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ジムⅢが二機、アランのドーベンウルフの頭上と足下を潜り抜けようとした。大きすぎ、小回りの利かないビームライフルの弱点を突く動きだ。 アランは頭上に片手でビームライフルを構え、二連射すると同時に左腕を下に向け、ハンドビームで上下二機の敵を撃墜した。「やはり訓練されているな」 任務の優先順位、遂行のためのメソッド、共に理に適っている。ユウ・カジマはパイロットとして超一流なだけでなく、戦術立案においても少なくとも水準に達している事が推察された。「しかしジムはジム。残念だがそれが限界だ」 ジムⅢは設計にガンダムmk‐Ⅱの機構をコピーして採用している。故にジムⅡに比べれば長足の進歩を遂げているのだが、それでもドーベンウルフやドライセンに対して一対一で戦うには荷が重い。「怯むな!相手は連邦艦隊であって連邦軍ではない。数の上でも戦えるぞ!」 回線を通じて部下を激励する。戦力的にはルロワ艦隊がわずかに勝るが、この程度ならまだMSの性能と兵の士気で挽回可能なはずだった。アランはジオンの敗因はルウムのような劇的勝利を、常に幻想として追い求めた結果だと考えていた。常識的には戦略レベルはもちろん、戦術レベルでも戦力差が三倍あれば勝利は至難である。それを常に少数精鋭と称して小を以って大を討つ戦いを求めた事に誤りがあったのだ。 敵が一個艦隊なら戦える。アランの描く戦略は、連邦軍が本気を出し、主力を動員してくる前に作戦を遂行することにあった。 アランは周囲を確認する。何機かは撃ち漏らした敵が防衛線を突破するが、それらは全てオリバーのゲーマルクの餌食になっている。ファンネルの展開範囲が広いゲーマルクは心強い。「後注意すべきは……」 アランはこの防衛作戦最大の障害を探した。戦略戦術の常識をねじ伏せ、戦場の女神に愛されたかの如く屍山血河を築く、蒼い色をした死の運び手。奴はどこに――。 いた。 十時方向に連続する爆発の火球が見えた。高速で移動するそれは、ただすれ違うだけで敵を破壊しているかのようだった。陣形の粗密の「密」の部分にあえて飛び込み、最短時間で戦力を削ぎ落とす。この電撃的な行動と第一波での異常な撃墜数が「戦慄の蒼」の特徴であり、由来だった。「蒼いのは私に任せろ。止めなければならんのはそいつだけではない!」 もし通してしまえば再びオリバーとの戦いになる。オリバーが負けるとは言わないが他の連邦兵と同時に相手に出来るレベルではない。 アランはユウに向けて加速した。 ユウはこの時、重要な選択を迫られていた。 このまま防衛ライン上の敵を殲滅し僚機の突入を助けるか、最終ライン上のゲーマルクを叩くか。 ユウはMS隊隊長である。その責務はもちろん任務の確実な遂行だが、同時に今の彼は一三〇機のMSに乗るパイロットの生命を預かっていた。全員を生きて帰還させる事など出来ない事はわかっている。それでも一人でも多くの部下を家族に再び会わせる事をユウは己が責務と考えていた。 ユウは戦争はなくなっても戦闘はなくならない、と考えている。戦争は今後三〇年起こらないかもしれないが、テロや、局地紛争が三年と間を置く事はないだろう。軍人が不要になる時代は来ない。ならばせめて、軍人が死なない作戦を立てたいではないか。 ユウはゲーマルクに狙いを定めた。敵はここを落とされれば後がない。どの敵も自分が最後の一兵となっても戦闘を止めないだろう。その場合、最後の敵がゲーマルクというのは味方の被害が増えすぎる。 ビームライオットガンをスラッグショットモードにし、ゲーマルクに狙いをつける。一〇・八メガワットの出力を一発に収束させたエネルギー弾頭は、仮にゲーマルクが躱せば背後の施設に十分な威力を保ったまま直撃する。NTと言えどもこの攻撃をかき消す事が出来ない以上、回避は不可能だ。(殺意を消せ……相手に気取られるな) NT相手にどこまでそれが有効か。しかしもし自分の殺意に反応し、ファンネルで迎撃してきたら狙撃どころではない。 ゲーマルクの胴体に照準を固定し、トリガーを引こうとした時、アラームが危険を知らせた。「!?」 射撃行動を中止し、回避運動をとる。ユウには視認不能な攻撃端末からのビームが虚空を切り裂いていった。「ファンネル?……違う、インコムか」 独特のカラーリングのドーベンウルフが急速に接近してきた。ユウは小さく舌打ちし、ドーベンウルフにスラッグショットを撃ち返した。 アランは自分に向けられた銃口を見て、最速で回避行動をとった。最速であるはずが、攻撃は紙一重の所を通過した。スラッグショットでなければ半分は命中していただろう。「照準から射撃までが速い!」 恐らくはコンピュータによる自動補正を頼っていない。自分の判断でロックオンする前に撃っているのだ。それでこの精度なのだから恐れ入る。「やはりこの男、危険だ」 アランはレバーを握る手が汗ばむのを感じた。そして同時にこれほどの強敵と戦える幸運に、戦士としての喜びも感じていた。
