メニュー
人気記事
Top>ガンダム総合スレ
5.再戦
ルーカス・アイゼンベルグは愛機であるリックディアスのカスタム機のセンサーをチェックしていた。「よし、これで完了」 そう言うとチェッカーを外し、こめかみを指でマッサージする。 コクピットから外を眺めると、整備クルーがジムやネモの整備に走り回っていた。 その中の一人、壮年のクルーに声を掛ける。「ビリー、悪いが銃の照準を調整したい。手伝えるか?」 ビリーと呼ばれた整備兵は即答した。「俺は無理だ。先にイノウエの武装を換装しなきゃならん」「換装?今更装備を変えるのか」「対艦攻撃用の試作オプションが届いてるんだ」「大丈夫なのかよ、その試作品?」「さあな。だがイノウエは使う気でいる。知ってるだろ?奴はそっちが専門だ」「ああ、そうだったな」 アイゼンベルグは答えた。「俺向けの新型ビームライフルはないか?」「お前向けかどうかは知らんが、新型に採用予定のビームライフルなら回ってきてるぞ。性能評価の依頼が来てる。使うか?」「……いや、今はやめとく」 本質的に彼は旧式でも信頼性のある兵器を好む。ディアスに乗り続けるのもそれが理由である。 ビリーがイノウエ機の調整に走るとアイゼンベルクも愛機のチェックに戻った。バインダーもビームピストルもなく、背中には六連装ミサイルランチャーが設置されている。バズーカに替わってビームライフルを持ち、小型だがシールドは彼の要求する機能が盛り込まれていた。 全てはディアスが後発機に性能面で押されていく中で、生き残るためのより現実的な選択をしていった結果である。彼は老獪で、強かな戦士だったが、ユウのような天才でも、ましてNTでもなかった。「さて、まだ生き残れるかな」 他人事のように呟いた。報告では敵はNTや、高性能機を乗りこなすだけのエースもいるようだ。戦って生き残るにはかなりの幸運が必要だろう。そしてこの男には戦わずに済ませたいという発想はなかった。「ま、目の前に出てきたら考えるさ」 今までだって特に深く考えることなく戦い、生き残ってきた。十年間MSに乗って、彼が得た真理は一つ、死ぬ時はどうあがいても死ぬ、だ。 アイゼンベルグは黙々と愛機のチェックを進めた。
「全くどういうつもりなんだか……」 広報部のケイタ中佐がぼやいた。彼はユウの執務室で自分の業務を一時忘れに来ていた。平たく言えば、サボっているのである。 彼の困惑は敵の動きについてだった。マスコミへの対応と協力要請が彼の役割である。敵からのプロパガンダに対し、報道管制やその見返りとしての別情報を提供し、市民の動揺を最小限に抑えるのだが、肝心の敵が一週間を経過して何の動きも見せないのだ。「あの、何もしてこないのなら中佐のお仕事もないのでは?」 コーヒーを出しながらシェルーが訊いた。彼女の上官は目だけで新任士官を睨むと、認識の誤りを正した。「その逆だ。今我々はマスコミに対しとにかく何も言うな、としか言えない。連中はそういう時、何なら言っていいのか、を考える。通常なら我々が連中の喜びそうな、それでいて市民に不要な動揺を与えない情報を与える事で彼らの好奇心とジャーナリズムを満足させる。「しかし現在、我々も敵の正体がさっぱり判らない。与えられる餌がないからマスコミは独自に情報収集に励む。軍が情報をリークできる時はそんな情報も上層部の判断でストップがかかるんだが、我々から何も引き出せない事を見透かされてるからゴーサインが出てしまう。そうなると、出入り禁止などの強硬手段で恫喝するしかない。一度態度を硬化させてしまえばマスコミは過去に遡って軍を批判してくる。それを避けるために今私がしているのは、将来出てくるかもしれない情報を担保に今の真偽不明のニュースを自重してもらうという取引だ。こんな交渉は詐欺師の領分だよ」 シェルーは恐縮して言った。「申し訳ありません。浅慮でした」「……いや、いい。貴官に当たるような事ではないな」 ケイタは両手を挙げて見せた。「とにかく、広報部としては最高難度の任務を仰せつかってしまったわけですよ」 最後の言葉はユウに向けたものだった。年齢はケイタの方が上だが、前線の戦闘指揮官であるユウに対しては階級が同じでも敬語で話してくる。「情報部からは何かないのですか?