<p> それはある日曜日の夜のこと…幼なじみ兼恋人の金糸雀が泣きついてきた。<br> 「ジュン~…た、た、た、大変なのかしらぁ~…」<br> 「ど、どうしたんだよ金糸雀?とりあえず落ち着いて…ほら、深呼吸深呼吸…」<br> 「わ、わかったのかしら!すーっ、はぁー…すーっ、はぁー…うん、落ち着いたのかしらっ!」<br> 「よしよし…それで…どうしたんだい?」<br> 「あ、そうだったかしら!大変なのかしら!みっちゃんが…みっちゃんが帰ってくるかしらぁ~…」<br> 「へぇ…みっちゃんさんが…って、えぇっ!?」<br> 「どうしようかしらぁ~…」<br> 「どうしようって言われても…」<br> <br> <br> え?何故僕と金糸雀がこんなに慌ててるかって?<br> それは…みっちゃんさん…あ、みっちゃんさんって言うのは金糸雀のお母さんのこと。<br> 彼女は世界的に有名なファッションデザイナーで世界を飛びまわっているために普段はあまり家にいないんだけど、たまにぶらっと家に帰ってくるんだ。<br> <br> あぁ、なんで僕たちがこんなに慌ててるのか……だったよね。<br> そのみっちゃんさんが帰ってくる場所ってのが問題なんだ。<br> その場所ってのが僕の家。もちろんみっちゃんさんも僕が金糸雀と同居していることを知ってるからね。</p> <br> <p>さて、ここで金糸雀の性格を思い出して欲しい。<br> 彼女は学校などの公衆の面前では真面目なお嬢様(僕は「学校モード」と呼んでいる)、僕と二人きりのときのみうって変わったように甘えん坊になる。<br> 実は彼女の学校モードは相当疲れるらしく、家で僕に甘えることによってその疲労を発散してるみたいなんだ。その疲労が発散できない場合は文字通りぶったおれてしまうらしい…<br> さて、ここで大事なのが『僕と二人きりのときのみ甘えん坊になる』ということ。もちろんそれは家族であっても例外ではないらしい。<br> (水銀燈だけは何故か例外みたいだけど…)<br> つまり金糸雀は母親であるみっちゃんさんの前ですら学校モードになってしまうわけで……<br> しかもみっちゃんさんは毎回少なくとも3日は滞在するので、その間金糸雀がぶったおれたいかハラハラしながら過ごさなきゃいけないんだ…<br> <br> 「それで…みっちゃんさんはいつ来るって言ってたんだい?」<br> 「そ、それがぁ~…」<br> 手をパタパタさせながら泣きそうな顔の金糸雀。そんな顔も可愛いなぁ…じゃなくて!<br> <br> 「実はさっき電話がかかってきて、き…「ピンポーン」」<br> 「あ、誰か来たみたいだね…ちょっと待ってて?」<br> 「あ、ジュン…多分それは……」<br> 金糸雀の言葉を最後まで聞かずに玄関に向かう。誰であろうとお客さんを待たすわけにはいかないからね。<br> <br> ピンポーン…ピンポーン…<br> <br> 「はいはい、今出ますよ~っと…」</p> <br> <p>カチリ、ガチャッ…<br> <br> 「すいません、お待たせしました~…って…みっちゃんさん!?」<br> 「あ~っ、ジュンジュン久しぶりぃ~♪」<br> ドアが開くといきなりガバっと抱きついてくるみっちゃんさん。<br> 「どわっ!?ちょ、ちょっとみっちゃんさん…ほっぺがまさちゅーせっちゅっ…!」<br> 「いやー…本当に久しぶりね~♪あり?ちょっと見ない間に身長伸びたんじゃないの~?うりうり~…!」<br> 「い、痛いですってば…頭をぐしゃぐしゃするのはやめてぇー!」<br> 「あ、そういえば…ねぇねぇジュンジュン、カナはどこ~?」<br> 「か、金糸雀なら台どこガフッ…!」<br> 僕のセリフが途中で途切れてしまったのはみっちゃんさんが僕を投げ捨てたからで……あの細い腕のどこにそんな力が…うわ、頭にコブできてるよ…<br> 「カ~ナ~♪ひっさしぶりぃ~!相変わらず可愛いわぁ~!」<br> 「きゃー!?ほっぺがまさちゅ(ry」<br> 台所では先ほどと同じ光景が繰り返されている。哀れ金糸雀…</p> <br> <p> このままみっちゃんさんを放置してたら本当に金糸雀のほっぺが燃えちゃいそうだな……<br> <br> 「あのー…みっちゃんさん…?」