アイゼンベルグはかなりの苦戦を強いられていた。 彼のアサルトディアスは所詮リックディアスの現地改造機である。本人のスキルに合わせた武装に換装されているものの根本的な性能に大きな向上はない。ドーベンウルフを相手にするには少し荷が重い。 それでも撃墜される事もなく持ち堪えているのは彼の技量プラス、機体とのつながりの深さだろう。十分な時間をかけて教育型コンピュータに経験を蓄積させ、慎重なフィッティングを行う。その人馬一体の境地はギドとドーベンウルフに大きく勝る部分だった。「とは言え、攻め手がねえな……」 ドーベンウルフはビームライフルを右手で操り、左腕を飛ばして攻撃してくる。ただビームを撃つだけでなく、この腕に捕まったらショックバイトともなる。彼のディアスにはシールドが備えられ、そこにはショックワイヤーが仕込まれていたが、攻撃力も自由度も比較にならない。 それに加えて小型ミサイルやインコムまであるのだから、一瞬でも動きを止めればたちまち蜂の巣にされてしまうだろう。アイゼンベルグとしては動き回って相手の隙が生じるのを、または武装が一つでも弾切れを起こしてくれるのを待つしかない。「こういう戦い方は性に合わんな」 苦笑する余裕もない。ひたすらに相手の攻撃を避けるだけだ。 一方のギドも一方的に攻め続ける余裕は実はなかった。 機体の整備は幸いにも良好に仕上げられているが、弾薬については充分ではなかった。対峙する敵が中隊長クラスであるとしても、一機のために貴重なミサイルを無駄遣いするわけには行かない。ビームにした所で発生デバイスはやはり消耗品である。ましてこの戦況でそうそう補給に戻る事は出来ない。 可能な限り無駄撃ちは避けなければならない。「うろちょろと。かかってこいよおら!」 ギドは苛立ちを隠さなくなってきた。それはつまり、彼の望む展開になっていないと言う事である。ギドもまた、粘り強い戦い方を好む男ではなかった。 ドライセンが二機、ディアスを包囲しようと近付いてきたが、これはジムⅢが四機で逆に挟み込んだ。 ドーベンウルフが小型ミサイルを発射する。アイゼンベルグはシールドでこれを受けた。閃光がモニターを白く染める。 その瞬間をギドは狙っていた。左腕を飛ばしディアスを掴みにかかる。ディアスの振り回したビームライフルに当って弾き飛ばされたのは、全くの偶然であった。「ちぃ!」「ちぃ!」 二人の口から同時に舌打ちが漏れ、アイゼンベルグは背中のミサイルランチャーを使用し、ギドはこれをインコムで撃ち落した。ミサイルの爆発に紛れて今度はディアスのショックワイヤーが延びたが、これはドーベンウルフを捕らえることなく空を切る。「可愛げのない野郎だ」「おとなしく捕まりやがれ」 同じジオン訛で罵りの言葉を吐き、姿勢を立て直す。ドーベンウルフがわずかに速い。再び左腕を飛ばし今度こそ確実に掴みにかかる。 アイゼンベルグは自分の天頂方向にショックワイヤーを撃ち出した。その先にはジムⅢと交戦するリゲルグがあった。 リゲルグが飛来するワイヤーに気づき加速して逃れようとするが、間一髪でその足に巻きつく。アイゼンベルグはそれに合わせてワイヤーを巻き上げながらスラスターを全開にした。リゲルグの加速にディアスの加速を加え、ドーベンウルフの腕から逃れる。「な!?」 アイゼンベルグは直前まで自分のいた位置へライフルを撃ち、ドーベンウルフの腕を破壊した。そしてそのままリゲルグに向けてミサイルを三発放ち、リゲルグの上半身を吹き飛ばすと、残された下半身を釣りでもするようにギドめがけて投げつけた。ギドはライフルで飛来物を排除する。「やるじゃねえか、型落ちが!」「MSの性能差が実力差じゃねえって事、教えてやるよ!」 二人は互いが全力でなければ勝てない相手と認め合った。正面から対峙し、再びライフルを構えた。
アランはライフルを撃ちつつ、インコムを射出した。 ユウは接近と後退を繰り返し、間合いを変えながら攻撃を撃つ。 サイコミュ制御の一部をコンピュータによって再現する準サイコミュシステムは、三次元制御が不可能とされている。使用者として想定されるOTに三次元レベルの空間認識能力がない事、さらに使用者への負荷を軽減する目的でインコムからの情報をパイロットにフィードバックさせない形で成立させている事がその理由だが、そのために追尾性能はサイコミュに大きく劣ると言うのがAEの解析結果であった。グレミーの内乱において、グレミー派のドーベンウルフが集団運用によって戦果を挙げたのは、その欠点を少なくともMS隊の指揮官は理解していたのだろう。単機であれば理論上はユウの戦い方でインコムの驚異をかなり減じられるはずだった。 とは言え、激しく位相を変えながらの戦闘は、自分もまた照準をつけられなくなるリスクを背負う。この戦法でなおドーベンウルフばかりか他のMSにまで正確な攻撃を見せるのは、ユウの技量とMSの火器管制システムの優秀さを示すものだった。「なんという速さだ。だが!」 二基のインコムでBD‐4を攻撃、ユウが後退して躱し、インコムを撃ち落そうとライオットガンを構えたその刹那、第三のインコムが斜め下方からビームを撃ってきた。「!!」 ユウの反応が僅かに勝り、ビームはBD‐4のまさに鼻先を通り抜けて行った。「先読みがお前の専売だと思うなよ、ユウ・カジマ!」 四基のインコムを個別にコントロール、相手の動きを先読みして座標を指定する事で追尾性能の不足を補う――シンプルながら、それを可能にするのは一年の間にOSをバージョンアップさせてきた技術スタッフの努力と、アランのシステムに対する理解力と実力だった。 躱したユウは敵の技量とインコムの制御技術の向上を認めながら、同時にこの敵こそがゲーマルクを駆るNTの戦闘の師であると直感していた。(正確なだけではなく、意外性もある) ユウは迷わずBD‐4のバイオセンサーを有効にした。簡易サイコミュとも言うべきバイオセンサーは機体の反応や追従性を向上させるが、同時にパイロットへのストレスを著しく増大させる。それを使うべき敵と認めたのだ。 バイオセンサーが作動した瞬間、ユウの肉体がBD‐4と同一化し、生身で宇宙空間に出たような感覚を覚えた。チリチリと皮膚を焼かれるような感覚に不快感を覚えたが、同時に今まで数値としてしか把握していなかった機体各部の状況が直感的に認識できるようになった。(これならいける) ユウは改めてビームライオットガンを構え、宇宙を飛翔した。インコムは四基、それぞれ一時、五時、八時、十時の方向。