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カジノ・ロワイヤル 牡牛と乙女と山羊 774チップ 2007/09/27(木)23:12 83の続きです。これで第五ターン終了になります。 --------------------------------------------------------------- さて、その日の深夜。 乙女の不眠は三日目に入っていた。 側に身内がいる天秤と違って、彼は小さな読書灯だけをつけながら血走った目で闇を見つめている。 射手や、同じくショーに上った魚や獅子がどんな夜を過ごしているのかはわからない。 いずれにせよ傷を舐めあうことなど拒む厄介な連中ばかり。自分を含めそうだった。 少しうつらうつらすると、山羊と触れ合ったときの肉の感触が夢に出る。 目を覚ますと寝ている間に涙がこぼれている。いつまでこんな地獄が続くのか。 牛「眠れないのか」 血走った目で見ると、牛が寝そべったままの状態からこちらを見ていた。 深夜という時間のせいもあって、乙女の顔はみるみる恐ろしいものに変わってゆく。 刺し損ねたナイフを衝動的に手に取る。そもそもこいつに負けなければこんなことにはならなかったのだ。 牛「……」 乙「……お前は、口が重すぎる。何も喋らなさすぎる」 牛「元からだ」 乙「黙って飲み黙って破壊する。黙って人を車で轢いて逃げる」 牛「……」 乙女が一気にナイフを振り上げ、振り下ろす。 ナイフは牛の頭の上の床に刺さった。牛が沈黙してこちらを見ている前で、 精神的に持ち崩して泣いている自分が悔しくてならなかった。 乙「お前はもう裁きを受けた」 牛「……」 乙「あいつのところに謝罪しにいくのだけは忘れるな。船を下りたらまっすぐに行くんだ」 牛「わかった」 牛「俺は……今まで何をしてきたんだろうなあ。   とても長く悪い夢を見ている間に、取り返しのつかないことをしすぎた」 ナイフを引き抜いて廊下に出る。誰もいない道をたどり、甲板のテラスにまで出ると月が出ていた。 眠れない。柵にもたれてしばらく一人ですすり泣いた。 自分がこんなに脆かったのかと、それを悟ること自体ショックだった。 そして自分がようやく復讐という目的を果たしても、同僚の障害はもう回復しないのだとわかって 自分が堕ちてきてしまった事実ばかりが目に付いた。 何分、何時間そこにいたのかもわからない。過敏な神経が物音を聞きつけて振り向くと、 夜闇に溶けるようにしてあの男が立っていた。 乙「なんだ。幻覚か」 山「(辛そうな顔をしている)……」 乙「(ナイフを構えながら)お前が幻覚でも本物でも、どちらでもいい。消えてくれ。   今すぐ俺の前から消えろ。お前の影に怯えながら暮らすのはもううんざりだ」 山「……乙女」 幻覚とも実像ともつかぬ男が喋った自分の名に、どきりとする。 あらぬ言葉が一気にあふれ出てしまう。 乙「あんたの影が消えない! ──目を閉じても、眠っても、起きていても   あんたのことが四六時中闇から滑り出てくる! 何度俺を襲えば気が済むんだ!   何度俺を抱けばあんたは飽きるんだ! あんた悪魔だ」 夜闇の中で山羊の顔が悲しげに歪んだ。幻覚で見た顔とぶれてくる。 自分が幻覚に怯えて本物の山羊を傷つけているらしいとわかって、乙女は混乱してくる。 山「そうか」 乙「……」 山「その刃物を下ろしてくれないか。このままだとお前が何かしそうで、怖くて帰れない」 乙「(首を横に振る)……」 山「海に落ちて消えそうだ。人を呼ぶか」 乙「余計なことをするな」 山「……俺は、この船から降りたら日本に帰る。もうお前の前には現れない」 乙「──(そんなことをしてもお前の幻覚は消えない)」 乙女は衝動的にナイフを逆手に持ち替えた。そのまま自分を傷つけようとする。 山羊を殺しても幻覚を消せないかもしれない自らが嫌になった。 山羊が異変に気づいて駆け寄ってくる。 ナイフの奪い合いになり、二人の身体が柵の際でもみくちゃになる。 山「やめろ」 乙「はなせっ! ……」 あっというまに腕をねじり上げられ、乙女が痛みで手を離す。 ナイフは柵の外から暗い海へ一気に落ちていった。乙女は自分のナイフが 遥か下の波間に吸い込まれたのを見届けると、そこからパニックになって柵の内側にずり落ちた。 山羊が自分をなだめるように抱きしめてくる。 日本人はみなこうなのだろうか──闇に溶けるような髪と、まなざしの色。 乙女は山羊の腕の中で限界まで小さく縮こまり、「さわるな」とかすれた悲鳴をあげた。 つらそうな山羊の顔は見えない。途中から、ようやく自分を抱いている身体が安全だとわかると 身体をもたせかけて甘えるように泣き続けた。それが限界だった。 -[[続き>カジロワ41_85]]
