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「ドキハウBirth その2後編」(2007/06/10 (日) 00:16:44) の最新版変更点
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時計の長針が十二に移ると同時、短針が八を指す。
かちりというかすかな音がして。続いて響き渡るのは、朝の静けさを打ち破るベルの音だ。
リリリリリリリリ…………。
「みゅぅぅ……」
クレイドルの上。むくりと起き上がった小さな影は、恨めしそうに机の上の時計を睨め付ける。
彼女が眠るクレイドルも、同じ机の上に置いてある。もっと細かく言えば、時計のすぐ隣に。
「……うるさいですわね」
大きなあくびをしながら、聴覚センサーから入ってくる音量情報を少しばかりフィルタリング。耳障りなベルの音だけが意識の外へと追い出されるよう、調整をかける。
朝の静けさが戻ったところで、主の名を呼んだ。
「朝ですわよぉ、マスター……」
けれど、傍らのベッドで丸まっている毛布の塊からは、何のリアクションも帰ってこない。
「マスターってばぁ……」
もそもそとクレイドルの上を這いずって、寝る前に出しておいた服を手繰り寄せる。
神姫のAIは、それぞれが確固たる個性を持つ。彼女はそのうちの一つに、『朝が苦手』という不名誉な特性を与えられていた。
「ほら、鳴ってますわよ……」
クロックの上がらない頭で体を動かし、薄手のシャツとパンツを着込む。だが、たっぷりの時間を掛けて着替え終わってもなお、丸まった毛布は沈黙を守ったまま。
リリリリリリリリ…………。
音こそ聞こえないが、机の上のわずかな振動はベルがいまだ抵抗を続けていることを伝えてくる。
「さすがに、ご近所迷惑かしら」
彼女が着替える間も、時計のベルは鳴りっぱなし。邪魔なだけならいい加減止めてしまおうかと思ったところで、ついに毛布が動きをみせた。
「マ……」
毛布からにょきりと伸びるのは、細い右手が一本だけ。
それがついと時計を指差せば。
リリリリリ…………リン……。
わずかな残響音を残して、時計の振動はそれきりぴたりと止まってしまう。聴覚センサーのフィルタリングを解除しても、耳障りなあの音は聞こえてこなかった。
その成果に満足したのか、右手はごそごそと毛布の中に戻っていく。
「ちょっとぉ……。今日は峡次さんをお手伝いするんじゃなかったんですの?」
声を掛けても返事はない。
それどころか、毛布の中からはくぅくぅと穏やかな寝息さえ聞こえてくる始末。
「……もう、知りませんわよ」
はぁとため息を一つ吐き。
小さな少女は机に腰掛け、主の目覚めを待つことにするのだった。
----
**マイナスから始める初めての武装神姫
**その2 後編
----
ベッドの上で次の変化が起きたのは、それからかなりの時間が経ってからの事。
「んぁ……」
私が起きてすぐの時より、その変化は随分と大きい。毛布の塊がむくりと身を起こし、大きなあくびをひとつして。
パジャマの袖が、ベルの止まった時計を捕まえる。
「今、何時ぃ……?」
目をこすりながら時計を眺めるマスターに、私は静かに言い放った。
「もう十一時ですわよ」
その瞬間、丸まっていた毛布が一気に吹き飛んだ。
「ちょっ! プシュケ、何で起こしてくれなかったのよ!」
まったくもう。
起きるまでは時間がかかるクセに、起きてからはすぐ本調子ですのね。うらやましい限りですわ。
「何度も起こしましたわよ。返事はありませんでしたけど」
「っていうか、時計誰が止めたのよ! スヌーズのスイッチまで切ってあるじゃない!」
忠義者の時計をベッドに放り投げ、パジャマのボタンを外しながらタンスの前へ一直線。
「……マスターが、いつもみたいにご自分で」
パジャマのズボンが、私の前をぽーんと元気良く飛んでいく。
もう。誰が片付けると思ってるんですの?
「プシュケー! これとお揃いのブラ、どこ入れたっけー?」
その声に振り向けば、タンスの前では白いショーツに包まれたお尻がふりふりと揺れている。
「……そっちのタンスの、二段目ですわ」
「あとTシャツはー? 汚れてもいい、白いヤツー」
白いヤツっていわれても……マスター、ご自分でどれだけ白いシャツ持ってると思ってますの。
「そっちの三段目は見ましたの? そこになかったら、私知りませんわよ」
まったくもう。少しは自分で覚えるくらい、したらどうですの?
「あと白いシャツだと、下着透けますわよ?」
指摘してみたら、あーとかうーとか言いながら頭を掻いていたりする。間違いなく、考えてなかったんですのね。
「じゃ、黒いのは?」
「……同じ所に入ってるはずですわ」
ああもぅ。
我がマスターながら、情けない。
「よし、着替え完了っ!」
Tシャツにスカート。ラフな格好はともかく、峡次さんを手伝いに行くなら、せめてスカートじゃなくパンツにした方が……。
そんな事を考えていると、マスターは私の前をまっすぐに横切っていく。
「……どこに行くつもりですの?」
そちらはベランダで、玄関は逆ですわよ?
「ん? どこって、アイツ手伝いに」
何の迷いもなくがらりと窓を開け、ベランダへ。手すりをひょいと乗り越えて。
「ちょっと!」
そのまま、一気に飛び降りた!
