「思い馳せるは懐旧の 一」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

思い馳せるは懐旧の 一 - (2016/12/25 (日) 22:25:06) のソース

 久国(ひさくに)が野営地から出立したのは、午前六時だった。
 普段通りといえば普段通りだったが、昨夜は意気投合した兵士達と遅くまで酒を呑んでいた為に、あまり気分が良いとは言えなかった。
 突然の通達があったのは明け方、五時を過ぎた頃。
 エントリヒの軍人――久国はもう名前など忘れてしまったが――が言うには、黒い森と呼ばれる森林一帯の調査をして欲しいとのことだった。
 あまりに唐突だった為に断りたいところではあったが、流石にそんな意見が通るはずもない。
 仕方なしにその命令を引き受け、十六夜(いざよい)と壱(はじめ)の二人を連れて黒い森へと向かった。
 それから二時間程が経過して、一行の姿は現在森の中にある。
 まだ朝の八時を回ったところだというのに、辺りは夜のように暗かった。
 理由は単純だ。
 この森林に自生する樹木は、どれも五十メートルにも及ぶであろう高木ばかりであったからだ。
 黒色に生い茂る木の葉に日の光は遮られ、周囲一面は黒で埋め尽くされている。なるほど「黒い森」と呼ぶには相応しい場所であった。

「なぁ。どこまで行くんだよ久国」

 無言のまま森の奥へ奥へと向かう三人だったが、退屈さにうんざりしたような声で、とうとう十六夜が口を開いた。

「ピクニックに来たわけじゃねえんだろ。いい加減暇だぜ」
「もうすぐ着くから黙ってなって。Gに気付かれたら元も子もないんだからさ」

 やれやれといった調子で久国が十六夜を窘めるが、声に力が無い。酒のせいだろう。

「そうは言うがな。そろそろ目的の場所がどの辺りなのか、教えてくれても構わんだろうに」

 相変わらずムスッとした表情で、壱が言う。
 十六夜もそうだが、この壱は特に猪突猛進のきらいがある。
 普段は冷静なのだが、戦ともなれば可愛らしい見た目からは想像もつかない程の暴れん坊になる。
 流石にこの少人数で行動しているのだから滅多なことはしないと思ったが、どうにも不安感が拭えない。
 結局、久国は森の奥に調査に行くとだけ二人に伝えていた。

「ここいらか」

 ふと、久国が足を止める。
 先行していた彼が止まったために十六夜と壱も立ち止まり、何があったのかと久国を見やった。

「あんまり深入りすると危ないし、この辺りにしようか」

 危ない、という言葉に反応を示した壱は、

「何を言うか。MAIDが三人もいればマンティスなど恐るるに足りん。そもそも貴様は……」
「はじめー、どうでもいいことでプリプリすんなって。それよか、こんなとこで何するんだ?」

 説教を始めようとする壱を宥め、十六夜が問いかける。
 途中で言葉を遮られたせいで更に壱の表情が険しいものになったが、久国は無視して周囲に視線を向けた。

「ちと、唯一の取り柄をね。と言っても試したことがない術に方法だから、正直上手くいくかどうか」
「取り柄? 術? 方法? なんだよ、全然わかんねえ。もっとちゃんと……」
「この男が術を使うとなれば、陰陽術に決まっているだろうに。それでも門隠大社のMAIDか?」

 疑問符を浮かべる十六夜に、今度は壱が口を挟んだ。

「んなこと言われても、あたしはそっちの方はからっきしだからよ」
「たわけが」
「んだとクソガキ」
「黙れ、間抜け」
「やるか?」
「上等だ」
「はいはいはい。今ちゃんと説明するからその辺にしてくれ」

 今にも喧嘩を始めそうな二人に溜息をつきながら、久国は振り返った。

「あー、今からここを中心に、ええと、大体三里くらいかねえ。まあとにかくそのくらいの範囲の探知をするから」
「探知か。しかしお前の能力は近距離でしか使えないと自分で言ってなかったか」
「そう。普段は五間くらいが限度だ。それ以上に範囲を広げれば、力の消耗が激しすぎてぶっ倒れちまう」
「それが三里って、どんなからくり使えばそこまで手を広げられるんだよ」
「そこで陰陽術の出番ってわけなんだが、十六夜よ。お前さん、地脈って知ってるか」
「馬鹿にしてんのか?」
「いやいや」

 十六夜は眉間に皺を寄せるが、久国は苦笑しながら続ける。

「地脈ってのは要するに地面の下にある気の流れのことだ。例えば今俺達がいるここにも当然地脈はあって、ありとあらゆる方向に広がってるってわけだ」
「ふむ。いわゆる龍脈というやつか」
「そう、龍脈ともいう。その地脈龍脈ってのは万物を生かし、万物に影響を与えている。人間や他の生物、それにMAIDだって例外じゃないんだが、全ての生き物はこの地脈から生命活動に必要な力を得ているってのが陰陽道の考え方だ。
 ちなみに地脈を活かすように家なんかを作ると一族繁栄、逆に地脈を遮るように家を建てると家相が悪くなる、なんて言われてるね」

説明しながら、久国は腰に下げていた大太刀を手に取ると、すとんと地面へ突き立てた。

「さて、地脈は万物に影響を与えると言ったが、実は地脈自身も万物から影響を受けている。勿論、建物なんかもそうだ。それによって地脈は本来の流れを変え、陰陽の性質を異にする」
「で、何が言いたいんだよ」
「この黒い森に、マンティス種が巣食っているってのは当然知ってるね。数は不明だが、報告から察するに数十匹、下手をすれば数百匹はいるんだろう。
 中には変異個体の目撃もあったなんて聞いてるから、相当なもんだ」
「大量のマンティスによって変化した地脈の流れを利用する、と?」
「ご明察。ただし俺は元々の地脈の状態を知らないから、本来はそこから調べなきゃならないんだが、残念ながら本格的にやろうとすると本業の陰陽師が十数人は必要になる。それに、地相で敵の情勢を把握するなんて芸当、俺には無理だから、そっちの術にも期待しないでね」
「じゃあ、どうするってんだ?」

当然の疑問を投げかける十六夜に、久国は頷いた。

「やることは単純さ。まずは地脈の位置を把握する。これは森の中に入る前から分かってたんで問題なし」
「森の入り口で何やらごそごそやっていたのはそういうことか」
「まあねえ。で、次は俺のコア・エネルギーを地脈に流し込む。地脈から拡散したコア・エネルギーは、この森にいるマンティスに、気と共に流れていく。流れ込んだコア・エネルギーは俺の能力によって性質を変化させ探知の異能となる。つまりは情報を伝えてくれるってなわけだ。地脈を利用すりゃ、時間はかかるが普段よりもっと楽に遠くへコア・エネルギーを運べるから、さっき言ってた三里くらいってのはつまりそういうことだね」
「なんだそりゃ。つか、マンティスに直接コア・エネルギーをぶち込めるんなら、一網打尽じゃねえか」
「残念ながら大量のマンティスを殺せる程のコア・エネルギーは、いくら地脈を利用したところで流せないよ。俺が一瞬で干からびちまう。
 精々、小さな小さな影響を与えるくらいが関の山」
「どれくらいだよ?」

問われた久国は、口元に手を当ててしばし考え込み、言った。

「上手くいけば、刀で頭を小突かれる程度の衝撃を与えられる……かもね」
「意味ねえ!」
「阿呆か!」

 二人から同時にツッコミを受けて、しかし久国はにやりと笑みを返した。

「今回の目的は、あくまで調査。別にGを全滅させろなんて言われちゃいないからね。問題ないよ」

――――――