<br> 「ん?どーしたのジュンジュン?」<br> みっちゃんさんが僕のほうに振り向くと同時に金糸雀が床に落とされた。<br> うわぁ…なんか鈍い音したよ…金糸雀ぐったりしてるけど大丈夫かなぁ…<br> <br> 「あ、いやいや…ずいぶん急に来たなぁ…と思って。いつもなら事前に連絡があるから…」<br> 「あり?だって私はちゃーんと手紙書いたよー?」<br> 「へ?手紙なんてあったかな…?」<br> 我が家のポストは僕が毎日チェックしてるんだけどなぁ…確かみっちゃんさんからのエアメールはなかったハズ…</p> <br> <p> 「みっちゃん…本当に手紙書いたの?それか住所間違ってたりしてない?」<br> おお愛する金糸雀よ、無事だったのか。でもやっぱり学校モードなんだな…<br> あ、おデコが赤い…さっき落ちたときにぶつけたのか…南無。<br> 「失礼だなぁカナは!住所も正確に書いたし、なくさないようにちゃんとポケットに…ほら!」<br> 「……」<br> 「……」<br> 「……」<br> 「……」<br> 「……」<br> 「え、えーと…あははは……」<br> 「あー…つまりポケットにつっこんだまま出し忘れた…ってことなの?」<br> 金糸雀が赤くなったおデコをさすりながら嘆く。<br> んなアホな…しかし現にこうして僕らに宛てた手紙はみっちゃんさんのポケットから出てきた。<br> 「そ、そうよ!悪い!?」<br> 逆ギレですかみっちゃんさん…しかしどう見ても貴女が悪いでしょうに…<br> 「はぁ…まぁいいわ。ところでみっちゃん…今回は何日くらい家にいるの?」<br> 「そうだねー…あ、今回は大きな仕事が終わったからたくさん休暇もらったんだー♪だから1週間くらいかな?」<br> </p> <br> <p>「「い、1週間~!?」」<br> 見事に僕と金糸雀の声がハモる。さすが恋人同士…ってそんな場合じゃないってば!<br> 1週間もみっちゃんさんがいたことなんて今までなかったからなぁ…金糸雀が非常に心配だ。<br> 「むー?なんだい君たち…私が1週間いるのがそんなに不満?」<br> 「い、いやいや…そんなことないですよ!?なぁ金糸雀?」<br> 「う、うんっ!」<br> 「ホントかなぁ?あ、なるほど…ふむふむ…そーゆーことかぁ?」<br> ニヤニヤしながら僕らを交互に見るみっちゃんさん。<br> 「そっかそっか、そうだよねぇ…君たちもお年頃の恋人同士だもんねー?私がいちゃ夜のいとな…」<br> 「み、みっちゃんさん!?」<br> 「ちょっとみっちゃん!何言ってるの!」<br> 「はっはっは!まぁカナもジュンジュンもガマンしてよ♪あ、シャワー借りていいかな?むこう出発してから全然浴びてなかったからさー…」<br> 「え、えぇ…いいですよ。えっと浴室は…」<br> 「だいじょーぶだいじょーぶ。ちゃーんと覚えてるから。<br> そんじゃまた後でねー♪」<br> そう言って浴室に消えていくみっちゃんさん。<br></p> <br> <p> みっちゃんさんがいなくなったリビングは、例えるなら役者のいなくなった舞台のようにシーンとしている。<br> <br> 「な、なんかすごい疲れたぞ…」<br> 「カナもかしらぁ…」<br> あ、学校モード解除されてる。<br> 「ところで…金糸雀1週間もガマンできるの?その……僕に甘えるの…」<br> 「多分…疲労をためないようにいつもより早く寝たら大丈夫だと思うかしら…」<br> ならその件については一応大丈夫そうだな。それにしても…<br> 「金糸雀のドジって親譲りだったんだな…」<br> 「むー…失礼かしらっ!まるでカナがドジっ子みたいな言い方かしらっ!」<br> いやいや、ぶすくれてますけど貴女は十分すぎるほどドジっ子ですってば……<br> 「ちょっとジュン!その顔は何かしらっ!?」<br> 「げっ…顔に出てたか?」<br> 「明らかに出てたかしらー!もぉっ…」<br> 「あははっ、悪い悪い。」<br> 「ぶぅ…」<br> <br> やれやれ…これからの1週間どうなることやら……<br></p>