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彼女たちの日常(3) - (2017/02/24 (金) 21:42:08) のソース
そこは、豪華だが何処か成金趣味を思わせる調度品が並ぶ部屋。 その部屋の奥に設えられた高級デスクには、1人の男が埋もれていた。 「――なんだとテメェ、もういっぺん言ってみろ!?」 しかしそのセレブな場には不釣り合いに……いや、調度品の趣味にはお似合いのように、汚く口角泡を飛ばして叫ぶ。 『禁則兵器使用の賠償金として金一千万。鹵獲機体は没収。 人間の言葉は聞き直さないとご理解いただけないなんて、脳までフォアグラになっていらっしゃるのかしら』 男が対話するのは、空中に浮かぶ通話画面。そこには絶対零度の微笑を浮かべた黒髪の美女の姿があった。 「貴様ぁ!!!」 さらに口角泡が吹き荒れ、デスクが男の体液に塗れていく。 『あらあら汚い声。負け犬の遠吠え……いえ、豚の悲鳴かしら』 モニターの奥の女が、あからさまに嘲笑する。 しかしその仕草は、そのような下衆な行為ですら美しく、また洗練されていた。 「テメェ! ぶちころすぞ!!!」 煽られ更に激怒する脂肪の塊、もとい青年。 豊満という言葉すら生ぬるい巨大な砲丸のような身体が、激怒の余りその身を震わせようとするも叶わず、高級チェアの柔らかなクッションにずぶずぶと沈み込む様は女が嘲笑するのに相応しく、実に無様だった。 『――それは、"鶴畑さんのお言葉"でよろしくて? それとも……ふふ、怒り狂った豚の鳴き声を私が聞き違えたかしら』 「――ぐ」 瞬間、女の瞳にそれまでの嘲笑とは別種の、遙かに危険な光が宿る。 男の方もそこまで馬鹿ではなかったらしく、尚嘲笑されながらも矛先を引かざるを得ない。 『では、今回はこれきりということにいたしましょう。また次回、ごきげんよう』 「待てよ! 勝ち逃げする気かぁ!」 『勝ち逃げは勝者の特権よ。悔しいのなら貴方も勝者になってみる事ね』 高らかな宣言と共に、ブツリと通信が切れる。 残されたのはギリギリと歯を噛み締め敗北の味を嫌と言うほど味わう無様な男の姿だけだった。 「――このままで、済ませてたまるか……あのアマぁ!」 そして男の脂ぎった瞳には、どす黒い復讐の炎が燃え上がりはじめていた。 「――ふふ」 同時刻、会談という名の蹂躙を終えた美女は、愉快そうに傍らの神姫に微笑む。 「ご機嫌ですね。お嬢様」 「ええ、対岸の火事に油を注ぐのはまさしく愉悦。 その油もピザデブ自身のラードですもの」 「……忙しくなりそうですね」 「そうね。宴の準備は万全に、くれぐれも先方に粗相のないようにね」 「jawohl」 「――っと、そろそろあの子のテリトリーなんだけどね」 そう言いながらフェリスはキョロキョロと芝居がかった動きで周囲を見渡す。 案内は続き、ガレージ周辺にまで足を運んだ3人であった。 「あの子? 嗚呼、例のマッコウか」 「マッコウじゃありません、大鯨です!」 「っ!?」 その3人の後ろから、小鳥の囀りのように澄んだ声が響く。 「あ、やっぱり出た」 「出たってなんですかっ、人を幽霊みたいに」 全く失礼しちゃいますとぷんすかと怒って見せるのは、癖のある紺のセミロングと赤い瞳が特徴的な、10代半ばと思しき可憐な少女だった。 「紹介するわね、彼女がマッコウちゃん。うちの死の商人」 「フェリスさん何ですかその辛口の紹介っ。兵站・補給部門の管理をしてるだけですっ」 そんな彼女はセーラー服にクジラのイラストが入ったエプロン姿で、大きなバケツを両手で下げている。 「嗚呼……だからマッコウ」 「そこは知ってるんだ……」 納得したように頷くフー。 「あ、今日入った新人さんですね。此方こそ宜しくお願いします。 必要なものがあったら何でも仰ってくださいね。テッィシュペーパーから反応弾まで何でもありますから」 ハキハキと快活に喋るマッコウちゃん。 「フーだ。宜しく頼む」 対して味気ない受け答えのフー。 「ウチは装備は個別管理だからね。出撃時の燃料以外は関しても彼女と相談してやって」 「兵站はマスターの管轄ではないのか?」 「まぁそうなんだけど、ウチみたいな傭兵部隊はマスターもスポンサーもバラバラだから個別扱いなの。フーの場合はあの女の直轄だけどアンタはA級だから、独自裁量権が認められてる」 つまりは放任だ、と肩をすくめるフェリス。 