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『約束の場所へ』　後編③ - (2006/09/14 (木) 01:31:32) のソース

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<p>　<br>
　<br>
夢の内容について、水銀燈と話を付き合わせてみると、同じ場面を見ていたことが明らかになった。<br>
唯一の違いは、視点。私と、彼女は、別個の視点で、あの状況を観察していたの。<br>
私の夢が、指輪を介して水銀燈に流れ込んでいるのだとしたら、私の視点を共有している筈なのにね。<br>
別個の視点の存在とは即ち、彼女もまた別の人物として、私の夢に登場していた事を意味した。<br>
水銀の君として――――ね。<br>
<br>
「どうやら……めぐと私には、浅からぬ縁があるみたいねぇ」<br>
「夢の導くままに見た光景が、本当に、私の前世の記憶だとしたらだけど」<br>
<br>
あまりにも突飛な発想だから、俄には信じがたい。たま～に、そんな話を聞くけれど、ホントかしら。<br>
前世の記憶って、身体が失われた時点で、消えちゃうモノなんじゃないの？<br>
私なりの考えを伝えると、水銀燈は、<br>
<br>
「柩は書庫に成り得ない。その逆ならば、あり得るけどぉ」<br>
<br>
と、目を細めた。いきなり、抽象的なことを言われても困る。<br>
眉を顰めた私を見て、水銀燈は愉快そうに、ころころと笑い出した。<br>
なんだか馬鹿にされてるみたいでムカついたので、私は無い知恵を絞って考えた。<br>
これで熱でも出たら、水銀燈のせいなんだからね。<br>
<br>
「要するに、この身体は魂の入れ物でしかなくて、魂こそが記憶の保管場所だって言うの？」<br>
「あらぁ……おばかさんにしては、察しが良いじゃなぁい」<br>
「貴女って、いつも一言、余計よね。そんな態度じゃ、誰からも嫌われちゃうわよ」<br>
<br>
言われっぱなしじゃ悔しいから、時速１５０キロの皮肉を叩き付けてやった。<br>
でも、概念は把握できた……気がする。パソコンに置き換えてみれば、肉体はＨＤＤとか、<br>
ＣＤＲＷやＤＶＤ－Ｒみたいな大容量の記憶媒体で、霊魂はＳＲＡＭやＤＲＡＭなんじゃないかしら。<br>
その中でも、本当に重要な記憶だけがＤＲＡＭに残され、“死”というシャットダウンでも消えず、<br>
日常生活で利用頻度の高い記憶は、揮発性のＳＲＡＭに記録されているからリセットされてしまう――と。<br>
<br>
水銀燈と出会って、この指輪を嵌めてから……私は、過去の記憶を夢に見始めた。<br>
そして、前世の私は、彼女に対して並々ならぬ感情を抱いていたことを知った。<br>
これってつまり、魂に記憶されるほど、私にとって彼女が重要で、大切な存在だったことの証拠よね。<br>
<br>
（千年を隔てても、色褪せない記憶【想い】かぁ……正に、愛は永遠の夢なのね）<br>
<br>
私は、しみじみと左手の薬指に癒着している薔薇の指輪を見つめた。<br>
このデバイスによって、私と水銀燈は、お互いが持っている様々な情報を共有できる。<br>
水銀燈に私の精気を供与するだけの、一方通行な物かと思っていたけれど、意外に多機能みたい。<br>
要は、数多の性能を生かすも殺すも、使い方次第ってコトね。<br>
<br>
「貴女のこと――昔みたいに、水銀の君って呼んだ方が良いのかな」<br>
「水銀燈で良いわよ。格式張った呼ばれ方されると、背中がむず痒いわぁ」<br>
<br>
私の憎まれ口を受けて憮然としていた水銀燈は、鼻先でせせら笑った。<br>