リーフェイ中尉は何も?」「何も来ていないようです」 ユウの問いにケイタは答えた。そしてすぐに「情報部が我々に隠し事をしている可能性もありますが」 と付け加えた。「てっきり私は一日のうちに何らかの布告があると思っていたんですが」「私もです、ケイタ中佐」 本当である。わざわざこの日を選んだのだから、当然終戦宣言の無効を訴える声明が出てくるとユウは考えていたのだ。しかし、今日になっても何の音沙汰もないとは、むしろ不気味だった。「ホワイト准将は一日と言うカレンダーに意味はない のではないかとも考えているようです」「ふむ――」 その可能性はユウも、実を言えばシェルーも考えていた。「テュポーン」が宙域を通る事が重要であり、それがたまたま終戦宣言の日だった、と言う説である。 しかし、そうだとしてもわざわざ式典を攻撃したのだ。やはりそこには何らかの意図があるのではないか。もしやこれは、敵の意見が統一されていないと見ることは穿ち過ぎだろうか?「いずれにせよ、何らかの信頼すべき情報が必要でしょう」 ユウはそう述べるに留めた。何を言っても推測の域を出ない。「逆に何か記者の方からは役に立つ話は聞けないんですか?」 シェルーが訊ねる。「なくもない」 ケイタが入手した情報で、最も信頼性が高く、かつ関係があると思われるのはある旅行代理店についてのものだった。その代理店はこの二年間の間に二十回以上ジオン共和国への観光ツアーを企画し、入出国を繰り返していた。奇妙なのは、それ以前の実績が全く存在せず、にもかかわらずツアーの出発地が非常に広範囲に広がっている、という点だった。「会社自体も新しいのですか?」 ユウの質問にケイタは首を振った。「いえ、確認した所登記は〇〇五九年となっていました。と言っても、だから信頼できる、とは限りません。脱税目的にダミー会社を作って、用済みになっても書類上存続しているケースはよくありますし、中にはそれを転売するブローカーすらいるそうですから」「しかし、平時であれば登記が古い会社は信頼されやすい、と?」「軍隊以外の役所仕事について詳しくはありませんが、そのような事もあるでしょうな」 ケイタは控え目に表現した。「今、情報部が確認中だそうです。そこで何か出れば、進展もあるかと」「こういう時、私のような戦闘屋は無力を感じます」「何をそんな。軍隊と言うのは戦いで成果を挙げなければ後は何をやっても無駄飯食い扱いしか受けんのです。カジマ中佐のようなエースがいてこそ、我々非戦闘員も後ろ指を指されずに済むのです」 グリプス戦役を見るまでもなく、軍隊がなければ起きずに済んだ戦争も数限りなくあるのだが、それを言ってしまうと自己否定になる。ユウは曖昧に返事をした。「おっと、遊びすぎましたな」 ケイタが時計を確認しながら言った。「そろそろ戻ります。すっかり仕事の邪魔をしてしまいましたな」「いえ、今は私よりマスコミ対策に走るケイタ中佐の方がご多忙でしょう」「また現実逃避したい時にお邪魔させてもらいます」 不謹慎な予告をしてケイタは立ち去った。
「閣下、コンラッド、入ります」 アランがリトマネンの執務室に入ると、部屋の主は一人、ソファーに身を沈めて酒を注いでいた。「おお、届いているぞ、敵の新型についてのデータ」 そう言ってデスクをあごで指す。「失礼します」 一言断ってデスクに近づき、デスク上のコンソールを操作する。モニターにMSの三面図が表示される。「それで相違はないか?」「相違ございません」 MSはRAZ‐107、現在BD‐4と通称される機体だった。アナハイムの人脈を用いてリトマネンが入手したのである。「恐れるほどの代物なのか、それは?」 リトマネンの口調は悠長だった。たとえ恐れる程の物であっても自分の大願の障害となるとは考えていないようであった。「この機体単機であれば恐れません。しかし、『戦慄の蒼』がこれを駆るならば、それは戦場に死をばら撒く戦車(シャリオ)となりましょう」 脅しでも誇張でもない。戦場で目の当たりにしたユウ・カジマは死神と呼ぶに相応しかった。あのエース相手に愛機の性能や武装も知らずに戦いを挑むのはあまりに無謀だった。「そうか、それは厄介だな」 リトマネンの声に変化はない。