四時の方向に加速し、即反転してドーベンウルフに接近、バックショットを撃つ。「何だ!?急に動きが変わった」 辛うじてその一撃を躱し、返しの一発を放ちながら、内心でアランは動揺を隠せない。以前オリバーのゲーマルクと戦った際のデータにこの反応の速さはなかった。どのようなものか、この短期間にパイロットの技量をより反映させる改造が行われたというのか。 BD‐4のバックパックの一部が開きミサイルが撃ち出された。数が多すぎる、アランは腹部の拡散メガ粒子砲にエネルギーをチャージし、正面の空間を一掃した。(……火力では分が悪いか) ビームライオットガンは命中率、出力、汎用性全てに優秀な武装だが、アクシズの第四世代MSは距離、範囲に応じた多彩な兵装を装備する。一つ一つの兵装は専門とする距離においてライオットガンに勝る。 機動性を生かして相手との間合いを絶えず変え、敵が武器を切り替える、その瞬間を狙うしかない。「ならばやり遂げるまで」 ユウは再び攻撃を再開した。相手の背後に回る円弧を描き、周囲全方向からの死のエネルギーを全て躱しながら反撃する。パイロットとしての技量では、アランはユウの敵ではなかった。「くそう!」 四基のインコムを操り正面に追い込もうと試みるが、バイオセンサーを使用したユウとBD‐4の動きはアランの思考速度を超えていた。恐らくこの瞬間のBD‐4を追えるのは、NTの中でも最高クラスの者に限られるだろう。 インコムを敵の右半身を狙って一斉射撃、左方向に避けるのを見越してライフルを発射。しかし、必殺のはずのその一撃は何物にも触れなかった。「どこだ!?」 あの機体の最大加速では、アラームを待って躱しては間に合わない。アランはコクピット内全方位のモニターを見回した。「そこか!!」 振り返りながらライフルを構えたが、ユウの接近が速かった。ユウは相手の振り向きざまの反撃を予期し、最速を以って距離を詰めての零距離戦闘を挑んだのである。長すぎるドーベンウルフのライフルはシールドで押さえつけられ既に持ち替えていたサーベルによる斬撃を振り下ろした。 寸前で左腕で相手の右腕を掴み、攻撃を食い止める。正面から手四つの力比べの格好になり、しばし動きを止めた。 アランからは、腹部のメガ粒子砲という攻撃手段がある。しかし、コクピットの真後ろ、バックパックには二〇五〇キロワットのジェネレータが積まれている。誘爆すればアランも無事では済まない。「まだ手はあるんだよ」 左腕をブースター前回で射出し一瞬BD‐4を押し戻す。切り離された左腕の下から隠し腕が現れ、ビームサーベルを引き抜くと真っ直ぐに突きを入れた。「くっ!」 ユウの知るドーベンウルフのスペックに隠し腕がなければ、あるいはユウにとって致命の攻撃となったかもしれない。ユウの戦士としての本能が脳よりも速く記憶を探り出し、攻撃が届く前に蹴りを見舞って距離を離した。「まだだ! 射出した左腕にビームを指示。これで少なくとも奴から右腕を奪える。「!!」 ユウはシールドで自分の右腕に齧りついたそれを殴りつけた。狙ったわけではないが、関節部を直撃しマニピュレータのグリップが外れる。ハンドビームはBD‐4の右腕の装甲を溶かしたものの、機能を低下させるまでには至らなかった。「何だあの反応は――まさか、バイオセンサー!?」 アランはようやく敵機の急激な運動性の上昇の秘密に気づいた。アクシズとは別の技術により発展したバイオセンサーは、サイコミュや準サイコミュのような脳波を解析して端末制御を行うのではなく、筋電気や神経電気などの、生体反応を検知してフィードバックさせるものだと聞いている。事実なら「考えるより先に体が動く」域に達したベテランならばNT程ではなくても大きな効果があるはずだ。 そこまで考える一瞬、アランの行動に空白が生まれた。 ユウは再びライオットガンを引き抜き、アラン目掛けて撃った。エース同士の戦いにおいて、十分すぎる一瞬だった。「しまった!」 実際にはアランは撃たれるより前に自分の迂闊に気づいた。相手の得物は散弾状にビームを拡散させる特殊な銃だ。避けきれない。 この時、アランの戦士の本能もまた、最善にして唯一の回避手段を選択した。レバー上のスイッチを押しつつ、スラスターを全開にする。瞬間、凄まじいGがアランをシートに押し付け、彼の愛機はスペック上あり得ぬ加速でその場を離れた。「む!?」 ユウ程の男が我と我が目を疑った。それだけ自信を持った攻撃であり、理解を超えた回避速度だった。 アランは激しく咳き込み、荒く息をしながら、息を切らしているという事は自分はまだ生きていると確認した。「これが『ニトロ』か。何という加速だ」 スティーブ・マオが大量のヘリウムと共に持ち込んだ「木星」の技術。そのいくつかの内の一つがこの「ニトロシステム」だった。元々は木星の重力に捕まった際の緊急脱出システムであり、一時的に熱核反応炉の反応速度を大幅に引き上げる事で推力、出力を爆発的に増加させる。持続時間は一度に五秒程度だが、複数回の使用が可能でスラスター周辺の耐熱処理を強化するだけでハードウェアをほとんどいじる事なく搭載できる。反応炉の耐久性にダメージを与えるため乱用は出来ないと釘を刺されてはいたのだが。「冗談じゃない。こんなの何度も使ってたら身が持たん」 しかし、実戦において効果がある事はこれで確認できた。使用中は発電量も上がっているからメガ粒子砲のチャージも短縮されるはずだ。「まだここからだ、ユウ・カジマ!」 左腕を本体に戻し、アランは吼えた。
