「最果て」(2012/10/12 (金) 17:13:57) の最新版変更点
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世間では「神様」と呼ばれている私様にとって、それは、とてもよく見慣れた光景でした。
二人の男が争っていました。と言っても直接的に拳や蹴りを応酬しているわけではなく、二人の代わり十五センチの人形同士が剣やら銃弾やらを刺し向かい合っていて、そこに何らかのカラクリがあるらしく人形の傷がそのまま持ち主の傷として伝道するようになっている、互いに作った呪いの藁人形を戦わせて傷付け合っているような、何とも回りくどい戦いでした。
そんな事をしているのは、共に十代前半で、日本の中等部に籍を置く学生で、同じ学校に通う同級生でした。その戦いを偶々目にした私様は、初め、興味を持てず、そのまま別の場所へ行こうと考えていました。何故そんな二人が争っているのか何て、少し考えるだけでも理由は幾らでも思いつきますし、考えていても詰まらないものだからです。
私様には詰まらないものと分かっているものを見るような悪趣味はありません。私様が見るのは何時も面白いものだけです。けれど初めは詰まらないと思っていた争いも、よくよく見れば、つまらなくはない、暇潰しにはちょうどいい見世物であると分かって、私様は観客席に腰を下ろしポップコーンを貪り始めました。
呪い合う二人の男は全く違っていました。一人は歴史に名を残し得る英雄が持つ独特の覇気を身に纏わせていました。産まれながら成功を約束された勝ち組とか言う奴が出すオーラです。もう一方はそんなオーラを持たず、かと言って極端なまでにジメジメしているわけじゃない、所謂「普通」の人間でした。掴み所が無いと表現するべきなのか、一度見て直ぐに目を閉じたならどんな顔だったか思い出せないような、特徴らしい特徴の無い容姿をしていました。
そして私様の眼を引いたのは、そんな二人が「争っている」という奇妙な状況です。争いと言うのは同じレベルの者同士でしか発生しないのが世界の常識なのです。争いにすらならず英雄による有無を言わさない搾取であるのが当たり前なのです。
しかし「普通の人間」は「稀代の英雄」と争っていました。一撃当千の剣を防ぎ、あまつさえ反撃さえして、百鬼夜行すらも怯えるオーラを退かせます。私様は直ぐにその理由が分かりました。これは悪魔の仕業です。十中八九、「普通の人間」は本物の悪魔か、それとも悪魔のような人間から力を与えられているのでしょう。
悪魔の好物は神様の好物でもあるのです。私様、こういうのは何千何万と見てきたのですが未だに飽きは来ません。益々見る気になってきました。二人には私様の予想を裏切って欲しい、一方で予想通りに進んで欲しくもある、何かを鑑賞する事が趣味な人間(私様は違うけど)特有の不思議な気持ちがします。
ポップコーンを半分くらいまで食べたところで決着がつきました。突然、人間が苦しみ出したのです。あれです、ドーピングを駆使する悪役が必ずと言っていいくらいに辿り着く、時間制限切れの副作用ってやつです。その隙を狙って英雄は斬り掛ります。速度と精密性を兼ね備えた斬撃で相手の首を、いえ、人形の傷を持ち主に反映させる装置である首輪を断ち切り落としました。
私様以外にその場に居るギャラリー達が息を飲み、吐く間も無く、英雄は武器を回転させ、剣の柄頭を叩き込みます。初めから殺す気は無くて、こうして気絶させるつもりだったのでしょう。人間の方は殺る気満々で戦っていたのに、意思による優位性すらも覆すなんて正に英雄の所業です。そして愚かにも身の程を弁えず英雄に並ぼうとした人間、ざまあみろです。
機械の感情の無い声が勝者の名を告げます。人間はゆっくりと、砂の城のように、崩れ落ちました。先程までギラギラと輝いていた殺意は深い深い絶望に沈んでしまい、その眼には意思を感じさせる光は一切無く、ただ誰にも聞こえないような声で呟いています。私様には聞こえていますけどね。恐らくは自分が操っていた人形の名前なんでしょう。うわ言に縋るその姿は本当に惨めでポップコーンを運ぶ手が止まりません。
そして呆然としている人間に英雄は近付きます。私様が大嫌いな説教パートでしょうか。けれどそんなパートに入る間も無くドカドカと乱暴に警察が突入してきて、そこから始まる阿鼻叫喚に英雄と人間は掻き消されて行きました。
少し離れた場所から、英雄達と同い年くらいの一人の男の子と二人の女の子が複雑そうな顔で見ています。恐らくは彼等が警察を呼び寄せたのでしょう。私様としては詰まらない説教パートをカットしてくれた彼等に賛美を贈りたい気持ちで一杯です。
この争いはもう終わって、残すはエンロドールのみ。映画の中にはエンドロール後に続編を臭わせる後日談的なシーンが入るものがありますが、私様はそう言ったものは見ない主義なので立ち上がって、別の場所へ行こうと思いました。けれど第四の壁の向こうから私様を呼ぶ声が聞こえ、立ち止まり、振り返ります。
人間です。あの無様を晒した人間が、生意気にも私様を呼んでいます。あの人間は自分は悪魔に縋ったばかりに破滅したということがまだ分かっていないようです。馬鹿です。無能です。このまま無視してやっても良かったのですが、気が向きました。私様を楽しませてくれた御駄賃と、そしてこれから楽しませてくれることへの先払いです。貴方の願いを叶えて差し上げましょう。
さぁもう一度全てをやり直しなさい。気に入らない結末であるのなら何度でも繰り返しなさい。本当のハッピーエンドを手繰り寄せるのです。また会えるその時を楽しみにしていますよ? 愚かで浅はかな、ただの人間。
