「Take a shot」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

Take a shot」(2008/03/24 (月) 20:45:20) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

*&color(red){Take a shot ◆C0vluWr0so} 相羽シンヤはこのわずか数時間の間に舐めさせられた辛酸を思い出し、ただの虫けらに過ぎない人間どもの行いに歯噛みしていた。 飄々とした態度ながらもその確かな操縦技術でシンヤの乗機を撃破した、宇宙の始末屋J9を名乗るキッドという男。 空腹に倒れていた自分をまるで迷子の子犬のように拾い上げ、人間の分際で哀れみの目を向けた白い機体の女。 突然襲いかかり、真紅のマフラーをたなびかせながら自分を足蹴にした機体。 そしてなにより――ネゴシエイター。あいつだ。 赤マフラーの機体との戦闘に割って入り、取引とは名ばかりの要求を突きつけてきた。 仲間の生首を見たネゴシエイターの顔は見物だったが、人間風情に後れをとることになるとは思いもしなかった。 一瞬の油断のせいで右足はもがれ、左腕も使いものにならない。 (――この屈辱、必ず晴らしてみせる。待っていろ、ネゴシエイター!) とはいえ、このまま移動を続けるのは自殺行為。シンヤは怪我の処置、そして十分な食糧の確保を最優先事項だと判断する。 人気の無い市街地を片足のまま駆けるシンヤの目に入ってきたのは、一軒のコンビニだった。 「フフフ……ようやく僕にもツキがまわってきたようだね」 失血に因る吐き気と目眩にふらつく足を止め、店内に入ったシンヤが目をつけたのは包帯、消毒薬などが並ぶ薬品棚。 棚から薬と包帯を掴み取ったシンヤは、消毒薬の蓋をねじ切ると傷口にそのまま振りまいていく。 消毒薬のツンとした刺激臭が、シンヤを中心に店内に広がっていった。 まるまる一本分の薬を消費した後、包帯を無造作に右足に巻いていく。 右腕一本しか使えないシンヤにとって、この作業はいささか難しいものだった。 慣れない手つきで包帯を巻いていたが、苛立ちと共に半ば強引に処置を終わらせる。 明らかに乱雑な巻かれ方だったが、それでも最低限の止血効果は果たしているらしい。 右足から垂れ落ちていた血は徐々にその量を減らしていった。 続いてシンヤはテッカマンの超人的能力で棚のパイプを切断し、包帯で左手に縛り付ける。 テッカマンにとっては鉄パイプの簡易添え木など、あろうがなかろうが大して変わらない。 むしろ下手に固定したほうが戦闘の枷になるだろう。 ならば何故? 何故シンヤは自ら枷をつける? 全ては戒めだった。下等生物である人間とは比較の対象にすらならない存在、それがテッカマン。 その一員である自分が、人間風情に決して軽くない傷を負わされたのだ。 この枷は自らの過ちを示すためのものだ。踏みにじられた誇りを忘れぬためのものだ。 借りは返す。そのためにも、今は力を溜め込むことに専念する。 片っ端から食い物を掴み取り、シンヤは貪り始めた。 テッカマン時の急激なエネルギー消費に備えるためにも、失われた血を再び得るためにも、十分な栄養の摂取が必要だった。 限界を訴える胃の悲鳴を無視し、シンヤは食糧を体内に詰め込み続ける。 袋から出した即席麺をそのままバリバリとたいらげ、2リットルの水を一息に飲み干す。 瞬く間に店内からは食糧という食糧の全てが消え、シンヤの痩身に収まっていた。 シンヤは一呼吸置き、このバトルロワイアルが始まって以来、常に自分の行動原理の奥底にあったものを思い出す。 Dボウイ、テッカマンブレード……。『彼』を表す名は一つではなく、『彼』もまた、かつての名は捨てているらしい。 だが、シンヤにとってそれはどうでもいいことだった。 『相羽タカヤ』。シンヤにとって『彼』はただ『タカヤ兄さん』でしかなく。 自分の兄であるタカヤを超えることこそがシンヤの望み。 「兄さん……待っててね。こんな巫山戯た茶番、すぐに終わらせて兄さんのところへ行くよ……」 シンヤは唇を醜く歪ませ、くつくつと笑い出す。 やがてそれは悪意を込めた嗤いに変わり、憎悪に満ちた叫びに変わる。 「忘れるなネゴシエイター! そして全ての人間ども! 俺が……地獄を見せてやるッ!」 傷の処置は終わり、充分な栄養補給も済ませた。 休む暇など無い。一刻でも早く人間どもを皆殺しにし、自分をこの茶番に引きずり込んだ怪物に復讐をする。 (まずは、足の代わりを――) その時シンヤが耳にしたのは、移動中の機動兵器が立てる轟音。 急ぎ店外に出て、音の主を確認する。そこには厚い装甲に覆われた巨体の影があった。 (ククク……本当にツキがまわってきたみたいだ。こうもおあつらえ向きの機体が向こうから来てくれるなんてね……) シンヤが欲したのは新しい機体。この広大な戦場を駆け抜けるのはいくらテッカマンといえど無茶がある。 まして自分は片足を失っている。頑強な盾にも長距離の足にもなる目前の機体は喉から手が出るほど欲しいものだった。 ならば迷うことなどない。 シンヤは夜の闇を駆け、真紅の巨体へと近づいていった。  ◆ 「クソッ! エイジといいラキといい、どうしてこんなに自分勝手な奴らばっかりなんだぁ!」 金髪碧眼にして眉目秀麗、しかしながらその麗しい見た目とは裏腹に毒舌を吐きまくる男。 「どうして俺がこんな訳の分からない殺し合いを強要されなきゃいけねぇんだ!?  どう考えてもこんなのは俺向きの任務じゃねぇ。  本当なら今頃酒でもひっかけて、キャサリンかリンダと熱いささやきと口づけを……  って、誰だよキャサリンかリンダ! クソ野郎、もうどうにでもなれだ。  エイジとラキ、お前ら首洗って待ってろよ。俺をここまでこき使うなんて良い度胸だぜ!」 ハァ……、と思わずため息をこぼすクルツ。思えば自分はここに来てから最高最低にツイてない。 何にせよ、始まってから接触した面子が悪すぎる。 問答無用に襲ってくる赤鬼に始まり、美人だが他に類を見ない天然のラキ、普通かと思ってたがなんだかアレなエイジ。 さっき戦闘してた二機だってそうだ。殺し合いに乗る連中に良いヤツなんかいないに決まっている。 なんとかあの赤いマフラーのヤツは振りきったみたいだが……鬼が二匹かよ、コイツは洒落にならないぜ。 と、毒を吐き続ける。 クルツの現在地はC-8市街地。現在紅マフラーさんと大絶賛鬼ごっこ中。 なんとか光の壁で目視を遮り、鬼を振り切ることに成功。 