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第三話 策士 - (2006/05/18 (木) 21:27:35) のソース

薔「……真紅の住む屋敷には、幽霊である桜田ジュンが棲みついている。<br>

 屋敷に住み込みで働いている"庭師"の姉妹、翠星石と蒼星石の仕事は、単に現実の<br>

 庭の手入れをするだけではなかった。ジュンは現在、彼女らの仕事の手伝いをして<br>

 いるというポジションに居る。<br>
 真紅にかけられた、薔薇の指輪の呪い。彼女は屋敷から出ることを許されず、<br>

 だけど当の本人は比較的のんびりと館の中での生活を送っている。<br>

<br>
 真紅の一族にかけられた呪いは、"悪夢"の具現。彼女の夢の"世界"から出ようとする<br>

 不幸のイメージ……通称"異なるもの"を撃退するために、"庭師"は真紅の"世界"に入<br>

 り込み、戦闘を繰り返す。彼らは、他人の夢の中に入り込むことが出来る血族だった!<br>

<br>
 呪いの象徴である筈の薔薇の指輪は、幽霊ジュンの左手にもつけられている。<br>

 真紅とジュンの二人の、未だ語られぬ出逢いに何があったのか!(……何かあったら許さない……)<br>

 観念と現実の世界。虚像と、実像。それらのイメージを元に、彼らの運命は、どのように<br>

 廻っていくのか!……」<br>
<br>
銀「随分と歯切りが良いわねぇ」<br>
<br>
薔「だって今回出番ないんだもん……」<br>
<br>
銀「(これからも出番あるかわからないけど、私達……)では、どうぞぉ」<br>

<br>
薔「前スレの続きだよ……(くすん……)」<br>
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 私は今、長い長い坂を登った先にある館の敷地前に立っていた。<br>

 ここはこの辺りでも有名な建物で、ついている名前は『薔薇屋敷』だそうで。成る程<br>

その名前に相応しく、庭園内にはそれは見事な薔薇園が出来上がっている。<br>

 多分これを手入れしている者の功績だろう。ここまで立派な薔薇はなかなかお目にか<br>

かることは出来ない。<br>
<br>
 でも今の私の眼には、その薔薇だけでは無い"もの"がうつっている。私はかけている<br>

眼鏡に手をやり、眼前に広がる光景をまじまじと見つめた。<br>

<br>
 ここの屋敷は"庭師"が担当していると聞き及んでいる。ならばこれも、彼らが施した<br>

ものであろうと考える。<br>
<br>
 館には、自分が知り得る特有な空気がとりまいていた。"異なるもの"の気配だ。ならば、<br>

現在"庭師"は交戦中。館の主は眠りについている筈で、その間に勝手に敷地内に入り込むの<br>

は少し気が引けような感じがしないでもない。<br>
<br>
 イレギュラーが居る、とのことだった。私はそれを確かめるために来たのだし、ちょっ<br>

と眼の前の"もの"に対して全く臆していないと言えば嘘になる。だが、それでは仕事に<br>

ならないから。<br>
<br>
「"庭師"さんも頑張ってるってことかしらねー、カナ」<br>
<br>
「恐らく、そうかしら。けど……」<br>
<br>
<br>
 "異なるもの"が目覚めているのとはまた別な圧迫感が、この屋敷に入り込んでいる気配。<br>

悠長なことを言っている場合では無さそうだ。<br>
 気を引き締めて、私は自分のパートナーに向けて言葉を発する。<br>

<br>
「みっちゃん。どうやら私達の出番の様かしら!」<br>
<br>
「そうね、カナ。んー……」<br>
<br>
 あ、みっちゃんスイッチ入ってる?<br>
<br>
「~~~……凛々しいカナも素敵ー! 写真撮らせてー!」<br>

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 そして、パシャパシャと切られるシャッターの音。うう、みっちゃん……折角びしっと<br>

決めようと思ったのに、台無しかしらー……<br>
<br>
 館の前で急遽行われる撮影会を早々に切り上げさせて(みっちゃんは不満気だったが)、<br>

私は改めて建物を見据える。<br>
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「みっちゃん。ほら、ここ」<br>
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「どうしたの? ……ああ、少し破られてるわねー。流石はカナね。<br>

