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Scapegoat

古泉一樹の動揺(+幸福)

古泉一樹の動揺(+幸福)






 秋が、気にも留めないうちに過ぎていた。
 そして冬が来て、凍えるように寒くなって、なぜこんな廊下などに突っ立っていなければならないのか激しく疑問なのだが、部室から聞こえる朝比奈さんの可愛らしい声を聞いているとどうでも良くなった。
 できることなら俺も中に入りたい。
 ときどきハルヒがうりゃうりゃだのなんだの叫んで部屋中ばたばた騒がしくなる。時折落ちる静寂は長門のものだろう。暴れるふたり(性格には暴れているのはハルヒだけだが)を見向きもせずに黙々と読書する姿が目に浮かぶようだ。

「写真、撮るから」
 前触れなど当然無くハルヒ団長が言い出した。なぜ、とかなんとか俺が言う前にご機嫌よろしくやつはろくでもない理由を話し始めた。
「いやあ、メイドにバニー、ブルマに巫女と大抵やりつくしたと思ってたけど…思い出したわ!足りないものがあったのよね!」
 なにを思い出してくれちゃってるのかな、君は?
「いやあ、すっかり忘れちゃってたわよ、わたしとしたことがね…そ・ん・で!」
 ハルヒのしなやかな指は、S極とN極のくっつく自然のように当然朝比奈さんを指していた。やれやれおいおい。またかよ。なんかに飽きるとすぐに朝比奈さんの身包みを剥がすんだよな。
「ネコミミスク水っ!」
 響き渡る軽やかな声に当然誰一人反論しなかったさ。俺以外は。朝比奈さんはハムスターのように震えておられたさ。
 しかしなにをいおーがわめこーが、結局ハルヒはハルヒなのだった。

「ふにゃあっ!」
 ああ、また。今頃どんなお嫁に行けないカッコをさせられているのか…。助けたい、というか助けるべきだ。諸悪の権化から麗しき姫を助けるべきだ。その時色々見えるだろうが、まあそれは不可抗力だろう。
「いやあ、結構冷えますね」
 そしてこの時やっと、隣の常時ニヤケマンの存在を思い出すのだった。
 …思い出したくもなかったが。
 唐突に静かになった気がする。長い廊下にやたら声が響き渡る。
 俺は仕方なしと言わんばかりにロボットばりの動作で首を動かして奴を見た。ギギギとかいいそうなほどに。
「冬だからな。寒いのは道理だ」
「そうですね」
 そうですよね、というようなニュアンスでもあった。なんてくだらない会話だ。相手がこいつかハルヒでなければもっとマシかもしれないが。
 本当はここで会話は終わるはずだったが、このくだらない会話というのは一度途切れるとすこし後味が悪い、だから少しだけ続けようとしただけなのだが。しかし俺のはるか底のほうに沈殿されたほんの微量の疑問がなぜかここで浮上する。できれば朝比奈さんに聞きたいことだが、お得意のあれが炸裂すること必至でかつ俺が少し変態チックだから言わない。
「…あのさ」
「なんでしょうか」
 なのに、よりにもよってこいつに言ってしまった。
「お前ってどこに住んでんだ?」
「僕、ですか?」
 なぜですか?と小首をかしげる。やめろ、キモい。お前なんか朝比奈さんに遠く及ばないぞ。
