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+アルトアイネス奮闘姫 +第一話「いりーがる?」 + すでに人工知能が開発されて久しいが、軍事への利用を可能なAIは大国同士が核拡散失敗の反省を受けて非常に厳しく制限していた。しかし、優れた自己判断能力が規定外の使い方をされることは半ば予想され、実際に行われてた。 そんな中で民生品のAIを持つ日本の玩具、自立制御の高性能なAIを備えつつ、機能の拡張が容易な武装神姫はその一つに数えられていた。 武装神姫、それはわずか一五センチのMMSという技術を使用した女性型自律型ロボットである。本来玩具として発展したものであり、玩具の例にもれず、用途から外れた使い方は固く禁じられている。 もちろん、神姫のAIはそうした用途に使われないようになっているが、改造されればそうとは言えない。また型の古いモデルにはセキュリティの甘さゆえに違法改造がなされやすい。 改造された神姫は表向き、神姫同士の戦いにしか使用されてはいなかった。 「お兄ちゃん、どうしてそんな旧式のを買ってきたの!」 机の上で小人が怒鳴る。いや小人よりは妖精と言ったほうがいいだろう。 妖精の大きさは手のひらサイズ、淡い紫の髪に赤い瞳というのは一見、妖艶な組み合わせだが、髪は二つ小さなお下げに分けて、いくぶん子供っぽい髪型だった。顔つきもぷっくりとしたほっぺがなおさら幼さを引き立てている。着ている服は薄手の生地のハイネックに短いスカート、見る人が見れば、鑑賞ドール用の薄手の生地だとわかる。 彼女はMMS神姫、戦乙女型アルトアイネス、名前はメロン。名前の由来は、起動したときにそこにメロンがあったから、というあまりにも安直な由来である。 そのメロンに怒鳴られた相手、メロンの持ち主――オーナーであり、神姫はこの夏に始めたばかりの新人オーナー、勝見だった。 「旧式っていうけど、安かったんだからいいだろう」 「私に安い武装を使えって言うこと?」 理不尽な理由だが、睨み付ける視線には殺気がある。 勝見がなぜそんなアルトアイネスを選んだのかというと、アルトアイネスは最新鋭機だったからだ。武装神姫は新鋭機といえど、性能が極端に高いわけではない。神姫はレギュレーションにより、新旧の武装でも極端な性能差はありない。しかし、最近傾向や戦闘データがフィードバックされており、全体のバランスが高く、結果的に強力な武装神姫となるのだ。 しかし、そうであっても、経験の差はいかんともしがたい。武装神姫は今日昨日始まったホビーではない、古参ともなれば四年以上戦闘経験を持ち、その実力は高い。 そのための対策は大きく二つある。一つは神姫の実戦経験やトレーニングで能力を上げること、もう一つは有利な武装を揃えることだ。金銭的な余裕の少ない勝見は武装をそろえるのを半ばあきらめていたが、たまたま寄ったリサイクルショップで格安の武装を手に入れた。 それがこのメロンの不機嫌の元となっているのだ。 「しかも、このタイプって白いのじゃないの? 黒いのってどういうこと?」 「いや古いってのは知ってるけど。なんで黒いかはわからない、でもお前に似合うかなぁって思ってさ」 不満げな顔がわずかに赤くなる。 「似合うって……そんなのは次の次よ」 と言いつつ、勝見と視線を合わせていられない。メロンは照れ隠しが下手だった。 彼が手に入れたのは発売当初、黎明期の神姫の一人、天使型アーンヴァルの初期型、しかもリペインバージョンだった。本来であればプレミアがついてしかるべき製品なのだが、新古品として放出された上に店主が価値をよく知らずに売り、かつ勝見がよく知らなかった。ちなみに売り飛ばせば新品の神姫二体分くらいにはなる。 「それに安く、これだけの装備が手に入ったんだし、いいだろう?」 