オリバー・メッツはこの時、最も冷静に戦況を確認できる位置にいた。 彼の位置は戦線の最終ライン、ステーションと彼らの切り札の前であった。オリバーはその位置で味方の防衛線を突破した連邦軍の駆逐を命ぜられていた。「ただ抜けてきた奴を叩くんじゃない。防御の手薄な部分、逆に遊兵のできている部分を見極め、お前が指示を出すんだ」 アランからはそう言われていた。 命令を受けた時、オリバーは実のところ不服だった。決して後方支援を軽視するわけではないが、戦士ならば戦場にあって最前線に立ちたいと思っている。まして、連邦軍にはあの『戦慄の蒼』がいる。あのエースを一対一で打倒する事が出来るのは自分だけであると確信を持っていた。味方を信用していないのでも、自分を過大評価しているわけでもない。NTの感覚があの連邦軍トップエースの危険性を正確に認識したのだ。 だがこの命じられた位置での戦いが、彼の成長に必要なものを提供してくれている事を認めざるを得なかった。後方から全体を眺め、敵味方の位置関係を正確に把握し立体的なマップをイメージする。同時に理想とする防御陣と実際の戦力配置を擦り合わせ、その誤差を修正すべく指示を出す。これは全てファンネルの制御に必要な要素だった。攻撃の届く心配の少ない後方からこの作業に集中できる環境は、最前線にいては、まして『戦慄の蒼』と対峙していては育てる余裕はなかっただろう。もちろん敵と直接刃を交えながらの成長は雛鳥が一気に巣立ちを迎える程の成長を促すが、このように実践でありながらもある程度の余裕を持つ中で伸びる能力もあるのだ。 時折突破してくる敵をファンネルで撃ち落しつつ、それでもオリバーの知覚はユウ・カジマの気配を探していた。失われた視覚はサイコミュ技術の応用で脳に直接映像を送信する事で補われ、オリバーはこの機体に乗っている間だけ色と光を取り戻す。ありえない速度と、分裂するビームを操る蒼いMSの姿を求め、ゲーマルクのモノアイは左右に往復していた。「――いた」 声に出していた。巨大なバックパックを装着した蒼いバウが戦闘を行なっていた。相手は――ドーベンウルフ。アランだ。 さすがにトップエースであるアランの技術は他のパイロットとは別格であり、インコムを駆使したオールレンジ攻撃でユウを相手に堂々たる一騎討ちを演じていた。しかし、オリバーはNTであるが故に気づいてしまっていた。「アランは限界だ。だが奴は……!」 その身に帯びた多数の武装を駆使しアランはユウに迫り、ユウは手にした巨大なビームライフルで反撃していた。しかし、アランの反応速度が既に頭を打っているのに対し、ユウの動きはまだ速さを増していた。インコムも大型のビームライフルも掌から放たれるビームもBD-4の本体から遠ざかっていき、逆にBD-4の分散するビームはドーベンウルフに軽微ながらもダメージを与え始めていた。このまま戦闘を続ければ確実にアランは撃墜されるだろう。 エースであり、事実上前線での総指揮官であるアランが敗れれば戦線は崩壊する。それは自分たちの完全敗北を意味していた。「くそ!」 並のパイロットを一個中隊ぶつけたとしてもこの死神に勝てるとは限らない。更に言うならただ一機のMSのためにそれほどの戦力を割く余裕もない。 オリバーはゲーマルクを駆った。
マザーファンネルを切り離し、左右に展開、両手と胴のメガ粒子砲を同時に励起し狙いをつける。「当たれ!」 ユウの背後からの奇襲はしかし、回避された。NTであるオリバーをして驚異的な反応だった。「ちぃっ……」『オリバー、出てくるな、戻れ』 アランからの通信が聞こえてきた。「アラン、あんたこそ自分の立場を自覚してくれ。あんたが落とされたら総崩れだ」『俺は負けん。まだニトロシステムが残っている』「僕の前で虚勢を張っても無駄だよ。連続で使うと負荷に耐えられないんだろ?MSもアランも」『…………』「ここは二人掛りで一気に押し潰す。僕の方にもニトロは積んであるんだ。短時間で片をつけてやる」『わかった、だが油断するな。恐らく相手はバイオセンサーを装備している。前の戦いより反応速度は二割増と思っておけ』「バイオセンサーか」 それで先程の回避も説明が付く。経験から来る読みの正確さに加えてバイオセンサーによる人馬一体の追従性が加わっているのだ。これは当てにくい。『オリバー、俺が距離を詰めて接近戦を挑む。お前はファンネルで死角を狙え』「了解」 ドーベンウルフがスラスターを全開にして突撃、ゲーマルクのマザーファンネルからチルドファンネルを丁度半分射出してBD-4を包囲した。ドーベンウルフはビームサーベルを引き抜き零距離戦闘を仕掛ける。「……!」 ユウは咄嗟の判断でシールドを投げ捨て、左手でビームサーベルを構えた。この状況でライオットガンから手を離すわけにはいかない。「さすがにいい判断だ。だが!」 左手のハンドビームを刃に成形し、二刀流で斬りかかる。さしものユウも防戦に回らざるを得ない。「――行けーい!」 十四基のチルドファンネルと二基のマザーファンネルが天地左右方向から一斉射撃を行なった。背後から狙わなかったのは万が一躱されればアランを正面から捉える事になるためである。「むぅ」 推力を全て集中し背面方向へ滑るように移動するユウ。十六条の光線は砲門の向きを変えて追ってくる。ユウはバードショットでファンネルを撃ち落そうと試みた。 二十五に分かれたビームは全て外れた。「剣を振りながらの射撃が当たるものか。ファンネルを舐めるなよ」 ドーベンウルフの腹部が光を蓄え始めた。メガ粒子砲か、と悟ったユウが発射の瞬間を見切って飛び退き、ビームはBD-4の横一メートルを通り過ぎた。発射後の隙を狙うチャンスと斬りかかろうとした時、二発目のメガ粒子砲が放たれた。「――!」 ニトロシステムによるジェネレータ反応速度の爆発的な上昇でメガ粒子砲を極短時間で再チャージしたのだ。そのメカニズムをユウは知らないが、腹部の光を見た瞬間に身体が反応していた。「これも躱すのか。しかし」 オリバーのゲーマルクもまたメガ粒子砲をチャージしていた。