----
掃き出しの大きな窓を開ければ、そこは巴荘の庭だった。
猫の額ほどの庭だけど、芝生もあるし、自転車なんかを入れる倉庫もある。五、六人くらいのちょっとしたパーティーくらいなら開けそうだ。
「……へぇ」
そうか。ここ一階だから、そのまま庭に出られるんだっけ。一階は色々不便だって聞いてたけど、荷下ろしも楽だったし、案外捨てたもんじゃないな。
「どうしたんですか? 峡次様」
玄関から入ってすぐの台所で食器を片付けてくれていたベルが、そう声を掛けてくる。
「いや、庭に出られるんだな、と思ってさ」
もちろんベルは神姫だから、食事用の大きな食器を片付けられるわけがない。コップとかナイフとか、小さな物をお願いしてるだけだ。
「ベルも出る? 巴荘の庭なんて、珍しくないだろうけど」
「ふふ。早いですけど、ちょっと休憩にしましょうか?」
割烹着姿のベルもくすりと笑って、俺の肩に飛び移ってきた。
玄関からサンダルを取ってきて、窓から庭へ。
うん。悪くない。
「思ったより早く終わりましたね」
庭に出るとき時計を見たら、まだ十一時少し前だった。実家で荷造りしてたときは一日じゃ絶対終わらないと思ってたけど、出すだけなら案外早いもんだ。
「ベルのおかげだよ。ありがと」
手伝いがあったのもだけど、巴荘のどこに何を置いていいのかを教えてくれた事が大きかった。俺一人だったら、ゴミをどこに捨てればいいのかの段階で詰まっていたはずだ。
「私は何もしていませんよ。感謝なら、鳥小の配慮に」
俺の肩に腰掛けて、ベルはそう言って笑ってる。なんかなぁ、すごい出来た神姫だよな、ベルって。
こんな良い子のマスターだなんて、鳥小さんがホントにうらやましい。ベルを見てたら、サイフォスって選択もアリだったな……と思えてしまう。
「だよなぁ。バイトから帰ってきたら、お礼言わないと。……そうだ」
昨日は夕飯をご馳走になったし、後で何か差し入れを持って行く事にしよう。
そんな事を考えながら、天を仰いで背伸びを一つ。
「ね、ベル。鳥小さん、好きなお菓子とか……」
そこに見えるのは……。
「……白」
何だか白い物と。
「テキサスコンドルキーック!」
ごき。
鋭い叫びに打撃音が重なって。
それきり、俺の意識はあっさりと暗転した。
----
「……っ痛ぅ……」
ぐらぐらする視界を目を閉じて遮って、まずは背中の感触を確かめる。
土の感触。巴荘の庭の感触だ、うん。
倒れてるけど、手も足も動く。音も聞こえるし、鼻も……草の匂いがする。とりあえず、五体は無事らしい。
「大丈夫?」
掛けられた声にうっすら目を開けてみると、揺れる視界の中、小さな女の子の顔が見えた。
小さいって言ってもベルみたいな神姫じゃない。小柄な、人間の女の子だ。
「あ、ああ……」
伸ばされた手を取って、倒れていた身を引き上げる。
何が起こったのかさっぱり分からないけど、この子なら現場を見てたかもしれないな。
「……俺、どうしたんだ?」
見れば、女の子の頭にはジルダリア型の神姫が乗っていた。
「さ、さあ?」
手を離し、女の子は苦笑い。
って、同じネタが二度通じるかバカ野郎!
「さあじゃねえ! 今日はしっかり見てたっつの!」
空を見上げて見えたのは、上からダイビングしてきた千喜と、それを慌てて追い掛けるプシュケの姿。
まあ、見えたなら逃げられたんじゃないか、って質問は勘弁して欲しいワケだが。
「何で上から来るんだよ! 階段使え、階段! 俺を殺す気か!」
っつーか、途中で俺を狙って軌道変更したんじゃねえかってくらい直撃だったなオイ!
「いいじゃない。手加減したんだし」
いやいやいや。
千喜さん?
万有引力とか自由落下とか、理解してます?
「落下技で手加減とか、どうやったら出来るっつーんだよ! むしろ膝入れてたろ! 膝!」
「そりゃ、テキサスコンドルキックなら膝が入るに決まってるでしょ」
なんで蹴る事が前提なんだよ。
「峡次様……そのくらいで」
うう……。
ベルにそんな目で見られちゃ、それ以上何も言えないじゃないか。
体も大丈夫みたいだし、仕方ないな。
「……で、何。俺を蹴りに来ただけだったら、とっとと自分の部屋に帰れ」
「せっかく手伝いに来てあげたのに何よ。どうせ人手、足りてないんでしょ?」
あー。
なんか無い胸そらして得意そうに言ってるけど……。
「終わったよ。九割がた」
千喜の返事が来たのは、たっぷり深呼吸出来るほどの時間が過ぎてからのこと。
「……へ?」
「だから、終わったっつの」
もう一度、ダメ押しに言ってやる。
「嘘だぁ」
今度は即答かよ。
「そんな嘘ついてもしょうがないだろ」
大きい家具は運送屋さんがそのまま運び入れてくれたし、自転車なんかはベルが置き場所を教えてくれた。それがなかったら、途方に暮れてただろうけど……。
とりあえず今は、困ったところは何ひとつなかったりする。強いて言えば、予定が早く終わりすぎて持てあまし気味ってとこか。
「じゃああたしの立場は!」
「立場って言われてもなぁ……」
ぶっちゃけ、無いとしか言いようがない。
「峡次様……」
ベルは困ったような目で見上げてくるけど、俺だってどうしようもないよ。
後は本の整理や細かい物を棚に入れるだけだから、自分でやらないとどこに何を入れたか分かんなくなるし。
「そうだ!」
俺とベルが困っていると、千喜は何を思いついたのか元気良く立ち上がった。
「今度は何だ」
なんかもう、嫌な予感しかしないんだが。
「武井峡次! 我々は、引っ越しそばの提供を要求するっ!」
……。
「ちょっ、マスター! それは、私もコミなんですの!?」
お前ら、もう帰れ。
----
「何か、工具とか多いねぇ」
引っ越しそばをすすりながら、千喜はぽそりとそう呟いた。
「ああ。地元じゃ神姫の武器とか作ってたからな」