ひとまず現在の状況整理と休憩を兼ねて、機体を高層ビルの谷間に潜ませながら、ここまでの道程を振り返っていたわけだが……。 何度思い返しても、怒りとも諦めともつかない感情が沸々と湧いてくるのは何故だろう? この状況はどう考えても自分に責は無い。よって責任の全ては俺以外の誰かにあるに違いない。 そんなわけで、クルツは上記のような具合になっているのだった。 「まぁ、これ以上過ぎたことをウダウダと言ってもしょうがない。前向きにこれからのことを考えますかねぇ……っと」 クルツが最優先すべきことは生き残ること。これは、たとえ天と地がひっくり返ろうとも絶対に変わらない大原則だ。 現在のところ、明確な行動指針として存在しているのはラキの探索のみ。 エイジの安否も心配と言えば心配だが、あそこまでお膳立てをしてやった。 あれで死んでしまったんならそれはもう不可抗力だ。あいつはツイてなかったんだと思うしかない。 生きているかは五分五分といったところか――と、クルツは推測する。 エイジは、生きていれば西、つまりH-1に向かうと言っていた。 A-2から飛んでいったラキもおそらくは北へ向かっていったはず。ここ数時間のラキの動向を考えるに、どちらかというと北東では無く北西に向かっているだろう。 なら二人ともH-1からB-1の何処かにいる可能性が高い。 ここはこちらからH-1の方へ行ってやる方が合理的だろう、と考え機体を西へと向ける。 既に時刻は20時を過ぎている。A-8の禁止エリアがその効果を発揮している頃だ。 そこは通らないように気をつけようとクルツが脳内メモに書き足したその時―― クルツにとって、本日三匹目の鬼がそこにいた。 「早速だが、その機体を僕に渡してくれないかい?」 見ればそこには機体に乗っていないどころか、片足さえも失った男が立っている。 しかし、その見た目に反してやけに上からの物言いをする男の態度にカチンときたクルツは、 「断るね。何だって俺がそんなことをしなくちゃいけないんだ? そんなことは俺じゃなくてママンにでも頼みなよ」 と、挑発的な言い方で返事をする。 「ふん、人間風情がこの僕に口答えを出来るとでも思っているのか?」 「ああ、思ってるさ。だいたいアンタこそ何様のつもりだよ。人にものを頼むときは下手に出て媚びへつらいなさいと習わなかったか?」 「知らないのなら教えてやる。僕はテッカマンエビル。人とは比べ物にならない超高次元の存在さ」 「はん、慣れない殺し合いでイカレちまったのか? そんな安っぽいSF――」 「なら力ずくで奪うまでだね! テックセッタァァァァァァ!!」 「おい、お前、会話のキャッチボールをするつもりが無いだろ……って、オイ!?」 そこには人の姿をしたものはいなかった。いるのは悪鬼――テッカマンエビルのみ! 目前で行われた、タネも仕掛けも無い変身ショーに唖然とするクルツに投げつけられたのは槍。 ワイヤーが括り付けられたテックランサーは、ラーズアングリフの左肩を抉る。 瞬時に手首を返しランサーを手に取ったエビルは、高らかに宣言する。 「さぁ、どうする人間! 俺は決めたぞ! 全ての人間どもに地獄を見せる!!」 チッ、と舌打ちをしながらクルツは機体の状況を確認。 不意をつかれた。左肩は完全にアウトだ。 腕はなんとか動くが得意の精密射撃までは期待出来ず、肩部から放たれるマトリクスミサイルも撃てなくなった。 更にエビルの猛攻は続く。 失った右足の代わりに槍とワイヤーを巧みに扱いながら、ラーズアングリフとの距離を徐々に詰めていく。 接近するテッカマンに対し、カウンター気味に放たれるリニアミサイルランチャー。 ミサイルをガトリング銃のように撃ち続けるクルツは、確実な手応えを感じた。 しかし、テッカマンの俊敏はクルツの常識を超えていた。 ミサイルの雨の軌跡を見極め、必要最低限の動きで避けていくエビル。 ラーズアングリフは長距離戦に特化し、それを極めた機体。 相手の射程外から銃弾を撃ち込み、攻撃させないまま勝つ。 必殺のフォールディングソリッドカノン、広範囲掃討兵器ファランクスミサイル、汎用性に優れたリニアミサイルランチャー、マトリクスミサイル。 だが超長距離に特化した結果、接近戦における弱体化もまた著しいものになっていた。 接近戦では何の変哲もない強化合金製ナイフだけが頼みの綱。 長距離砲の反動に耐えるべく設計された頑強な装甲も近距離ではただの鈍重な枷にしかならない。 ぶっちゃけて言うと……接近戦では雑魚である。 「この野郎!」 既に相対距離は20メートルを切った。 この距離ではシザースナイフを除いた全武装が使用不可。 加え、クルツもプロの傭兵として前線部隊で活躍する身といえど、本来は後方からの援護がメイン。 再度言おう。この機体とパイロット、接近戦では雑魚である。 テッカマンの槍撃をシザースナイフでなんとかいなすが、瞬時に二撃目が繰り出される。 まともに動かない腕はいらないと、左腕で受け止める。 完全に機能が停止する左腕。 クルツは右腕のリニアミサイルランチャーを構えると――後方に向けて発射。 背後のビルが音を立てながら、クルツとエビルの元へ崩れ落ちる。 巨岩を避けるべくエビルがバックステップした瞬間に、ラーズアングリフも全力で後方へ退避。 即座にビルの合間に隠れ、距離をとることを選択するクルツだったが…… (コイツはやばい。あのスピード、半端じゃないぜ。今のように懐に入られたら、今度こそ終わりか?  戦場で必要なのは瞬時の判断と的確な分析。考えろ、クルツ・ウェーバー) あのテッカマンと名乗る男――アイツの最大のアドバンテージはそのスピード。 まるで瞬間移動だ。いくら俺の射撃の腕でもワープするヤツを相手に一撃必殺とはいかない。 ……! 待てよ、アイツの回避運動を思い出せ。 アイツは一つ一つのミサイルの弾道を見極め、最低限の動きで俺の攻撃を避けていた……。 何故だ? あのスピードならちょこまかと避けずとも俺のところまでひとっ飛びのはず。 つまり、アイツにはそれが出来ない理由があったということか? それだ、そいつが鍵だ! そこに――生き残る目がある! 後は――それを見極めるだけだ。 クルツの思考を阻むようにテッカマンが再度の接近。 ビルの谷間を縫うように跳びかかってくるエビルに対し、牽制のマトリクスミサイルを二発放つ。 空中で散開した五本のミサイルがテッカマンに迫る。 これを難なく避けるエビル。だがその目前にはさらに五本、もう一組のミサイルが近づいていた。 しかしエビルには直接当たらずに目前で爆発。道路のアスファルトを盛大に撒き上げる。 「目眩ましか。案外ちゃちな手を使うんだな?」 