「ウサギのナミダ・番外編 「黒兎と塔の騎士」中編」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「ウサギのナミダ・番外編 「黒兎と塔の騎士」中編」(2010/06/04 (金) 01:11:28) の最新版変更点
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&bold(){ウサギのナミダ・番外編}
&bold(){黒兎と塔の騎士}
中編
□
ランティスの瞬発力に、俺は目を見張る。
一瞬とはいえ、ティアが反応できていなかった。
初撃はからくもかわしたが、油断はできない。
あの瞬発力を持ってすれば、たとえティアの高速機動を持ってしても、打ち込むチャンスは何度も作れるだろう。
ランティスは今、油断なく構えている。隙は見えない。
俺からティアへの指示はない。今はまだ。
ゲームは始まったばかりなのだ。
◆
一方、鳴滝もまた、ティアの機動力に舌を巻いていた。
ランティスの踏み込みをかわした神姫はそういない。あのクイーン・雪華でさえ、ランティスの攻撃を捌くのがやっとだったのだ。
「あれをかわすか……」
『我が女王が推挙するだけのことはある、ということでしょう』
ランティスの言葉に、鳴滝は頷き、そして笑みを浮かべた。
そう、こういう相手を求めていた。
ランティスと同じ土俵で戦ってなお、互角に戦える好敵手。
鳴滝はディスプレイに目を移す。
構えているランティス。
対してティアは、腰を落とした体勢から加速しようとしていた。
■
わたしはランドスピナーをフル回転させ、一瞬にして加速する。
塔の壁の輪郭が崩れ、流れていく。
わたしはトップスピードに乗り、ランティスさんの周囲を走り回る。
ランティスさんは動かない。
わたしの動きにあわせ、身体の向きを変えるだけ。
わたしは、ランティスさんの左右に飛び違うように走ったり、大きくジグザグに走ったりして揺さぶりをかける。
やりにくい。
塔の最下層は、ただ何もない円形の平面だ。
廃墟ステージと違って、身を隠す場所もウォールライドできる壁もない。
だから、自分の走りだけで、ランティスさんに隙を作らなければならない。
だけど、ランティスさんに油断はない。
常にわたしに意識を集中している。
この状況で、相手に隙を作るのは、とても難しい。
わたしはさらに加速する。
とにかく動き、ランティスさんの背後をとろうと揺さぶりをかける。
その速度は彼女が振り向くよりも速くなる。
「くっ……」
そしてついに、ランティスさんがわたしの動きを追いきれなくなる。
今!
彼女はまだ、肩越しにわたしを見ているだけ。
振り向きはじめたばかり。
わたしはランティスさんに向けてダッシュする。
右手のコンバットナイフを閃かす。
でもさすが、近接格闘最強の神姫。
振り向きざまの籠手で、わたしのナイフを受け止めた。
さらにわたしの機動。
さっきのお返しとばかり、ナイフを振った勢いを殺さず、そのまま身体を回転させる。
右足を振り上げ、回し蹴り。
「くうぅっ!」
わたしのレッグパーツがランティスさんを襲う。
でも、ランティスさんは、両腕の手甲を揃えて構え、わたしの蹴りを受けた。
いくらライトアーマー並とはいえ、レッグパーツは神姫の通常素体以上のパワーがある。
受けたランティスさんは後ろに大きく弾かれた。
□
だが、ランティスの弾かれ方は、俺の想定と明らかに違っていた。
ランティスは予想よりも大きく後方に弾かれている。
衝撃を吸収するために、自ら後方に跳んだのか。
その証拠に、ランティスは体勢を崩さず着地した。
すぐに両腕をおろすと、構えをとり、臨戦態勢を整える。
ダメージは見られない。
さすがは近接格闘戦で秋葉原最強クラスというだけのことはある。
それにしても。
ランティスの動きは不思議だ。
ランティスはサイフォス・タイプをベースにしたカスタム機であることは疑いない。
サイフォスは確かに近接戦闘が得意な神姫だが、ソードやランスで戦うのが一般的だ。
徒手空拳で戦うサイフォスなんて、聞いたこともない。
それに、先ほど見せたランティスの踏み込みは、普通のサイフォス・タイプの機動と明らかに違っている。
どちらかといえば、ランティスの動きはキックボクシングのように見えた。
