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はた迷惑な人たち~第六幕~ - (2007/08/12 (日) 18:28:20) のソース

<p>○あらすじ<br>
真紅のスカートが破け、ジュンはそれを隠しながら自宅へ向かうことになった。<br>
途中翠星石に出会い、それはうまくまいたものの、今度は水銀燈がすぐ傍まで来ていて、<br>
そのため公園の滑り台に身を隠すことになった。<br>
一方約束を反故にされた巴は、心配になってジュンの家に向かっていた。 <br>
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第六幕<br>
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1<br>
<br>
「水銀燈はもうT字道路を曲がって、すぐそこの道まで来ているわ」<br>
<br>
真紅は随分焦っているようで、いつもよりも早口なその言葉から危機感が感じられた。<br>
<br>
「で、どうするんだ?ここから先は一本道で、水銀燈がこの十字路に来たら絶対に後ろ姿を見られるぞ」<br>
「…だから、隠れるしかないわ」<br>
「隠れるって、どこにだよ」<br>
「公園」<br>
<br>
ジュンは呆れた様に真紅を見ると、すぐ後ろにあるひっそりとした公園を一瞥した。<br>
<br>
「バカかお前、水銀燈は今からその公園に来るんだぞ?」<br>
「その公園には大きめの滑り台があるでしょう」<br>
「あの象の形をしたやつ?」<br>
「そう。その後ろに隠れたら、問題ないわ。私たちのシルエットをすっぽり包んでくれるはずよ」<br>
「…それ、ばれないか?」<br>
「滑り台は公園の最奥にあるのだし、だいじょうぶよ。<br>
 まさか水銀燈も、人知れず滑り台を楽しむために公園に行くわけではないでしょうしね」<br>
「それもそうか…他に隠れるところもなさそうだし、仕方ないな」 <br>
<br>
二人はやはりぴったりとくっついたまま、人気のない鉄格子に囲まれた公園に入っていく。<br>
もともと息が合う方なのか、慣れただけなのか、その足取りは乱れるところがない。<br>
間もなくして、二人は目的地に着いた。<br>
この象の滑り台は、背中に段の低い階段が連なり、鼻のところで滑るようになっていて、足場には小さな砂場が広がっている。<br>
小さな公園に似合わず、大きくしっかりとした滑り台で、<br>
骨組みが見えるようなものではなく、コンクリートで全体をしっかりと固められたタイプだった。<br>
象の顔は横から見る分には愛くるしく可愛いのだが、正面に立つと坂の部分が顔を左右に分断しており、なかなかホラーである。<br>
これがある種の子供には恐怖心を与えるのか、雛苺などはこの公園を避けていた。<br>
とはいえ、人二人分の高さと数人は十分に隠せる横幅のため、二人を入り口の視界から消すという目的にはうってつけだった。<br>
<br>
「ジュン、ご苦労様。私は滑り台に背を向けるから、しばらくは隠す必要はないわ」<br>
「え?」<br>
「だから、しばらく離れていなさいということよ」<br>
「あ、ああ、そうだな、悪い」<br>
<br>
離れると、気温は決して低くはないはずなのに、ジュンは妙に涼しくなったように感じた。<br>
<br>
「ジュン?物足りなさそうな顔をしているわね」<br>
「は…はぁ!?ば、バカいうなよ!誰が…」<br>
「ちょっと、静かにしてちょうだい。すぐ近くに水銀燈がいるのよ。気づかれたらどうするの」<br>
「あっ…」 <br>
<br>
ジュンははっとして口を手で押さえる。<br>
真紅はその様子を見やりながら、悪戯そうにくすっと笑うと、<br>
<br>
「まぁ、安心しなさい。水銀燈が行ったあとは、あなたの家までまた送ってもらうことになるから、<br>
 あなたの幸運はもうしばらく続くわ」<br>
「こ、幸運って、お前なぁ…!」<br>
「あら、こんなことでもなければ、私にこれだけの時間触れていられるなんてないのよ。感謝してほしいわね」<br>