BD-4の動きを先読みした必殺の砲撃は、しかし肩先を掠めただけで虚空に吸い込まれていった。「たいした反応だ。だが、いつまで逃げられるかな?」 ユウの反応は疑いなく最高のエースのみ到達しうる領域だった。それでも、多少落ちるとは言え歴戦のエースとサイコミュを得たNTの二人を相手ではあまりにも分が悪い。「む!?」 オリバーの視界からBD-4が消えた。どこだ、と考える前に左から殺気を感じた。 ビームサーベルを引き抜き斬撃を受け止める。蒼い敵は構わず二の太刀、三の太刀と斬りつけてくる。 ゲーマルクの設計は二重のファンネルシステムによる超広範囲遠隔攻撃と多数のメガ粒子砲による砲撃という、アウトレンジでの運用に特化していた。回避性能や加速力には力点が置かれてはおらず、その点でキュベレイやドーベンウルフとは設計思想から異なっている。誤解を恐れずに言うなら、一年戦争時のゾックにサイコミュを着けたMSと言う表現が設計思想の点では近い。零距離でのまして斬り合いなどあくまでも非常事態の備え程度のものでしかないのである。「しまった――くそっ」 MSの操作に集中力が奪われファンネルの精密制御が出来ない。かつてハマーン・カーンはキュベレイに密着した百式をファンネルで半壊させたが、その時百式は後ろから捕まえるだけで格闘戦を挑んだわけではなかった。このように防戦に努めながらファンネルで零距離の相手を攻撃しようとすればコントロールを誤れば自分に当たってしまう。ドーベンウルフも同じく僚機への誤射を恐れて手を出せない。二対一の絶対不利な状況下でこの最適な解を導き出すユウの戦士としての力量は恐るべきものと言えた。『オリバー、ニトロで振り切れ!一瞬でも間合いが取れれば何とかする』 アランの言葉が耳に届き、オリバーはニトロシステムを起動させた。反応炉の状態を示すモニターが真っ赤になり、ゲーマルクのスラスターは爆発的な加速力を発揮して距離を離した。 加速性能ならばBD-4も引けはとらず、そして加速可能時間はニトロよりも長い。ユウもスラスターを全開にしてすかさず追った。いや、追おうとした。 邪魔をしたのは二本の腕だった。ドーベンウルフの左腕がゲーマルクと入れ違いにBD-4の前に飛び込んできて掌の砲門をコクピットに向けた。ユウはそれをサーベルの一閃で破壊する。 しかしそれは囮だった。更に突進を続けようとするBD-4の今度は左足が何かに掴まれた。右腕だった。目前のゲーマルクと周囲に浮くファンネル、それに横から割って入った左腕に気を取られ、右腕が下から迫っている事に気づかなかったのだ。「いかん!!」 間に合わない。ライオットガンを自分の左足に向け、バードショットを撃ち込んだ。遠隔操作で飛ぶ危険な右腕は跡形もなく消し飛んだが、最期の瞬間に放ったビームがスラスターを貫通し、BD-4も膝から下を失った。「よし!」「行ける!」 アランのドーベンウルフは両腕を失ったが、隠し腕でライフルを扱う事も出来、インコムも健在だった。オリバーのゲーマルクのファンネルはBD-4に向いている。一方のユウは左足を失い、バランスを崩している。いかに『戦慄の蒼』と言えどもこの瞬間に一斉砲火から逃れる術はない。「終わりだ、ユウ・カジマ!」 オリバーはファンネルの攻撃指示を発した。 BD-4のモノアイが禍々しく紅く輝いたのはその時だった。
「ここまでか……」 ユウの脳裏に『死』という単語がよぎった。珍しい事ではない。彼は自分だけは死なないと根拠もなく信じ続けられるほど自信家でも、楽天家でもなかった。 完全にバランスを崩された。しかも立て直すにも左脚を吹き飛ばされてはスラスターで向きを変えるにも一苦労だ。この瞬間を狙われたらユウは回避できないだろう。そして今対峙している二人はこのチャンスを見逃す敵ではない。 妻の顔が浮かんだ。「マリー……」 死ねないと思った。ここで死ぬわけにはいかない。持っていかれたのは脚一本だ。ここを切り抜ければまだ戦える。 レバーとペダルを高速で操り、バランスを取り直す。左足のスラスターがない分のバランスの修正はコンピュータより自分で直接入力した方が早い。経験と能力の全てを注ぎ込んだ操縦は後一歩で成功するところだった。 ユウの視界にマザーファンネルが映った。照準を定め、破壊の光が発せられんとしているのが見えた。
――こっちへ
(!?) 声と同時に回避ルートが正確にイメージされた。そのイメージのルートに沿って機体を操る。この操作も誰かに手を添えてもらっているような感覚だ。ユウはその声に、感覚に、覚えがあった。(マリオン・ウェルチ、君か?) かつてEXAMに精神を閉じ込められた少女。一年戦争時、今と同じ名のMSに乗った時彼女の存在を知り、その声を聞いた。しかしEXAMがすべて破壊されると共に彼女の精神も開放され、病院内で目を覚ましたと聞いていた。その後の消息はついに掴めなかったが、なぜこの機体にまた現れたのか。
――来るわ
機体の性能が上がっているわけではない。マリオンの能力により擬似的にユウの認識能力が上昇し、今まで以上の反応と精度でMSを振り回しているのだ。 聞こえてくる声は十年前と同じ少女のままだった。声というのはそれほど年をとらないが、少なくともユウには昔のままに聞こえた。まさかまだ精神がどこかに閉じ込められているのではないか、そんな心配をした。 そしてユウは奇妙な事に気づいた。目の前のゲーマルクとドーベンウルフがどちらも動きを止めているのだ。自分の感覚が速くなりすぎたせいか、とも思ったが、どんな理由か戦いを忘れたかのように棒立ちとなっているのだ。先程までの殺意は全く感じられない。 ユウはゲーマルクにライオットガンを向けた。気づく様子はない。
――殺さないで
(何故だ?何故そんな事を言う?)