エビルは強者だけが持てる余裕の笑みを浮かべる。 その目は獲物をいたぶるケモノのものだった。  ◇ (ようやく光が見えたぜ……!) 今の時間差攻撃である程度把握出来た。 相手は一度に長い距離を移動できない。 それがあの足の怪我に関係しているのかは分からないが、回避時に見せる俊敏な動きは一度に10メートルが限界だと推測。 そして一度回避してから体勢を立て直すまでにおそらく半秒は要する。 そこを叩く! クルツは自らテッカマンの眼前へと飛び出した。 月が煌々と照らす中対峙する一機と一人。 「自分から機体を持ってきてくれたのかい? それは良い心がけだね。  もっとも……今更そんな殊勝な態度を見せてくれても、君が無惨に殺されることに変更は無いよ」 「そうかい、そりゃー良かったな。俺にはそんな残忍な未来は想像出来ないね。  せいぜいお前が泣いてワビを乞う姿しか考えられないぜ」 「言うねぇ、人間ごときが。その口……今すぐ閉じさせてあげるよ!」 クルツの目の前からエビルが消失した。 いや、違う。超高速移動で一瞬のうちに視界から消えたのだ。 エビルの槍撃がラーズアングリフの胸部装甲を貫く寸前、クルツは後方へバーニアを噴かし回避。 (この半秒で距離を取る!) そのままバーニアの出力を限界まで上げ、全速で距離を空けていくラーズアングリフ。 後方への移動と共にマトリクスミサイルを射出。ミサイルが5本、尾を曳きながらエビルの元へ吸い込まれる。 エビルはワイヤーを伸ばし、ビルの壁面へと打ち付ける。 そのままワイヤーを収縮させ、ミサイルの矢を避けるが…… 「お前のクセ、見切ったぁ! これでお終いにするぜ!」 未だ体勢の整わぬエビルに放たれたのは暴力的なまでの数のミサイル。 先ほどまでの砲撃を矢とするならこれは雪崩。 広範囲掃討兵器、ファランクスミサイル。 本来数十メートル四方を焼け野原に変えるほどの砲撃は、対テッカマン用に弾道計算を書き換えられ、その範囲は五分の一以下になっていた。 だが、面積当たりの威力は一気に数倍に跳ね上がる。 数十本にも及ぶミサイルの濁流が、テッカマンエビルへと降り注ぐ。 一瞬の後、轟音。テッカマンの取り付いていたビルごと巻き込む大爆発は、周囲に瓦礫と粉塵を盛大に撒き散らす。 「ミッション・コンプリート……。だぁああああ、もうビックリ人間ショーの相手をすんのはゴメンだぜ……」 「それは残念だね。僕はまだまだ遊び足りないってのに」 クルツに戦慄が走る。今聞こえてきた声は……間違いない。 「おいおい……そりゃ反則だろ……?」 瓦礫の中からテッカマンエビルが這い上がってくる。 あれだけのミサイルを受けたにも関わらずその外見に大きな負傷は見られない。 「まぁ、確かに痛かったよ。でもそれだけだ。  あの程度の攻撃でテッカマンを倒せると思ったのかい!?」 自らの劣勢を感じたクルツは機体を走らせ、戦場からの離脱に専念。 だがテッカマンは振り切れない。ラーズアングリフと併走し、攻撃を仕掛けてくる。 「ハハハハハハハ! さっきまでの威勢はどうしたんだい!」 ランサーがパイロットブロック目掛けて投擲される。 分厚い装甲に阻まれクルツの座る操縦席までは届かなかったものの、深い爪痕が胸部に残る。 反撃のリニアミサイルランチャーとマトリクスミサイルもテッカマンにはかすりもせず、夜のビル街に突き刺さるだけ。 当てられない。それが分かっていてもクルツは撃ち続ける。生きるために。帰るために。 だが――現実はいつでも残酷だった。 テッカマンはクルツの砲撃を難なく避け、ワイヤーに取り付けられたランサーを銛のように扱いラーズアングリフに投擲。 機体の損傷は出来る限り少ないまま自分の物にしたいというエビルの狙いに気づいたクルツは、コクピットブロックへの攻撃を予測。 あらかじめ軌道が分かっているため、すんでのところで回避に成功する。 すかさず反撃のミサイルを放つ。 しかしテッカマンの運動性の前には、少々の弾幕では妨げにはならなかった。 再びビル群に吸い込まれていくミサイル。 「銃の腕は大層下手くそのようだね。そんなことではこの僕に勝てやしないよ」 「うるせぇ! 誰に向かって口を聞いてやがる!」 ミサイル。 回避。 投擲。 回避or防御。 この繰り返しが永遠に続くかと思われたその時――マトリクスミサイルの残弾が尽きた。 「なっ……!? こんな時に弾切れかよ!」 「残念だったね!」 クルツからの砲撃が止んだ一瞬を逃さず、エビルは更なる追撃を決行。 エビルからテックワイヤーが射出され、ラーズアングリフの左肩に突き刺さる! ワイヤーを巻き取りながら瞬時に距離を詰めるエビルに対し、クルツは左腕の破棄を決断する。 シザースナイフを構え、左腕全体を胴体から切断。 そしてリニアミサイルランチャーを構え直すとテッカマンごと左腕を攻撃する。 ラーズアングリフは、それ自体が『歩く火薬庫』と称される全身重火器の機体。 肩にマトリクスミサイルを内蔵した腕部は、それだけで一つの爆弾のようなものである。 ラーズアングリフの左腕はテッカマンを巻き込み盛大に爆発した。 (……! やるなら、今か!?) いくら左腕が爆弾そのものだったとしても、先ほどのファランクスミサイル一斉掃射を超える破壊力は無い。 テッカマンはまだ健在のはずだ。 切り札であるアレを使うなら――今。 だが、もし外したら? 残り二発しか無いアレを無駄に消費することになったら? クルツの中で一瞬の迷いが生じる。 ――迷ってる暇があるならっ! 撃つしかねぇ!! 切り札――Fソリッドカノンを構えるラーズアングリフ。 テッカマンとの充分な距離を確認。照準を合わせる。 いかにテッカマンといえど、ラーズアングリフ武装の中で最大射程最強威力を誇るFソリッドカノンの直撃を受ければひとたまりもないはずだ。 汗に濡れた手でトリガーを引く。 高速加速された砲弾はまっすぐにテッカマンへと向かい――  ◇ 現実は、無慈悲だ。 Fソリッドカノンは、テッカマンを穿てなかった。 クルツの中で生じた一瞬の迷いが勝負を決めた。その一瞬でエビルは3メートル右へ移動。 それだけで、充分だった。 「くそっ……、くそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」 「残念だったね……。まさかあんな隠し玉を持っているとは夢にも思わなかったが、もう終わりだよ。  さぁ、今度こそ本当の終わりにしよう」 「やっ、やめろ! やめてくれ! 機体ならいくらでも渡す!  なんだってする! だから命だけは助けてくれ!」 「ククク……さすがは人間だ。いざ最後の時となれば平気で命乞いをする。