「こ、この…!さっきから言いたい放題…元はと言えばお前が…」<br>
「ジュン、顔が真っ赤よ?」<br>
「……!」<br>
<br>
真紅の言葉を聞くと、ジュンはぷいとそっぽを向いてしまった。<br>
その顔はやはり茹で上がったように赤くて、それが太陽のせいなのか、それとも内からきた赤さなのか、傍目にはちょっとわからなかったが、<br>
それっきりジュンは黙ってしまったので、きっと両方のせいなのだろう。<br>
真紅は愉快そうに、この多感な少年を眺めていた。<br>
<br>
「…さてと、後はここでただ時がたつのを待つだけね」<br>
「……ああ、そうだな。…でも、こんな何もない公園に何しに来るんだろう?」<br>
「さぁ。散歩する時の目安というか、そんなところじゃないかしら」<br>
「なるほどな。…やれやれ、面倒くさい…」<br>
<br>
今日何度目かの溜息をつきながら、ジュンは思い出したように二つ折りの携帯電話を取り出した。<br>
巴にメールを出してから、だいぶ時間がたっている。<br>
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「こんな時間か…ん、返信きてるな」<br>
「返信?」<br>
「ああ、いや、こっちの話」<br>
「…そう」 <br>
<br>
真紅はそれ以上は追求しなかった。<br>
ただ少しだけつまらなそうな、しかし申し訳なさそうな顔をしていた。<br>
<br>
『from: 柏葉 巴<br>
 件名: Re: ごめん<br>
 わかりました。でもアクシデントって、何があったの?だいじょうぶ?<br>
 よければ、コピーだけでも桜田くんの家に届けようと思います。』<br>
<br>
巴らしい飾り気のないメール。<br>
そこには、絵文字や顔文字をつかった女子中学生らしいチープな感情表現は見あたらない。<br>
それどころか、どこか事務的ですらある。<br>
しかし、その中に一つの意思が見て取れて、ジュンは少しの間考え込んだ。<br>
彼女もまた、自分の家に向かっているのだろうか?<br>
とすると、なんだかよくないことになりそうな気がする。<br>
時間を見てみれば、メールを受け取ってから少し時間がたっていた。<br>
<br>
ジュンは急いでメールの返事を打ち始めた。<br>
それと同時に、しゃっと固い砂を踏む足音が公園の入り口から聞こえてきた。<br>
<br>
<br>
2<br>
<br>
ジュンの家に向かっていた巴は、ふらふらと彷徨っている翠星石を見つけた。<br>
腕を組んだり、首を傾げたり、同じところをぐるぐるとしていた。 <br>
<br>
「翠星石?」<br>
「ひっ…!ああ、巴ですか…驚かすんじゃねぇですよ」<br>
「こんなところできょろきょろとあちこち見渡したりして、何か探してるの?」<br>
「ちょっと考え事をしていただけです。巴はどこか行くのですか?」<br>
「ええ、桜田くんの家に」<br>
「ジュンの家に?」<br>
<br>
翠星石の顔が険しくなる。<br>
巴とジュンが一緒にいるのを見たり聞いたりすると、彼女の頬は知らず知らずのうちにひきつっていく。<br>
<br>
「…残念ですけど、ジュンは家にいないですよ」<br>
「ああ、やっぱりそうなんだ」<br>
「やっぱり?」<br>
「気にしないで。…でも、どうして翠星石は桜田くんの家に行ったの?」<br>
「…どうだっていいじゃないですか、あんなやつのことなんて翠星石は知らんです!」<br>
「翠星石?……こんなこというなんて、また喧嘩したのかしら」<br>
「この際だからお前にも言っておいてやるですよ。実はついさっき、ジュンにあったのです」<br>
「えっ、桜田くんに!?」<br>
「そうですよ。随分と驚きますね」<br>
「つ、続けて」<br>
<br>
「…?変なやつですぅ…。まぁいいです、ついさっきジュンにあったのですが、<br>
 あの野郎、どういうわけか真紅と寄り添って、ぴったりとくっついていやがったのです!<br>
 そう…まるで、こ、ここ…恋人みたいに…!」<br>
「こ、恋人!?そ、それは言い過ぎじゃ…ほら、二人は仲いいし…」<br>