 ちょっと補強しておきましょう」<br>
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 彼女はバッグからポラロイドカメラを取り出し、空間の一部をパチリと撮ると。先ほど<br>

"破られてる"と言っていた部分に、出てきた画像をあてがった。<br>

 その空間が四角い光を放ち、画像が空間に馴染んでいく。<br>

<br>
 さて、これで確定。どうやら、一刻を争う事態になってきたようだ。<br>

<br>
 私達は、"庭師"のように、他人の夢の中に入り込む力は無い。だけど、それが出来ない<br>

代わりに、もっと別な能力を発揮することが出来る。<br>
 夢の中に入り込み、"異なるもの"と対峙する者達。私達は彼らの系列に属する血筋だが、<br>

正統な血統である彼らが対応仕切れない事態に陥った時の為に、私達が居るのだ。<br>

<br>
<br>
 私は、"策士"。ならばこの頭脳で、この状況も見事打破してみせよう。<br>

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<br>
【ゆめまぼろし】第三話 策士<br>
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<br>
 館の扉が開いていた。少し無用心な気がしないでもない。でももし扉が閉じられていたら、<br>

ピッキングしてでも中に入らなければならないところだった。結果オーライということか。<br>

<br>
「みっちゃん、こっちかしら!」<br>
<br>
「オッケー。さて、どうしたもんかしらねー」<br>
<br>
 私達は階段を駆け上がり、とある部屋の前に辿り着く。<br>

<br>
「ここね……」<br>
<br>
 勢いよく扉を開ける。館の主らしき少女が、ソファに横たわっていた。<br>

 そして、彼女の真上を取り巻くように存在している、くらいくらい穴。彼女の"世界"へ<br>

通じるものだろう。<br>
<br>
「さて、先方はまだ着てないみたいねー。館の入り口は抜けたようだけど、どっかで引っ<br>

 かかってるのかも」<br>
<br>
 多分、みっちゃんの言っていることは正しい。"庭師"もなかなか手抜かりは無いという<br>

ことか。<br>
 けど、ゆっくりと。しかし確実に、ここへ近づいてくる気配。もしここへ辿り着いたら、<br>

少し厄介なことになるが……<br>
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――――――――――――――――<br>
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「くっ!」<br>
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 "異なるもの"に一撃を食らわせようとした刹那。身体全体が衝撃が走り、後方へ吹き飛<br>

ばされる。<br>
<br>
「大丈夫ですかっ!? 蒼星石! ……このへんちくりんめぇっ!」<br>

<br>
翠星石が如雨露を構え、水を辺りに巻き始める。<br>
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<br>
『"庭師"が命じる! 実を持たんとする"異なるもの"――汝はすなわち、観念の虚像!<br>

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 ならば虚像、その動き、"世界"の観念により縛られよ――』<br>

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<br>
『――いでよ、"野ばら"!』<br>
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<br>
<br>
 "異なるもの"に取り巻き始める、大量の茨。それによりがんじがらめになり、その動き<br>

が止まった。<br>
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「――――!」<br>
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 しかし、相手もさるもの。激しく振動を繰り返し、内側から茨がどんどん崩れていく。<br>

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<br>
「大した足止めにもならんようですね……でも、少しの間なら。蒼星石、大丈夫ですか?」<br>

