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～第三十九章～ - (2006/05/24 (水) 22:18:25) のソース
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～第三十九章～<br>
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水銀燈の剣技は、技術、腕力とも、蒼星石に勝るとも劣らない。<br>
直に剣を交えることで、巴は痛切に感じた。油断のならない相手だ。<br>
ここに真紅や雪華綺晶まで割り込んできたら、流石に、独りでは手に負えない。<br>
有利な内に、さっさとケリを着けるべきだった。<br>
――どんなに卑怯な手段に訴えようとも。<br>
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（わたしは、必ず勝つ！ そして、今度こそ――）<br>
<br>
愛する人と、命の灯火が消えるその日まで、添い遂げるのだ。<br>
赤の他人によって人生の幕を無理矢理に降ろされる事は、もうイヤ。<br>
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水銀燈の握力を奪うべく、強烈な斬撃を見舞うものの、彼女は苦痛の色も見せない。<br>
刀身の厚味が、かなりの震動を吸収するのだろうか。<br>
それとも、本当は痺れているのに、痩せ我慢をしているのか。<br>
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どちらであれ、このままでは埒が開かない。<br>
巴は一旦、大きく飛び退くと、左手の指を銜えて口笛を吹いた。<br>
途端、謁見の間に弓足軽の一団が踏み込んできた。<br>
素早く展開して矢を番え、弦を引き絞る。<br>
その矢が狙うは水銀燈ではなく、重傷で身動きの取れない雪華綺晶と……<br>
彼女に付き添い、怪我の状態を調べる真紅の方だった。<br>
<br>
「……卑劣ねぇ。真剣勝負の途中で、普通、そういうコトするぅ？」 <br>
「勝った者が正しい。それが世の常。卑怯も下劣もないわ。<br>
弱者は強者にねじ伏せられ、醜く穢れていくだけ。生者必滅よ」<br>
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巴は剣を構え直した。水銀燈に冥鳴を起動する暇を与えないつもりだろう。<br>
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真紅は雪華綺晶を庇い、弓足軽の前に立ち塞がった。<br>
彼女なら、法理衣と圧鎧に護られている上に、縁辺流という迎撃手段もある。<br>
弓足軽くらい、縁辺流が放つ聖なる光によって駆逐できる。<br>
自分の内に宿る雛苺に指示を出すため、真紅は束の間、瞑想に入った。<br>
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しかし、それこそ巴が目論んだとおりの展開。<br>
待ち侘びていた好機だった。<br>
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「かかったわね、真紅っ！」<br>
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身動きを止めた真紅を狙って、巴が龍の鉤爪を放つ。<br>
龍の鉤爪には、精霊の力など無いに等しい。<br>
真紅が二重の防御装甲精霊に護られていようが、一撃で致命傷を負わせる。<br>
<br>
だが、巴と真紅の間に、一陣の風の如く飛び込む人影がひとつ。<br>
龍の鉤爪が放たれる直前、水銀燈は巴の真意を見抜いて、疾駆していたのだ。<br>
彼女は自分の得物を盾代わりにして、龍の鉤爪を受け流した。<br>
<br>
「見え見えなのよ、おばかさぁん」<br>
「馬鹿なのは、貴女の方かも知れないわよ？」<br>
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巴は酷薄な笑みを浮かべて、もう一度、龍の鉤爪を放った。<br>
時を同じくして、弓足軽が一斉に、真紅と雪華綺晶に矢を射かける。<br>
先の一撃は、真紅の前面に水銀燈を誘導するため。<br>
今度の一撃は、必中を狙った攻撃。<br>
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「くぅっ！？ まだ縁辺流は起動できないの、真紅っ！」<br>
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敵の狙いは、あくまで真紅だ。<br>
真紅を背後に匿った水銀燈は、その場から身動きが取れなくなってしまった。<br>
自分が躱せば、龍の鉤爪は真紅を引き裂く。<br>
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真紅は、まだ縁辺流を起動する気配を見せない。<br>
矢だけでも落とさないと、真紅はまだしも、雪華綺晶が矢の雨に打たれてしまう。<br>
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「こうなったら――」<br>
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迫り来る龍の鉤爪に背を向けて、水銀燈は飛来する矢の雨に、冥鳴を放った。<br>
