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Scapegoat

消失セカイ

消失セカイ







「付き合うことにした―――」
 彼の横には、小柄な長門有希がこじんまりと伴われていた。
 いつもの放課後、いつもの部室に涼宮ハルヒと朝比奈みくる、両名の姿はなかった。部活終了後のことだ。
 彼は彼女の肩を抱いて、そして彼女は(本当にほんの少しだったが)頬を赤く染めてそこに座っていた。
 そこに、恋人の二文字が成立していた。長門有希の肩を強く抱く彼の瞳には、なにか重大な決意があるように思える。
「おめでとうございます」
 テーブルごしに彼らと向かい合った僕は、いつもの調子で肩をすくめると、愛を誓う二人の前に立つ神父のような笑顔で祝辞を述べた。
「気づいていましたよ。なんとなくですが」
「…そうか?」
「わかりきっていたことです」
 僕は脚を組みかえ、両指を組んでそのまま神父を演じる。
「貴方は彼女に接するとき、朝比奈さんにも僕にもない何かを彼女の中に見出していました。―――そして勿論」

 涼宮さんにもない何かを。

 僕の笑みが種類の違うものに変わった。含みのある笑顔、というのはこういうのかな。彼は一瞬だけ苦々しげに顔をゆがめて、そしてまた唇を真一文字に結んだ。頑なだった。殊勝なことだね。
「知っているでしょう、涼宮さんは貴方のことがが好きなんですよ」
「―――ああ」
 知っていた。
 重々しく吐き出した。思わず、皮肉的に口端を吊り上げる。
「もし知れたらどうなるかわかりません。何しろあなたは『鍵』ですから。涼宮さんがもし、その『鍵』が自分にはけしてあてはまらないと知ったとき、彼女の絶望は確実に世界のどこかを破壊するでしょう」
 ―――そしてあなたと彼女の関係も。
 僕は感情を伏せた瞳を彼に向ける。彼は………、瞳をそらなかった。
「隠し通すさ」
「できますか?」
「…やれるさ」
 彼は傍らの長門有希を見やった。長門有希は一ミクロンほど不安げな顔で彼の視線を受け止め、そして彼はまた僕を向いた。
「だから僕に話したんですね―――まあ役には立たないと思いますがね。世界が変えられてしまうのは由々しき事態です。できるだけお手伝いしましょう」
 僕は平常にこそ戻らなかったが、できるだけそうしようとする素振りを見せて微笑んだ。当然だ。
「朝比奈さんには……どうします?」
「いや…あの方に嘘をつけるとは思えんからな。黙っといてくれるか」
「了解しました」
 僕はパイプ椅子を引いて立ち上がる。倣って、彼と長門有希も立ち上がる。
「すまんな、わざわざ呼び止めたりして」
「いえいえ、かまいませんよ」
 前髪が長くてよかった。俯いているとほとんど表情が読めないだろう。声音こそいつもの調子だが、それが逆に彼の不安を煽るのだろうか。
 僕は床に転がしてあったバッグを手に取ると、ふと声音を低くして呟いた。
「知っているでしょう?」
 彼は、ほんの少しだけ身じろいだ。
「僕は、涼宮さんが好きなんですよ」
「……ああ。」
 彼は知っていた。僕が、涼宮ハルヒに対して向ける視線の熱さを。
「僕がけして得ることのできない彼女の心を、あなたは手中にしている」
「それをむげにし、貴方は彼女と幸せになろうというんですね。世界のこともなにも考えず」
「皮肉な話ですね。僕が持っていないものを貴方が持っていて、しかし貴方はそれを捨ててしまう。僕にそれを拾うことは出来ない。そして貴方は捨てたことすら忘れてしまうんだ」
「…長くは続きませんよ」
「すぐに駄目になります」


「…僕は、」


「……………僕は、貴方が憎い……」


 僕の怒りをきっと、彼は初めて垣間見たのだろう。一瞬の睥睨。これこそが、押し殺した僕の心の全てだ。
 ……………。
 少なくとも、今の彼にはそうなのだ。







 窓の外は既に夜の帳が落ち始めていた。古泉の去った部室には、まだ奴の怒りの痕跡が残っている気がした。
 俺は、パイプ椅子に座り込んだままなにもしなかった。長門も倣って何もしなかった。ただただ、俺の隣に居るばかりだった。
 あれから何分立っただろう。一分一分噛み締めて、ようやっと俺は呟いた。声が、掠れていた。
「…も」
 ぼそりと呟いた。が、長門の耳に届かないはずはなかった。だが長門は、俺を見上げて首を傾げる。すこし困ったようすにも見えた。 
 いとしい。俺はぽんぽんと軽く長門の頭を撫ぜる。
 大丈夫だと、心配ないと、そう言いたかった。そう言い切れたらどんなにいいか。だが、俺の奥にはひどい不安が眠っていた。
 突然長門が腕を伸ばして、俺の両頬を両の手で包んできた。
 冷たいてのひら。
 長門?
 わたしもいるから―――そう示したかったのかもしれない。でも不器用で、こんなことでしか示せない。それがこいつなのだ。
 長門の目がまっすぐ俺を見つめている。意思の宿る両眼。その瞳に映る俺は………情けない、ままだ。
 泣き出したい気持ちに駆られた。
 こんな、こんなことでは駄目なのに。
 長門の痩躯をかき抱いた。あまりに細く、頼りない体を折れんばかりに抱きしめた。こうしているときだけ、ほんの少し、いやかなり気が和らいだ。
 長門は、俺が長門にしたように、あやすような手つきで俺の頭を撫でた。ぎこちない指先。そしてまた俺は、どうしようもない感情に支配されるのだった。
「それでも―――」
 長門が聞き落とさなかった言葉を、もう一度俺は呟いた。叫ぶような呟きはあんのじょう掠れていた。


「それでも、お前が好きなんだ―――」




























 それでも終わりは唐突に。














 古泉はわらう。
 夕陽に赤く濡れた部室の中で、あいつもまた窓を背に赤く染まっていた。
 俺の絶望に、それは痛く降り注ぐ。
 膝をつく俺を見下ろしながら、古泉はわらう。
 わらいながら、泣く。
 涙を流しながら、狂ったように古泉はわらう。
「僕は、忠告しましたよ?」
「こうなると、言ったでしょう?」
「すぐに駄目になると―――彼女は貴方が好きだから、愛しているから―――」







































「―――涼宮ハルヒが、望んだからですよ―――」
最終更新:2007年03月09日 17:29