Phase1-Azure-
Phase1-Azure-何故か僕は、この南国の島に一人でいる。昼の2時‐ダイアモンドヘッドから見る海が一番綺麗な時間。ちらほらと見える観光客。この人達は通なんだろう。理由は簡単だ。僕を含めガイドは観光客の体を考え、朝を奨める。が、本当に綺麗に見えるのはこの地が太陽に熱せられ一番熱くなる時間。どこから聞いたか、あるいは知識として持っているのかどうかは、僕の知るところではない。毎日のように見る海が、何故か今日は綺麗に見えた。蒼天の成せる技、とでも言うのだろうか。とにかく、ひたすら蒼かった。ジ「・・・(帰るか。)」休憩時間を消耗し、職場であるホテルに戻る。車は、こないだ買い換えたばかりで調子がいい。少しブン回すだけでパトに追っかけられそうだ。ピリリ突然、携帯が鳴る。
ジ「Hello??」笹「俺だよ俺。」ジ「オレオレ詐偽は終にハワイにまで来たか。」笹「ねーよwwあのさ、今晩暇?」ジ「暇ならあるが生憎金がない。」笹「金なら要らない。ベジータが出すってよ。」ジ「ベジータ?来てるのか?」笹「知らなかったのか?」ジ「あぁ。それにしても…」ベジータは学生時代の悪友だ。ベジータと笹塚と僕とでよくツルンで遊んでいた。そう言えば、あの子は元気にしてるんだろうか。そんなこと、今考えることでもないが。笹「ジュン?どうした?」ジ「別に。で、何処集合?」笹「ヒルトンのバーだ。夜9時な。」ジ「わかった。じゃ、また後でな。」笹「おう。」携帯をナビシートに放り投げる。風が気持ちいい。ここではやはりオープンの方が運転していて楽しい。悪魔と名付けられたその車は、堕ちて行く快感を風に紛れ込ませる。
その快感を覚えた僕は、悪魔に魂を売った。‐‐と言っても、人生初のローンを組んだだけだが。夜。どこのホテルも、ガタイのいい野郎が火で観客をもてなすありきたりなショーをやっている。正直、見飽きてしまった。ヒルトンは僕の仕事場。ここの日本人ガイドを勤めてもう5年になる。笹「ジュン。こっちだ。」声のする方に顔を向けると、同僚と懐かしい顔があった。ジ「久しぶりだな。」ベ「おう。元気にしてたか?」ジ「あぁ、元気さ。そっちは?」ベ「この通りだ。」笹「変わんないなw」ジ「お前もだろw」やはり、この面子はいい。気を使わずに済むし、何よりも楽しい時間が過ごせる。この類の時間は、流れるのがとても早い。ベジータは今、日本でベンチャー企業を立ち上げ成功し今や青年実業家でヒルズ族だとか。なんとも言えない格差を感じた。
だからと言うわけではないが、僕にも誇れるものはある。‐‐ショボい人生だけは送らない。その結晶が、僕のクルマだ。例えローンでも。しかし、彼はそんな差など吹き飛ばし昔の空気を作り出してくれた。‐‐僕は、小さい男だ。そう言わざるを、得なかった。
ハワイの朝はカラッとしている。日本のように蒸し暑くはなく、心地よい暑さが体中に行き渡る。馴れると当然のように思ってしまうのだが、日本に帰国した時に軽い脱水症状に見舞われレてしまうのはもはやお約束。今日も日本からの観光客が多い。なぜかこの地にこぞって来る日本人。「みんな来てるから。」ある意味ステータスじみた・・・と言うのは古いだろうか。ここに住めば、いい面も悪い面も見える。1週間ほど滞在したくらいでその良さや悪さがわかるわけもない。サーフィンしてていきなりスコールに見舞われたことのある僕は思う。あれは流石に参った。「おはようございます。」ワイキキの外れと言うのに、何故か日本人は多い。まぁシェラトンの方が日本人は多いのだが。朝はツアー申し込みが多く、必然的に日本語を話すことになる。その辺は日本にいるときと全く変わらない。「お気をつけて行ってらっしゃいませ。」朝の申し込みラッシュも過ぎ、一息つけようとしたその時だった。(・・・日本人か?)薄紫のワンピースを着た、綺麗な女性が明らかにこっちを見ていた。