「それで、その資料は役に立ちそうか?」「今後の作戦遂行においての一助となりましょう」 掛値なしの言葉である。AEからこのデータを入手するにはそれなりの骨折りであった事は承知している。礼の意味も含めて「これで必勝疑いなし」とでも言った方が喜ぶかもしれないが、アランはそう言った言葉が瞬時に選べる男でもない。「そうか。期待している」 リトマネンはそれだけ言うと、ワインに目を戻した。「貴官もどうか」 とも言わない。 アランはデータをコピーすると一礼して部屋を後にした。 リトマネンは軍人としては恐らく無能であり、政治家としては素人同然である。長く軍籍を置きながら実戦における戦果が皆無である事は、一年戦争末期の人材難とされる時にさえ司令部が彼に前線を期待しなかった事を意味している。 しかし、公正でしかも温厚な人格の持ち主として知られ、ソロモン陥落時には非戦闘員や傷病兵の誘導、収容を率先して行い、脱出を成功させている。アクシズでも亡命者の受け入れや揉め事の仲裁を引き受けていた。地球圏から遠く離れた、日の光すら当らぬ辺境で七年もの間内部崩壊もなく結束していたのは、摂政ハマーン・カーンの人心掌握術と共に彼のような人物が効率や正論だけでは解決しない問題を仲裁していたからに他ならない。宇宙民の権利と自由よりもザビ家の復興を優先するハマーンのやり方に異を唱えて離脱し、この作業ステーションに拠点を置いて一年余、時満ちたりと挙兵したが、この戦いに二の矢がない事をこの指揮官は理解しているだろうか? 廊下を歩きながらアランは複雑な苦笑を見せた。大義のみで戦略のない人物を頭目を担がねばならないというのは軍人として不幸に違いない。しかし、恐らく人生最後となるであろう戦いが保身や私欲にまみれた俗物の下でないと言うのは、実はこの上なく幸福な事ではあるまいか?
「おい、アラン」 ギド・フリーマンがアランを呼び止めた。「今技術班から連絡があってな、工事が二十四時間以内に終了するようだ」「三日以内には無理と言う話じゃなかったか?」 テュポーン受け入れ直後の報告を思い出しながらアランは言った。十日以内に完了する事は不可能と技術士官は言っていた。「木星からの贈り物だ。コーティングの効率が格段に上がったらしい」 凄いもんだな、とギドは感想を添えた。「どうする?計画に修正加えるか」「……そうだな、せっかくの技術班の頑張りだ、連邦に時間をくれてやることもない」 アランは決断した。リトマネンがAEから敵機のデータを手に入れたように、連邦もこの一週間で自分達の情報を幾らかは入手しているはずだ。時間は両軍にとって同時に経過するが、同じ時間ならその間に動員できる人数が多い分連邦に有利に働く。決行までの時間が長ければ長い程作戦の成功率は低下すると考えなければならない。「よし、作戦決行を四十八時間早めよう。俺は閣下に作戦の変更を進言してくる。お前はその予定で各中隊長に通達してくれ」「オーケイ」 アランは一度来た道を戻ろうとし、すぐに思い返して、「ギド、これに目を通してくれ」「なんだ、これは」「蒼い奴のデータだ。あのライフル以外にも色々厄介なものを持ってるらしい」「全く厄介なものを作ってくれる」 ギドはメモリーを受け取り、後で見てみると言って別れた。 ギドは自室に戻ると各中隊長に内線と文書で指示を出し、アランから受け取ったMSデータを確認する。彼はまだ自分の目でこの機体を見ていない。だが、あのオリバーの攻撃を躱しきり、ファンネルを撃ち落すという離れ業すら見せた蒼い機体の戦闘映像はギドに衝撃を与えていた。あれを相手に戦うなら知り得る事は一つでも多く知っておきたい。「……おいおい、よくもここまで改造したもんだな………」 脚部の形状が変わっていたので再設計されていることは予想していたが、まさかジェネレータの搭載位置まで変更されているとは思わなかった。これではまるで別の機体である。「しかし一番判らんのは」 ギドはモニターを指差した。「なぜバックパックにまでジェネレータを?しかもこんな大型の」 大型スラスターを稼動させるために独立したジェネレータを積んでいるかとも思ったが、それにしても大きすぎる。