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~第三章~ - (2006/04/28 (金) 23:23:49) の編集履歴(バックアップ)



  ~第三章~

長旅に必要な物を買い揃えた三人は、再び、旅の途に就いていた。
未だ見ぬ同志たちと、鬼祖軍団についての情報を得るために。
けれど、一つ先、二つ先の町で聞き込みをしても、誰一人として真相を知る者は居なかった。

もしかしたら、また夢の中で、あの声が聞こえるのではないか?
そして、残りの同志たちに繋がる情報を、教えて貰えるのでは?
そんな期待を胸に、真紅は毎晩、眠りに就く。
しかし、神剣を授かった時に聞こえた声が、再び語りかけてくることは無かった。

 紅「ここも、空振りだったわね」
 翠「元から期待なんてしてねぇです。その日その日を生きるので精一杯の町民が、
   鬼祖軍団なんて怪しい連中を知ってる訳がねぇですよ」
 蒼「道理だね。手の甲の痣にしても、ボクたちみたいに隠していたら、
   そもそも人目に付く筈もないし」
 翠「取り敢えず、まだ時間は有るです。隣の村まで行ってみるですか?」
 紅「そうね……この時間なら、峠を越えられるのだわ」

先に滞在した町で、峠を越えた所にも小さな村があると教えられていた。
昨年の大飢饉に加え、つい最近も疫病が蔓延したということで、このところ交流が途絶えているという。
行かない方が良い。町人には引き留められたが、真紅たちは敢えて向かうことに決めていた。

死……即ち、穢れ。
つい最近に広まったという疫病の原因も、真紅たちの感心を惹いていた。
のりの仕業と見るのは早計に過ぎるかも知れないが、ついつい関連を疑ってしまう。
先回りして、罠を張っているのではないか……と。


峠道は昼だというのに薄暗く、ひっそりと静まり返っていた。
真紅たち以外に、通行人は居ない。
時折、鳥が飛び立つ度に、翠星石は、びくん! と肩を震わせた。

 翠「な、なんだか不気味ですぅ」

心細げに呟いて、翠星石は蒼星石の腕にしがみつく。
蒼星石は、そんな姉の腕を、煩わしげに振り解いた。

 蒼「ちょっと、姉さん。あんまりベタベタしないで。緊張感が足りないよ」
 翠「うぅ~。でもぉ……怖いですよぅ」
 紅「妙な人ね、あなた。穢れの者とは平気で戦えるくせに」
 翠「戦ってる間は、頭の中が真っ白になるから堪えられるですぅ」

それはそれで物騒な性格なのだわ。心の中で呟きつつ、真紅は神経を研ぎ澄ませた。
周囲に、異様な気配はない。空を見上げても、すっきりと晴れ渡っていた。

 紅「安心なさい。今はまだ、穢れの者どもは居ないわ」
 蒼「何の動きも無さすぎて、ボクは不安になるけどね。
   今、ボク達が置かれている状況は、奇襲に打って付けの機会なんだよ?」
 翠「確かに……奇妙です」

そんな話をしていた矢先、突如として茂みが、がさりと揺れた。

 翠「ひいっ! なな、何奴です?!」
 紅「喜びなさいな、翠星石。ヤツらが、おいでなすったのだわ」

重々しい雷鳴を轟かせながら、空一面に暗雲が広がり始めていた。
それまでの穏やかな空気を、凄まじい悪意と殺気が呑み込んでいく。
山間の峠道に、穢れの者どもの怒号が木霊していた。

がさ……がさがさっ!