ジ「May I help you??」「・・・日本人です。」ジ「これは失礼致しました。ツアーのお申し込みでしょうか?」「・・・いえ。暇そうにしてらしたので。」暇?僕のことだろうか?ジ「僕ですか?」「・・・はい。」暇とは失礼だ。これでもさっきまで20人ほどさばいたのに。「・・・ところで。」--お昼暇ですか?ジ「・・・は?」なんなんだろうこの人は。初対面の相手に対して「昼暇?」なんて聞く輩がいる事自体ビックリだった。「・・・いや、お昼暇ですかって聞いてるんですけど。」ジ「・・・暇・・っちゃあ暇ですね。」「・・・じゃあ、お奨めのお店連れてってください。」普通教えてくれって言うだろ。5年ガイドやっててこんな体験は・・・ってか普通ないよな。ジ「・・・あの、お一人ですか?」「・・・ええ。なんとなく一人で来てみました。」ジ「そうですか。で、昼何時くらいが宜しいでしょうか?」「・・・11時くらいで。」
ジ「は、はぁ。あ、申し送れましたが僕桜田っていいます。桜田ジュン。」「・・・桜田ジュン。ジュンって呼んでいい?」ジ「・・・構いませんが。お名前、頂けますか?」「・・・」--薔薇水晶です。薔薇水晶・・・なんか、昔の思い人の名前に似てるような気がする。--雰囲気も。薔薇の眼帯・・・綺麗な黄金色の眼・・・いや、よそう。昔のことを考えるのは、僕の理念に反する。そういう時はいつも左を向いてしまう・・・薔「・・・昔のコトですか?」ジ「・・へっ?」薔「いや、左のほう向いてたから・・・」ジ「あ・・・」薔「・・・思い出や過去は大切にしてくださいね?」ジ「あぁ、どうも。」薔「・・・それじゃ、11時にロビーのラウンジでいいですか?」ジ「えぇ。構いませんよ。」薔「・・・それじゃ。」ジ「あ。」僕は、何故か呼び止めた。
薔「・・・なんでしょう?」ジ「ダイヤモンドヘッドは、昼間の方が綺麗ですよ。」何言ってるんだろう僕は。いや、確かに正しいんだけどさ。ジ「・・それだけです。お気をつけて。」薔「・・どうも。」今日は、暑い。それもとびきり。笹「ジュン?どうしたジュン?」ジ「んぁ?」笹「いや、なんか変だぞお前?」ジ「・・・そうか?」笹「あぁ。さっきからボーっとしてっぞ?」ジ「ああ、暑いしな。今日。」笹「まぁ・・・ってそうか?」ジ「そうだよ。」笹「そう・・・なのか?」ジ「そ・う・だ。」笹「はいはい暑いです。」ジ「なら表のアイスクリーム屋。急いで。」笹「人使い荒ぇよww」ジ「あ、そういや冷蔵庫になんかあったな。」笹「あったっけ?」ジ「見てみようぜ。」
冷蔵庫を見ると・・・7upがあった。ジ「・・・」笹「・・・おーい?」ジ「何?」笹「何ボーっとしてんだよ?」ジ「・・・別に。」7up・・・イヤでも思い出してしまう。--スプライトより、7upの方が好きですわ。また顔が左を向いているようだ。笹「・・・大丈夫か?」ジ「あぁ。・・・今何時だ?」笹「えーっと・・11時ちょっと前。」約束の時間まであと少し。ジ「ごめん、ちょっと早いけど僕昼休憩取るわ。」笹「ああ。」僕は、ラウンジまで急いだ。