いまもまた、構えるその姿は立ち技を得意とした格闘家のようだ。
「なるほど……だから、ナイト・オブ・グラップル……格闘騎士というわけか」
俺は思わずつぶやいていた。
◆
「なんていうか……地味な戦いだなあ」
安藤が何気なくつぶやいたその言葉に、涼子は額を押さえてため息を付いた。
「これだから素人は……」
「なんだよ」
「ランティスの動きは、標準のサイフォス・タイプの動きじゃないわ。ということは、マスターが神姫に教え込ませた技ってこと。それをあそこまで練り上げているなんて、どれほどの修練だったのか……想像を絶するわ」
涼子は合気道をたしなむ武道家である。
だからこそ、ランティスの動きが尋常でないことが分かる。
それに、涼子の神姫・涼姫は、オリジナル装備を使う。だから、技の修練については人一倍思うところがあるのだった。
ティアとランティスのバトルは、弾丸やレーザーが飛び交うバトルに比べれば、確かに派手さにはかけるだろう。
だが、あの至近距離での攻防は、まるで薄氷を踏むがごとき緊張感と危うさをはらんでいる。
「しかも、まだ両マスターとも、指示らしい指示は出していない……神姫が思うままに戦ってるってことは、純粋に、練り上げた技同士の応酬ってことだわ」
「はあ……」
安藤はアルトレーネ・タイプのマスターで、現在自分のバトルスタイルを見つけようと研究中である。
涼子ほどにはまだ、バトルロンドを見る経験を積んではいない。
だから、このシンプルな戦いを、なぜ涼子たちが真剣に観戦しているのか、わからないのだ。
「安藤くん。このバトルはしっかり見て。きっとティアがすごいってことがわかるはずだから」
美緒にそう言われてしまっては、大人しく観戦するほかない。
自分たちの窮地を救ってくれた男はどんなバトルをするのか?
それにはとても興味がある。
安藤が大型ディスプレイに視線を戻す。
「えっ……?」
画面の中。
ランティスが構えていた両腕を降ろすところだった。
腕の力を抜き、だらりと下げる。
顎を引き、肩幅に両脚を開いたまま、直立している。
そして、ランティスは目を閉じた。
「心眼……?」
「そんなこと、できるわけないでしょ!?」
安藤の言葉を即座に打ち消したのは涼子だった。
目を閉じ、視覚以外の感覚を研ぎ澄ませる、という手法は確かにある。
しかし、実戦において視覚を閉ざすということは、自らハンデを背負うことに他ならない。
「武道の達人だって、戦闘中に目を閉じてガードを解くなんて真似……できるはずない」
そもそも、神姫が感覚や勘に頼ってバトルするということが、涼子には納得が行かない。
ならばなぜ、ランティスは目を閉じた?
ティアは動かない。
ランティスは明らかに、ティアを迎え撃とうとしている。
あえて隙を作って誘っているのだろうか。
ギャラリーもざわめく中、状況はしばし膠着していた。
■
わたしには、ランティスさんの意図が読めなかった。
構えを解き、目を閉ざすなんて。
自ら不利な状況に追い込んでいるだけなのではないか。
だけど、油断はできない。
動かないランティスさんを前に、わたしも動けずにいる。
わたしのAIがマスターの言葉を反芻する。
『いつも考えながら戦え』
わたしは考える。
彼女は今まで出会ったどんな神姫とも違っている。
ランティスさんの今の状態は「隙」ではない。
おそらくは、「誘い」であり、「待ち」の状態。
わたしの動きに対応しようとしている、と思われる。
つまり、わたしの出方次第。
なおさら迂闊には動けない。
だけど、このままでは二人とも動けずに終わってしまう。
やはり、銃火器を装備するべきだったんじゃ……。
そう思いながら、手にしたナイフを見る。
ここぞという時に、わたしの力になってくれた武器は、ナイフだった。
初勝利の時も、雪華さんとの対戦でも。
だから、銃火器がないことに納得は行かないけど、弱音は吐かない。
きっとマスターには考えあってのことだから。
ナイフでできることを考えて……わたしはつぶやいた。
「……マスター」
『なんだ?』
「正攻法で行きますけど……いいですか?」
『それでいい』
「はい!」
マスターが同じ考えでいてくれたことに嬉しくなる。
わたしは腰を低くして、再び全力で走り出す。
◆
ティアは先ほどと同様、ランティスのまわりを縦横無尽に走り抜ける。
