/8a+Qli70
もうすぐ彼女と出会って一年になる。それを記念して僕は何か贈り物をしてみようかと考えたのだが、いざ決めようとすると何を選べばいいのか分からない。
候補がたくさんある、というのもあるしどれが彼女にとって一番嬉しいのだろう、と考えると絞り込めないのである。
そうして迷っているうちにその日まで一週間を切ってしまった。彼女には内緒にしているので相談なんて出来るわけがないし、そうなると残った相手は…
「お? 帰ってたの。ただいま、くらい言いなさいよね」
…コタツでぐーたらしているこのクソ生意気な妹くらいだ。カタツムリのように顔だけ出しながらむしゃむしゃとミカンを食べている。
「行儀悪いぞ、ちゃんと机の上で食べろよ」
「や。寒いし」
実に明解な理由だった。こんな奴に相談するのか? まともな意見など望めそうにない。
「何よ、そのダメ人間を見るような目は。宿題ならちゃんとやってるわよ」
そういう問題でもない。まあいい、ダメ元でも聞いてみる事にしよう。人付き合いは妹のほうが上手い。
「なぁ、もしも、の話なんだけど…ひとに贈り物をする時ってさ、どういうタイプのものがいいと思う?」
僕の言葉を聞いた瞬間、まるでさなぎが蝶になるがごとくコタツから這い出してくる妹。
「贈り物!? だれだれ? 彼女? どんな人? 年齢は? 性格は? いいトコの人!?」
「…聞いた僕がバカだった」
踵を返し自分の部屋へ行こうとする。
「あっ、ちょ、ちょっと待ってよ! 分かったってば、それについてはノークエスチョン。でもさ、性別くらいは教えて欲しいわよね~」
…確かに、性別も分からないんじゃあ考えようもないな。僕は再び踵を返しコタツに入りつつ言う。
「まぁ…性別は…女の子、かな」
「女の子!? きゃーっ、キタキター! 憎いねぇこのスケコマシ!」
意味を分かって言ってるのだろうか。
「それでそれで? 年上? 年下? 熟女? 幼女?」
幼女とは何だ、幼女とは。
「…同年齢だよ。性格は…おとなしめの人かな」
「ほうほう、では所謂文系の少女かね?」
何だか色々言わされてる気がする。僕は言い過ぎないように警戒しつつ簡単に特徴を言う。
「ふぅん、なるほどねぇ…」
「で、どうなんだよ。何かいい意見はあるか?」
「ない」
僕は無言で立ちあがりヘッドロックを決めてやった。
「いだだだだだだだっ!!! ちょ、聞いて、聞いてっての!」
寛大な僕は言い訳を聞いてやるべく一時技を解除した。次はキャメルクラッチを考えている。
「でもさ、実際プレゼントって難しいモンなのよ? だって、そのひとのことを本当に分かってないといけないんだから」
キャメルクラッチはやめることにした。妹の言葉にも一理あったからだ。
「今の兄さんの言葉聞いてたら、そこそこ付き合いも長いようだったし。そりゃ全然付き合いの薄いひととかだったら何か言ってあげられるけどさ。その人のことを何も知らないあたしが意見なんて出来ないよ」
はぁ、と僕はため息をついてコタツに潜り込む。その温かさが何か切ない。
「ホント、プレゼントって難しいのよね…前にさ、友達に誕生日プレゼントをあげた時ね、別の友達もあたしとまったく同じプレゼントだったのよ。そんで気まずい空気になっちゃったのよね…」
妹はぺたっ、と机に顔を乗せ、僕を横目に見ながら言った。
「だから、兄さんが贈り物をする人が、本当に必要としているのは何か、ってことをきちんと考えてあげてよね。ましてや、それが内緒の贈り物ならね」
彼女に内緒にしていたことは言わなかったはずだった。僕が驚いていると、妹は勝ち誇ったように言った。
「ふふん、あたしに相談をするってことは相手に何も言ってないってことでしょ? まだまだ甘いのう明智クン」
僕は再びため息をついてコタツの温かさに身を委ねた。
記念日まで後三日。未だに決定できてない。盲目の彼女でも気兼ねなく受け取れるプレゼント。いっそのこと適当に選んで…いやいや、そうもいかないしなぁ…
「…どうかしたんですか? 難しい顔をして」