「確かにそーだけど」」 不満げな表情をしながらも、メロンの視線の先には黒く巨大なレザーライフルや黒いアーマーやウイングなどの武装をしっかりと捉えている。そのせいで口元が緩み、結構面白い表情になっている、しかし、メロン本人は気がつかない。 アーンヴァルはいまだに高い人気を誇る。特に初期型のアーンヴァルの装備はダウンチューンが行われたほど高性能なものがあり、公式大会ではハンデをつけられ、野良試合ではいまだに一級品の装備だった。 武装には問題がない。問題なのは別のほうだった。 「これでセット完了っと」 クレイドルで横になっているのは黒いアーンヴァル。長い金髪に黒い肢体、赤い塗装がアクセントが黒を一層引き立てる。本来の天使型という白いやさしいイメージとは真逆の印象を与える黒い天使。 「相談もなく新しい子を買うなんて、あたしを何だと思ってるのよ!」 そう、問題とは新しい神姫を迎える、そのことにメロンが怒っているのだ。いわゆる嫉妬である。 神姫というのはおもちゃであり、一人のオーナーが複数の神姫を所持することは珍しくはないが、神姫にとってオーナーは一人だ。 神姫心のわからないオーナーは複数の神姫を所持することはいろんな意味で危険だった。 その禁忌を犯そうというのか勝見よ、となるのかというとその心配はない、と勝見は思っていたのだ。今はカンカンに怒っていても。 「おお動いた」 セットアップを完了すると、アーンヴァルは目を開いた。 「この子、あたしと同じで目が赤いんだ」 なんだかんだ言いつつ、メロンは起動したてのアーンヴァルにくっついている。 アーンヴァルはぎこちない動作で立ち上がると勝見の方を見た。 「はじめまして、貴方がオーナーの真田勝見ですね」 姿こそ普通のアーンヴァルとは違っていたが、声はバトルで聞きれたアーンヴァルのものだ。 神姫の声はコアによって決まるので、ある程度は似てしまう。しかし、神姫はおのおのにその個性を持つのでオーナーは平気で聞き分けられる。勝見だって、一〇人くらいのアルトアイネスと混じってもメロンを見分ける自信はあった。 「よろしく、ほらメロンも」 「よ、よろしく」 さっきまでの勢いはどこに行ったのか、メロンはしどろもどろに言う。 「早速ですが、私の名前を決めてください」 「そだな、よし、メロン名前を決めてくれ」 「え……えええ!」 とにかく驚いた表情、でもその中に嫌そうな感情は含まれていなかった。 「姉になるんだから、それくらいはまかせる」 「あたしが姉……お姉さん」 頬がこれでもかというほど、ゆるむ。すぐにその場で腕を組んみあぐらをかいて考えるポーズ。勝見からは思いっきりショーツが見えてるが、指摘するとうるさいので黙っておく。 「……スイカ」 「よし、スイカな。、君の名前はスイカだ」 「って、いいの!?」 「わかりました、私の名前はスイカですね」 言い出したメロンが困惑するのを尻目に、メロンとスイカ、こうして新しい姉妹が生まれたのであった。 「そう、それでいい!」 腰に手を当てたメロンが言う。 メロンの目の前には着たばかりの洋服、Tシャツ(ケモティック社製)をひっぱってるスイカがいる。 起動したての神姫のほとんどのメモリは真っ白だ。基礎的な人格や常識は備えているものの、記憶の点では幼児よりも少ない。ところが、スイカの様子はいささか違っていた。 「これは一体何か?」 「なにって、洋服よ。それも知らないの?」 「わからない」 メロンは小さくため息をつく。スイカにはなぜか常識さえ十分に持っていなかった。 確かに起動したてだし、型の古い初期型だ。それでも神姫にはあらかじめ常識はあり、洋服を着るぐらいは普通にこなせるはずだ。 「これは動きを阻害する」 「しないって……あーもう、そんなふうに脱いだら服が破けるって!」 