そもそも、機体にメガ粒子砲も搭載されていないのだから、このMSに総計四六〇〇キロワットもの出力は不要である。「これは、大砲があるな。それもかなりでかい」 メガバズーカランチャー級か。EQUIPEMENT&OPTIONSの項目を開いたが、それらしい武装は記載がなかった。しかし、運用構想の項目に「単独での長距離迎撃、ポイント制圧任務を主目的とし、様々な兵装、装甲を換装する事で多様な運用を行う」とある。さして目新しいコンセプトではないが、その兵装の一環として大型ビーム砲が想定されているならこの過剰な大出力も頷ける。 そして、ギド達が進める計画において、最も憂慮すべき敵がそういった対艦隊、対要塞レベルの大型兵器なのである。「戦わないで済むなら済ませたいが、やっぱり潰さなきゃならんかねえ……」 ギドは頭を掻きながらぼやくように呟いた。細部を見れば加速性能を重視するあまり旋回性能や姿勢制御に問題があり、取り回しの悪い大型ビームライフルが更にこの欠点を助長しているはずなのだが、パイロットの技量が完全に解決していた。そんな最悪の敵が、よりにもよって自分達の最後の賭けに出てくるとは何たる不運だろう。「しかし、最後の花火の観客に大物がいてくれるなら、それはそれで楽しいか」 半ばは自分に言い聞かせるように、ギドは言葉にした。それは半ば本心だった。 その知らせがユウに届いたのは一月八日だった。貨物、旅客どちらの航路からも外れた辺境に投棄されたデブリの集積帯から、人口と思われる光が確認されたというのである。「その情報は信頼できるのか?」 ユウは訊いた。先に来ていたケイタが答える。「共和国の警察が不法投棄業者を摘発したんです。その連中の証言でそこに住んでる連中がいるんじゃないかと」「住んでる?ホームレスが当てもなく住み着けるような場所じゃねえ事くらい判るだろう」 アイゼンベルクが呆れて言った。「警察が投棄地点を確認したところ、極初期に建造された開拓者用のコロニーや建造用の作業ステーションが役目を終えて浮遊している宙域がそのまま不法投棄の場所にされている事が判明しました。どうやらステーションが目印となってかなり以前から投棄が行われていたようです。「さらに詳しく業者を追及した結果、一年ほど前からそこに投棄に向かった業者の中に還ってこない者が出てきたという噂が流れ、敬遠して投棄場所を変えていたんだそうです。そこで、警察が我々に情報提供をしてきた、というわけです」「……要するに、怖いから俺たちに見に行け、て事か」 アイゼンベルクの皮肉にホワイト准将が応じた。「だが、懸命な判断だ。我々が追っている相手であるならば警察の武装など気休めにもならん」「そんなものがあって、なぜ今まで誰もその可能性に気づかなかったのです?」 イノウエが当然の疑問を口にする。ケイタが説明する。「今も言った通り、コロニー建設の極初期に技術者や作業者の居住空間として建造された云わば仮設コロニーだったのだ。だから初めからラグランジュポイントからは外れた場所に建造され、役目を終えると共にそのまま打ち捨てられていった。作業用ステーションも然りだ。そのステーション、タタラ=ラブガと言う名だそうだが、それが停止したのは〇〇二〇年代の話だ。実の所、タタラ=ラブガという名も共和国のデータベース上に残っているだけで、連邦のデータベースからは見つからなかったほどだ」「忘れられたステーション、か」 ユウは呟いた。記録の抹消など連邦が躊躇いなく行う事をユウは知っている。そのステーションも隠すべき歴史があったのだろうか。「で、今偵察隊を向かわせてると」 アイゼンベルクは軽薄な口調を崩さないが、その声にはかすかに高揚感が含まれている。戦闘の近い事を感じ取っているのだ。 マシューがモニターを指した。「今映っているのが偵察隊からの映像だ。間もなく現場に到着する」 画像の乱れが激しく、不鮮明だった。「予想以上にミノフスキー粒子が濃い」「つまりは、当り、かな」「光というのはあれですかな」 イノウエが指を指す。乱れた画像に確かに強い光が見える。大気がない空間で明滅して見えるのは粒子の影響だろうか。『こちら第十七偵察分隊。目標に到着。これより接近する』「警戒は怠るな。何者だとしても丸腰はありえん」 ルロワが警告を発する。