「個別戦闘なら兎も角、集団戦に置いては不合理だ」 個人の力には限界があり、統制の取れた部隊は個々の能力以上の戦闘力を発揮する。 それは部隊規模が巨大になるほど効果を増し、同時に統制の困難も増す。その為には編成と装備の統一、指揮系統の一本化が不可欠といえるからである。 「正論なんだけどね。だからB級の一般兵はある程度装備が限定されるの。 だけどウチのA級や傭兵はその集団を掻き乱す為の少数精鋭が求められてる。だから装備に関しても一任されてるの。 最も一番危険な任務に投入される訳だから、生半可な装備と覚悟じゃ即アウトだけどね」 「だが貴様らは戦果を上げている」 「……まぁ、一応ね。そういう契約だから。――そ。に”ゃ!」 「!?」 悲鳴の正体は至極単純、一歩踏み出したニクスがフェリスの足先を踏んづけただけである。 「あ、ゴメンフェリス。 そうそうマッコウちゃん。私たちの装備の方、順調?」 「だから……うう、もういいです」 めそめそとしょげるマッコウちゃんだが、直ぐに仕事モードの真剣な表情に切り替えて、バケツの中から帳面を取り出し、パラパラ捲る。 「えぇと、ふれずべるく……さんでいいのかな。の装備は既に納品済みです。鈴乃さんからの注文通りの物を量子化して登録済みです」 「量子変換システムか、最新型だな」 「はい、ウチはその辺贅沢で基本的に全員がこのシステムです。管理の都合もありますけどね」 「効率的だな」 「そうですね。結構助かってますよ。 次にフェリスさんですけど、注文の品はあと一週間で納入できそうです」 「思ったより掛かるわね」 「OS周りが特殊なので……急がせますからちょっとだけ待ってください」 「あたしは構わないわよ。不良品押し付けられたら溜まったものじゃないからね」 「ひっどおーい、私不良品なんて売りませんよぅ」 その一言に、思わずフェリスの顔が渋くなる。 「格安のマイクロミサイル買ったら、敵に命中する前に全部自爆したのは何かしらね……」 「ちゃんと飛んで爆発してるからその点では問題ないです。 セール品はノークレーム・ノーリターンだからノーカンです!」 「……それは、2人とも問題が」 そのやり取りを聞いて呆れるニクス。 「えぇと、最後はニクスさんですね。軽装のリュンヌの修理はもう終わってます。 量子化してスロットに登録済みなんでもう呼び出せますよ。あとでテストしておいてください」 「了解した」 「それでアルテミスの方なんですけど……やっぱり時間掛かっちゃいますね。 今各所を当たって調達してますけど希少部品が多かったので中々……。すみません一週間は待ってください」 本当に申し訳なさそうに、深々と頭を下げるマッコウちゃん。 「いや、しょうがないさ。でも早めには頼む」 「わかってますって。 そうです、レールガンの方は予備砲身への交換とスクラップからの再利用で修理出来たんで、一足先に納入してありますから」 「ありがとう。……ってそれ、大丈夫なの?」 「規格は一緒ですから大丈夫ですよ♪ ……たぶん?」 ニクスの不安を払拭せんとスマイル0円を振りまくが、逆効果も甚だしい。 「ホントに大丈夫なの……」 「ヤダなぁ、半分は冗談ですってぇ。 でも実際問題、純正品にしようと思ったらこうするしかないんで、そこは我慢してくださいね。 贅沢は敵なんです。欲しがりません勝つまでは」 側頭部にある特徴的な跳ねっ毛をピコピコ揺らしながら、ぐっと小さく愛らしい握りこぶしを作るマッコウちゃん。 「わかった。贅沢は言わない。修理してくれてありがとね」 「そうそう、壊したのはコイツの無茶のせいなんだしー」 にししと、いつもの笑顔……というより仕返し気分で茶々を入れる、自称幸せを呼ぶ黒い鳥。 「あれはしょうがないでしょ。 レールガンが圧し折れちゃってあれ位しか手段が無かったんだから」 「まぁねー。ならその圧し折った本人に請求書出してみれば?」 「それ笑えない冗談ね。ホント……」 気さくに接しようと気を使っているのかいないのか、その本人がいる前であけすけな事を言い放つ。 「我は構わないが? それも借りを返す事になるのだろう」 しかし彼女は戦闘以外の事に関しては何処までも素直、というよりも無垢だった。 「フー、アレは私の未熟が招いた結果だから、責任は私のモノ。