鬼さん、こちら。 鬼:鬼のおにーさん 子:村のよい子たち 男:流しの琵琶弾き ナレーター:なっ、ナレナレしくしないでよね! 嘘です、お好きにどうぞ ナ01「鬼、異形なる者。現世(うつしよ)と虚無とを行き来する、恐怖と畏敬とを集めるもの。 その昔、人がまだ、異形なるものをあがめ、恐れていた時代。 ここに、一匹(ひとひき)の鬼がいた」 子01「鬼さーん! こーちらー!! 鬼さーーーーん!! おーい、出てこーい!!」 (SE:障子ガラッ) 鬼01「じゃあかしいわ!! ガキども、静かにせんか!!」 子02「わーーっ!! 出たあーー!! 鬼さんが怒ったぁぁーーー!!」 鬼02「ああ、まったく……追い払うても追い払うても沸いてきやがる、この村はてんでどうなっちまったんだ」 ナ02「鬼はまぶたの横まで裂けた大きな口を また大きく開けてあくびをし、 朱を塗ったかのような赤い身体をポリポリとかいた。 かくして、それは鬼であった。男であった。 ざんばらの体毛、すりきれた古着物。同じように古びれた、この社(やしろ)の鬼であった」 鬼03「それもこれも、あの忌々しい大道芸者(だいどうげいしゃ)のせいだ。 あいつが面白おかしく鬼やらを唄うもんで、俺の威厳もあったもんじゃねえ、畜生。 なにが瘤取りじじいだ、なにが鬼が島だ。本当に鬼がいる村で何をばか言ってやがるんだ」 男01「私のことかね、おにーさん」 鬼04「うわ!」 男02「勝手に上がらせてもろうたよ、ふむ、相変わらず埃臭い住処じゃ」 ナ03「現れたるひとは、男盛りも花という年頃にみえた。 洋琵琶を抱え、嫌々そうに鼻をつまみながら 社の内(うち)に勝手知ったる動作で進みゆく」 鬼05「出やがったな、うりざね法師!!」 男03「おやぁ、いきなりお褒めの言葉とは。これはちと私でも面食らうぞ、ほほ……」 鬼06「誰が褒めていやがるか、ナスビみたいなお多福顔しやがって、この奇面顔が!」 男04「奇妙なツラで奇面かえ。さすればおにーさんは鬼の面で鬼面か、はっはっはっは!!そりゃたまらん」 ナ04「物怖じもしない様子で男は懐からひょい、と瓢箪と瓶子を取りいだし、ひとつを鬼の顔に向かい放りなげる。 鬼は慌ててそれを両の手で捕まえる」 鬼07「あっ……ぶねえな、怪我するだろうが、投げつけんな、不調法者!!」 男05「なんぞなんぞ、それくらいよけてくだしゃるじゃろ こんなか弱いものの投げた瓶子で怪我したら、鬼のおにーさんも名折れじゃ」 鬼08「チッ……」 ナ05「鬼は口でこそ悪態をついていたが、男の酒の香りに少々気を納めたらしく、横柄に瓶子を男に突き出した。 男は心得た様子でトクトクトク、と赤い果実の酒(しゅ)を注いでいく。 ところどころに高名な呪言の札と、経文の写しであろうちりめん紙、そんな異様な景色のあばら屋で、 鬼と人はしばらく酒を傾けた」 男06「ふうむ、またひとつ思いついたぞ。泣いた赤鬼という題材じゃ」 鬼09「ブッ……またみょうちきりんなお囃子ごっこをするか、加減にしろよ」 男07「お囃子ごっことはわからぬ人ぞ。おにーさんや、私の崇高な精神は遊戯などという縛りに括れぬ」 鬼10「貴様が村に来るたびに俺様の威厳が下がりやがる、この貧乏神」 男08「あっはっは、鬼のおにーさんに神様呼ばわりとは、私の徳の致すところか」 鬼11「言ってろ」 男09「ほほ、どーれどれ、雑紙を寄越しゃれ、歌をかきつけねばの」 鬼12「その辺に転がってるだろ、自分で拾え」 男10「ほーほー ……ええ、イー、トー、シー、ニー、イー……ちんとんしゃん」(音階を書き付けて) ナ06「男は札を適当に破りとり、裏の白面に書付けはじめた。 鬼はあきれ果てた様子で酒をぐいぐいと一人でやりはじめる」 鬼13「(飲んで)……っは、貴様の酒だけはええな、貴様は酒だけ男じゃ」 男11「酒だけ男か、ふむ、その題はなかなかじゃな、おにーさん」 鬼14「その呼び方はやめろって……っぷは、言っとるじゃろうが、もっと敬いを持て、敬いを。 お札の裏に書くたぁバチあたりな……知らぬうちにこっちの仲間いりしちまうぞ」 男12「ほほ、心配かえ、嬉しいねえ」 鬼15「言ってろ」 ナ07「鬼はぐいぐいと酒をひとしきりやると、境内の床にごうろりと転がり おおあくびを立てはじめた 放っておかれたていの男は、そ知らぬまま、長細い眉をきゅっとやり、紙に向こうたままでいた」 男13「……やれ!ほうれ、できたぞ、おにーさん。魂心の作じゃ、見やれ見やれ……あれ、寝てしもうたのか。 お前は鬼のくせにどうにも威厳たらずだぁねえ、腹まるだしで。 まあ、いい。また来た時に聞かせてやろう、さらば、さらば」 ナ08「ほとほとと埃を払い、古ぼけた社を男は後にする。 夕暮れた赤日がなにもかもをも赤く赤く染めてゆく、男の頬も真赤(まあか)にそめてゆく。 いや、それは否(いな)。男の肌は赤かった、髪も赤かった。 男は一度ふりかえり、鬼を にいやりと見やった」 男14「風雅を理解できぬモノはうまくない、旨くないものは食わずともよい。 おにーさんや、お前、頭でっかちでよかったねえ」 ナ09「一陣の風がふいた、刹那、男の姿はかききえた。 その夕冷えに鬼が目を覚ます、男の姿は既になく、鬼はあくびをしてまた寝転がる。 鬼、異形なる者。現世(うつしよ)と虚無とを行き来する、恐怖と畏敬とを集めるもの。 その昔、人がまだ、異形なるものをあがめ、恐れていた時代。 社を見下ろす、ご神体だけが見ていらしたのだろう。 ここに、二匹(ふたひき)の鬼がいた」 終