まあ、そうよね。今の時代に『～の君』なんて呼称は、そぐわないし。<br>
それに、私は名前で呼んであげたいもの。親しみを込めて、彼女の名前を――<br>
<br>
「ねえ、水銀燈。貴女はどうして、この病院に居たの？<br>
　ひょっとして――私を探してくれてた？」<br>
「…………さぁね。私、めぐに会うまでの記憶が、はっきりしないのよ。<br>
　指輪を通して、めぐの夢を見るようになってから、徐々に思い出してきてるけど、<br>
　どうして死んだのかも憶えてないわぁ」<br>
「そうなんだ……ざぁんねん。ちょっと、期待してたんだけどなぁ」<br>
<br>
貴女を想うあまり死んでも死にきれず、亡霊となって彷徨っていた――<br>
なんてドキドキすること言われてみたかったけど、そんな話は身勝手な幻想よね。<br>
あれ？　でも……ちょっと待って。<br>
自分の死因すら解らない人が、どうして薔薇水晶のことを、疫病神だなんて言えるの？<br>
<br>
私の胸裏で、ひとつの疑惑が浮かび上がった。<br>
<br>
（まさか――水銀燈は、厄介払いする為だけに薔薇水晶を貶めた？）<br>
<br>
だとしたら、許せない。たとえ水銀燈でも、絶対に。<br>
もし訊ねたら、彼女はどんな顔をして、どんな弁明をするのかしら……。<br>
心の奥底で、水銀燈を信じたいと思いながらも、一旦芽生えた疑心は簡単に拭えなかった。<br>
<br>
すると――<br>
<br>
「ふ……それこそ『まさか』だわぁ。これでも、私は鬼の血を引く陰陽師よ。<br>
　私の紅い瞳は、堕天の逆十字を背負いし者の霊波動を見逃したりしないわ」<br>
<br>
水銀燈は自分の眼を指差しながら、事も無げに答えをくれた。<br>
真剣に考えていた私が、優に十秒間は呆気にとられてしまうほど、アッサリと。<br>
もしかして、気付かない内に声に出てたのかしら。いやいや、そんな筈ない……と思う。<br>
<br>
「どうして、私の考えてる事が解ったの？」<br>
「勿論、その指輪から、めぐの考えが流れ込んできたに決まってるじゃなぁい」<br>
「ちょっ！？　それ、ホント？」<br>
<br>
冗談じゃないわ！　私のプライバシーは、どうなるのよっ！<br>
お腹すいたとか、トイレ行きたいとか、全て水銀燈に筒抜けって事でしょ。<br>
それに…………水銀燈への想いも……。<br>
<br>
「嫌ぁぁっ！　殺してっ！　いっそ殺してぇっ！」<br>
「ち、ちょっと、めぐ。落ち着きなさいよぅ」<br>
「落ち着けるわけ無いでしょ！　羞恥どころか屈辱よ、これ！　死んでやるわ私っ」<br>
「そこまで思い詰めなくてもぉ……ウソなのに」<br>
「……はあ？　ウソぉ？」<br>
「めぐの考えてることぐらい、顔を見てれば直ぐに察しがつくわよぉ。<br>
　本当に、冷やかしがいのある、お馬鹿さんねぇ♪」<br>
<br>
例によって、私はからかわれていたらしい。いつもいつも……やってくれるわね。<br>
せめてもの御礼にと、水銀燈の頭に花瓶を投げ付けておいた。<br>
<br>
それは、さておき。私の中では、更に別の疑問が生じていたわ。<br>
水銀燈が、普通の人間とは異なる霊波動の持ち主と認識した、彼女のことよ。<br>
<br>
（――薔薇水晶は、何者なの？　なぜ、私の命を削り取っていたの？）<br>
<br>
一年以上も親友として付き合ってきた私は、どうしても薔薇水晶に好意的な目を向けてしまう。<br>
彼女が、私に危害を加えるなんて、考えられない。まして、命を奪うだなんて。<br>
私にも水銀燈みたいな能力が備わっていれば、解るんだろうけど――私は、解りたくもない。<br>
