とある女子生徒の小さな憤慨
「笑っていればいいのよ。ただただ愛想よく、適当に相槌を打って、適当に会話を合わせていればいいの」
突然の風が、そう言った彼女の長い髪をなぶった。
しばらく遊んで、飽きたようにふっ、と止む。
フェンスの外側に居た彼女は、そんな強風でも金網に頼ることなく、ただ堂々、そこに立っていた。
傍から見れば、自殺一歩手前。
しかし彼女は屈託などまるでない微笑と共に、僕を振り返った。
「ねっ?」
耳に心地よい可憐さで、彼女の声は空気に弾む。
あぶないからこっちに、というのはもう諦めた僕は、そんな彼女にどんな顔をしたらいいのかわからなかった。
故に、自分が今一体どんな表情で居るのかの判別もつかない。
数分前。
「あら?」
気配、などというものを微塵も感じさせずに、彼女は僕の背後にいた。
心底驚く僕を尻目に、彼女はマイペースにてくてくと歩んでくる。
「ふふ、先客がいるだなんてね」
ひょいと小首を傾げて。
うっかり心臓が止まりそうな微笑。
僕と彼女が今立っているのは、屋上。
それ自体はあまり珍しいものではない。
ただ、ここにいる時間帯が問題だった。本来ならば、僕と彼女はそれぞれのクラスで自分の椅子に張りついていなければならない。
「そんなに警戒しないで?なんにもする気ないのに」
彼女は更に歩みを進め、僕は代わりに後退する。彼女の名前を口にした声が、若干緊張をはらんでいた。
「いきなりフルネームで呼び捨て?…まあいいか、どうでもいいしね」
肩をすくめて、彼女は僕の隣にたどり着く。
と、僕を追い越して、その先のフェンスにとん、と背を預けた。
「今日転校してきたんだっけ。どう?この学校」
返答が思い浮かばず、なんとなく、彼女を睨む。
「ふう。だから、そんなに警戒しなくてもいいのに」
ひらひら、手を振って彼女は――――、
突然、本当に唐突にフェンスをよじ登り始めた。
呆気にとられつつスカートの中身なども気にしつつ静止の言葉を投げるが、彼女は目もくれず金網に手をかけ足をかけ、あっというまに狭い頂に登りつめた。
そして、
「とおっ」
いとも簡単に、フェンスの外、わずかなスペースに(ろくに足元も見ずに)着地した。
僕が口を半開きにして彼女を見つめていると、
「カンタンよ?君も来る?」
そう言って邪気なく笑った。
数分後。
「ねえねえ、ところで、」
彼女はあいかわらず金網ごしだった。
「私ね、そろそろやろう、って思ってること、あるの」
僕に背を向けて、うしろに回した両手、指がもじもじと遊んでいた。
「私はやったほうがいいと思うんだけど…やや、強硬手段、なのよね。だから…どうしようかなぁ、って思ってるの」
そして、華麗にふり向いて、
「君はどうしたらいいと思う?」
僕の意見を促す。
くちもとに、人差し指。
「やらないよりは、やった方がいいよね?」
そう言った彼女の微笑は、やはりあまりにも無邪気で、
だから僕は――――、
……………………………・………………・……………………………
崩れおちる、
私の指。
てのひら。
徐々に徐々に、透明が私を侵食して、さらさらと私は崩れる。
さらさら、白い粒が降る。
眼前には私がぼろぼろにした、彼女が立つ。
ああ、ごめんね?痛かったでしょ。
少し遠くに、唖然、といなくなっていく私を見つめる、彼。
もう少し、クラスメイトでいたかった…かも。ちょっとだけ寂しい。
無感動な目が私を見据える。
私がぼろぼろにした彼女。
眼鏡がないほうが、可愛いよ。
言わないけどね。
…古泉くん、だっけ。
ありがとう、会えて嬉しかった。
言えないけどね。
と、同時に会わなければ良かった、って思うの。
ちょっとだけ寂しいから。
さらさら、さらさら、崩れおちる私。
さらさら、さらさら、崩れおちる白い粒。
「じゃあね」
まるで雪みたいに。
最終更新:2007年02月18日 14:41