一人用の丸テーブルの隅で、俺もそばをすすり込む。
ネギしか入ってないかけそばだけど、引っ越したばかりの俺の部屋に何でネギがあったのかというと……これまた、ベルが鳥小さんの部屋から持ってきてくれた物だったりする。
鳥小さんとベルにはもう頭が上がらない気がするぞ。鳥小さんとベルなら、別にいいけど。
「武装を? 神姫持ってないのに?」
こら、箸の先を振り回すな。汁が飛ぶだろ。
「……知り合いに頼まれて作ってたんだよ。工具だけはあったからな」
GFFやSRWの武装を触った事はあったから、規格に互換のある神姫装備をいじるのは、大して難しくはなかった。この手のメカを触るのは好きだったし、それがあったからこそ俺はこの学校に来たわけで。
「なるほどねぇ」
「でも、武装の調整用の神姫も持っていなかったんですか?」
取り分けた引っ越しそばを箸で……しかも昨日の夜と同じ塗り箸だ……食べていたベルの言葉に、俺は苦笑するしかない。
「中坊にそんな金ないよ。相手も同じ中坊だし、工具も兄貴のお下がりだぜ?」
材料だって、スクラップや使い古しの中古品ばかり。それを快く譲ってくれた模型屋の爺さんと、使い古しでも工具をくれた兄貴がいたからこそ、俺の武器工房(というほど立派なものじゃないが)は成り立ってたんだ。
「……なるほど」
って、俺が語ってるウチになに人ん家の段ボール漁ってんだよ!
「ふーん。へぇ、これとか、すごくない?」
ちょっと待て!
「おい! それっ!」
千喜の持っているそれを見て。俺は思わず声を荒げ、力任せにひったくってしまう。
「あ……ゃぁっ!」
その瞬間、千喜が慌てて手を引いて、悲鳴に似た小さな声を上げた。
「……っと。どっかひっかいたか? 悪い」
爪は切ってるつもりだけど、当たり所が悪かったか? 案外と女の子らしい悲鳴に、昇っていた血が一気に下がる。
「ううん、大丈夫。それより……大事なものだったんだね? ゴメン」
……。
「い、いや、こっちこそスマン」
なんだ、なんか気味悪いくらいしおらしいな。
まあ、大丈夫ならいいか。
「特別な武装なんですの?」
俺の手の中にある黒鞘の刀を見て、プシュケが小さく呟いた。
鍔の辺りに大型のシリンダーギミックを組み込んだ、神姫の背よりも長い大太刀だ。素材そのままの金色のグリップ以外は、全てをつや消しの黒で仕上げてある。
「今度来る神姫用に作ったヤツだよ」
今日の晩か、明日の朝か。
俺が自分の技術の全てを注ぎ込んで作ったその一振りは、ベルのような仮初めの相方じゃない、本当の相方の為に作られたもの。
「見せてもらって……いいですか?」
大太刀使いとして気になるんだろう。遠慮がちにそう聞いてきたベルに、そっと渡してやる。
無言で受け取り、音もなく引き抜けば。漆黒の中に現われた銀色の鋼刃が、サイフォスの青い瞳を無言で映し出す。
半ばまで引き抜いて、ベルはほぅと艶のあるため息を一つ。
「……少し、惹き込まれました。銘は?」
静かに刃を鞘へと納め、黒一色に戻ったそれを俺に返してくれる。
「特に決めてないけど、強いて言えば……ベルカ式対装刀『フィールドシュナイダー』って所か。ウチのあたりじゃ重武装型が多かったから、対重武装神姫用の武器だな」
「何それ。厨臭い」
ぽつりと呟いた千喜のひと言に、苦笑い。
「中坊の作った武器なんだからいいだろ」
機械式のブースト機構も付いてるから、村正とか正宗ってガラでもないだろうし。そういうセンスが欠けてるのは分かってるさ。
ベルの白鞘みたいな凄い切れ味や、兄貴の『ラディカル・グッドスピード』みたいな特化した能力が無い事だって承知の上だ。けど、その辺りは全部相棒が来てから始めても遅くはないはず。
「白兵戦用ですのね。で、明日届く神姫のタイプは何ですの? 刀使いならサ……紅緒?」
プシュケ、刀使いの後にサイフォスって続けようとしたらしい。気持ちは分かるけど……一応、サイフォスは西洋剣使いで、日本刀使いじゃないからな。
「いや。遠近両方、色々試してみたいからさ。おじさんにはハウリンかヴァッフェバニーがいいって言ってあるんだけど……」
「随分古いタイプですのね。最近の万能型なら、プロキシマやアルトタイプでも良かったのでは? 後は飛行タイプのエウクランテや飛鳥とか……」
「まあ、そうなんだけどさ。俺がガキの頃からの憧れっていうと、やっぱりハウリンとかになっちゃうんだよな……」
神姫は決して安いもんじゃない。ガキの小遣いを貯めて買うどころか、クリスマスプレゼントでも買ってもらえるようなものじゃなかった。
……少なくとも、ウチでは。
だから、俺が小さい頃から見慣れていた犬型や兎型の神姫っていうのは、基礎設計が少し古くても……やっぱり憧れに近い物があったりするわけで。
「まあ、確かに。ハウリンなら何でもアリだよねぇ……」
思うところでもあるのか、千喜はハウリンを随分と気にしてる。誰か強いプレイヤーでも知ってるんだろうか。
小さなテーブルに乗った丼は、全て空になっていた。
「さて、ごちそうさま」
「じゃあ帰れお前」
その言葉に、立ち上がった千喜は露骨にイヤそーな顔をする。
「何言ってるの。引っ越しそばぶんくらいは、手伝ってあげるわよ」
ものすごく勝ち誇った顔をしてるけど、正直迷惑だ。
「働くっつーか、もうやる事なんかねーよ」
「えー。これだけ段ボールあるのに?」
これだけって言っても、せいぜい四つか五つだろ。中は本とか工作材料の類だから、自分でやらないと分かんないんだよ。
「いいって」
自分の部屋なのに、どこに何があるか分からないとか、マジ勘弁してくれ。
「ちぇー。せっかく夕飯もたかろうと思ったのに」
……。
それが目的ですか千喜さん。
「えへへー」
「えへへー、じゃねえ!」
俺が言えた義理でもないけど、人にばっかりたかってんじゃねえ!