言われるまでもなく承知しているが、いくら警戒してもしすぎという事はないのだ。 偵察艇からMSが発進した。ハイザックをベースに各種センサーを搭載し、高濃度ミノフスキー粒子下でも調査・観測・計測といった斥候行動が行えるように防護処理も強化されている。 ビーム兵器は使用できないが、遭遇戦で相手を牽制しつつ退却する程度の兵装も与えられている。 デブリの物陰を利用しつつ目標に接近していく。「元」作業ステーションは煌々と明かりを灯し、工場ブロックからはマニピュレータが伸びて何かを固定し、ノーマルスーツを着た人影も多数映されていた。「ビンゴ」 アイゼンベルクが口笛を吹く。「あれは何を作っているんだ?」
ルロワの問いはこの場にいる全員の疑問であった。ステーションや人間との対比から判断して、かなり巨大な、建造物に近い物体であるようだ。「まだこの距離じゃよく見えないですね」 ユウの隣に控えるシェルーが言った。「もう少し接近してくれ。見つかるなよ」 ルロワが指示を出したその時、計測データを受信していた通信士と、偵察用ハイザックのパイロットが同時に声を発した。「八時方向に大型のエネルギー反応!これは……レ、レーザー!?」『艦長、回避を!!』 それが最後の通信だった。モニターが白く染まり、一瞬の後に沈黙した。「……信号ロスト」「至急データを解析!最後のエネルギーの出力、規模を推計しろ!」 ホワイトの怒号が飛び、凍りついていた司令部が一斉に動き出した。武勲には恵まれずとも、彼もまた歴戦を潜り抜けた武人であった。 ユウもまた緊急事態に阿(おもね)る事はなかった。「艦隊MS隊パイロット全員に出撃準備を命じてくれ」「了解」 既にアイゼンベルク、イノウエは司令部の扉を開けている。ユウは手近な席からジャクリーンを呼び出した。『お待たせ、中佐』「ジャッキー、BD‐4を『ハイバリー』に積んでくれ」 ジャッキーはほんの一瞬背後を確認してから答えた。『三十分。それ以下には出来ないわ』「それでいい。ただ、それ以上はかけないでくれ」『それともう一つ』 ジャッキーは人差し指を立てた。『私も乗艦する』「――理由を聞こうか」『バイオセンサーがまだ安定してないわ。ギリギリまで艦内で調整する』「…駄目だ、俺の機体だけのために整備主任を専属させるわけにはいかない」『逆よ。ここまであなたの機体調整に専念してる暇がなかった。艦のハンガー内が調整できる最後のチャンスなの』 整備班少尉は譲らなかった。『その代わり、十年後の最新鋭機にだって勝てるようにしてあげるわ』「……仕方ない、提督には俺から伝えよう」『ありがとう、ユウ』 回線を切るとルロワが立ち上がっていた。「この違法廃棄宙域を記念式典襲撃の実行犯の潜伏先と特定、艦隊主力を持って制圧する。艦隊クルーは全員第一種戦闘配備、佐官以上の者はブリーフィングルームに集合、以上だ」 この命令は速やかに実行された。
「……使わざるを得なかったか」 ミカ・リトマネンが呟いた。「MSによる迎撃も考慮したのですが……」 アランが言葉を濁す。 リトマネンを挟んで反対側に立つスティーブ・マオが歯を見せて笑顔を作った。「何、一度起動テストはしておきたかったのですよ。試射すればどの道連邦に発見されたでしょうからな。この際、標的となってもらったのですよ」「しかし、これで連邦は我々に大出力兵器がある事に気づいたでしょう。当然来るであろう主力艦隊との戦いは難しくなります」「そこはそれ、指揮官と兵の力量を信じればこそ、ですよ」
アランは沈黙した。この木星から落ち延びた協力者は判っているのだろうか。ただでさえ数的劣勢にあるこの戦いで死守対象がタタラ=ラブガだけではなくなったと言う事がどれだけの負担になるか。「アラン、今から連邦艦隊が来るまでにどれほどかかる?」 アランは数瞬考え、返答した。「無能な指揮官であれば四時間以上、無能以下の指揮官なら二時間半、三時間から三時間半と言ったところかと思われます」 事前に何の備えもなく事が起こってから出撃準備を始めるのなら救えぬ無能、出撃態勢を整えていたとして条件反射のように何も考えず出撃するなら無能以下、通常は多少なりとも送信されたデータの解析を試みてから出撃するだろう。「そうか。