「巴はあのときの二人を見てないからそんなことが言えるのです!<br>
 あれは普通じゃなかったです、なにしろもう体と体が隙間なく密着していたのですから…。<br>
 この公道のど真ん中で、ですよ?」<br>
「ど、どうしてそんなこと…」 <br>
<br>
「翠星石もそう思って聞いたです、だってあんまり破廉恥だったんですから!<br>
 そうしたら、ジュンのやつ『こうせずにはいられないんだ』ってほざきやがったのですぅ!<br>
 そして一向に離れようとしないのです。それでさらに問いつめたら、真紅のやつ、なんて言ったと思います?<br>
 『これは私が頼んでやってもらってるのよ』とかなんとか、<br>
 もうあんまりのことで翠星石はどうかなってしまいそうでしたよ!」<br>
「そ…それは本当なの、翠星石?」<br>
「できることなら嘘だと思いたいくらいですね!」<br>
「そんな…桜田くん、いったい、どういうこと…?」<br>
<br>
「…それで終わりじゃないです。あれからちょっといろいろあって、あの二人に逃げられてしまったのですが、<br>
 どうせ行くところはジュンの家かそこらだろうと思って、ジュンの家に行ったのです。<br>
 そしたらのりのやつが出てきて、『ごめんね、ジュンくんはちょっと前に出かけちゃったのよぅ』って、<br>
 いつもの舌ったらずな声で言ったとこまではいいのですが、そこからが問題です。その後のりは、<br>
 『ジュンくんは今図書館に勉強しに行ってるの』って言ったのです…!<br>
 お笑いですね、あんな風にして二人で図書館に言って、なんの勉強をするつもりだっていうんですか?<br>
 だいたい、二人は図書館とは逆方向に向かってたですしね。<br>
 のりに隠れてこっそり逢い引きとは、あのチビ眼鏡、見かけによらずやり手ですよ、はんっ。<br>
 真紅もいつの間にジュンとそんな関係に…うぅ…」 <br>
<br>
「その話は…本当に本当なの?」<br>
「しつこいやつですね、こんなところでお前にそんな嘘ついてどうするんです?」<br>
「ちょっと待って。………これが本当なら、翠星石の場合もっと取り乱してるんじゃないかしら…。<br>
 こんな風に筋道立ててものを話せる間は、この子の場合まだ余裕があるってことなのよね…。<br>
 桜田くんのこととなると頭に血が上って、人の話も聞かずに暴走する子なのに。………ねぇ、翠星石」<br>
「なんです?ぶつぶつと一人で暗いやつですね」<br>
「桜田くんのお姉さんの言ったことは本当よ。私、桜田くんと図書館で勉強する約束してたもの」<br>
「…へ?」<br>
「ここ一週間、桜田くん学校休んでたでしょう?その分のノートのコピーとかほしいって、<br>
 あとついでにわからないところの勉強を教えてくれないかって頼まれてたのよ」<br>
「なにを言ってるです、だってジュンは現に…」<br>
<br>
「さっき、桜田くんからアクシデントがあって行けなくなったっていうメールをもらったわ。<br>
 だから、せめてノートのコピーだけでも届けてあげようと思って、桜田くんの家に行こうと思ったの。<br>
 …今日は暇だし、なんなら帰ってくるまで待っててもよかったし…」<br>
「なっ…そんなことなら翠星石に言ってくれたら、翠星石だって見せてやったですのに…。<br>
 って今はそんなこと言ってる場合じゃねぇですね、巴、それなら、なんでこんなことになったのですぅ?」<br>
「わからないわ。ただ、そのアクシデントってなんなのかが気になってたんだけど…」<br>
<br>
「じゃ、じゃあ…ジュンが、図書館に行くつもりだったっていうのは、本当のことなんですね?」<br>
「そのはずよ。それからなんらかのことがあって、行けなくなったんじゃないかしら」<br>
「翠星石が会ったとき、二人は図書館と逆方向を歩いてたです」<br>
「じゃあきっと、真紅との間に何かがあったのね」<br>
「何かって…なんです?」<br>
<br>
二人の間を沈黙が包んだ。<br>
翠星石は当惑した様子で、巴の目を推し量るようにじっと見つめている。 <br>
<br>
「ねぇ、翠星石。桜田くんと真紅は、どんな様子だったのかもう一度言ってくれる?」<br>
