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【MADE'N MOOR - 月夜にお別れ】
そして、ここには二人の少女がいて、庭の手入れをしているらしい。一人はシンプルな翠のドレスの少女で、如雨露を手にしている。もう一人はシルクハットに蒼い半ズボンで、大きな鋏を携えている。
二人は互いによく似ていて、人間離れした感じがする。翠の少女は右目が赤、左目が緑のオッドアイ。蒼の少女はその逆。それが、人間離れした感じに拍車をかけている。
「翠星石、これはどうしようか」
「ん~……これはもういらんです。 見込みなんてまるでねぇです」
「そう」
ちょきん
おはようございます。朝の臨時ニュースです。
先ほど、××××市××××駅で鉄道自殺がありました。この影響でダイヤが大幅に乱れており、ラッシュアワーであることも手伝って××××市内の交通は……
次の晩。
「うっ……ちょっと! 蒼星石! これ!」
「え? ……うわ」
「まったく、できの悪い妹でマジ困るですぅ。すっかり虫にやられて台無しですぅ」
「ごめん」
「あぁ、もう! なんでもっと早く気付かねぇですか! 広がったら大変ですぅ!」
ちょきんちょきんちょきんちょきん
「念のために焼いておこうか」
次の晩。
「翠星石! 翠星石!」
「うるせーですねぇ。なん……大変! 水! 水!」
……
「持ち直すかな……気をつけてね」
「油断しちまったです。ここのところ死ぬほど元気にピンピンしてやがったくせに……」
続いて、明るい話題です。
昨晩急に倒れた人形職人、サー・××××の容態ですが、入院先の××××病院から、回復に向かっているとの公式発表がありました。
氏は××××年、伝統技術の復興とその大胆な現代的解釈による多数の創作により叙勲を……
次の晩。
「う~ん……どうするですかねぇ。これ……蒼星石、どう思うです?」
「もう難しいんじゃないかな……翠星石が決めてよ。どうなるかしばらく見てみたい、って言ったの翠星石だし」
「……ぶった切っちまうです。まとめて。この変種は失敗だったです」
「わかった」
ばっちん
次の晩。
……
「翠星石……あんまりえこひいきはよくないよ?」
「わ……わかってるですそんなことくらい! でも……」
「まぁ、ほどほどにね」
次の晩。
「ちょっと! そこの!」
何日目かで、初めて声をかけられた。
「まったく、人が忙しいってぇのに、毎日毎日のんびり散歩なんかしくさりやがってうざったいったらありゃしないですぅ! どうせだったら手伝いくらいしてみやがれです! そこのしおれてるの、まとめて引っこ抜きやがれです!」
もう枯れかかっている花が足元に何本もある。少女の剣幕に押されて手をかけた。
次の晩、やはり夢を見た。いつもの満月、いつもの庭園。だが、池のほとりだった。花と少女以外のものの近くに出たのは初めてだ。
昨日のことを思い出した。
……自分の花がどこにあるかはわかっている。なんとなくわかるのだ。庭園を歩き回っている時、こちらだ、という妙な確信のある方向に行くと、決まって同じ場所に出て、同じ花に行き当たる。枯れているというほどではないが、新しい蕾も芽もついておらず、元気がない。先が長くないのは、夢の中でも現実でも、見当はついている。
どうせ夢の中だから、と思って、強く念じながらポケットを探ると、案の定コップが出てきた。
水を汲んで、急いだ。
周りの花から、適当にぶちぶち花や葉をむしって、自分の花に貼り付けて、コップの水をぶちまける。
手を離すと、貼り付けたものは落ちてしまった。
急に、硬いもので殴られて突き飛ばされた。
「まったく、なにしてやがるんです……?」
冬の月光のような、底冷えした声。見上げると、翠の少女が憎憎しげにわたしを見つめていた。
「翠星石が馬鹿だったです。あんなこと覚えさせたばっかりに……こんな腐れ下種とは思いもよらなかったです。蒼星石、ごめんなさい」
「……いいよ。けど、これからはほんとに気をつけてよ?」
「えぇ……こん畜生、覚悟は……決めねぇでいいです。そのほうが面白いから」
彼女は、言うなり花を一本引き抜いた。あの花だ。止めようと縋り付いたが、蹴り倒されて踏みつけられた。
かかげられた花の根は、奇妙に太く枝分かれしていて、まるで人体のようだ。
彼女が根から茎をぶつりと引き抜くと、体から首が落ちて転がった。痛みは感じなかった。
「蒼星石。これ」
蒼の少女は無言で根を受け取り、鋏で切り刻み始めた。体が傾いたと思ったら、右足の膝から下が取れていた。
左足も取れて倒れた。腕が外れる。真っ二つにされて、腹と胸が分かれた。
バラバラにした根に翠の少女が如雨露から水を注ぐと、バラバラにされた体の切り口から溢れる血が急に勢いを増した。
首が落ちてからぷっつりと麻痺していた感覚が、急激に戻り始めた。身体をよじりたくてもよじれない。絶叫を上げたくても振り絞る喉も肺も向こうに転がっている。なのに激しい痛みだけは鼓動の度に叩きつけてきて、痛みの余り気を失う前に、次の痛みに晒される。
「うふふふ……魅力的な(いい)表情(かお)……とろけてしまいそうですぅ」
蒼の少女がじっと見詰める中、翠の少女は靴のかかとで、バラされた一つ一つを念入りに踏みにじった。
- 了 -