「…なんとなく」
 謎、の気がした。別に普通のマンションにも住んでそうなのだが、こいつの私生活というものがあまり思い浮かばない。見た目どおり爽やか……でもない気がする。本当にほんの少し気になっただけなのだが、ホントになぜだか口にしてしまった。
「遊びに来ますか?」
 誰が行くか。
 そう答えようと思った、が、なぜかほんの微量な好奇心が勝っちゃったんだよ、その時、なぜかな。ほんと、何でかな。
「…それも、いいかもな」
 驚くなよ。らしくもない。
 自分から言い出したくせによ。
「――――いえ、単純かつ純粋に意外だっただけです」
 こいつの、こういう口調が嫌いだ。
 やっぱりいい。なんでこんなに気に食わない奴の家なんかに行かなければならない。
「いや、いい。やっぱりいい。なかったことにしろ」
「…そうですか、少し残念です」
 微苦笑しつつ古泉はあっさりと返してきた。ああ、なんだ?こいつのやることなすこと全てがいちいち気に入らない。何を言おうが気に入らない。なんだこれ?わけわかんないぞ?
「…やっぱり、行く」
「天邪鬼ですね」
 古泉は微苦笑を少しだけ濃くした。余計なお世話だ。
「そうですね、ちょうど日曜は空いていることですし」
 ハルヒが言うところによると、奴は土曜から日曜にかけて長門のところに世話になるつもりらしい。(朝比奈さんを巻き込んで)
 いいね、俺もそっちに行きたいもんだ。そう思っているのに。
「日曜でいいですか?いつ来ても構いませんので」
「……。ああ」
 俺がそう言うか言わないかでドアがぶち破られた。唐突に世界が戻ってきた、そんな感じがして一気に静寂も蹴破られたのだ。
 涼宮ハルヒに。
「ほらみなさいっ!スク水よっ!しかもネコミミ!!ネコミミ+スク水(しかも旧式)ときたらもう最強でしょ!」
 なにに勝つ気?いやこの朝比奈さんなら何人にも勝てそうな気がするぞ。ハルヒが朝比奈さんの方へ腕を大仰に広げた扉の向こうには、神々しいまでの朝比奈さんがいた。
 朝比奈さんはぺたりと膝をつき、この真冬だというのにスクール水着(旧式)を身につけふるふると体を震わせていた。
「くひゅっ」
 そして可愛らしいくしゃみ。
「いや~萌え~よね」
 ハルヒは満足げに腕を組んで頷いている。
「アホ、なに考えてんだ。もし朝比奈さんが風邪でもひいたらどうしてくれる」
「アホとはなによ、あんたこのみくるちゃんに萌えないの?!」
 萌えないわけがない!
「それとこれとは話が別だ!」
 俺がハルヒに説教たれてるのをいいことに、
「大丈夫ですか?」
 いつのまにか古泉は朝比奈さんの隣にワープして上着をかけてやっていた。
「ありがと…古泉君」
 朝比奈さんの頬がわずかに染まる。気に食わん。俺がやりたかった、というか、それは俺の役目だ。なにをしゃしゃり出てきてやがる。
「キョン!どうなの?!」
「なにがだ!」
「早く着替えたほうがいいですね、寒いでしょう」
 このやろ。
「は、はい…でも…」
 朝比奈さんが不安げにこちらを見る。
「……」
 長門は本に夢中。
 あーもう、どうしていいやら。

