恭陵
李弘の陵墓。緱氏県(河南省洛陽市偃師区緱氏鎮)の滹沱嶺上に位置する。李弘は
高宗と
武則天の子で、皇太子となったが急逝し、上元二年(675)孝敬皇帝と諡され、垂拱三年(687)妃の裴氏を追号して哀皇后とし、恭陵に葬った。
中宗が復位すると廟号を義宗とした。しかし
姚崇・
宋璟の上奏により、即位していないため
太廟に列せず、
睿宗の時代になると洛陽に祭祀を遷された。開元六年(718)に義宗の称を取り去り、単に孝敬と称されるようになった。陵の兆域は440m、墳は東西150m、南北130m、高さ22mである。
列伝
外部リンク
最終更新:2025年10月29日 15:16