貴方が負う必要は無い」 「それが貴様の行動規範か」 「そんな上等なモノじゃない。私がそう思ってるだけの事よ。 ――それにフー、私の機体幾らすると思ってるのよ」 マッコウちゃんが営業スマイルと共に取りだしていた請求書を毟り取り、フーの顔に突きつける。 「これは高額なのか?」 そのゼロがたんまりと並ぶ請求書をみても、全く動じないフー。というよりは―― 「そりゃ知識が無かったら全くわからないわよねえ」 その横からのツッコミに、彼女には金銭感覚のイロハすらない事を今更ながらに痛感する。 「……まぁ、その件については宜しく頼むよ」 「いえいえ、これもお仕事のうちですからお気になさらず。 これからもマッコウ商会をご贔屓にお願いしますっ」 「そこは自分で言うんだ……」 「――さて次の案内だけど、こっちが基地区画ね」 マッコウのガレージを後にした3人は、その向かいにある格納庫群に足を運んでいた。 「並んでるのが機体の格納庫……と言っても個人装備はウチじゃ基本的に量子化してるし、一部の大型機だけだけどね」 完全にガイド役になったフェリスが先導しつつ、てきぱきと案内していく。 「手前にあるのが訓練棟。 各種シミュレータや室内射撃場、ジムなんかがひと揃いあるから好きに使って。 で、その向こうが飛行場区画。 奥にあるビル群みたいなデカい基地が野戦本部兼用の管制塔、手前のがサブの管制塔ね。 あと大型機用の滑走路やヘリポートがあるけど、普段はドームが閉まってるし滑走路を使う機体も殆どないからグラウンドとでも思って」 「ドームだと?」 フーはその単語に引っ掛かりを感じる。 「嗚呼、そういえばまだ説明してなかったわね。 この基地全体が200m四方のドームの中にあるの。 上は開閉式で普段は閉じてるけど、マジックミラーの要領で透過処理されてるから普通に空は見えてるって訳」 「ふむ……」 光学センサー、つまり瞳の倍率を上げて空を確認するフー。確かにそれは一見普通の空に見えても、うっすらと人工物独特の光の乱反射が見受けられた。 「ちなみに天井まで100mはあるから、普通に飛ぶには問題ない筈よ」 「了解」 「ホント非常識な施設よね。いくら奥多摩の山の中だってこんなバカみたいなモン建てちゃって」 「それはまぁ……あの女だから」 しみじみと呟くニクス。 「しかしいい天気ね……」 彼女は眩しそうに、隔離された虚構の空を見上げる。 「そうねえ。こんな日は自由に大空を羽ばたきたい……って、リュンヌの慣らしがまだだったでしょ。昼食前にひとっ飛びしない? 食後のデザートのパフェ賭けで」 「乗った」 「よし決まり。じゃあ宜しくね、フー」 「え」 頑張ってねとフーの肩を叩き、サラリと傍観者を当事者に仕立て上げるセイレーンな策士。 「何故我なのだ」 「調整済みのあたしと卸したてのニクスじゃハンデあるでしょ。 なら同じ条件のフー子とやった方が面白……もとい、丁度良いかなってさ」 「まぁそれは……ね」 そのもっとも意見に、やれやれと肩を竦めるニクス。 相棒に乗せられたように思うが自分も言った手前、今更それを撤回する気にはなれなかった。 「了解。早速、模擬戦を開始する」 戦う事が本分とばかりに、量子化させていた武装を次々に具現化するフー。 眩い光に包まれながら、次々と武装が装着されていく。 「準備完了」 数秒のうちに変身を終え、大型曲面装甲と鋭角的で剥き出しに近い四肢の対比が特徴的なフレズヴェルクの装備を身に纏う。 FAG用に調整されているとはいえ、それは孫う事無き鷲の巨人のものだった。 「ホント戦闘に関してだけはやる気になるみたいね。――それじゃ」 少々呆れつつ、ニクスも同様に光を纏う。 こちらも数秒で変身は完了し、脚部の飛行ユニットが特徴的な軽装備『クレール・ド・リュンヌ』を装着する。 「それでは、始めようではないか」 やる気満々のフー。――しかし。 「それと、誰も模擬戦するなんて言ってないから」 「は?」 その予想外のニクスの言葉に、思わずぽかーんと口が開く。 「言ったよね、私は空を飛びたいんだ。って」 「……それは、そうだが」 「うん、そしてこうも言った。『貴方の言う無駄な事をする』って。――だから」 次にニクスの口から出たのは、フーには思いもよらない言葉で。 「鬼ごっこ、しようか」 [[続く>誰がために(1)]] [[トップへ戻る>Night Games]]