あわてて抑えるメロン、スイカは素直に従った。 「もう、そんなんじゃ私にも勝てないよ」 「勝つ? 戦う相手は敵。タイプアルトアイネスは敵なのか?」 真顔で言うスイカにメロンはがっくり肩を落とす。 「敵じゃないよ」 そうして、まじめな顔をしてスイカの肩に手を置いた。 「あたしは味方、絶対にね」 「うまくいってるか?」 そう言いながらドアを開けたのは勝見だった。 「あ、お兄ちゃん、ノックぐらしてよ」 「いや、ここ俺の部屋だし」 そういいながら、勝見は頭をかく。スイカが聞きてから、メロンの話し方は少し変わったように思えた。 「聞いてちょうだい、やっぱりスイカは常識がぜんぜんだよ」 そんなことを勝見が考えてるなど露にも思わず、メロンは続ける。 「常識なんてプログラムされてるはずだし、それに」 「ワルキューレタイプアルトアイネス、私に問題があるのか?」 「だから、そういう呼び方はやめなって言ってるでしょう!」 変わったのは別にいい意味だけではない。もともと高い声が、スイカが来てから頻度も加えて一層拍車が掛かっている。 「スイカ、オーナーとして命令だ、ワルキューレタイプアルトアイネスって呼び方はやめなさい」 「オーナーの命令を確認」 しばらく沈黙が流れた。天使型は優等生タイプと言われまじめな言動が多いが、いささかロボットじみている。 「なあメロン、生馬に聞いてみようと思う」 先に口を開いたのは勝見だった。メロンもなんといっていいかわからないような様子で同意する。 「うん、そだね」 「よう」 「いらっしゃい、まってたわ」 玄関で出迎えたのは熱海生馬。勝見の同級生であり、勝見に武装神姫を教えた人であり、メロンを薦めた張本人であったりする。容姿としての素質はいいほうだが、趣味に没頭するあまりオシャレっけはあまりない、いわゆるオタク女なので自分のことを気にかけていなかった。 生馬の肩に乗った天使型アーンヴァルのルーシェがメロンに手を振る。こちらは白のワンピースに黒いアクセントを加えた手作りの服を着ていた。派手さはないが、おとなしげなアーンヴァルの印象をうまく引き立てている。生馬に服のセンスがないわけではないのだ。 早速部屋へ案内される。メロンを起動させて以来、何度か訪れているので特に感慨はないものの、勝見は来るたびに感心はする。 その部屋は神姫一色に染まり、神姫サイズの家や洋服などが部屋の一角を専有している。 エプロンと耐熱手袋をつけたルーシェがお茶を部屋の中央のちゃぶ台に出すと、勝見はスイカを買った経緯とメロンの話を聞いた。 「話はわかったわ」 相槌をうちながら聞き終えた生馬は、整理された机の上のPCとクレイドルをつないだ。 「ちょっとクレイドルに乗ってね」 そういうとスイカをクレイドルにセットする。と言っても座らせるだけだ。 PCでデータを読み取り、MMSサポートセンサーに問い合わせる。すぐに応答があり、検査結果が表示される。 「……あれ?」 検査結果を見て、生馬は首をかしげた。 検査のデータは、スイカを初期型の白子、ノーマルバージョンと示していた。 「この子って中古なの?」 「いや新品だったぞ、なあ?」 「うん、新品だったよ」 勝見はメロンと顔を見合わせる。封を開けたとき、確かに未開封だった。 「じゃあ、何でリペイントされてるのよ?」 スクロールして他の結果も見る。すると検査結果には何箇所か不明の文字が浮かんでいる。 「もしかしてこれって……違法改造?」 一応櫛くらいは通してあるらしい短い髪が傾く。 「ごめんなさい、これ以上はわからない。神姫センターに行ったほうがいいわ」 そういって、ルーシェの淹れてくれたお茶に口をつける。 「違法改造といえば、この話は知ってる?」 生馬はスイカをちゃぶ台に返す。スイカにメロンが近寄った。 