ラウンジには、既に彼女がいた。何か飲みながら、イスに座って。ジ「お待たせしました。」薔「・・・いいですよ。30分ほど海を眺めてましたから。」ジ「そうですか。日本では沖縄ぐらいでしか見られないでしょう。」薔「・・・そうですね。」ジ「では・・・昼食の方は如何いたしましょう。」彼女は手に持っていた飲み物を一気に飲み干した。--こっちでは、スプライトが無いんですね。また、過去の風景が頭に流れる。やはりまだ清算できずにいる、過去が。ジ「えぇまぁ・・スプライトの方が珍しいですね。」薔「・・・どっちかって言うとこっちの方が好きかな。」ジ「日本でもケンタッキーに行けば飲めますよ?」薔「あ、そうなんですか?」ジ「ええ。」薔「いいこと聞いた♪じゃ、行きましょ。」ジ「そうですね。昼食の方はどのようなものをご希望なさいますか?」薔「・・ん~ピザ?」ここまで来てピザですか。ジ「でしたら表にピザ専門店がございますので、そちらでよろしいでしょうか?」薔「・・おっけ~です。」
ジ「ハワイにはよく来られるんですか?」薔「・・えぇ。好きなんで。あの・・・普通に喋ってもらえますか?」ジ「え?普通ですけど?」薔「じゃなくて、タメ口でって意味。」ジ「いいんですか?」薔「・・うん。なんか年も近い感じだし。」ジ「僕、今年で26ですよ。」薔「あ、私もw」ジ「じゃあ、いっかw」この人は・・・なんと言うか不思議だった。すぐに話せるようになる人なんてそうそういない。もともと「人は疑え」という感じで人を見てきた僕にとっては、なんとも歯痒い気分だった。が、不快ではなかった。ピザを食べ、アイスを食べ、ハタから見たら僕も観光客に見えてしまうだろう。薔「・・ハワイアンカキ氷食べてみたい。」ジ「マツモトシェーブアイス?」薔「・・うん。7色にしてもらうw」ジ「じゃあ・・行く?」何だろう。今日始めてあった女性とここまで話せるようになり、僕からシェーブアイス食べる?なんて誘ってる。笹塚の言うとおり、今日の僕はどうかしていた。ただ、「暑い」だけじゃなかったみたいだった。
シェーブアイス・・・ようはかき氷。かき氷が一年中売れてるなんて、日本人からすれば信じがたい話だがここはハワイ、オアフ島。常夏の島では、これが当たり前。シャクシャク僕の横で、うまそうにかき氷を食べる女性。何でこうなったのか、自分でもよくわからない。これが必然だとすれば、神は僕に何かを啓示しているのか?と、変な考えまでが飛び出す。‐‐おいしい。どこかに飛んでいた僕の意識を戻す一声。ジ「それはよかった。」薔「うん。何度来てもおいしい。」ジ「何度目?」薔「多分10回は越えてるかな。」10回・・・僕には無理だ。こんな暑い日なら別だが、それにしたってもう飽きてしまったから。観光客向けの店に、もう興味はない。これが正直な感想だが、僕の隣には観光客。ガイドとしての仕事がある。時計を見ると、1:30を示していた。
30分もあれば、ダイヤモンドヘッドまで行ける。ジ「ダイヤモンドヘッド、行ってみる?」薔「・・・ダイヤモンドヘッド?山?」ジ「あぁ。確かに山だけど。」薔「海?」ジ「凄く綺麗だよ。あの海は。生きててよかったと思える。大袈裟だけどね。」薔「じゃあ、行きたい。」ジ「行くか。」クルマに火を入れると、悪魔がうねり声を上げる。これを単にうるさいと表現する人が多い。僕はそう思った事は一度もない。意外なことに、彼女もそう言ってくれた。薔「不思議な感じ・・・何だろう、今まで感じたこどかない音。」ジ「うるさいとは思わない?」薔「ううん。寧ろ惹き付けられる。」ジ「そんなこと言われたの初めてだな。」薔「そっか。ねぇ、何てクルマ?」‐‐ランボルギーニ、ディアブロ・ロードスター