 …そんなこんなで。
 長門が本を畳む音が響き渡ると、古泉はなにやら俺に近づいてきてメモを渡した。そこには、
「僕のマンションの住所です」
 何階の何号室やらも一緒に記載されている。どうでもいいが相変わらず荒っぽい字だ。部屋も汚いんだろうか。
 ……。本当に、どうでもいいことなんだがな。
 … と、いうか、そうでなくちゃいけないはずなのにさ。

 通常通りの遅くも早くもないスピードで日曜日は巡ってきた。当然だ。別に俺はワクワクとかしてないからな。
 十時ごろが妥当と見てその頃合に古泉のマンションに赴いた。
 なんてことはない。ただの、普通極まりないマンションだ。長門のよりは格が下がるかもしれないが、やや高級ではあるようだがね。
 特に何の感慨も抱かずそのマンションを見上げて、俺は建物の内部へと進む。ここの住人じゃなくても入れるようだ。よかった。
 俺は乱雑な文字の躍るメモを片手にエレベーターへ乗り込んだ。
 指定された階へ上り、メモと同じ数字の並ぶドアを探した。
 ――――あった。ここで十割方合ってるんだろう。古泉が間違ってなきゃな。
 インターホンを押すと、古泉が早速出た。
 自宅だというのに清潔そうなワイシャツ着て、下はジーパンでもなくスラックスだった。どこぞの御曹司の休日みたいだね。どうでもいいな。
「これ」
 一応持ってきた手土産を古泉に渡す。といっても、当然大したモンじゃない。コンビニに寄ってちょっと食料買っただけという貧相さだよ。もしこれが朝比奈さんの為ならどんな高級菓子折りを持って行こうかと気を揉むだろうが、その点はこいつでよかった。
「すみません、気を使わせてしまって」
 こいつはいつものスマイルである。
「全然大したモンじゃねーよ」
 あいさつもそこそこに、俺はリビングに通された。
 …………。
 ふーむ。別段片付いてもいないが散らかっているわけでもない。要するに普通だ。俺が来るから片付けたのかもだが。…というかまず、物自体が少ないしな。ソファにテーブルくらいか。そもそもこいつは本当にここで暮らしてんのか?
「適当に座っていてください」
 と、言われたので、適当にカーペットの上に座った。おっ。こたつがないと思ったら、ホットカーペットか。
 古泉はキッチンの方に消えていった。コーヒーで妥協してやったからそれを持ってくるんだろうよ。
 あらためて、ぐるりと室内を見回す。本当に必要なさげな物は何もない。長門の部屋と違うのは、必要物品は大概充実しているところか。
 そうこうしている内に古泉が戻ってくる。
「他の部屋はどうなってんだ。お前一人で暮らしてんのか。いつもは散らかってんのか」
 透明なガラスのテーブルにマグカップを置きつつ、古泉は苦笑する。
「珍しく質問が多いのですね?」
「いいから答えろ」
「そうですね…」
 古泉は俺ではなくマグカップから立ち上る湯気を相手に喋り始めた。俺のほうも倣って古泉でなく湯気の方を見ることにする。
「他は、僕の寝室とバスルームくらいでしょうね。部屋数はそんなにないですから。僕一人で暮らしています」
 俺の追及したげだったらしい顔を一瞥して、古泉はまた湯気に話を続けた。俺は半自動的に指遊びをしている古泉の両手を見つめる。
「ええ、勿論『機関』に用意していただいた部屋ですよ。ここは北高からも近くていい場所ですしね」
 古泉の家族については問わなかった。そんなこと聞いたところで不毛だ。
「あとは…ああ、そうですね…いつもは…もう少し散らかっていたりしますが」
 古泉は俺に向きなおって例の微苦笑をした。
「…と、いっても衣類が散らかっている程度でして。貴方のご期待にはあまり添えそうにありませんね」
 成る程。それほど極端でもなく、俺ぐらいの雑さということか。
「あ、ちなみに万が一を考えて寝室も掃除していますから…いつもの様子はお見せできそうにありません」
 言い終えて、古泉は自分も俺も手をつけていないマグカップの存在を思い出して俺に薦めはじめた。
 口をつける。うまくもまずくもない、ただのインスタントコーヒーだ。じつに曖昧だな、古泉。
 それから――――特に親しいのかもわからない俺たちは、することも見つからずなにげない会話を細々と続けていた。
 途中、座っているのが面倒になったのでカーペットに頬杖をついて寝そべると、古泉もそれに倣った。テーブルを押しのけた横に男ふたりが寝そべって話をするというスタイルである。かっこいいね。
 …そして、ハルヒの話題が出た。
「涼宮さんたちは今頃楽しくやっているんでしょうね」
「そうだな。俺もあっちに行きたいくらいなんだが」
「僕たちもやりましょうか?」
 なにをだ。
「お泊り会とやらを」
 お前は女子中学生か?
「言ってみただけですよ。驚くくらいに会話が弾まないことですしね」
「………………。最近、ハルヒはどうなんだ?」
「涼宮さんですか?至って正常といえます。今日のように、最近では自分の退屈を自身で解決する方法も見つけたようですしね。僕もあまり暇つぶしを探す必要がなくなってきたようです……閉鎖空間が恋しいくらいですよ」
 そういっていつもの調子で肩をすくめる。
 ハルヒのこととなると古泉はうざく饒舌だ。三日間のまず食わずで話せそうなくらいだ。
 そうか。
 俺達の会話の大部分ときたら、涼宮ハルヒがかっさらっていってたんだな。どうりで。共通の趣味もなにもないからハルヒ関連以外は他愛ない話しかできない、というわけだ。
 ……………。
 なあ古泉。
 お前はもしかして友達が欲しいのか?
 そのキャラクターじゃあクラスの奴との折り合いもあんまよくないんだろうな。
 だから俺にべたべたしてくんだろ?大概の事情が知れてる俺にさ。
 まあ別にそういうことにしてやってても俺はかまわないが。
 …。
 とは、言わなかった。
 ただ会話の途切れたままのいささか居心地悪い静寂に居座りながら古泉のマジメ腐った横顔を見ていただけだ。
 頭を掻く。えーと?何話せばいいのかわからん、張り詰めた静寂。