世間では「神様」と呼ばれている私様にとって、それはとてもよく見慣れた光景でした。
二人の男が争っていました。
と言っても直接的に拳や蹴りを応酬しているわけではなく、十五センチの人形同士が剣やら銃弾やらを刺し向かい合っていて、何らかのカラクリで人形の傷がそのまま持ち主の傷として伝道するようになっている、互いに作った呪いの藁人形を戦わせて傷付け合っているような、何とも回りくどい戦いでした。
そんな事をしているのは、共に十代前半で、日本の中等部に籍を置く学生で、同じ学校に通う同級生でした。
その戦いを偶々目にした私様は、初め、興味を持てず、そのまま別の場所へ行こうと考えていました。
何故そんな二人が争っているのか何て、少し考えれば理由は幾らでも思いつきますし、考えていても詰まらないものだからです。
私様には詰まらないものと分かっているものを見るような悪趣味はありません。私様が見るのは何時も面白いものだけです。
けれど初めは詰まらないと思っていた争いも、よくよく見れば、つまらなくはない、暇潰しにはちょうどいい見世物であると分かって、私様は観客席に腰を下ろしポップコーンを貪り始めました。
呪い合う二人の男は全く違っていました。
一人は歴史に名を残し得る英雄が持つ独特の覇気を身に纏わせていました。
産まれながら成功を約束された勝ち組とか言う奴が出すオーラです。
もう一方はそんなオーラを持たず、かと言って極端なまでにジメジメしているわけじゃない、所謂「普通」の人間でした。
掴み所が無いと表現するべきなのか、一度見て直ぐに目を閉じたならどんな顔だったか思い出せないような、特徴らしい特徴の無い容姿をしていました。
そして私様の眼を引いたのは、そんな二人が「争っている」という奇妙な状況です。
争いと言うのは同じレベルの者同士でしか発生しないのが世界の常識なのです。争いにすらならず英雄による有無を言わさない搾取であるのが当たり前なのです。
しかし「普通の人間」は「稀代の英雄」と争っていました。
一撃当千の剣を防ぎ、あまつさえ反撃さえして、百鬼夜行すらも怯えるオーラを退かせます。
私様は直ぐにその理由が分かりました。これは悪魔の仕業です。「普通の人間」は本物の悪魔か、それとも悪魔のような人間から力を与えられているのでしょう。
悪魔の好物は神様の好物でもあるのです。私様、こういうのは何千何万と見てきたのですが未だに飽きは来ません。
益々見る気になってきました。二人には私様の予想を裏切って欲しい、一方で予想通りに進んで欲しくもある、何かを鑑賞する事が趣味な人間(私様は人間ではありませんが)特有の不思議な気持ちがします。
剣劇と銃声が幾つも響き、ポップコーンを半分くらいまで食べたところで決着がつきました。突然、人間が苦しみ出したのです。あれです、ドーピングを駆使する悪役が必ずと言っていいくらいに辿り着く、時間制限切れの副作用ってやつです。
その隙を狙って英雄は斬り掛ります。速度と精密性を兼ね備えた斬撃で相手の首を、いえ、人形の傷を持ち主に反映させる装置である首輪を断ち切り落としました。私様以外にその場に居るギャラリー達が息を飲み、吐く間も無く、英雄は武器を回転させ、剣の柄頭を叩き込みます。
初めから殺す気は無くて、こうして気絶させるつもりだったのでしょう。人間の方は殺る気満々で戦っていたのに、意思による優位性すらも覆すなんて正に英雄の所業です。そして愚かにも身の程を弁えず英雄に並ぼうとした人間、ざまあみろ。
機械の、感情の無い声が勝者の名を告げます。人間はゆっくりと、砂の城のように、崩れ落ちました。
先程までギラギラと輝いていた殺意は深い深い絶望に沈んでしまい、その眼には意思を感じさせる光は一切無く、ただ誰にも聞こえないような声で呟いています。私様には聞こえていますけどね。恐らくは自分が操っていた人形の名前なんでしょう。うわ言に縋るその姿は本当に惨めでポップコーンを運ぶ手が止まりません。
そして呆然としている人間に英雄は近付きます。私様が大嫌いな説教パートでしょうか。けれどそんなパートに入る間も無くドカドカと乱暴に警察が突入してきて、そこから始まる阿鼻叫喚に英雄と人間は掻き消されて行きました。
少し離れた場所に、英雄と同い年くらいの一人の男の子と二人の女の子の複雑そうな顔が見えました。
恐らくは彼等が警察を呼び寄せたのでしょう。私様としては詰まらない説教パートをカットしてくれた彼等に賛美を贈りたい気持ちで一杯です。
この争いはもう終わって、残すはエンロドールのみ。映画の中にはエンドロール後に続編を臭わせる後日談的なシーンが入るものがありますが、私様はそう言ったものは見ない主義なので立ち上がって、別の場所へ行こうと思いました。けれど第四の壁の向こうから私様を呼ぶ声が聞こえ、立ち止まり、振り返ります。
人間です。あの無様を晒した人間が、生意気にも私様を呼んでいます。自分は悪魔に縋ったばかりに破滅したということがまだ分かっていないようです。馬鹿です。無能です。
このまま無視してやっても良かったのですが、気が向きました。私様を楽しませてくれた御駄賃と、そしてこれから楽しませてくれることへの先払いです。貴方の願いを叶えて差し上げましょう。
さぁもう一度全てをやり直しなさい。気に入らない結末であるのなら何度でも繰り返しなさい。本当のハッピーエンドを手繰り寄せるのです。また会えるその時を楽しみにしていますよ? 愚かで浅はかな、ただの人間。
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