真紅の背後で、茂みを掻き分ける音がした。予想以上に、接近が早い。

 蒼「やはり、狙いは真紅か。煉飛火っ!」
 翠「真紅っ! 私の後ろに隠れるですっ」

剣に精霊を宿して、蒼星石は真紅と背中合わせになった。
翠星石は右手にクナイ、左手で短刀を逆手に構えつつ、真紅を庇って前面に立つ。
陣形を整えた直後、ばさっ……と音を立てて、何者かが飛び出してきた。
が、その人影は一歩と進まず、ばったりと俯せに倒れてしまった。
薄紫の衣を纏い、簡素な鎧を身に着けた娘だ。左目に、洒落た眼帯をしている。
表情を苦しそうに歪ませ、彼女は肩で荒々しく呼吸していた。

 ?「……た……すけ、て」

彼女は真紅たちに気付くと、掠れた声を喉から絞り出し、震える腕を伸ばしてきた。

 翠「だ、誰です、そいつは!」
 紅「判る訳ないでしょう。でも、怪我をしているのだわ」
 蒼「なるほどね。追われていたのはボクらじゃなくて、その娘だったってコトか」
 紅「とにかく、私が彼女を庇うから、二人は周囲の穢れを掃討して」
 蒼「待って、真紅。敵の罠かも知れない……迂闊に近付くのは危険だ」
 翠「蒼星石の言う通りです。真紅は、安易に他人を信用しすぎるです」

間抜けで、お人好しなところは、有るかも知れない。
けれど、救いを求める者を、怪しいからと言うだけで忌避する気にはなれなかった。
今、手を差し伸べなければ、この娘は殺されてしまう。

 紅「それでも! 私は彼女を助けるのだわ」

真紅は少女の元に駆け寄ると、その傷付いた身体を、優しく抱き起こした。
傷が浅い割に、出血が多い。毒を塗った剣で斬り付けられたのだろうか。
一刻の猶予もないと判断した真紅は、その場で応急処置を始めた。

 翠「やれやれ……敵の真っ直中で、何をやってるですかねぇ」
 蒼「ま、仕方ないよ。真紅は【義】の御魂を持つ者だからね」
 翠「しゃ~ないです。それじゃあ、ひと暴れするですよ、蒼星石」
 蒼「了解、姉さん。ボクは、あっちを黙らせてくるよ」

言うが早いか、二人は茂みに飛び込んでいった。
鍔迫り合いと絶叫が、木々の間に響きわたる。その音は、徐々に遠ざかっていった。
姉妹は首尾よく敵の目を引き付け、駆逐している様だ。

 紅「流石ね。頼もしい限りなのだわ」

独りごちて、再び治療の手を動かし始める真紅。
しかし、その手は直ぐに、止められることとなった。
樹木の枝から、刀を手にした数十匹の骸骨が、飛び降りてきたからだ。
真紅は慌てて神剣を握り締めたが、時すでに遅く、すっかり包囲されていた。

 ?「ひゃはははぁ! まさか、こうも巧く事が運ぶとはなぁ」

突如として、木の間に下品な笑い声が轟いた。初めて聞く、男の声だった。
だが、周囲を見回すものの、声の主らしき姿は見付けられなかった。

 ?「こちらの策略どおりに動いてくれるとは、間抜けな連中だよ」
 紅「隠れてないで、出てきなさい。それとも、怖くて矢面に立てないの?」
 ?「下手な挑発だねえ。だけど――」

木陰から生臭い風が漂い出てきたかと思った直後、真紅の正面に法衣を纏った男が現れた。
真紅の身体を舐めるが如く無遠慮に眺め回す男の顔は、狂気に歪んでいた。

 ?「冥途の土産に、姿を見せてあげようじゃないか」
 紅「……下衆な男ね。何者?」
 ?「僕は『鬼祖軍団』四天王、笹塚。あの御方の力で、闇の司祭として生まれ変わったんだよ」
 紅「司祭? ふ……穢れの者ごときが、分を弁えず偉そうに。滑稽なのだわ」
 笹「威勢が良いねえ。いつまで、その減らず口を聞けるかな。かかれ!」
 紅「くっ! 法理衣!」

真紅は傷付いた少女を抱きかかえながら、精霊を発動させた。
ばちん! と、穢れの者どもが振るう刀が、真紅の肩を打ち据える。
立て続けに、二発。法理衣の力で護られているので、切れはしない。
しかし三発目は頭を斬り付けられ、その衝撃で、真紅は目を眩ませた。

 紅「痛いじゃないの! この死に損ないっ!」

神剣を薙ぎ払うと、一撃で四体の骸骨が木っ端微塵に吹き飛んだ。
怯みもせず斬りかかってくる数体に向けて、もう一閃。
更に数が減ったものの、包囲網を破るには打撃力が足りなかった。

 笹「ひゃははは! そんな粗大ゴミを抱えてちゃあ、折角の威力も台無しだねえ」

笹塚が右手を挙げると、背後から弓足軽の骸骨が出現した。
包囲網が、少しだけ広がる。しかし、それは射撃の邪魔にならない位置に移動しただけの話だ。
絶対的な不利は覆っていない。

 紅(翠星石と、蒼星石は――どこに?)