見栄もプライドも捨ててね」 戦いは終わった。これから始まるのは真の勝者と敗者とを決するための最後の時間。 最後まで生き残った者が唯一無二の勝者という、この殺し合いの大原則。 負けた者は死ぬ。ただそれだけ。 だが―― 「助けてくれっ! お、俺は故郷に許嫁がいるんだ! この戦争が終わったら結婚しようって約束してんだ!  生き残れたら、とっておきのバーボンを奢ってくれると約束した上司もいる!  金ならいくらでも用意する! 命だけは助けてくれ!                   ……なーんて言うとでも思ったか?」 勝負は――最後の最後まで分からない! 「ふん、この期に及んで負け惜し――っ何!?」 夜の闇に包まれた街が、テッカマンエビルに向かって崩壊する。 エビルは周囲を見渡す。360度全方位からビルが倒れ込んでくる。逃げ場はない! 「さぁ、ここで種明かしだ。俺が無駄に弾を撒き散らしたとでも思ってたのか?  そいつは残念。このクルツ様があんなに何発も外すわけがねぇだろうがアンポンタン。  弾は外してたんじゃねぇ。『埋め込んでた』んだよ。  後はタイミングを見計らって……ドカン!」 最後は機体を奪うために接近戦を仕掛けてくる――そう読んだクルツは罠を仕掛けた。 この広大な市街地、その中でも一際目立つ高層ビル群を出し惜しみ無く使う豪華な罠を。 テッカマンから逸れ、ビルに突き刺さっていったミサイルの多くは、この瞬間のための下準備。 ミサイルの直撃を受けたビルは、その巨体を支えるのに精一杯。もしここで更に衝撃が加わったりすれば……。 後はその罠の中心でテッカマンを待ちかまえるだけ。 テッカマンエビルをおびき寄せる代償としてなら、元々動かなかった左腕の一本くらい安いものだ。 そしてFソリッドカノンの一撃を火種に、ミサイルの直撃で脆くなっていたビル群は連鎖的に崩壊を開始。 クルツの狙いは完璧に成された。 エビルに残された逃げ場はただ一つ。満月の浮かぶ空。 落下してくる破片を足場に上空へと跳び続ける。 ビル群が完全崩壊を終える瞬前、エビルは何ものにも遮られない中空へと躍り出る。 その瞬間ふと見た地上では――真紅の影が、砲身を構えこちらに向けていた。 「お前の敗因は二つ。一つは機体を得るために攻撃の手を緩めていたこと。  そしてもう一つは……このクルツ・ウェーバー様を見くびっていたことさ!」 全てはこの一撃のため。相手の動きを封じるため。障害の無い空へとおびき出すため。 弾薬の殆どと高層ビル街を費やした罠も、決定打になるとは思えなかったし、思わなかった。 クルツ・ウェーバーは狙撃手だ。始めから最後まで、勝負の決め手は銃弾一つ。 動く先が分かっている相手など、目をつぶっても当てられる! 「そこなら逃げも隠れも出来ねえぜ!」 Fソリッドカノン最後の一発が放たれる。 エビルがクルツの意図に気づいたときには、それを避ける暇さえ存在しなかった。 高速加速された砲弾はまっすぐにテッカマンへと向かい――命中した。 兄への想いのままに生き続けたテッカマンは、テッカマンとしての短い生を終えた。 人からテッカマンへ生まれ変わるとき、相羽シンヤは一度死んだ。 二度目の死が一度目と違うこと、それは兄への想いもまた、永遠に消えてしまったことだった。  ◆ 再び静寂を取り戻したビル街。そこでクルツ・ウェーバーは深いため息をついていた。 「ハァ~、しっかしなんでこう俺ってツイてねーんだ?」 クルツはテッカマンを撃破した直後のことを思い出す。  ―――――― 強敵の撃破にホッとしたのも束の間、すぐに新たな来客がやってきた。 センサーに感知した熱源反応。それが示す機体の正体に気がついた時、クルツは即座にラーズアングリフを瓦礫に紛らせ、通信、センサーを除く全電源を落とし、考え得る限りの隠蔽を施した。 それもそのはず。その機体とは…… 「野郎おおおおおおおおおおお! どこへ行きやがったあああああああああああああああ!」 完全に撒いたと思った紅いマフラーの機体だったのである。 おそらくこの騒ぎを聞きつけて、急ぎ馳せ参じたのであろう。 (冗談じゃねぇ! 弾も無い、腕も無いでどうやってアイツとやりあえってんだ!) まともに相手は出来ないと判断したクルツはとにかく隠れることを選択。 しばらく赤マフラーは周辺の探索を続け、北西の方角へ去っていった。  ―――――― 「さて……どうするかな」 予想外のことが続きまくり、全く思う通りに事が進まない。 弾薬も殆ど無い。補給は出来る限り早く済ませたい。 しかしあの赤マフラーがうろついてる限り下手に動くのは避けたいし、どうせなら休めるときに休んでおきたい。 「よし、後一時間はここで休む。それから……近くで分かる補給ポイントはB-1か……」 22時行動開始。B-1補給ポイントで補給、ついでにエイジの安否も確認。 エイジが無事だろうがなんだろうがラキは探す。期限は……次の放送まで。 それでラキが死んじまってたら探索打切。その後の行動はその時考える、と。 さて……疲れたことだし、この一時間はせいぜい全力で休むとするかね…… 【クルツ・ウェーバー 搭乗機体:ラーズアングリフ(スーパーロボット大戦A) パイロット状況:冷静 機体状況:Fソリッドカノン、ファランクスミサイル共に残弾0、左腕消失、残弾1/5、胸部損傷 現在位置:C-8 市街地北部 第一行動方針:22時まで目一杯休む 第二行動方針:B-1補給ポイントにて補給 第三行動方針:エイジ、ラキの探索 第四行動方針:ゲームをぶち壊す 第五行動方針:駄目なら皆殺し 最終行動方針:ゲームから脱出】 &color(red){【相羽 シンヤ(テッカマンエビル) 搭乗機体:無し} &color(red){パイロット状況:死亡} &color(red){機体状況:機体なし} &color(red){現在位置:C-8市街地北部】} 【流 竜馬 搭乗機体:大雷鳳(バンプレストオリジナル) パイロット状態:怒り、衰弱 機体状態:装甲表面に多数の微細な傷、頭部喪失、右肩外部装甲損壊 、腹部装甲にヒビ、胸部装甲に凹み 現在位置: C-8北西部 第一行動方針:クルツを追う 第二行動方針:サーチアンドデストロイ 最終行動方針:ゲームで勝つ 備考:ゲッターサイト(大鎌)を所持】 &color(red){【残り34人】} 【初日 21:00】 ----