カジノ・ロワイヤル 牡牛と乙女と山羊 774チップ 2007/09/27(木)23:12 83の続きです。これで第五ターン終了になります。 --------------------------------------------------------------- さて、その日の深夜。 乙女の不眠は三日目に入っていた。 側に身内がいる天秤と違って、彼は小さな読書灯だけをつけながら血走った目で闇を見つめている。 射手や、同じくショーに上った魚や獅子がどんな夜を過ごしているのかはわからない。 いずれにせよ傷を舐めあうことなど拒む厄介な連中ばかり。自分を含めそうだった。 少しうつらうつらすると、山羊と触れ合ったときの肉の感触が夢に出る。 目を覚ますと寝ている間に涙がこぼれている。いつまでこんな地獄が続くのか。 牛「眠れないのか」 血走った目で見ると、牛が寝そべったままの状態からこちらを見ていた。 深夜という時間のせいもあって、乙女の顔はみるみる恐ろしいものに変わってゆく。 刺し損ねたナイフを衝動的に手に取る。そもそもこいつに負けなければこんなことにはならなかったのだ。 牛「……」 乙「……お前は、口が重すぎる。何も喋らなさすぎる」 牛「元からだ」 乙「黙って飲み黙って破壊する。黙って人を車で轢いて逃げる」 牛「……」 乙女が一気にナイフを振り上げ、振り下ろす。 ナイフは牛の頭の上の床に刺さった。牛が沈黙してこちらを見ている前で、 精神的に持ち崩して泣いている自分が悔しくてならなかった。 乙「お前はもう裁きを受けた」 牛「……」 乙「あいつのところに謝罪しにいくのだけは忘れるな。船を下りたらまっすぐに行くんだ」 牛「わかった」 牛「俺は……今まで何をしてきたんだろうなあ。   とても長く悪い夢を見ている間に、取り返しのつかないことをしすぎた」 ナイフを引き抜いて廊下に出る。誰もいない道をたどり、甲板のテラスにまで出ると月が出ていた。 眠れない。柵にもたれてしばらく一人ですすり泣いた。 自分がこんなに脆かったのかと、それを悟ること自体ショックだった。 そして自分がようやく復讐という目的を果たしても、同僚の障害はもう回復しないのだとわかって 自分が堕ちてきてしまった事実ばかりが目に付いた。 何分、何時間そこにいたのかもわからない。過敏な神経が物音を聞きつけて振り向くと、 夜闇に溶けるようにしてあの男が立っていた。 乙「なんだ。幻覚か」 山「(辛そうな顔をしている)……」 乙「(ナイフを構えながら)お前が幻覚でも本物でも、どちらでもいい。消えてくれ。   今すぐ俺の前から消えろ。お前の影に怯えながら暮らすのはもううんざりだ」 山「……乙女」 幻覚とも実像ともつかぬ男が喋った自分の名に、どきりとする。 あらぬ言葉が一気にあふれ出てしまう。 乙「あんたの影が消えない! ──目を閉じても、眠っても、起きていても   あんたのことが四六時中闇から滑り出てくる! 何度俺を襲えば気が済むんだ!   何度俺を抱けばあんたは飽きるんだ! あんた悪魔だ」 夜闇の中で山羊の顔が悲しげに歪んだ。幻覚で見た顔とぶれてくる。 自分が幻覚に怯えて本物の山羊を傷つけているらしいとわかって、乙女は混乱してくる。 山「そうか」 乙「……」 山「その刃物を下ろしてくれないか。このままだとお前が何かしそうで、怖くて帰れない」 乙「(首を横に振る)……」 山「海に落ちて消えそうだ。人を呼ぶか」 乙「余計なことをするな」 山「……俺は、この船から降りたら日本に帰る。もうお前の前には現れない」 乙「──(そんなことをしてもお前の幻覚は消えない)」 乙女は衝動的にナイフを逆手に持ち替えた。そのまま自分を傷つけようとする。 山羊を殺しても幻覚を消せないかもしれない自らが嫌になった。 山羊が異変に気づいて駆け寄ってくる。 ナイフの奪い合いになり、二人の身体が柵の際でもみくちゃになる。 山「やめろ」 乙「はなせっ! ……」 あっというまに腕をねじり上げられ、乙女が痛みで手を離す。 ナイフは柵の外から暗い海へ一気に落ちていった。乙女は自分のナイフが 遥か下の波間に吸い込まれたのを見届けると、そこからパニックになって柵の内側にずり落ちた。 山羊が自分をなだめるように抱きしめてくる。 日本人はみなこうなのだろうか──闇に溶けるような髪と、まなざしの色。 乙女は山羊の腕の中で限界まで小さく縮こまり、「さわるな」とかすれた悲鳴をあげた。 つらそうな山羊の顔は見えない。途中から、ようやく自分を抱いている身体が安全だとわかると 身体をもたせかけて甘えるように泣き続けた。それが限界だった。 -[[続き>カジロワ41_85]]

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