その動きは鋭さを増しているが、ランティスは微動だにしない。
表情さえもかわらない。
ティアはフェイントを混ぜ、左右に飛びちがい、ランティスを混乱させて隙を作ろうと動き回る。
だが動かない。
ランティスは彫像のように動かないままだ。
静と動の膠着。
それを破ったのはティアだ。
左から右へ、流れていくかと思った瞬間、一瞬にして方向を変える。
ティアならば刹那で届く距離。
ランティスのほぼ真後ろから、コンバットナイフを振り上げる。
そして、一歩。
跳ねるように刹那の距離を駆け、銀色の刃が閃めいた。
その刹那をついて、ランティスが動く。
振り向きざまに、右拳を振り上げつつ、バックナックル。
それは頭上へと伸び、ティアのナイフを根本から引っかけて、跳ね上げる。
しかし、ティアも止まらない。
腕ごと上体を跳ね上げられながらも、身体の勢いを利用して、右膝蹴りを送り込む。
ランティスは身体を回転させ、左の手でティアの膝を捌いた。
一瞬、空中で無防備になる。
ランティスの回転は止まらない。
膝を畳んでミドルに構えた脚を振るう。
狙いは、ティアのわき腹。
「あぐっ!」
バニーガール型神姫の小さな悲鳴。
意に関せず、彼女は動く。
畳んでいた膝を鋭い動きで伸ばす。
脚に乗っていたティアの身体を、思い切り弾き飛ばした。
「うああああぁっ!!」
ティアの身体は、宙を舞って地面に激突、横転する。
しかし、三回転もすると、回転力を起きあがる力に変え、あっという間に前屈みの姿勢で立ち上がった。
再びランティスと対峙する。
ランティスはゆっくりと構えをとりながら、冷たい目でティアを見据えていた。
◆
「なんで……ランティスは何であんな正確に、ティアの攻撃を捉えられるの!?」
涼子は驚愕していた。
あのティアの動きを、聴覚と勘で捉えるなんて、達人でも不可能だ。
だが、優しげで、いっそ暢気な口調が、彼女にあっさりと答えをもたらす。
「ああ……ランティスは聴覚でティアの動きを測定していたのですよ」
「高村さん……測定、ですか?」
「蓼科さん、でしたか……そう、彼女は視覚を閉ざした、のではなく、聴覚を最大限に利用して、ティアの動きを捉えようとしたのです。
つまり、ソナーです」
「ソナー……ですか?」
狐に摘まれたような顔の涼子に、高村は頷いた。
「ネット上で公開されている、武装神姫の運用プログラムには、耳をパッシブソナーのように運用するためのプログラムがあります。それを使ったのです。
さらに、電子頭脳の働きを聴覚に集中するために、視覚を閉ざして、十分なリソースを確保したのです。
もちろん、ランティスのように、ソナー化した聴覚に連動した動きをさせるには、熟練というデータの蓄積が必要ですけど」
フル装備の武装神姫であれば、わざわざそんな技を使うまでもない。
ソナーを装備すれば、素体の耳よりもよほど正確な測定結果が得られるし、装備の動作も簡単に連動させられる。
レーダーを積めば、全方位の視界を得ることも可能だ。
だから、ランティスのような素体運用は異端だし、まわりくどいやり方だった。
雪華は言う。
「マスター蓼科、神姫は人ではありません。人には不可能と思えることでも、神姫には工夫次第で可能となるのです。
人の常識にとらわれてはいけません。柔軟な思考こそが新たな可能性を切り開くのです」
涼子は改めて、大型ディスプレイに目を移す。
今バトルをしている二人の神姫は、そうした工夫を重ね、新たな可能性を突き詰めた神姫たちだ。
その結果、特別な装備がなくても、フル装備の武装神姫と渡り合える。
それは涼子が神姫マスターとして目指す境地であった。
◆
苦しそうに身体を折り曲げていたティアが、なんとか立ち上がる。
その様子を、ランティスは冷たい視線で見つめていた。
「所詮、貴様もその程度か……」
たとえクイーンの推挙であったとしても。
結局はこの塔で自分にかなう神姫などいないのだ。
「わたしは師匠の夢を託されている。その想いを背負って戦っている。
貴様のように、身体を売り、快楽を求めた神姫なぞに、負けるはずもない」
対峙するティアは、ひどく悲しそうな顔をしていた。
何が悲しい。
身体を売ることをよしとした、汚れた神姫のくせに。
走り回ることしか能のない神姫のくせに。
いや、彼女に限らない。
わたしと対戦する神姫は皆、ティアと変わらない。
