初めて山羊が乙女の家にお泊りした次の日の朝、山羊が布団の中でうごうごしていると 寝室にはもう台所からご飯と味噌汁の匂いが漂ってきていた。まだ日も昇りきらぬ早い時間 で、山羊は起きるか起きまいかうたた寝のまま迷っていた。 いつもみたいに出勤前の母親か父親があわただしく起こしにくるのかなと思っていたが、 いつまで待っても自分を起こしに来る声がなかった。どこかで安堵しながら急にじわっと涙が 出そうになって、 「さびしい」 と、布団の中で消えそうなちいさな声を漏らした。 それから約二時間後に乙女が山羊の部屋の襖を開けると、山羊はまだ布団の中で丸まって いた。子供だからよく寝るのかなと思いながら乙女が声をかける。 「山羊。朝だ」 「はい」 すぐに返事が返ってきた。起きていたが乙女が声をかけるまで布団の中にいたのだ。すぐに 布団から出ててきぱきと布団をたたむ小さい山羊を見て、乙女はつい「無理しなくていい ぞ」と山羊に洩らしてしまった。 「無理してないよ。布団あげるんでしょ?」 「うん。まあそうなんだが……うーん」 他の自由気ままな子供たちと比べて、できた子だと褒められる。そういう風にして山羊は ”かっこいい”自分を満足させてきたのだった。従ってこの手の規則を守ることは山羊に とってすぐ習慣になるのだ。 乙女おじさんは山羊に対してどう扱ったらいいものか、早くも思案している様子だった。 「おじさんが子供の時だって、そこまで進んでやらなかったもんでな。よっぽど家のしつけ がしっかりしてたんだな」 山羊は何も言わなかったが代わりに布団を上げながら顔をむっとさせた。乙女が眼鏡の 向こうからくだけた調子でその甥っ子の表情を読み取る。 「お前のお父さんに学ばせたいぐらいだ。汚い家でもお前がいたらきれいになる。真面目 なのも才能だよ」 無理やり布団を押し込んでいた小さい腕がちょっと緩んで、布団のふくらみを受け止めた。 山羊がきょとんとした顔になったのを見てから乙女はさらりと朝食をとるよう告げて台所へと 先に戻った。 -[[続き>自由研究02]]