「三年前になるけど、大量のイリーガルが回収された事件があったのよ」 「話ぐらいは知ってるけどな」 勝見は言った。横目でルーシェを見ると小さく頷いている。たぶん、ルーシェもかかわったのだろう。 「そのときにほとんどのイリーガルは回収されたんだけど、アリスって天使型だけが相当数、逃げ延びたって話なのよ。そのときの生き残りかも……でもアリスは白いアーンヴァルだし」 生馬は倒したアリスを思い出した。彼女は見た目こそルーシェと同じ格好をしていたが、目つきも言葉遣いもまるで違った。愛らしさというものがまるでなく、ただ戦うことを生きがいにする人形。 スイカもアーンヴァルにしては変わっているが、しかし、アリスのような悪意は感じられない。 「……とにかく用意をして行きましょう」 「わかった、スイカ……って、いない!?」 「どこに行く?」 「いいからついて来て!」 隙を見て部屋を抜け出した二人は、生馬の家の台所に逃げ込んだ。ここには隠れる場所が多い。 「スイカはわからないの? 下手に連れてかれたらたぶんリセットされる、いや、悪いと廃棄されちゃうよ!!」 当時の事件を直接は知らないメロンは、神姫センターがどういった対処を行ったかを詳しくは知らない。しかし、どうされようと、スイカがいなくなっていまうだろうという予想はできた。 「とりにかく、お兄ちゃんと生馬さんを説得するまで隠れてて」 「それは命令か?」 メロンは小さく首を振る。 「ううん、お願いよ」 メロンはスイカの表情を見る。いつもどおりの無表情。そんなスイカだったが、メロンはやさしくいった。 「大丈夫お兄ちゃんたちは必ず説得する、私はお姉ちゃんなんだから」 言うが早いか、メロンは駆け出した。 「……わかった、隠れている」 そのとき初めてスイカに浮んだ表情をメロンは見逃してしまった。 探すと、すぐにメロンの方は見つかった。というよりもメロンのほうから出てきた。 「メロンちゃん、どこ行ってた? あのイリーガルはどこ?」 「お兄ちゃん、生馬さん、スイカをどうする気?」 「どうって……」 「私はお姉ちゃんだから、スイカを守る」 スイカを妹として、姉になるメロン、買った時に勝見はそのシナリオを考えていた。しかし実際にメロンがそれをはっきりというと勝見の心は暖かくなる感じがした。 しかし、今は余韻に浸っている時間はない。 「ちょっと待て、スイカ。それは勘違いだ」 「そう、従来型のイリーガルならセンターに問い合わせた段階でわかるわ」 そう続けたのは生馬だった。 「イリー……スイカがどう違うのか、実は私にもよくわからないの」 困惑した表情の生馬だったが、まだメロンの視線は貫くほどきつい。 生馬はメロンに説明する。今のところわかるのはスイカが何らかのエラーを抱えているということ、そのエラーの正体さえわかれば、スイカが今のような性格なのかがわかる、ということをメロンに伝えた。 「それが人為的なものである可能性は高いけど、どれくらい深刻なものなのかは私にもわからないのよ」 人為的な神姫の改変、それは一般的にイリーガルと呼ばれている。 イリーガルは公平なバトロンを阻害し、対戦相手の神姫への危険も大きい。 しかし、神姫への改造は当初から行われている。当初は髪型や目の色、体系など見た目だけだったが、それがコアの改変まで行われるのにそう長い時間はかからなかった。 イリーガルと一般改造の間はあいまいになりつつあり、改めで明確な基準が定められた。それに基づけば、過度な改造が行われているスイカも問題はないはずだった。 「お兄ちゃん約束して、スイカは私達のところから連れて行かないって」 「当たり前じゃないか」 「約束して」 「約束する」 納得したメロンはスイカを呼び、一緒に神姫センターへ向かった。 神姫センターで検査の結果は真っ黒だった。