥という事もあり、都会とは違って吹き込む風は多少爽や
かように感じる。
 周囲の山々の緑がまぶしく見える。

 岐阜県本巣市は根尾にて。
 長期休暇を利用して、どこか遠出しようと翠星石と車で出かけたのだった。
 近辺の都会や山々に行くのも何なのでと最初は名古屋に遊びに行ったのだった。
 しかし、都会は蒸し暑くて、折角の休みに行く場所でもないと思い、それなら山奥
に行こうと、行き先も決めず車を走らせていたのだった。
 行った道を引き返すことはせず、ひたすら進むという形で。
 
 ただ、車のエアコンに掛かり放しなのも体に毒だと思い、窓を全開にしていたのだ
が、やはりそこから吹き込む熱気のために体はすっかり汗ばんで多少不快になってい
たのだった。
 だったら温泉に行こうと適当に地図を眺めていたら、この場所が目に止まって行っ
たわけなのだった。
 この近辺には淡墨桜という名所もあったが、生憎今は夏だった。
 春にも来てみたいと思いながら、車に乗り込み地図を開ける。

「次はどこに行く?」
「山は十分堪能したです。できれば海に行きたいです」
「海ねぇ……としたら三重あたりかしらね。でも、同じ道を引き返すというのもどう
かと思うわ」
「そうでもねえですよ。ほら、さっきここに来る時に使った国道ですけど、北の方に
向かっているです」
 翠星石はそう言って地図にある、国道を示す赤い線を指差した。
 岐阜から現在いる根尾に向かって国道157号線を走って来た訳なのだが、確かに
彼女の言うとおり、そのまま北へと向かい、福井県へと伸びていた。
「このまま大野まで出たら、後は道なりに進んで海にいけるですよ。東尋坊あたりな
んかどうですか」
「いいわね。それでいくわ」
 私は地図を閉じると、車のエンジンを掛けゆっくりと進ませた。

 もっとも、その地図に『大型車通行不能』という注意書きがあったのが何となく気
にはなったのではあるが。


 国道まで出ると、そのまま標識に従って北の方向へと走らせる。
 大野まで65キロ。距離はかなりある。
 この近辺までは2車線の快適な道路が続いていたのだが、突如1車線の狭い道にな
り、集落の中を通る形になっていた。
 さらには急なヘアピンカーブが出てきたり、大型車通行不能とでかでかと記された
看板がやたらと目に付くようになる。

「これ国道なのかしら。もっと広い道を想像していたのだけど」
 私は思っていた疑問を口にしながらハンドルを道の進行方向に従い動かす。
「まあ、ど田舎の国道だったらある話です。砂利道になっていたり、すれ違いができ
ねえほど極端に細くなるとは思えねえですから、大丈夫ですよ、多分」
 翠星石は特に驚くこともなく、窓の外の景色を眺めていた。

 さらには『大型車最終転回場』なんて看板まで出てきて、少し行くと通行止め用の
ゲートと大型車通行不能を示す大きな看板がまた現れる。
 しかし、その下にふと気になる看板が一つあるのに気付いた。

 『危険!落ちたら死ぬ!』


 その問題の看板のあたりで、前から車が1台来たので車を止め、やりすごす。
「何なのかしら。今更こんなことを言っても仕方がないと思うのだわ」
「意味ねえです。常識ですよ。税金の無駄遣いもはなはだしいです」
 私と翠星石はその看板の文言に首をひねっていた。
 まあ、そんなことぐらい承知なのだわと、私は対向車がないのを確認して車を進ま
せた。

 少し行くと突如、道は急激に細くなった。
 乗っている車はニッサンのステージア。
 正直、車の幅いっぱいしかない。
 ガードレールはあるものの……と右手の川の方を見ると!

「何、これ?」
 私は唖然とした。
 ガードレールはなく、代わりにポールが等間隔に立っていて、それらにトラ縞のロ
ープが張られているだけだった。しかも、所々だらしなく垂れていて、場所によって
はロープが地面に着いていたりしていた。
 対照的に道はうねうねと曲がりながら、標高を上げていく。
 川との高低差は広がるばかりだった。

「こんなところで対向車でも来られたら、自信がないわ」
「まったくです……って!?」
 翠星石は顔を強張らせて前を指差して叫んだ。

 前方から1台の……ダンプカーが砂煙を巻き上げてこちらに向かって走ってくるの
が見えた。
 見渡す限りすれ違える広い所は見当たらない。車1台がやっとの幅の道が伸びてい
るだけであった。
 しかも、左手は崖。右手に至っては急斜面の崖が遥か下方にある川まで続いている。

「これ、どうすれ違えというの!?」
 私は半ばパニックになっていた。
 そうこうしている間にもダンプカーとの距離は縮まってきている。
「と、とにかく、広い所を探すです!ダメだったらバックするです!」
 翠星石も前のほうを見ながら懸命にすれ違える場所を探す。
 ちょっと、こんな道をバックしろというの!?
 到底無理な話よ!下手したら崖下に転落するわ!

 その時、先ほどの看板の文言が思い起こされる。
 『危険!落ちたら死ぬ!』
 すれ違いに失敗してハンドル操作を誤ったら、そのまま崖下に転落するのは確実……
 そういう意味だったのね……って、感心している場合じゃない!
 車の速度を急激に落として、私はなんとかしてすれ違いをするための場所を探すので
精一杯だった。

        -to be continiued-