「…ですから、恋人のようにぴったりと寄り合っていたです…」<br>
「アクシデントの後にそうなるって、いったい何があったんだろう…」<br>
「…………告白」<br>
<br>
翠星石がぽつりと漏らした言葉に巴はぎょっとして、「えっ?」と声をあげた。<br>
<br>
「真紅は…ジュンのことが好きです。はっきりとは言わないけど、それくらいわかるです…。<br>
 ジュンだって、真紅のこと、憎からず想ってるです…もし告白されたら…」<br>
「す、翠星石…何を言っているの?」<br>
「真紅は…ジュンとお前の仲が良いのを気にしてたです…。<br>
 だからもし、ジュンがお前と二人で勉強をするなんてわかったら、きっと焦ったです…。<br>
 翠星石でも真紅でもなく、ジュンはお前に頼んだわけですから…」<br>
「ねぇ、何が言いたいの?」<br>
「図書館に行く途中、ジュンと真紅が出会って、ジュンが図書館でお前と約束したのを聞いたとしたら…」<br>
「…告白するとでも?」<br>
<br>
「……真紅は、そういうところで妙に積極的というか、押しの強さがあるのですぅ…。<br>
 それに…そう考えると、なんだかいろいろ合点がいくのですよ。<br>
 真紅みたいに操の意識が強い子が、恋人関係でもないのに、あんなことを許すなんてちょっと思えないのです…」<br>
 恋人同士なら、あの程度のことはやましくもなんともないことです…。<br>
 突然のことだから、そういう関係を隠したがるのもわかるのです…」<br>
「翠星石…そんなこと、本気で考えてるの?」<br>
「わからない…わからないです!<br>
 こういう可能性は考えてはいたですよ、さっき話したことだってそうです、でもそれはどこか現実感がなくて…<br>
 それが今、急に色も鮮やかに質感を伴って翠星石の目の前に…もう、何も…」<br>
「ちょっと、翠星石!?」 <br>
<br>
翠星石が踉蹌として離れていくのを、巴は止めることができなかった。<br>
彼女の中に膨らんでいた疑惑の風船が、破裂寸前に膨らんで、その重さを肌に感じ始めたようだった。<br>
止めても、もはや自分の声など彼女の耳には届かないだろうということは想像に易い。<br>
巴自身も、翠星石の言ったことをにわかに信じたわけなかったが、胸の奥が気味悪くざわついていた。<br>
<br>
「桜田くん…私、信じていいんだよね?」<br>
<br>
巴はしばらく呆然と立ちつくしていた。<br>
あの少年は、最初から自分との約束など守るつもりもなかったのではないかとか、<br>
いろいろとネガティブな考えがこみ上げてくるのを必死で振り払っていた。<br>
<br>
「…そういえば、メールの返信、きたのかな…」<br>
<br>
カバンから取り出して見てみると、携帯のランプが緑色に点滅している。<br>
返信があるらしい。<br>
巴はおそるおそる携帯を開くと、そのとき、親しい声と共に背中にドンと衝撃が走った。<br>
<br>
「トゥ・モ・エーーッ!」<br>
「きゃあっ…!」<br>
<br>
振り向けば、いつものように満面の笑みをうかべる雛苺が、彼女の背中に抱きついていた。<br>
巴は慌てて携帯をしまうと、<br>
<br>
「ひ、雛苺?もう…おどかさないでよ」<br>
「えへへ、だってトモエがこんなところにいるなんて思わなかったんだもん!」 <br>
<br>
その屈託のない笑顔に、巴は心が安まるのを感じた。<br>
どんな時でも、安心のできる相手。<br>
携帯をたたむと、巴は久方ぶりに笑った。<br>
しかしその笑みも、雛苺の質問で間もなく消えてしまった。<br>
<br>
「ねぇ、ジュンは?」<br>
「え?」<br>
「一緒にいたんじゃなかったの?」<br>
「どうして?」<br>
「今日、ジュンが言ってたのよ、トモエと図書館で勉強するって」<br>
「…今日?」<br>
「今日よ。ここでジュンと会ったのよ」<br>
「…それ、いつ!?」<br>
<br>
巴は思わず声を荒げると、ガバと雛苺の両肩を掴み、<br>
事情のわからない雛苺は、その勢いに後ろのめりになりながら「ほぇっ!?」とマヌケな声を響かせた。