3-636 氏 無題

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「こんにちは………あれ、まだ誰もいないのかな?」 授業が終わって部室に来たのだけれどちょっと早すぎたみたい。 そこに人の気配は無くて穏やかな午後の光が差し込むだけ。 部屋の真中に置かれた麻雀卓も電源が落ちている。 (おかしいな。鍵は空いてたんだけど) 「……………………」 「…………………。…………………」 その時微かに話し声が聞こえた気がして私は耳をすませた。 どうやらお茶の準備をしながら流し場で誰かが話しているみたい。 (原村さんと…部長?) 「……?」 「……。………………」 (何を話してるんだろう?) 二人がどんな話をしているか気になった私は ちょっぴり悪いと思いつつ聞き耳を立ててしまった。 「う~ん、咲には困ったものね。  いまいち何を考えてるのかわからないところがあるし」 「そうですね。少し私達とは見ている景色が違うというか……」 ( ! ……え!?) 「すぐ迷子になって、泣いてたりするからね。  根が人に頼る体質だというか、なんというか」 「自分を抑えて人に合わせてしまう所もありますから、  私は、一緒に居て不安になる時があります。 宮永さんは、本当はどう思っているんだろうって」 (………原村さん…そんな風に思ってたんだ…) 「全く手のかかる子ね」 「麻雀で見せる強さを普段から出してくれればいいんですが。  そういうはっきりしない所が、とてももどかしいです」 (…………) 私は二人の会話を盗み聞きしたことをすっかり後悔した。 まさかそんな風に思っているなんて知らなかったから。 今までずっと聞きたいと思っていた。聞きたくて仕方がなかった。 私のことをどう思っているのか。彼女にとって私はどんな存在なのか。 そんなことが一々気になって仕方がないのは 彼女、原村さんのことがいつしか好きになっていたから。 でも、聞けなかった原村さんの本音をこんな形で知ってしまって 凄く傷付いている自分がいる。 私と同じ気持ちでいてくれたら。ううん。 そんなところまで望んでいない。少しでもいいから、 私のことを好きでいてくれたら…………… 原村さんの心の中に、私を想う気持ちがあれば……… そう切に願っていた分、失望は大きかった。 (気持ちを伝える前に失恋しちゃったのかな……) 居た堪れなくなって、私は流し場から離れた。 二人の話し声が届かない場所まで来ると、 部屋は誰もいないかのように、静寂に包まれる。 旧校舎は元々誰も使っていないから、一人ぼっちになったみたい。 (……一人ぼっちか…) 午後の日差しが差し込む部室で、他家のいない麻雀卓に座っていると、 思いがけず涙が出そうになった。慌てて熱くなった目元を押さえた時、 自分の気持ちが大きかったことに、改めて気付いた。 (原村さん。私、原村さんのことが本当に好きだったんだよ…) 大切なものを失ってしまったようなこの感じは、かつて経験したことがある。 それは、お姉ちゃんが私と話をしてくれなくなった時。 でも、今はあの時よりももっと心が痛い。 (原村さん……) このままだと涙がこぼれてきそう。そう感じて、私は部室を後にした。 階段を降りている途中で鉢合わせた染谷先輩が驚いた顔をしたけれど 何て言ったらいいかわからなくて、そのまま逃げ出すように走った。 「あ、染谷先輩。こんにちは」 「遅かったわね」 「のう」 「はい?」「ん?」 「咲が帰っていくのにすれ違ったじゃが、何かあったんか?」 「「え、な、何かって?」」 「いや、泣いちょるように見えたんじゃが」 部長の言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなるのを感じました。 「「な、泣いてた!?」」 「ん? 何か心当たりでもあるんか?」 「う、ううん。無いわよ」 染谷先輩と部長が横で話し始めたのも耳に入らないくらい、 自分の気持ちを知られてしまったことに、私は激しく動揺しました。 (まさか、宮永さんが聞いていたなんて) 「全く手のかかる子ね」 「麻雀で見せる強さを普段から出してくれればいいんですが。  