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783 名前:VIP村人h[] 投稿日:2006/11/23(木) 16:31:25.82 ID:lhzHUVU+0

【たとえばこんな男と女の出会い】

妹「ねえー、女さんとはどんな風にして知り合ったの?」
男「あれ、知らなかったっけ?」
妹「教えて教えて」
女「ふふ、そうですね……私が男君と知り合ったのは……ずいぶん暑い夏の日のことでしたね」

…………

その年の夏は、ずいぶん暑い日が続きました。私はよく図書館に行き、ひとりで静かに本を読んだり、音楽を聴いたりして過ごしたものです。図書館は静かで落ち着きましたし、CDも沢山ありました。
毎日のように図書館に通ううちに、私は司書の女性と仲良くなりました。彼女は高校生で、夏の間図書館でアルバイトをしていたのです。
明るく気さくな彼女は、私によく話しかけ、彼女のお勧めのCDを私に貸してくれたりもしました。

男「メタルばっかな」
女「ええ」
妹「あらまあ」

 男君とはじめて会ったのも、その図書館でのことです。さほど混んでいない図書館でしたから、私は大体いつも、同じ席に座っていました。
でも、その日、いつものように昨日と同じ席に座ろうとして、先に誰かがそこに座っていることに気がつきました。
まあ仕方ないかな、と思って、私はその席の向かい側に腰を下ろしました。そしてヘッドホンを取り出し、いつものようにCDから流れる音楽に耳を澄ましました。

妹「その頃、女さんは何を聴いていたの?」
女「いつもばらばらでした。アーティストもアルバムのタイトルもわからないで聴いていましたから」
妹「なるほど」
女「好きなCDが見つかると、こっそり小さなシールをケースに貼ったものです」


785 名前:VIP村人h[] 投稿日:2006/11/23(木) 16:33:43.61 ID:lhzHUVU+0
 目が見えないと、いろいろ習慣を作るようになります。
同じ時間の電車に乗り、電車で座る位置が決まり、同じ道を通って図書館に通うように。
図書館で同じ席に座ることもそうです。でも、いつも座っている位置に、その誰かが座っていることで、私の習慣は少し変わらざるをえませんでした。
そんな風に習慣を変えるのは、すこし戸惑うものですが、同時に、心のときめくことでもあります。
私は、自分の前に誰かが座って本を読んでいるという新しいことにすこしどきどきしました。
どんな人なんだろう?何を読んでいるんだろう?私の目が見えないことに気がついているとしたら、どんな風に思っているんだろう?
音楽に耳を傾けながら、私はよくそんなことを考えたものです。その誰かに声をかけるセリフを考えたりもしました。それは私の遊びでした。
自分から声をかけることはないだろう、ということが分かっていたからです。

女「ようするに、怖くもあったんです」
妹「でも、それが兄貴だったんでしょ?」
男「そう」

司書の女の人が休憩をとる昼休みには、よく私はその女性と一緒にお昼ご飯を食べました。
お昼を食べながら、女の人のお気に入りのCDを借りたりしました(たいてい、メタルの素晴らしさについての心のこもった解説つきでした)。
自分が気に入ったCDのアーティストやアルバムタイトルを聞いたりもしました(たいてい、ロックについては詳しくても、クラシックはさっぱりでした)。
あるとき、私は思い切って、自分の前の席に座っている人について、司書の女性に聞いてみました。
「男の子だよ、女ちゃんと同い年ぐらいの」
あっさりと女性は言いました。司書さんは、その人と親しいんですか?
くく、と声がしたので、女性が少し笑ったのが分かりました。なんだか嬉しそうな笑い声でした。
「くく……そうね、けっこう良く知ってるかな。あいつねえ、女ちゃんに恋してるんだよ。それで女ちゃんの近くに座るのさ」
屈託なくそう言うと、司書の女性はげらげらと笑いました。私は顔がすっかり熱くなりました。きっと真っ赤になっていたんでしょう。
「あはは!赤くなっちゃって、女ちゃん可愛いなあー!まあ、あいつが惚れるのも無理はないさ。女ちゃんは綺麗だからね、十人いたら十人が振り向くくらいにさ!」

妹「それは本当にそうだよ」
女「//////」


786 名前:VIP村人h[] 投稿日:2006/11/23(木) 16:34:11.61 ID:lhzHUVU+0

 私はそれまで、誰かにそんな風に好かれるなんて考えたこともありませんでした。
今、自分の前に座っている男の子が、自分のことを好いてくれていると考えると、胸がどきどきしました。
私はぎこちなくCDを出し入れしたり、点字の本を指でなぞったりしました。でも、次第にそれも手につかなくなってきました。
考えてみると不思議です。それまで、私はその誰かと話したこともなければ、手で触れたこともなかったのです。
ただ、私とその男の子は、その図書館で、ある親密さをつくっていたように思います。同じ場所で、一緒に長い時間を過ごしていると、そういう空気が生まれるんです。
ずっと前からその人を知っていたような不思議な感覚です。