----
『電子工作の入門書』に、『プログラミングの基礎』。『自作パソコン』に『ゼロからのクラッキング』。
「それにしても、面白い物が一つもありませんわね」
『萌えながら分かる神姫改造』とかいうあからさまに怪しげな本をめくってみても、解説が可愛らしいイラストになっているだけで、内容自体はむしろ分かりやすいほど。
案外、まともな入門書になってますのね、これ。
「プシュケ、何を期待してるんですか」
「いえ、殿方の部屋ですし、いやらしい本とか無いのかな……と」
工作の手引き書系は本棚にまとめて入れておけばいいそうで、とりあえず私とベルに任されていた。
マジメな本に混じって、その手の本もあるかと期待しましたのに。
「プシュケ、だんだん千喜に似てきましたね」
向こうで峡次さんと工作材料の仕分けをしているマスターを見遣り、ベルは小さくため息を吐く。
「なっ! そ、そんなことありませんわっ!」
こ、この高貴な私が……何であんなおバカに似なければなりませんのっ!
「それより、いいんですか? あれ」
「何ですの?」
そう言われ、ベルの指差した方を見てみれば。
「ねーねー。これ、どこに片付ければいいの?」
「あー。それはだな……」
部品を手にしたマスターの問いに、峡次さんは沈黙。
どうやら、片付け場所を考えているらしい。
小さな段ボールに入った物を二人でより分けているようで、峡次さんの肩にマスターの肩が当たっているのが見えた。
「……じゃ、適当に入れとくよ?」
沈黙を守る峡次さんに飽きたのか、マスターはすいと離れ。
三段になっている収納ボックスの二段目に、それを適当に放り込む。
「あー……お、おう。そこでいいや」
マスターが離れる直前に収納場所を決めたんだろう。峡次さんはマスターを止めかけるけど、マスターの『適当』で問題なかったらしく、それきり言葉を濁してしまう。
「どう見ても……」
部品を片付け終わったマスターは、再び峡次さんと肩が当たる距離へと。
「…………」
まあ、ベルの言いたい事も、分からないでもない。
割とあからさまだし。
「……ま、いいんじゃありませんの?」
『萌えながら分かる神姫改造』をぱたんと閉じて、私はそれを本棚に放り込んだ。
「マスターがあんなに懐くって事は、悪い人じゃないって事ですもの」
峡次さんが、マスターにとっての鳥小さんや倉太さんのようになれるなら……それはそれで素敵な事だと、私は思う。
「そう」
ベルもそう言ったきり、工作本の分類に専念し始めるのだった。
----
「じゃ、また明日ねぇ」
肩にプシュケとベルを乗せた千喜が、ひらひらと手を振って。
「おーう。今日はありがとなー」
俺の言葉が合図となって、ばたんとドアは閉じられた。
「ふぅ……」
ため息を一つついて、俺はふらつく足でベッドへと。
「何だ、アイツ……」
そう呟いて、ごろりと横になる。
一人より二人、二人より四人……ってわけで、八畳一間の俺の部屋はあっという間に片付けられていた。
それはいい。
それはいいんだが……。
「アイツ、女って自覚ねえんじゃねえか……?」
さっきまでいた女の子の姿を思い出す。
小さな体。
触れ合った肩。
大きな、良く動く瞳。
リップの曳かれた、薄い唇。
そして……屈んだシャツの胸元から覗く、白いブラのストラップ。
「だああっ! 何考えてんだ、俺っ!」
善意で手伝ってくれた相手をエロい目で見るとか、マジで最低だぞ俺!
浮かんできたそれを慌てて打ち消して、俺は目先を変えようと携帯を取り上げた。
まだ五時を少し過ぎた辺りだ。夕飯にはちょっと早いけど、自転車でも出して辺りをブラブラしてくるのもいいかな……と思わせる、そんな時間。
「千喜や鳥小さんにも世話になったし、差し入れでも買いに行ってくるか……」
ベッドの上でそんな事を考えていると、記憶の底から浮かんでくる事がもう一つ。
メールの履歴を呼び出して、直近の一つを展開させる。
「そういえば、配達番号送ってもらってたっけ」
おじさんが手配してくれた、俺の神姫の配達番号だ。
机のデスクトップを立ち上げるのも面倒だったので、携帯からそのまま宅配業者のページへ接続する。メールから配達番号をコピーしておいて、表示完了と同時にペースト。
「配達状況は……配達中!?」
って、マジか!
しかもこれ、時間指定が十七時以降になってるじゃねえか!
すまん千喜。ごめんなさい鳥小さん。差し入れは、また明日っていうことで!
