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ドキドキハウリン その5 - (2006/10/24 (火) 02:02:54) のソース
「ん……?」 カチカチと鳴るキーボードの音で、ボクは目を覚ました。 「どうしたの? ジル。なんか調べ物……?」 ボクの部屋のもう一人の住人が何かしているのだろうか。軽く身じろぎして、布団の中から顔を出す。 「んぅ……」 白み始めた窓の外。時計を見れば、まだ六時。 今日は日曜だから、わざわざこんな時間から起きることないのに。 「ん? あたしじゃないぜ……?」 ベッドサイドにあるベッド……それも変な表現だけど、ボクの神姫はいつもそこで寝ているのだから、仕方ない……から、ジルも眠い目をこすりながら起き出してくる。 キーボードの犯人はジルじゃない。もちろん、ボクでもない。 じゃあ、誰が……? 明かりの灯るディスプレイの方を見れば、そこにあるすらりとした背中は……。 「……静姉」 隣の家の住人、戸田静香だった。 ---- **魔女っ子神姫ドキドキハウリン **その5 ---- 「こんな時間から、人ンちで何やってるんだよ。静姉」 呆れたようなボクの声に、静姉はゆっくりと振り向いた。 「いやぁ、あたしの部屋のパソコン、壊れちゃってさ。バックアップは取ってたからいいっちゃあいいんだけど、ネットが見られないのが不便でねー」 ってちょっと、その格好はどうなんだよ……。いつものこととはいえ、いくら幼なじみのボクの前でもどうかと思うよ? ああもう、見えてる、見えてるーーーっ! 「あーそうだ、思いだした」 「……何だよジル」 さすがに視線を逸らしたボクに、ジルが頭を掻きながら声を掛けてきた。 「侵入者のアラームに反応があったから一度起きたんだけど、静香だったからまた寝たんだった」 ……アラームの意味ないじゃん。 「忘れてたよ、あはは」 「勘弁してよ……」 「いいじゃない、お隣さんなんだし。固いこと言いっこ無し、ってことで」 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる静姉の手には、小さなカギがくるくると回っていた。 ウチの玄関のカギじゃない。 ボクの部屋の、窓のカギだ。 きっとウチくらいじゃないかな。窓に外からも開けられる鍵がくっついてる家なんて。 「だからってこんな時間からボクの部屋に来ないでよ……しかもそんな格好で」 窓の外を見れば、ウチと静姉の家の間にはハシゴが渡されていた。いつも通り、このハシゴを渡ってボクの部屋に入ってきたらしい。 「いいじゃない。お隣さんなんだし、あたしのこの格好くらい、見慣れてるでしょ?」 「……すいません。私は止めたんですが……」 「いいよ。ココは悪くないから」 最後まで必死に引き止めてくれたんだろう。静姉の頭の上でうなだれるココに、力なく微笑みかける。 まあ、パソコンが壊れたっていうなら仕方ない。 仕方ない……。 仕方ないさ……。 ……そういうことにしておいて。お願い。 「でも、急ぎの用事って何?」 それにしても、こんな朝早くにわざわざ人の家のパソコン使ってする事なんて……何だろう? 「ん? 今日の大会のエントリー、忘れてたからさ」 「……エルゴ改装記念の?」 そういえば店長さん、今度店舗改装するって言ってたっけ。対戦ブースとか、かなり立派になるって聞いたけど……。 そうか、今日だったんだっけ。 「もちろん行くでしょ? 登録しといたよ」 「……誰の名前でだよ」 それから数時間後。 ボク達の姿は、ホビーショップエルゴの二階、大会会場にあった。 「次のカードは……今期リーグ初登場の鋼月十貴子選手! 神姫はストラーフの『ジル』!」 神姫指揮用のディスプレイには、まだ明かりが灯っていない。鏡面加工になっているそれに、ボクの姿が映されている。 フリルのたっぷり付いた愛らしい上着に、くるぶしまである長いスカート。淡い栗色の長い髪には、ご丁寧にリボンまで添えられている。 「……静姉ったら」 その姿を見て、ため息を一つ。 もちろんボクの趣味じゃない。 朝から来ていた、静姉の趣味だ。 身長148cmに、小学生に間違われることもある童顔。そんなボクは、静姉にとっては等身大の着せ替え人形に見えるらしい。 だからこんな格好をさせられているわけで……。 「十貴子!」 「う、うん……」 ジルに呼ばれ、司会兼進行役の店長さんに意識を戻す。 「対戦相手は現在目下九連勝中のヴァッフェバニー、『砲王』こと『ベルベナ』! 圧倒的な砲撃装備は、連勝数を二桁台に突入させてしまうのかっ!」 「砲撃戦……?」 「相手に近寄られる前に一発で仕留めるとか、そっちのタイプだろ。