解ってしまう事は、必ずしも幸せじゃないって、知っているから。<br>
昔の人は、よく言ったものね。『知らぬが仏』だなんて、さ。<br>
<br>
独りで考えてても、同じところの堂々巡りで、答えが出せない。<br>
私は、隣で目に涙を溜ながら頭のコブをさすっている水銀燈に、薔薇水晶の素性について問いかけた。<br>
「ハッキリとは解らなかったけれどぉ」と、顎に指を当てながら、水銀燈は答えてくれたわ。<br>
<br>
「あの娘、もの凄く禍々しい気配を放っていたわ。私ですら、背筋に震えが走るくらいにね。<br>
　あのまま付き纏われてたら、かなりヤバかったわよぉ」<br>
「でも……彼女は、いつでも微笑みをくれたわ。天使のような、可愛らしくて素敵な笑顔を。<br>
　いつだって私の側に居てくれて、いつだって私を励ましてくれたのよ？<br>
　それなのに――」<br>
「…………あのねぇ、めぐ。腹に一物ある奴ほど、愛想よく近付いてくるものよ。<br>
　めぐを油断させるために顔で笑って、腹の底では黒々と嗤っていたのかもぉ」<br>
「やめてっ！！」<br>
<br>
水銀燈の言葉が胸に刺さって、痛い。私は両手で耳を塞いで目を瞑り、絶叫した。<br>
これ以上、薔薇水晶を侮辱する言葉を聞きたくなかったから。<br>
それ以上、水銀燈に罵詈雑言を吐いて欲しくなかったから。<br>
<br>
「それでも、私は薔薇水晶を信じてるの！　彼女の笑顔に癒されてきたの！<br>
　だから…………もう……止めてよ」<br>
<br>
胸の奥から押し出される激情が、私の目から、涙を溢れさせた。<br>
張り裂けそうな胸の痛みが、私の喉から、嗚咽を吐き出させた。<br>
親友を弁護しきれない悔しさと、無力な自分への憤りと悲しみとが、綯い交ぜになった苦い感情。<br>
あまりの苦さに舌が痺れて、私は続く言葉を失っていた。<br>
両手で顔を覆い、子供の様に泣きじゃくる私の頭を、<br>
<br>
<br>
「…………ごめんね、めぐ」<br>
<br>
水銀燈は両腕で包み込み、柔らかな胸に導いてくれた。薔薇の指輪を通じて、慈しみの感情が流れ込んでくる。<br>
彼女の冷たい胸の中で、私は思いっ切り、涙を流した。<br>
少しでも、私の涙が彼女の温もりに変わればいいと祈りながら、声をあげて泣き続けた。<br>
<br>
<br>
<br>
「……落ち着いたぁ？」<br>
「ええ……なんだか、スッキリした」<br>
<br>
こんなに泣き喚いたのは、久しぶりだった。だから、なのかな。<br>
澱のように沈滞していた蟠りも、しがらみも、全てが綺麗サッパリ、涙に押し流されていた。<br>
心機一転、明日を夢見る勇気を、取り戻せた気がするわ。<br>
ならば早速、行動に移ろう。何もしない者に、後悔する権利は無いのだから。<br>
<br>
「ねえ、水銀燈。一緒に、薔薇水晶を探しに行こう？」<br>
<br>
こんな提案、即座に拒否されると思っていたけれど、水銀燈は意外にも賛成してくれた。<br>
さっきは言い過ぎたと、彼女なりに反省して……るのかな？<br>
<br>
「めぐが、そこまで信じてるなら、心底悪い奴じゃあないだろうって思ったのよ」<br>
　<br>
また、水銀燈は、私が訊くより早く言った。どうやら本当に、私って感情が顔に出やすいみたい。<br>
今度から、気持ちを先読みされない様に、気を付けなくっちゃね。<br>
<br>
<br>
<br>
探し回るに当たって、取り敢えず、水銀燈にはパジャマに着替えて貰った。<br>
ただでさえ銀髪と美貌が人目を惹くのに、看護士の制服なんか着てたら、目立って仕方がないものね。<br>