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真紅たちが激戦を続ける一方で、蒼星石はジュンの心を呼び戻すべく、<br>
斬り合いながらも懸命に呼びかけていた。<br>
けれど、義仲の意志は流石に強いらしく、一向にジュンが目覚める気配が無い。<br>
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（やっぱり、もうダメなの？）<br>
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胸をよぎる一抹の不安が、見る間に大きな影となって、<br>
蒼星石が抱いていた一縷の希望を覆い隠していく。<br>
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（ボクは……キミを斬りたくないんだ）<br>
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蒼星石の苦悩など、義仲の知ったことではない。<br>
無慈悲、無遠慮な斬撃を、彼女めがけて打ち込んでくる。<br>
霊剣『魂蝕』の刃を受け止める度に、零れた穢れが蒼星石に降りかかり、<br>
彼女の身を、心を、じわじわと蝕んでいった。<br>
<br>
「どうした？ 無駄口を叩くばかりで、手も足も出ないではないか」<br>
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積極的な攻撃を渋る蒼星石に、義仲の嘲笑が浴びせられた。<br>
明らかに挑発している。<br>
だが、そんな安っぽい挑発に熱くなるほど、蒼星石は未熟ではない。<br>
徐々に蝕まれていくのを覚悟で刃を交え、ジュンの心に呼びかけ続けた。<br>
<br>
「お願い、ジュンっ！ もう目を覚ましてよ！」<br>
「ふ……女々しいな。剣の腕は優れていても、所詮は甘ったれた小娘か」<br>
「お願いだから、ボクに、キミを斬らせないで！」<br>
<br>
噛み合わない、二人の言葉。<br>
想いが届かないもどかしさが、蒼星石の憤りを憎悪へと変貌させていく。<br>
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こんなに想っているのに――<br>
やめて、と頼んでいるのに――<br>
どうして、目を覚ましてくれないの？ なんで、解ってくれないの？<br>
ボクを忘れて、巴なんかと仲良くするなんてっ！<br>
<br>
（ジュンのバカっ！ バカっ！ 馬鹿っ！ 莫迦ぁっ！）<br>
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蒼星石の身体にまとわり付いていた穢れが、黒々とした陽炎となって、<br>
彼女の背後から立ち上り始めた。<br>
泣きたい気持ちを押し退け、抑え難い破壊の衝動が、深淵より湧き上がってくる。<br>
こんな現実は認めたくない！ 受け入れたくない！<br>
目を瞑って、最初から無かった事にしてしまいたかった。<br>
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――ならば、どうする？<br>
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蒼星石の頭に、問い掛けてくる女の声。それは、自問の声だったかも知れない。<br>
或いは、悪意を吹き込む鈴鹿御前の囁きだったのかも知れない。<br>
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聞き流さねばならない。実際、そうすべきだった。<br>
けれど、冷静さを欠いた今の蒼星石は、的確な判断を下せなかった。<br>
穢れの声に耳を傾け、答えてしまった。<br>
<br>
（これだけ言っても解らないなら……やっぱり別人なんだね。<br>
ならば、出来の悪い模造品は壊さなきゃ。紛らわしい偽物なんて、必要ないよ！）<br>
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蒼星石の剣が、煉獄の業火を纏う。<br>
ジュン――木曽義仲を見詰める緋翠の瞳は、<br>
見る者全てを石に変えるかと思えるほどの妖気を宿していた。<br>
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しかし、流石に征夷大将軍を拝命した男だけあって、義仲は気圧されなかった。<br>
ばかりか、愉快そうに笑ったほどだ。<br>
<br>
「ようやく、本気になったか。勿体ぶってくれたものだな」<br>
「……キミを壊す」<br>
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感情の籠もっていない声で、蒼星石は言い放った。<br>
突進して、真上から剣を振り下ろす。<br>
その斬撃を受け止めた義仲の剣が、ジリジリと爆ぜるような音を立てた。<br>
皇剣『霊蝕』が放っている穢れが、煉飛火に焼かれている音だった。<br>
<br>
「なんだとっ？！ くっ！ まさか……これほどとは」<br>
「死んじゃえ！ ジュンの紛い物なんか、消えてなくなってしまえ！」<br>
「ぐ、う……」<br>
<br>
蒼星石は、常人を遥かに凌駕する力で、燃え立つ刃を義仲へと押し込んでくる。<br>
炎に照らし出された彼女の目は、今や狂気を宿して、妖しく濡れていた。<br>
穢れを奪われ続けたためか、義仲は急激な脱力感に襲われた。<br>
蒼星石の剣を押し返そうにも、脚に力が入らず、踏ん張れない。<br>
両の膝が、ガクガクと震えだした。<br>
<br>