ランティスの装備を見ては侮り、安易な武装で挑んでくる。
高火力によるエリア攻撃、高高度からのレーザー攻撃、手数とパワーに頼った格闘戦……。
うんざりだ。
どいつもこいつも、武装にばかり頼った、惰弱な神姫だ。
マスターとの絆を技に変えて挑んでくる神姫などいない。
ただ一人、『アーンヴァル・クイーン』雪華を除いては。
だからこそランティスは、雪華を敬愛する。
しかし、雪華は言う。
ランティスのバトルは卑しい、と。
そして、ティアの戦いこそ、自分が学ぶべきものだと。
だが、結局はこの程度。
塔の中では自分にかなう神姫などいようはずもない。
学ぶところなど、ありはしない。
今回ばかりは女王の見込み違いだろう。
「だが、我が女王の推挙なれば、せめて我が奥義を持って、終わりにしてやろう」
そう言うと、ランティスは両腕を軽く身体から離し、叫んだ。
「師匠、サイドボード展開! 装着、雷神甲!!」
ランティスの両腕が光に包まれる。
一瞬の後、ランティスの両腕は新たな手甲が装備されていた。
形は前のものとそう変わらない、無骨なデザイン。
その装甲の外側を青白い火花が走っている。
そして、ランティスの右手には、銀色の金属球が握られていた。
「受けるがいい……我が奥義……!」
金属球を両手で掴み、そのまま腰だめに構える。
ランティスの手甲が、青白い光を放ちはじめた。
□
「遠野くん、君はレールガンを知っているか?」
唐突な鳴滝の問い。
戸惑いながらも俺は頷いた。
レールガンは、砲身となる二本のレールの間に、伝導体の砲弾を挟んで電流を流し、磁場を発生させて砲弾を加速、発射する武器である。
火薬を炸裂させて弾丸を発射する火器に比べ、弾丸が撃ち出される速度が高いという特徴がある。
「ランティスのあの籠手……雷神甲は強力な電力を発生する。
ランティスはあの籠手を使って、金属球をレールガンのごとく撃ち出す技を修得してる。
どの方向にも、意のままに撃てる。
破壊力は折り紙付きだ。なにしろ、重装甲で身を固めたムルメルティア・タイプを、サブアームごと破壊したほどだからな」
鳴滝の言葉に、ギャラリーがどよめく。
なるほど、塔で最強というのも合点がいった。
それほどの破壊力の飛び道具があれば、飛行タイプでも重装甲タイプでも相手にできるだろう。
これはランティスの要の技と言える。
俺は改めてディスプレイのランティスを見つめる。
雷神甲の表面に、青白い火花が走っている。
上下に合わせていた掌の間に金属球がのぞき、そこからも紫電が散っていた。
「いいのか、手の内を見せるようなことを言って」
「知っていたところで、ランティスのあれはかわせない。初速は通常の射撃武器の数倍だ。あれより速いのはレーザーくらいだろう」
不適に笑う鳴滝。
彼がそう言うなら、遠慮することもあるまい。
俺は耳にかかったワイヤレスヘッドセットを摘む。
「ティア、まだ走れるか?」
『はい、大丈夫、です』
「よし。それなら……」
俺はただ一言、指示を出す。
いつものように素直な返事が短く返ってきた。
◆
金属球を挟んだ両手に、電流が流れていく。
腰の位置においた両手の隙間からは、溢れ出た電流が、バチバチと音を立て放電している。
力が両手に溜まってくるのを感じる。
頃合いだ。
「くらえ、一撃必倒……」
ティアが動く様子はない。
バカにしてるのか。
だが、動いたところで、この技はかわせない。
ランティスが動いた。
大きく一歩踏み込む。
その動きに連動させて、身体の後ろから前へと、金属球を挟んだ両手をなめらかに伸ばす。
「雷迅弾! ハアアアアアァァァッ!!」
裂帛の気合い。
同時に両手が開かれ、必殺の金属球が射出された。
それはまさに雷光のごとき迅さ。
超速度の弾丸は、塔内部を一直線に駆け抜けた。
正面の壁に着弾。
そして爆発。
大音響と共に塔の壁が崩れ、爆煙が膨れ上がった。
雷迅弾の翔けた痕が地面に一直線に残り、その尋常ではない速度を物語る。
その直線上には何もない。
はずだった。
「な……! んだとぉ……っ!?」
腰を浮かせたのは鳴滝の方だった。
彼が見つめるプレイヤー用ディスプレイ。
雷迅弾の軌跡の上に影が見える。
「……なにをした……遠野!」
鳴滝は正面に座る対戦相手を見る。
そこに、表情を変えずに戦況を見つめる遠野を発見した。
ばかな。