パジャマは、私と同じもの。三着ほど用意してあるスペアの一着を、貸してあげた。<br>
これなら、少しは普通の患者に見えるでしょ。疑いの目を向ける者も、ぐっと減ってくれる筈だわ。<br>
お揃いのパジャマ姿で、私と水銀燈は、薔薇水晶の探索を始めた。<br>
胸が窮屈だとか、余計なコトを口走る彼女の脇腹に肘鉄砲を食らわせて、探索に集中させる。<br>
……が、病院という場所は思っている以上に千差万別の“気”が満ち溢れているらしく、<br>
未だに本調子じゃない水銀燈は、かなり苦戦している様子だった。<br>
<br>
「彼女の霊波動を辿るより、手分けして探した方が早いわねぇ」<br>
「珍しいわね、水銀燈が弱音を吐くなんて」<br>
「……弱音じゃなくて、提案よ。ホントにおバカさんなのねぇ。言葉は正しく使いなさいなぁ」<br>
「はいはい。だったら、水銀燈は病棟を探して。私は、外を見てくるから」<br>
<br>
ひと通り見回ったら、一階のロビーで落ち合おうと打ち合わせて、私たちは別れた。<br>
エレベーターで下まで降りた私は、ロビーのソファに座って、ボ～っとテレビを見ている患者達を眺め回した。<br>
そこに薔薇水晶が居ないことだけ確認して、ロビーを横切り、南に面した正面玄関から外に出る。<br>
今朝は晴れていたのに、いつの間にか、空は厚い雲に覆われていた。降り出す前に、病棟を一周してこよう。<br>
私は駐車場の脇を通って、病棟の裏手へと向かった。彼女がまだ帰ってなければ、そこに居る予感がしたから。<br>
だって、あなたとひまわりを見に行く約束だものね。この近くで向日葵を植えているのは、北側の花壇だけよ。<br>
<br>
<br>
曇天が、霧吹きを使い始めたらしい。<br>
私の頬を細かい水滴が打ち、パジャマが湿気を帯びて重たくなっていく。<br>
急がないと！　小走りに花壇を目指す私の目に、向日葵の前で佇む少女の姿が、飛び込んできた。<br>
緩くウェーブのかかった長い髪。水晶を象った髪飾り。そして、白い肌。<br>
間違いない、薔薇水晶だった。<br>
<br>
「薔薇水晶っ！」<br>
<br>
私は嬉々として彼女の名を呼び、駆け寄った。<br>
約束の場所とは違うけど、それでも、二人だけの合い言葉を確かめ合いたかったから。<br>
彼女が、いつもの微笑みを向けてくれると信じて、微塵も疑っていなかったわ。<br>
でも、薔薇水晶は、ぼぉ……っと向日葵の蕾を見上げているだけ。<br>
<br>
「よかったわ……怒って、もう帰っちゃったかと心配してたのよ」<br>
<br>
間近で話しかけると漸く、私の方を向いてくれた。それも、人形のように、ぎこちない動作で。<br>
彼女の頸が立てる、ぎぃぎぃという軋めきが聞こえた気がした。<br>
綺麗に澄んでいた金色の瞳も、今は曇っていて、意志の輝きを感じさせない。<br>
<br>
「ど……どうしたの？　ねえ、ちょっと。ねえったらっ！　薔薇水晶っ！」<br>
「…………」<br>
<br>
私は、彼女の両肩を掴んで、激しく揺さぶった。途端、撥ね除けられる私の両腕。<br>
薔薇水晶は、ビックリして身を竦ませた私の背後に素早く回り込んで、頸に左腕を巻き付かせてきた。<br>
右腕を掴まれ、遠慮も手加減もなく後ろ手にねじ上げられた痛みで、私は呻いた。<br>
<br>
「い、痛いっ！　何するのよっ！」<br>
「……なに……するの？」<br>
「ふざけないでっ！」<br>
「……ふざけないで？」<br>
<br>
薔薇水晶は薄ら笑いながら、おうむ返しに囁くだけ。<br>
彼女の尋常ならざる態度に、私は寒気を覚えた。この娘は、私の知っている薔薇水晶じゃない。<br>