<br>
「大丈夫だよ。けれどこれは、ちょっといつもと違うみたいだね」<br>

<br>
「ああ……これは何の観念なんだ? このでかい額縁は」<br>

<br>
 僕と、翠星石。そしてジュン君の三人で、今"異なるもの"と対峙している。"世界"の<br>

入り口に仕掛けていた薔薇の結界が朽ちさせられていた時点で、何やら嫌な予感はしてい<br>

たのだが。<br>
 眼の前に居る"異なるもの"は、いつもの半透明で曖昧なイメージではなく、しっかりと<br>

したかたちを持っている。大きな、大きな額縁。本来ならその中に絵が描かれていて然る<br>

べきなのだろうが、ただ黒く塗り潰されているだけだ。人型の"異なるもの"ならば、闘い<br>

は熾烈を極めたものになっただろう。<br>
 けど。今眼前にあるこの"絵"も、十二分に不気味だった。<br>

<br>
 加えて、"異なるもの"とは違うプレッシャーが、"世界"の入り口の方へ近づいているよ<br>

うな。そんな不穏な空気を感じ始めている。翠星石やジュン君も、それに気付いているの<br>

か後ろの方と振り向いたりしていた。<br>
<br>
 途端、"世界"全体が、大きな揺れを起こし始める。<br>
<br>
「なっ、なんですぅ!?」<br>
<br>
「これは……真紅が目覚めようとしてるな」<br>
<br>
「どーいうことです、ジュン!」<br>
<br>
<br>
<br>
「真紅が目覚めたら、"世界"の入り口が閉じるだろうな。多分その衝撃が伝わってるんだ。<br>

 普段はお前達"庭師"が居れば、そんな事態は無い筈なんだが」<br>

<br>
「でも、僕達が居れば、閉じても無理矢理開くことは出来なくもないけど……」<br>

<br>
 そう。それは可能だ。だが……<br>
<br>
「宿主である真紅には、相当の負担がかかるだろうね」<br>
<br>
「仕方ないな……そうだな、僕に思い当たる節がある」<br>
<br>
「なんです、ジュン?」<br>
<br>
「お前達には黙ってたけど、外部から"世界"に進入しようとしてた怨念みたいな奴が、前<br>

 に居たんだ。そいつが現れたとき、真紅は目覚めていた」<br>

<br>
「怨念……」<br>
<br>
『最近では少なくなったが、外からそういった怨念のようなものが悪夢をこじあけようと<br>

 する場合もある』――<br>
<br>
 前に祖父が言っていた言葉が蘇る。今までそういったことは無かったのだが、まさか今<br>

になって。<br>
<br>
<br>
<br>
 "庭師"は、"世界"の外で観念と直接闘う術を持たない。空間自体に観念を背負うことに<br>

よって、それをバックグラウンドにしながら僕達は戦闘し、その真価を発揮する。仮に"世<br>

界"の外に居たとて、イメージに触れることくらいなら造作もないこと……だが。<br>

 もし現実世界で"異なるもの"に類するものと対峙するなら、たちまち相手のイメージに<br>

取り込まれてしまうだろう。実の肉体を持つ僕達の、恐らくは精神に直接訴える攻撃を受<br>

けて。<br>
<br>
 "指輪"の力が弱まっていた最近では、屋敷全体にある施しをしておくだけで十分だった。<br>

昔はそういった現実世界での戦闘に特化した人たちも一緒に仕事をしていたようなのだが。<br>

けれど、今は……<br>
<br>
「僕がちょっと見てこよう。翠星石、蒼星石。二人で保つか?」<br>

<br>
「あったりめーです。私達は"庭師"ですよ?」<br>
<br>
「うん、大丈夫。お願いするよジュン君」<br>
<br>
「よし。じゃあ行ってくる。奴に取り込まれるなよ……<br>
 何かの絵が元になったイメージなら、原典があれば対処しやすいんだけどな」<br>

<br>
 そう言って彼は、"世界"の入り口の方へ飛び去っていった。<br>

<br>
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<br>
<br>
「さて……やってやるですよ、蒼星石」<br>
<br>
「うん。僕達はここで、負ける訳にはいかない」<br>
<br>
 眼の前にいる"異なるもの"に取り巻いていた茨が、完全に朽ちようとしていた。同じ手<br>

が何度通じるかどうか……<br>
<br>
 そして僕は、飛び去っていくジュン君の後ろ姿、ちらりと眼で追う。<br>

 何か――違和感がある。だけど、それは何だろうか。はっきりとはわからない。<br>

<br>
<br>
 ジュン君、君は――?<br>
<br>
<br>
――――――――――――――――<br>
<br>
 さて、とりあえず部屋中も一通り補強してみたものの。どれだけの時間稼ぎになるかは<br>

わからなかった。<br>
<br>
「もしこの娘が目覚めて、入り口が閉じちゃっても大丈夫だと思うけど――<br>

 中に居る子は結構辛いんじゃない? カナ」<br>
<br>
「確かに、そうかしら……」<br>
<br>
 目覚めてしまうと、中に居る彼らは相当の苦戦を強いられることになるだろう。何しろ<br>