心の中で手を合わせた、その時だった。
「ごめんくださーい。宅配便でーす」
運命の声が、扉を叩いたのは。
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時計の長針が十二に移ると同時、短針が八を指す。
かちりというかすかな音がして。続いて響き渡るのは、朝の静けさを打ち破るベルの音だ。
リリリリリリリリ…………。
「みゅぅぅ……」
クレイドルの上。むくりと起き上がった小さな影は、恨めしそうに机の上の時計を睨め付ける。
彼女が眠るクレイドルも、同じ机の上に置いてある。もっと細かく言えば、時計のすぐ隣に。
「……うるさいですわね」
大きなあくびをしながら、聴覚センサーから入ってくる音量情報を少しばかりフィルタリング。耳障りなベルの音だけが意識の外へと追い出されるよう、調整をかける。
朝の静けさが戻ったところで、主の名を呼んだ。
「朝ですわよぉ、マスター……」
けれど、傍らのベッドで丸まっている毛布の塊からは、何のリアクションも帰ってこない。
「マスターってばぁ……」
もそもそとクレイドルの上を這いずって、寝る前に出しておいた服を手繰り寄せる。
神姫のAIは、それぞれが確固たる個性を持つ。彼女はそのうちの一つに、『朝が苦手』という不名誉な特性を与えられていた。
「ほら、鳴ってますわよ……」
クロックの上がらない頭で体を動かし、薄手のシャツとパンツを着込む。だが、たっぷりの時間を掛けて着替え終わってもなお、丸まった毛布は沈黙を守ったまま。
リリリリリリリリ…………。
音こそ聞こえないが、机の上のわずかな振動はベルがいまだ抵抗を続けていることを伝えてくる。
「さすがに、ご近所迷惑かしら」
彼女が着替える間も、時計のベルは鳴りっぱなし。邪魔なだけならいい加減止めてしまおうかと思ったところで、ついに毛布が動きをみせた。
「マ……」
毛布からにょきりと伸びるのは、細い右手が一本だけ。
それがついと時計を指差せば。
リリリリリ…………リン……。
わずかな残響音を残して、時計の振動はそれきりぴたりと止まってしまう。聴覚センサーのフィルタリングを解除しても、耳障りなあの音は聞こえてこなかった。
その成果に満足したのか、右手はごそごそと毛布の中に戻っていく。
「ちょっとぉ……。今日は峡次さんをお手伝いするんじゃなかったんですの?」
声を掛けても返事はない。
それどころか、毛布の中からはくぅくぅと穏やかな寝息さえ聞こえてくる始末。
「……もう、知りませんわよ」
はぁとため息を一つ吐き。
小さな少女は机に腰掛け、主の目覚めを待つことにするのだった。
----
**マイナスから始める初めての武装神姫
**その2 後編
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ベッドの上で次の変化が起きたのは、それからかなりの時間が経ってからの事。
「んぁ……」
私が起きてすぐの時より、その変化は随分と大きい。毛布の塊がむくりと身を起こし、大きなあくびをひとつして。
パジャマの袖が、ベルの止まった時計を捕まえる。
「今、何時ぃ……?」
目をこすりながら時計を眺めるマスターに、私は静かに言い放った。
「もう十一時ですわよ」
その瞬間、丸まっていた毛布が一気に吹き飛んだ。
「ちょっ! プシュケ、何で起こしてくれなかったのよ!」
まったくもう。
起きるまでは時間がかかるクセに、起きてからはすぐ本調子ですのね。うらやましい限りですわ。
「何度も起こしましたわよ。返事はありませんでしたけど」
「っていうか、時計誰が止めたのよ! スヌーズのスイッチまで切ってあるじゃない!」
忠義者の時計をベッドに放り投げ、パジャマのボタンを外しながらタンスの前へ一直線。
「……マスターが、いつもみたいにご自分で」
パジャマのズボンが、私の前をぽーんと元気良く飛んでいく。
もう。誰が片付けると思ってるんですの?
「プシュケー! これとお揃いのブラ、どこ入れたっけー?」
その声に振り向けば、タンスの前では白いショーツに包まれたお尻がふりふりと揺れている。
「……そっちのタンスの、二段目ですわ」
「あとTシャツはー? 汚れてもいい、白いヤツー」
白いヤツっていわれても……マスター、ご自分でどれだけ白いシャツ持ってると思ってますの。
「そっちの三段目は見ましたの? そこになかったら、私知りませんわよ」
まったくもう。少しは自分で覚えるくらい、したらどうですの?
「あと白いシャツだと、下着透けますわよ?」
指摘してみたら、あーとかうーとか言いながら頭を掻いていたりする。間違いなく、考えてなかったんですのね。
「じゃ、黒いのは?」
「……同じ所に入ってるはずですわ」
ああもぅ。
我がマスターながら、情けない。
「よし、着替え完了っ!」
Tシャツにスカート。ラフな格好はともかく、峡次さんを手伝いに行くなら、せめてスカートじゃなくパンツにした方が……。
そんな事を考えていると、マスターは私の前をまっすぐに横切っていく。
「……どこに行くつもりですの?」
そちらはベランダで、玄関は逆ですわよ?
「ん? どこって、アイツ手伝いに」
何の迷いもなくがらりと窓を開け、ベランダへ。手すりをひょいと乗り越えて。
「ちょっと!」
そのまま、一気に飛び降りた!