ちょっと前にすげえのがいたしな」 「へぇ……」 学校が忙しくてしばらくセンターには来てなかったけど、最近はそういう戦い方も流行ってるらしい。 そんなの、よっぽど試合慣れしてるか、高性能な神姫じゃないと無理な気もするけど……。 「ジル。平気?」 ポッドに入ったジルに問いかける。 急な大会だったし、セッティングはいつも通り。もうちょっと時間があれば、対砲撃戦の対策も取れたんだけど……。 「莫迦におしでないよ。あの程度の豆鉄砲、あたしの相手になるもんか」 返ってきたのはジルの頼もしい返事。 「いや、あの口径……」 でも、ポッドに入れるところをちらっと見たけど、相手の主砲、すごくおっきかったよ……? 「ま、気楽にやろうや。その服、似合ってるぜ? 相棒」 「言わないでよ……」 まあ久しぶりの大会だし、リハビリってことでいいか。 システムチェックの終わったディスプレイが、ボクのジルに規定違反がないことを示す。 戦いは、始まった。 -Bellbena side- 目の前に広がったのは、崩れ落ちたビルディングとめくれあがったアスファルト。 「な……」 しかし。 「どうしたベルベナっ!」 そんな見慣れた光景よりも、私は現われた神姫のシルエットに言葉を失っていた。 背中にあるのはサブアームではなく、重機から流用したらしいクレーンアームとショベルアーム。 両足にあるのは強化脚ではなく、戦車から切り出したらしい無限軌道。 そして何より目を惹くのが、神姫の胴回りよりも太い腕。サブアームの位置にではない。神姫の通常腕部を差し替えて、その腕は付けられているのだ。 「よぅ。トリガーハッピー」 巨大な豪腕で腕組みをした彼女が浮かべるのは、不敵な笑み。 ストラーフの異形には慣れているはずの私でさえ、異様に見えるその姿。 「ベルベナ、外見に惑わされるなっ! あんなもんハッタリだ! っていうかあいつ、どう見ても火器持ってねえ!」 「は、はいっ!」 マスターの言葉に、反れかけた思考を引き戻す。 そうだ。ただの近接戦タイプなら、相手がどんな装備をしていようと関係ない。 「ハッタリかどうか、試してみなっ!」 ロックオンのマーカーが出るよりも早く、ガトリングガンをファイア。 至近距離から張られた弾幕が、相手の異形を覆い隠していく。 「ベルベナ、そのまま追撃!」 「了解っ!」 弾幕の中にロケットランチャーを放り込み、続けざまに火炎放射器が炎の舌で周囲を容赦なく舐め回す。 そうだ。 中距離における圧倒的な面掃射こそが、私の必勝策。 この鋼弾と炎の蹂躙を受けて耐え抜いた神姫など居はしない。そのうえ相手は重装型で動きが鈍く、銃の一丁も持っていないのだ。 「ランチャーセット!」 背部のコンテナからミサイルランチャーを展開。 硝煙と炎熱で、目視と赤外線は使い物にならない。複合センサーからそれらを切り離し、相手の姿を探ろうとして……。 「……いない!?」 神姫サイズの標的はいない。 まだ、戦闘終了のコールは出ていないはずなのに。 「残念っ!」 叫びに思わず見上げれば。 はるか天空にあるのは、陽光を背負う異形の姿。 「何っ!?」 重装備にキャタピラ。ブースターの類は付いていなかったはず。 飛べるはずのない機体がどうして!? 「クレーン!?」 彼女の飛翔の軸線上にあるのは、一直線の細いワイヤーだった。そうか、クレーンのフックを撃ち出して……。 「う、撃ち落とせ! ベルベナ!」 「イ、イエス!」 そうだ。 展開したままのロケットランチャーで、そのまま相手をロックオン。 ワイヤーで急場を凌いだとはいえ、相手の軌道は一直線。その上、向こうからこちらを攻撃する手段はない。 ならば、こちらの攻撃は当て放だ…… 「…………なっ!?」 そう思った瞬間。 目の前にあるのは、相手神姫の巨大な拳だった。 「ロケット……パンチ……?」 それを空飛ぶ鉄拳だと認識した瞬間。 私の視界は、あっさりと暗転した。 -Tokiko side- 「勝者は鋼月十貴子選手の『ジル』!」 対戦台を降りたボクに掛けられたのは、静姉の言葉だった。 「相変わらずのイロモノ装備ねぇ。十貴子」 別にいいじゃないか。ジルも喜んでるんだし。 「だいいち、その格好の静姉に言われたくないよ……」 静姉の今日の格好は、何を思ったかセーラー服だった。胸元に抱かれているココも、もちろん同じ格好だ。 えーっと。 静姉の学校ってブレザーだったよね、確か。 「あら? 格好で言うなら十貴子も似たようなもんじゃない」 うー。 「誰が好きでこんな格好……」 「……誰が好きで?」 「……何でもない」 うう……逆らえない自分が恨めしい。 そりゃ、普段のボクと気付かれないようにして欲しいって言ったのは、確かにボクだったけど……。 だからって、ねぇ。 「はい、よろしい」 どうやら次の試合は静姉の出番らしい。ボクと入れ替わるように、今度は静姉が対戦台に着く。 