耳を澄ませども、雷鳴に遮られて、戦闘の音を聞き取ることは出来なかった。
どうすれば良い? どうするのが最善?
このまま、座して死を待つよりは、行動に移るべきかも知れない。
でも、この娘を置き去りにして、見殺しにする事で得る勝利に何の意味がある?
縦しんば笹塚を斃せたとしても、敗北したのと同義である。

 紅「私は――――絶対に、逃げたりしない!」
 笹「そうそう。そうこなくっちゃ面白くないんだよ。堪んないねえ、敵愾心に満ちた、その瞳。
   僕はね、強がりを言いながら死んでいく君の姿が見たいんだ。哀愁を誘われるよねえ」
 紅「この…………外道が!」
 笹「ひゃはははっ。それじゃあ、ぼちぼち始めるとしようかあ」

笹塚は真紅を指さし、ねっとりと嫌らしい舌なめずりをした。
弓足軽が前衛に立ち、矢を番え、弦を引き絞り始めた。

 笹「さあ、運命のお時間です。念仏は唱えたかなあ?」

笹塚は右腕を、頭上高く掲げた。
あの腕が振り下ろされた瞬間、無数の矢が降り注いでくる。
真紅は身を強張らせ、神剣の柄を握り直した。思いの外、汗で滑る。
こんなところで、終わるものか。
気力を振り絞って笹塚を睨み続けるものの、心の隅は既に、絶望で占められていた。

 笹「これで終……っ! ぶごほぉ!」

異変が生じたのは、その時だった。
笹塚の鳩尾から太刀の切っ先が突き出たかと思った次の瞬間、笹塚は宙へと
放り投げられていた。その勢いで、彼の身体から太刀が抜ける。
そして、墜ちてきたところを、厚身の太刀で胴を両断された。

 銀「はん! なぁんか気色悪い馬鹿笑いが聞こえたから来てみればぁ――」
 紅「水銀燈っ! 貴女、何故ここに?」
 銀「ただの偶然よぉ。にしても、だらしなぁい。この程度の連中に遅れを取ってるなんてぇ」

穢れの者どもの注意が、新たな闖入者に向けられた。
弓足軽が一斉に振り返り、水銀燈に狙いを定める。
弓隊の後ろからは、無数の骸骨が、水銀燈へと突進を始めていた。

水銀燈は太刀を構え、一度だけ、艶っぽく唇を舐めた。

 銀「避けなさいよぉ、真紅ぅ。……冥鳴っ!」

切っ先から飛び立った漆黒の塊が、放たれた矢を呑み込み、穢れの者どもを忽ちの内に粉砕した。
真紅は印を結んで、迫り来る破壊衝動に耐えていた。相変わらず、凄まじい威力だ。
腕の中で、娘が苦痛に呻いた。今の状態で、この衝撃に晒されるのは辛いだろう。
真紅は半身を乗り出して、可能な限り、娘の身体を覆い隠した。

きぃんっ!
 
甲高い金属音を残して、精霊の破壊活動は終わりを迎えた。
あれほど居た穢れの者は、一匹残らず消滅している。
水銀燈は得物を肩に担ぐと、真紅の側に歩み寄って、彼女の肩を軽く叩いた。

 銀「大丈夫だったぁ、真紅ぅ?」
 紅「一応はね。けれど、この娘は危険な状態なのだわ」
 銀「どぉれぇ…………ふむふむ。これは、毒の影響ねぇ」
 紅「そのくらい、判っているのだわ。さっき、解毒剤を投与したところよ」