お昼の昼食時、パンを食べながら彼女が聞いてきた。
「いやいや、何でもない…って、どうして表情が分かるのさ」
すると彼女はくすくすと笑って、
「だって、さっきからむー、とかうーん、とか唸ってたじゃないですか。表情くらい、簡単に想像できますよ」
モロバレだった。唸り声だけ聞こえたのが幸いと言うべきか…
「いや、数学で分からない部分があってね。ずっと考えてたんだ」
「へぇ、そうなんですか…わたしと食べてても楽しくないってことですかそうですか~」
拗ねたような口調で言う。まずい、ここでケンカなんてしたらプレゼントどころじゃない。
「いや、別にそんなつもりじゃなくて…僕はいつも一緒にいて楽しいと思ってるし…」
「分かってますよ。冗談です」
可愛らしく笑って僕の頬をむにむにと引っ張る。
「ん~、嬉しいことを言ってくれるのはこの口ですか、この口ですか~?」
非力なので別段痛くはないが、妙に気恥ずかしい気分になれる。いつツッコミを入れようか、と思ったときに予鈴が鳴った。
「そろそろ戻ろうか。ほら、立って立って」
彼女の手を引き離してそのまま立ちあがらせる。毎度の事だが、温かい手だと思う。
その時に、ふと気付く。彼女の上履き。かなり汚れていた。
(靴…か)
覚えている限りでは、彼女の靴はいつも同じようだった気がする。
「どうかしたんですか?」
いつまでたっても動かない僕を不思議に思ったのだろう、彼女が首をかしげる。
「いや、何でもないよ。行こう」
帰ってから、一度慎重に検討してみよう、と僕は思った。
そしてやってきた当日。結局僕は靴にすることにした。家で色々と考えた結果、履きやすさと運動性を考えてスニーカーにすることに。
もちろん彼女は女の子だったから色やデザインなどもしっかりと考えて買った。人目に触れるものだしね。サイズに関しては失礼ながら上履きをこっそりとチェックしたので問題無い。
むしろ問題なのは…果たしてこれで喜んでくれるかどうかということなのだが、こればかりは反応を見なければどうしようもない。人の心を読むことなんて、出来ないんだから。
とはいえ、それなりの自信はあった。妹曰く「ほぉーっ、兄さんにしてはいいアイデアなんじゃないの?」とのことだ。
予定では昼休み、食事後に渡すことになっている。その食事なのだが、僕は緊張していて飯も早弁になってしまっていた。
「ごちそうさまでした」
「あれ、いつもより早いですね。今日は食欲がないんですか?」
「いや、今日は早弁したい気分だったんだ」
「どんな気分なんですか…」
笑いながら、彼女はいつもより心持ち遅く食事を済ませる。ごちそうさまでした、と言うのを見計らって僕は言った。
「あのさ、今日はどんな日か分かるかな」
「…はい、知ってますよ。わたしとあなたが初めて会った日、ですよね」
事も無げに答える。覚えていたのか。それはそれで嬉しい。
「そういうわけでさ…プレゼント、があるんだけど…受けとって貰えるかな?」
彼女の指に靴の入った箱を当てる。
「もちろん、です。けど…これ、何ですか?」
「何だと思う? 箱を開けるから当ててみて」
僕は箱を開けて中身を取り出し、彼女に丁寧に手渡した。てのひらに、靴の底がぴたりと当たる。
「靴、ですか?」
「…正解」
即答。なぜだか僕は一種の寂寥感を抱かずにはいられなかった。
「ほんとう…ですか」
「ああ、そうだよ。嘘をつく理由がないじゃないか」
苦笑いしつつ答える。すると、彼女は大事そうにその靴を抱きしめる。
「すごく…嬉しいです。最近、あなたと一緒に色々なところへ行くようになってから靴が痛んでるなぁ、って思ってましたから。昔は、そんなこと無かったんですよ?」
本当に嬉しそうだった。それを見ただけで、報われたと思わずにはいられなかった。
「それで、すごく嬉しかったので、わたしからのささやかなお返しです」
「へ?」
僕が間抜けな声を上げた瞬間、彼女の腕が首に回され、顔がこちらに近づく。
柔らかな唇が、僕の口に触れた。
最終更新:2006年12月18日 14:58