「次のカードは……皆さんおなじみ、戸田静香選手っ! 神姫はもちろん、魔女っ子神姫ドキドキハウリンっ!」 「あの……私の名前は?」 ポッドの縁に腰を下ろし、うなだれるココ。 「十貴子。あのコよりは、マシなんじゃない?」 「……あんまり変わらない気がするよ、ジル」 もう本名じゃなくてリングネームが定着してるしね。 心から同情するよ、ココ。 色々と。 次の日。 「おはよー」 ボクが教室に入ると、前の席の友達が声を掛けてきた。 「よう、ジューキ」 「何読んでるの? 宮田」 授業用のPCで何を見ているかと思えば、割と見慣れたホームページだった。 「昨日のエルゴの大会の結果だよ……って、お前神姫やってなかったっけ。そういえば」 「うん」 そう。 ボクは学校じゃ、神姫をやってない事になっている。 第一次オタクブームから三十年が過ぎ、当時の現役オタク達が社会の中心に居座る時代になっても、いまだにオタクに対する偏見は根深い。 そもそもその手の人種があまり表に出て来たがらない事もあって、相も変わらずオタクの真実は謎に包まれているし、萌えの定義も明らかになってない……らしい。 まあ、全部父さんの受け売りだけどさ。 「エルゴってのは、神姫のショップでな。時々大会もやってるんだ。この辺じゃ一番マニアックな……」 「へぇ……」 宮田の熱の籠もったエルゴの説明に相槌を打っていると、他のクラスメイトも寄ってきた。 「な、戸田静香って何位? 俺、昨日部活で大会見に行けなかったんだよ」 「魔女っ子は四位だってさ。三位決定戦で風見のねここに負けてるわ」 良い勝負だったんだけどね。やっぱり、ココのあの格好は戦闘に向かないと思うんだよね……。 「風見美砂かぁ。あの子も可愛いよなぁ。俺、ああいうの好みなんだよなー」 「そうだ。可愛いっていや、久々に『鋼帝』が出てたみたいだな」 宮田の口から出て来たその言葉に、ボクは言葉を失った。 「嘘。何、『鋼帝』が出てたの? しばらく公式に出てなかったじゃん」 「みたいだぜ? 準々決勝で戸田に負けてるけど」 「……鋼帝?」 「鋼月十貴子。この辺じゃ、一番古くからいる上位組じゃないのかな……って、ジューキは知らないか」 「……う、うん」 知らない。 知らない。 知らないったら、知らない。 知らないんだってば! 「結構可愛いぜ? 去年とか、戸田静香と良く一緒にいたから……ほら」 宮田は自慢げにそう言って、ブラウザを最小化。 壁紙になっていたのは…………。 いつものエロ壁紙じゃなくて、ボクと静姉のツーショット写真。 「え、お前、その壁紙くれよ。俺、あの二人のファンなの知ってるだろ?」 「ふふふ。購買のアグネスプリンで考えてやる」 うわぁ。あれ、一日三個限定だよね。 えげつないなぁ……宮田。 「ちょ……おま……せめて焼きそばパンで手ぇ打つってのはどうだ?」 「……なら、三つだな」 「うわこいつっ!」 足元見てるなぁ。 「ジューキ、お前も神姫やれよ。色々と楽しいぜ?」 「お前の場合、神姫っていうより女の子マスター目当てだろー?」 「うっせぇ! 俺だってなぁ、こんな野郎学校に来なけりゃなぁ……共学のツラかぶった野郎学校だって知ってりゃなぁ……」 まあ、ウチの学校一応共学だしね。 ガチガチの体育会系な工業高校に女の子なんて入ってこないけど。 「言うな……兄弟。俺だって、叶うことなら戸田静香や風見美砂のクラスメイトになりたいよ……同い年なんだぜ? なあ、ジューキぃ!」 「う、うん……」 ごめん宮田。静姉は女子校だから、ボク達じゃ絶対同じクラスになれないよ。 それに静姉はあんな性格だから、短気な宮田だと我慢できないと思う……。 こんなこと、口が裂けても言えないけど。 「ま、始めたばっかじゃエルゴの大会は厳しいと思うけどな。言ってくれりゃ、手頃なランクの店くらい紹介してやるぜ?」 「はは……考えとくよ」 チャイムが鳴って、宮田もPCの電源を落とす。 暗くなったディスプレイに映るボクの姿は……黒の短髪に、昔ながらの学ランだ。 名札に書かれた名前は、鋼月十貴。 男子校に通う、れっきとした男の子だ。 「そうだジューキ。これ貸してやるよ」 「何これ」 宮田から渡されたのは、一枚のディスクだった。 「マオチャオとハウリンのものすっげー裏動画」 「ちょ! お前、それ俺にも貸してくれっ!」 「莫迦! これでジューキもこっちの道に引きずり込むんだって!」 「くっ……。なら仕方ない。見終わったら俺にも貸してくれ、ジューキ……」 宮田の熱意に押されて、何となく受け取ってみるボク。 「……ありがと」 その後、これを静姉に見つかって、大変なことになるんだけど……それはまた、別の話。 って、語らなくちゃダメなの!? 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