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掃き出しの大きな窓を開ければ、そこは巴荘の庭だった。
猫の額ほどの庭だけど、芝生もあるし、自転車なんかを入れる倉庫もある。五、六人くらいのちょっとしたパーティーくらいなら開けそうだ。
「……へぇ」
そうか。ここ一階だから、そのまま庭に出られるんだっけ。一階は色々不便だって聞いてたけど、荷下ろしも楽だったし、案外捨てたもんじゃないな。
「どうしたんですか? 峡次様」
玄関から入ってすぐの台所で食器を片付けてくれていたベルが、そう声を掛けてくる。
「いや、庭に出られるんだな、と思ってさ」
もちろんベルは神姫だから、食事用の大きな食器を片付けられるわけがない。コップとかナイフとか、小さな物をお願いしてるだけだ。
「ベルも出る? 巴荘の庭なんて、珍しくないだろうけど」
「ふふ。早いですけど、ちょっと休憩にしましょうか?」
割烹着姿のベルもくすりと笑って、俺の肩に飛び移ってきた。
玄関からサンダルを取ってきて、窓から庭へ。
うん。悪くない。
「思ったより早く終わりましたね」
庭に出るとき時計を見たら、まだ十一時少し前だった。実家で荷造りしてたときは一日じゃ絶対終わらないと思ってたけど、出すだけなら案外早いもんだ。
「ベルのおかげだよ。ありがと」
手伝いがあったのもだけど、巴荘のどこに何を置いていいのかを教えてくれた事が大きかった。俺一人だったら、ゴミをどこに捨てればいいのかの段階で詰まっていたはずだ。
「私は何もしていませんよ。感謝なら、鳥小の配慮に」
俺の肩に腰掛けて、ベルはそう言って笑ってる。なんかなぁ、すごい出来た神姫だよな、ベルって。
こんな良い子のマスターだなんて、鳥小さんがホントにうらやましい。ベルを見てたら、サイフォスって選択もアリだったな……と思えてしまう。
「だよなぁ。バイトから帰ってきたら、お礼言わないと。……そうだ」
昨日は夕飯をご馳走になったし、後で何か差し入れを持って行く事にしよう。
そんな事を考えながら、天を仰いで背伸びを一つ。
「ね、ベル。鳥小さん、好きなお菓子とか……」
そこに見えるのは……。
「……白」
何だか白い物と。
「テキサスコンドルキーック!」
ごき。
鋭い叫びに打撃音が重なって。
それきり、俺の意識はあっさりと暗転した。
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「……っ痛ぅ……」
ぐらぐらする視界を目を閉じて遮って、まずは背中の感触を確かめる。
土の感触。巴荘の庭の感触だ、うん。
倒れてるけど、手も足も動く。音も聞こえるし、鼻も……草の匂いがする。とりあえず、五体は無事らしい。
「大丈夫?」
掛けられた声にうっすら目を開けてみると、揺れる視界の中、小さな女の子の顔が見えた。
小さいって言ってもベルみたいな神姫じゃない。小柄な、人間の女の子だ。
「あ、ああ……」
伸ばされた手を取って、倒れていた身を引き上げる。
何が起こったのかさっぱり分からないけど、この子なら現場を見てたかもしれないな。
「……俺、どうしたんだ?」
見れば、女の子の頭にはジルダリア型の神姫が乗っていた。
「さ、さあ?」
手を離し、女の子は苦笑い。
って、同じネタが二度通じるかバカ野郎!
「さあじゃねえ! 今日はしっかり見てたっつの!」
空を見上げて見えたのは、上からダイビングしてきた千喜と、それを慌てて追い掛けるプシュケの姿。
まあ、見えたなら逃げられたんじゃないか、って質問は勘弁して欲しいワケだが。
「何で上から来るんだよ! 階段使え、階段! 俺を殺す気か!」
っつーか、途中で俺を狙って軌道変更したんじゃねえかってくらい直撃だったなオイ!
「いいじゃない。手加減したんだし」
いやいやいや。
千喜さん?
万有引力とか自由落下とか、理解してます?
「落下技で手加減とか、どうやったら出来るっつーんだよ! むしろ膝入れてたろ! 膝!」
「そりゃ、テキサスコンドルキックなら膝が入るに決まってるでしょ」
なんで蹴る事が前提なんだよ。
「峡次様……そのくらいで」
うう……。
ベルにそんな目で見られちゃ、それ以上何も言えないじゃないか。
体も大丈夫みたいだし、仕方ないな。
「……で、何。俺を蹴りに来ただけだったら、とっとと自分の部屋に帰れ」
「せっかく手伝いに来てあげたのに何よ。どうせ人手、足りてないんでしょ?」
あー。
なんか無い胸そらして得意そうに言ってるけど……。
「終わったよ。九割がた」
千喜の返事が来たのは、たっぷり深呼吸出来るほどの時間が過ぎてからのこと。
「……へ?」
「だから、終わったっつの」
もう一度、ダメ押しに言ってやる。
「嘘だぁ」
今度は即答かよ。
「そんな嘘ついてもしょうがないだろ」
大きい家具は運送屋さんがそのまま運び入れてくれたし、自転車なんかはベルが置き場所を教えてくれた。それがなかったら、途方に暮れてただろうけど……。
とりあえず今は、困ったところは何ひとつなかったりする。強いて言えば、予定が早く終わりすぎて持てあまし気味ってとこか。
「じゃああたしの立場は!」
「立場って言われてもなぁ……」
ぶっちゃけ、無いとしか言いようがない。
「峡次様……」
ベルは困ったような目で見上げてくるけど、俺だってどうしようもないよ。
後は本の整理や細かい物を棚に入れるだけだから、自分でやらないとどこに何を入れたか分かんなくなるし。
「そうだ!」
俺とベルが困っていると、千喜は何を思いついたのか元気良く立ち上がった。
「今度は何だ」
なんかもう、嫌な予感しかしないんだが。
「武井峡次! 我々は、引っ越しそばの提供を要求するっ!」
……。
「ちょっ、マスター! それは、私もコミなんですの!?」
お前ら、もう帰れ。
----
「何か、工具とか多いねぇ」