*&color(red){Take a shot ◆C0vluWr0so} 相羽シンヤはこのわずか数時間の間に舐めさせられた辛酸を思い出し、ただの虫けらに過ぎない人間どもの行いに歯噛みしていた。 飄々とした態度ながらもその確かな操縦技術でシンヤの乗機を撃破した、宇宙の始末屋J9を名乗るキッドという男。 空腹に倒れていた自分をまるで迷子の子犬のように拾い上げ、人間の分際で哀れみの目を向けた白い機体の女。 突然襲いかかり、真紅のマフラーをたなびかせながら自分を足蹴にした機体。 そしてなにより――ネゴシエイター。あいつだ。 赤マフラーの機体との戦闘に割って入り、取引とは名ばかりの要求を突きつけてきた。 仲間の生首を見たネゴシエイターの顔は見物だったが、人間風情に後れをとることになるとは思いもしなかった。 一瞬の油断のせいで右足はもがれ、左腕も使いものにならない。 (――この屈辱、必ず晴らしてみせる。待っていろ、ネゴシエイター!) とはいえ、このまま移動を続けるのは自殺行為。シンヤは怪我の処置、そして十分な食糧の確保を最優先事項だと判断する。 人気の無い市街地を片足のまま駆けるシンヤの目に入ってきたのは、一軒のコンビニだった。 「フフフ……ようやく僕にもツキがまわってきたようだね」 失血に因る吐き気と目眩にふらつく足を止め、店内に入ったシンヤが目をつけたのは包帯、消毒薬などが並ぶ薬品棚。 棚から薬と包帯を掴み取ったシンヤは、消毒薬の蓋をねじ切ると傷口にそのまま振りまいていく。 消毒薬のツンとした刺激臭が、シンヤを中心に店内に広がっていった。 まるまる一本分の薬を消費した後、包帯を無造作に右足に巻いていく。 右腕一本しか使えないシンヤにとって、この作業はいささか難しいものだった。 慣れない手つきで包帯を巻いていたが、苛立ちと共に半ば強引に処置を終わらせる。 明らかに乱雑な巻かれ方だったが、それでも最低限の止血効果は果たしているらしい。 右足から垂れ落ちていた血は徐々にその量を減らしていった。 続いてシンヤはテッカマンの超人的能力で棚のパイプを切断し、包帯で左手に縛り付ける。 テッカマンにとっては鉄パイプの簡易添え木など、あろうがなかろうが大して変わらない。 むしろ下手に固定したほうが戦闘の枷になるだろう。 ならば何故? 何故シンヤは自ら枷をつける? 全ては戒めだった。下等生物である人間とは比較の対象にすらならない存在、それがテッカマン。 その一員である自分が、人間風情に決して軽くない傷を負わされたのだ。 この枷は自らの過ちを示すためのものだ。踏みにじられた誇りを忘れぬためのものだ。 借りは返す。そのためにも、今は力を溜め込むことに専念する。 片っ端から食い物を掴み取り、シンヤは貪り始めた。 テッカマン時の急激なエネルギー消費に備えるためにも、失われた血を再び得るためにも、十分な栄養の摂取が必要だった。 限界を訴える胃の悲鳴を無視し、シンヤは食糧を体内に詰め込み続ける。 袋から出した即席麺をそのままバリバリとたいらげ、2リットルの水を一息に飲み干す。 瞬く間に店内からは食糧という食糧の全てが消え、シンヤの痩身に収まっていた。 シンヤは一呼吸置き、このバトルロワイアルが始まって以来、常に自分の行動原理の奥底にあったものを思い出す。 Dボウイ、テッカマンブレード……。『彼』を表す名は一つではなく、『彼』もまた、かつての名は捨てているらしい。 だが、シンヤにとってそれはどうでもいいことだった。 『相羽タカヤ』。シンヤにとって『彼』はただ『タカヤ兄さん』でしかなく。 自分の兄であるタカヤを超えることこそがシンヤの望み。 「兄さん……待っててね。こんな巫山戯た茶番、すぐに終わらせて兄さんのところへ行くよ……」 シンヤは唇を醜く歪ませ、くつくつと笑い出す。 やがてそれは悪意を込めた嗤いに変わり、憎悪に満ちた叫びに変わる。 「忘れるなネゴシエイター! そして全ての人間ども! 俺が……地獄を見せてやるッ!」 傷の処置は終わり、充分な栄養補給も済ませた。 休む暇など無い。一刻でも早く人間どもを皆殺しにし、自分をこの茶番に引きずり込んだ怪物に復讐をする。 (まずは、足の代わりを――) その時シンヤが耳にしたのは、移動中の機動兵器が立てる轟音。 急ぎ店外に出て、音の主を確認する。そこには厚い装甲に覆われた巨体の影があった。 (ククク……本当にツキがまわってきたみたいだ。こうもおあつらえ向きの機体が向こうから来てくれるなんてね……) シンヤが欲したのは新しい機体。この広大な戦場を駆け抜けるのはいくらテッカマンといえど無茶がある。 まして自分は片足を失っている。頑強な盾にも長距離の足にもなる目前の機体は喉から手が出るほど欲しいものだった。 ならば迷うことなどない。 シンヤは夜の闇を駆け、真紅の巨体へと近づいていった。  ◆ 「クソッ! エイジといいラキといい、どうしてこんなに自分勝手な奴らばっかりなんだぁ!」 金髪碧眼にして眉目秀麗、しかしながらその麗しい見た目とは裏腹に毒舌を吐きまくる男。 「どうして俺がこんな訳の分からない殺し合いを強要されなきゃいけねぇんだ!?  どう考えてもこんなのは俺向きの任務じゃねぇ。  本当なら今頃酒でもひっかけて、キャサリンかリンダと熱いささやきと口づけを……  って、誰だよキャサリンかリンダ! クソ野郎、もうどうにでもなれだ。  エイジとラキ、お前ら首洗って待ってろよ。俺をここまでこき使うなんて良い度胸だぜ!」 ハァ……、と思わずため息をこぼすクルツ。思えば自分はここに来てから最高最低にツイてない。 何にせよ、始まってから接触した面子が悪すぎる。 問答無用に襲ってくる赤鬼に始まり、美人だが他に類を見ない天然のラキ、普通かと思ってたがなんだかアレなエイジ。 さっき戦闘してた二機だってそうだ。殺し合いに乗る連中に良いヤツなんかいないに決まっている。 なんとかあの赤いマフラーのヤツは振りきったみたいだが……鬼が二匹かよ、コイツは洒落にならないぜ。 と、毒を吐き続ける。 クルツの現在地はC-8市街地。現在紅マフラーさんと大絶賛鬼ごっこ中。 なんとか光の壁で目視を遮り、鬼を振り切ることに成功。 ひとまず現在の状況整理と休憩を兼ねて、機体を高層ビルの谷間に潜ませながら、ここまでの道程を振り返っていたわけだが……。 何度思い返しても、怒りとも諦めともつかない感情が沸々と湧いてくるのは何故だろう? この状況はどう考えても自分に責は無い。よって責任の全ては俺以外の誰かにあるに違いない。 そんなわけで、クルツは上記のような具合になっているのだった。 「まぁ、これ以上過ぎたことをウダウダと言ってもしょうがない。前向きにこれからのことを考えますかねぇ……っと」 クルツが最優先すべきことは生き残ること。これは、たとえ天と地がひっくり返ろうとも絶対に変わらない大原則だ。 