おそらくは、水銀燈が感じたという、禍々しい気配を放っていた薔薇水晶なのだ。<br>
<br>
私の恐怖を煽り立てるように、暗雲の中を光が走る。<br>
続いて、お腹に響いてくる重低音。言わずもがなの雷鳴だ。<br>
長く低く、空気を震わせる雷鳴の合間に、男性とおぼしい高い声が、もつれ合う私たちに話しかけてきた。<br>
<br>
「よくやったぞ、薔薇水晶。そのまま捕まえておけよ」<br>
「！？　あ、貴方は――」<br>
<br>
声のした方に眼を向けた私は、目を見開いて、呆気に取られてしまった。<br>
向日葵を掻き分けて現れた、その人物は――夢で見た、小柄な青年だった。<br>
<br>
「慈雲童子っ！？」<br>
「くくっ……懐かしい響きだねえ。その名で呼ばれるのは、実に千二百年ぶりだよ。<br>
　今は、桜田ジュンと名乗っているんだけどな」<br>
「桜田……ジュン？」<br>
「また会えて嬉しいよ。柿崎めぐ――いや、夢占の巫女」<br>
「巫女？　夢……占？　なにを言ってるの？」<br>
<br>
私には彼の言うことが理解できなくて、バカみたいに、彼の言葉を繰り返すだけだった。<br>
そんな私に、絶え間なく嘲笑を送り続けてくる、桜田ジュン。<br>
<br>
「何度も転生していながら、まだ、自分の能力には気付いてないのか。まあ、どうでもいいさ。<br>
　どうせ、もうすぐ君の能力は、僕のものになるんだからな。<br>
　さあ……左腕を伸ばせよ。僕の右手に、君の左手を重ね合わせるんだ」<br>
<br>
彼の視線が、私の瞳を射抜く。私の左腕は、私の意志に反して、ゆっくりと上がり始めた。<br>
<br>
「千二百年前は、あと少しのところで邪魔されたけれど、今度こそ夢占の能力を貰い受けるぜ」<br>
<br>
能力を奪われる事が、どういう結果を招くのか、私には解らない。<br>
それ以前に、頭がぼぅっとして、深く物事を考えられなくなっていた。<br>
目の前が暗転していく。なんだか、とても眠くなっていく。<br>
私の意識は、奈落へと落ちていった。地の底から、誰かの声が聞こえた――気がした。<br>
　<br>
　<br></p>
<hr>
　<br>
　<br>
――気が付けば、私は土の上に跪いていた。煌びやかな十二単が、泥にまみれている。<br>
周囲には、横倒しになった牛車や、衛士たちが倒れていた。<br>
死んでいるのか、ピクリとも動かない。<br>
そして……目の前には、慈雲を取り囲む、三人の娘たちが居た。<br>
水銀燈と、翠星石、蒼星石の姉妹だ。三人とも、満身創痍だった。<br>
中央に立つ慈雲は、着衣が破れるどころか、乱れてもいないというのに。<br>
<br>
「お前たちも、なかなか頑張るなあ。それだけは誉めてやるよ」<br>
<br>
慈雲が、両手で見たこともない印を結び、<br>
<br>
「だけど…………そろそろ終わりにしてやる」<br>
「くぅっ！　うわぁっ！」<br>
「蒼星石っ？！　ひゃぁうっ！」<br>
<br>
腕を払っただけで、蒼星石と翠星石は宙に巻き上げられ、地面に叩き付けられた。<br>
身じろぎもせず横たわる二人の周りに、赤黒い液体が、ゆるゆると広がっていく。<br>
そして、私がこの世の誰より１番大切に想っている、水銀燈は――<br>
<br>
雷の刃による、電光石火の斬撃で、細い頸を……断ち切られていた。<br>
<br>
<br>
「い…………嫌ああああああああぁっ！！！！」<br>
<br>
<br>
これは、夢。全ては、午睡の夢。現実の私は牛車に揺られて、うたた寝しているだけ。<br>
目を覚ませば、私の前には水銀燈の優しい笑顔がある。<br>