そういうはっきりしない所が、とてももどかしいです」 「デジタル打ちの和にとっては、計算が通用しない咲は 一番やっかいなタイプかしら」 「はい。でも、そういう所を含めて好きなんです」 「そう。まあ、頑張りなさい」 出会った時から特別だった宮永さんが、私の中でどんどん その存在を大きくしていくのは、当たり前だったのかも知れません。 でもその感情が“好き”という気持ちに変わってから、 私はそれを持て余すようになっていきました。 宮永さんと一緒にいられるだけで、凄く嬉しい。 でも同時に彼女の気持ちがわからなくて、恐くなる。 (宮永さんは私のことをどう思っているんですか?) そこから一歩踏み出す勇気が欲しくて、部長に相談したのを まさか宮永さん本人に聞かれてしまったなんて……。 「それより本当に泣いてたの?」 「確かに泣いちょるように見えたんじゃが」 でも、どうして宮永さんは帰ってしまったんでしょう。 それに泣いていたなんて…… (まさか、私の気持ちが嫌だったから…?) そう考えた瞬間、全身が熱くなりました。 思わず窓に近付いて下を見下ろすと、丁度彼女の走って行く姿が。 「宮永さん!!」 私は声を掛けましたが、しかし彼女には届かなかったようで、 そのまま走って行く後姿だけが見えました。 その姿がまるで私の気持ちを拒絶しているように見えて、 とても悲しくなりました。 部活が終わって家に帰ってからも、 沈んでしまった私の気持ちは晴れませんでした。 (ちゃんと宮永さんに話をしなければ) そう心に決めて、布団をかぶりましたが 不安と緊張で胸が一杯になり、中々寝付けませんでした。 結局私は落ち着かないまま朝を迎え、学校へと向かいました。 地平線に近い場所から太陽が投げる光を受けつつ、 普段とは違う気持ちで緑が繁る田舎道を歩いていきます。 暫くそのまま通学路を踏みつつ、はたと気付きました。 いつもと違っていたのは私だけでは無かったことに。 (宮永さん……) いつもなら彼女が私の名前を呼びながら追いついてくる場所に 差し掛かっても、一向にその声が聞こえて来ないのです。 私は少しの間そこで宮永さんを待ってから、やがて歩き出しました。 (宮永さん、やはり私の気持ちを知って……) 授業が終わり、部室で顔を合わせた宮永さんですが、 やはりいつもと様子が違います。 私と目を合わせてくれないばかりか、 声を掛けようとしても間を外してしまうのです。 私は麻雀卓を囲みながら、普段と違う彼女の様子に翻弄されて 散々な出来に終始しました。 「和ちゃん、今日はおっぱいいかさまの調子が悪いのか?」 「……」 「和ちゃん?」 「あ、何でもありませんよ。優希」 「それに咲ちゃんもいつもみたいにカン材が集まってないし  どうかしたのか?」 「う、ううん。何でもないよ…」 (宮永さん……) 結局私も彼女もいい所がないまま部活を終えました。 普段なら部室でお茶を飲んでから帰るのですが、 そのまま帰っていこうとする宮永さんを追って皆に別れを告げます。 旧校舎から出た所でその後姿に追いつき、 私は彼女の手を掴みました。 「宮永さん!」 「は、原村さん………」 「率直に言います。昨日の私と部長の話を聞いていたんですか?」 「ご、ごめん。聞いてたんだ……」 「じゃあ、あなたに対する私の気持ちも知っているんですね?」 「う、うん………」 (よければ宮永さんの気持ちを教えてください) そう言い掛けたところで、私より先に宮永さんが口を開きました。 「ご、ごめんね。私、原村さんがあんな風に思っているなんて  知らなくて。今まで色々嫌な思いをさせてたんだね。ごめんね」 「え……。そんな嫌な思いだなんて!」 (御願いです。宮永さん) 「私、こんなだから、原村さんの期待に応えられなくて」 (私の気持ちを………拒まないで下さい) 「ごめんなさい」 そう言うと、彼女は踵を返して走り去ってしまいました。 私は一人その場に取り残されて、気付くと涙を流していました。

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