毒の影響が峠を越えれば、あとは、ゆっくり休ませて栄養を摂ることだ。
問題は、それだけの体力が、この娘に残されているかと言うこと。
予断を許さない状態であることは、水銀燈にも察しが付いたのだろう。
彼女は袖の中から、小さな瓢箪を取り出し、真紅に手渡した。

 銀「それを飲ませるといいわぁ」
 紅「? これは――」
 銀「薬流湯っていう、滋養強壮薬よぉ。効き目は保証するわぁ」
 紅「解ったのだわ。ありがとう、水銀燈」
 銀「別に、お礼を言われる筋合いじゃないけどねぇ」

肩を竦めて、水銀燈は顔を逸らした。少し、照れ臭い。
だが、そんな感情は、どす黒い血溜まりを見るなり何処かに吹っ飛んでしまった。
両断された筈の、笹塚の身体が繋がりかけていたのだ。
しぶとい化け物め!
水銀燈が再び太刀を振るうより僅かに早く、笹塚は霞に変じて、姿を消した。

 銀「ちっ! 逃げ足だけは早い奴ねぇ。今度は、ただじゃ済まさないわぁ」
 紅「先に、この神剣で、トドメを刺しておけば良かったわね」
 銀「確かに……っと、向こうもケリが付いたみたいねぇ」

気付けば、山間に轟いていた怒号は静まり、青空が戻りつつあった。
どれほどの数が山中に展開していたかは判らないが、それを黙らせたのだから、
大したものだ。真紅は今更ながら、双子の姉妹と出会えた幸運に感謝した。

程なくして、二人は戻ってきた。
そして、水銀燈を目にするや、あからさまな敵意を向けた。

 翠「なんだって、お前がここに居るですか! さては、また剣を狙って――」
 蒼「それとも、敵の間者として、ボク達に紛れ込もうとしているのか?」
 紅「そ、そんな事は、有り得ないのだわ! 彼女は、私たちを助けてくれたのよ?」
 蒼「信用を得る為なら、穢れの者の二、三匹、斬って見せるだろうさ」

どうあっても、信用できないらしい。
どうしたら、この姉妹は解ってくれるんだろう?
ダメで元々と、真紅は思い切って、隠していた左手の痣を、水銀燈の眼前に晒した。

 紅「貴女には、こういう痣が無いかしら?」
 銀「んん? ああ……有るけどぉ?」
 翠「なっ、なんですとぉ?!」
 蒼「そんなっ! ホントなの?」

ええ、と頷いて、水銀燈は左手に巻いていた滑り止めの布を外した。
そこには三人と同じ痣があり、【仁】の文字が浮かび上がっていた。


――同刻、某所にて。

 笹「やれやれ……酷い目に遭ったよ」
 の「随分と大きな口を叩いて出ていったのに、返り討ちだなんて……だらしない。
   お姉ちゃん、ガッカリしちゃった」

這々の体で逃げ帰った笹塚に、のりの嘲笑が浴びせられた。

 笹「そう言う、のりだって逃げ帰ってきたじゃないか。他人のことは言えないよね」
 の「なんですって…………新参者のくせに!」

あわや口論となるところに、白髪隻眼の鎧武者が、割って入る。

 ?「およしなさい、二人とも。御前様の前で、みっともないですわ」
 笹「ぬぅ……面目ない」
 の「申し訳ございません、御前様」

神妙に頭を垂れる二人に、御簾の内から、凛とした声が流れ出してきた。

 御「畏まらなくともよい。それより、笹塚。例の件は、どうなっている?」
 笹「ははっ! それにつきましては、滞り無く」
 御「ならば、良い。さて……あの者たち、如何に始末するか――」
 ?「お願いです。私に、出撃のご命令を下さい!」

そう言って進み出たのは、鮮血を思わせる緋色の甲冑に身を包んだ、黒髪の娘だった。

 御「……もう苦しくはないの、めぐ?」
 め「はい。全く問題はありません。これも御前様のお陰です。
   その恩に報いるためにも、是非、私に任せて頂きたいのです」
 御「よかろう。其方の忠義に感じ入り、任せるとしよう」

ありがとうございます……と、口の端を吊り上げためぐの瞳は、
血に飢えた野獣のように、爛々と輝いていた。


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