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【MADE'N MOOR Supesharu】シュテルシュティン ~翠の親指と蒼い蛙 - (2006/05/02 (火) 20:37:51) の編集履歴(バックアップ)


【MADE'N MOOR Supesharu】シュテルシュティン ~翠の親指と蒼い蛙
■序■ ~好きだった絵本

 ここは北の島の片田舎。ヒースの荒ら野の広がるさびしいところ。その荒ら野に、
土塁がどこまでも続くところ。円砦や石塚、妖精のいると噂される丘が点在し、
時には修道院の廃墟が待ち人もなくたたずんでいたりもします。
 それでも、人の住む小さな町には、小さなにぎわいがあるのでした。

 ほら、ごらんなさい。あの窓の中では、小さな女の子二人が、お婆さんにお話を
せがんでいます。隣でお茶を淹れているのは、片方の女の子の叔母さん。
 さぁ、お茶が配られたら静かにしましょう。

「……下手ね。葉が開きすぎているわ」
 おっと、お話を待つまでも無く、窓辺にいらっしゃっているようです。こちらは
くれないのドレスをことのほかお好みの妖精女王、真紅。
「ダートでも投げてやったらぁ?」
 むしろ自分で投げてやりそうな冷えた笑みを浮かべるのは、この小さな妖精の王国で
最も魔術をよくする黒い翼の妖精、水銀燈。
「そんなのめーよ!」
 ピンクの愛らしいリボンをゆらしながら、雛苺が抗議します。
「きっとまたオディールが泣いちゃう。そしたらコリンヌも泣いちゃうのよ!」
「ちょっと、静かにするかしら! 調律の邪魔っ」
 愛用のパラソルを一振りで八弦のビオロンセロに変え、ほろほろとはじいているのは、黄色い服の金糸雀。
 まぁ、お茶の件はともかく、忘れずに窓辺に用意されていた自分達用のおやつには、
妖精たちも異存はないようです。
「さ、そろそろ始まるわよ。この町最後の語り部の声、聞き逃さないで」
 真紅の声に、水銀燈だけが無理に作ったような嘲笑を浮かべるのでした。そして、
金糸雀の人間離れした指遣いと弓遣いが、人間の耳には聞こえない、美しい和音と旋律を紡ぎだし、
語りに華を添えます。それは例えば、足元に咲くたんぽぽのような、気付かないうちに
そっと寄り添っている音なのでした。



──今は昔、森に近い小さな村の村はずれに、シュテルシュティンという名の娘がつましく暮らしておりました。

「げっ……この話? ……『インドの虎狩り』にでも変えて邪魔してやろうかしら」
「……コリンヌに意地悪したらヒナが許さないの……」
「雛苺、金糸雀の邪魔はおやめなさい。わたしも許さないから」
 水銀燈はそんなやりとりには加わらず、憂鬱そうな視線を窓の外の曇り空に投げつつも、
大人しくお話に耳を傾けるのでした。

■1■翠の親指シュテルシュティン

(以降、老コリンヌの語りをアレンジしてお送りします。)
 今は昔、森に近い小さな村の村はずれに、シュテルシュティンという名の娘が
つましく暮らしておりました。
 シュテルシュティンは早くに両親を亡くし、ずっと独りなのでした。そろそろ
お年頃なのですが、結婚を申し込みにくる若者もおりません。
 なぜなら、シュテルシュティンは魔女だとか、妖精の取り替えっ子だとか、
言われていたからです。取り替えっ子とは、生まれたばかりの赤ん坊が妖精にさらわれ、
かわりに妖精の赤ん坊が置いていかれる事件のことです。
 左右で色の違う瞳は美しいけれど、人目には異様に映りました。草花を育てる
天賦の才を持っていたために、怪しい魔法を使うのではないかと噂されていました。
おとうさんとおかあさんは、娘の才能を喜び、「翠の親指」と呼んでいたのですけれど。
 そしてなにより、「ヒキガエル」「ヒキガエルの舌」と呼ばれるほど言葉が荒く、
罵らせたら右に出るものはいないのでした。その悪罵は貴婦人を65536回失神させ、
大の男ですら泣いて裸足で逃げ出すのだと、人々は噂していました。こちらには、
ご両親もほとほと手を焼いていたのだそうです。
 そんなわけで一人ぼっちのシュテルシュティンは、村はずれの粗末な小屋に住み、
小さな畑で「翠の親指」の力を生かし、育てるのが難しい、珍しい薬草を作って
暮らしていました。