現在のところ、明確な行動指針として存在しているのはラキの探索のみ。 エイジの安否も心配と言えば心配だが、あそこまでお膳立てをしてやった。 あれで死んでしまったんならそれはもう不可抗力だ。あいつはツイてなかったんだと思うしかない。 生きているかは五分五分といったところか――と、クルツは推測する。 エイジは、生きていれば西、つまりH-1に向かうと言っていた。 A-2から飛んでいったラキもおそらくは北へ向かっていったはず。ここ数時間のラキの動向を考えるに、どちらかというと北東では無く北西に向かっているだろう。 なら二人ともH-1からB-1の何処かにいる可能性が高い。 ここはこちらからH-1の方へ行ってやる方が合理的だろう、と考え機体を西へと向ける。 既に時刻は20時を過ぎている。A-8の禁止エリアがその効果を発揮している頃だ。 そこは通らないように気をつけようとクルツが脳内メモに書き足したその時―― クルツにとって、本日三匹目の鬼がそこにいた。 「早速だが、その機体を僕に渡してくれないかい?」 見ればそこには機体に乗っていないどころか、片足さえも失った男が立っている。 しかし、その見た目に反してやけに上からの物言いをする男の態度にカチンときたクルツは、 「断るね。何だって俺がそんなことをしなくちゃいけないんだ? そんなことは俺じゃなくてママンにでも頼みなよ」 と、挑発的な言い方で返事をする。 「ふん、人間風情がこの僕に口答えを出来るとでも思っているのか?」 「ああ、思ってるさ。だいたいアンタこそ何様のつもりだよ。人にものを頼むときは下手に出て媚びへつらいなさいと習わなかったか?」 「知らないのなら教えてやる。僕はテッカマンエビル。人とは比べ物にならない超高次元の存在さ」 「はん、慣れない殺し合いでイカレちまったのか? そんな安っぽいSF――」 「なら力ずくで奪うまでだね! テックセッタァァァァァァ!!」 「おい、お前、会話のキャッチボールをするつもりが無いだろ……って、オイ!?」 そこには人の姿をしたものはいなかった。いるのは悪鬼――テッカマンエビルのみ! 目前で行われた、タネも仕掛けも無い変身ショーに唖然とするクルツに投げつけられたのは槍。 ワイヤーが括り付けられたテックランサーは、ラーズアングリフの左肩を抉る。 瞬時に手首を返しランサーを手に取ったエビルは、高らかに宣言する。 「さぁ、どうする人間! 俺は決めたぞ! 全ての人間どもに地獄を見せる!!」 チッ、と舌打ちをしながらクルツは機体の状況を確認。 不意をつかれた。左肩は完全にアウトだ。 腕はなんとか動くが得意の精密射撃までは期待出来ず、肩部から放たれるマトリクスミサイルも撃てなくなった。 更にエビルの猛攻は続く。 失った右足の代わりに槍とワイヤーを巧みに扱いながら、ラーズアングリフとの距離を徐々に詰めていく。 接近するテッカマンに対し、カウンター気味に放たれるリニアミサイルランチャー。 ミサイルをガトリング銃のように撃ち続けるクルツは、確実な手応えを感じた。 しかし、テッカマンの俊敏はクルツの常識を超えていた。 ミサイルの雨の軌跡を見極め、必要最低限の動きで避けていくエビル。 ラーズアングリフは長距離戦に特化し、それを極めた機体。 相手の射程外から銃弾を撃ち込み、攻撃させないまま勝つ。 必殺のフォールディングソリッドカノン、広範囲掃討兵器ファランクスミサイル、汎用性に優れたリニアミサイルランチャー、マトリクスミサイル。 だが超長距離に特化した結果、接近戦における弱体化もまた著しいものになっていた。 接近戦では何の変哲もない強化合金製ナイフだけが頼みの綱。 長距離砲の反動に耐えるべく設計された頑強な装甲も近距離ではただの鈍重な枷にしかならない。 ぶっちゃけて言うと……接近戦では雑魚である。 「この野郎!」 既に相対距離は20メートルを切った。 この距離ではシザースナイフを除いた全武装が使用不可。 加え、クルツもプロの傭兵として前線部隊で活躍する身といえど、本来は後方からの援護がメイン。 再度言おう。この機体とパイロット、接近戦では雑魚である。 テッカマンの槍撃をシザースナイフでなんとかいなすが、瞬時に二撃目が繰り出される。 まともに動かない腕はいらないと、左腕で受け止める。 完全に機能が停止する左腕。 クルツは右腕のリニアミサイルランチャーを構えると――後方に向けて発射。 背後のビルが音を立てながら、クルツとエビルの元へ崩れ落ちる。 巨岩を避けるべくエビルがバックステップした瞬間に、ラーズアングリフも全力で後方へ退避。 即座にビルの合間に隠れ、距離をとることを選択するクルツだったが…… (コイツはやばい。あのスピード、半端じゃないぜ。今のように懐に入られたら、今度こそ終わりか?  戦場で必要なのは瞬時の判断と的確な分析。考えろ、クルツ・ウェーバー) あのテッカマンと名乗る男――アイツの最大のアドバンテージはそのスピード。 まるで瞬間移動だ。いくら俺の射撃の腕でもワープするヤツを相手に一撃必殺とはいかない。 ……! 待てよ、アイツの回避運動を思い出せ。 アイツは一つ一つのミサイルの弾道を見極め、最低限の動きで俺の攻撃を避けていた……。 何故だ? あのスピードならちょこまかと避けずとも俺のところまでひとっ飛びのはず。 つまり、アイツにはそれが出来ない理由があったということか? それだ、そいつが鍵だ! そこに――生き残る目がある! 後は――それを見極めるだけだ。 クルツの思考を阻むようにテッカマンが再度の接近。 ビルの谷間を縫うように跳びかかってくるエビルに対し、牽制のマトリクスミサイルを二発放つ。 空中で散開した五本のミサイルがテッカマンに迫る。 これを難なく避けるエビル。だがその目前にはさらに五本、もう一組のミサイルが近づいていた。 しかしエビルには直接当たらずに目前で爆発。道路のアスファルトを盛大に撒き上げる。 「目眩ましか。案外ちゃちな手を使うんだな?」 エビルは強者だけが持てる余裕の笑みを浮かべる。 その目は獲物をいたぶるケモノのものだった。  ◇ (ようやく光が見えたぜ……!) 今の時間差攻撃である程度把握出来た。 相手は一度に長い距離を移動できない。 それがあの足の怪我に関係しているのかは分からないが、回避時に見せる俊敏な動きは一度に10メートルが限界だと推測。 そして一度回避してから体勢を立て直すまでにおそらく半秒は要する。 そこを叩く! クルツは自らテッカマンの眼前へと飛び出した。 月が煌々と照らす中対峙する一機と一人。 「自分から機体を持ってきてくれたのかい? それは良い心がけだね。  