三時間の内にチャージはどれほど進む?」「出力は二〇%にもなりませんが、それならば」 オペレーターは即答した。質問を予期していたのだろう。その優秀さはアランの気を軽くした。「先程の射撃で十%以下でした。二〇%なら精確に狙いをつけられれば威力に不足はないかと」 マオが進言した。扇動、と言う方が近いかもしれない。「そうか。よし、迎撃態勢を整える。アラン、実働部隊を指揮しポイントD‐3で迎え撃て。オペレーター、照準を同ポイントに固定、私の合図でいつでも撃てるようにしておけ」 アランが司令部を出ようとするとマオが声をかけてきた。「コンラッド殿、私の土産は気に入っていただけましたかな?」「…ええ、とりあえずニトロだけを実装させています。その他は調整にも時間がかかりますので、別に組み立てさせています」「おお、そうですか。いやいや十分。ニトロだけでも十分、あなたのお役に立ちますぞ」「……そうであると願っています」 アランはそう言って司令部を出た。
「そうですか、ユウが……」 マリーが言った。『はい、なにぶん緊急任務のため、直接お伝えしている時間がないからと、私が伝言を承りました』 シェルーが幾分か慰めるように言った。 自宅で帰りを待つマリーにユウが帰宅しない事を伝えるよう、シェルーに言付けたのだった。戦闘の可能性については守秘義務として何も言えないが、緊急出撃となれば戦闘が不可避である事は軍人の妻ならば当然覚悟しなければならない。マリーの表情が暗く翳るのを見て、シェル―も心を痛めた。マリーはシェルーより一歳年長だが、夫が危険に身を晒す事に慣れるにはまだ若すぎるとシェルーは思った。『……大丈夫です、マリーさん。中佐は帰ってきます』「…………少尉」『マリーさんは知らないかもしれませんけど、ご主人は連邦で二番目の名パイロットなんですよ?』「……ありがとう、少尉」『サンディと呼んでください』「ありがとう、サンディ。私もマリーでいいわ」『はい、マリー』 通信が終わると、マリーはソファに座り、両手の指を組んでそこに頭をつけた。「実力はもちろん知ってるわ……」
「ポイントD‐3まであと五分です」『ハイバリー』艦長ニコラス・ヘンリー大佐がルロワに告げた。ルロワが無言で頷く。 出撃前のブリーフィングの結果、敵の迎撃ポイントはD‐3であろう事は予測されていた。ステーションに相手を近づけ過ぎず、デブリなどの障害物で戦術的に優勢でいられる地点となれば、自ずと戦場は限られる。両軍の間で戦場は暗黙のうちに了解されていた。
「また撃って来ますかな、あれを」 マシュー中佐が訊いた。あれと言うのは無論、偵察艦を一瞬で蒸発させたあの光学兵器である。「なんとも言えんな。データが少なすぎる」 結局、司令部に届いたデータの解析では新しい事実は見出せなかった。ただ、ミノフスキー計測器が反応しなかった事から、メガ粒子砲ではないだろうと結論付けていた。 メガ粒子砲を用いず、MSと偵察艇を一度に粉砕する兵器とは。「だが、コロニーレーザーの類だとすれば、一度撃てばこの短時間で再射撃は無理だろう」 そうでなければ困る、とは口にしなかった。艦隊を丸ごと消失させ得る火力を敵が有しているとなれば攻める連邦が不利だ。 ルロワは既にMSに乗り込んだユウに連絡を取った。「カジマ中佐、二分後に部隊を展開する。準備はいいか?」『……OKです』「そうか、ではそのまま待機していてくれ」 回線が切れるとユウはそのままアイゼンベルグとイノウエに回線を繋いだ。『隊長、何か?』 イノウエが訊いた。『こちらアイゼンベルグ。酒なんて飲んでませんぜ』 アイゼンベルグが茶化した。「間もなく出撃する。部隊展開後の行動は決めた通りだ。アイゼンベルグ大尉」『アイゼンベルグ隊、敵MS部隊の殲滅と艦隊の護衛に入ります』「イノウエ大尉」『イノウエ隊、敵の未確認大型構造物の破壊に向かいます』「よし。カジマ隊は宇宙ステーション『タタラ=ラブガ』破壊を目指し行動する。各自自らの任務を全うせよ」『了解』 ハンガー内のパトランプが明滅した。ポイントに到着したのだ。オペレーターの声がコクピット内に響く。『ポイントD‐3に到着します。敵部隊の展開、迎撃が予想されます。