 今日は、村で産婆を引き受けているおばあさんに薬草を届ける日です。
実はこのおばあさんも時々魔女と呼ばれて嫌われることがありました。
 だからシュテルシュティンは、おばあさんの家で薬草を渡した時に、
思い切って聞いてみたのです。
「ねぇ、婆様。シュテルシュティンから薬草を買ったりするから嫌われるんじゃねえですか?
 ほかにも薬草を扱う人はいるですし、そっちに変えたら……?」
「なにを言うかね、シュテルシュティン。お前の育てたものが一番産を軽くして、
 母親の命も、赤子の命も助けてくれるんだ。
 取り上げ婆として、ほかの者の草が選べるものかね」
 家に招き入れ、ミントとカモマイルのお茶を出してくれながら、
おばあさんはそう言いました。そして声を低めて、こう付け加えたのです。
「シュテルシュティンや、よくお聞き。嫌な噂を聞いたんだ。
 お前を魔女だと聞いたどこかの単細胞な騎士様が、お前を退治しにくるらしいよ。
 気をおつけよ」
「はぁ? どこの脳足りんですか。またそんなたわごとバラ蒔いてるのは」
「さぁねぇ……いつもの根も葉もない噂ならいいんだが。今回はどうも、
 嫌な感じがして仕方無いよ」
 そろそろお迎えかな、とか一瞬頭をよぎったりもしたシュテルシュティンでしたが、
本当に心配してくれていることはよくわかりました。なので、
「ありがとうです。どこをどー気をつけたらいいのか見当つかないですけど、
 なんとかなるですよ」
 とか容赦のないコメントを残して、家に帰ってゆくのでした。

 けれど、一人で足早に村の中を抜けていくと、おばあさんの言葉が気にかかってきます。
時折すれ違う人はみんな、シュテルシュティンのことをこっそり盗み見しながら、
ひそひそ話をしているかのようです。シュテルシュティンを見た途端、あからさまに
道を変える人もいます。魔女と呼ばれるということは、こういうことを意味するのでした。
(だから村なんて嫌いです! 人間なんて大嫌いです! 早くうちに帰るですっ!)


 家についてドアを開けて一歩踏み込んだら、足元になにかイヤな感触がありました。
むしゃくしゃしていたシュテルシュティンは、ここぞとばかりに思い切り踏みにじります。
すると……
「ぶふぉぐげへうぇ──────────ぇ……」
「ぅおぎゅわはぶゎっ!?」
 その物体は怪音を発し、驚いたシュテルシュティンも奇声を発してしまうのでした。
これではどっちがどっちでもたいして変わりはありませんね。
 恐る恐る足をどけてみると、そこにはなんと、大きな大きなヒk
「天誅」(ぐしゃ)
 語り手が解説を終える前に、その巨大ヒキガエルは、神速の豪腕で向かい側の壁に
叩きつけられていたのでした。
「……誰の嫌がらせだか知りませんが、今シュテルシュティンは超ムカmk5(マジキレルゴビョウマエ)なんです。
 オマエには何の罪もねえかも知れねえですが、運が悪かったと諦めて大人しく生きたまま
 生皮をひん剥かれるです。それとも弱火の油でコトコトコトコトコトコトコトコトじっくり
 煮込んでやるのが……いやいやいや、やっぱり××にストロー突っ込んで腹の皮が破けるまで……」
 ぐふぁぐふぁとそれこそヒキガエルか魔女のような笑い声を立てながら、シュテルシュティンは
ヒキガエルに迫るのでした。なお、すでに5秒経っている件については、状況を鑑みて変に
指摘しないことをお勧めしておきます。
 そうそう、プッツン逝ったシュテルシュティンは気がついていないようですが、このヒキガエル、
目の醒めるような綺麗な蒼で、右目が緑、左目が赤。しかも、小洒落たシルクハットなんか
かぶってたりします。
 さぁ、どうなってしまうのでしょう? 続きはまたの機会に。
 今度は、このヒキガエルのことからお話しすることにしましょうね。