勝利を確信する蒼星石の口元が、不気味に歪んだ。<br>
彼女の身体からは、義仲をも上回る穢れの波動が発せられている。<br>
蒼星石が、更に力を込めて押してくると、義仲は堪らず、片膝を折った。<br>
<br>
「お、のれぇ――」<br>
「あははっ！ もうすぐ……あと少しで、キミを――」<br>
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緋翠の瞳を爛々と煌めかせて、蒼星石は、ねっとりと舌なめずりをした。<br>
<br>
剣を支える義仲の両腕までが、小刻みに震え始める。<br>
これ以上は、支え切れそうもない。<br>
じわりじわりと近付いてくる炎に炙られて、彼の前髪がジリッと焦げた。<br>
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しかし、このまま安易に死んでやるつもりなど、毛頭ない。<br>
ましてや、こんな小娘に斬られる事は、彼の自尊心が許さなかった。<br>
<br>
「なめるなよ、小娘がぁっ！」<br>
<br>
義仲は吼えて、蒼星石の剣を押し戻した。が、片膝立ちの姿勢は変わらない。<br>
所詮は一時凌ぎに過ぎず、燃え盛る剣は、再び押し込まれてきた。<br>
二人が発散する穢れの波動が、広い謁見の間に、ひたひたと充満していく。<br>
<br>
そんな、ギスギスした重苦しい空気を切り裂いて、<br>
<br>
「何やってるですか、蒼星石ぃっ！」<br>
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悲痛な叫びが、謁見の間に響き渡った。<br>
満身創痍でありながらも、全力で妹の元に駆け寄る翠星石の叫びだった。<br>
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彼女は疾駆した勢いそのままに、跳び蹴りをかました。<br>
鍔迫り合いをしていた蒼星石に、躱す余裕など無い。<br>
真横から直撃を食らって、蒼星石は息を詰まらせながら、床に倒れ込んだ。<br>
<br>
「この、バカちんっ！ お前が、穢れに心を支配されてどうするですか！」<br>
「ね……姉さん」<br>
「真紅も、銀ちゃんも――みんな、辛い想いをしてきたですっ！<br>
それでも、みんなは運命を呪ったり、現実から目を背けたりはしなかったですよ！<br>
なのに、蒼星石は何ですか！<br>
目的を忘れて、あろう事かジュンを殺そうとするなんて！」<br>
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蒼星石は、自分が何をしていたのかを思い出して、愕然とした。<br>
危うく、取り返しの付かない事をしてしまうところだった。<br>
姉が――翠星石が止めてくれなかったと思うと、心底ゾッとする。<br>
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だが、蒼星石が礼を言うより早く、それは起こった。<br>
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「ひぁっ！」<br>
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体勢を立て直した義仲が、素早い動作で翠星石を後ろ手に捻り上げて、<br>
彼女の細頚に剣を宛っていた。<br>
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「姉さんっ！」<br>
「ふ……形勢逆転、だな」<br>
「ジュンっ！ お前も、さっさと目を覚ましやがれですっ。<br>
蒼星石の声は聞こえてる筈です！ なのに、なぜ応えねぇですか！<br>
思い出すですよ。お前は、こんな卑怯な真似する奴じゃねぇですっ」<br>
「こっちもまた、ピーピーと威勢が良い小娘だな」<br>
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苦笑しつつ、翠星石の右腕を更に捻り上げると、彼女は小さな悲鳴を発した。<br>
やや前屈みになった拍子に、頚が刃に触れて、糸のような傷をつけた。<br>
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「だが、姉妹揃って、口の利き方を知らないようだ」<br>
「やめろっ！ 姉さんを放せっ！」<br>
「放して欲しくば、先にする事があるのではないか？」<br>
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義仲の言う『先にする事』の意味を、蒼星石は鋭く察した。<br>
煉飛火を格納して、剣を義仲の方へと投げ捨てた。<br>
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「ばっ……バカ、バカっ！ なにしてやがるですっ！」<br>
「姉さんを助けるには、これしか……ないんだ」<br>
「こいつはまだ、ジュンじゃねぇですよ。<br>
そんな口約束を律儀に守ると思ってるですか！ お人好しもいい加減にしやがれです」<br>
「どうするかは、ボクが決めることだよ。<br>
これで姉さんを救えるのなら、躊躇ったりしない」<br>
「蒼星石……」<br>
<br>
翠星石には、蒼星石の気持ちが、痛いほどよく解った。<br>
何故なら、自分もまた、同じ考えだったのだから。<br>
蒼星石の立場に居たら、きっと、妹と同じことをしたから。<br>
今までだって、蒼星石を護るために、進んで自らの身体を盾にしてきた。<br>
それこそ、枚挙に暇がないくらいに。<br>