妹「しっくりくるってこと?」
男「そう」
女「恋人同士みたいにです」
妹「あらまあ」

 私には新しい習慣ができていたのです。図書館に行き、男の子と一緒に静かに過ごし、親密さを共有する。男の子の好意が、私にも感じられるような気がしました。
そういうものは、本当にちょっとしたことにあらわれます。私が来たときに、かすかに動く椅子の音とか、私の方を見る気配だとか。
私の好意も少しづつ、彼に伝わっているだろう、と私は想像しました。一言も交わさなくても、こんなにも人は親密になれるんだ、と私はびっくりしたものです。
 でも、ある日、私がいつものように図書館に行くと、そこに男の子はいませんでした。
 遅れてくるのだろう、とは思いませんでした。そこには、「でも」も「しかし」もなく、ただ単に男の子がいなかったのです。
同時に、あの親密さもありませんでした。それは、一瞬で消えてしまいました。
私は、いきなり冷たい水を浴びせかけられたような気持ちになりました。
何か大切なものが消えてしまうなんて、本当に一瞬のことなのです。いつか、私が光を失ったときのように、それは一瞬で消え、もう戻ってこないのです。
私は、机につっぷして静かに泣きました。ずいぶん長く泣きました。見えない両目からは、止めどもなく涙が溢れてきました。

妹「でも、戻ってきたんでしょ?それに、ちょっと用事があっただけだとは思わなかったの?」
女「もちろん、可能性としては」


787 名前:VIP村人h[] 投稿日:2006/11/23(木) 16:34:57.48 ID:lhzHUVU+0

 もちろん、可能性としては、男の子が戻ってくることは十分ありえました。
たまたま都合が悪かったのかもしれません。私が泣いたのは、それが可能性に過ぎないことを思い出したからです。
男の子は戻ってくるかもしれませんし、もう会えないかもしれない。
光を失ったとき、私は自分の大切なものをずいぶん失いました。
しかし、それ以上に私を打ちのめしたのは、これからも自分は、大切なものを失うだろう、ということでした。それは決して避けられないことなのだと、幼い私は気づいていました。
 男の子と一緒に居た一週間あまりで、私はその親密な空気を、すっかり手に入れたと思い込んでいました。しかし、それは私の思い込みだったことを、思い知らされたのです。
それは、いつ消えてもおかしくないんだ、と私は思いました。
普通、人は大切なものを、失ってから気づきます。私は、既に大切なものを失っていたから、人一倍、何かが失われることに敏感でした。
私は、もう失われたもののために泣きました。これから失われるだろうもののためにも泣きました。泣き疲れると、少し眠り、目が覚めるとまた泣きました。

女「夕方になって、司書の女性が心配して様子を見に来てくれました」


788 名前:VIP村人h[] 投稿日:2006/11/23(木) 16:36:09.13 ID:lhzHUVU+0

「……あのバカを許してあげて」
私にハンカチを差し出して、司書の女性は言いました。
私は首を振りながら、涙を拭きました。悪いのは男の子じゃありませんし、私は彼を責めているわけでもありませんでした。
私は、ただ悲しかっただけでした。そう女性に伝えたかったのですが、どうしても声が出ませんでした。私はただ首を振りました。
「あいつバカだからさ……どうしても今日、やらなきゃいけないんだって言い張ってさ」
つぶやくように彼女は言いました。
「家で必死になってさ、うまくいかないって言ってはやり直して……そりゃそうだ、コンパスでやってるんだもの……真剣な顔して、紙と取っ組み合いしてたよ」
彼はなにをしていたんでしょう?
「んで、さっきようやく持ってきたわけさ、これ。女ちゃんが読んだら、図書館の入り口に来て欲しいってさ。そこで……待っているからって」
女性は、私に紙を手渡しました。やけに大きな封筒に入った厚紙でした。
「口で言えばいいのにさ」
女性はそういって、あのバカ、とつぶやきましたが、その声は、ほんの少し嬉しそうでした。
私は、そっと厚紙を撫でました。
コンパスを使って開けたぎこちない点字で、男の子の気持ちが伝えてありました。
私のことが好きだと。もっと私のことを知りたいと。自分のことを好きになって欲しいと。
率直で、優しくて、暖かい手紙でした。
「あんなバカだけど……弟をよろしくね」
女性が優しく言いました。私は、ぽろぽろ涙をこぼしながら、何度も何度も頷きました。


789 名前:VIP村人h[] 投稿日:2006/11/23(木) 16:36:46.69 ID:lhzHUVU+0


女「その手紙……男さんのラブレターは、今でも私の一番の宝物です。
大切にしまって、ときどき、指でなぞります。
そうすると、あの暑い暑い夏の日のことを思い出すんです。今でも、鮮明に」
妹「……それにしても」
男「どうした?」
妹「一週間、話しかけることもできないとは、なんというヘタレか……はあ」
男「うるさい」

おしまい

長々すまんかった



最終更新:2006年12月18日 14:19