これは奴の想定の範囲内なのか。
ランティスの正面。
雷迅弾の爆煙を背景に。
ティアは困ったような顔をして、立っていた。
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&bold(){黒兎と塔の騎士}
中編
□
ランティスの瞬発力に、俺は目を見張る。
一瞬とはいえ、ティアが反応できていなかった。
初撃はからくもかわしたが、油断はできない。
あの瞬発力を持ってすれば、たとえティアの高速機動を持ってしても、打ち込むチャンスは何度も作れるだろう。
ランティスは今、油断なく構えている。隙は見えない。
俺からティアへの指示はない。今はまだ。
ゲームは始まったばかりなのだ。
◆
一方、鳴滝もまた、ティアの機動力に舌を巻いていた。
ランティスの踏み込みをかわした神姫はそういない。あのクイーン・雪華でさえ、ランティスの攻撃を捌くのがやっとだったのだ。
「あれをかわすか……」
『我が女王が推挙するだけのことはある、ということでしょう』
ランティスの言葉に、鳴滝は頷き、そして笑みを浮かべた。
そう、こういう相手を求めていた。
ランティスと同じ土俵で戦ってなお、互角に戦える好敵手。
鳴滝はディスプレイに目を移す。
構えているランティス。
対してティアは、腰を落とした体勢から加速しようとしていた。
■
わたしはランドスピナーをフル回転させ、一瞬にして加速する。
塔の壁の輪郭が崩れ、流れていく。
わたしはトップスピードに乗り、ランティスさんの周囲を走り回る。
ランティスさんは動かない。
わたしの動きにあわせ、身体の向きを変えるだけ。
わたしは、ランティスさんの左右に飛び違うように走ったり、大きくジグザグに走ったりして揺さぶりをかける。
やりにくい。
塔の最下層は、ただ何もない円形の平面だ。
廃墟ステージと違って、身を隠す場所もウォールライドできる壁もない。
だから、自分の走りだけで、ランティスさんに隙を作らなければならない。
だけど、ランティスさんに油断はない。
常にわたしに意識を集中している。
この状況で、相手に隙を作るのは、とても難しい。
わたしはさらに加速する。
とにかく動き、ランティスさんの背後をとろうと揺さぶりをかける。
その速度は彼女が振り向くよりも速くなる。
「くっ……」
そしてついに、ランティスさんがわたしの動きを追いきれなくなる。
今!
彼女はまだ、肩越しにわたしを見ているだけ。
振り向きはじめたばかり。
わたしはランティスさんに向けてダッシュする。
右手のコンバットナイフを閃かす。
でもさすが、近接格闘最強の神姫。
振り向きざまの籠手で、わたしのナイフを受け止めた。
さらにわたしの機動。
さっきのお返しとばかり、ナイフを振った勢いを殺さず、そのまま身体を回転させる。
右足を振り上げ、回し蹴り。
「くうぅっ!」
わたしのレッグパーツがランティスさんを襲う。
でも、ランティスさんは、両腕の手甲を揃えて構え、わたしの蹴りを受けた。
いくらライトアーマー並とはいえ、レッグパーツは神姫の通常素体以上のパワーがある。
受けたランティスさんは後ろに大きく弾かれた。
□
だが、ランティスの弾かれ方は、俺の想定と明らかに違っていた。
ランティスは予想よりも大きく後方に弾かれている。
衝撃を吸収するために、自ら後方に跳んだのか。
その証拠に、ランティスは体勢を崩さず着地した。
すぐに両腕をおろすと、構えをとり、臨戦態勢を整える。
ダメージは見られない。
さすがは近接格闘戦で秋葉原最強クラスというだけのことはある。
それにしても。
ランティスの動きは不思議だ。
ランティスはサイフォス・タイプをベースにしたカスタム機であることは疑いない。
サイフォスは確かに近接戦闘が得意な神姫だが、ソードやランスで戦うのが一般的だ。
徒手空拳で戦うサイフォスなんて、聞いたこともない。
それに、先ほど見せたランティスの踏み込みは、普通のサイフォス・タイプの機動と明らかに違っている。
どちらかといえば、ランティスの動きはキックボクシングのように見えた。
いまもまた、構えるその姿は立ち技を得意とした格闘家のようだ。
「なるほど……だから、ナイト・オブ・グラップル……格闘騎士というわけか」
俺は思わずつぶやいていた。
◆
「なんていうか……地味な戦いだなあ」
