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むかしばなしローゼン『つるのおんがえし』 - (2006/05/22 (月) 16:53:51) の編集履歴(バックアップ)


むかしばなしローゼン『つるのおんがえし』

ジュンは山奥の小屋に住んでいる狩人。
とある日、罠にかかった羽の黒い鶴を見つけて、逃がしてあげました。
その日からしばらく経った、ある雪の晩のことです。
「ごめんくださぁい。」
ジュンの家の前にとても美しい銀色の髪をした美女が立っていました。
「山の中で迷ってしまったのです。今晩は泊めてくれませんかぁ?」
ジュンはそれは大変でしたね、と小屋の中に招きいれ、暖かいなべを振舞いました。
体が温まっていくうちに、二人の会話は弾んでいきました。
「あなたのお名前は?」
「私は、水銀燈、と言います。」

翌朝。止むどころか雪はますますひどくなっていきます。
水銀燈は、泊めてくれたお礼がしたいいと言って、部屋を一つ貸して下さいと言いました。
そして、決して中を覗かないで下さいとも言いました。

雪の止んだ日、水銀燈は部屋から出てきてジュンに美しい黒い反物を手渡しました。
「これを売れば、少しは生活の足しになると思います。どうぞ。」
ジュンは、複雑な気持ちでした。
この反物を受け取れば、きっと水銀燈は遠くに行ってしまう。二度と会えなくなってしまう。
そのような考えがジュンの頭の中をぐるぐると巡っていました。
ジュンは水銀燈のことを愛してしまっていたのです。
「それでは、私はこれで。」
ジュンの思ったとおり、水銀燈は去っていこうとしていました。

「待ってくれ、水銀燈。」
そう言って、ジュンは水銀燈を抱きしめました。
「さよならなんて、言うな。ずっと僕の傍にいてくれ。」
「ごめんなさい、ジュン…駄目なの。私は、あなたと一緒にはいられない…」
どうして、とジュンが尋ねると、水銀燈は着物の帯を解きました。
すると、水銀燈の背中から黒い羽が姿を現したのです。
「これを見て、ジュン。私はあなたがしばらく前に助けたあの黒い鶴なの。
あの、とらばさみにかかっていた、あの、黒い鶴なのよ。」
だからあなたに恩を返そうとして、と水銀燈は続けました。
「そんな…じゃあこの反物は…君の…?」
「そう。私の綿毛を使ったの。」
水銀燈はごめんなさい、と一言だけ呟き、ジュンが瞬きした瞬間には黒い鶴へと姿を変え、
飛び去っていきました。
その後には、下駄と、着物と、黒い羽と、水銀燈の瞳から零れ落ちたしずくだけが残っていました。

「どこにいるんだ?水銀燈…」
その翌日の、吹雪の日。ジュンは水銀燈を探しに山に入っていきました。
短いときを過ごして、愛してしまったひとを探すために。
「水銀燈…反物なんていらない。僕がどれだけおかしいやつと言われてもいい。
僕は、君が、きみと、いっしょにいたい…」
雪は、容赦なくジュンの体力を奪います。
あの女性の髪と同じ色をした冷たい牙がジュンの身体を侵していきます。


ジュンは、とすん、と雪の上に倒れこみました。


「あれ…ここは、どこだ…?」
ジュンは見知らぬ洞窟の中にいました。
そこは、山の中の小さな横穴でした。
「お馬鹿さんねぇ…これじゃ私と立場がまるで逆じゃなぁい…」
「水銀燈、なのか…?」
黒い鶴が、嘴からジュンのよく知る、いちばん聞きたい声を発しました。
姿は違っていても、その鶴はジュンの愛したひとだったのです。
「ほんとにおおばかよぉ…っ
…もうあなたの腕も、脚も、凍って腐ってちぎれちゃったわ。
もう、あなたは。あなたは…これ以上生きられない。私のことなんか、好きになっちゃうから…!」
そう言われてジュンは自分の四肢が無いことに気付きました。
痛みの感覚は殆どありません。
「水銀燈…今でも、君の正体を知った今でも、
もう死んでしまう今でも、僕は君を愛してる。」
ジュンは、言いたかったことを、世界で一番愛しているひとに伝えました。
「ほんとに、ほんとにおばかさぁん…」


ジュンは ゆっくりと いきたえました。
水銀燈の羽の中で ゆっくりと ゆっくりと。


「神様、あなたは残酷ねぇ。
どうして私を少しの間だけ人間にしたの?どうして私に恩返しをさせてくれたの?
お願いだから、次に彼と会うときは、幸せにさせてちょうだい。私と、彼を。
約束、よぉ。」

そう言って、水銀燈も息絶えるために目を閉じ、ジュンに寄り添うように
眠りにつきました。

そんな、とてもとても、悲しいお話。

………………………………………………

「そうして現在で結ばれたのが私とジュンなのよぉ。」
…んなアホな。
「ちょっと待て、僕の扱いが酷すぎやしないか!?」
とても報われない。両手両足を失って、そのまま逝去。
しかし…
「よくこんだけ長い話を作ったよなぁ…」
「あらぁ、ジュンはこれを作り話だなんて思ってるのぉ?」
そう返して彼女は微笑む。
その顔を見て、他愛も無い話をしていると、先程の話が実際にあったことみたいに
思えてくるから不思議だよ。


「ねぇジュン。」
愛しい人に呼び掛けられ、僕は顔を見つめる。
「私達は、幸せになれるわよねぇ?」
―――幸せになるしかないだろ?
やれやれと呆れたポーズをして、僕は彼女に口づけをした。

僕たちは、今も、きっと未来も、幸せになれるはず。