目を覚ましたら、知らない空があった。


 いや、もちろん空が一つしかない事くらいは、僕だってもう、知っているけど。
 その空は、13年間今まで見てきた空と、どこが違うと言うわけではないけど、確かに何かが違う様な気がしてならなかった。
 僕はしばらくボ──ッとその空に見とれていたが、やがておもむろに 今まで自分が気を失っていた理由を求めるように、キョロキョロと周囲を見渡した。
 それで、最初に気付いた事は―――僕がいる場所は、僕の記憶に残っている限り最後にいたはずの「倉橋家(くらはしけ)」ではないという事だ。
 まあ、最初に空が見えた時点で、家の中にいるというのはおかしな事だけど。つい先日 買ったばかりの新刊の小説も読まずに、僕はなぜこんな所にいるんだろう。そして、ここはどこなんだろう。
 それは、とても疑問に思える事だった。
 ただでさえあまり外に出ない僕が、一体どうしてこんな所に───?
 僕は、もう一度自分にその質問を繰り返した。でも「そんな事をしても、答えは出ないよ」と心の中の「僕」が、僕に、言う。分かってる、分かってる・・・・自分にこんな、言い訳をするのが無意味だって事も。分かっている─── けど、何であんなに外に出るのを怖がっていた僕が、何でこんな野原に、何で独りで、何で寝ているんだ。おかしいじゃないか・・ ・

 僕は、周りの人からよく「大人しい子ね」と言われる。
 自分では大人しくしている、というつもりはないのだが 趣味が読書という時点で、確かに活発な方ではないなとは思う。その程度の認識だ。
 僕は、周りの人の言動にあまり興味がなかった。
 そしてそれよりずっと、自分自身に無関心だった。最初から、いろんな事を諦めていた。だって、僕にできるはずがないもの―――と。
 そんな執着心も、強い意志というヤツもない僕が、こんなにここにいる理由を知りたがっている。普段の僕なら 答えが出そうにない問題には、関心さえ持たずに終わるのに。

  ── ここに居る理由を、知らなきゃイケナイ。デナイト・・・

 心の中にいる「僕」が、今度はそう言ってきた。急げ、急げ、とせかしている。
 一体、何があったのだろう。僕の知らない内に、僕の中で、どんな変化あったのだろう。
 まあ僕は、いつまでも一人で悩んでいても結局は時間の無駄だと割り切って、とりあえずここがどこなのか考えてみることにした。というか、最初から僕に出来る事なんて、そんな事ぐらいしかなかっただけなんだけど。だって、他にできることと言えば―――
 誰かがいる所まで探しに行く? ──無理だ、歩いて行くだけなんて、途中ですぐに根を上げるに決まっている。
 何もせずジッとしている? ──そんな、そこまでお気楽な性格ではないことぐらいは知っている。
 じゃあ・・頭を使うしかない。最初からいろいろなペナルティが付く僕が取れる選択肢なんて、せいぜい一つか二つか、取れないかなんだから。

 僕が今立っている場所は、「倉橋家」のあるあの街なんかとはかけはなれ、どこを見回しても地平線が見えるような、開け放たれた草原だった。
──ここで僕は、確信した。ここは絶対に「倉橋家」の近くではない。いや、その市内ではない。
 だって「倉橋家」があるあの息苦しい都会に、こんな場所がある訳がないから。もしあったって、1日としない内に・・そう、1日で必ず、どこかの業者に買収されるに決まっている。
 ・・そしてここは、僕が夢見ていた場所でもあった。
──ここの空気は澄み切っていて、美味しい。
 僕にはしばらく呼吸をしても息苦しく感じない事で、それが分かった。いつもなら・・あの街でなら、一、二呼吸しただけですぐに僕は咳きこんでしまう。息苦しくなって、声を出す事も、身体を動かす事も、息をする事も、苦痛に変わってしまう。
 だがそんな都会から、「倉橋家」の両親は移住する気は全くないようだ。仮にも息子が、重い不治の肺の病気で苦しんでいるというのに 無視、放置、無関係。
 ・・でも、それは僕が望んでいる事でもあった。だって、どうせ僕は気に掛けてくれたって、死ぬんだから。15歳にもなれず。あと、2年もしない、内に───・・。
 なら、僕なんかの事はどうしてくれたって、どうなったっていいんだ。
 僕より弟達のために、時間を、お金を、使ってほしい。あの二人は、僕なんかよりずっと優秀だから。元気で、健康で、人気があって、評判がよくて、才能がある。少なくとも僕が欲しかったものは、全て持っている。せめて二人には、僕のような思いを、してほしくない。
 そして両親は実際、そうしてくれている。いつも二人のために動いている。僕の願いを聞いて、かどうかは知らないが。

 ・・と、その時、いつの間にか下を向いていた僕の肩に何かが触れた。
「・・羽?」
 はたしてそれは、純白とまではいかないが、白い羽だった。
 それから僕は、周りに鳥なんかいただろうかと見回してみて──僕の真上で旋回する、一羽の白い鳩を見つけた。
「え・・さっき、までは・・」
 いなかった・・はずだ。いや、僕が見逃していただけか?
──ここに、なぜ鳩が一羽でいるんだ?ドウシテ、イツカラ・・?
 僕が、また、僕に聞いた。
 僕は、それに答えが出ない事を、知っていた。 ──どうして? ──勘だよ。いつもの「よくない」勘。それが、無駄だと言っている。だったら僕は、諦める。
「そんな事・・鳩にでも、聞けばいいじゃん・・」
 僕は、半分自嘲気味に「僕」の問いに返した。そして、それに返ってきた答えは──


 「迎エ二来キタヨ、クラハシ ジュン──」


 そんな鳩の、声だった。







































































最終更新:2010年05月28日 20:53