安藤が何気なくつぶやいたその言葉に、涼子は額を押さえてため息を付いた。
「これだから素人は……」
「なんだよ」
「ランティスの動きは、標準のサイフォス・タイプの動きじゃないわ。ということは、マスターが神姫に教え込ませた技ってこと。それをあそこまで練り上げているなんて、どれほどの修練だったのか……想像を絶するわ」
涼子は合気道をたしなむ武道家である。
だからこそ、ランティスの動きが尋常でないことが分かる。
それに、涼子の神姫・涼姫は、オリジナル装備を使う。だから、技の修練については人一倍思うところがあるのだった。
ティアとランティスのバトルは、弾丸やレーザーが飛び交うバトルに比べれば、確かに派手さにはかけるだろう。
だが、あの至近距離での攻防は、まるで薄氷を踏むがごとき緊張感と危うさをはらんでいる。
「しかも、まだ両マスターとも、指示らしい指示は出していない……神姫が思うままに戦ってるってことは、純粋に、練り上げた技同士の応酬ってことだわ」
「はあ……」
安藤はアルトレーネ・タイプのマスターで、現在自分のバトルスタイルを見つけようと研究中である。
涼子ほどにはまだ、バトルロンドを見る経験を積んではいない。
だから、このシンプルな戦いを、なぜ涼子たちが真剣に観戦しているのか、わからないのだ。
「安藤くん。このバトルはしっかり見て。きっとティアがすごいってことがわかるはずだから」
美緒にそう言われてしまっては、大人しく観戦するほかない。
自分たちの窮地を救ってくれた男はどんなバトルをするのか?
それにはとても興味がある。
安藤が大型ディスプレイに視線を戻す。
「えっ……?」
画面の中。
ランティスが構えていた両腕を降ろすところだった。
腕の力を抜き、だらりと下げる。
顎を引き、肩幅に両脚を開いたまま、直立している。
そして、ランティスは目を閉じた。
「心眼……?」
「そんなこと、できるわけないでしょ!?」
安藤の言葉を即座に打ち消したのは涼子だった。
目を閉じ、視覚以外の感覚を研ぎ澄ませる、という手法は確かにある。
しかし、実戦において視覚を閉ざすということは、自らハンデを背負うことに他ならない。
「武道の達人だって、戦闘中に目を閉じてガードを解くなんて真似……できるはずない」
そもそも、神姫が感覚や勘に頼ってバトルするということが、涼子には納得が行かない。
ならばなぜ、ランティスは目を閉じた?
ティアは動かない。
ランティスは明らかに、ティアを迎え撃とうとしている。
あえて隙を作って誘っているのだろうか。
ギャラリーもざわめく中、状況はしばし膠着していた。
■
わたしには、ランティスさんの意図が読めなかった。
構えを解き、目を閉ざすなんて。
自ら不利な状況に追い込んでいるだけなのではないか。
だけど、油断はできない。
動かないランティスさんを前に、わたしも動けずにいる。
わたしのAIがマスターの言葉を反芻する。
『いつも考えながら戦え』
わたしは考える。
彼女は今まで出会ったどんな神姫とも違っている。
ランティスさんの今の状態は「隙」ではない。
おそらくは、「誘い」であり、「待ち」の状態。
わたしの動きに対応しようとしている、と思われる。
つまり、わたしの出方次第。
なおさら迂闊には動けない。
だけど、このままでは二人とも動けずに終わってしまう。
やはり、銃火器を装備するべきだったんじゃ……。
そう思いながら、手にしたナイフを見る。
ここぞという時に、わたしの力になってくれた武器は、ナイフだった。
初勝利の時も、雪華さんとの対戦でも。
だから、銃火器がないことに納得は行かないけど、弱音は吐かない。
きっとマスターには考えあってのことだから。
ナイフでできることを考えて……わたしはつぶやいた。
「……マスター」
『なんだ?』
「正攻法で行きますけど……いいですか?」
『それでいい』
「はい!」
マスターが同じ考えでいてくれたことに嬉しくなる。
わたしは腰を低くして、再び全力で走り出す。
◆
ティアは先ほどと同様、ランティスのまわりを縦横無尽に走り抜ける。
その動きは鋭さを増しているが、ランティスは微動だにしない。
表情さえもかわらない。
ティアはフェイントを混ぜ、左右に飛びちがい、ランティスを混乱させて隙を作ろうと動き回る。
だが動かない。
ランティスは彫像のように動かないままだ。