もっとも……今更そんな殊勝な態度を見せてくれても、君が無惨に殺されることに変更は無いよ」 「そうかい、そりゃー良かったな。俺にはそんな残忍な未来は想像出来ないね。  せいぜいお前が泣いてワビを乞う姿しか考えられないぜ」 「言うねぇ、人間ごときが。その口……今すぐ閉じさせてあげるよ!」 クルツの目の前からエビルが消失した。 いや、違う。超高速移動で一瞬のうちに視界から消えたのだ。 エビルの槍撃がラーズアングリフの胸部装甲を貫く寸前、クルツは後方へバーニアを噴かし回避。 (この半秒で距離を取る!) そのままバーニアの出力を限界まで上げ、全速で距離を空けていくラーズアングリフ。 後方への移動と共にマトリクスミサイルを射出。ミサイルが5本、尾を曳きながらエビルの元へ吸い込まれる。 エビルはワイヤーを伸ばし、ビルの壁面へと打ち付ける。 そのままワイヤーを収縮させ、ミサイルの矢を避けるが…… 「お前のクセ、見切ったぁ! これでお終いにするぜ!」 未だ体勢の整わぬエビルに放たれたのは暴力的なまでの数のミサイル。 先ほどまでの砲撃を矢とするならこれは雪崩。 広範囲掃討兵器、ファランクスミサイル。 本来数十メートル四方を焼け野原に変えるほどの砲撃は、対テッカマン用に弾道計算を書き換えられ、その範囲は五分の一以下になっていた。 だが、面積当たりの威力は一気に数倍に跳ね上がる。 数十本にも及ぶミサイルの濁流が、テッカマンエビルへと降り注ぐ。 一瞬の後、轟音。テッカマンの取り付いていたビルごと巻き込む大爆発は、周囲に瓦礫と粉塵を盛大に撒き散らす。 「ミッション・コンプリート……。だぁああああ、もうビックリ人間ショーの相手をすんのはゴメンだぜ……」 「それは残念だね。僕はまだまだ遊び足りないってのに」 クルツに戦慄が走る。今聞こえてきた声は……間違いない。 「おいおい……そりゃ反則だろ……?」 瓦礫の中からテッカマンエビルが這い上がってくる。 あれだけのミサイルを受けたにも関わらずその外見に大きな負傷は見られない。 「まぁ、確かに痛かったよ。でもそれだけだ。  あの程度の攻撃でテッカマンを倒せると思ったのかい!?」 自らの劣勢を感じたクルツは機体を走らせ、戦場からの離脱に専念。 だがテッカマンは振り切れない。ラーズアングリフと併走し、攻撃を仕掛けてくる。 「ハハハハハハハ! さっきまでの威勢はどうしたんだい!」 ランサーがパイロットブロック目掛けて投擲される。 分厚い装甲に阻まれクルツの座る操縦席までは届かなかったものの、深い爪痕が胸部に残る。 反撃のリニアミサイルランチャーとマトリクスミサイルもテッカマンにはかすりもせず、夜のビル街に突き刺さるだけ。 当てられない。それが分かっていてもクルツは撃ち続ける。生きるために。帰るために。 だが――現実はいつでも残酷だった。 テッカマンはクルツの砲撃を難なく避け、ワイヤーに取り付けられたランサーを銛のように扱いラーズアングリフに投擲。 機体の損傷は出来る限り少ないまま自分の物にしたいというエビルの狙いに気づいたクルツは、コクピットブロックへの攻撃を予測。 あらかじめ軌道が分かっているため、すんでのところで回避に成功する。 すかさず反撃のミサイルを放つ。 しかしテッカマンの運動性の前には、少々の弾幕では妨げにはならなかった。 再びビル群に吸い込まれていくミサイル。 「銃の腕は大層下手くそのようだね。そんなことではこの僕に勝てやしないよ」 「うるせぇ! 誰に向かって口を聞いてやがる!」 ミサイル。 回避。 投擲。 回避or防御。 この繰り返しが永遠に続くかと思われたその時――マトリクスミサイルの残弾が尽きた。 「なっ……!? こんな時に弾切れかよ!」 「残念だったね!」 クルツからの砲撃が止んだ一瞬を逃さず、エビルは更なる追撃を決行。 エビルからテックワイヤーが射出され、ラーズアングリフの左肩に突き刺さる! ワイヤーを巻き取りながら瞬時に距離を詰めるエビルに対し、クルツは左腕の破棄を決断する。 シザースナイフを構え、左腕全体を胴体から切断。 そしてリニアミサイルランチャーを構え直すとテッカマンごと左腕を攻撃する。 ラーズアングリフは、それ自体が『歩く火薬庫』と称される全身重火器の機体。 肩にマトリクスミサイルを内蔵した腕部は、それだけで一つの爆弾のようなものである。 ラーズアングリフの左腕はテッカマンを巻き込み盛大に爆発した。 (……! やるなら、今か!?) いくら左腕が爆弾そのものだったとしても、先ほどのファランクスミサイル一斉掃射を超える破壊力は無い。 テッカマンはまだ健在のはずだ。 切り札であるアレを使うなら――今。 だが、もし外したら? 残り二発しか無いアレを無駄に消費することになったら? クルツの中で一瞬の迷いが生じる。 ――迷ってる暇があるならっ! 撃つしかねぇ!! 切り札――Fソリッドカノンを構えるラーズアングリフ。 テッカマンとの充分な距離を確認。照準を合わせる。 いかにテッカマンといえど、ラーズアングリフ武装の中で最大射程最強威力を誇るFソリッドカノンの直撃を受ければひとたまりもないはずだ。 汗に濡れた手でトリガーを引く。 高速加速された砲弾はまっすぐにテッカマンへと向かい――  ◇ 現実は、無慈悲だ。 Fソリッドカノンは、テッカマンを穿てなかった。 クルツの中で生じた一瞬の迷いが勝負を決めた。その一瞬でエビルは3メートル右へ移動。 それだけで、充分だった。 「くそっ……、くそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」 「残念だったね……。まさかあんな隠し玉を持っているとは夢にも思わなかったが、もう終わりだよ。  さぁ、今度こそ本当の終わりにしよう」 「やっ、やめろ! やめてくれ! 機体ならいくらでも渡す!  なんだってする! だから命だけは助けてくれ!」 「ククク……さすがは人間だ。いざ最後の時となれば平気で命乞いをする。見栄もプライドも捨ててね」 戦いは終わった。これから始まるのは真の勝者と敗者とを決するための最後の時間。 最後まで生き残った者が唯一無二の勝者という、この殺し合いの大原則。 負けた者は死ぬ。ただそれだけ。 だが―― 「助けてくれっ! お、俺は故郷に許嫁がいるんだ! この戦争が終わったら結婚しようって約束してんだ!  生き残れたら、とっておきのバーボンを奢ってくれると約束した上司もいる!  金ならいくらでも用意する! 命だけは助けてくれ!                   ……なーんて言うとでも思ったか?」 