――助けてあげて
(……助けるにしても動きは止めなければいけない) ユウは再びバードショットにセットした。この距離ならこれで致命傷を与えず動きを止めるだけのダメージだけは与えられるはずだ。「撃つぞ」 ユウはトリガーを引いた。
準サイコミュにはパイロットにサイコミュの情報を直接フィードバックさせる機構はない。あくまでも「脳波による攻撃端末の遠隔操作」というサイコミュの一機能を擬似的に再現しているだけなのだ。インコム端末からのインフォメーションはディスプレイ上で視認するしかない。 今その準サイコミュ用モニターがメインモニターとは別の映像を映していた。BD-4のモノアイが毒々しい紅い光を放ち、威嚇するように動いていた。メインモニター上の映像ではモノアイは通常のままであるにもかかわらずである。 アランは困惑していた。今までこのような現象は一度としてなかったのだ。「しかもこれは…これでは、まるで……」 その真紅のモノアイには覚えがあった。クルスト・モーゼスが実験していた、あの忌まわしいシステムの現象だ。 メインモニターを再度確認するが、やはり異常な発光現象は認められない。詳しい原理は不明だが、準サイコミュのシステムだけが見せられている「幻」なのだ。 幻であろうがなかろうが、BD-4の動きはそこから更にスピードを増した。片足を失った状態で素早く方向を変え、不可避に思われたほぼ全方位からのファンネル掃射から逃れ、逆にファンネルを撃ち落しさえした。「いかん」 アランは考える事をやめた。今判っているのはこの相手をこれ以上好きに暴れさせてはいけないと言う事だった。それまでのユウの戦闘技術は十分に「達人」と呼べる域だったが、今のこの動きは「超人」としか形容しようがない。これがEXAMによるものでもそうでなくとも今叩いておかねば危険だ。 アランはビームライフルを構え、狙いを定めた。長銃身のライフルは命中率は高いが取り回しが悪い。今のユウをインサイトに置くのは容易ではないが、やるしかない。 その時、インコムのモニターが茫、と光った。思わずモニターに目をやると、BD-4の前に影が浮かび、その影が淡く光っていた。 人影に見えた。 蒼い髪と紅い瞳を持った人影がアランとユウの間で両手を広げて立ち塞がっているように見えた。 アランが愕然として動きを止めた。
ドーベンウルフの準サイコミュでは漠然とした影でしかないが、より高度なゲーマルクのサイコミュはよりはっきりとした姿を映し出していた。 しかもオリバーはサイコミュを介して映像データを脳に送り込まれる。彼にとってそれは幻ではなく実体だった。「マリオン!何故君が!?」 オリバーは先日二十四歳となったマリオン・ウェルチと再会しているが、彼の目は今のマリオンを見ることは出来ない。故に、彼の中に投影されるマリオンの姿は十四歳のままだった。「何故だ?君はズム・シティで幸せに暮らしているんじゃないのか?」 マリオンの唇が動いた。それと同時にオリバーは彼女の声を聞いた。声だけは落ち着いた今の声なのが違和感があった。『もうやめて…こんな事意味がないわ……』「マリオン……何を言ってるんだ」『わかってるでしょう?こんな事をしても時は戻らないわ』「マリオン、それ以上言わないでくれ」『悲しみを増やすだけだわ。それ以外何も生み出さない』「マリオン――そうか、ユウ・カジマか!」 オリバーは突然に理解した。これは『祈り』だ。 マリオンの良人とはユウ・カジマなのだ。出撃したユウを案じ、無事を願う強い想いがここまで届いているのだ。 マリオンはNTの力を失っていると言っていた。しかしそれは戦闘における能力だ。NTの本質は「他者を感じる能力」である。それは突き詰めれば親が独立した子の無事と幸福を願う気持ちに似ている。遠く離れ、疎遠となっていようとも家族に何かあればそれを感じ取る。虫の知らせと人は呼ぶが、これを自分のまだ知らぬ他人にも感じうる力をNTと呼んだのである。夫であれば、まして元はNTとしての力を持った妻であれば、これだけの距離を越えて意思を届ける事も可能だったのだ。そしてBD-4に積まれたバイオセンサーは人の意思を取り込み、力に変えると言われている。オリバーはこの話を信じてはいなかったが、目の前に立つマリオンを見るに信じざるを得ないようだ。 オリバーの中に理解しがたい感情が生まれた。パイロットとして自分を凌ぐ実力を持ち、数々の栄光と名誉に彩られ、更には彼がかつて慕った女性を妻に持った男。自分が持たない全てを持っているように見える男に対する理不尽な怒り。それが嫉妬であるとこの時はまだ知らなかった。「ユウ・カジマあああああああああああああ!!」 再びファンネルを起動し、ゲーマルクの全身のメガ粒子砲をBD-4に向けて狙いをつける。跡形も残さず粉砕してやる。 サイコミュを通して見えるマリオンの瞳から涙が落ちた。 オリバーの全ての動きが停止した。