誘導に従いカタパルトに移動して下さい』 その声に続いてジャクリーンがユウのスクリーンに映る。『ユウ、バイオセンサーはもう有効になってるわ。この状態でのフライトは初めてだから最初は流し気味にして感覚を掴んで』「心配ない。シミュレーションは何度も行っている」『シミュレーションと実戦は違うわ』 判りきった事をジャクリーンはあえて口にした。ユウもあえてそれに反論はしなかった。 ジャクリーンはため息を吐いた。『……とにかく、最初は無理はしないで。あなたの感覚にフィットするようにその他の部分は自信を持ってセッティングしてあるから』「判った」 BD‐4が誘導され、カタパルトに乗った。ジャクリーンは蒼い機体を見上げた。「ユウ・カジマ。BD‐4、出撃する!」 一陣の蒼い輝きがカタパルトから解き放たれた。
一方でアラン、ギドらは既に部隊展開を終えていた。『レーダーに反応。連邦艦隊と思われます』「目視可能だ。一個艦隊だな」 オペレーターの緊張した声に、アランは冷静に応じた。「戦端が開くぞ。準備はいいな?」『アラン、僕も前に出た方がいいんじゃないか?』 オリバーの声が聞こえる。アランは首を振った。「いや、オリバー、お前はそこで俺達の討ち漏らした敵を叩き落してくれ」『僕が前に出ればその討ち漏らし自体が減ると思うんだけど』「そう言うな。護衛に戦力を割く余裕がないんだ。抜かれたらお前が正真正銘、最後の砦になる」
タタラ=ラブガは作業用ステーションであり、防空能力は元からない。機銃座くらいは仮設するべきだったかもしれないが、計画を最優先に要塞化は見送られていた。そうまでして建造を急いだ「それ」にも防衛力はなく、つまりは初めから攻撃されたらMSや艦艇で守る他ない構造なのである。「敵のパイロットの中に対艦、対要塞攻撃の専門家がいる。決して戦績は派手ではないがあのドロアを落としている。弾幕を躱しながら接近する技術はかなりのものだぞ」 オリバーのため息が聞こえた。『……判った。僕はここで守りに徹するよ。それでいいんだろ?』「頼む。最後はお前頼みだ」 通信が切れるとすぐにギドに繋いだ。「聞いてたな?」『ああ』 ギドの声は明らかに面白がっている。「念のため言っておくが、オリバーに手柄を残そうなんて思うなよ。俺達で完全に止められればそれに越した事はないんだ」『判ってる。一機も通しゃしねえさ』 アランは通信を終え、敵影に目を凝らした。実を言えば、オリバーを後衛に回したのにはもう一つ理由があった。彼は、今のオリバーでは『戦慄の蒼』に勝てないと判断したのである。 オリバーは確かに優秀なNTだ。パイロットとしての適正もある。盲目のハンデは専用設計されたコクピットとサイコミュで全く感じさせない。あと一か月も戦闘の経験を積めば無敵のパイロットとなり、やがては『赤い彗星』の領域に しかし、現時点の戦闘の経験においてオリバーはユウ・カジマに絶望的に劣る。ユウ・カジマはOTではあるが、空間認識能力や操縦技術においてはその上限に達していると思われた。NTの武器である瞬間的な判断力や驚異的な反応速度を、経験から来る予測能力でカバーしている。 アムロ・レイは三か月でシャアをも凌ぐエースに上り詰めたが、その初陣にあってシャアにまったく歯が立たなかった。アムロが素人同然の時期を生き延びたのは、彼の乗る白いMSを破壊できる武器をザクが持っていなかった、ただそれだけである。 対して、ユウ・カジマのMSにはゲーマルクを一撃で破壊する武装が備わっている。(オリバーは『戦慄の蒼』を越えられる。しかし今は経験を積まなければならない) そう考えていた。『吐き出されて来たぜ、敵さんよ』 ギドの声でアランは我に返った。カタパルトからMSが次々と射出される。その最後に蒼いカラーの機体が飛び立つのを、彼は見逃さなかった。「迎撃行動開始、目標を殲滅せよ!」 アランの号令を合図に無数のビームが宇宙を奔った。
