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Prologue:樹海にて - (2008/03/16 (日) 00:49:20) のソース

<p>緑、緑、緑。<br />
周囲を緑一色に満たされた空間。<br />
充満する草いきれ、申し訳程度の木肌の茶色。<br />
その中で、「そいつ」だけは異彩を放っていた。異彩を放ち過ぎていた。<br />
鳥類を思わせる、短くそして致命的な色彩を放つ嘴。<br />
漆黒の毛並み、それに混じりこむ漆黒の鱗。<br />
とてつもない太さを誇る一対の前脚は、よく見れば「前脚として利用されている」、<br />
背から生えた翼であることが見て取れよう。<br />
そんなことが見て取れたところで、「こいつ」の犠牲者にしてみれば何の救いにもなりはしないが。<br />
「こいつ」の漆黒の体色の中で、唯一凶々しい赤を放つ一対の器官……すなわち瞳が写し込む、３人の姿。<br />
整った顔立ちの上から被られた兜。その隙間から金髪を覗かせる長躯の男。<br />
軽装ながら、しかし人体の急所は強固に守られた鎧を着る少女。<br />
その少女と同じ鎧を着込みながら、しかし更に幼い顔立ちをしたもう１人の少女。<br />
前者の少女は、赤を基調としたドレスのような鎧下の着衣を震わせ、<br />
そして後者の少女は、赤子じみた桃色の着衣を強く握り締める。<br />
金髪の男性がこの場にいなければ、２人とも間違いなく恐怖のあまり錯乱を起こしていただろう。<br />
むしろ「こいつ」を前にしたなら、大の男ですら恐怖にすくみ上がらない方がおかしい。<br />
この漆黒の魔物を討ち果たすだけの力を、持っていなければ。<br />
金髪の男は、盾をくくりつけた右手を振るい、それで「下がっていろ」という無言の意思表示を２人の少女に行う。<br />
赤の衣をまとう少女は、恐怖に凍りついた喉を必死に震わせ、言葉を紡ぐ。<br />
結局出てきたものは、引き攣（つ）れるような声にならない、声のみであったが。<br />
桃色の衣をまとう少女は、泣き叫んだ。泣き叫んで、その男の名を呼んだ。<br />
漆黒の魔物は、その前足として振るわれる翼を大きく振りかざした。<br />
金髪の男は、気合の大音声と共に、魔物の懐に駆け出した。<br />
金髪の男の着込む鎧に付けられたポケットから、手の平にちょうどつかめる大きさの玉が滑り落ちる。<br />
金髪の男はその玉を掴み取り、漆黒の魔物に投げつける。<br />
漆黒の魔物の姿が、白に染まった。<br />
一瞬遅れて、魔物の背景たる森の木々すらも。<br />
更に一瞬遅れて、頭上の木々の隙間から零れ落ちる青空も。<br />
大地も。<br />
地面の草も。<br />
木々に絡みつく蔓も。<br />
緑も青も茶色も何もかもが白に染まり果て――。<br />
そこで２人の少女の意識もまた、白に染め上げられた。</p>
<p>気付いた時には、２人の少女は樹海の外の草むらに、その身を投げ出されていた。<br />
その傍ら、２人の猫小人（アイルー）が必死に２人の看病を行う中、２人の意識は突如として復活した。<br />
その２人のアイルー……<br />
毛並みを上品な赤に染めた方がホーリエ、同じく毛並みを柔らかな桃色に染めた方がベリーベル。<br />
そう名付けたことを思い出した２人は、再び意識を手放しそうになる。<br />
樹海に遮られない真昼の太陽の日差しすら、２人のまぶたがまたも落ちることを防ぐことは出来ない。<br />
不安そうに鳴く２人のアイルーが、新たに薬草を施そうとした時。<br />
すでに２人の少女の瞳は閉じられていた。<br />
苦しげな、けれども命に執着する気持ちを忘れない、くぐもった吐息だけがそこに残された。</p>
<p>それが、「ローゼンメイデン」第五子である真紅、そして第六子である雛苺と――<br />
のちに「迅竜」ナルガクルガと名づけられることとなる、漆黒の怪物との邂逅の物語。</p>
<p>******</p>
<p> </p>
<p>第一話「白雪」へ</p>