「ちっ、何やってやがる」 ギドのドーベンウルフのサブモニターにもBD-4のモノアイの異変は現れてた。ギドはEXAMの事を知らないが、何かがBD-4に起きた事は想像できた。「速いと言っても二人がかりで止められなきゃ誰も勝てねえぞ」 二人の戦いを見守る余裕があるのは対峙する敵手との性能差もあるだろう。リックディアスとドーベンウルフではそれほどの差があった。むしろ一対一でこれだけ戦っていられるアイゼンベルグを称賛すべきなのだろう。「遊びすぎたか」 もちろん遊んでいたわけではない。しかし隊長クラスとは言えたった一機相手にこれだけ時間をかけた挙句、左腕まで失ったのは誤算だった。時間稼ぎが目的とは言え味方にも相当数の被害が出ている。連邦軍の戦力はいくらでも増援があるがこちらにはない。指揮官機にこだわらず、不特定多数の敵を落とす事に集中した方がよかったのではないか。「あと何分だ……」 時計を確認する。残り三分。もう少し敵を密集させておきたかったが、無理に集めて意図を感づかれるとまずい。それでなくてもこちらにあれがある事は間違いなく知られている。戦力的にはそれほど差がないにもかかわらず散会して戦っているのも一気に巻き込まれるのを警戒しての事だろう。「そろそろ撤退指示が出る頃か」 発射準備が整えば信号弾が打ち上げられる事になっている。撤退の指揮はアランが行い、ギドは殿を務めると決まっていたが、このままでは自分はともかくアランは撤退どころではなくなってしまう。「助けに行くべきか――うぉ!?」 ディアスのミサイルが飛来し、危ういところで避けた。「よそ見してんじゃねえよ。殺し合いしてるんだぜ!」 回線が繋がっていなくても相手パイロットの声が聞こえるようだった。「クソ、いい加減に死にやがれ!」 ギドは毒づいた。まずこいつを仕留めるしかない。 インコムを展開しようとしたその時、ギドの視界の隅に信じがたい光景が映った。 アランのドーベンウルフとオリバーのゲーマルクが一瞬動きを止めたのだ。時間にすれば数秒だが、エース同士の戦いでは致命的と言える間だった。「馬鹿が!」 BD-4がゲーマルクに銃を向けている。ギドは目前の敵を無視し、ニトロシステムのボタンを押してゲーマルク目掛けて加速した。
ユウはトリガーを引いた。バックショットはビームを十二に分散して飛ばす。 オリバーは相手のビームライフルが自分をポイントし、その銃口にメガ粒子の光が集まるのを見て我に返った。「しまった!?」 迎撃しなければ。しかし、メガ粒子砲のチャージ時間はビームライフルのそれよりも長い。Eパックによって常に縮退直前のミノフスキー粒子を蓄えているライフルと、粒子の活性化からシークェンスが始まるメガ粒子砲の差だが、今まさにその差が生死を分けようとしていた。ニトロシステムで急速回避をしようにもあまりにも先の使用から時間が短すぎる。反応炉の冷却が追いつかない。「――ッ」 オリバーは死を覚悟した。 その眼前に別の機影が重なった。そのMSはゲーマルクに覆いかぶさるように両腕を広げ、敵に背を向けていた。その全身をビームの散弾が貫いた。「――ギド!?」 呆然とオリバーは名を呼んだ。『……無事か?オリバー』 ギドの声が聞こえた。「ギド!僕よりそっちは?」『コクピットに…破片が飛び込んできた……』「怪我したの……?」『たいした事はない…と、言いたい所だが……腹をザックリやられた。少し、やべえ……』「脱出して!僕が回収する!」『無理…だ。コクピットもノーマルスーツも……でっけえ穴が開いちまってる……』 ギドは右手でステーションを指差した。『行け……もうすぐ撤退信号が出るはずだ』「ギド!」『戦場で余計な事は考えるな……殺す気で戦わなければ自分が死ぬぞ』 咳込むような笑いが聞こえてきた。『さあ、行け!アランを頼むぞ』 ギドは突き飛ばすようにゲーマルクを押し出した。 ギドとオリバーが別れの言葉を交わしている間、ユウに追撃のチャンスがなかったわけではない。 しかし、ユウにだけ聞こえるマリオンの声は別の危険を告げていた。
――いけない。逃げて
「何?」
――みんな逃げて。大きな光が来る。
「大きな光?まさか、コロニーレーザーか!?」 偵察隊を消滅させた兵器。ミノフスキー粒子の反応がないと判明した時から誰もがその可能性に気がついていた。しかし、信じるには大きな疑問があった。
――早く。