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「ふふん。聞き分けが良いな。者共、であえっ！」<br>
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翠星石を人質としたまま、義仲が号令をかけた。<br>
丸腰となった蒼星石など、近衛兵に始末させるつもりだろう。<br>
このまま手も足も出せずに、蒼星石が殺される場面を見なければならないのか。<br>
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（そんなのイヤですっ。蒼星石は絶対に殺させないですよ。私の命に替えても）<br>
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イザとなれば、睡鳥夢を起動するだけだ。<br>
外の敵が城内に入ってきてしまうが、その時は、その時。<br>
蒼星石を死なせるよりは、遥かにマシだった。<br>
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だが、待てど暮らせど、近衛兵は現れない。義仲は眉を顰め、再度、怒鳴った。<br>
そして、姿を見せたのは――<br>
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「そんなに大声を出したって、手下は誰一人、来やしないかしら」<br>
「なんたって、俺たちが全てブッ倒しちまったからな」<br>
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氷鹿蹟を引き連れた金糸雀と、汗まみれの上半身を露出させたベジータだった。<br>
忍びの機動力を活かす為、翠星石を先行させて、城内の敵を駆逐していたのだ。<br>
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「遅くなったから心配してたけれど、どうやら間に合ったかしら」<br>
「らしいな。よお……お前が鬼祖軍団の親玉か」<br>
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金糸雀は短筒を、ベジータはトンファーで、翠星石を盾に取る義仲を指差した。<br>
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「お前も武人なら、正々堂々と一騎打ちしちゃあどうだ」<br>
「それとも、まともに闘えば蒼ちゃんには敵わないかしら？」<br>
「……なんだと？」<br>
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二人の言葉が、義仲の自尊心を傷付けたのだろうか。<br>
彼は右の眉を吊り上げ、あからさまな不快感を示した。<br>
先程、あわやと言うところまで圧されていただけに、心中、穏やかでなかったのだろう。<br>
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「よかろう。ならば…………返してやろうではないかっ！」<br>
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義仲は蒼星石に向けて、翠星石の背中を思いっ切り突き飛ばした。<br>
蹌踉めき、倒れ込む翠星石を正面から抱き留めた蒼星石は、姉の肩越しに、<br>
腰溜めに剣を構えて突進してくる義仲の姿を認めて戦慄した。<br>
この体勢では、避けようがない。<br>
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「姉妹仲良く、串刺しにしてくれるっ！」<br>
「そんな事、カナが許さないかしら！」<br>
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抱き合う双子の姉妹を刺し貫こうとする義仲に向けて、金糸雀が発砲した。<br>
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金糸雀が銃を撃つ、ほんの少し前――<br>
水銀燈が起動した冥鳴は、弓足軽どもの放った全ての矢を撃ち落としていた。<br>
次の瞬間、真紅が目を開き、縁辺流を起動する。<br>
真紅が放った精霊は、弓足軽の一団に飛び込んで、忽ち敵を殲滅した。<br>
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が、その光景を見る前に、水銀燈は凄まじい衝撃を背中に受けて、仰け反った。<br>
意識が薄れて、倒れそうになる。しかし、ここで斃れる訳にはいかない。<br>
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（まだ……よぉ。真紅を…………護らないとぉ）<br>
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前に倒れそうになる身体を支えるために、一歩、足を踏み出す。<br>
再び、背中に衝撃が走り、水銀燈は前方に突き飛ばされた。<br>
しかし、倒れない。<br>
両脚を踏ん張って、巴の射線から真紅を庇い続けた。<br>
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「水銀燈っ！ 貴女！」<br>
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もたれかかってくる水銀燈の身体を、真紅は全身で支えた。<br>