そう思い込もうとした。思い込んで、夢から覚めようとした。<br>
<br>
けれど、夢は終わらない。悪夢のような現実が、淡々と続いてゆくだけ。<br>
見たくない事実なのに、涙で曇った目を逸らすことが出来ない。<br>
<br>
「あ…………あああ……」<br>
<br>
水銀燈の首が、驚愕の表情を貼り付かせたまま、温かい血を流しながら私の方に転がってくる。<br>
まるで、死して尚、私の元へ駆けつけようとしているみたい。<br>
私は泣きながら必死に這いずって、彼女の首に近付き、両腕を伸ばして拾い上げようとした。<br>
その手が、横から無遠慮に伸びてきた男の手に掴まれる。<br>
<br>
「次は、君の番だよ」<br>
「ひぃっ！」<br>
<br>
喉の奥から漏れた空気が、情けない悲鳴に変わる。<br>
怯え、竦み上がった私を見下ろし、慈雲は嗜虐的に唇を歪めた。<br>
<br>
「そんなに怖がらなくてもいいだろう？　安心しろよ。僕が欲しいのは、君の能力だけだ。<br>
　用さえ済めば、君も友人たちの元へ送ってあげるから」<br>
「……い……いや」<br>
<br>
慈雲のソレは、れっきとした殺人予告。私は、今日、ここで死ぬ。鬼の手で、惨たらしく殺されるのだ。<br>
そう思うと、恐くて、怖くて――身体の震えが止まらなかった。<br>
誰か……誰か、助けて！　心に浮かぶ言葉は、それだけだった。<br>
<br>
その間にも、慈雲は常人を凌駕する腕力で、私の左腕を引っ張り続ける。<br>
慈雲の開かれた右手に、私の左手は無理矢理、近付けられていく。<br>
どれだけ抗っても、女の細腕では、引き戻すことすら出来なかった。<br>
このままでは、私の全てが奪われてしまう。恋人も、親友も、自分の能力すらも、全てが。<br>
<br>
「ははははっ。もうすぐだ！　もうすぐ、僕は夢占の巫女の能力を得る！　そして、僕は神になる！」<br>
「嫌っ！　こんなの…………だ、めぇっ！」<br>
<br>
歯を食いしばって、最後の抵抗を試みようとした矢先、生々しい音と共に、私の左腕は解放された。<br>
勢い余って尻餅をついた私が目を開くと、肘の辺りから切断された腕が、どす黒い血を垂れ流していた。<br>
それは紛れもなく、慈雲の左腕。私の左腕を掴んだまま、ぶら下がっていたのだ。<br>
肌に食い込むほど握りしめられた指を一本ずつ開いて、漸く、慈雲の腕を外すことが出来た。<br>
<br>
「その娘から離れなさい！　汚らわしい邪鬼め」<br>
<br>
凛とした声が、場の空気を支配した。私は慈雲の左腕を投げ捨てながら、声の主へと顔を向けた。<br>
慈雲と対峙していたのは、水晶の剣を手にした、隻眼の娘……薔薇水晶だった。<br>
<br>
腕を切断されて、流石の慈雲も戦意喪失するものと思いきや――<br>
<br>
「ふんっ。お前ごとき落魄した輩が、僕を愚弄するのか。身の程を弁えろよ」<br>
<br>
慈雲は、これ見よがしに左腕を掲げた。切断された肘から先が、見る見るうちに再生していく。<br>
<br>
「薔薇水晶…………お前はもう、夢占の巫女を守護する霊獣じゃあない。<br>
　強大な力を得ようと焦るあまり、浅はかにも、僕の忠実な傀儡に身を窶したんだ。そうだろう？」<br>
<br>
にたりと、慈雲が下品に頬を弛めた直後、薔薇水晶は剣を取り落として、苦しげに呻きだした。<br>
彼女が両手で掻きむしって、露わになった胸元には、奇妙な物体が蠢いていた。<br>
広げた手ほどの大きさで、人のカタチをした、不気味な腫瘍が……。<br>
　<br>
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