「――くっ」 ユウは全ての回線と信号弾を使用して退避命令を発した。「全軍退避!大型ビームが来るぞ!」 艦隊の将兵の中には初めてユウの怒声を聞いた者も多かったと言う。 ルロワ艦隊の全艦と全MSパイロットが考えるより先に行動した。方向を換え、戦域を離脱しようとする。アクシズ残党軍は追撃しない。自分達も射線から外れながら撤退行動を行なっている。 そして、光が奔った。 一五〇〇万メガワットもの光エネルギーが直線上の空間を飲み込むように伸び、その範囲に入った物質を蒸発させていく。ギド・フリーマンのドーベンウルフも光に飲み込まれ、影も残さず消滅した。 既に回避行動を取っていたとは言え、直径3キロに達するエネルギーの柱から全軍が逃げる事は出来ず、回避した将兵は光の奔流に飲み込まれる同僚の姿を目撃する事になった。 コロニーレーザー。一年戦争以来幾度か建造された戦略級大型兵器である。その基本技術は旧世紀に確立されており、現代の水準では工作自体は難しくない。問題はコロニー一基をそのままレーザーの「砲身」とするその材料の調達と、一発がサイドの全生活電力に相当すると言うエネルギー源をどう確保するのか、だった。 エネルギー源は木星のヘリウムを手に入れていた。では材料は?「――被害状況は!?状況を報告しろ!」 ルロワの指示で各部隊から報告が集まる。「『ケツァルコアトル』無事です!」「『サンシーロ』、MS部隊一個中隊消失!」「『ヴァスコ・ダ・ガマ』応答ありません……」 その時、通信士の一人が信じられない、と言った声で叫んだ。「イノウエ大尉が突貫します!」 イノウエはこの瞬間を待っていた。彼はMS戦闘においてほとんど戦力とならない。その事を自覚しているから敵MS隊が防戦している間は指揮に徹していた。第一射が撃たれ、敵が巻き込まれないよう下がったこの瞬間を狙っての急襲だった。 ジムⅢにはブースター、ミサイルユニット、スタビライザーからなる追加武装キットが装着されている。急接近・爆撃・離脱をワンセットで行なうイノウエには都合のいい装備だ。『イノウエ大尉、援護する』 アイゼンベルグが随行する。直進加速はこの状態ではイノウエが勝るが、援護なら実用の範囲だ。 ユウも援護に向かおうとした。BD-4ならイノウエ機に遅れはとらない。 しかし、マリオンの怯えた声がユウを足止めした。
――だめ。
――まだ、来る。
「来る?まさか、もう第二射が?」
――逃げて。
ユウは突貫する二機に通信を送った。「イノウエ大尉、アイゼンベルグ大尉!攻撃を中止しろ!次が来る!」 さすがに副隊長を任される両名の反応は素早く、射線から外れるべく即座に直角に方向転換した。第二射はその直後だった。 アイゼンベルグは見た。 コロニーレーザーの本体、シリンダー状のコロニーを。それは五基あった。「五基だと!?」 アイゼンベルグからの報告を受けたルロワはシートから思わず立ち上がった。コロニーレーザー建設の最大の問題が本体となるコロニーの確保である。廃棄コロニーを利用するにしても五基ものコロニーをいつの間に入手したのか。なぜそれまで発見する事が出来なかったのか。 これこそがリトマネンが一年戦争終了時から立案し、進めてきた最大の戦略だった。複数のコロニーレーザーを建造、太陽光発電と大容量熱核反応炉による一億三五〇〇万メガワットもの大電力を用いての連続発射を可能とするコロニーレーザー・リボルバー構想。〇〇八三年のデラーズ紛争で地球圏に接近した際に三基、その後さらに一基の無人コロニーを密かに入手し、一年戦争開戦から十年目に当たる〇〇八九年一月三日に宣戦布告と共に照射する、と言うのが当初の計画であった。しかしティターンズとエウーゴの抗争が激化するのを見たハマーン・カーンが計画を変更して地球圏の争いに介入する事を決断、建造もそのまま凍結される事となった。〇〇八八年にハマーンとの考えの違いからリトマネンが離脱した際に五基のコロニーを全て接収、以後物資不足に悩まされながら建設が進み、ついに完成したのである。「連邦軍に告ぐ。私はジオン公国のミカ・リトマネンである。速やかに撤退せよ!当方の切り札は既に目にしたであろう。この破壊の龍はまだ炎を残している。今は速やかに立ち去り、然る後に我らの要求を聞いてもらう。繰り返す、速やかに撤退し、後の我らの声明に応じよ!」 旗艦「ハイバリー」ではルロワとマシュー幕僚長がこの初めて見る敵手の姿と声をモニターに認めていた。「どうなさいますか、提督」「中佐はどう考える?脅しだと思うかね?」「……五基のレーザーを備えているならば、五発のレーザーが発射可能と考えざるを得ないでしょう」「同感だな。それで、今の戦力で押えられるかね?」「逆に言えば後三発撃たせてしまえば敵の切り札は失われます。しかし……」 マシューは躊躇い、それでも自分の思うところを述べた。「敵は艦隊でもこちらと同数に近い戦力を有しております。三発撃ち尽くす前にこちらの戦力に深刻なダメージを受ける事は十分にあり得ます」「……つまり、ここは撤退しろと?」「連邦軍は私たちのみではありません。ここは援軍を請い十分な戦力と戦略の元に復讐の機会を得る方が兵の犠牲も少なく済むと考えます」「慎重派の貴官らしいな」 ルロワはやや自嘲的な笑みを浮かべた。「しかし、私も貴官と同じ意見だ。ここは一度撤退し、体制を立て直す」 ルロワ艦隊はその場から撤退を開始した。アクシズ残党軍は追撃してこなかった。ルロワ艦隊は巡洋艦二隻他戦力を二割以上失い、ズム・シティに帰還した。
完敗だった。
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