静と動の膠着。
それを破ったのはティアだ。
左から右へ、流れていくかと思った瞬間、一瞬にして方向を変える。
ティアならば刹那で届く距離。
ランティスのほぼ真後ろから、コンバットナイフを振り上げる。
そして、一歩。
跳ねるように刹那の距離を駆け、銀色の刃が閃めいた。
その刹那をついて、ランティスが動く。
振り向きざまに、右拳を振り上げつつ、バックナックル。
それは頭上へと伸び、ティアのナイフを根本から引っかけて、跳ね上げる。
しかし、ティアも止まらない。
腕ごと上体を跳ね上げられながらも、身体の勢いを利用して、右膝蹴りを送り込む。
ランティスは身体を回転させ、左の手でティアの膝を捌いた。
一瞬、空中で無防備になる。
ランティスの回転は止まらない。
膝を畳んでミドルに構えた脚を振るう。
狙いは、ティアのわき腹。
「あぐっ!」
バニーガール型神姫の小さな悲鳴。
意に関せず、彼女は動く。
畳んでいた膝を鋭い動きで伸ばす。
脚に乗っていたティアの身体を、思い切り弾き飛ばした。
「うああああぁっ!!」
ティアの身体は、宙を舞って地面に激突、横転する。
しかし、三回転もすると、回転力を起きあがる力に変え、あっという間に前屈みの姿勢で立ち上がった。
再びランティスと対峙する。
ランティスはゆっくりと構えをとりながら、冷たい目でティアを見据えていた。
◆
「なんで……ランティスは何であんな正確に、ティアの攻撃を捉えられるの!?」
涼子は驚愕していた。
あのティアの動きを、聴覚と勘で捉えるなんて、達人でも不可能だ。
だが、優しげで、いっそ暢気な口調が、彼女にあっさりと答えをもたらす。
「ああ……ランティスは聴覚でティアの動きを測定していたのですよ」
「高村さん……測定、ですか?」
「蓼科さん、でしたか……そう、彼女は視覚を閉ざした、のではなく、聴覚を最大限に利用して、ティアの動きを捉えようとしたのです。
つまり、ソナーです」
「ソナー……ですか?」
狐に摘まれたような顔の涼子に、高村は頷いた。
「ネット上で公開されている、武装神姫の運用プログラムには、耳をパッシブソナーのように運用するためのプログラムがあります。それを使ったのです。
さらに、電子頭脳の働きを聴覚に集中するために、視覚を閉ざして、十分なリソースを確保したのです。
もちろん、ランティスのように、ソナー化した聴覚に連動した動きをさせるには、熟練というデータの蓄積が必要ですけど」
フル装備の武装神姫であれば、わざわざそんな技を使うまでもない。
ソナーを装備すれば、素体の耳よりもよほど正確な測定結果が得られるし、装備の動作も簡単に連動させられる。
レーダーを積めば、全方位の視界を得ることも可能だ。
だから、ランティスのような素体運用は異端だし、まわりくどいやり方だった。
雪華は言う。
「マスター蓼科、神姫は人ではありません。人には不可能と思えることでも、神姫には工夫次第で可能となるのです。
人の常識にとらわれてはいけません。柔軟な思考こそが新たな可能性を切り開くのです」
涼子は改めて、大型ディスプレイに目を移す。
今バトルをしている二人の神姫は、そうした工夫を重ね、新たな可能性を突き詰めた神姫たちだ。
その結果、特別な装備がなくても、フル装備の武装神姫と渡り合える。
それは涼子が神姫マスターとして目指す境地であった。
◆
苦しそうに身体を折り曲げていたティアが、なんとか立ち上がる。
その様子を、ランティスは冷たい視線で見つめていた。
「所詮、貴様もその程度か……」
たとえクイーンの推挙であったとしても。
結局はこの塔で自分にかなう神姫などいないのだ。
「わたしは師匠の夢を託されている。その想いを背負って戦っている。
貴様のように、身体を売り、快楽を求めた神姫なぞに、負けるはずもない」
対峙するティアは、ひどく悲しそうな顔をしていた。
何が悲しい。
身体を売ることをよしとした、汚れた神姫のくせに。
走り回ることしか能のない神姫のくせに。
いや、彼女に限らない。
わたしと対戦する神姫は皆、ティアと変わらない。
ランティスの装備を見ては侮り、安易な武装で挑んでくる。
高火力によるエリア攻撃、高高度からのレーザー攻撃、手数とパワーに頼った格闘戦……。
うんざりだ。
どいつもこいつも、武装にばかり頼った、惰弱な神姫だ。
