作者:Elika 私の仕事は、時間や空間を切り取ることです。 幸せな時間も、美しい風景も、その一瞬を切り取ることが私の仕事です。 あるとき、私の主は青年でした。 ガラスケースに並ぶ私や私の兄弟たちを、2時間ほどじっくりと見定めた後。 彼は私を手に取り、それはそれは大事そうに私を抱えて家に帰りました。 誇らしげな笑顔の彼を出迎えたのは、柔和な微笑を浮かべた女性でした。 女性のお腹は大きく膨らみ、そこには確かに新しい命が息づいていました。 彼は、箱の中から私を丁寧に取り出し、一通り説明書を読んだ後恐る恐る私を構えました。 私の初仕事は、大きなお腹を抱えた女性の笑顔を切り取る仕事でした。 やがて、女性のお腹は小さくなり、女性は母親になりました。 私の主もまた、父親になりました。 それからしばらくの間、私の仕事はひとつでした。 たくさんの幸せの時間を、宝物を、その初めてを、私は切り取りました。 大きな産声を上げ、母親の胸に抱かれる宝物を切り取りました。 初めてのお風呂に苦戦する、父親の腕に抱かれる宝物を切り取りました。 初めての寝返り、初めてのハイハイ、初めてのつかまり立ち、伝い歩き……。 数え切れない初めてを、明けても暮れても切り取りました。 数え切れない笑顔達を、長い長い時間切り取り続けました。 幾年もの間、私はさまざまな時間や風景を切り取り続けました。 青年であった主は壮年になり、最新機種であった私は年代ものの骨董品になりました。 私は私の寿命を知り、主もまたそれを知りました。 ──もう、何も切り取れない。 主は私を傍らに置き、ぽつりぽつりと語り始めました。 初めて私を手に取ったときのこと。 初めて私が切り取った人のこと。 いくつもの初めてを共有できたこと。 そして、たくさんの感謝の言葉をくれました。 機械とレンズの集合体である私に、今、たったひとつのわがままが許されるのならば。 主に感謝の言葉を述べたい。 あなたの手は、いつも温かだった。 私を選んでくれて、ありがとう。 あなたの幸せを切り取ることができて幸せだった。 たくさんの幸せを共有できて、私は私が誇らしかった。 私が最後に見たものは、まるで宝物のように大事そうに私に触れる、しわだらけの主の顔でした。 私は私のレンズにそれを焼きつけ、私の役目を、終えました。