"世界"の宿主が起きたなら、彼女が眼にしたもののイメージがダイレクトに中で反映して<br>

しまうから。そのことは、彼ら以外の人物と組んで仕事をしたときの経験から知っていた。<br>

<br>
 さあ、どうする。せめて、中に居る"庭師"と通信する手段があれば良いのだが――<br>

<br>
 するとその時。ぽっかりと開いたくらい穴から、何かが飛び出してきた。<br>

<br>
「……お前は――」<br>
<br>
 眼鏡をかけた男の子が、私達の眼の前に現れて声を発する。その身体は、かなりはっきり<br>

しているが――彼の身体の後ろの方が透けて見える。<br>
 彼は、"庭師"ではない。観念の塊、幽霊。すなわち、彼がイレギュラーだ。<br>

<br>
「"庭師"の仕事を手伝ってる幽霊かしら? 話には聞いてるけど」<br>

<br>
「そうだけど。僕を見ても驚かないのか?」<br>
<br>
「幽霊ったって、別に慣れっこかしら。えーと、あなたの名前は何かしら?」<br>

<br>
「ジュン。桜田ジュン」<br>
<br>
「そう。私は金糸雀、それでこっちに居るのが私のパートナーの、」<br>

<br>
「みっちゃん、って呼んでね。宜しくジュン君」<br>
<br>
「ああ、宜しく――って。今は悠長に構えてる場合じゃないんだよ!」<br>

<br>
「大丈夫かしら。まだ少し時間はあるみたいだし。私達は、"庭師"のお仕事をフォローし<br>

 に来たのかしら」<br>
<br>
「フォローだって?」<br>
<br>
「そう。私達は"世界"に飛び込める訳じゃないけど――外敵専門ってとこかな。ね、カナ」<br>

<br>
「そうなのかしらー」<br>
<br>
「ふぅん……やっぱりそうか。えっと、"世界"の中がちょっと面倒なことになってる。<br>

 変な絵の額縁みたいなのを相手してるんだけど――多分もう少しで、真紅が目覚める」<br>

<br>
「そのようかしら。真紅、って言うのね? この娘。彼女が目覚めようとしてるのは、<br>

 まあその外敵とやらが原因だと思うかしら」<br>
<br>
「目覚めるのは、真紅自身の防衛本能みたいなやつだと思ってたんだが。<br>

 "世界"への入り口を閉じたら、簡単に中に入ることは出来ないし」<br>

<br>
「それもあるけど、外敵の影響も少なからずあるかしら。実体をもつ目標に対して、無理<br>

 矢理"世界"へ通じる穴をこじ開けると、体よく宿主にダメージを与えられるから。<br>

 もともと"世界"に通じることが出来る――そうね、"庭師"ならもう少し丁寧にやれる<br>

 のだろうけど。そうでない奴がこじ開けたら、悪くいくと精神崩壊かしら」<br>

<br>
「それで入り口は開きっぱなしで、中に居る"異なるもの"も外へ出放題ってとこかなー」<br>

<br>
「……」<br>
<br>
 ジュンとか言う幽霊が、苦渋の表情を浮かべる。これは事実だから致し方の無いことな<br>

のだ。だが……<br>
<br>
「大丈夫。そうならない為に私達が居るかしら!」<br>
<br>
「そうだよ、ジュン君。ここは私達に任せて、中に居る"庭師"を助けにいってちょうだい」<br>

<br>
「大丈夫なのか?」<br>
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「舐めないでほしいのかしら。私達はこういう事態に特化したスペシャリスト。<br>

 それよりも、宿主が目覚めた状態で"世界"で闘う方が大変かしら」<br>

<br>
「――カナ、そろそろ来る!」<br>
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「!――ジュン、早く行くかしら!」<br>
<br>
「わかった……任せたぞ!」<br>
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 私は親指を立て、自信を持って言う。<br>
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「大丈夫、私は――"策士"。楽してズルして、大勝利するかしら!」<br>

<br>
<br>
 彼はまた、くらい穴を通じて"世界"へ戻っていった。その途端、穴が小さくなっていく。<br>

<br>