マスターとの絆を技に変えて挑んでくる神姫などいない。
ただ一人、『アーンヴァル・クイーン』雪華を除いては。
だからこそランティスは、雪華を敬愛する。
しかし、雪華は言う。
ランティスのバトルは卑しい、と。
そして、ティアの戦いこそ、自分が学ぶべきものだと。
だが、結局はこの程度。
塔の中では自分にかなう神姫などいようはずもない。
学ぶところなど、ありはしない。
今回ばかりは女王の見込み違いだろう。
「だが、我が女王の推挙なれば、せめて我が奥義を持って、終わりにしてやろう」
そう言うと、ランティスは両腕を軽く身体から離し、叫んだ。
「師匠、サイドボード展開! 装着、雷神甲!!」
ランティスの両腕が光に包まれる。
一瞬の後、ランティスの両腕は新たな手甲が装備されていた。
形は前のものとそう変わらない、無骨なデザイン。
その装甲の外側を青白い火花が走っている。
そして、ランティスの右手には、銀色の金属球が握られていた。
「受けるがいい……我が奥義……!」
金属球を両手で掴み、そのまま腰だめに構える。
ランティスの手甲が、青白い光を放ちはじめた。
□
「遠野くん、君はレールガンを知っているか?」
唐突な鳴滝の問い。
戸惑いながらも俺は頷いた。
レールガンは、砲身となる二本のレールの間に、伝導体の砲弾を挟んで電流を流し、磁場を発生させて砲弾を加速、発射する武器である。
火薬を炸裂させて弾丸を発射する火器に比べ、弾丸が撃ち出される速度が高いという特徴がある。
「ランティスのあの籠手……雷神甲は強力な電力を発生する。
ランティスはあの籠手を使って、金属球をレールガンのごとく撃ち出す技を修得してる。
どの方向にも、意のままに撃てる。
破壊力は折り紙付きだ。なにしろ、重装甲で身を固めたムルメルティア・タイプを、サブアームごと破壊したほどだからな」
鳴滝の言葉に、ギャラリーがどよめく。
なるほど、塔で最強というのも合点がいった。
それほどの破壊力の飛び道具があれば、飛行タイプでも重装甲タイプでも相手にできるだろう。
これはランティスの要の技と言える。
俺は改めてディスプレイのランティスを見つめる。
雷神甲の表面に、青白い火花が走っている。
上下に合わせていた掌の間に金属球がのぞき、そこからも紫電が散っていた。
「いいのか、手の内を見せるようなことを言って」
「知っていたところで、ランティスのあれはかわせない。初速は通常の射撃武器の数倍だ。あれより速いのはレーザーくらいだろう」
不適に笑う鳴滝。
彼がそう言うなら、遠慮することもあるまい。
俺は耳にかかったワイヤレスヘッドセットを摘む。
「ティア、まだ走れるか?」
『はい、大丈夫、です』
「よし。それなら……」
俺はただ一言、指示を出す。
いつものように素直な返事が短く返ってきた。
◆
金属球を挟んだ両手に、電流が流れていく。
腰の位置においた両手の隙間からは、溢れ出た電流が、バチバチと音を立て放電している。
力が両手に溜まってくるのを感じる。
頃合いだ。
「くらえ、一撃必倒……」
ティアが動く様子はない。
バカにしてるのか。
だが、動いたところで、この技はかわせない。
ランティスが動いた。
大きく一歩踏み込む。
その動きに連動させて、身体の後ろから前へと、金属球を挟んだ両手をなめらかに伸ばす。
「雷迅弾! ハアアアアアァァァッ!!」
裂帛の気合い。
同時に両手が開かれ、必殺の金属球が射出された。
それはまさに雷光のごとき迅さ。
超速度の弾丸は、塔内部を一直線に駆け抜けた。
正面の壁に着弾。
そして爆発。
大音響と共に塔の壁が崩れ、爆煙が膨れ上がった。
雷迅弾の翔けた痕が地面に一直線に残り、その尋常ではない速度を物語る。
その直線上には何もない。
はずだった。
「な……! んだとぉ……っ!?」
腰を浮かせたのは鳴滝の方だった。
彼が見つめるプレイヤー用ディスプレイ。
雷迅弾の軌跡の上に影が見える。
「……なにをした……遠野!」
鳴滝は正面に座る対戦相手を見る。
そこに、表情を変えずに戦況を見つめる遠野を発見した。
ばかな。
これは奴の想定の範囲内なのか。
ランティスの正面。
雷迅弾の爆煙を背景に。
ティアは困ったような顔をして、立っていた。
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