引っ越しそばをすすりながら、千喜はぽそりとそう呟いた。
「ああ。地元じゃ神姫の武器とか作ってたからな」
一人用の丸テーブルの隅で、俺もそばをすすり込む。
ネギしか入ってないかけそばだけど、引っ越したばかりの俺の部屋に何でネギがあったのかというと……これまた、ベルが鳥小さんの部屋から持ってきてくれた物だったりする。
鳥小さんとベルにはもう頭が上がらない気がするぞ。鳥小さんとベルなら、別にいいけど。
「武装を? 神姫持ってないのに?」
こら、箸の先を振り回すな。汁が飛ぶだろ。
「……知り合いに頼まれて作ってたんだよ。工具だけはあったからな」
GFFやSRWの武装を触った事はあったから、規格に互換のある神姫装備をいじるのは、大して難しくはなかった。この手のメカを触るのは好きだったし、それがあったからこそ俺はこの学校に来たわけで。
「なるほどねぇ」
「でも、武装の調整用の神姫も持っていなかったんですか?」
取り分けた引っ越しそばを箸で……しかも昨日の夜と同じ塗り箸だ……食べていたベルの言葉に、俺は苦笑するしかない。
「中坊にそんな金ないよ。相手も同じ中坊だし、工具も兄貴のお下がりだぜ?」
材料だって、スクラップや使い古しの中古品ばかり。それを快く譲ってくれた模型屋の爺さんと、使い古しでも工具をくれた兄貴がいたからこそ、俺の武器工房(というほど立派なものじゃないが)は成り立ってたんだ。
「……なるほど」
って、俺が語ってるウチになに人ん家の段ボール漁ってんだよ!
「ふーん。へぇ、これとか、すごくない?」
ちょっと待て!
「おい! それっ!」
千喜の持っているそれを見て。俺は思わず声を荒げ、力任せにひったくってしまう。
「あ……ゃぁっ!」
その瞬間、千喜が慌てて手を引いて、悲鳴に似た小さな声を上げた。
「……っと。どっかひっかいたか? 悪い」
爪は切ってるつもりだけど、当たり所が悪かったか? 案外と女の子らしい悲鳴に、昇っていた血が一気に下がる。
「ううん、大丈夫。それより……大事なものだったんだね? ゴメン」
……。
「い、いや、こっちこそスマン」
なんだ、なんか気味悪いくらいしおらしいな。
まあ、大丈夫ならいいか。
「特別な武装なんですの?」
俺の手の中にある黒鞘の刀を見て、プシュケが小さく呟いた。
鍔の辺りに大型のシリンダーギミックを組み込んだ、神姫の背よりも長い大太刀だ。素材そのままの金色のグリップ以外は、全てをつや消しの黒で仕上げてある。
「今度来る神姫用に作ったヤツだよ」
今日の晩か、明日の朝か。
俺が自分の技術の全てを注ぎ込んで作ったその一振りは、ベルのような仮初めの相方じゃない、本当の相方の為に作られたもの。
「見せてもらって……いいですか?」
大太刀使いとして気になるんだろう。遠慮がちにそう聞いてきたベルに、そっと渡してやる。
無言で受け取り、音もなく引き抜けば。漆黒の中に現われた銀色の鋼刃が、サイフォスの青い瞳を無言で映し出す。
半ばまで引き抜いて、ベルはほぅと艶のあるため息を一つ。
「……少し、惹き込まれました。銘は?」
静かに刃を鞘へと納め、黒一色に戻ったそれを俺に返してくれる。
「特に決めてないけど、強いて言えば……ベルカ式対装刀『フィールドシュナイダー』って所か。ウチのあたりじゃ重武装型が多かったから、対重武装神姫用の武器だな」
「何それ。厨臭い」
ぽつりと呟いた千喜のひと言に、苦笑い。
「中坊の作った武器なんだからいいだろ」
機械式のブースト機構も付いてるから、村正とか正宗ってガラでもないだろうし。そういうセンスが欠けてるのは分かってるさ。
ベルの白鞘みたいな凄い切れ味や、兄貴の『ラディカル・グッドスピード』みたいな特化した能力が無い事だって承知の上だ。けど、その辺りは全部相棒が来てから始めても遅くはないはず。
「白兵戦用ですのね。で、明日届く神姫のタイプは何ですの? 刀使いならサ……紅緒?」
プシュケ、刀使いの後にサイフォスって続けようとしたらしい。気持ちは分かるけど……一応、サイフォスは西洋剣使いで、日本刀使いじゃないからな。
「いや。遠近両方、色々試してみたいからさ。おじさんにはハウリンかヴァッフェバニーがいいって言ってあるんだけど……」
「随分古いタイプですのね。最近の万能型なら、プロキシマやアルトタイプでも良かったのでは? 後は飛行タイプのエウクランテや飛鳥とか……」
「まあ、そうなんだけどさ。俺がガキの頃からの憧れっていうと、やっぱりハウリンとかになっちゃうんだよな……」
神姫は決して安いもんじゃない。ガキの小遣いを貯めて買うどころか、クリスマスプレゼントでも買ってもらえるようなものじゃなかった。
……少なくとも、ウチでは。
だから、俺が小さい頃から見慣れていた犬型や兎型の神姫っていうのは、基礎設計が少し古くても……やっぱり憧れに近い物があったりするわけで。
「まあ、確かに。ハウリンなら何でもアリだよねぇ……」
思うところでもあるのか、千喜はハウリンを随分と気にしてる。誰か強いプレイヤーでも知ってるんだろうか。
小さなテーブルに乗った丼は、全て空になっていた。
「さて、ごちそうさま」
「じゃあ帰れお前」
その言葉に、立ち上がった千喜は露骨にイヤそーな顔をする。
「何言ってるの。引っ越しそばぶんくらいは、手伝ってあげるわよ」
ものすごく勝ち誇った顔をしてるけど、正直迷惑だ。
「働くっつーか、もうやる事なんかねーよ」
「えー。これだけ段ボールあるのに?」
これだけって言っても、せいぜい四つか五つだろ。中は本とか工作材料の類だから、自分でやらないと分かんないんだよ。
「いいって」
自分の部屋なのに、どこに何があるか分からないとか、マジ勘弁してくれ。
「ちぇー。せっかく夕飯もたかろうと思ったのに」
……。
それが目的ですか千喜さん。
「えへへー」
「えへへー、じゃねえ!」
俺が言えた義理でもないけど、人にばっかりたかってんじゃねえ!