勝負は――最後の最後まで分からない! 「ふん、この期に及んで負け惜し――っ何!?」 夜の闇に包まれた街が、テッカマンエビルに向かって崩壊する。 エビルは周囲を見渡す。360度全方位からビルが倒れ込んでくる。逃げ場はない! 「さぁ、ここで種明かしだ。俺が無駄に弾を撒き散らしたとでも思ってたのか?  そいつは残念。このクルツ様があんなに何発も外すわけがねぇだろうがアンポンタン。  弾は外してたんじゃねぇ。『埋め込んでた』んだよ。  後はタイミングを見計らって……ドカン!」 最後は機体を奪うために接近戦を仕掛けてくる――そう読んだクルツは罠を仕掛けた。 この広大な市街地、その中でも一際目立つ高層ビル群を出し惜しみ無く使う豪華な罠を。 テッカマンから逸れ、ビルに突き刺さっていったミサイルの多くは、この瞬間のための下準備。 ミサイルの直撃を受けたビルは、その巨体を支えるのに精一杯。もしここで更に衝撃が加わったりすれば……。 後はその罠の中心でテッカマンを待ちかまえるだけ。 テッカマンエビルをおびき寄せる代償としてなら、元々動かなかった左腕の一本くらい安いものだ。 そしてFソリッドカノンの一撃を火種に、ミサイルの直撃で脆くなっていたビル群は連鎖的に崩壊を開始。 クルツの狙いは完璧に成された。 エビルに残された逃げ場はただ一つ。満月の浮かぶ空。 落下してくる破片を足場に上空へと跳び続ける。 ビル群が完全崩壊を終える瞬前、エビルは何ものにも遮られない中空へと躍り出る。 その瞬間ふと見た地上では――真紅の影が、砲身を構えこちらに向けていた。 「お前の敗因は二つ。一つは機体を得るために攻撃の手を緩めていたこと。  そしてもう一つは……このクルツ・ウェーバー様を見くびっていたことさ!」 全てはこの一撃のため。相手の動きを封じるため。障害の無い空へとおびき出すため。 弾薬の殆どと高層ビル街を費やした罠も、決定打になるとは思えなかったし、思わなかった。 クルツ・ウェーバーは狙撃手だ。始めから最後まで、勝負の決め手は銃弾一つ。 動く先が分かっている相手など、目をつぶっても当てられる! 「そこなら逃げも隠れも出来ねえぜ!」 Fソリッドカノン最後の一発が放たれる。 エビルがクルツの意図に気づいたときには、それを避ける暇さえ存在しなかった。 高速加速された砲弾はまっすぐにテッカマンへと向かい――命中した。 兄への想いのままに生き続けたテッカマンは、テッカマンとしての短い生を終えた。 人からテッカマンへ生まれ変わるとき、相羽シンヤは一度死んだ。 二度目の死が一度目と違うこと、それは兄への想いもまた、永遠に消えてしまったことだった。  ◆ 再び静寂を取り戻したビル街。そこでクルツ・ウェーバーは深いため息をついていた。 「ハァ~、しっかしなんでこう俺ってツイてねーんだ?」 クルツはテッカマンを撃破した直後のことを思い出す。  ―――――― 強敵の撃破にホッとしたのも束の間、すぐに新たな来客がやってきた。 センサーに感知した熱源反応。それが示す機体の正体に気がついた時、クルツは即座にラーズアングリフを瓦礫に紛らせ、通信、センサーを除く全電源を落とし、考え得る限りの隠蔽を施した。 それもそのはず。その機体とは…… 「野郎おおおおおおおおおおお! どこへ行きやがったあああああああああああああああ!」 完全に撒いたと思った紅いマフラーの機体だったのである。 おそらくこの騒ぎを聞きつけて、急ぎ馳せ参じたのであろう。 (冗談じゃねぇ! 弾も無い、腕も無いでどうやってアイツとやりあえってんだ!) まともに相手は出来ないと判断したクルツはとにかく隠れることを選択。 しばらく赤マフラーは周辺の探索を続け、北西の方角へ去っていった。  ―――――― 「さて……どうするかな」 予想外のことが続きまくり、全く思う通りに事が進まない。 弾薬も殆ど無い。補給は出来る限り早く済ませたい。 しかしあの赤マフラーがうろついてる限り下手に動くのは避けたいし、どうせなら休めるときに休んでおきたい。 「よし、後一時間はここで休む。それから……近くで分かる補給ポイントはB-1か……」 22時行動開始。B-1補給ポイントで補給、ついでにエイジの安否も確認。 エイジが無事だろうがなんだろうがラキは探す。期限は……次の放送まで。 それでラキが死んじまってたら探索打切。その後の行動はその時考える、と。 さて……疲れたことだし、この一時間はせいぜい全力で休むとするかね…… 【クルツ・ウェーバー 搭乗機体:ラーズアングリフ(スーパーロボット大戦A) パイロット状況:冷静 機体状況:Fソリッドカノン、ファランクスミサイル共に残弾0、左腕消失、残弾1/5、胸部損傷 現在位置:C-8 市街地北部 第一行動方針:22時まで目一杯休む 第二行動方針:B-1補給ポイントにて補給 第三行動方針:エイジ、ラキの探索 第四行動方針:ゲームをぶち壊す 第五行動方針:駄目なら皆殺し 最終行動方針:ゲームから脱出】 &color(red){【相羽 シンヤ(テッカマンエビル) 搭乗機体:無し} &color(red){パイロット状況:死亡} &color(red){機体状況:機体なし} &color(red){現在位置:C-8市街地北部】} 【流 竜馬 搭乗機体:大雷鳳(バンプレストオリジナル) パイロット状態:怒り、衰弱 機体状態:装甲表面に多数の微細な傷、頭部喪失、右肩外部装甲損壊 、腹部装甲にヒビ、胸部装甲に凹み 現在位置: C-8北西部 第一行動方針:クルツを追う 第二行動方針:サーチアンドデストロイ 最終行動方針:ゲームで勝つ 備考:ゲッターサイト(大鎌)を所持】 &color(red){【残り34人】} 【初日 21:00】 ---- |BACK||NEXT| |[[星落ちて石となり]]|[[投下順>http://www30.atwiki.jp/srwbr2nd/pages/11.html]]|[[広がる波紋]]| |[[星落ちて石となり]]|[[時系列順>http://www30.atwiki.jp/srwbr2nd/pages/12.html]]|[[失われた刻を求めて]]| |BACK||NEXT| |[[極めて近く、限りなく遠い世界の邂逅]]|クルツ|[[Unlucky Color]]| |[[極めて近く、限りなく遠い世界の邂逅]]|竜馬|[[私は人ではない]]| |[[例え死者は喜ばずとも]]|&color(red){シンヤ}|| ----

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: