5-835氏 無題

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屋上へと続く階段を昇ってドアを開ける。 次の瞬間、真青な空が広がり、私は風に吹かれて髪が揺れるのを感じる。 遮るものなんて何も開放感に伸びをしながら、梯子を上って貯水槽の上へ。 そこは学校で一番高い、私のお気に入りの場所だ。 誰にも邪魔されずにぼーっと出来る嵐からの隠れ家だった。 上手くいかないお父さんとの暮らしのこと。 いなくなってしまったお母さんやお姉ちゃんとの記憶。 馴染めない学校生活。 そういう嵐から隠れるために、私はよくここに来た。 思春期の子なら誰しも心の中にどうにも出来ない嵐のような感情を抱えてるものだけど、 私もその嵐のような感情が吹き荒れる度に、授業を抜け出してこの貯水槽の上から空を眺めた。 晴れ渡った青い色を眺めていると、いつしか心の中の嵐も過ぎ去っていった。 どうして今、私がこの場所に来たかというと、それはまた嵐に見舞われたから。 でも今回は、お父さんとのことでも、お母さんとのことでも、お姉ちゃんとのことでもない。 和のこと……。 私は麻雀部に入部して、原村和と親しくなった。 いつしか和と名前で呼ぶくらい、親しい仲に。 それにつれて学校生活も楽しくなった。 周りに張り巡らせていたバリアも薄れて、京ちゃん以外のクラスメイトとも話せるようになっていった。 毎日が楽しくて、何の不満も無い筈なのに…… (どうしてなんだろう?) 何気なく取り出した煙草に火をつけて、一口目でむせてしまった。 涙目になりながら、私は煙草を吸うのが久し振りなことに気付いた。 (そういえば、麻雀部に入ってから煙草を吸ってなかったっけ…) 『煙草は健康に悪いんですよ? 私はこれからも宮永さんと麻雀を打ちたいんです。  だから健康に悪いことはやめて下さい』 いつかの和の言葉を思い出して、苦笑いが漏れる。 あの時感じた嬉しさは、今も私の中で色あせずに残っている。 むしろ、一緒に過ごす時間が増える程に輝きを増しているように感じる。 こうして和の言葉に逆らって煙草を吸っているからといって、彼女のことが嫌いになったわけじゃ決してない。 和は私にとって誰よりも大切な存在だ。 大切すぎて、私は時折嵐に見舞われてしまう。 和が私でない誰かと仲良く話しているのを見ると、もどかしくなる。 (その子じゃなくて、私を見てよ) (もっと私にかまって) って、独り占めしたくなる。 けれど私は不器用で、その気持ちを口に出せないまま、いつも黙っている。 黙ったまま、彼女と目が合った時に、笑うだけ。 その笑顔の下で、嵐が吹き荒れる。 (和を、どうしたいんだろう?) 考えても答えは出ないから、困ってしまう。 いくら空を見ても心が晴れなくて、辛い。 (こんな風になるなら、会わなければ良かった) と考えて、虚しい溜息が漏れた。 もう和のいない人生なんて考えられなかった。 私は和を誰よりも大切に思っていた。 すっかり短くなった煙草をコンクリートにこすり付ける。 そのままぼんやりと火の消えた跡を眺めていたら、 「咲さん?」 と、他の誰でもない、和の声がした。 貯水槽から身を乗り出して下を覗くと、彼女は屋上をきょろきょろと見回していた。 何となくその仕草が面白くて、暫くそのまま眺めていたけれど、彼女が帰ってしまいそうな気配を見せたので、 「和!」 私は慌てて声を掛けた。 「さっき休み時間、屋上の方に向っていくのが見えたので、ここかなって思ったんですが、間違ってなくて良かった」 微笑んだ和の顔に陽の光が当たって、キラキラと輝いているように見えた。 それがあまりにも可愛いから、私は真正面から見れなくなって、視線をそらしつつ 「授業中なのに抜け出して来たら駄目じゃん」 と、誤魔化すようにわざと無愛想に言った。 それに対して彼女の口から聞こえて来たのは 「元気がなさそうに見えたので、気になったんです」 というドキリとするほど嬉しい言葉だった。 「うん」 としか応えられずにいる私に向って、 「そっちに行ってもいいですか?」 と和が無邪気に尋ねる。また 「うん」 と応えることしか出来ない私の元へ、和が梯子を上ってやってくる。 やがて貯水槽の上に座る私の隣にまでやって来た彼女は 「気持ちいですね」 と短く言って、腰を下ろした。 (なんて言ったらいいかわからない) (どんな顔をして和を見たらいいんだろう?) 必死に心を落ち着けている私に、和が声をかける。 「どうしたんですか?」 私はまごつきながら、目をそらす。 「なんでもない」 その言葉が風に吹かれていった後で、和は 「嘘です」 と、短くそう言った。 「嘘です。なんでもないなら、こんなところに来たりしないはずです」 「なんでもなくても来たくなる位、いい眺めじゃん」 「咲さんは、嘘をつくとき目をそらす癖があります」 「はっ!?」 「どうしたんですか?」 その拍子に目が合った。 目が合うと、そらせなくなった。 和を近くに感じて、胸が五月蝿いくらいにドキドキした。 「私じゃだめですか?」 「な、何が?」 「私じゃ話し相手になれませんか」 「そんなこと…… (そんなことないけど、和だから駄目なんだよ  ……ないけど」 「じゃあ、話して下さい」 「私ね…… (和のことが…)  こんな風に仲良くなるの、和が初めてなんだ」 「はい」 「だからかも知れないんだけど、和が他の誰かと話しているのを見ると、なんか複雑っていうか……」 「複雑?」 「うん。和を誰かに取られちゃうんじゃないかって、そんな気持ちになるんだ」 「それは…」 「私にとって、和は今誰よりも大切な存在で、誰かに取られたら嫌だなって」 「そ、そうですか…。大丈夫ですよ。私も咲さんが、その、一番大切ですから」 「本当?」 私の問いかけに、和は顔を真っ赤にしながら頷いた。 それを見たら、自分の中でぼんやりとした輪郭だけだった気持ちに (私は、和が好きなんだな) はっきりとした名前がついた。「恋」という名前が。 その瞬間凄くドキドキして、不器用な私は 「私、和が好きだよ」 なんて、切羽詰った調子で言ってしまった。 そしたら和はまた一層顔を真っ赤にして 「はい」 と消え入りそうな声で言うなり俯いてしまった。 「好きだよ、和」 「はい」 「和は、私のこと好き?」 「はい」 恥ずかしくてたまらないというその様子が可愛くて、私は彼女の頬にキスをした。 嵐からの隠れ場所に太陽の光が優しく降り注いでいた。
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