天「……にいさん」

牛の体は右手首の手錠一本でステージの上に留め置かれている。
体にはエサの匂いをつけられた肉汁をかけられ、おののきながら犬たちを凝視している。
鋭い牙を持った雄犬たちが、訓練師の手でけしかけられる。

天「にいさん!!」

天秤は夢中で駆けていた。前後の危険も顧みず、まるで兄に泣きつく幼子のように。
走ってくる犬たちに身構えながら牛の体が反応し、弟のほうを振り向く。

く る な 。 あ ぶ な い

牛の体に犬たちが飛び掛かる。天秤は泣き叫びながらステージへ登り、
兄に噛み付く犬たちを蹴って振り払おうとしていた。
犬の一頭が離れ、今度は天秤に襲い掛かろうとした刹那、横から犬の頭に牛の拳が飛ぶ。
呆然とする天秤を牛が力づくで床へ引き落とし、自らの体を上にかぶせつけて守る。
犬の吼える声。唸り声。裸で弟を守りながら体に噛み付かれて耐える牛の呻き。
兄の体に守られながら少年が下で泣き喚く。

天「にいさん!!どいて!!にいさん死んじゃう!!!にいさん!!!にいさん!!!
  にいちゃん!!!にいさん!!!にいさん!!!」

異常事態に外野から射手が飛び出す。
水瓶が止めそこね、やむなくポケットの中から非常用のスイッチを出す横で
山羊も同じように飛び出してステージへと向かってゆく。
会場に再突入した双子が一瞬たちすくみ、即座に射手たちの後へと走る。
羊は無我夢中で魚の胸倉を掴むとその懐から銃を奪い取る。
水瓶がスイッチを押した瞬間ばちんと会場中のヒューズが飛ぶ音がした。
窓のない賭博場は真の闇に包まれ、しばらくしてその中に乾いた銃声がこだました。


主催者側が停電の原因を見つけて会場を復旧させたとき、
ステージの上から兄弟の姿は消えてなくなっていた。
犬たちは逃げ散り、ギャンブラーたちも数名を残してみな消えている。
一部始終をどっしり構えて見ていた獅子だけが、椅子の上であくびをした。

最終更新:2007年10月10日 20:16