薔「悪魔・・・か。確かにそんな感じがする。」ジ「そう思うんだ。」薔「うん。ねぇ、運転させて?」この手のクルマを人に貸すのは、かなり気が引ける。いくつか理由があるのだが、彼女にどれ程の技量があるのかが怪しいし、ハンドルはとにかく重たい。華奢な腕で、ステアリングをさばけるとは思えなかった。薔「あ、やっぱり駄目だよね?ごめん・・・」ジ「気にしないで。運転したいなんて言われたのも初めてだし。」薔「私ね・・・クルマ好きなんだ。」また一つ、重なる思い出。‐‐早く免許が欲しいですわ。どうしてこう、重ねて見てしまうのか。自分が少しだけ厭になる。ジ「何乗ってるの?」薔「今は何も。前は、無理して赤バッジなんか乗ってたけどねw」ジ「そらまた凄いなwサーキットとか行ってたのか?」薔「ううん。ワインディングロードの方が好きだったから。」
ジ「だったらつまんねーよ?この辺の道は。ひたすら真っ直ぐ。」薔「そうだね・・ごめんね。変なこと言って。こーゆークルマは人に貸せるものじゃないこと分かってたんだけど・・・」ジ「いいよ。むしろ嬉しかったし。」薔「嬉しい?」ジ「うん。このクルマの良さが少しでも分かってもらえて。でないと運転したいなんて言わないよ普通。」薔「私の夢…。そのクルマが一番好きなんだ。」ジ「じゃあ前乗ってたクルマって…。」薔「何と無くわかるでしょ?」ジ「マジで?」薔「勿論中古だったけど…。ハンドルとかクラッチはとにかく重たかったし、遮音材もない。流石にエアコンは入れたけどw」‐‐重ねて見てたのかな?そのクルマと。僕は唖然としていたに違いない。学生時代、赤バッジに乗ったことがあった。
彼女の言った通り、とにかく走るためにこの世にいるクルマである事に間違いない。快適の「か」の字もない。技術者が命を削って世に送り出した傑作。だが僕の考えでは、ディアブロとタイプRにはそもそも共通のコンセプトらしきものは存在しない。‐‐重ねて見たんだろうけど、僕に言わせれば別モノだよ。薔「速さの次元の話?」ジ「と言うか考え方。スピードとタイムは別。いくらスピードが出てもこの重たくてデカい図体でコンパクトなサーキットでいいタイムが出るかって言うと、普通は出ないよ。根底にあるものが違う気がする。」薔「…一口にそう言えるのかな?」ジ「どういうこと?」薔「私ね、シューマイ好きなんだけど…。」‐‐エビシューマイと牛肉シューマイの違いってさ、中身でしょ?薔「でもシューマイには変わりない。違うかな?」牛肉とエビ・・・クルマとシューマイが同一線上に並ぶこと等有り得ない僕にとって話。と言うか、余りにぶっ飛び過ぎて僕の理解の域を超えたのは確か。それでも懸命に説明してくれる彼女。それでも理解に苦しむ僕は、理解力がないのだろうか。これから悩まされそうだ。
ジ「もうそろそろ着くな。」あんだけ喋ってたら時間が過ぎるのも当然早く感じる。無理もない。同じ話をダイヤモンドヘッドに着くまでずっと喋り続けていたんだから。薔「綺麗・・・」ジ「あぁ。」薔「無感動だね。」ジ「ほぼ毎日見てるしなぁ。」‐‐大切なモノは、失ってから気付くもの。ジ「へ?」薔「そう思わない?」ジ「・・・そうだね。」キッカケは、身近な所にある。記憶の欠片を、彼女が広いあげてくる事で段々と鮮明になる。ダイヤモンドヘッドの頂上は、明るい陽射しを受けその名の如く輝いている。目の前には、コバルトブルー。少し離れた所には、真珠湾。この島は、宝が埋もれている。記憶の断片とともに・・・。Phase1-Azure-Fin
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