真紅の肩を、水銀燈の左手が掴む。<br>
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「もう良いわ！ これ以上、庇ってくれなくても良いからっ！」<br>
「……そぉいうワケにも…………いかないでしょぉ」<br>
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水銀燈の背中に龍の鉤爪が食い込む衝撃が、真紅の腕にも伝わってきた。<br>
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「くぁっ！」<br>
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水銀燈が喉の奥から、苦悶の声が漏らす。<br>
我慢できずに真紅が彼女の身体を脇へ押し退けようとするのを、水銀燈は頑として押し止めた。<br>
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なぜ、そうまでして護ろうとするの？<br>
明らかな拒絶が信じられず、真紅は涙を浮かべた眼差しで、水銀燈を見上げた。<br>
水銀燈は、そんな真紅を見下ろして――<br>
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「こうして……いれば、巴は私を狙うわ。真紅と、雪華綺晶には……」<br>
「貴女、初めっから、私と雪華綺晶を庇うために？！」<br>
「こんなの、私らしく……ないんだけどねぇ」<br>
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穏やかに微笑んでいた。悔いも未練もない、清々しい笑顔。<br>
水銀燈は、徐々に弱まる呼吸を圧して、真紅に語りかけた。<br>
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「でも、鈴鹿御前……を斃すには、私たち……の御魂……集めない、と」<br>
「っ！ 貴女、何故それをっ！」<br>
「……金糸雀に……訊いたわ。ぜぇんぶ、ね」<br>
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もう一度、背中に龍の鉤爪を受けて、水銀燈は息を詰まらせた。<br>
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「ダメよ、水銀燈っ！ こんな事は、絶対にしてはいけないのだわ！」<br>
「と言っても……貴女、みんな……を殺せない……でしょぉ？」<br>
「それはっ！ だけどっ！」<br>
「これで、私の御魂を……真紅に……渡せるわぁ」<br>
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肩を掴む水銀燈の指が、痛いくらいに食い込んできた。<br>
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「そろそろ……お別れ……みたぁい」<br>
「イヤっ！ 死なないで、水銀燈っ！！ 私には、貴女が――」<br>
「……泣くこと、ないでしょぉ。私は真紅の……中で生き……続けるんだからぁ」<br>
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水銀燈の身体が、真紅の上にのし掛かってきた。<br>
肩を掴んでいた彼女の左手が、力無く滑り落ちる。<br>
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「また……ね……真紅ぅ」<br>
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そして、水銀燈の身体から、すぅ――っと力が抜けた。<br>
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【仁】の御魂を宿した娘はもう……呼吸していない。<br>
満ち足りた表情を浮かべて、幸せそうに眠っていた。<br>
けれど、その安らかな姿は涙で曇り、すぐに見えなくなってしまった。<br>
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「す……い銀、燈？ ねえ……冗談でしょう？」<br>
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真紅は、水銀燈の服を握りしめながら、懸命に呼びかけ続ける。<br>
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「お願いよ、水銀燈。意地悪しないで。早く、目を覚ましなさい！」<br>
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けれど彼女は、優しい微笑みを浮かべたままで――<br>
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「嫌よ……こんなの、嫌。ねえ、起きて！ 起きてよ、水銀燈ぉ――――っ！」<br>
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真紅の絶叫と慟哭が、謁見の間にいつまでも木霊していた。<br>
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＝第四十章につづく＝<br>
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