 そんでその時、電話が鳴った。

 何の捻りもない電子音。俺じゃあないな。俺の携帯はもっと気を利かせた音楽で呼んでくれるのさ。
 と、いうことは古泉だ。
「すみません、ちょっといいですか?」
 機関………かな。静寂から救ってくれたことは感謝するが、もしそうならあまりいい気はしない。ハルヒが苛だっているということだから。
「もしもし?」
 テーブルの上で充電器と仲良くしていたところを古泉が引き抜いた。
「……………。え?……あ、はい、今からですね。ああ、彼なら僕から言っておきます。……。はい、わかりました。」
 やはりそうらしい。ハルヒならもっと元気良すぎな電話をよこすはずだからな。
 一分弱会話して、古泉は電話を切った。
「あの、これから…」
「行くな」
 めがっさ意外だよっ!
 …な、顔で古泉が俺を見ていた。
「あの…?」
「行かなくていい。他のやつが行けばいいと言え」
「でも「いいから」
 笑みの失せた顔にありありと困惑が浮かんでいる。
「わざわざ来てやってんだぞ。その友人を置いていくか、普通?」
「ええと…」
「なんか文句あんのか」
「いえ、ただ…」
 顔から火が出るかと思ったね。
「朝比奈さんが、長門さんのマンションまで来てくださいと」



 つまりはこういうことだ。
 三人娘は長門のマンションにて親睦を深めていた(多分)。
 昼が近づきハルヒが腹減ったメシ食いたいなに食べる?と言い出し、長門が猛烈にカレーを所望。ハルヒは勿論、朝比奈さんはなすがままで承諾。
 そしてカレーをつくった三人であったが、いかんせん量が多い。
 そんでハルヒ。
「簡単よ。男二人を呼び出せばいーの。みくるちゃん、ふたりに電話して。あたしはこのカレーをもっと美味にしてみせるんだから」
 んでハルヒがよからぬものを投入したりして爆発。(こいつ料理の腕よくなかったか?)
「ぐすっ…ひっく…古泉くんあたし…その…カレーが爆発して…だから…助けてくらふぁい…ぐしゅ…しょの……キョンくんに…電話…ううっ。ありがとう……」
 そして朝比奈さんからこういう電話がかかってきた、と。あるゆる意味でどうして俺に先に電話してくれないの朝比奈さん!
 …ああ、その後の俺?
 俺はその後古泉に事情を聞いて流し台に頭突っ込んだね。冷水浴びなきゃ頭爆発しそうだったんでね。
 そして俺と古泉で長門のマンションに突入。片付けたあと長門がレトルトのカレーを作ってくれてみんなでカレーパーティー。焼け焦げた鍋もろもろはハルヒが弁償しろ。(そもそも鍋持ってきたのはハルヒか?)
「あんたたちも泊まってけば」
 口に大量のカレーをおしこみつつ、ハルヒ。
 お前な、「長門さんにこれ以上迷惑かけちゃだめだな…」とか思わないのかね。
「いいじゃん。ねえ有希」
「いい」
 長門は長門でカレーがあればいいのか。
「食べ終わったら一旦家帰っておいでよ。SOS団ミニ合宿開催っ!ホントは女だけでみくるちゃんの好きな人とか暴こうと思ってたんだけどさ」
 それは気になるな。
「夜はみんなで手作りのカレーを作りましょうね」
 小首を傾げつつ、エンジェル朝比奈さん。見ろ古泉、これが本家の輝きというものだ。
 あなたとつくれるなら三食カレーでも構いません。寧ろ本望です。


「朝比奈さんにカレーの材料を頼まれてますが、僕が行ってきますね」
 やたらご機嫌に古泉は白い息を吐いている。いやあそのスマイル、通常より三割り増しムカツクね。
「いやいや、本当に嬉しいんですよ。友人、ですか。いい響きです」
 うざい。キモい。そんなもん今撤回してやる。
「あなたに撤回されても僕の心にはもう根付いていますよ」
「キモい!」
「ひどいですね」
 そういう奴の顔もヒジョーに嬉しそうだ。腹立たしいが、なんかな…………いいや。
「古泉」
「はい?」
「カレーの材料だがな、俺も行くぞ。お前に任せると……ちょっとな」
「え、なんでしょう」
「カレーといっても普通のカレーでハルヒが満足するか?」
 想定の範囲外だったらしい顔だ。
「…………。そういわれれば…」
「というわけでハルヒ好みでうまいカレーをつくる。いいな」
「…はい」
 古泉がゆるく微笑む。
 ……。
 あー、ハルヒ好みのカレーってなんだ?アボガドでもぶちこんでみるか?
最終更新:2007年03月01日 17:34