「思ったより多いな……」 アイゼンベルグは面白くなさそうに呟いた。スクリーン上の敵の数は、ルロワ艦隊の戦力と思ったほどの差がなかった。 ジオンの高性能機に対して数で攻める、というのが、一年戦争以来の連邦軍の定石だった。損失を考えず次々に戦力を叩きつける事でジオン兵を消耗させ、物量で飲み込むのだ。パイロットの練度においてもジオンに遅れを取っていた時代の戦術だが、十年経った現在も連邦軍の士官学校の教本に載る最も有効な戦術とされている。 アイゼンベルグはその意見に反論はない。数が多い方が戦いは有利に決まっている。問題は今目前の戦いにおいて、彼我の戦力がほぼ互角であると言う事だ。それでいて機体の性能は依然連邦が後れを取っている。パイロットの技量差はこの十年で完全に埋まったとはいえ、この戦いが簡単なものでない事は変わりない。
537 :MAMAN書き ◆iLWTGcwOLM [↓] :2009/02/07(土) 23:53:55 ID:EaQUOguj「一対一は相手にするな!必ず小隊以上で囲い込め!」 部下に指示を出す。そうしておいてから敵の戦力を見極めた。 主力はガ・ゾウムのようだ。それに次いで多いのがドライセン。ガザ系がいくつかと、少数だがリゲルグも見えた。 これでゲーマルク部隊なんてものがあったらどこかに隠れていようかと思ったが、それはいないようだ。 正面からガ・ゾウムが攻撃してきた。大型のライフルを連射しながら突撃してくる。アイゼンベルグもビームで応戦しつつ、斜め前方に移動し側面を取ろうとする。敵機も直進しながら機体の向きだけを変え、さらにビームを撃つ。 アイゼンベルグのディアスと敵のガ・ゾウムは至近距離で撃ち合い、共に紙一重で直撃を避けた。アイゼンベルグはそのままスラスターを全開にして距離を取り、手近なデブリの陰に隠れた。 その瞬間、センサーが真上からの敵の接近を感知した。アイゼンベルグがモニターを見上げるとドライセンが高速接近しつつビームトマホークを振り下ろそうとしていた。「ちぃっ」 アイゼンベルグはシールド突き出すとビームトマホークの柄を受け止めた。ガツン!と重い衝撃が伝わってくる。咄嗟にビームライフルをシールドの先端のアンカーに固定させ、右腕も使って斬撃を押し戻そうとした。 そのタイミングを待っていたかのように、ガ・ゾウムが反転してきた。ライフルでは僚機まで傷つける事を考えたのだろう。ナックルバスターからビームサーベルに持ち替えディアスの背後から斬りかかる。 アイゼンベルグは右腕をシールドから離し受け流すように身体を半身に開いた。力較べをしていたドライセンがバランスを崩し、ふらつきながら正面に迫っていたガ・ゾウムに寄り掛かるような形でもつれ合った。 その瞬間を見逃さず、腰のラックからビームサーベルを引き抜き、ドライセンの背後から二機を串刺しにした。 サーベルを引き抜き、ドライセンの背中を蹴ってその場から離脱すると、直後に爆発と共に二機のMSが四散した。「あぶねえ、あぶねえ」 口調こそ軽いが、その目は笑っていなかった。技術としては未熟だが、思った以上によく訓練されている。この宙域を想定した戦術が叩き込まれていた。「こいつぁ、隊長やイノウエのおやっさんを突破させるのも苦労しそうだぜ」 敵の位置を改めて確認する。ミノフスキー粒子が最高に濃くなって視認に頼るしかないが、見える限りでは理に適う配置をされているようだ。 アイゼンベルグはその中の一機に注意を留めた。それは長大なビームライフルを構え、その銃口は彼に合っていた。 アイゼンベルグは反射的に真下に加速した。寸前まで彼のいた場所をビームが奔り抜け、虚空に吸い込まれていった。「ドーベンウルフ!」 ユウの言っていた隊長機か?しかしカラーが違う。いずれにしても指揮官格のパイロットである事は間違いないだろう。「中々いい技量(うで)だな。俺と遊んでくれよ!」 ギドは回線が繋がっていない事を承知で、そう嘯(うそぶ)いた。『戦慄の蒼』ではないようだが、かなり熟練のパイロットと見た。早目に潰しておかなければ危険だ。 ドーベンウルフの左腕が射出された。アラン機と違い有線式だが、機体の姿勢に関係なく確実に操作できる。 初撃を躱したアイゼンベルグは既に体勢を立て直し、ドーベンウルフが左腕を切り離すのを視認した。出会いたくない相手だが、こうなれば仕方がない。「……仕方ねえ、俺が揉んでやるよ!」 ギドと同じく、通信を無視して挑発した。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。