「ジュン、紅茶を買ってきて頂戴」
いつもと同じすまし顔の真紅にいつもと同じ事を言われた僕は、いつもと同じように
「はいはい」
と言ってから席を立った。
周囲ではいつもと同じようにクラスメイトが残り僅かになった昼休みを満喫している。
そんな連中に適当にからかわれつつも、僕は我侭な彼女の言いつけ通りに紅茶を買いに教室を後にした。
そしていつもと同じように、急ぐでもなく、ゆっくりするでもなく、僕は歩く。
程なくして、いつもと同じ自販機に辿り着いた訳だけれど……そこで、問題が起こった。
紅茶が無い。例えば売り切れてた――とかなら、まだマシだった。
有ったのだ。
しかも2つ。
『つめたい』と『あたたか~い』の2つが。
時期は6月。
別に、そう珍しい事ではない。
きっと来週には『つめたい』で統一されるんだろうな、と季節感すら感じる。
でも僕にとって、『つめたい』紅茶を買うのか『あたたか~い』紅茶を買うのかは、重大な選択肢でもあった。
「季節を考えると冷たい方かな」
一人で呟いてから、財布からお金を取り出して自販機に入れようとする。
だけれど、僕はその時、唐突に思い出した。
「でも……そう言えば真紅のやつ、真夏でも家では熱い紅茶を飲んでたっけ」
だったら『あたたか~い』方が良いかな。
僕はそう思いなおして、温かい紅茶を買おうと自販機にお金を入れる。
そして、ボタンを押そうとしたとき、さらにもう一つ思い出した。
「いや、でも……真夏に熱い紅茶、って言っても家の中はクーラーで涼しいかったしな」
それから僕は顔を上げて、空で輝く太陽へと視線を向けた。
時刻は1時頃というのもあって、けっこう日差しが温かい。
梅雨時期にしては湿度は少ないように感じるけれど、それでも春先と比べると快適とは言えない。
夏になりきる前の、ほんの少しの猶予期間。
この自動販売機みたいに『つめたい』と『あたたか~い』の区別があいまいな時期。
僕だったら、きっと迷わず冷たい飲み物を選ぶだろう。
だけれど、これを飲むのは、僕じゃなくて真紅。
ほんの少しだけ考えてから僕は、とりあえず『つめたい』と『あたたか~い』の両方を買う事にした。
彼女が選ばなかった方を僕が飲んだら良いか、位の軽い気持ちで。
それから教室に戻って、いつもと同じように僕の帰りを待っている真紅の所へと足を進めた。
「ほら、買ってきてやったぞ。
アイスとホットがあるけど、どっちにするんだ」
そう言い、机の上に2つの缶を置く。
すると彼女は、少しだけ目を丸くしてから、僕へと向き直って微笑みながら答えた。
「どちらでも構わないわ」
その言葉を聞いて僕は、何だか少しの時間とは言え真面目に悩んだ事が馬鹿らしく思えてきた。
「なんだよ、それ」
そんな愚痴みたいな言葉が口から漏れそうになる。
けれどその前に、真紅が楽しそうに目を細めながら口を開いた。
「だって貴方の事だから、どちらにしたら私が喜ぶか悩んで、
結局どちらが良いのか分からなくて、それで両方買ってきたのでしょう?」
まるで僕の事なんてお見通しといった表情で、真紅は言う。
そして一拍置いてから、青い瞳を僕に向けながら、彼女は呟いた。
「貴方が買ってきてくれた紅茶ですもの。私はどちらでも構わないわ」
少しだけ僕は、真紅に見つめられてるような気がして、何だか恥ずかしくなってしまった。
「なんだよ、それ」
今度はしっかり、そう言葉にする。
それから温かい紅茶……ちょっと時間をおいてしまったのでぬるくなった紅茶に手を伸ばし、フタを開ける。
いつもと同じ紅茶は、ぬるくなっていたせいか、いつもより少し砂糖が多いような気がした。
真紅「誰もいないわね…」 真紅「くんくん!あなたのことが好きよ!付き合って!」 真紅「え!?いいの!いやっほ…」 ジュン「……」 真紅「絆ックル!!!!」
ジュン「なんで…へぶぅ!!」 【いやっっ】【ほうっっ】