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『電子工作の入門書』に、『プログラミングの基礎』。『自作パソコン』に『ゼロからのクラッキング』。
「それにしても、面白い物が一つもありませんわね」
『萌えながら分かる神姫改造』とかいうあからさまに怪しげな本をめくってみても、解説が可愛らしいイラストになっているだけで、内容自体はむしろ分かりやすいほど。
案外、まともな入門書になってますのね、これ。
「プシュケ、何を期待してるんですか」
「いえ、殿方の部屋ですし、いやらしい本とか無いのかな……と」
工作の手引き書系は本棚にまとめて入れておけばいいそうで、とりあえず私とベルに任されていた。
マジメな本に混じって、その手の本もあるかと期待しましたのに。
「プシュケ、だんだん千喜に似てきましたね」
向こうで峡次さんと工作材料の仕分けをしているマスターを見遣り、ベルは小さくため息を吐く。
「なっ! そ、そんなことありませんわっ!」
こ、この高貴な私が……何であんなおバカに似なければなりませんのっ!
「それより、いいんですか? あれ」
「何ですの?」
そう言われ、ベルの指差した方を見てみれば。
「ねーねー。これ、どこに片付ければいいの?」
「あー。それはだな……」
部品を手にしたマスターの問いに、峡次さんは沈黙。
どうやら、片付け場所を考えているらしい。
小さな段ボールに入った物を二人でより分けているようで、峡次さんの肩にマスターの肩が当たっているのが見えた。
「……じゃ、適当に入れとくよ?」
沈黙を守る峡次さんに飽きたのか、マスターはすいと離れ。
三段になっている収納ボックスの二段目に、それを適当に放り込む。
「あー……お、おう。そこでいいや」
マスターが離れる直前に収納場所を決めたんだろう。峡次さんはマスターを止めかけるけど、マスターの『適当』で問題なかったらしく、それきり言葉を濁してしまう。
「どう見ても……」
部品を片付け終わったマスターは、再び峡次さんと肩が当たる距離へと。
「…………」
まあ、ベルの言いたい事も、分からないでもない。
割とあからさまだし。
「……ま、いいんじゃありませんの?」
『萌えながら分かる神姫改造』をぱたんと閉じて、私はそれを本棚に放り込んだ。
「マスターがあんなに懐くって事は、悪い人じゃないって事ですもの」
峡次さんが、マスターにとっての鳥小さんや倉太さんのようになれるなら……それはそれで素敵な事だと、私は思う。
「そう」
ベルもそう言ったきり、工作本の分類に専念し始めるのだった。
----
「じゃ、また明日ねぇ」
肩にプシュケとベルを乗せた千喜が、ひらひらと手を振って。
「おーう。今日はありがとなー」
俺の言葉が合図となって、ばたんとドアは閉じられた。
「ふぅ……」
ため息を一つついて、俺はふらつく足でベッドへと。
「何だ、アイツ……」
そう呟いて、ごろりと横になる。
一人より二人、二人より四人……ってわけで、八畳一間の俺の部屋はあっという間に片付けられていた。
それはいい。
それはいいんだが……。
「アイツ、女って自覚ねえんじゃねえか……?」
さっきまでいた女の子の姿を思い出す。
小さな体。
触れ合った肩。
大きな、良く動く瞳。
リップの曳かれた、薄い唇。
そして……屈んだシャツの胸元から覗く、白いブラのストラップ。
「だああっ! 何考えてんだ、俺っ!」
善意で手伝ってくれた相手をエロい目で見るとか、マジで最低だぞ俺!
浮かんできたそれを慌てて打ち消して、俺は目先を変えようと携帯を取り上げた。
まだ五時を少し過ぎた辺りだ。夕飯にはちょっと早いけど、自転車でも出して辺りをブラブラしてくるのもいいかな……と思わせる、そんな時間。
「千喜や鳥小さんにも世話になったし、差し入れでも買いに行ってくるか……」
ベッドの上でそんな事を考えていると、記憶の底から浮かんでくる事がもう一つ。
メールの履歴を呼び出して、直近の一つを展開させる。
「そういえば、配達番号送ってもらってたっけ」
おじさんが手配してくれた、俺の神姫の配達番号だ。
机のデスクトップを立ち上げるのも面倒だったので、携帯からそのまま宅配業者のページへ接続する。メールから配達番号をコピーしておいて、表示完了と同時にペースト。
「配達状況は……配達中!?」
って、マジか!
しかもこれ、時間指定が十七時以降になってるじゃねえか!
すまん千喜。ごめんなさい鳥小さん。差し入れは、また明日っていうことで!
心の中で手を合わせた、その時だった。
「ごめんくださーい。宅配便でーす」
運命の声が、扉を叩いたのは。
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